第10話 ウシ國社攻略戦
第三の策は、実は数日前に遡る。
巫女達を国都に召し出した後、俺は侍従長のカラスを伴って、ウシ國の社に向かっていた。
護衛には衛士の他にも兵士を含めて、総勢百名という行軍であった。
その総勢が見事に全員、刺青を顔の一部やに半身に施していた。
(前世で街中歩いたら、きっとモーゼの奇跡のように人波が割れるんだろうなぁ)
もっとも作戦行動中なので、今は丹念に赤土を混ぜたクリームみたいなものが、全身に塗られている。
すると極彩色の刺青が見事に迷彩色に変わっており、まるで特殊部隊の精鋭達のように変貌していた。
俺は未だ身体が不自由なままであったため、脇の高さに合わせて作ってもらった簡易的な松葉杖を用意して貰った。
更には王族専用の輿に乗せてもらって、全軍の指揮権を委ねられている。
当地の社のある麓まで進むと、そこで部隊を二つに分けた。
四十名程の兵士を中心とした部隊には、手分けをして社に向かう参道の封鎖を命じた。
俺を中心とした残り六十名の部隊は、社の手前の森まで進んで密かに陣を整えた。
衛士十名には斥候として、侍従長カラスの指揮の元、社に残った巫女の数や指揮系統、特に火元になりそうな場所を探らせた。
数刻して二名の衛士が報告に帰還した。
報告によると、残された巫女は侍女達がほとんどで、人数は二十名程度が残されているという。
社主の代行として、年嵩の巫女が屋敷の奥に籠っていることを確認した。
斥候に出した部隊を一旦帰陣させ、俺は作戦を伝えた。
まず部隊の内の十名は、雑務で社を出た侍女巫女を一人づつ捕らえるように命じ。
次の二十名は侍従長カラスを隊長に社最奥に居る社主の代行の捕縛を命じ。
残りの三十名は遊軍を兼ねて、社に残る侍女巫女の捕縛を命じた。
「今回の作戦で重要なのは二つ。一つ目は決して死者を出さないこと。二つ目は決して火を放たせないこと。それ以外については今回の作戦の指揮官の侍従長カラスの現場判断を仰ぐこと。今回の作戦はウシ國の安全を図るのに重要となる。各員の働きに期待する」
俺は以上のように、作戦内容を訓示した。
侍従長のカラスは、一人残る俺を心配するように目線を送ってくると、衛士の一人が気を利かして俺の方に向き直って申し出た。
「恐れ入ります。某だけでも、若王様の護衛に残させて頂けないでしょうか?」
(誰かに似ている気がするんだよなぁ…)
俺は申し出てくれた、衛士の名前を尋ねた。
衛士は目の前に進み出て、跪き深々と頭を垂れながら言った。
「某は『オクウ』と申します。侍従長を拝命して居りますカラスの息子でございます」
俺は得心したので、衛士オクウにその場で護衛の任を命じた。
(まぁ衛士の立場として俺を一人残して、何か有ったら責任問題になるんだろうからな)
俺は内心では、安全な後方でのお留守番気分で居たので、自分の立場というものを改めて認識した。
改めて作戦開始の指示をすると、手慣れたように各部隊は社に向かって行った。
俺は輿に座ったまま、隣で仁王立ちしている衛士オクウに声を掛けた。
「今回は護衛を申し出てくれてありがとう。オクウは侍従長によく似てるね」
隣の衛士は、周囲の気配を再確認すると、こちらに向かって相好を崩して言った。
「やはりどこか似ておりますか?皆にはあまり似てないと言われますが」
確かに侍従長はスリムだけど、オクウはどちらかというとマッチョだもんな。
顔立ちもきっと母親似なのだろう、柔和な表情が印象的だ。
「よく似てると思うよ。…その気配とか…」
俺は言葉を濁しながら、そのあとに会話を継ごうとした途端、茂みの奥に気配を感じてそちらを見遣った。
同時に衛士オクウも、同じ方向に矛を構えていた。
「あはははは…。失礼いたしましたぁ」
茂みの奥から両手を上げて、敵意が無いのをアピールしながら巫女装束の若い女性が現れた。
「そこで止まれ。それ以上近づくなら容赦しないぞ」
衛士オクウは俺と巫女との間に立ち位置を変えて、隙の無い構えで相手を制している。
俺はお互いを刺激しないように、ゆっくりとした口調で巫女さんに訊ねた。
「えーっと、ひょっとして貴方は山依國の巫女ですか?」
すると、こちらに跪いて仰々しく挨拶の口上を述べ出した。
「お初にお目にかかります。わたくしは山依國の宗女名代にて、宗守の『ウズメ』と申します。ウシ國の若王ヲシリ様に於かれましては、ご機嫌麗しゅう…」
俺はやれやれといった風情で、敢えて気軽な口調で答えた。
「我も堅苦しいのは苦手ですので、お互いに率直な意見交換を致しませんか?」
「それは手っ取り早いご提案で、わたくしも嬉しい限りですわ」
なんて言いつつも衛士との距離を計りながら、宗守のウズメはスッと立ち上がって一歩下がった。
俺は衛士オクウに矛を収めるように言ったが、相手との間合いを図りながら逆に警戒を促してきた。
「若王様、この巫女の言葉に騙されてはなりませんぞ」
(うーん。きっとお互い一歩も引かないんだろうなぁ)
俺はそんなことを考えつつ、宗守ウズメの様子を観察した。
巫女装束は薄手ではあるが、色々と武器や暗器を忍ばせるゆとりも持たせている。
特に胸元には短い武器を携帯していそうだ。
(きっと苦無みたいな、忍者特有の武器なんだろうな)
しかし、相手も山依國の宗女名代を名乗っているので、あまり高圧的に出ても良いことは無さそうだ。
どうせあと半時も経てば、兵士達も帰還してくることだろう。
最初に戻ってくるのが侍従長カラスなら後を任せられるが、現場指揮官を任じてしまったので戻ってくるのは最後の方になるんだろう。
そこで諦めて、俺が交渉の矢面に立つことにした。
「えっと…宗守のウズメ殿、この衛士オクウも任務がある故、我に危険がある内は矛を収めることはしないでしょう。出来れば胸元の苦無みたいな得物は、一旦手放して頂きたいのですが、そうでないと衛士も矛を収めないでしょう」
俺は時間が事態を解決することは確信していたが、相手は宗主国の高位の巫女ともなると、無用な揉め事を起こすことは極力避けたかった。
「重ねがさね若王様の御前で、こちらこそ失礼致しましたわ」
気軽に応じると、宗守ウズメはまるで舞踊を一差し舞うかの様にクルリと回って見せた。
ジャラジャラジャラジャラジャラジャラ…。
足元にはこんなにどこに隠せるのだろう?って数の得物が堆く積まれていた。
さすがに俺も呆気に取られていると、宗守ウズメとの間に割って入っていた衛士オクウも、矛を収めて俺の脇に控えた。
(なんか俺の周りって、何でこんな人ばっかりな訳?)
