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高校生活は異世界人に囲まれて  作者: 出水 彰
第1.5章 怪奇ミステリーファイル 赤い犬
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【1.5章 10話】 反撃! 都市伝説VS怨霊

 阿字ヶ峰の「準備が整った」と言った瞬間、悪寒が走った。それは既に4体の赤い犬が俺たちを取り囲んでいる状況によるものでは無い。

 精神の奥底にある根本的な恐怖によるものだ。

 

 その恐怖に当てられた俺の手は震えて、攻撃の手を止めざるを得なかった。きっと無理に動くと足は絡み、力が入らずに無様な姿を晒してしまうだけではなく、赤い犬とまともに戦えない。


 だけど赤い犬をどうにかしないといけない。

 そう思って赤い犬を見ると不思議なことが起こっていた。赤い犬が宙を見ながら動きを止めているのだ。


『ねえ、あなたはだあれ?』


 囁くような女の子の声が左耳から聞こえた。咄嗟に左を見ると怯えた明美さんしかいない。だが彼女の声じゃない。


「明美さん、今の声は何です?」


「え! 声! 何?」


『ぎゃああああああああああぁ』

 

 洗濯場内に響く男性の叫び声だ。しかも1度ではなく何度も大小、男女様々な声が聞こえて来る。聞いているだけで胃が痛くなりそうな悲痛な叫びだ。


『イヒヒ、フフフフフ、フフ』


 叫び声に混じって奇妙な笑い声も聞こえる。室温が徐々に下がっているように感じるけど、体中から粘り気のある嫌な汗が噴き出してくる。

 猛烈な恐怖と嫌悪感に足が竦む。

 

 何が起こっているのかわからない。目の前の赤い犬は瞬きをしているだけで、全く動かない。というより赤い犬の瞬きを始めて見た。

 

『助けて』


 赤い犬にオレンジ色の手が置かれた。赤い犬は咄嗟にその手を掴もうとするが、オレンジ色の手が置かれた肩が崩れ落ちる。その奥に薄っすらと人が見える。


 その人は唇が異常に肥大化し、片目が抜け落ちて眼窩が見えている。性別がわからないほどに全てがボロボロの人が、赤い犬に圧し掛かる。

 すると赤い犬は口を開き、蛇の威嚇音のような悲鳴を出して吸い込まれるように消えていった。


 他の赤い犬も同様に人のような何かに連れていかれる。新しい赤い犬が現れても、次から次へと赤い犬がどこかに消えていく。


 中には抵抗を試みる赤い犬もいるが、その手が何かを掴むことは無く、腕からねじれて細い何かになって消失する。

 折り畳まれたり、足の先から化膿して最後ははじけ飛んだり、まるでミカンの皮をめくるように皮膚が剥がれていったり、多種多様である。


 共通点として一様にグロイ。正直見てられない。吐きそう。

 

