第088話
フランドールは結局、2時間以上将軍と訓練をしていた
それは単なる実戦形式の訓練であったが、本物の剣で行う訓練は想像以上に消耗していた
肩で息をしながら訓練場を後にする頃には、フランドールは剣筋が矯正されていた
それは本人が意図してはいないもので、今身に着けている長剣では軌道のズレが生じていたのだ
それが短い時間とはいえ、真剣で切り合っている間に修正されていたのだ
将軍との訓練では、最初はまともに打ち合う事も出来なかった
彼もギルバートと同等の、剛の剣の使い手であった
だから生半可な攻撃では、簡単に弾き返されてしまった
それが何度も振るう内に少しづつ修正されて、最後の方は互いに隙を狙って打っては返されていた
それはフランドールの、身体に染みついた癖が長剣を扱う様に矯正されたからでもあった
それに満足したのか将軍は最後にスキルを放ち、フランドールは見事にそれを受け切った
「ふぬおおおお
スラント」
「なんの
はあああああ」
ガガガ!
ガキャン!
スラントの連撃を、フランドールは長剣の腹で受け流した。
これまでは細剣でも、その様な事は出来なかった。
それが将軍の剣を受ける内に、長剣の腹で受け流すコツを掴めた様だった。
それでこのスキルも、何とか受け流す事が出来た。
「お見事です」
「はあ、はあ
これが、はあ
スキルです、か、はあはあ」
「そうです、ね
はあ、はあ
さすがに、防がれ、ましたか
はあ、はあ」
二人共肩で息をしていたが、剣を仕舞って握手をした。
互いの技量と健闘を称えて、固く手を握り交わす。
「どうです
その剣の、重さにも
慣れましたか?」
「ええ
おかげさまで
はあ、はあ」
「その、重み、はあ
忘れないで、ください」
「へ?」
「あなたの、はあ
肩に掛かっています」
「私の?」
「ええ
あなたの部下
そして…
これからのあなたの領民の命が…」
「あ…」
ここでフランドールは、将軍の意図に気付いた。
将軍は笑って去って行ったが、フランドールはその背中に頭を下げていた。
彼はフランドールに、ただ長剣の扱いを教えたのでは無かった。
同時に彼に、その使命をも思い出させてくれた。
今の彼には、そこまでの覚悟が足りていなかった。
だからこそ剣先に、その思いが乗っていなかったのだ。
ここの人は素晴らしい
自分の力に酔う事も無く
相手の為に無償で手を差し伸べてくれる
私も彼等を見習って頑張らなければ
フランドールは頭を下げながら、そう思っていた。
これからは自分だけの為にでは無い。
この地を守る為に、この剣を振るわなければならない。
その為にも、もっと強くあるべきなのだ。
それから数日は、彼は将軍の後に着いて森へ向かった。
長剣を使いこなすには、将軍の様な剛の剣を参考にする必要があると思ったのだ。
そうして将軍の戦い方を学び、フランドールは少しずつだが長剣を使いこなしていった。
また将軍に悩みを吐露した事で、少しだがコンプレックスを解消する事が出来ていた。
自分は自分なのだと、フランドールの剣から迷いが消えていた。
それと同時に、彼の剣には以前に増して重みが加わっていた。
単純にギルバートに勝ちたいのでは無く、その彼の領民を預かるのだという責任も乗せられていた。
それで振るわれる剣にも、彼等を守りたいという思いが乗せられていた。
その思いの強さが、さらに彼の剣に力を与えていた。
私兵達も南の草原に出て、毎日ゴブリンやコボルトを狩っていた。
最初の3日は何事も無かったが、4日目には戦士の称号を授かる者が現れる。
5日目にはスキルを習得した者が10名を超えて、いよいよ森へ入る者も出始めた。
フランドールもスラントまで使いこなせる様になり、一人でオークを狩れる様になっていた。
こうして少しずつではあるが、準備が整い始めていた。
「フランドール様
今日はオークを倒せました」
「こいつはブレイザーを習得したみたいです」
「そうか
それは良かった」
私兵達が城門で合流して、フランドールに嬉しそうに報告した。
私兵達は苦しい戦いを経て、以前よりも精悍な顔つきに変わっていた。
