第093話
ギルバート達はなんとか、3匹のワイルド・ベアを倒す事ができた
それも負傷者を出さずに倒せた事は、何よりも大きかった
普通に考えても、熊に戦いを挑んだ時点で死者が出てもおかしく無かった
そして普通の熊でもそれなのだ、そいつが魔物では絶望でしか無いだろう
そんな魔物に勝利できたので、兵士達は喜びに沸いていた
ギルバート達がワイルド・ベアに勝利していた頃、将軍はその魔物に苦戦していた
それは将軍がスピード型の戦士ではなく、重装型の戦士だからだ
ワイルド・ベアは確かに攻撃範囲も広いし、何よりも突進力もあった
しかし攻撃は直線的で、攻撃の範囲から離れれば脅威では無かった
問題は咆哮による恐怖心からの、萎縮や恐慌状態だ
グオオオオ
「くそっ」
ガコーン!
将軍は必死に爪や腕での衝撃を剣で弾き、そうする事で何とか難を逃れる。
しかし兵士達は逃げる事が出来ず、既に3名が削り殺されていた。
ある者は鋭い爪で上半身を引き裂かれて、内臓をぶちまけて亡くなっていた。
またある者は、恐怖で動けないままに頭から齧られていた。
将軍がなんとか奮戦するも、恐怖で動けなくなった兵士までは守れなかった。
それでワイルド・ベアに、兵士達は殺されたり重傷を負わされていた。
残った兵士も必死に逃れるが、最早恐慌状態でまともな判断も出来なくなっていた。
腰砕けになって蹲る者や、糞尿を漏らして這って逃げようとする者までいた。
まだ悲鳴を上げて逃げれる者は、ましな方であった。
そんな彼等を守る為、将軍は果敢に魔物の前に立ち続けていた。
身体強化で腕力を上げて、剣で弾いては攻撃の範囲から逃れる。
少しづつだが爪は折れ、腕にも多少は手傷を与えれていた。
しかし将軍の方も、あちこちに裂傷を負って出血をしている。
このままでは魔物の攻撃手段を潰す前に、将軍の方が潰れるのは目に見えて明らかだった。
どうする?
応援を呼ぼうにも、兵達は恐慌状態で動けない
せめてヤツの腕を潰せたら…
だがそれも厳しい…
焦っても良い考えは浮かばない。
将軍は無我夢中で攻撃を弾いて、何とか猛攻に堪えるしか無かった。
そのまま爪を弾いて、再び腕に切り傷を与える。
浅傷ではあるが、彼は愚直な攻撃を繰り返していた。
そんな時に少し離れた場所で、魔物の断末魔の吠え声が聞こえた。
それはギルバートが倒したワイルド・ベアの悲鳴だったが、同族の叫びに魔物は少なからず動揺した。
将軍が前に踏み出した時、魔物は構えたままそちらに頭を向けてしまう。
将軍は眼前の魔物に集中して気が付かなかったが、大きな断末魔は十分に聞こえていたのだ。
そして構えながら踏み込んだのに、魔物は一瞬とはいえ視線を外していた。
ここが勝機か?
一瞬の躊躇いも無く、将軍は目の前の好機に飛び付いた。
これを逃せば、恐らくは次は無いだろう。
このまま魔物に削られて、将軍もその咢に捕らえられてしまう。
最後の好機と捉えて、将軍は大きく前に踏み込んだ。
魔物は左に向いていたので、魔物の右前方に大きく踏み込む。
チャンスは一度きり!
ここで決めるしかない
将軍は魔物の右手の死角に入る様に踏み込み、態勢を変えながらしゃがみ込む。
フランドールの様に素早く動けないので、彼は力任せに叩き切る事にする。
それもそのままでは、魔物に気付かれて対処されてしまうだろう。
だから彼は、咄嗟にスキルを利用した攻撃手段を選んだ。
脚に力を込めて、頭上に剣を構える。
「うおおおお」
ズダン!
それは思い付きであったが、一番有効な手段であった。
懐深く潜り込む事で、将軍の剣は魔物の足元に入り込んでいた。
そこからスキルの出掛かりで、将軍の身体は上向きに引き上げられる。
そして手にしていた長剣は、そのまま魔物を下から斬り上げる。
「バスター」
ズバッ!
