【3.5章 8話】 赤ずきん
本日の特訓と言う名の遊びが終了した。
俺は赤ずきんとタンラを連れて夕食を取るため、ファミレスに来ていた。
俺と赤ずきんはこの数日間、一緒に暮らしていたのだが、夕食はずっと宅配を頼んでいた。朝食は食パンだし、昼食はコンビニでパンやおにぎりを買っていた。
こうして赤ずきんと外食をするのは初めてだ。
赤ずきんはメニュー表を開いて目を輝かせている。
「凄い! お兄ちゃん見て。いろんな食べ物が載ってるよ。ハンバーグもスパゲッティもデザートまである。どうしてもっと早く連れて来てくれなかったのよ。聞いてる? お兄ちゃん」
頬を膨らませて抗議の意思を見せる赤ずきんだが、そもそも外食が嫌だと言ったのは赤ずきんの方だ。
俺としてゴミが増えるし、片付けが面倒だから外食が良い。1人ならましも3人だから余計にそうだ。それに赤ずきんは片づけをまったく手伝ってくれない。
だから外食を提案すると赤ずきんは、「外は怖いの」とか「お兄ちゃんの家が落ち着くの」とか、誇張した猫なで声で拒否をしてきた。
今日は遅い時間まで遊んでいた。だから赤ずきんはかなり腹を空かせていたのだろう。飲食店の横を通り過ぎるたびに、釘いるように店内を見ていた。
タンラと口裏合わせて飲食店のレビュー合戦をしていると、遂に心が折れた赤ずきんがファミレスの前で立ち止まった。
「お兄ちゃん。お腹空いた。何か食べて帰ろうよ」
「しょうがないな。じゃあここで食べて帰るか」と入ったのが、俺達3人がいるファミレスだ。
悩みに悩んでいる赤ずきんはメニュー表から顔を上げる。
「タンラ君は何にするの?」
「僕はオムライスにしようかな。良いよね、委員長」
「あ~、私もオムライス食べたいな。でも他にも食べたいのあるし」
「じゃあ半分こにする? それなら他にも食べられるんじゃない?」
「いいの! タンラ君ありがとう。私はホットケーキにする。タンラ君も少し食べて良いよ」
「ありがとう」
子供2人が仲良く相談をしている。2人の本性を知っていなければ、微笑ましい光景だと映るだろう。
現に俺達を見た老夫婦は、より深く皺を浮かばせて食事も取らずに話し込んでいたのに、2人を見ると表情を和らげてハンバーグを口に入れた。
老夫婦から「少し冷えてしまったけど美味しいな」「そうですね」と会話が聞こえてくる。
よし俺もハンバーグにしよう。
全員の注文が決まったようなので店員を呼んで、メニューから読み上げていると、最後に赤ずきんは「それとイチゴのパフェも」と付け加えて来やがった。
注文を終えた赤ずきんは上機嫌だ。外を見ながら鼻歌を歌っている。その歌は民謡のようにゆったりとした曲調だ。
「何を歌っているんだ?」
「おばあさんに教えてもらった歌。たぶんあなたは知らない歌。だって暇に耐えられない私に、歌って聞かせるものだもん」
そして耐えられなくなって逃げた結果が目の前の赤ずきんなのか。
「今まで聞かなかったけど、赤ずきんはそっちの世界で何をしているんだ?」
「あら、あなたはそれを敢えて聞かないようにしていると思ったけど、心境の変化でもあったのかしら」
「少しは外に目を向けようと思っただけだ」
「それは良い傾向ね。あなたはチャンスを活かすべきだもの。籠っているだけじゃ、こういった店に来ることは無かったもの」
赤ずきんは店内を見渡しから、ガラス越しに外を見てニッコリと笑みを浮かべた。赤ずきんが何を思っているのかは分からないけど、ここ数日間はとても楽しそうに見えた。
「話が逸れてしまったわね。
私の普段の生活ね。聞いたところで何も面白くは無いわ。狭い行動範囲の中で、野菜を育てておばあさんの家に行って、行商人と売買をして、たまに他の物語の登場人物達とお話をするだけ。
ずっと変わらない。退屈な毎日よ」
「他の童話も同じ世界にあるんだな」
「童話だけじゃない。あなたに襲い掛かった落語の世界も含めて、全ての物語が同じ世界にいるわ。
と言ってもとても広いから、会ったことの無い人の方がずっと多いけどね」
この世には数多の物語が存在して、人に何度も語られた物語は実在を得る。その物語が集まった世界があるのなら、その世界はきっと楽しいだろう。
グロテスクな物語には行きたくないけど、ファンシーな物語ならば見に行きたい。それに俺が好きな漫画のキャラクターが実在しているのなら会ってみたい。
「夢のような世界だな」
「あなたならば多くの繋がりがあるから、いつか来られるのではないかしら。私達の世界【ドリームランド】にね」
「ドリームランドか。これが終わったら連れて行ってくれよ」
