【2.5章 7話】 飛散ホットドッグ対決 壇上のナイフ
古宮と天坂が解説をしている頃、ミリアナさんと聡の間でも静かな戦いが始まっていた。
「君はどうしてフードバトルのステージにカムバックしたんだ?」
「巻き込まれた、それ以上の理由はございません」
「巻き込まれたとアンダースタンドをしているのは、ペンギン伯爵の真意を読み取ったのだろ」
「ぼんやりと、ですが」
「ペンギン伯爵はプレイヤーではなくプランナーだ。ちなみに僕はパフォーマー出身だ。それでペンギン伯爵のブレインの中にはエブリデイ、集客だ。
だからペンギン伯爵から君の話を聞いた時にはサプライズだった。君はビューティーなだけの神輿だと思っていたからね」
「そうですか。私としてはどちらにしても迷惑なのですが」
「君にはその気がなくても、この場に出て来た以上は役割の渦の中に巻き込まれた。
僕たちはフードファイターなんてアナザーネームを付けられて、メディアの中でライトを浴びているけど、所詮はフリークショー。
つまりは見世物なんだよ。フールを演じなければならない。君はどのような食材であったとしても、とても綺麗に美しく食べるそうだね。
それもまたフールだ。頑なさはノーマルではないからね」
「私はただ食材に、料理に感謝を抱いているだけです。メディア用のものではありません」
「それグッドなのさ。僕がナイフを頑なに使うように、君は美しさを頑なに使う。
だけどその頑なさが偽りのものだとしたら、君をフードバトルに巻き込むのはナンセンスだ。だから僕が試さしてもらうよ。
フードバトルの食材はホットドッグ。ソーセージとみじん切りのオニオンをパンに挟み、上にはケチャップとマスタードが塗られている。ホットドッグを使ったフードバトルのノーマルは、ソーセージをパンに挟んだだけの物を使う。
絵面が汚いし、どうせ周囲にまき散らして食べるからね。
だからこそ僕はこれを選んだ。君はこのホットドッグをどう食べる? 見させてもらうよ」
「あなたの思惑に乗るのは好ましくありませんが、私は主に泥を塗る訳にはいきませんので、あなたが見たがっている方法で勝たせていただきます」
「主ね……。どうりでメイド服を着ているわけだ」
聡は視線をずらして俺を見ると口角を上げた。もしかして主が俺だと勘違いされているのか?
「ペンギン伯爵とのフードバトルをウォッチした結果、クイーンは手強い相手だと知った。だから僕はゼロから本気を出す。
もうすぐスタートのタイムだ。君の主に格好の悪い姿を見せない為にも、せいぜい頑張ってくれ」
実況の古宮のカウントダウンが聞こえてくる。ざわついていた観客が一斉に静まり返り、古宮の言葉が公園内で反響する。10から始まったカウントは徐々に数を減らし、遂に2になった。
「1……、0! 『星洞町の8本ナイフ 聡』対『清白クイーン』のフードバトル。試合開始だ!!」
ミリアナは大胆にも両手でホットドッグを掴むと、端から口に入れた。前回のフードバトルと違って、ナイフとフォークを使用していない。
古宮も同じことを思ったようだ。
「クイーンが直接手で持って食べました!
これこそフードバトルのメインストリートだ! しかし天坂さん、昨日とは打って変わって今日のクイーンは勝気ということでしょうか?」
「いえそうではありません。
そもそもホットドックの食べ方はあれが正しいのです。手軽に食べられるのがホットドッグの良さですからね。それに口周りや机の上をよく見てください。さすがはクイーンといったところです」
「口周りや机の上ですか……、っ! これは何ということか!
ホットドッグにはケチャップやマスタードが塗らているのに、口元はまるで朝の洗顔を済ませた後のように綺麗だ!