王都の政争の中では無く、魔物との戦いが彼等を鍛えていた。
そうして自信を付ける事で、私兵の質も少しずつだが上がっていた。
それと同時に、その報告を自分にしてくれる事を嬉しく思えた。
彼等は自分を、正式な主と認めてくれていた。
あれ程の事があったのに、選民思想者から離れて自分に着いて来てくれたのだ。
それが何よりも、嬉しかった。
「私もスキルが増えたぞ」
「そうなんですか?」
「ああ
まだ使える程度だが、確かに声が聞こえた
これでさらに魔物と戦える様になったぞ」
「おめでとうございます」
「はははは
お前達も頑張れよ」
「はい」
フランドールもニコリと微笑み、私兵達の成果を喜んだ。
まだ1週間も経たないが、成果は徐々に上がっているのだ。
そして私兵達も、魔物と戦える様になっている。
このまま頑張っていれば、魔物が侵攻して来た時に足手纏いにはならなそうだ。
ダーナの兵士との仲も、今では改善されている。
これならば連携して、魔物の群れと戦う事が出来そうだった。
「魔石も手に入っているので、武器の作成も順調です」
「そうか
それは朗報だな」
「ええ」
「数は少ないですが、コボルトも持っています」
「オレ、剣の注文をしたんですよ」
私兵達は嬉しそうに長剣を掲げた。
その剣にはコボルトの魔石が使われており、多少ではあるが魔法が込められている。
フランドールの借りている剣程ではないが、切れ味や耐久性も上がっている。
「そう言えば、フランドール様の剣が出来上がったって報告がありましたよ
取りに行かれましたか?」
「そうか
遂に出来上がったか」
「はい
商工ギルドに置いてあるそうですよ」
「分かった
ありがとう」
フランドールはそう言うと、慌てて商工ギルドに向かった。
剣が仕上がったのが余程嬉しかったのだろう。
暫く離れていた相棒に、再会する喜びに駆け出す。
すぐに受け取りたくて、彼は走ってギルドへと駆け出していた。
「あれま
あんなに走って」
「余程嬉しかったんでしょうな」
「まあ自分の剣が仕上がったって聞いたら、オレも走って向かうだろうな」
「そうだな」
私兵達は、そんなフランドールの姿を見送りながら、我が事の様に喜んでいた。
兵士にとっては、剣は命を託す大事な相棒である。
だからこそ壊れれば悲しいし、打ち直したりして大事に使っている。
フランドールも王都で購入した、愛用の細剣を打ち直していた。
それがやっと、打ち直しが終わって使える様になったのだ。
フランドールはギルドに着くと、いそいそとドアを開けて中に入る。
ギルド内は相変わらず、忙しそうに職人達が行き来していた。
フランドールの剣以外にも、多くの武具の注文が入っている。
それを仕上げる為に、今日も入って来た素材を吟味したり、工房に送ったりしている。
「すいません
私の剣が出来上がったって聞いたんですが」
「おう
フランドール様
こちらです」
「はい」
ギルド長が出て来て、奥のカウンターへ案内する。
そこには預けてあった剣が置いてあった。
周りにも仕上がった剣が置かれて、持ち主が現れるのを待っている。
しかし久しぶりに対面した愛剣は、以前とあまり変わった様子は無かった。
「ん?」
フランドール些か拍子抜けして、自分の剣を見詰めた。
打ち直したと聞いたが、以前と変わらない様に見える。
それに魔法を込めて、性能も向上している筈なのだ。
しかし細剣は、そのままの姿に見えた。
「どうなさった?」
「いや
あまり見た目は変わっていないんですね」
「ああ、なるほど
先ずは抜いてみてください」
「え、ええ…」
カタン!
フランドールは言われるままに、剣を持ち上げてみせる。
しかし以前は感じた、剣から感じられる重さが無かった。
まるで木剣を持った様に、それは軽く感じられた。
「え?」
「ふふふふ」
剣は思ったより軽く感じ、フランドールは素早く抜刀してみせる。
引き抜く時の感覚も、以前より軽く感じられた。
実は王都での戦闘によって、細剣は一部が曲がっていた。
それも矯正したので、引き抜く際の抵抗も無くなっていた。
シャラン!
