【第5話】 相山隆利は様子を見る
オリエンテーション午前の部、最終種目の玉転がしが間もなく開始される。
この種目は1試合に3クラスが競い、合計6試合が行われる。各クラス均等に3試合を行う。1試合で1クラス3人ずつが出場する。
1年6組の出場メンバーは、1試合目が俺、【ドワーフ】のグルール、【能力者】の野条。
2試合目が、第3太陽系テェンツァルス王国の【第2王女】である【リアナ・タルス・テェンツァルス】、【呪いの人形】の女の子【阿字ヶ峰 巻】、【ダークマター】の少女【キャレット】。
3試合目が【何の情報も無い】少女の【ケイ】。【祝福】のバースディ、【蜘蛛】の女性テラーニャの計9人である。
玉転がしの参加者である9人は既に出場者控えに集まり、グラウンドの準備が終わるのを待っている。
小学生みたいな見た目の阿字ヶ峰は足をブラブラとさせながら、キャレットの顔を覗き込んでいる。
「ふっふっふ、我の相貌に異様を感じ取ったか」
キャレットは両手の親指と人差し指と中指を立てると、腕をクロスさせる。
「そのポーズはなんじゃ。今はやっとるのか? 我もやってみようかの。フハハハハ」
そう言うと阿字ヶ峰はキャレットと同じポーズを取って高笑いを始める。
そして、隣に座るテラーニャを見上げた阿字ヶ峰はニヤリと笑う。
「どうした。お前もやらぬか。これは試合前の儀式である」
「わ、私もですか? やりませんよ」
テラーニャが突然のポーズの要求に戸惑っていると、阿字ヶ峰は更にごり押しを続ける。
「仲を深めようと思ってお願いしたのに。我はテラーニャと仲ようなりたかっただけなのに。片思いとは辛い物じゃ。こんなに思いが届かなんなら、もう生きていても仕方が無い。ああ、憂鬱じゃ」
阿字ヶ峰は肩を落として俯いている。
呪いの人形の阿字ヶ峰に生きるも何も無いだろうと言いたいところだが、口を挟むと巻き込まれそうなので知らないふりをしていると、テラーニャは戸惑っている。
2人のやり取りを見ているバースディは、全てを包むような慈悲深い微笑みで彼女達を見ている。
「ごめんなさい。そんなつもりじゃないの」
「でも。やってくれんじゃろ」
「やります。これでいいですか。フ、フハハハハ」
テラーニャが強張った表情で謎のポーズを披露すると、阿字ヶ峰は隠し持っていたスマホでその様子を録画していた。
呪いの人形なのに、意外とハイテク機器を所持しているようだ。
「ふひひっ、面白いもんが撮れたわ。ご苦労じゃった」
「え! ちょっと、だましたんですか?」
テラーニャはポーズを維持した状態で抗議をするがその姿は滑稽で、俺はつい笑ってしまうと、俺の横に座っていた野条がため息をついた。
「まったく。楽しそうで羨ましい限りだね。そんな状況じゃあないのに、やれやれだ」
口では悪態をついているが、表情は柔らかい。どうやら野条はすかした性格に見えるのだが、馬鹿らしいことは嫌いじゃないようだ。悪い奴ではなさそうだ。
むしろ、腕を組んで微動だにしないケイの方が苦手である。どう話し掛けていいのかの見当がつかない。
そしてリアナはどこから取り出したのか、ティーカップで優雅に紅茶を飲んでいる。
『グラウンドの準備が出来ました。選手の皆様はグラウンドに入場してください』
聞こえて来た司会進行の声で、俺達9人は腰を上げた。
その時、どこからか清涼感のある匂いが鼻を突いた。俺はその匂いが何処からのものかを知りたくて、その場から動かずに首を振っていると、匂いの正体が判明した。
俺の前をケイが通ったその瞬間、風に運ばれた清涼感を感じた。これは石鹸のような匂いである。
そして俺はつい口に出てしまった。
「ケイ。良い匂いだな」
その時の光景を俺は忘れないだろう。ケイの表情がこの世で最も嫌悪する物体を見た時のような、拒絶を凝縮したようなものだったからだ。
「死ね。ゴミくず」
ケイはそれだけを言うとグラウンドに向かっていく。生まれて初めて死ねと言われた。
その光景を見ていた阿字ヶ峰は腹を抱えて笑っていた。
玉転がしの1試合目は俺とグルールと野条のトリオだ。右隣が3組で、その3組の右隣が5組である。
『優勝候補の1組。そして3組と、いい場面が無い6組だ。ここらで派手なのは見た目だけではないと証明してくれ。それでは1試合目、スタートだ』
イラっとする司会進行の煽りに続いて、玉転がしのスタートを示す笛の音が鳴り響いた。その瞬間、右隣の3組が俺達の玉目掛けて、自分たちの玉を蹴り飛ばした。
2つの玉が操舵者の手を離れて、白線を飛び越えてグラウンドに転がっていく。
一方の5組は何事も無かったかのように、至極順調に玉を転がしていく。
「嘘だろ」
俺が呟くと同時にグルールが玉を追いかけた。
他のクラスが体面をかなぐり捨てて俺達の妨害を行っている。その堂々とした姿には感心すら覚える。
これで勝てても、納得できるのだろうか?
