第26話 商家ワニ制圧作戦
※今回は地の文だらけです※
今回は国家として、正式に逆賊と指定された大規模商家の制圧となる。
当然の事ながら、衛士や警邏の派遣では事足らない。
そのため指揮権は兵拠大夫に委ねられ、正式な軍事作戦となる。
因みに兵拠大夫とは、現代で言うところの国防大臣にあたる。
当初はデヲシヒコ自らが、全軍の指揮を執ると言っていた。
しかし相手は暗殺者集団を、護衛に付けている恐れもある。
宮の安全を確保することが何よりも肝要であるため、デヲシヒコには自重願うこととなった。
それでも作戦指揮は重要である。
デヲシヒコは俺とカラスを指名して、宮に隣接する敷地に建てられた“兵拠”に場所を移すこととなった。
兵拠にデヲシヒコが姿を表すと、一同が一様に平伏した。
デヲシヒコは一同を見遣ると、一人の男性に声を掛けた。
「此度は頼むぞ。アレス兵拠大夫よ」
(アレス…ってことは、ひょっとしてギリシャ神話の軍神アレスのことでは?)
俺はデヲシヒコに雰囲気の似た男性も、血縁の者だと思った。
デヲシヒコも俺の表情から察した様で、小声で紹介してくれた。
「アレスは我の実弟である」
アレスはその腰を上げると、その風貌や体格は良くデヲシヒコに似ていた。
顔などに施された刺青は精緻ではあるが派手さはなく、身体の刺青も半身に留められている。
顎鬚も蓄えているが、短めに切りそろえられており、万事デヲシヒコより控えめな風貌であった。
アレスは俺の事は見知っているようで…。
(まぁ実の叔父さんで、隣の敷地で仕事してるんだからな)
俺にも気さくに声を掛けてきた。
「ヲシリ様もよくぞお越し下さった。先日の重陽の節句以来ですなぁ。いつぞやの社攻略作戦での活躍も耳にしておりますぞ。将来益々、頼もしくお成りになられましたな」
パン!パン!と、俺の肩を頼もし気に両手で叩きながら、デヲシヒコに向いて言った。
「それで今回の指揮は、我が取り仕切ることで良かったのでしたな」
デヲシヒコは深く頷くと、俺とカラスを見遣りながら答えた。
「話の要諦はカラスから聞き及んでおるな。我も軍議には同席する。あとはヲシリを、参謀に加えてやってくれ」
アレスは改めて、跪いて奏上した。
「このアレス、王のご期待に必ずや応えて見せまする。若王様の差配にも期待しておりまするぞ」
アレスは一同を先導して、全軍を指揮する“軍議の間”へと案内した。
“軍議の間”の中央には広い卓が備えられ、その上には浅い木箱に赤い粘土が敷き詰められた地形図が用意されていた。
地形図には多少の起伏が施されており、宮や商家の位置を彩色された小さな木片で示されていた。
アレスは指揮棒で色分けされた木片を指し示しながら、説明を始めた。
「この地形図は今回の作戦地域を再現しております。我々は宮から出陣して、商家ワニの五つの拠点を制圧いたします。一つが商家本店それに二つの支店、一つの荷揚げ場に、一つの倉庫の以上五か所になります」
俺は地形図を見ながら質問した。
「敵の脱出路には、どのように対応されてますか?」
アレスはそれを聞いて、大きく頷くと新たに二つの木片を地形図に加えて言った。
「それでは作戦当日には、交通の要衝二か所に関を設けましょう。他には何かありますかな?」
俺は今回の作戦にとって、重要な点だけ示唆した。
「今回の首謀者シヲツチと妻のトヨタマは、最優先で生け捕りにして下さい。あとは証拠の品を抑えたいので、相手に火を付けられないように出来ればと考えています」
さすがに難題であったためか、暫し考え込んでいる様であったが、やがて作戦を説明する様に図上演習で説明し始めた。
俺もそれにいつの間にか参加していた。
そして作戦の概要は細微に亘り、計画が進んで行くのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
作戦当日、宮は完全封鎖された。
また不審な人物は衛士の手によって、捕縛または隔離された。
共犯の容疑の高いミノタロの専属侍従は捕縛され、俺の専属侍女のウサギリも隔離された。
因みにウサギリの隔離は、俺の指示である。
(今回の作戦で宴席に参加したことも有る、ウサギリは命を狙われかねないからね…)
そして兵拠大夫のアレスは、軍を率いて自ら出陣した。
デヲシヒコは俺とカラスと共に“軍議の間”席を設け、各地の戦況の報告を受けることとなった。
兵拠に詰めて、二時間?一刻?位経った頃から、各方面から次々と報告が上がるようになってきた。
「第五軍団から報告申し上げます。第二支店の制圧完了!補虜の人数が…」
「外八軍団から報告申し上げます。北上中の荷駄を鹵獲致しました。北の関所より…」
「第四軍団から報告申し上げます。荷上場制圧!双方ともに死傷者なし。全員投降しております…」
各方面が、順調に作戦通りに進んでいるようだ。
報告を受けた兵拠の高官は、地形図の木片を差し替えたり、地形図に捕虜の人数などを書き込んでいる。
因みに数字は縦線四本に、横棒を引いて“《《冊》》”の横線を無くした文字?で表してる。
確かにこの方が付け足すのに、都合が良さそうに感じる。
こうして報告のみで地形図…いや戦況図を確認していると、全体を俯瞰してみられる。
そのため任務完了した部隊をどこに振り分けるか?どこが手間取っているか?などの大局を見た指示が可能になる。
