【第2話】 相山隆利は理由を聞く
「説明してください」
教室での自己紹介が終わり、初日は下校となったが、俺は鞄を教室に残して校長室に急行した。
部屋の中にいた校長は驚く様子も無く、貴族の晩餐会のように優雅な動作でティーカップに口を付ける。その堂々とした姿に言葉を失っていると、校長はティーカップから口を離した。
「状況は理解してくれたかな?」
「理解できていたら、ここには来ていませんよ。本当なんですか? クラスの人達が言っていたことは」
クラスメイトの数は25人。その殆どが驚きの自己紹介をした。
第3太陽系から来たとか、ヒーローであるとか、幽霊や妖怪であるとか、超能力者であるとか、更には異世界から来たとか言い始めた。
更には概念的な存在であるといった到底納得しがたいクラスメイトまでいた。
中には俺と同じ普通の人であると自称するクラスメイトもいたけど、絶対に嘘だ。
「宇宙人に地底人に異世界人。超能力者や幽霊に物語の登場人物と言ったのなら、君が聞いた通りで間違いはない」
自己紹介で語られた内容は、嘘や冗談ではなく真実だと校長は言う。
それならば、俺に何が出来ると言うのだ。ただの人である俺が、あのクラスをまとめられるわけがない。
「委員長が俺で、あの人達は納得しているのですか?」
「それは分からない。私でも人の心は読めない。ただ真実があるとすれば、誰も異議申立てに来てはいないということだ。納得はしていなくても、了承はしているのではないかな。もしかすると、君のこれからを試している可能性もある」
試されているのだとしたら、俺の答えは決まっている。
「俺は委員長を辞退します」
こんな訳の分からない状況に付き合う気はない。もう少し柔軟性があって、正義感のある人をあてがうべきだ。
校長は俺の言葉を聞いて、深く息を吐く。
「それは残念だ。それならば君に退学処分を出さなければならない」
その言葉に思考が停止した。話が吹っ飛びすぎている。俺の前に提示されているのは100か0の選択だ。
それはあまりにも重い。
だからこそ、悩まなければならない。
そして答えを出すには材料が必要だから、俺が取るべき行動は明確だ。
「理由を説明してくれないと分かりませんよ」
学校側は退学をさせる理由を付けなければならない。まだ初日にも係わらず、退学させる理由をだ。
この注目されている高校の名誉に傷がついたとしても、強硬手段に出なければならない理由が必ずある。
「理由次第では俺だって納得をしますよ」
校長は俺をじっと見ている。その眼光から逃げ出しそうになるが、ここは耐えるべき場面である。
暫く俺と校長が睨みあっていると、背後から声が聞こえてくる。
「教えてあげませんか?」
声が聞こえた方へ振り返ると、校長室の出入り口に鹿嶋先生が立っていた。扉を閉めた鹿嶋先生は駆け足で校長の元へ詰め寄る。
「私達人類は彼の協力を得なければならないんです。英二さん、いつまで意地を張るつもりですか!」
鹿嶋先生の迫力に押された校長は、初めて表情を崩した。眉を下げて困った表情になる校長は、今までの威厳が嘘のように小さくなり、視線を逸らす。だが、その先を鹿嶋先生は追っかける。
校長は遂に観念したのか、仕切り直しに咳払いをすると俺の方を向く。
「いいだろう。今の私達の状況と、君が委員長にならざるを得ない状況、その理由を話そう。だが、知識の外側の情報と、君のクラスメイトの詳細な事情は教えられない」
「はい。それで構いません」
校長は背筋を伸ばし、鹿嶋先生はその横に並んだ。
「君が委員長を辞退するのなら退学処分を出すと言ったが、そもそも君がその選択を選んだ場合、もしくは君がクラスをまとめられなかった場合、学校運営自体がままならない状況になる可能性がある。
世界全体が混迷の中で立ち尽くす可能性がある。これは脅しではなく真実だ。では何故そのような局面に私達が立ってしまったのか、説明を始めよう」
昔々、世界も次元も飛び越えて、世界を救った英雄がいた。