スキルの出掛かりの構えのままに、将軍は急上昇する。
その構えた剣が深々と、魔物の右腕を切り裂いていた。
魔物の前に突き出していた右腕に、下から斬り上げる事となる。
そしてそのまま将軍は、弧を描く様に魔物の頭に目掛けて跳躍する。
実は将軍は、バスターのスキルを習得出来なかった。
それは将軍が、重装備の剣士であるからだ。
スキルのバスターは、どちらかと言えば軽装の剣士の切り札的なスキルである。
軽装の戦士では、将軍の様な強力な一撃を繰り出せない。
その為にスラントやブレイザーの様な連撃や、バスターの様な体重を乗せたスキルが習得出来る。
一方で重装の戦士には、それに見合ったスキルが存在する。
想い拳を使ったスキルや、体重を乗せたタックルの様な突進技などがそれである。
だからこそ重装備の将軍には、およそ向いていないスキルであった。
だから発動出来たとしても、不完全な劣化版のスキルであった。
それでも将軍が練習していたのは、ギルバートが使っていたからだ。
バスターの汎用性と、その技の見た目に憧れていたのだ。
しかし結果として、スキルは習得する事が出来なかった。
それでも不完全な故に、それが逆に武器となる場合もある。
今回の使い方は、まさにその様な結果が生んだ物である。
「うおおおおお…」
ブン!
獣の様に吠えて、将軍は魔物の頭上に迫る。
本来であれば、そのまま数mの跳躍を可能とするスキルである。
そうなってしまえば、魔物の頭上を飛び越えてしまっていただろう。
しかし将軍の屈強な身体が、重たい鎧がそれをさせなかった。
将軍は2mほど上昇して、魔物の頭ほどの高さに上がった。
そこから全体重を乗せた長剣が、重く唸りを上げて振り下ろされた。
グガア…
ズドン!
スキルの力を借りて、剣は魔物の首筋から左肩にかけて振り下ろされる。
ちょうど剣の高さが、魔物の左肩の上で止まっていた。
そこから将軍の体重と、スキルの力で剣が振り降ろされる。
ミキミキと軋みを上げて、その剣は魔物の身体に深々と突き刺さった。
「…おおおおお…」
ミシミシ!
ゴガアアア…
魔物は振り返っていたが、右腕の痛みで怯んでいた。
その為にまともに、肩から剣を受ける事となる。
そのまま剣は切り裂き、肺から内臓に向けて食い込んで行く。
魔物は一瞬、反撃しようと左手を振り上げた。
しかしその腕は、力無く振り上げられただけだった。
「…おあああ」
ブシュッ!
ブチブチ!
ズバシャッ!
ガアアア…
不意を突かれた事と、首への一撃で集中できていなかったからだろう。
魔物の腕は力無く、虚しく宙を掻いていて振るわれる。
そのまま全力で振り抜かれていたら、将軍の身体もさすがに砕かれていたかも知れない。
しかし魔物は、そのまま左腕で宙を掻いただけであった。
そうして眼光から光が失われて、魔物は仰向けに崩れ落ちる。
ズサア!
「か、はっ
はあ、はあ…」
将軍は着地しながら、バランスを崩して跪く。
無理なスキルの発動で、全身の筋肉が悲鳴を上げていた。
それに加えて極度の緊張が解けた反動で、四肢に力が入らなかった。
剣を手放して、そのまま前方に着地するのがやっとだったのだ。
ズズン!
「はあっ、はあっ」
激しく呼吸する将軍の後ろで、魔物は力なく空振った態勢で倒れていた。
不完全なスキルを無理矢理発動させた事で、辛くも勝利する事が出来た。
しかしその反動で、将軍は暫く動けなくなってしまった。
全身に汗を掻き、呼吸は極度の緊張の解放から、浅く激しく繰り返されていた。
兵士達はそんな将軍の方を見る事も無く、恐怖に震えて蹲っていた。
私兵ならしょうがないが、守備部隊の兵士まで戦意を喪失して震えていた。
ここに部隊長でも居ればもう少しマシであっただろうが、兵士の士気を維持出来る者が居なかった。
その為疲れ切った将軍が肩で息をしていても、助け起こす者も居なかった。
また負傷した兵士を手当て出来る者も、この場には居なかった。
「ふう、ふう…
おい!」
「は、はい」
「呆けている、場合か」
「はい」
「負傷者、救助」
「はい」
将軍は何とか息を整えると、手短に負傷者の手当てを命じた。
兵士達は正気を取り戻すと、動ける者が救助に走り始める。
まだ言いたい事はあったが、呼吸が整っていないのでこれが限界だった。
兵士達は駆け出すと、負傷者の手当てと正気を失った者を取り押さえに向かった。
「おい、大丈夫か」
「そっちを支えてくれ」
「こいつは…
もう手遅れか」
「くっ…」
中には手当てが早ければ、助かったかも知れない者もいた。
しかしみな恐怖に圧倒されて、満足に動く事も叶わなかった。
将軍が魔物を押さえていなければ、この場で魔物の腹の中に納まっていただろう。
事実一人の兵士は、頭から腹まで噛み砕かれていた。
「おい!