「おお…」
鍔や握りは変わり無いが、本体は大幅に変わっていた。
先ずは剣の腹に厚みが出来ており、そこには複雑な模様と文字が刻まれていた。
そして刀身の先の方に魔石が埋め込まれており、そこから何か力を感じる。
それは刀身全体を覆う様に、不思議な力を放っている。
「これは…
美しい」
「でしょう?
新たに刀身を打ち直し、強度と重量を加えました」
「重量?
それにしては、重さを感じませんが?」
「そりゃそうでしょう
あなたは今、身体強化で膂力も上がっていますから
魔力を絞れば、重さを感じますよ」
「あ…
身体強化か」
言われてみて、自身の魔力を抑えてみる。
最近は訓練の時以外にも、魔力を意識する様になっていた。
常に身体強化を発動させれば、咄嗟の時にも役に立つ。
何よりも魔力を常時使用する事で、基礎の魔力も増えるという話であった。
それでフランドールも、常時長剣に魔力を送る習慣を身に付けていた。
魔力を絞ると、全体に感じていた身体の軽さが失われる。
それと同時に剣の本来の重さが返ってきて、掌にズシリと重さを感じた。
確かに以前と比べて、剣は重たくなっていた。
というよりは、細剣にしては重たいぐらいである。
「ぬ、おお…
重い」
「はははは
どうですか?
それなら大型の魔物にも対抗出来るでしょう」
「ええ
まるで長剣と変わらない重さの様だ」
再び刀身に魔力を纏わせると、剣は軽くなった。
先ほど感じた重さは、背に掛かる長剣のそれと変わらなかった。
細身の刀身なのに、長剣と変わらない重さがある。
そうなれば、一撃の重さも変わって来るだろう。
暫くは振るう際にも、力の加減を気にする必要があった。
「この模様は?」
「そいつは切れ味と耐久性を上げる為に刻みました
普通は魔石を埋め込むか、砕いた魔石を刀身に打ち込むんですが…
今回は両方を試しています」
「と言いますと?」
そう言いながら、ギルド長はニヤニヤと笑っていた。
どうやら新しい試みとやらに、相当な自信がある様子だった。
「はい
先ずは刀身の修復の際に魔石を砕いて一緒に打ち込み、それに魔法を込めました
その段階で強力な身体強化と耐久性を付与してあります」
「アーネストが言っていたやつだな」
「ええ
従来はその手法で、剣の底力をあげていました」
鉱石や骨に魔石を砕いて振り掛け、そのまま叩き込んで強度を上げる。
それに魔法陣を刻み込む事で、魔法を纏わせる事が出来る。
これが身体強化や、耐久性を上げる方法であった。
しかし新しい工法は、ここから一工夫が加えられる。
「それから文字と紋章を刻み込み、更に魔石を組み込みました
これで切れ味と魔力を封じ込めています」
「なるほど…」
魔法陣までは同じだが、それに魔石も組み込まれていた。
しかも魔石にも、何らかの魔法が組み込まれているのだ。
フランドールは剣を構え、軽く振ってみる。
それだけで風切り音がして、剣の威力が相当な業物だと判断出来た。
「へえ
こいつは良い…」
「重さが上がっていますからな
それだけでも威力が違います」
「しかし細剣だぞ?」
「そこで耐久性を上げました
これで細剣でありながら、普通の剣以上の強度を持たせています」
「と言いますと?」
「そうですな…
細身でありながら、幅広の剣の様な強度がございます」
「なるほど
それは頼もしい」
フランドールの戦法を活かした、細剣らしい攻撃方法をそのまま生かせる。
それでいながら、剣自体の強度は幅広の剣に匹敵する強度を持たせてある。
これならば魔物と打ち合っても、欠けたり折れる心配は無さそうだった。
しかし職人達は、さらに仕掛けを施していた。
「その剣にはもう一つ秘密があります」
「え?」
「まだ試作段階なので効果は低いんですが…
魔石に魔力を込めれると言いましたでしょ?」
「ああ」
言われてフランドールは、先端の魔石に意識を集中する。
途端に魔力が流れ始めて、剣先に向かって行く感覚を感じる。
この様な魔力の流れを感じるのは、初めての感覚だった。
魔道具にも魔力を込めるが、ここまで流れを感じさせる事は無い。
それだけ魔石に流れる、魔力が大きい事が窺えた。
「ああ!
