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高校生活は異世界人に囲まれて  作者: 出水 彰
第35章 物語が始まる
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【3.5章 4話】 オオカミの呼び笛

 ペローと名乗る少女の正体は、童話の赤ずきんちゃんであった。


「あら? あまり驚かないのね。もしかして、嘘だと思っている?」


「俺が驚いていないのは耐性があるからだ。色々とあったからな」


 それに、予想はしていた。


 少し前に落語や物語に襲われたばかりで、赤い帽子に赤い服を着た少女が目の前に現れた。赤ずきんちゃんを連想したけど、そうあって欲しくない気持ちが強すぎて考えないようにしていた。


「それなら話が早いわ。あなたに提案があるの。私の目的に協力してもらえないかしら」


 やっぱりか……。


 面倒事の気配がしていたから、ハッキリと巻き込まれる前に逃げたかったのだけど、こうなっては仕方が無い。


 話だけでも聞いてやるか。


「まずは目的から話してくれないか。何も知らなければ何も出来ないだろ」


「それもそうね」


 赤ずきんちゃんは首を左右に振って、公園の出入り口を確認する。聞かれたくない話なのか、それとも何かを警戒しているのか。


 赤ずきんちゃんが周囲を見渡していると、横に座っているタンラが肩を叩いてきた。


「ねえ委員長」


「どうしたんだ?」


「その前になんだけど、僕と彼女は児童に見えるよね。そんな2人と委員長が、保護者もいないのにこんなに暗い公園でおしゃべりをしている。知らない人が見たらどう思うかな?」


「不審に思う」


「そうだよね。そこで提案なんだけど、委員長の家がここから近いよね。僕たちを招待してほしいな。ねえ、お願いできないかな」


 タンラは困った表情と上目遣いで俺を見る。タンラは美少年である。尚且つ媚に媚びたこんな顔でお願いされたら、男女の境なく自動的に首を縦に振ってしまうだろう。


 恐らくだけど、タンラはそれを分かっているだけでなく、武器として最大限に効果を発揮する所作も理解している。


 だからこそ怖くもあるし、とても長いあの肩書にも説得力がある。

 見た目のようなただの子供では無いし、俺よりも何百倍も世界を見て来ただけの経験があるだろう。

本当はこんな姿ではないのかもしれない。


 タンラに対して警戒心はあるけれど、タンラの話にも一理ある。


「赤ずきんはそれでいいか?」


「私としても好都合よ。だって泊まる当てがなかったもの」


 俺は一言も泊まることまで許可していないんだけど。

 でも仕方ないか。こんな夜遅くに追い出す訳にはいかないし。


 多田篠公園に来てから望まぬ方向にどんどん進んでいると思っていたけど、気が付いたら厄介ごとを家に招き入れるところまで来てしまった。

 

 赤ずきんは家の扉を開けるなり、中に駆け出して行った。しかも土足でだ。


「おい待て。せめて靴を脱げ」


 ピタリと動きを止めた赤ずきんは靴を脱いで玄関まで戻ってくると、両靴を綺麗に揃えて置いた。


「あら、ごめんなさい。あなたの家には靴を脱いで入るのね」


 素直に頭を下げて謝った赤ずきんは、再びリビングに駆けて行った。何をそんなに急いでいるのかと思っていたのだけど、リビングに入ってすぐに分かった。


「わあ、本当にテレビがある。どうやって点けるの? ここかしら。どこかしら」


 赤ずきんは膝をついて赤く光る電源ランプを何度か押した後、テレビの側面を触り始めた。すると運よく電源ボタンを押したようで、テレビの画面にバラエティ番組が映し出された。