それに玉ねぎのみじん切りが挟まれている筈なのに、一切れだって落としていない! このような食べ方が可能なのですね」
「はい。おそらくはパンズを少し上にずらして、包み込むことでソース系や玉ねぎをこぼさないようにしていると思われますが、実際にすると難しいでしょう。
私はアイドルの端くれでありますので、今後の食レポの為にもご教授願いたいところです」
天坂の解説を聞いてからミリアナさんを見ると、確かに至近距離の俺でも一切の汚れを確認できない。
器用に食べるものだと感心してから聡の方を見ると、聡も聡でとんでもないことになっていた。
聡は板に刺さっているナイフを右手に、そして左手には別の形状をしたナイフを掴んでいる。
聡が机上に置かれたホットドックに挟まれているソーセージにナイフを突き刺したかと思うと、次の瞬間にはソーセージの皮だけをはぎ取って、ソースを内側に包むようにして丸めると口に入れた。
ソーセージの肉は2本のナイフで押しつぶしてから食べた。
残ったパンに取り掛かる前に、ナイフの1本を他の物と取り換えると、バンズを一口大に切っては口に入れる行為を繰り返している。
そのナイフの切れ味は鋭いのか、それとも聡のナイフ捌きが良いのかはわからないけど、ナイフの一振りでバンズは一片の切り残しも無く綺麗な断面を見せている。
どうやら玉ねぎごと切っているようだ。
「開始早々飛び出しました! 星洞町の8本ナイフ 聡は用途の違う8本のナイフを駆使して食材を分解する。
そのあまりにも美しいナイフ捌きは、さながらイリュージョニストだ! 次から次へとホットドッグが丸裸にされていくぞ。
天坂さん、素人考えではこのような時間は無駄なように思えますが」
「胃に入る量には上限があります。それは押し入れに物を片付けていくのと同じで、雑に片付けるとすぐに一杯になってしまいます。
つまりは胃の中に最大限入る食べ方をすることで、相手よりも多く食べられます。
聡は自身の胃に最大限の量を入れられるように、ああして食材を分解しているのです」
「なるほど。彼にとってのフードバトル理論、その最適解ということでしょうか」
「実はもう1つの理由があります。それは美意識です。
彫刻家出身の彼にとって、人を楽しませるこの方法こそが、最も気持ちを高める方法なのです。フードバトルは精神の戦いでもあります。
胃の限界よりも、精神が折れると喉に物が通らなくなります。そもそもフードバトルとは……」
天坂の解説が続く中、ミリアナさんと聡は一進一退の戦いを繰り広げてられている。聡の食べ方は実況の古宮の言う通り無駄が多いように思えるが、見ていると良くわかる。聡のペースは少しも落ちないのだ。
もう既に15分ほどが経過しているが、聡は開始したばかりの頃と同じ調子で食べ進めている。
一方のミリアナさんのペースも、多少の減少はあるものの殆ど変わっていないし、姿勢を正した美しい食べ方は乱れの欠片も見せない。
さらに5分が経過したころ、事態は急変した。
聡が手を止めて顔をミリアナの机に向けた後に、目だけを動かしてミリアナの顔を見る。そして再び動き出した聡の手は先程までとは全く違うものを見せた。
ソーセージに乗せられていたケチャップとマスタードをナイフですくい、そのナイフを机上において別のナイフを手に取ると、ソーセージの表面にまるで鱗のような無数の切れ目を入れていく。
ソーセージを指に挟むと、次はバンズをナイフで削っていく。その作業が終わるとバンズを机に置いて、小さなナイフに持ち帰るとソーセージの先端を半分に切って細工を施していく。
観客の中から聞こえる歓声の大きさと比例して、聡が何をしようとしているのかがわかってきた。
聡は最後にソーセージから2本の細い糸のようなものを切り出すと、逆方向の先端をバンズの上に刺した。
その瞬間、溢れんばかりの拍手喝采が沸き巻き起こった。
聡がホットドッグで作り上げたものは、雲の上から立ち昇る真っ赤な龍であった。