まあ、良いけどさ。
「行くよ」
野条に肩を叩かれた俺は我に返って玉を追いかけた。
その後も前を走る5組に追いつこうとするのだが、度重なる3組の妨害を受ける。
結果は、1位が1組、2位が俺達の6組である。
俺達を妨害し続けた3組にはどうやら勝つ気が無かったようで、3位の彼らはまるで勝者のように喜びを分かち合っている。
この種目は全ての試合終了時点で勝ち点の多いクラスが点数を得る。
各試合の1位が10ポイントで、2位が6ポイント、3位が5ポイントであるから、2位と3位のポイント差は小さい。だから1つのクラスが3位になったとしても、俺達を2位にさえすれば総合的に見るとポイントは高くなる。
もし他のクラスの人達が俺の思う手段を使うのならば、何もしないわけにはいかない。だから俺は【金持ち】の【ヘンリー・ミリー・マルコット】を呼んだ。今後の事で相談をする為だ。
その後も想像通りに同じ手を使われ続け、俺達は2位になり続けた。
最終結果が発表されるとやはり想像通りの順位となっていた。
1位が26ポイントを稼いだ1組で、2位が22ポイントを稼いだ5組。そして3位が20点を稼いだ2組と3組と4組である。
談合の影ではなく、そのものを目の前で見せられた。
3競技目終了時の点数
【1組30点・2組12点・3組6点・4組9点・5組6点・6組0点】
3種目が終わり、俺は淡い期待を完全に捨てた。オリエンテーションが始まるまでは、ある程度のスポーツマンシップに則った妨害に留めると考えていたからだ。
分別も倫理も無く、ただ俺達を最下位にする為の同級生の行動と、それを咎める様子が無いだけではなく、率先して指示を出している教員には呆れてしまう。
出来ることならばオリエンテーションを、普通のクラスとして穏便に終わらせたかった。クラスメイト達が本来の力を使うことなく、普通の学生と同程度の力で参加する事が理想だったのだが、こうなっては仕方が無い。
昼食の為に教室に集まったクラスメイト達を前にして、委員長として宣言する。
「午前中はよく我慢してくれた。本当ならばどんな妨害をされたとしても勝てただろうが、他のクラスの人達は俺達の事情を知らないから、迂闊に力を見せられない。だけど、あそこまでされたら俺も簡単には引き下がれない。グルール、棒倒しはどうだった?」
銀色の弁当箱をつつく【ドワーフ】のグルールは顔を上げた。彼の弁当は野菜と肉がバランスよく入れられた、彩の良いものである。
「棒に細工があった。俺達の物には天に掲げる側の先端が重くなっていた。敵の棒はその逆に地面側が重くなっていた。まあ、俺1人で持ち上がる程度の重さだ。大した細工でもなかった。俺ならばもっと絶対に倒れない棒を作れた。程度の低い悪戯だ。俺ならばあの程度の悪戯で満足しない」
棒倒しで行える細工はたかが知れている。グルールが敵側の棒を持ったのは間違えたからではなく、細工を確かめる為だ。
「そうだな」
俺はグルールの言葉に納得して頷いてしまった。そう思えるのはクラスメイト達の力を知っているからだ。クラスメイト達であるならば、この妨害が何の意味もなさないと知っている。
「次の玉入れは……、言わなくても分かっていると思う」
俺がそう言うと、粘性が高い液体を水筒からコップに移している【植物】のマーガレットが、艶のある声を出した。
「萎えたわ。接触してくれると期待していたのに。触れ合えばお互いを感じられる。こうしてね」
マーガレットが俺に向けた指が2本に分かれる。その片方が緑色に変色したかと思うと急激な勢いで伸び始めた。そして、その緑色の物体が植物のツタであると気が付いた頃には、俺の指に絡みついていた。
「委員長さんの手は優しい暖かさがあるわ。ねえ、このまま私を引き上げて一緒にどこかで踊りましょうか」
マーガレットのツタは一見すると植物に見えるが、人肌の暖かさがある。
俺がこれをツタだと認識していなければ、指を絡められたと勘違いしていただろう。俺の劣情を掻き立てるように絡まれるツタから目を離し、早まる鼓動を隠してマーガレットを見る。
「魅力的な相談ではあるけど、今はそんな場合じゃない。次の機会があればお願いしするよ」
「楽しみにさせてもらうわ」
マーガレットの緑色のツタを指から切り離すと次第に枯れていき、ひび割れたそれが破片になり教室に霧散する。
俺の腕に未だに絡まるツタの残滓を払うと話を次に移した。
「玉転がしの妨害では、流石の俺も少し腹が立った」
「どうするのかしら。わたくしたちの力を使えば敵は簡単にねじ伏せられる。委員長さんは何がご所望なのかしら」
声の主は【王女】リアナである。彼女の目は俺を試していると言わんばかりのものであるが、俺はそんな彼女が求めている答えを考えるつもりはない。
「力でねじ伏せるのは簡単だろう。だが簡単なだけで今が解決するだけだ。敵はこう思うだろう。力で負けたのなら、次は力ではない違う手を使おうってな。そんな些事に付き合っている暇はない」
「それではわたくしに聞かせてくれないかしら。オリエンテーションを勝利する方法を」
「俺の勝利という言葉は、オリエンテーションを指しているわけじゃない。俺達が勝利しなければならないのは敵の反抗心だ。だから俺達は力ではなく、魅力で勝負する」
「魅力とは曖昧な言葉を出してきたわね。わたくし達に誘惑でもしろと言うのかしら?」
リアナは何もない空間に魔法陣のようなもの浮かび上がらせる。魔法陣は光を放つと黒い靄に変わった。リアナはその靄に手を入れて、入学式の時に持っていた剣を取り出して、教室の床に音を立てて突き立てる。
その剣の存在感たるや、俺は内心でとてつもなくビビっている。
一般人の俺を王女が武器で脅すってなんだよ。そもそも武器を教室に持ち込むのは駄目だろ。先生が取り締まれよ。
その肝心の鹿嶋先生は教室の後ろから、ニコニコとした表情で俺を見ている。
「作戦を提案したい」
俺は全ての内心を隠し、背筋を伸ばしてクラスメイト達にそう言った。