過去の記憶
「あなたの事は度々噂に聞いていました。 20年近く前。 まだ王都付近に危険な魔物が多く存在していた頃に、17歳でしかも単独でA級に昇格したという天才剣士が存在したと。 始めは私も半信半疑だった。 噂には尾ひれはひれが付き物ですから当時は軽く聞き流していました。しかし、私がS級に昇格する事が現実味を帯びて来たときに噂ではなく、本当に実在する人物だと知りました」
「へ……へぇ〜。 それは大変熱心に俺の事を調べてくれたんですね………」
やめろ。 思い出したくもない過去の記憶がまた蘇ってくるだろう。 俺の封印した黒歴史を今更ほじくり返さないでくれ。
「ええ。それはもう。 しかし王都からは何も情報は得られませんでした。まるであなたの存在を消したかのように、過去のA級の実力者達を調べても名前は見つからなかった」
ああ、あれだ。俺が余りにも王都からの要請を蹴ったからクリード・レガイア王の逆鱗に触れて除名されたからだ。あの国王は本当に俺の存在自体を消したかったかもしれないけど。
「それに過去の冒険者も引退した者が多く当時を知る人物もいませんでした」
まぁ冒険者なんて死んだり怪我をして引退。結婚して引退。稼げなくなって引退。本当に不安定な職業なだけにこの業界は止めてく人間は多いからな。それでなくても止める理由なんてものは幾らでもある。俺ですら同じ歳くらいで関わりがある人間なんてもう殆どいない。でも実績を残した数少ない連中は今はギルド関係の職業に入りギルドマスターや、何かしろ地位を得ている。全くもって凄いことだよ。行き当たりばったりな人生の俺とは大きく離されたものだ。
「ですが、当時から関わりのある人物が遂に口にしたのですよ、あなたの事を」
なんかイヤな予感がするな。この事は大して公にされてなかった筈だが。
「ハイケルさんの隣にいる奥さん、ロシアナさんが話したんですよ。あなたが元天才剣士だと」
「っ!!」
やっぱり。何となく予想はしたが。俺は振り返りロシアナを見ると両手でごめんのポース取っている。いや、守秘義務があるだろ。ギルド職員が何やってるんだ。
「ごめんなさい。 でも…………私、悔しかったの。 貴方がなる筈だった地位に彼が先に就いたことを。 ……………本当だったら当時、最年少でSランクになるのは貴方だったのよ」
ああ………ロシアナのあの悔しそうな顔。 思い出してきたよ。 イヤな思い出が強すぎて心の奥底に閉じ込めた記憶が。
当時からロシアナは俺に親身だった。
同じくらいから俺達は新人として入り、歳も近かったせいかロシアナとは話が合った。
俺がランクを上げる度にロシアナは自分の事のように喜んでくれた。そして自分も励みになるとロシアナ自身も役職を上げると言い互いに切磋琢磨した。
2年が経過する頃に俺は遂にA級に上り詰め、ロシアナはギルド現場副責任者になっていた。ロシアナだって当時のギルドの魔物の多さからからして大量の仕事だったろう。副責任者になる為に俺の知らないところで相当努力していたのだろう。
だが、A級になって2年が過ぎた頃、俺に異変が起こった。
度重なる王都からの要請。ギルドからの緊急クエスト。遠征に次ぐ遠征、俺は休む暇なく戦った。冒険者というのは自由とよく言うが、実はそうではない。上に上がれば与えられるクエストも、王都からの要請にも応えなくてはいけなくなる。自由に出来るのは新人冒険者か中堅冒険者くらいまでなのだ。
休みなく戦い続けられるほど俺は所詮、無敵ではなかったのだ。俺が望んでいた地位や名誉はこんなものではなかった筈と、いつの間にか心が蝕まれていった。
その頃ロシアナはギルドで経理課に入り、多忙な日々を送っていて、いつしか顔を合わせる事もなくなった。
俺はただ強いだけだった。 王都の連中も、騎士団も、周りの意見なんて全て弱い奴が吐き捨てる戯言のように聞こえた。
都合のよい駒のように扱われ、もっとやり方あるだろうと王都にも返答したがA級程度の俺の意見などまるで聞いちゃいなかった。
そんな事を考えるようになってから俺は王都からの要請を蹴るようになった。それが何回か続いた後に呼び出しをくらい、ライセンス剥奪を食らった。全ては俺の怠慢だった。
それを聞いたロシアナは初めて俺の前で大声で泣いた。もっと上手くやってあげれなくてごめんなさい。私がもっと貴方の支えになっていればこんな事にならなかったと。
後悔と自分の不甲斐なさが入り混じった中
、俺はただの一言だけ「すまなかった」とロシアナに伝えたが、ロシアナは泣いて俺に謝るばかりだった。
そのことを鮮明に思い出した。
惚れた女にそんな顔されるとキリキリと胸が痛むじゃないの。
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