ダメです!
ここでは危険ですから」
「え?」
しかしギルド長は、慌てて魔力を込めるのを止める様に言った。
その顔は些か強張って、かなり慌てた様子をしている。
「ゆっくり
ゆっくり魔力を込めるのを止めて、剣を仕舞ってください
そのまま魔力を乗せて振ったら、ここでは危険ですから」
「危険?」
「ええ」
「一体、何をしたんですか?」
「ええ…っと
魔石に魔力を込めて、十分に魔力が溜まると刀身の文字が光り出します」
「ふむ」
「その状態で剣を振るうと、刀身に炎の魔法が発動します」
「え?」
フランドールは予想だにしなかった言葉に、思わず呆然とした。
「ですから
刀身に炎が…
分かり易く言いますと、火を点ける魔石を使った棒があるでしょ?
あれを剣で出来る様にしてみたんです」
「火を…」
魔石を加工した物の中に、魔力で火を点火する棒がある。
所謂魔道具と呼ばれる道具である。
これは最近、魔石が取れる様になってから開発された物だ。
その利便性から、各家庭に1個は置かれている。
各家庭で手軽に、火を灯す事が出来る様になる。
それは非常に便利な魔道具であった。
それを剣に組み込みましたと言うのだ。
言うのは簡単だが、実際にやるのは大変だろう。
魔道具一つを考案するのにも、膨大な実験と安全管理が行われる。
その魔道具が作られたのも、アーネストが古代の王国の資料を解析したからだ。
それでなければ、彼等がその様な魔道具の開発など出来なかっただろう。
古代の王国の英知が、こうして現代でも活用される。
それは一見すると非常に便利な事である。
しかし魔導王国に比べると、現在の魔術師の技術は非常に遅れていた。
「それは…
実際に使えるのか?」
「はい
既に職人が試してみて、それで…」
「使ってみて危険だったと」
「はい」
「うーん
実戦で使える物なのか?」
「そうですね
刀身から火が出るので、上手く使えば魔物を火達磨に出来るかと」
「そうだろうが、自分も危険じゃないのか?」
「そこなんですよね
そればっかりは、使う者の技量次第かと…」
「うーむ…」
「調子に乗って振り回せば、自身が火傷を負います
それに刀身にも熱が籠りますので、長時間の使用は危険です」
「それは…
確かに危険だ」
フランドールは想定外の改造に、些か眉を顰めていた。
確かに燃え上がる剣など想定外だが、使いこなせれば強力な武器になるだろう。
それに何よりも、炎の剣とは格好良くて、正直なところ非常に嬉しかった。
しかし使いこなせるのだろうか?
フランドールの悩みは、実はそこにあった。
「どうします?
嫌でしたら直しますが」
「うう…」
フランドールは頭を抱えた。
迂闊に振り回すには、危険が伴う武器になってしまう。
しかし使いこなせれば、見た目も格好の良い武器になりそうだ。
結果として彼は誘惑に負けて、そのまま剣を持って帰る事にする。
やはり炎の剣の魅力には勝てなかった。
そういう意味では職人達を責めれなかった。
フランドールは早速剣を持って、訓練場へ向かった。
街中では危険なので、訓練場で試してみる事にしたのだ。
早くその炎の剣を、自分の目で見てみたかったのだ。
それで剣に慣れる為だと自身に言い訳しながら、彼はいそいそと訓練場に向かった。
足早に訓練場に向かうと、そこではギルバートが将軍と手合わせをしていた。
「うりゃあああ」
「甘い!」
ガコーン!
ギルバートは重い大剣を振り回し、将軍はそれを鎌で捌いていた。
どうやら今日の狩では収穫が無く、有り余った体力をここで発散している様子だった。
彼等は大剣と鎌という変わった組み合わせで、互いに想定外の攻撃の訓練を想定している様子だ。
しかし危険なので、兵士達は離れて訓練を行っていた。
大剣と鎌の間合いは、思った以上に広範囲なのだ。
「ふう、ふう…
おや?」
「はあはあ
ん?