彼曰く、救ったのは世界ではなく個人であり、その行動は単なる放浪の中での人助けに過ぎないと言うが、結果として世界は英雄を中心にしてまとまり、大きな争いは収まり平和と呼べるものがそこには生まれた。
だが、その平和に披裂を入れた事件が勃発する。
英雄が老衰により死去したのだ。
殺されたわけでも、病気を患ったわけでもない。天寿を全うしたに過ぎなかった。
英雄は普通の地球人であり、当然ながら寿命がある。世界には延命の手段が数多存在するが、英雄はどれも選ばなかった。
英雄という柱が折れたことで、世界に燻っていた悪意に火がともり始めた。消火活動は精力的に行われていたのだが、世界はあまりにも広すぎる。
そんな時に発見されたのが、英雄の残した遺書である。
遺書には様々なことが書かれていたのだが、その中の1つに世界が混乱した時の対処方法の1つが書かれていた。
その場に集まった者達が固唾を飲んでその内容を聞き、そして首を傾げた。
内容はこうである。
『自分の後継者である相山隆利君を委員長として、様々な国や世界や立場から集まった人達による1つのクラスを作り、3年間を過ごさせてみてはどうかな。
今の相山君は中学生だろ。高校3年間なんて丁度良いじゃないか。面白いことになると思う。
ちなみに、相山君は普通の一般人だから無理強いはしないであげてね。
相山君がこの話に乗らなかったら、僕の案は忘れてくれても大丈夫だ。きっと君達は優秀だから良い方法を思いつくだろう。
もし採用するのなら、君達に連絡を取ってもらう必要がある候補の連絡方法を以下に記す。何人かは僕が既に声をかけておいたから、そろそろ連絡が来ると思うよ。
どうするかは君達次第だ』
校長は説明が終わると、ため息をついた。
「優秀らしい私達は、結局は英雄の指示通りに君を含めたクラスを作った。
このクラスに意味があるのかは分からない。だが、私達は気まぐれとも取れる英雄の思い付きと、一般人の君に頼る以外に平和的に問題を片付ける術を持たない。
英雄の意思にある通り、君には拒否権がある。もし君が拒否したとしても、退学処分はしない。先程の私は大人げなかった。深くお詫びを申し上げる」
校長が頭を下げると、鹿嶋先生は満足気に頷いた。
「ごめんなさいね。遺書には君が選ばれた理由が書かれていないし、彼は君の事を知らない。だから納得できないみたいなの」
「余計なことを言うんじゃない」
「はいはい」
鹿嶋先生の雑な応対を受けた校長は、彼女を睨み付けてから俺を見る。
俺が呼ばれた理由は英雄の遺書によるものだった。残念ながら分かったのはそれだけだ。
「俺には心当たりがありません。誰ですか英雄って。それと鹿嶋先生が校長は俺を知らないと言いましたが、先生は俺を以前から知っていたのですか?」
校長が鹿嶋先生を一瞥したその眼には、叱責が乗せられていた。
「英雄もこの鹿嶋も君を知っている。だが君は記憶に無い筈だ。それと英雄についてだけど、仮名を幾つも持っている人だ。だから本名は僕も知らない。
そもそも、英雄の名を言っても君は彼を知らないと言うだろう。
世界の英雄譚に本名は載っていないのだからね」
「分かりました。英雄については後々で。次にクラスメイトの情報を教えて頂けませんか」
「それは出来ない。私達はあくまでも教師であり、1年6組は生徒である。生徒の機密情報は第3者には渡せない。それに、私達でも素性が分からない者が何人もいる。教えたくても教えられない」
クラスメイトを詳しく知りたいのなら、クラスメイトの立場で接して聞き出せということだろう。普通の学校と同じように。
「俺がこのクラスに選ばれたのは、隠された力とか、特異な境遇があるからですか?」
「残念ながら君に特筆すべきものは無い。
今後どのような修行をしたとしても、君の力は君がよく知る人間の限界を超えることは無い。唯一あるとすれば、英雄と何かしらの接点があったという幸運だけだ」
「少しだけ期待したんですが残念です。最後にもう1つ。力も無く立場も無い普通の人間は俺だけですか?」
校長は俺の質問を受けると、すぐには答えず目を閉じる。
