【2章 0話】 遥か彼方の銀河系から
長い睡眠から目を覚ました。
ひんやりとした槽内で、目の前の湾曲した合成ガラスの窓に触れると文字が羅列されていく。仰向けで手首と足首を曲げ、指の開閉を繰り返す。
体中を巡る血流の活性化を感じる。全裸の体を手で触ると、熱が戻っていると分かる。先ほどまで液体に浸っていたから、少しばかり体の表面に水分が残っているけれど、十分に動ける体温だ。
ガラス窓がスライドをしていく。自然と浮かび上がっていく体に力を入れる。
予定よりも早く目を覚ましたから、まだ部屋に疑似重力は作動していない。
体を捻り隣のコールドスリープ装置を見ると、すでに開かれていて誰もそこにはいない。
「彼女はもう起きているのね」
わたくしが眠っていたコールドスリープ装置の隣には机があり、その上に服が縛り付けられている筈だ。
わたくしは王女である。常に気高くあらねばならない。だからこの宇宙船に2人しかいないからといって、だらけた姿ではいられない。
机上にあるわたくしのドレスの拘束を解放し、空間に浮かばせる。裾を持って軽く揺らすと筒状になる。
地面を軽く蹴って、その筒の中に体を押し込み袖に手を通す。
体を丸めて1回転をすると、ちょうど足の裏に天井が当たったので力を入れて蹴る。体は直進して入り口に向かう。
わたくしの体に反応して、入り口の扉は自動で開く。まっすぐの廊下、その側面にある出っ張りを掴むと、わたくしを目的地まで運んでくれる。
小さな部屋に到着した。
その部屋の中のボタンを押すと扉が閉まり、重力が徐々に戻っていく。髪をほぐしながら待っていると、全体重で地面を踏みしめる感覚が戻った。
ストレッチをしてから前に進む。扉が開いた先には操舵室があり、すでに見知った人がそこにはいた。
「おはよう。ミリアナ」
「おはようございます。リアナ様。お早いお目覚めですね」
「地球の生活はきっと予想よりも苛烈ですわ。ですから予定を先回りしないと、体がついては行かないでしょう。問題が起きた時、不調を言い訳には出来ませんもの。
誰か追ってきています?」
「確認はできません」
「うまく隠れているのね」
「リアナ様は何者かが追ってきているとお思いで?」
「わたくしを暗殺する絶好の機会ですもの。逃す訳はない」
「ですがリアナ様の地球行きを知っているのは王族と一部だけです」
「十分じゃなくて? 入学という看板で旅立ちましたが、その裏には逃走の文字がある。これは変えられない事実よ。
だけど追手を確認できないのなら、地球には無事に到着出来そうね。一安心ですわね」
「何かあれば私が守ります」
「ありがとう。地球で信頼できるのはミリアナだけ。頼んだわよ」
「承知いたしました。ですがきっと、地球で信頼できる人に出会えますよ。かの英雄が用意した機会ですから」
「そうだと良いわね」
「同じ太陽系の人はいるのでしょうか?」
「誰がクラスメイトになっても変わらないと言いたいところではありますが、あの星から来るとしたら問題ですわね。
仲良くできる自信はありませんわ。
心配をし過ぎても仕方がありませんわね。ミリアナが言うように、英雄が与えて下さった機会ですもの。必ず良い何かを、国に持ち帰りませんとね」
モニターに映る宇宙空間、その先に小さく輝く青い惑星が見えてきた。目的の地球だ。
わたくしはあの星で何をなすべきなのか。何が出来るのか。この小さな体と、わずかばかりの戦力で。
前を見て進み続けなければならない。少しでも振り向くと、きっとわたくしの心は折れてしまう。権力闘争から逃げざるを得なかったわたくしの最後の地、終着駅。
最後のチャンスを掴めるのだろうか。掴めないとわたくしは終わってしまう。
たった1つだけ口に出来ない言葉がある。心の中ではずっと叫んでいる言葉。
だれかわたくしを救って。
その言葉を必死に飲み込んで、近づく地球を見る。




