第7話 王族会議
そのあといくつか質問した後、マリアがデヲシヒコに会いに行こうと、スッと立ち上がると…。
「その必要はないぞ」
静かに開かれた引き戸の向こうには、相変わらず大柄な体躯を誇るデヲシヒコが、初老の侍従長を従えて立っていた。
「しかしこれからお話する内容は、とても人払いで済ませられるものではありません」
俺も背筋を伸ばして、デヲシヒコに向かって言った。
「そうで有るな」
そう言うとデヲシヒコは、俺の身体をヒョイと担ぎ上げて、控えている初老の侍従長に向かって命じた。
「これより“王族会議”を開く、我と若王の二人のみじゃ。その他の者は、何者たりとも“王の間”に近づくこと罷りならん」
「噫ああぁ」
初老の侍従長は平伏して答えた。
俺はデヲシヒコの肩の上に揺られながら“王の間”へと向かっていく。
「以前に会った時とは、見違えるのう」
大股で歩きながら、話しかけてきた。
「俺も正式にお話させて頂くのは、もう少し先の事になると存じておりました」
そうは言っても家族なので、父として数回は部屋で体調や回復具合などの他愛いのない会話をしていた。
「しかし国の有事となれば、急がなければなりません」
そうしている内に、豪奢な離れの一棟に入っていった。
広い室内の上座には、豪華な茣蓙を重ねた上に、動物の一枚毛皮を掛けた席が設けられており、デヲシヒコはその玉座に腰を下ろした。
因みに俺は直ぐ脇に設けられた、一段低い茣蓙の上に降ろされている。
俺は不自由な足をそのままに、上半身だけは力と気迫を込めて席に着いた。
そこで、デヲシヒコが口を開いた。
「若王ウシノヲシリよ、お主の存念を遠慮なく申してみよ」
俺は一礼して、話を始めた。
「近頃の父王は、ご公務が忙しいとのこと。それは俺が落雷に遭ってからと伺っております」
デヲシヒコは肯定するかのように、頷いて見せた。
「それはヤマト國の宗女サグメが、俺の…ウシ國の王族に黄泉の火雷神が取り憑いたから、この国に災いが起きるとでも恐喝してきたのでしょう」
俺はあのサグメとかいう巫女の、思惑を秘めた瞳を思い出しながら続けた。
「厄災なんかは毎年、何らかの形で起きるものです。しかしながら今回に関しては、意図的に収穫前の稲田や山林で、大規模な火災でも起こす計画なのでしょう」
俺は悔し気に言葉を継いだ。
「ふむ。あの場で言い残していたな」
そこで、立派な八束髭を一撫でした。
「それを証明するのに、俺に対して盟神探湯にでも掛けて、神に信を問うとでも言われましたか?」
(くそっ、まるで中世の魔女狩りのようじゃないか)
「それを見逃す代わりに、我が国の“牛の利権”を割譲するように求めてきた…違いますか?」
デヲシヒコは、その立派な顎鬚を弄る手を止めて、呟くように言った。
「まるで見てきたかのような物言いをするのう…」
俺は、デヲシヒコが言葉を途切らせたのを見計らって切り出した。
「交渉の相手は、最初に出会ったヤマト國の宗女サグメ。そして後ろで糸を引いているのは宗主のヤマト國そのものですね」
「何故、そのように結論付けた?」
デヲシヒコは愉快気な表情を滲ませながら、疑問を呈してきた。
「もちろん個人で国家規模の権益を手にしても、使い道は無いでしょうから」
端的にそう答えた。
「ふはははははははは…!お主の知恵と洞察力には驚かされたが、流石に完璧ではないのだな。寧ろ少しだけ、ほっとさせられたわい」
デヲシヒコは口元をニヤリと綻ばせたかと思うと、腹の底から楽し気に笑い飛ばして見せた。
「ウシ國の宗主国は“ヤマヰ國”じゃぞ。もっとも恐喝してきた相手はヤマト國で合っておるがの。それでは改めて、事の経緯をどこまで推察しておるのかの?」
今度はその巨躯をずいっと、前屈みにして訊ねてきた。
「それでは、最初からお話いたします。事の発端はやはり落雷の日の出来事でしょう。これはマリアにも確認したのですが、あの日ヤマヰ国の信仰する“日の神”の社で五穀豊穣の祭事に参拝しております」
「あれの建立の認可は、先代の王の唯一の失策であったな…」
デヲシヒコは苦々し気に呟いた。
「そのあと豪雨に見舞われました。おそらく王族の御幸ということで、社から巫女数名に後を追わせたのでしょう。そしてあの光景を目撃した。俺の記憶には残ってませんが、それを目撃した者は恐れたか?または利用しようと考えたか?」
おそらく後を追った巫女の中には、ウシ國の宗女イヅノメも居たに違いない。
「確かに…あの日随行した者は、皆信用の置けるものばかりじゃ。お前を抱えて急ぎ王都への帰途に就き、真っ先に我の元に子細を奉告して参った。我もその場で、皆に他言無用を厳命したのじゃ。本来漏れるような出来事ではないはずであるな」
そんな補足を加えつつ、先を促した。
