第十四話 第一の策と第二の策
翌日は予定どおりの刻限に、使者は巫女達一行を引き連れて現れた。
国都の屋敷内にある“謁見の間”で、デヲシヒコに対して宗女サグメと老宗女イヅノメが拝謁することとなった。
この“謁見の間”は、以前に俺が初めて意識を取り戻した折の、因縁の建物であった。
俺は事前に聞かされていた、上座から一段下がった直ぐ脇に控えて座った。
介添えに妹のマリアと初老の侍従長カラスが付き従っている。
下座には山門國の宗女サグメとウシ國の老宗女イヅノメの二名だけが居住いを正して座している。
残りの侍女の巫女達は、屋敷の外に控えさせた。
暫らくすると、銅鑼のような音色が響いたかと思うと、奥の扉からデヲシヒコが重々しい威厳を伴なって現れた。
(『銅鐸』って、こんな使い方もするんだな)
俺は興味津々《きょうみしんしん》で大振りの銅鐸に目を注いでいた。
デヲシヒコは音色に合わせて、以前に俺が寝かされていた上座まで進むと、静かに腰を下ろした。
「これより謁見の儀を執り行う。山門国の宗女サグメ並びに当地の宗女イヅノメよ。召集の由、大儀である」
声を掛けられた下座の二人の宗女は、畏まった様子で深々と頭を下げた。
「しかし二人の宗女には、当ウシ國に対する逆賊たる罪の嫌疑が掛けられておる。申し開くこと在らば遠慮なく申してみよ」
デヲシヒコは威圧するかのように、やや前傾姿勢で重々しく問いただした。
先ず、口火を切ったのは、やはり山門國の宗女サグメであった。
「ウシ國の王よ。妾が山門國の宗女と知っての扱いであろうな」
キッときつい目付きで睨むように、言い放ってきた。
隣に控えていた老宗女イヅノメも、語気を荒くして続けて言う。
「此度のように火雷神などが、神聖な社近くに現れるは、この国の治世の歪みが生み出した所業。真なる“日の神”に仕える者として、看過すること叶いませんぞ」
デヲシヒコは鷹揚に、そんな言葉を軽くあしらう様に言った。
「それではお待たせした。さぁ入られよ」
正面の大扉とは別の、脇に備えられた小振りの扉から、新たに神御衣の若々しい女性が入室してきた。
入室してきた巫女を凝視した、山門國の宗女サグメは思わず声を上げた。
「お前のような妾の侍女巫女風情が、何故この場におるのじゃ!」
シュルシュルと絹擦れの音を立てながら、俺たちが控える反対の席に腰を下ろすと、デヲシヒコに深々と頭を垂れて奏上した。
「ウシ國の王よ。初めてお目通り致します。我は山依國の巫女の宗守を務めまする『ウズメ』と申します。以後、お見知り置き下さいませ」
そして、下座の二人の巫女に向かって、軽く一瞥して言った。
「そなたらは何時から、宗女を名乗れるようになったのかの?」
先程まで鼻息荒く息巻いてた二人であったが、宗守のウズメが現れてからは、急に押し黙ってしまった。
これが第一の策であった。
(悪事の現場に上司を同席させるのは鉄板だな。それに宗女が何人も市井に居る訳がないもんな)
「山依國の宗守ウズメよ。我は巫女の序列とやらは良く分からん。改めて説明して貰えまいか?」
デヲシヒコは重々しい言葉で、脇に控える宗守のウズメに声を掛けた。
「噫ああぁ。それでは畏み申し上げます。先ずは我ら巫女がお仕えするのは真なる“日の神”にてございます。そして真なる“日の神”のお言葉を承ることが出来るのは、巫女の頂点におわします『日巫女』様のみでございます。そして『宗女』様を名乗れるのは、後継者として拝命を受けたお一人だけでございます。高位の巫女は、宗守と称して“日巫女”様や“宗女”様に、お支え致すのでございます」
山依國の宗守ウズメは“日の神”の社について、静かに奏上した。
「各地の社には日巫女様から命じられて、社をお守りするための巫女が選ばれるのでございますが、社の主はあくまで真なる“日の神”でございます」
下座の二人を一瞬厳しく見遣りながら言葉を続けた。
「もちろん社を管理するのには、巫女を束ねる者が必要ですので、特に社主を名乗らせておりますが、巫女の序列には関係のない役職でございます。なにしろ“日の神”を奉る社は、各国に多数ございますれば」
ウシ國の宗女、否……いまや一介の社主に過ぎないイヅノメは、非難するとも弁明するとも取れる言い方で反論してきた。
「確かに巫女としては、社主でございます。しかし我は見たのです! その脇に控える若王様に黄泉の悪神、火雷神が取り憑く様を!」
「このように申してるぞ、若王ヲシリよ」
デヲシヒコは予定調和の如く、俺に声を掛けてきた。
「はい。それではその悪神とやらを、ここに再現して見せましょう」
隣のマリアに目配せで合図をすると、奥から一枚の板を乗せた火鉢のような青銅器を運んで来て、皆に見えるように中心に据えた。
「倭の男子は皆、慣習に従って刺青を入れます。身分の高いものは競う様に、全身に極彩色の刺青を入れます」
見事な刺青を全身に施した、父王を見遣りながら話を続ける。
「この板には我に施されていた、刺青の顔料を並べて塗り込んでおります。それでは火鉢に火を入れてみましょう」
言葉に合わせて、マリアが火鉢に火を焚べる。
俺は侍従長に合図を送ると、それを受けて別の方向に指示を出した。
頭上に見える天井の一画が、小さく開かれて行く。
そしてその一画からはチラチラと小振りの光と黒点が差し込んでいた。
すると火鉢からは高さ2メートルくらいまで炎が立ち昇り、その揺らめきの中に色とりどりの光が現れたかと思うと、まるで“雷神の顔”のように形を変えていくように見えた。
それを見た下座の二人は、座りながら腰を抜かしたように怯んでいた。
(そうか……少なくとも悪神を見たと主張していた、ウシ國の社主イヅノメの罪は、多少減刑の余地が有るのかも知れないな)
俺が見せた現象は、化学物質の種類によって、炎の燃焼色が異なる現象である。
“あの日の出来事”の光景を実際の状況に基づき、忠実に再現してみた。
それだけでは説得力に乏しい可能性を考慮して、屋根の一画から三つの黒点を塗った銅鏡を使って、三つの黒点を立ち上がる炎に向けて照らした。
人間は先入観から三つの点や丸を見るだけで人の顔に見えてしまう、いわゆるシミュラクラ現象を組み合わせてみた。
山林での落雷では、様々な木々の風景がその炎に映し出すに違いない。
更には屋根の一画は、事前に十分に冷やしておいて、炎が上昇気流で高く立ち上るように細工した。
当日に豪雨と落雷が起きたのなら、恐らくは気圧差で上昇気流が発生していただろう。
(特に先入観や信仰心が強ければ、雷神を見たと信じたい願望も強く作用するんだろうな)
「さて、皆さんにはこの火鉢の上に乗せた板に、悪神が取り憑いたと思いますか?」
その言葉を合図に、マリアは火鉢の火を落としてくれた。
こうして第二の策も見事に決まったのであった。
(これで俺の身の潔白は、証明できただろう)