しっかりしろ」
「ごふっ
ひゅぅ…ひゅぅ…」
「ゆっくりと起こしてやれ」
「包帯で傷口を縛るんだ」
「頑張れよ
必ず助けてやる」
兵士達は仲間に声を掛けて、その意識が途切れない様にする。
このまま意識を失えば、死んでしまいそうだからだ。
そうしてポーションで血止めをして、包帯で傷口を縛る。
それでも急いで運ばなければ、これ以上の手当ては不可能だった。
「動ける者、そのまま、運べ」
「は、はい」
「うがああああ…」
「おい!
魔物はもう居ないんだ
もう居ない」
「落ち着け」
「あああああ…」
「兎に角押え付けろ」
「おい、おい!」
「あ、あ…」
「ダメだ
こいつは運ぶしかない」
「意識が飛んでいるな…」
「元に戻るのか?」
「分からん
しかし運ばなければな」
「ああ…」
魔物が倒された事で、兵士達も少しづつ冷静になってくる。
しかし2名が恐慌状態でおかしくなり、正気を失っていた。
その他にも重傷者が、合わせて6名に上っていた。
一人が吐血してそのまま亡くなってしまい、死者も一人増えている。
「将軍
負傷者は9名、死者は4名です」
「ああ」
「それと…
2名が正気を失っています」
「…」
将軍も薄々と、その原因には気が付いていた。
オーガの時もそうだったが、魔物の咆哮には恐怖心を与える効果もあるのだろう。
あの咆哮を聞いてから、兵士達の様子はおかしくなっていた。
自分に効果が無かったのは、恐らく鍛え方の差であるのだろう。
心身が未熟な者ほど、魔物の咆哮で正気を失っていたからだ。
「あの咆哮か…」
「はい」
「厄介だな」
「ええ」
将軍は想定外の被害に、重苦しく頭を振った。
魔物の侵攻に対抗する為、少しでも戦える様に狩に出たのだ。
それなのに却って、犠牲者が出てさらに人数が減ってしまった。
使える兵士を増やさないといけないのに、却って減らしてしまったな…
これでは殿下に合わす顔が無いな
落ち込む将軍を横目に、兵士達も深く落ち込んでいた。
戦闘どころか恐慌をきたし、恐怖に震え上がって将軍の足を引っ張っていたからだ。
そして、将軍に叱責されるまで我を失い、怪我をした同僚を見捨てて震えていたのだ。
こんな事では、魔物が侵攻して来た時に戦えるのだろうか。
兵士達はすっかり自信を無くして、落ち込んでいた。
手当てが終わり、帰還の準備が整った後も、多くの兵士が落ち込んでいた。
それを見て、将軍は慰めの言葉を探した。
いくら魔物が強力でも、必ず勝機はあるのだ。
その事を考えて、次の戦いには備えて欲しかった。
「あー…
なんだ
今日の事はしょうがない」
「でも…」
「私達は…」
「あれは卑怯だろ?
