第廿九話 ロイヤル・プライベートガーデン
フッと、庭師って大工仕事もできるのだろうか?と思い、デヲシヒコに訊いてみた。
どうやら庭師の息子さんが、宮大工を本業としているらしい。
過日の当地の社攻略戦の折には、案内役ということで兵士として従軍していたらしい。
要は社の建築にも携わっていたので、内部構造を熟知していることから従軍を打診されたようである。
庭師の息子さんは作戦行動中に、不自由な身体にも拘らず果敢に指揮を執る俺の姿に感銘を受けたとのことである。
(うん、そんな話を聞かされてしまうと背中の辺りが、むず痒くなってしまう……)
この滑らかな階段は、当時の記憶から色々な想定を検討した上で、建設されたものだとのことであった。
俺は強い感謝の思いに満たされていた。
(確かに建設物としては小規模かもしれないけど、こんなに利用者の気持ちを汲んだ設計は見たことがないな……)
デヲシヒコに対して、なにかしらの方法で庭師と大工の功績を労えないものか?と相談してみた。
すると間もなく“重陽の節句”の祭事が有るので、そこへ招待しても良いとのお許しを得た。
なんでも王家の祭事には、一般の者は原則参加できない程に格式が高い行事らしい。
本来なら準備を整える部屋詰めの庭師ですら、招かれるのは稀である程の栄誉になるとのことである。
俺は大賛成で、その提案で進めて頂くように願い出た。
「そう言えばミノタロからも、今年は一般の者を特別に呼びたいと申していたのう」
デヲシヒコは自慢の八束髭を撫でつけながら呟いていた。
俺は新しく立派な部屋を下賜されたのを思い出して、改めて感謝の意を伝えた。
するとデヲシヒコは、この部屋は亡き祖父が使っていたものだと教えてくれた。
元々は俺が元服した暁に、下賜する予定の私室であったとのことだ。
「ヲシリの好きなように使うがよい」
一言だけ伝えると、縁側の端まで進み出ると庭を見詰めながら思い出に耽るように、目線を庭先に注いでいた。
視線の先には、庭に咲き誇る大輪の菊が大量に植え込まれていた。
するとデヲシヒコは目蓋を細めて、思い出を懐かしむように呟いていた。
「お前の母さんは、菊が好きな女性だった……」
それだけを言い残すと、俺を残して立ち去って行った。
(そうか……ここから母さんと一緒に菊を愛でたりしてたのかも知れないな)
俺は早速、松葉杖を使って裸足で庭に降り立った。
そのまま庭の一画に用意された、真新しい木製の器具に向かって進んだ。
建物の脇には俺の要望で作ってもらった、長さ10メートル程にもなる腰の高さ程の平行棒が設えてあった。
理学療法などで使われる器具だ。
木製ではあるがシッカリとした作りのため、全身で掴まっても折れたり倒れたりする心配は一切ない。
俺は手にしていた松葉杖を傍らに立てかけ、裸足のまま木製の棒を掴んで平行棒の内側に身体を移した。
いよいよ本格的なリハビリメニューに移れることに喜びを感じていたが、同時にこれだけの器具を使いこなせるか?という一抹の不安を抱えていた。
緊張しながら、平行棒を掴む。
右手は問題ないことを確認したが、それは想定内だ。
次に左手の棒を掴んでみると、ちゃんと握ることが出来た。
上から体重を軽く掛けてみたが、左手の方もある程度は耐えてくれているようだ。
(よっしゃ! これなら“りはーびり”も、順調に進めそうな気がするぞ)
俺は慎重に、一歩一歩と練習を進めることにした。
先ずは右足を前に踏み込んで、重心を探りながら足の裏で地面を《《掴んだ》》。
この歩法は太極拳などの中国拳法独特の動きである。
(昔は大学卒業後の運動不足を心配して、熱心にフィットネスクラブに通ったっけ)
こんな知識が意外な場面で生かされるとは、何でも体験してみるものである。
踏み出した足場を確認すると、ソロソロと左足を引きずるように前へ進める。
こちらは未だに、上手くは動かすことが出来ないままである。
地面に降ろした足からは、重心も定かに確認できない。
額からは、汗がうっすらと滲んでいた。
どうしても次の右足を、左足より前に踏み出せないからであった。
(くっ……どうなってるんだ?)
右足の裏はしっかりと地面を捕らえることが出来ているのだが、左足の踏み出しにはかなり道程が長そうだ。
意を決して、左足の真ん中に重心を移すと、一気に右足を振り出した。
「ガハッ……痛っ!」
慌てて右側の手摺り棒に、両手で捕まった。
勢いで棒に顎をしたたかに打ち付けてしまい、その弾みで口内を切ってしまったようだ。
じんわりと顎の痛みが伝わると共に、舌には血の鉄分の味が広がっていく。
俺は現実を突きつけられた様な絶望感に襲われた。
(俺の性根はこんなものか……)
そして、フッと手摺り棒の内側が目に入った。
外側からは何も装飾らしきものは無かったのだが、内側には凡そ一歩毎に雄々しい牛の彫刻が施されていた。
これだけの装飾が、一見しただけでは気が付けない。
今のように手摺りにしがみ付いていなかったら、目にも入らない。
俺はこの平行棒を作った人も、縁側からのスロープ状の階段を作った宮大工さんじゃないだろうか? と思い始めていた。
使い手の事をここまで考えて、物を作れるものだろうか?
大量消費の規格品しか使ったことが無かったことに、なんて貧しい豊かさだったのかと言うことに改めて気付かされた。
俺は再び平行棒を両手に握って、改めて右足から地を踏み始めた。
何度も棒に掴まり、立ち上がり、また倒れて、また立ち上がった。
いつの間にか空は、真っ赤な夕焼け空に染まっていた。