フランドール様ですね」
「やあ
二人共本当に元気だねえ」
フランドールは挨拶をしつつ、二人の様子に苦笑いをする。
周りの兵士の様子から、二人がかなりの時間を打ち合っていたと察したからだ。
彼等は汗を流して、肩で息をしている。
そこまでの元気を持て余している様子であった。
「いやあ
今日はオークしか居なかったから」
「そうそう
あれでは兵士の訓練にしかなりませんよ」
「いや…
普通はオークでも大変だろうに…
何でそんなに元気かな?」
フランドールは呆れながら訓練場に入り、二人の邪魔にならない場所で抜刀する。
「おや?
剣が仕上がったんですか?」
「ええ」
ブン!
そこで軽く振り回し、剣の使い心地を確かめる。
普通に振るには、長剣よりやや軽い程度である。
しかし細剣であるので、刃の間合いは狭くなる。
そこも考えて、剣を振るう必要がある。
彼は真剣な表情で、剣を振るって感触を確かめる。
「そういえば…
アーネストが何やら組み込んだって
その魔石がそうですか?」
「え!」
フランドールは思わず、ギクリと素振りの手を止めた。
ギルバートは目聡く、剣の先に輝く魔石に気が付いた。
魔石は本来の青紫色では無く、赤味の掛かった紫色をしていた。
その事からも、それが単なる魔力を溜める為の魔石には見えなかった。
それならば魔石も、従来通りの紫色になっている筈なのだ。
「ギルド長も久々の最高傑作とか言ってましたが…
何が違うんだろう」
「魔石が組み込まれていますね
その分付与が強力だとか?」
「いや
それじゃあ普通でしょう
それに何だか色味が違う」
「そう言われれば…
魔石って紫色でしたよね」
「ああ
アーネストが魔力を籠めるのに使っているのも、確か紫色だったよ」
「はて?
それでは何なんでしょう?」
二人が注目しているのを感じて、フランドールの顔は引き攣る。
このままでは、剣の性能を披露する必要がありそうだ。
しかしフランドールもまだ、その性能を把握していない。
そんな様子にも気付かず、二人はあれこれと推論をする。
「刀身も打ち直したみたいだし、切れ味をあげたのかな?」
「それじゃあ、あまり変わらないのでは?」
「うーん
他に何があるんだろう?」
「剣が大きくなるとか?」
「馬鹿
そんな事が起こり得るか」
「そりゃそうか」
ふと周りを見回すと、兵士達も見ている。
これだけ集中されたらやりにくいのだが、と思いながらも仕方なく素振りをする。
斜めに振ったり、水平に薙いでみたり…。
突きや受け流しの構えも試してみる。
剣は軽くて、問題無く扱えそうだった。
一通り振ってみて、問題が無さそうなので、いよいよ魔石に魔力を流す。
これで失敗したら恥ずかしいが、先ずは試してみないと分らない。
刀身の先に意識を集中し、魔力が行き渡るのを感じる。
魔力は柄から刀身に流れ込み、やがて刃に組み込まれた魔石に流れ込む。
するとすぐに、刀身が輝き始めた。
刀身が輝くと、描かれた魔法陣と文字が輝きながら浮かび上がる。
その輝きが、魔力が行き渡ったという合図なのだろう。
心なしか、剣から何かの力を感じる。
「おお!
剣の文字が輝くのか」
「格好良い!」
「おお!」
刀身の文字が輝いただけでこれだ。
まあ、これだけでも十分に格好良かった。
男であるなら、この様な剣の仕組みには胸が高鳴るものである。
これで剣から炎が出るワケだが、そうなったらどうなる事やら。
フランドールは不安と期待を胸に、剣を鋭く振り上げてから切り下ろす。
「ふん」
ボオウ!
ズバーン!
刀身から炎が噴き上がり、刃を包みながら燃え盛る。
そうして振り下ろした刃先から、炎が地面に叩き付けられた。
炸裂音を上げて、炎は地面を打ち付ける。
その光景を見て、一同は驚きの声を上げていた。
「げえっ!」
「なんだ…と!」
「うおお、すげえ」
軽く振ったつもりが、炎が弧を描く様に出て地面を打った。
それだけでも注目を集めてしまう。
しかも炸裂音がしたので、振り返る兵士も増えていた。
そして地面が一文字に焼き切れて、改めてギルド長が危険と言った意味が分かった。
軽く振ってこれなのだ、まともに振っていたら大事になっていただろう。
「な…」
「こいつは…」
炎が出た事も衝撃だったが、その威力にギルバートも将軍も絶句した。
これが実戦で振るわれれば、魔物を炎で切り裂けるだろう。
そう、危険を考えなければ、これは実に攻撃的な武器であった。
問題は用心しなければ、振るった本人も炎に巻かれる事である。
「ふう
こんな感じか
ふっ!」
ボボボボ!