吠え声一つで、お前達は恐怖に震えて逃げ惑っていたんだ」
「え?」
「卑怯?」
「それは…」
「確かに、今日はしょうがない
だけど…
今度は逃げるなよ?」
「え?」
「あのお…」
将軍は溜息を吐きながら続ける。
今は無理でも、いずれは彼等が部下を引き連れて戦う事になる。
そうなった時に、彼等が魔物と正面から戦わなければならない。
恐怖に逃げ惑っていては、それも叶わないだろう。
「次にこいつ等に会ったら、恐怖に負けるな
街を、仲間を
みんなを守る為に勇気を振り絞れ」
「将軍…」
兵士達は顔を上げる。
その表情には、まだ戸惑いと不安しか見られない。
しかし先ほどまでの、後ろ向きな逃げの姿勢は無くなっていた。
「オレ達に…
出来るんでしょうか?」
「でしょうかじゃねえ
やるんだよ」
「はあ」
「でも、自信がありませんよ」
「そうですよ
とてもあんな化け物には…」
「そもそも、卑怯だって将軍も言ってるじゃないですか」
「う、うむ…」
「まあ、魔物に卑怯も無いんでしょうが」
「そうだよな
魔物に卑怯って…
将軍ぐらいじゃないですか?」
「そ、そうか?」
一人の兵士の疑問に、他の兵士達も同調する。
そもそも、そんな考えに至らなかっただろう。
いつの間にか、兵士達の顔から恐怖は抜けていた。
中には苦笑いを浮かべている者までいた。
「兎に角
今度は負けなければ良い
今度戦う時には、怖くても逃げ出すな
立ち向かうんだ」
「はは…」
「将軍には敵いませんね」
「やれやれ
そんな無茶を…」
「でも…」
「やるしか…ねえか」
少しは元気が出たのか、兵士達は立ち上がって帰り支度を整える。
その顔には、既に怯えは見られなかった。
次に遇った時には、返り討ちにしてやるという決意が見られていた。
そして彼等は、街に向けて帰還を始めた。
「さあ、帰りましょう」
「負傷者の治療もしませんと」
「ああ
今日はもう十分だ」
将軍達は帰り始め、少し進んだらギルバート達と合流した。
魔物の遺骸に関しては、目印だけを残している。
今の彼等には、その遺骸を運ぶだけの気力は残されていなかった。
「おや?」
「将軍じゃ無いですか?」
「どうされました?」
「将軍
大丈夫ですか?」
「坊っちゃん…」
将軍達の様子に、ギルバート達は驚いていた。
将軍はズダボロにされて、あちこち手傷を負っている。
そして多くの兵士が、少なからず負傷していた。
さらに正気を失った者と、重傷者が背負われて運ばれている。
見るからに何事か起こって、帰還しようとしている様に見られた。
「そのお…
負傷者も多いし、人数も…」
「ええ
熊の魔物が…」
「将軍もですか?」
「え?
坊っちゃんもですか?」
「はい」
将軍とギルバートは合流し、一緒に負傷者を運んで移動を始めた。
死者と魔物の遺骸はその場に残し、後で回収する手配を出す事になった。
出来れば魔物の遺骸は、すぐにでも運んでおきたかった。
しかし今は、負傷者とワイルド・ベアの事を伝える事を優先としたからだ。
ワイルド・ベアの咆哮は危険だから、みなに伝えないといけないと思ったからだ。
「そうなると、咆哮も受けましたか?」
「ええ
そのせいで兵士が…」
「そうですか
私も苦戦しましたが、ハウエルが頑張ってくれましたから」
「いえ
坊っちゃんがお一人で1匹抑えてくださったからです
そうでないとヤバかったですよ」
「そうだなあ
あの魔物は咆哮も危険だが、攻撃力もある
その辺の対策も必要ですな」
「1匹?」
ハウエルも加わり、魔物の攻撃の特徴についても話をする。
将軍の側は、ワイルド・ベアは1匹しか現れていなかった。
それはワイルド・ベアの、番の片方が狩りに向かったからなのだろう。
その残りの番と子熊に、ギルバート達が遭遇してしまったのだ。
「そっちは何匹だったんです?」
「親熊と子熊が2匹です」
「3匹も…」
「いや
親熊は1匹でした」
「坊っちゃんが押さえてくれましたからね」
「それでもハウエルが、子熊を1匹引き受けてくれたからさ
それに彼等も…」
「ほとんど逃げ回っていましたがね
中には勇敢にも、引き付けようと叫んでいる者もいましたが…」
「怖くて泣き叫んでいただけですよ」
「そうそう」
「うるせえ
そういうお前は、失禁して腰を抜かしていたくせに」
「そうなのか?」
「止めろ」
「はははは」
「くそっ
言うなよ…」
どちらの兵士も、ほとんどの者が腰を抜かしたり、失禁していた。
だからそこを責めるのは、お互い様であるだろう。
兵士達は互いに、自分達が役に立たなかった事を恥じていた。
「特に爪が危険ですが…
それでなくとも膂力が強いので、並みの兵士では危険ですな」
「そうだな
それに突進も厄介だ」
「組み付かれたり、頭から噛み砕かれた者もいた
オレが守ってやれなかったばかりに…」
「将軍?
