【2章 2話】 罵りあい
「わかくしは構いませんわ。委員長から折角のお誘いですもの。お断りする理由はありません。どうぞ連れて行って下さいませ」
リアナはそう言うと胸元に両手を添えて、軽く上体を傾けた。俺はそれに釣られて上体を少し倒した。
「僕もお供させてもらうよ。現地の人に案内されるのは、文化を知る上で重要だ。モニター越しに見られるのは、他人の経験でしかないからね。生きた経験は実地でしか得られない」
どうやらジアッゾもリアナも一緒に行くようだ。
「それでどこに連れて行ってくれるのかしら。雨の日だから屋内にして頂けるとありがたいのだけど」
どこに行こうか。実を言うとまだ行き先を決めていない。行き先を考えている時に2人に会ったからだ。
「2人は休みの日はどこに行くんだ?」
「わたくしは外出を控えておりますので、休日は家でくつろいでいますわ」
「僕も外出はしないね。サブスクで映画やドラマばかり見ているよ」
2人ともインドア派のようだ。
「それじゃあ、あえて体を動かす場所にでも行こうか。少し歩いたら【ファーストランナー】がある。そこで遊ぼうじゃないか」
ファーストランナーとは複合レジャー施設である。スポーツやカラオケ、ゲームセンターで遊ぶことが出来る施設で、金は無いけど楽しく時間を潰したい学生に人気のスポットである。更に施設内には飲食店もあるので、腹ごしらえも可能だ。
俺の提案は全員に承認され、雑談をしながらそこへ向かった。
そして、ファーストランナーに到着して、真っ先に足を踏み入れたリアナは眉をひそめた。
「騒がしい場所ですわね」
「違う場所がいいか?」
「構いませんわ。集団行動を乱すようなわがままを言う年齢は、とうに過ぎていますもの。それに以前から興味がありましたの。このような場所は」
リアナはこのような雑多な場所であっても、凛とした風格を保ち続けている。さすが王女様である。
その前に王女様とこのような場所に来て良いのだろうか。俺はリアナが住む世界の文化や常識を知らない。近い世界のフューレが何も言ってこないのなら、良いのであろう。
「これは何だ! 魂魄の保管庫か。それとも施設を守護する聖者か」
キャレットが目を輝かせて、クレーンゲームに駆け寄っていく。その中は誰もが知る可愛らしいクマのキャラクターのぬいぐるみが景品として並んでいる。
「そんなに大層なものでは無いよ。中に入っているのはただのぬいぐるみだ。このクレーンを操作して、中のぬいぐるみを手に入れる遊戯だな」
「そうか。1体を我が眷属して迎えたいが、孤独と絶縁はさぞ沈痛するだろう。一時の安らぎを享受するがいい」
キャレットはそう言うとクレーンゲームから離れた。クマのぬいぐるみがほしかったようだ。
「みんなこっちだ。付いて来てくれ」
俺は先導して受付カウンターに向かった。
この施設でスポーツ施設やカラオケで遊ぶ場合、受付で利用時間を申し込み、時間に合わせた金額を払う。これが入場料となる。
入場料を払えば、館内にあるスポーツ施設でもカラオケでも、時間内であれば自由に何を遊んでも良い。
俺たち5人は入場料を払うと、特に目的も決めずにエレベーターで最上階まで上がった。
最上階にはバドミントン、バレー、テニス、フットサルのコートがあり、隅にアーチェリー場がある。
さあ何をしようか。スポーツをしようと言ったものの、ゆっくりしたいという気持ちが強い。それなら……。
「テニスなんかどうだ? ダブルスなら2対2で丁度いいだろ」
つまり残った1人になれば休める。
「テニスですか。わたくし存在は知っておりますが、ルールの方を存じおりませんの。似通ったスポーツはあるのですが」
「似たスポーツってどういうのだ?」
「パッシャーという名のスポーツがありますの。テニスのラケットには固い糸が張られておりますが、パッシャーのラケットには反発電磁ネットが張られておりますわ。
グリップの握り方で反発の強弱を変更できますの。これが中々に難しく、ラケットに搭載するエネルギーの総量が決まっておりまして、強弱のタイミングが駆け引きになりますの」
さすが惑星間航空が可能な技術力を持つ世界だ。スポーツにも俺の世界では有り得ないハイテク技術が使われている。ルールや理論が難しそうだ。
いつかパッシャーというスポーツもしてみたいけど、今からするのはテニスである。