 明美さんが目を背けているのは理解できるけど、まさかの高梨さんも目を背けている。その他の全員が平然と赤い犬の惨殺風景を見ている。さすがだ。


 それにしても阿字ヶ峰が呼び出した者は何者なのか。ケイのUMA騒動の時に阿字ヶ峰が出した者に比べて、あまりにも殺意があり過ぎる。


「阿字ヶ峰、何が起こっているんだ」


「そうじゃな。こいつなら詳しいのではないか。曲がりなりにもここで一番偉いんじゃろ」


 阿字ヶ峰はそう言うと高梨さんを爪先で軽く蹴った。高梨さんはその行為に憤慨する気力は無いようで、地面を見ながら答える。


「わ、私は知らんぞ」


「本当か? 嘘ならばお前もあのようになるかもしれんぞ。ふひひ」


「知らん。本当に何も知らん」


「本当か?」と指で突く阿字ヶ峰はとても楽しそうだ。単純に高梨を虐めるのが面白いようだ。


「阿字ヶ峰、その辺りで止めてやれ」


「仕方が無いのう。だが知らんとは嘆かわしい。人の業が生んだ悪意がここにはあった。人間は後ろめたい事実を歴史の闇に押し込める。だが我々は憶えておる」


「何があったんだ?」


「ここは国営の医療施設、設立は2回目の世界大戦の直前じゃ。この国の者達はきな臭くなった世の中から、未来を見据えてこの場所に建てた。表向きは医療施設としてな」


「表向きって、本当は何をしていたんだ」


「人体実験じゃ。この施設では過去に犯罪者や孤児を集めて、毒や薬の研究をしていた。

 その研究棟があったのが、まさにここじゃ。毒を浴びた者がどのような過程を経て死ぬのか、逆に毒物を浴びた者がどうすれば完治するのか。


 詳しい話は委員長には刺激が強すぎるから話さんが、到底まともとは言えない行為が、ここでは行われていた」


「それじゃあ、赤い犬を追い払っているのは」


「そうじゃ。当時殺された者たちの怨念が、消えずに染み込んでしまっておるのじゃ」


 そんな残酷な行為が行われていたなんて知らなかった。噂すら聞いたことが無い。


 次第に恐怖が薄れていく。

 憐みが恐怖を上回ったのだろう。


「それで幽霊はこの場所を案内したのか。ここならば赤い犬を倒せると」


「奴が当初考えていた案とは違うのじゃがな」


「違うって何がだ」


「ワシが来たからこそ、怨念を呼び覚ませたのじゃ。

 奴らだけでは不可能じゃ。ここは怨念が染み込んでいる場所じゃが、怨念とはいえただの念。数多ある人の感情の1つでしかない。


 霊は念の強い場所を好み集まって来るのじゃ。さしずめ、砂漠の中のオアシスのようにのう。特にここの病院は格別なんじゃ。

 人が毎日のように死ぬ場所。だからここは数え切れん程の霊の休息地となっておる。霊の人気スポットと言うやつじゃな」


 そうか……、人気スポットか。


「だから奴が当初考えていたのは、霊達が協力して委員長を助ける予定じゃったが、委員長はワシに連絡を入れた。霊とはいえ合理的な方を選んで、ワシに任せたのじゃ」


 こうして阿字ヶ峰の説明を聞いている間にも赤い犬は次々と倒されていき、増えるよりも減る方が早くなり最後の1体となる。


 その1体の赤い犬も無残にも引き千切られた。


 部屋の中が静寂となる。明美さんの荒い呼吸がハッキリと聞こえる。


「終わったのか?」


 新たな赤い犬は出現しない。寒気も感じない。

 先程まで震えていた高梨さんがスッと立ち上がり、背筋を伸ばして咳払いをする。


「ご苦労」


 お前さっきまでビビって何もできなかったろ。

 少しだけイラっと来る。睨みつけてやろうと高梨を見ると、その背後に……。


 サマンサが気を緩めていたので膜が薄くなっていた。そこに侵入された。赤い犬は膜の中で高梨さんに向けて手を伸ばしている。

 高梨さんはペンを赤い犬に向けて投げていた。それでターゲットになったようだ。

 

 このままでは高梨さんが消されてしまう。

 咄嗟に高梨さんを押しのけて赤い犬に警棒を突き刺そうとすると、赤い犬が顔を上げて俺と目が合う。赤い犬は腕をさらに上げて俺を掴もうとする。

 ここで引くわけにはいかない。高梨さんがやられる。

 

 俺は赤い犬の腕に警棒を叩きつけ、開いた空間に飛び込む。そして赤い犬の顔面に警棒を突き刺して電撃を与えた。

 赤い犬はその衝撃で消え去った。


「赤い犬だ。まだ終わっていない」


 サマンサがすぐに膜を張りなおした。


「くそ! すまない。僕としたことが油断した」

 

 榊さんが銃を構えながら謝罪を言った。一方の高梨さんは固まっている。


「どうやら簡単には終わらんようじゃな」


 阿字ヶ峰が再び地面を触り、怨念を呼び戻す。俺たちと赤い犬の攻防が再開された。


「どうするんじゃ委員長。赤い犬が無尽蔵でないことを祈るか?」


「その前にこちらの体力が無くなりそうだ」


 高梨さんは論外として、明美さんは良く戦ってくれている。だが彼女は立っているのが既に辛そうだから、体力と気力が底を突くのに時間は掛らないだろう。


 先ほどから黙ってことの成り行きを見ているマージエリ夫人に頼むか。


「どうする……」


 落ち着いて考えろ。状況に流されるな。そもそも戦うという選択肢が間違っていたのではないか。


 赤い犬の都市伝説。


 未だ考えていないことがあるのではないか。改めて赤い犬の都市伝説を思い出せ。


 そうだ! 


 意図も動機も深くは考えず、ずっと棚上げにしていたことがある。

 ポケットをまさぐる。どこかに入れた筈が。そして指の先に紙の感触があった。それを引き抜いた。


 レシートだ。

 

 これは赤い犬の都市伝説、その始まりのレシートだ。

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