「父王の仰る通り、あの日の出来事を他国に漏らす…いや常に連絡を取り合っているのは“日の神”信仰の巫女集団の間での連絡網でしょう。確か?数十年前の戦争の時の宗主国はヤマヰ國でしたね。その後に属国として従った我が国に対して“日の神”の社の建立と共に、あの巫女集団を送り込んできた。そうすると本来関係の薄いはずのヤマト國の宗女が出張ってきたのには、二つの仮説が成り立ちます」
俺は手に二本指を立てながら、続けて言った。
「第一の仮説を申し上げます。ウシ國の宗女イヅノメは、本来の役割通りにヤマヰ國へ報告したが、地理的な都合でヤマト國に対応を一任した。或いは…第二の仮説です。元々ウシ國の宗女イヅノメは、ヤマト國の宗女サグメの強い影響下に置かれていた。俺は後者の可能性が高いと考えています」
俺は一息入れて、話を別の角度から考察して話し出した。
「そもそも国を相手取ってまで得たい利益など、ウシ國に於いては“牛の利権”くらいしか思い当たりません。これに関してはどちらの国も欲しがるに相違ありません。しかし…」
「この権益が死活問題になる程となるなら、おそらくヤマト國じゃな。お主が推測で埋めている部分を、我が説明いたそう」
そこまで話したところで、デヲシヒコが話を引き取った。
「長年ヤマト國は『山門國』と倭文字を当てるように、ヤマヰ國こと『山依國』の対外的な外交や交易の窓口として、つまり“門”の役割を独占することで発展してきたのじゃ。それが一変したのが、件の戦争だ」
「あの戦争では國と國とが大きく離合集散していった。由緒あるイト國こと『伊都國』も山依國の属国となった。その折に山門國に置かれておった『一大府』も、より地勢的に重要度の高くなった伊都國に移され、名実ともに山依國の玄関口となったのじゃ」
デヲシヒコは何を思うやら、改めて顎の八束髭に手をやり、話を続けた。
「その後の山門國の凋落振りは中々に酷かったのう。交易も外交も軍事力も全ての権益を失って、国として態を保てなくなる程まで衰退し果ててしまったんじゃ。それでいて国の中枢におる連中だけは、未だに過去の栄光に執着しておる。元々一大府を置いて、周辺国に対しても威圧的に振舞っておったからのう。今では山依國連合の中でも、孤立感を深めていく一方じゃったわい」
俺は一国の栄枯盛衰を想像しつつ、自分の財産や権威に執着する餘に、今回の邪な策謀に嬉々として手に染めようとする輩に対して、怒りを覚えずには居られなかった。
「それでは宗主国である山依國にとっては、今回の山門國の陰謀はどの様に写りますでしょうか?」
「それに関しては、既に手を打ってある。ヲシリよ、余人を交えるが良いか?」
デヲシヒコはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、手を叩いて呼び出した。
「志能備のカラスよ、入るが良い」
すると先程まで誰もいなかったはずの下座に、先刻の初老の侍従長が控えていた。
「噫ああぁ。お呼びにて参上仕りました」
そして俺の方にも、居住まいを正して平伏した。
「若王様、雷による事故後…初めてのご挨拶になりますな。某は侍従長を務めますカラスと申しまする。若王様の御幼少の頃からお世話させて頂いておりました。このたび、初めてお知らせ申し上げますが…志能備も兼ねて御座いまする」
何やら感慨深げな表情を覆い隠す様に、深々と頭を垂れていた。
(志能備は文字通り、忍者の事だろうな)
「そこでカラスよ。首尾はいかがであるか?」
デヲシヒコは少し和らげに、まるで予定調和のごとく報告を促した。
侍従長カラスの報告は、概ねデヲシヒコとの遣り取りを裏付ける内容であった。
山依國でも一大府より報告を受けており、山門國の内乱行為の告発と処断に着手しているとのことであった。
「山依國でも志能備を、山門國に放っておりました。それも宗女サグメの側近の巫女としてでございました。某は山依國の志能備と接触を図り、盟約を結ぶことに成功いたしました」
初老だったはずの侍従長のカラスは、年齢を感じさせない不敵な笑みを浮かべていた。
山依國側では、未だに山門國を告発するだけの証拠は見つけ出せてないらしい。
そこで陰謀を立証できる証拠さえ手に入れられれば、ウシ國に全面的に協力するという念書までとっていた。
そして盟約の念書はその場で、父王に献上された。
「さて、若王ヲシリよ。なんぞ解決案を持っておるか?良策で在らば、相応の褒美を取らすぞ」
俺は改めて姿勢を正して、デヲシヒコに向かって奏上した。
「はい、今回の嫌疑を掛けられているのは我です。よって三つの策にて自らの身の潔白を証明し、敵の陰謀を明らかにしたいと存じます」
デヲシヒコは身を乗り出して訊いてきた。
「三つの策とはどのようなものかの?」
俺と父王との会議は、侍従長を交えて、その後数刻に及んだ。