将軍は速さを上げれないんですか?」
「速さ?」
「私やフランドール殿は、身体強化で動きの速さも上げています
速く動ければそれだけ手数も増えますし、相手の攻撃も避けれます」
「なるほど…」
「坊っちゃん
将軍は力任せに突っ込みます、むしろ力に特化していますから速さは…」
「ハウエル?」
ハウエルは将軍に聞こえない様に、こそこそとギルバートに話し掛ける。
しかし将軍にも、その一言は聞こえていた。
「将軍は脳筋ですから、速度を活かした戦法は向いてません」
「うん
むしろ魔物を力押ししそうだね」
「ハウエル、坊っちゃん
誰が脳筋ですか?」
将軍が頬を引き攣らせて、怖い笑みを浮かべる。
「あ、ヤバい
聞こえてた」
「ちょ、坊っちゃん」
「二人共
いくらオレでもあれに力押しはしません
そもそも、剣がこうなるんですよ」
将軍が出した剣は、刀身にぐらつきが出ていて、刃も一部が欠けていた。
魔物は倒せたが、1回の戦闘でこれでは真っ向勝負は無理だろう。
そもそもが最後の止めも、無理矢理力任せで捻じ伏せたのだ。
スキルが不完全とはいえ、上手く効果を上げてくれていた。
それが無ければ、剣も将軍も魔物に打ち砕かれていただろう。
「相性か」
「え?」
「そうですね
将軍はオーガには楽勝でしたが、ワイルド・ベアでは苦戦しそうですね」
「そうなると、魔物が侵攻して来た時に、将軍はワイルド・ベアに当てない様にしないとな」
「ええ
我々は後方に回り、オーガとの交戦に専念すべきでしょう」
こうして、ワイルド・ベアが出て来た時は、ギルバートとフランドールが相対する事になる。
将軍はオーガやトロールが出た時に、部隊長を連れて出る事に決まった。
素早さが無い以上は、動きの遅い魔物の方が向いているからだ。
「敵の布陣は不明だが、こちらの兵士の構成も考えないといけないな
ワイルド・ベアに当てるなら、ある程度素早く動けて、攻撃力がある者を集めないと負けるからな」
「そうですね
折角動けても、肝心の攻撃が弱くては…」
「毛皮がかなり固かったですから
これは武器の改良が必要かも知れません」
「スカル・クラッシャーじゃダメかな?」
ギルバートはそう言ったが、二人は微妙な顔をした。
「坊っちゃん
先にも言いましたが、それは使える物が少ないですよ
オレなら持てますが、兵士には少しきついでしょう」
「そうですね
慣れるまでに時間が必要かと
少なくとも侵攻には間に合いませんよ」
「そうか…」
折角の強力な武器だが、大きさと重さがある為に慣れに時間が必要なのだ。
そもそもが、現状で振れるのは将軍だけである。
部隊長も持てるが、振り回すには無理があった。
それなら多少威力が落ちても、長剣を振るった方がマシだろう。
「アーネストに相談しますか」
「そうですね
癪に障りますが、こういうのには奴が一番頭が回りますから」
「今度の魔物の素材を使うにしても、時間が足りるかどうか…
それよりは今ある武器を鍛え、勝てる戦略を練る方が確実そうですね」
結局三人共い良い案は無く、アーネストに相談する事で決まった。
まだ1回の戦闘なので、十分な情報は出てい無い。
それも踏まえて、アーネストに相談する事が一番良いと判断された。
まあ全然情報が無かった魔物の情報が、少しでも手に入ったのは良い事だった。
少なくとも咆哮が危険という事だけでも、十分な収穫だったのだ。
三人が今後の事を話しながら城門を潜ると、そこには上機嫌なフランドールが待っていた。
「あ、お疲れ様です」
「フランドール殿?」
「すいません
結構ワイルド・ボアが狩れたので、先に引き上げて運んでもらっていました」
「そうですか」
「どうやら、あれは我々だけが出会った様ですね」
「そうですね」
「あれ?」
三人の様子に疑問を持ち、フランドールは改めて後続の兵士達を見る。
よく見ると負傷者が多く、人数も少なく感じた。
「え?