『え! これ私が食べるんですか?』


『ゲームで負けたんや。アイドルだろうと容赦はせえへんで』


 赤ずきんはその声に驚いたようで、跳ねるように体を後ろに逸らすと、勢い合わって頭をフローリングに打ち付けたが、すぐに上体を起こしてテレビを見る。


「痛い! でも凄い!」


 テレビには司会者のお笑い芸人と、真っ赤なラーメンを覗き込む【アイドル】の【天坂】の姿があった。


 天坂はゴールデンウィークの時に出会い、その縁でライブを見に行き、大食い大会の司会者として再開した。


 今ではたまに連絡が届くが、顔は全く合わせていない。だけどこうしてテレビ越しに見る機会が徐々に増えて来たから、会っていないという感覚は薄い。


 アイドルと言うよりも、バラエティータレントと化しているのが気になるけど、元気そうだから問題ない……かな。


 それよりも赤ずきんの驚きようだ。

 赤ずきんの隣に座って、一緒にテレビを見ながら質問をしてみる。


「赤ずきんの住んでいる場所にはテレビが無いのか?」


「携帯電話で助けを呼ぶ3匹の子豚なんて見たくないでしょ。私達の世界観には電子機器は無いの。だから誰も持ちたいと考えない。私は持ちたいけどね」


「だったら明日、買いに行くか」


 そしてそのまま家に帰ってくれ。


「馬鹿ね。電波が届かなければ意味がないわ。そもそも電気すら通っていないの。未だに薪で火を起こしているんだから。私の世界はそんな旧時代で止まっているのよ」


「その世界はどこにある? 赤ずきん以外には誰が住んでいるんだ?」


「この世界の裏側、人の思いが作った世界よ。ある程度知名度のある童話に登場するキャラクターのだいたいが住んでいるわ。

 ちなみに私達が住んでいる場所から離れてはいるけど、あなたと少し前に揉めていた落語関係の人達も住んでいるわ。だからあなたのことも知っていた」


「始めから、俺を狙い撃ちにしていたのか」


「そうよ。夏休みに入ってから、あなたは家に引き籠ったきり出て来ないから、どうしたものかと思っていたのだけど、公園を通ってくれて助かったわ」


 待ち伏せをされていたのか。俺がどれほど引き籠ろうと、この件に巻き込まれるのは、遅いか早いかの違いしかなかったという事か。


 だったら早く終わらせるしかない。


「それで赤ずきんの目的を教えてくれないか」


「この番組が終わった後と言いたいところだけど、子供じゃないから我儘は止めにするわ」


 赤ずきんはテレビの電源を落とすと俺に向き合う。そして握りこぶしを前に突き出した。


「私の目的は、オオカミを倒すことよ。私の手でね」


「意味が分からないんだけど」


「あなたは童話赤ずきんの物語を知っている?」


「勿論だ。おばあさんのお見舞いに行った赤ずきんは、オオカミの言葉に騙されて食べられてしまう。その異変に気が付いた狩人が、オオカミの腹の中か赤ずきんを助ける」


「概ねそれで正解よ。但しグリム童話ではね。そこが問題なの」


「どういう事だ?」


「赤ずきんはもともと、数ある民間伝承の1つでしかなかったの。

 ペローは各地の民間伝承を取集し、装飾と含蓄を加えて文学サロンで発表した。私が赤ずきんを被り、赤ずきんちゃんと呼ばれたのはその時よ。


 さてここからが問題の部分。ペロー童話では赤ずきんちゃんは助からない。オオカミに食べられてそれでおしまい。狩人の影も形も無いの。狩人が初めて登場するのは、ルートヴィヒ・ティークの戯曲以降。だけどここでも赤ずきんは助からない。


 赤ずきんが初めて助けられるのは、グリム童話以降よ。それまで私の結末は、ずっとオオカミの腹の中。

 私はグリム童話の赤ずきんとしてじゃないと助からない。そもそもグリム童話だとしても、私は負けるのよ。勝つのは狩人よ。そんなの我慢ならないわ。

 世界中を探せば、私が勝利する赤ずきんはあるかもしれないけど、知名度が無ければ事実にはならない。


 だからオオカミに勝つ為の力を付けたいの。今の時代、守られるだけでは共感されないわ。

 事実は私自身の手で覆すの」


 熱く語る赤ずきんは、次第に顔を紅潮させていく。よほど強い思いがあるのだろう。

 

 考えてみれば赤ずきんは負けが確定している物語だ。何百年も負け続けていれば、勝ちたいと思うのは当然だ。


「あなたが知っているように、この町では物語が現実になった。その余波がまだ続いているの。この町でならオオカミが現れる。

 昔話研究家のウラジミール・プロップは良いことを言ったわ。


 昔話はハッピーエンドでなければならない。


 私のハッピーエンドは自分の力でオオカミに勝つことよ。

 だからあなたに協力をお願いしたい。私がオオカミに勝つ為の特訓に付き合ってほしい」


 赤ずきんは握りこぶしをほどいて、手を差し出してきた。

 協力したくない気持ちはあるけど、頑張ろうとする人は助けてやりたくなる。それに俺を頼って来てくれたんだ。それを裏切りたくはない。


 俺は赤ずきんの手を取った。


「大した手助けは出来ないけど、出来る範囲で協力するよ」


 赤ずきんは眩しいばかりの笑みを浮かべた。

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