数秒後、校長は熟考の末に目を開けた。
「おそらくはその通りだ。私の分かる範囲で普通の人間は君だけだ」
俺は校長の言葉で確信した。委員長になれば平穏な3年間を過ごせないだろう。逆に考えると、退屈な3年間にはならない。
3年間をどう過ごすのかを、ここで答えを出さなければならない。だから俺は選ぶための最後の理由付けが必要だ。
「なぜ、俺が英雄に選ばれた理由。検討はつきませんか?」
「分からない。だからこそ不服なのだ。一般人に背負わせるには重すぎる。潰れずに耐えられるのは、覚悟のある者だけ。大人が負うべき役割だ。君は何も知らずに落とし物を拾ったに過ぎない」
どうやら校長が不服に思っていたのは、俺が委員長になった場合の重責を心配してのことのようだ。
俺を知らない校長が、俺を心配しているという事実を受け取った。
「俺があのクラスで委員長としてすべきことはクラスをまとめることで、世界の平和を守る必要は無い。そう考えて問題はありませんか」
「その考えでいい。平和を作るのは、私達大人のすべきことだ。君は3年間を高校生として、友人と時間を共有し、楽しい学生生活を送ればいい。私達が君に強制するのは、一般的に教師が学生に与えるものだけだ」
「そうですか。委員長になっても勉強はさぼるなと」
「勿論だ。君はこの高校の生徒なのだからね。立帝社大学付属高校は勉学を疎かにすることを許さない。委員長として素晴らしい成績を納めてくれることを期待している」
校長の雰囲気が初めに会った時のそれに戻っていた。その姿を見ていると背筋が伸びる。
決断をしなければならない。俺は高校生になって何をしたいかと問われても、答えは出せないだろう。
俺は未来の目標に向かって高校生になったわけではない。 周囲の誰もが高校に進学するからと、漠然とした考えで俺も進学をした。
未だにその考えを改めていないし、この場で新たな考えが浮かんでくることは無い。
だからこそ、俺は自分の信条に従う他は無い。
少しでも前に、一歩でも先へ、停滞していては面白くない。ならば結論は決まっている。それに知りたいこともある。
「1年6組の委員長を、引き受けます」
「そうか。感謝する」
校長は安堵とも、謝罪とも取れる表情で頭を下げる。
「最後に質問をさせてほしい。君が委員長を引き受けた理由を教えてくれないか?」
「普通の人ではありえないような経験が出来そうです。簡単に手放すのは勿体無い。
それに選ばれた理由を知らないままだと、気持ちが悪いと思ったからです。委員長をしていれば知る機会もあるでしょう」
俺はそう言うと一礼をして校長室から退出しようと、ドアノブに手を掛けるともう1つ聞かなければならないことが浮かんだ。
「クラスメイトの超能力めいたことは、他の生徒に知られない方が良いですか?」
「今はそうしてくれると助かる。まだこの世界は、他の世界を受け入れる準備が出来ていない」
「善処します」
俺は今度こそ校長室から出た。もう後戻りはできない。思っただけなら変更は容易いが、俺は決断を口にしてしまった。前にしか道は無い。真っ直ぐな道が俺の前には続いているとは限らないが。
俺はあのクラスメイト達と、どう付き合っていけば良いのかと考えていると、気が付けば教室に戻っていた。
悩んでいても仕方が無い。俺はつい先日、こちらに引っ越してきたばかりなのだ。早く家に帰って荷解きをしなければならない。
家に積み上げられた段ボールを頭に浮かべながら鞄を掴むと、俺の後ろの席に座るクラスメイトと目が合った。
そのクラスメイトは俺を見ると立ち上がる。
「待っていたよ。一緒に帰ろうと思っていたのに、鞄を残してどこかに行ってしまうのだもの。どうしたものかと、考えていたところだったよ」
クラスメイトは俺に手を差し出してくる。
「初めまして。僕の名前は【アエラ・フューレ・ファタル】。フューレと呼んでほしい。【人造人間】だ。よろしくね」
「こちらこそ、よろしく」
俺が手を握り返すと、フューレはニコリと笑った。
クラスメイト全員分の自己紹介は後々まとめてアップします。