何かあったんですか?」
「ええ
実は…」
三人はワイルド・ベアに遭遇した事を話した。
フランドールは、そもそも早目に帰還していた。
それでワイルド・ベアが、森を徘徊するのに遭遇しなかった。
そうでなければ、彼も被害に遭っていたかも知れなかった。
「私達は3匹のワイルド・ベアに遭遇し…」
「オレは1匹に遭遇しました」
「ワイルド・ベア…
熊の魔物ですか」
「はい
なんとか倒せましたが、将軍の方で被害が大きくて」
「そうですか…」
フランドールから見ても、確かに負傷者が多くいる事が分かった。
それによく見れば、明らかに様子のおかしい者も居る事に気が付いた。
何かに怯えたり、呆けて奇異な表情を浮かべているからだ。
それに兵士も何人か、姿が見られなかった。
それが何を意味しているかは、フランドールにも推測出来た。
「その…
ワイルド・ベアとはどういう魔物なんですか」
「簡単に言えば熊の魔物です」
「そうですね
大きな熊の魔物
しかし、危険なのは攻撃ではありません」
「と、言うと?」
「魔物が上げる咆哮がヤバいです」
「一時的に行動が鈍ります
恐怖に堪えられないと恐慌状態になってしまいます」
「恐怖に負ければ…」
「ああなりますね」
「なるほど…
それは危険ですね」
「ええ」
ギルバートも将軍も、正気を失った兵士の方を見る。
一人は恐慌を来たした後に、魔物からの恐怖で怯え続けている。
今一人は、精神に異常を来たして、今も呆けて悲しんでいるのか笑っているのかも分からない状態だ。
その様子を見て、フランドールもその恐ろしさを実感する。
ただ恐怖を感じるのであれば、オーガの咆哮で経験はしている。
しかしそれを通り越して、精神に異常を来たしているのだ。
どれほど恐ろしい目に遭えば、この様に心を壊す事態になるのだろう?
それほどの恐怖を、彼は咆哮によって受けたのだ。
また兵士達の中には、同様に恐怖で逃げ出そうとした者達もいた。
その場に蹲ったり、失禁してしまった者もいた。
彼等は一様に汚れて、その表情を曇らせていた。
今は落ち着きを取り戻しているが、それだけの恐怖を味わったのだ。
それもたった一度の、魔物の咆哮でそうなってしまっていた。
「彼等も恐怖に堪えられず、震えて戦えなかったと」
「そればかりか、怯えていては魔物に狙われます
それが一番危険ですね」
「確かにそうですな
魔物から逃げ出す事も出来なかった
腰を抜かしたり、蹲ってしまいましたからね」
「め、面目ないです…」
「お恥ずかしいですが…
怖くて何も出来ませんでした」
「ただ目の前が真っ暗になって…」
「何も考えられず、震える事しか出来ませんでした」
二人の感想に、フランドールも頷く。
そして兵士達の言葉に、それがどれほど危険か実感した。
確かに恐怖で委縮するのも危険だが、怯えて動けなくなるのは危ない。
ましては戦場でそうなったら、格好の的になるだけではなく、味方の足を引っ張る事になる。
事実それが原因で将軍は苦戦したし、兵士の多くが犠牲になっていた。
「何か対策はありませんか?」
「今のところは…」
「どうすれば良いのか」
「そもそも対抗策があるのかも…」
それに対しては、みな首を振るしか無かった。
「こればっかりは…」
「恐怖に堪えられる強靭な意思を持つか…
あるいは戦闘を重ねて慣れるしかありませんな」
「そうですか…」
二人の言葉に、フランドールはこれからの狩に不安を覚えた。
今はまだ少ないが、これから魔物が侵攻して来た際にどれだけ危険な魔物がが現れるのか。
中にはワイルド・ベアよりも、危険な魔物が存在するかも知れない。
それ次第では、被害が増す一方になるだろう。
叶う事ならば少数ずつで出て来て、兵士の訓練になれば良いのだが。
そればっかりは、まさに女神の采配次第だろう。
「兎に角
これ以上被害が増える前に、ワイルド・ベアに対する策を練る必要があります」
「対策が出来るなら、兵士の士気も上がるでしょう」
「そうですね
何とか倒せる様にならなければ…
侵攻する魔物にも居るんですよね?」
「ええ」
「さっそく帰って、アーネストに相談してみます」
ギルバートはそう言って、アーネストが待っているであろう邸宅を見上げた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
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