第四話 ウシ國の王
「ヲシリよ、障りはないか」
ウシ國の王は、先程の迫力とはうって変わって優しく訊いてきた。
「オ、俺は……」
ここまでの怒涛の急展開に、さすがに続く言葉が見つからなかった。
(この人にだけは、真実を伝えたい)
ただそんな思いが、心の奥底から込み上げてくるのを感じていた。
それは先程までの危機的状況から救われたからというだけでは無いのだろう。
きっと記憶には無いが、血縁上では間違いなく自身の父親だからだろうと考えていた。
しかし真実を告げることにも、限界があることも自覚していた。
(俺は別の世界から転生してきた、ただの《《オッサン》》です)
そんな事実は雷神様が憑依しているって話よりも、遥かに信じ難いことだろう。
それでも俺は受け入れられる範囲で、事実を伝えようと決心した。
(そのうえで殺される羽目になったとしても、この人が決めた運命ならそれに従おう)
半ば諦めの境地で、真実を語る決意を固めた。
覚悟さえ決まれば、自然と言葉は溢れ出してきた。
「ち、父上。いえ、ウシ國の王様でしょうか? 俺はたぶん……あなたの息子ではありません。俺にはオ、ヲシリ様の記憶が全くございません。今の俺には、こことは異なる世界で生きてきた記憶しかありません」
俺は一息に、そこまで告げた。
そして先程の巫女との会話を思い出して、続けて事実を吐露した。
「もちろん雷神様なんて特別な存在でもありません。それに今は身体……からだも碌に動かすことが出来ません……」
限界だった。
もっともっと伝えるべきことがあるはずなのに、言葉が続かなくなった。
なぜかいい歳をして、涙が溢れてきた。
ここ十年以上もマジ泣きすることなんて、無かったはずなのに。
きっとこの幼い身体に、精神が引っ張られているに違いないと思った。
(俺はこんなにも心の弱い人間だったのか。この動かない身体が恨めしい。そんな事情を言い訳にして、なんの説明も出来ていないことが、何よりも本当に情けない)
ウシ國の王は、ただただ黙って俺の言葉を聞きながら、その様子を見守っている。
俺が言葉を詰まらせてしまうだけで、あっという間に広間は静寂に包まれてしまう。
「ふはははははははは……!」
突然として静寂が打ち破られたかと思うと、目の前のウシ國の王は豪快に笑い飛ばしていた。
気が付けば、俺は放心状態でキョトンとしていた。
「姿形が瓜二つと云えど、お主が真のヲシリで無いのは、直ぐに分かっておったわ。然るに『オレ』とは漢族でも鮮卑族でも、ましてイズモの言葉でもないのう。それに『己または愚れ』とは、本来は相手を卑下して使う言葉じゃ」
ウシ國の王は、その立派な顎鬚を一撫でしながら思案気に言葉を継いだ。
「この世では自分の事を指し示すのに『我』と言う。だからこの国全体は、倭國と呼ばれている。しかしお主の言葉も聞いてて自然と理解できたのじゃから、きっと異なる世界と言っても、この現世と然程違わなぬ世界だったやも知れぬのう」
言葉は思慮深く紡ぎ出しつつも、王は何でもないことのように振舞ってくれた。
「お主の身体が動かんのは仕方がないことじゃ。稲妻に逢うて十日も臥せっておったのじゃ。しっかりと養生致せば、また身体も全快するで有ろう。でじゃ」
改めて王は正面から、俺との眼を合わせてこう言った。
『ヌシさえちかごろなれば、今往くすゑなるも『ヲシリ』としての浮き世を全く、せなむや?』
「お前さえ良ければ、今後も『ヲシリ』としての人生を全うしてはくれないだろうか?」
未だに耳から聞こえてくると声音と、同時に脳内で奏でる言葉は《《ダブ》》って聞こえてくるのだが。なんでだろう?なんだか、自然と脳内の言葉のほうが強く伝わってくるように感じ出した。
心からの言葉だからこそ、よりハッキリと伝わってくるのかも知れない。
「は、はい。本当にありがとうございます」
動かない体で、それでも目蓋全体で感謝の気持ちを込めてそう答えた。
「それではヲシリよ、今後は我のことを父王と呼ぶが良いぞ」
ウシノデヲシヒコは満足そうに、それでも少し安堵したような表情を残しながら、視界から外れていった。
入ってきた時とは違い、静かにその重厚感あふれる豪奢なマントが板間の床を擦る音と、重量感を支えるような独特の足音がゆっくりと離れていく。
ふっと歩みを止めると振り返りながら、改めて声を掛けてきた。
「ヲシリよ、暫くはしっかり養生するように努めると良いじゃろう。急ぎ安心できる者を側付きとするので、当面はなんの心配も無く過ごすと良い。とにかくは体の加減が良くなるまでは安静にしていて良いぞ。体調が回復したら、改めてこの世のことを語って進ぜよう。そして此度のような余所者は、一切近づけぬことを約束しよう」
そう言い残してウシ國の王、いや父王は、この広間から退出していった。
重々しく扉が閉じられる音が辺り一面に響き渡ると、再び静寂が辺りを包み込み始めた。
俺はゆっくりと自身の身体について、調べてみた。
しかし動かせる部分は、本当に限られていた。
稲妻による身体へのダメージは、予想以上に深刻だった。
生前の自分の身に起きた出来事と比べてみると、今ヲシリとしてでも生きていること自体が大変不思議に感じた。
そしてこれから俺はどうなるのだろうか。
取り留めも無い疑問と、鬩ぎ合う時間が過ぎ去って行くのであった。