フランドールは、今度は力加減を考慮に入れて振ってみる。
あまり力を入れずに振れば、刀身が炎に包まれながら振り回せる。
それはまるで、炎の剣を振り回している様だ。
そのまま切り掛かれば、ギルド長が言った様に火達磨に出来るだろう。
今度は先ほどの様に、剣を叩き付ける様に振ってみる。
そうすると、刀身から出た炎がその先から地面を焼き付ける。
上手く振るえば、間合いの外にも炎で攻撃出来そうだ。
炎を剣の様に振るわせて、少し離れた敵にも攻撃出来そうだ。
「やあっ
はあっ」
ブオン!
ゴオオッ!
ズバン!
やがて数合試しに振っていると、込められた魔力が切れたのか輝きが消えた。
それと同時に、刀身から炎が出なくなる。
どうやら魔法陣と文字が、魔力の有無を確認する事にも利用できそうだ。
再び魔力を込めてみると、刀身が再び輝き始める。
するとまた、刀身から炎が迸る。
「ふむ
大体感じは掴めた
後は実戦かな?」
フランドールはそう言うと、剣を仕舞った。
それから背中に背負っていたもう一本の剣を剣帯ごと外す。
「ギルバート殿
お借りしていた剣をお返ししますね」
そう言ってフランドールは、借りていた長剣を差し出した。
「え?
あ…」
ギルバートは長剣を受け取りつつも、まだ視線は先の炎の剣に向かっていた。
やはり先ほどの衝撃で、どうしても目で追ってしまっていた。
男であるなら、あの様な剣は憧れてしまう。
ましてやそれが、現実に目の前にあれば。
「それでは私は、これで失礼します」
フランドールはそう言って、いそいそと引き上げる事にする。
本当は少し前から、恥ずかしくて居た堪れなかったのだ。
それにこれ以上は、実際に相手に向けて試すしか無いのだ。
しかし実戦形式の訓練でも、危険なのでこの剣は使えないだろう。
魔物を狩る時に、使ってみるしか無かった。
慌てて訓練場を後にして、彼は邸宅に向かった。
これ以上は恥ずかしくて、この場に居たく無かったのだ。
そうとは知らず、ギルバート達はその後暫く炎の剣の威力で呆然としていた。
内心ではそれを、羨ましく感じながら。
「アーネストの奴、とんでもない物を作ったな」
「くうっ
オレも欲しい」
「将軍も作ってもらいますか?」
「そうだなあ
でも…
ただでさえ武器の受注で忙しいからなあ
頼んだら何か言われそうなんだよな」
「そうですね」
ギルバートは自分の大剣を見る。
これがあの剣みたいに燃えたら、恰好が良いだろうな
でも、骨から作っているから燃えて灰になりそうだ
そう思うと、自分はこのままで良いかなと思った。
確かに炎が出るのは、格好良いし羨ましかった。
しかし自分の戦闘スタイルを考えると、それは扱い辛いと判断出来た。
ギルバートは大剣を振り回して、力任せに叩き切るのだ。
それが炎を出していたら、炎が自分の方に向かって来るだろう。
素早い動きを活かす、フランドールの剣術の方が向いているのだ。
取り敢えずアーネストに話してみて、出来そうなら将軍の分ぐらいは作ってもらおうと思った。
恐らく量産は出来ないだろうし、フランドールは上手く振っていたが乱戦では危険だろう。
周りに味方が居ては、巻き込まれて燃やされてしまう。
兵士に持たせるには危ないと思うので、持たせるとしたら隊長格か騎士になるだろう。
「それにしても、面白い物を作ったな
炎の剣か…
他にも出来るのかな?」
ギルバートは今夜にでも、アーネストに聞いてみようと思っていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
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