まぁ、先程までお互いから発せられていた殺気みたいな気配も、きれいさっぱり無くなっていたので、俺は改めて宗守のウズメに訊ねてみた。
「じゃあ…改めまして、山依國の宗守ウズメ殿はどうして、我がウシ國の領内におられるのですか?」
その問いには答えずに、意外にも袖を口元に充てて、クスクス笑いながら言った。
「ウシ國の若王様から殿だなんて…、我のことは気軽に“ウズメ”と呼び捨てにして下さいませ」
(そんな気軽に呼び捨てに出来る訳ないだろ!)
心の中で壮大に突っ込みを入れながら、苦笑いを浮かべつつも何とか円滑に交渉に移りたいと考えていた。
「それじゃあ、巫女…宗守のウズメさん?」
「ウ・ズ・メ!…ですわ」
すかさず突っ込みを入れてきた。
カチャッ、カツッ…
隣の衛士オクウが矛の柄を掴んで、音を立てて威嚇していた。
(きっと仕える主を侮辱してるのを見て、腹を立てているんだろうな。その気持ちすっごく分かるけど…今は落ち着こうね)
俺は心の中でそんな風に願っていると、社の方から部隊が引き上げてきた。
その中には侍従長カラスの姿も認めたので、俺は心の底から安堵していた。
(あれ?ウズメさんって、このタイミングまで待ってたのかなぁ?)
今回の作戦に参加していた衛士・兵士全員が、巫女達を捕縛して戻ってきた。
もちろん一部の兵士は社の警備に残っているようである。
侍従長のカラスが、捕縛した年嵩の巫女を引き連れてやって来た。
そして衛士オクウを一言、労って隊列に戻るように指示した。
すると衛士オクウは俺に対して、恭しく頭を下げて奏上した。
「此度の戦、ご戦勝おめでとうございます。某も若王様の見事な作戦に感服仕りました。今後ともお見知りおきください」
再度、深々と一礼すると踵を返して行ってしまった。
侍従長のカラスは改めて、近くに寄って小声で囁いた。
「この社主代行が、若王様と山依國の宗守ウズメ殿に折り入ってご報告があるとのことです」
(ウズメさん?名前呼びの突っ込みは?)
俺は宗守のウズメに視線を送ると、先程まで堆く積み上げられていた得物や暗器を、いつの間にか巫女装束の下に戻していた。
年嵩の巫女…社主代行は、俺と宗守のウズメに近づくと、深々と頭を下げて報告した。
「宗守ウズメ様のご指示通り、怪我人一人も出すことなく、無事降伏いたしましてございます。証拠の品は奥の間の文机の上にまとめておきました」
(????????)
宗守のウズメも満足そうに頷いて見せた。
(あれ?俺の作戦は?…そう言えば嫌に全軍の引き上げが早かったな…って、あれっ?ひょっとして…それって出来レース過ぎるでしょ!)
奥の兵士からは色々なところから、声が聞こえてくる。
「若王様の作戦は、見事の一言に尽きるな」
「俺の部隊も被害もなく、アッサリと終わったぜ」
「儂は若い頃に先代様と共に戦場を駆け回ったもんじゃが、若王様は先代様によく似ておられるわい」
あちらこちらから聞こえてくる声は、称賛するものばかりだった。
(やめてぇー。恥スギて穴があったら飛び込みたいんですがぁー!)
俺が恥ずかしさを堪えていると、宗守のウズメは、こちらに向き直って聞いてきた。
「ウシ國の若王ヲシリ様、捕らえた巫女達はいか様に処分されまするか?」
(あれ?さっきまでの名前呼びネタはどこへ行った?)
そんな突っ込みどころ満載だったが、努めて冷静にこう答えた。
「全て父王の采配となります…ただ山依國からの宗守の意向で赴いていた者は、貴国への送還となるでしょう。但し、件の社主の配下に対しては、厳しい対応もご覚悟ください」
山依國の宗守のウズメは了承の意を示しつつ、重ねて問うてきた。
「この社はどうするお積りでしょうか?」
俺も端的に答えた。
「社の処遇もまた父王の采配次第です。陰謀の拠点だったからには破却するか、残すとしてもウシ國の氏神を祀る社として改築となるかも知れません」
山依國の宗守のウズメは、納得気に大きく頷くと小声で話しかけた。
「それでは騒がしくなる前に、あたしと若王様と侍従長殿の三人で、社の探索に出掛けませんか?」