一方で社攻略戦の様な、実戦は敵情の把握などの最前線の現場判断が求められる。
(戦況図だけで数字が書き込まれるのは、現代の参謀本部やゲームと何ら変わらない印象だよなぁ…)
早朝から開始された作戦は、昼過ぎには本店の制圧を以ってはぼ完了した。
肝心なシヲツチとトヨタマ、それに逃げ出したというワザヲキも無事に捕らえることに成功したとの報告を聞いて、やっとホッと一息を吐くことが出来た。
(あとは尋問と証拠固めだな…)
俺は真に大変なのは、戦後処理なのだと改めて思い知らされていた。
次々と兵拠に備えられた収容施設には、捕虜が続々と放り込まれていく。
(中には無実のも居るだろう…)
俺はカラスに対して、衛士や侍従にも手分けして、無実な者や身元が確かな者の保釈手続きに参加する様に命じた。
(これで半分くらいまで、絞られればよいのだが…)
息つく暇なく、捕虜の輸送に引き続き、押収した証拠物件や財産等も続々と運び込まれている。
財産等は差し押さえの意味もあるが、管理者が手薄なところに空き巣を呼び込まないための予防措置でもある。
制圧した拠点は、場合によっては数週間の間、警邏を徹底させなければならない。
そうこうしている間に、シヲツチ首謀者一党を引き連れて、兵拠大夫のアレスが引き上げてきた。
アレスは革鎧を着込んだまま、汗だくで“軍議の間”に現れると、片膝をついてデヲシヒコに報告した。
「デヲシ兄上…王よ。あらかた片付けて参りましたぞ!」
まだまだ息が整っていない中で、革鎧には所々に黒いシミが見受けられる。
(きっと叔父さんは長時間に亘って、最前線で軍の指揮を取ってたんだろうな。俺でもこの人の指揮下ならばって、思わせるよなぁ…)
息を整えたアレスは、続けて報告した。
「国内にある商家ワニの拠点は、全て制圧を完了致しました。本店からは、ワニの長シヲツチに加えて妻のトヨタマ他、側室五名と元侍従ワザヲキも生け捕りに成功しております。特に指名の三名については縄で縛って、兵拠の大広間に控えさせております」
それを聞いたデヲシヒコも戦果報告に満足気に頷きながら、早速詮議を始めるようにアレスに指示を出した。
そして俺の方に目を移すと、続けて問いかけた。
「ヲシリも詮議に加わるか?」
俺はアレスに向かって、訊いてみた。
「アレス殿、詮議の程は、よろしくお願いします。ところで押収した証拠の品を、証左したいのですが、我が参加しても構わないでしょうか?」
アレスは兵拠の高官に、証拠品の押収場所に案内する様に指示してくれた。
俺はデヲシヒコに許可を願い出て、高官の後を続いて行った。
兵拠の屋敷にある大広間には、押収した場所と分類別に証拠品が山積みとなっていた。
既に文官が手分けをして、証拠品の選別を始めていた。
(もう専門家が手を付け始めているのだから、俺の出番なんて無かったかもな…)
俺は寧ろ邪魔にならないように、広い室内を見渡していると、何か違和感の在るものが目に入った。
近づいて手に取ると、見覚えのある白を基調にした装束であった。
(これって、神御衣じゃないか!)
俺は何故こんな物がここに?っと、思考に囚われる寸前に思い当たった。
(そうか!あの屋敷には巫女サグメが、潜んでいたに違いない)
直ぐに兵拠の高官に頼んで、本店に怪しい女性が潜んでた可能性を伝えて、捕虜の選別にあたっているカラスに、伝えてもらう様に頼んだ。
更に、自分はシヲツチの五人の妻に、面会できるように手配して貰った。
(思い過ごしで在れば良いのだが…)
俺は松葉杖を片手に、五人の妻が収容されている一室に向かった。
監視の兵士は、兵拠の高官と俺に対して、手を胸に遣り略式の敬礼を取った。
俺は兵士に、部屋内の様子を確認したいと伝えた。
兵士は、兵拠の高官が頷くのを見ると、扉を開けて俺を案内した。
当然髪形や化粧などは大分変えていることを念頭に、俺は一人一人の顔をじっくりと確認した。
(フーッ、杞憂に済んだか?既に手遅れだったのか…)
俺は重要な点に気が付いて、兵士に訊いてみた。
「シヲツチの妻はトヨタマの他に五名いたと聞いていたけど、今ここに居るのは四名しか居ませんが、あとの一人はどうしましたか?」
兵士は、兵拠の高官の方を向き直って報告した。
「噫ああぁ。実は妻と思われていた者の内一名は、シヲツチの妻では無いことが判明いたしまして、先程確認を取って釈放いたしました」
(しまった!)
俺は兵士に対して、至急釈放したという女性を捕縛するように命じた。
しかし兵士は、そもそも俺の事を知らなかったようで、訝しげに見ながら上官に対応を求めていた。
「馬鹿者!ここに居られるのは、若王様であるぞ。至急手勢を率いて、その女を捕らえよ!」
兵士は顔色を変えて、慌てて飛び出して行った。
俺は残ったシヲツチの妻の一人に、その女性の事を訊いた。
「あの女は一月以上も前に奇妙な服装で飛び込んで来た割には、シヲツチに対しても妙に大きな顔をして振舞っていたよ」
その妻も詳しくは知らないようで、名前すら聞かされていなかったようである。
シヲツチに問い正さなければならないことが、また一つ増えたことに口惜しさが一杯になった。
(再度、あの巫女サグメを、無事に捕らえられれば良いのだが…)
俺はただただ、心の中で願うしかなかった。