「私では難しいかも。だって赤ずきんはオオカミに食べられるだけでの女の子だもの。私1人だったから、なんとか抜け出してこられたのよ」
「それは残念だ。そうか……」
「あからさまに落ち込まないでよ。分かったわよ。私の目的が終わったら、聞いておいてあげるから。ねえ。きっと大丈夫よこと
赤ずきんは俺の背中を優しく擦る。傍から見れば幼女に慰められているように見えているだろう。遠くの席に座る老夫婦は俺達を見て微笑んでいる。
ちょっと恥ずかしい。
そんな俺達を黙って見ていたタンラが体を乗り出した。
「委員長が行くなら、僕も連れて行ってほしいな。ねえねえ良いでしょう」
「タンラは俺達の物語を知らないだろ。面白くないと思うけど」
「そんなことないよ。僕の調査にはこの地球の文化も含まれているんだよ。
物語ぐらい押さえているよ。それに僕は面白そうだから行く訳じゃないよ。考えてみてよ。物語が実在するなら、強力なヒーローもヴィランも、高度な科学技術も存在しているんだよ。委員長は脅威だと思わないの?」
言われてみればそうか。楽しいことばから考えていたけど、全員が俺達に好意的とは限らない。現に落語に襲われた。
だけどそれだけだ。
「その可能性はある。だけど俺に可能性を確定するだけの材料を集められる力は無い。
だから無責任だけど、タンラ達に任せる」
「委員長らしくて良いと思うよ。だけど決断をすべき時には迷わないでね。僕は委員長と違って優しくは無いから」
タンラは見た目に反して容赦がない。敵と判断したら即叩き潰すだろう。もしそれがクラスメイトに向けらたなら、とても厄介な事になる。最悪、あのクラスが解散する事も考えられる。
そうならない為にもしっかりとしないといけない。
なんだか憂鬱になってきたタイミングで料理が運ばれて来たので、今は考えないようにしよう。
きっと未来の俺がなんとかしてくれるだろう。
夕食が終わって、家に帰ってゆっくりとしたいのだけど、タンラが「早くしないと僕が聞いてしまうよ」と無言でアピールをしてくるので、避け続けてきた事に踏み込むしかない。
赤ずきんの本当の目的についてだ
食べ過ぎたから少しだけ休ませてくれと小さな公園に行き、木に背中を預けて立っていると、赤ずきんも同じように木にもたれ掛かった。タンラにはトイレを言い訳にして、少しだけ離れていてもらっている。
思い返せば赤ずきんを初めて問い詰めたのも、そして【落語】の【品川】を問い詰めたのもこの公園。
物語の住人と縁のある場所だ。
デザートまで食べて幸せそうな表情の赤ずきんは夜空を見上げている。
心苦しいけどここで止まっていては何も終わらない。先に進めるしかない。
「赤ずきん。聞きたいことがある」
「なに?」
「数日間、オオカミ退治の特訓だと言って俺を付き合わせていたけど、本当の目的を教えてくれないか」
「赤ずきんがオオカミ退治をするのはおかしいかしら?」
「おかしくは無い。理由もわかる。だけど赤ずきんはずっと、オオカミ退治の方法ばかりで、童話赤ずきんを再現する方法について話していない。
おばあさん役は誰か、オオカミ役は誰か。何も話さないということは、秘密があるということだ。
赤ずきんの登場人物は極端に少ない。赤ずきん、母親、おばあさん、オオカミ、狩人。5人しかいないのに、サングレース達がいたら役を定めるのが難しい。
だから特訓だと言って、長引かせていたのではないか。赤ずきんは他の3人が飽きていなくなるのを待っていたんじゃないか。俺をどの役に当てはめるつもりだ」
赤ずきんは深く息を吐いてから
「こんな私でも、ここ数日間はとても楽しかったの。
だってここは、まるで物語の世界のようだもの。火は簡単につくし、食べ物も腐りにくい。それとテレビなんてものもある。
どこにいても誰とでも繋がれる。それにとても食べ物は美味しいし。全部全部、話には聞いていたけど、この目で見ちゃうとワクワクとした。
これが物語で言うSFなのねって。
そんな世界に住んでいるあなたには分からないと思うけど。だからあなたの言葉、半分は不正解。
だって私はもっとこの世界を味わいたかったもの」
赤ずきんはベンチに腰を掛けると、その隣を叩きながら俺に笑顔を見せる。
寂しそうに微笑む赤ずきんに反対なんかできない。俺は素直に従った。
「こんな時が来なければ良かったのに。そうすれば、私はいつまでも物語の世界にいられたのに。本当に残念よ」
赤ずきんは被っている赤い帽子を取ると、俺の頭に被せた。
「これで赤ずきんはあなた。さあ、赤ずきんの始まりよ」