「どうせ遊びなんだ。白線の中でボールをラケットで打ち合って、ボールが返せなかったら相手に点数が入る。その程度でいいんじゃないか」
俺もルールは詳しく知らないし。
「そうですわね。ルールはラケットで打ち返せなかったら相手に点数が入る。それでよろしいかしら」
「良いんじゃないか」
「そう。チームはどうしますの?」
「そうだな。俺を抜いたら4人は宇宙出身だろ。だから最初は見ておくよ。チーム分けはじゃんけんで決めるのはどうだ。
最初に勝った人がAチーム、次がBチーム、次がAチームでいこう」
そして4人がじゃんけんをした結果、Aチームがリアナとフューレ、Bチームがジアッゾとキャレットとなった。
それぞれのチームが集まって何やら話しているので、耳を澄ませる。
まずはAチームだ。
「フューレ様と肩を並べる機会、光栄の極みです」
「ええ! そんなに畏まらないでよ。僕たちはクラスメイトなんだ」
「恐れ多いですわ」
「困ったなあ。そうだ今は勝つことだけに集中しようよ。相手はクラスメイトとはいえ、勝負は勝たないと面白くないしね」
「フューレ様の仰せの通りに」
苦い笑いを浮かべるフューレと、異常に畏まっているリアナ。
驚きなのは女王であるリアナがそのような態度であることだ。もしかしてフューレはかなり位が高いのか? 友達感覚で接していたんだけど、まずかったのか?
今は考えないようにしよう。
一方のBチーム。
「キャレット君とチームを組むのは初めてだけど、僕は必ず勝ちたいと思っている。君は?」
「僕に敗者が啜る泥水は必要ない。感情は同じ空を見ている」
「負ける気は無いと取らせてもらうよ。
フューレさんには悪いけど、リアナに負けるのは精神的に許せない。ルールは簡単だ。ラケットでボールを打ち返せなかったら勝ち。初めは相手の実力と出方を見る」
「承知した。栄光は我らの手で掴もうぞ」
「勿論だ」
ジアッゾとキャレットは力強い握手を交わした。
何か嫌な予感がするのは俺だけだろうか。とは言って4人はある程度の常識を持った人達だ。点数を数えながらゆっくりと見させてもらおう。
俺はコートの傍に設置された得点版の横にある椅子に座る。他の4人はラケットを手に取ってコートに入った。
フューレとキャレットは楽しそうにしているのだが、ジアッゾとリアナの目つきが悪い。2人の間には稲妻が走っているようだ。
どうもこの光景にデジャヴュを覚える。
思い返せばツチノコ探索の時、【呪いの人形】の【阿字ヶ峰】と【霊能者】の【水引】も完全に仲が悪かった。
もっと遡れば入学式の日、【ドワーフ】の【グルール】と【エルフ】の【エンリリィ】も良い関係とは思えなかった。
今まで見ないふりをしていたけど、人間関係に問題を抱えるクラスメイトは少なくない。きっと表面化していないのもあるのだろう。そう思うと憂鬱になる。
ちなみにツチノコ探索を境に、阿字ヶ峰と水引の関係は前進したようだ。だからジアッゾとリアナも仲良くしてほしいのだけど、どうも根が深そうだ。
どうしたものかと考えていると、試合が始まった。
サーブはジアッゾである。ジアッゾはボールを宙に投げてラケットで打ち抜く。その動作に不慣れな部分は一切なく、まるで経験者のそれを見ているように美しいフォームである。
ジアッゾのサーブを受けたのはリアナだ。リアナは片手でラケットを持つと、淀みなくボールを打ち返した。
そしてフューレとキャレットが入り混じったラリーがしばらく続いて、Bチームがボールを取り損ねたので、Aチームに点数が入る。
ジアッゾがボールを拾い上げると、リアナに投げた。
「さすがは王宮の妖精とまで言われたリアナだ。動きに無駄が見られない」
「お褒めに預かり光栄至極にございますわ。たとえ私が王宮で言われている蔑称であったとしても」
「それは申し訳ない。君たちの格式という盾に守られた庭での、歪な足の引っ張り合いに興味が無くてね。知識不足を恥じる限りだ。すまなかった」
「いえいえ。肉体から逃げて、空虚なデータに成り下がっても、恥を知るという道徳心を持てるあなたに敬意を表しますわ」
なんだよ、この2人は。テニスではなく嫌味で戦っているじゃないか。
だが俺はこの時はまだ余裕があった。何故ならこの会話が臨戦態勢への合図になっていると知らなかったからだ。




