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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第四章 新たなる脅威
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第086話

将軍が会議に戻ってから暫くして、会議場から大きな物音がした

ギルバートはフランドールと、倒すべく魔物と得られるであろうジョブやスキルの話をしていた

ゴブリンでは無理であろうが、コボルトなら簡単なスキルと戦闘の経験が得られる

そこでスキルが身に着いた者から、オークが出る場所での戦闘を行う

オークに勝てる様になれば、オーガに簡単に殺される事も無いだろう

そういう話をしていた


コボルトならば、危険だが倒せない魔物ではない

それに同じぐらいの大きさなので、そこまで戦い難い相手では無かった

今までオークを倒した兵士から、戦士のジョブを得た者が居る事まで判明している

コボルトで戦いに慣れて、オークを狩る事に専念すればジョブを得られる可能性もあった

それより上のジョブは、恐らくオーガやワイルド・ボアでも倒さないと無理だろうと判断されていた


そんな話をしていると、会議場で物音がし始める

将軍の執務室にまで、会議場での騒音は聞こえていた

金属音が鳴り響き、恐らくは戦闘が始まっていると推測されていた

フランドールは認めたがらなかったが、私兵が暴れ出したのは明確だった

ギルバートはショートソードを構えて向かい、フランドールはその後に続いた


「そんな馬鹿な

 いくら彼等が危険な思想に染まっているとはいえ、簡単に抜刀するとは思えない」

「しかし現に、会議場からは戦闘と思しき音が聞こえてきている

 そうでしょう?」

「…」


フランドールは押し黙る。

信じたくは無かったが、実際に中からは剣戟の音が響いている。

微かに聞こえるのは、将軍や隊長が押さえろと叫んでいる声だ。

彼等は私兵を殺す事無く、拘束しろと叫んでいた。

一方で私兵らしき声が、田舎者共をぶっ殺すと叫んでいた。


「…止めさせろ

 …だからそいつを押さえつけ…」

「迂闊に抜くな

 同士討ちに…」

「…ろせ殺せ

 …らをぶっ殺せ」

「…か者共をぶっ殺せ

 あのいけ好かないフラ…」


ギルバートは部屋の前に着くと、勢いよくドアを開けた。

バン!と音がして、ドアの前で構えていた兵士の頭に当たる。


「ぐはっ」

「すまな…

 ってこいつは暴れていた方か」


そいつは剣を構えて、入り口を塞ごうと立っていた。

ここに立ち塞がり、増援の兵士が入れない様に見張っていたのだろう。

しかし油断していたのか、ギルバートが開けたドアを後頭部に受けていた。

ギルバートは素早く振り返ると、剣を構えようとしている兵士を蹴り上げる。

兵士は吹っ飛び、そのまま机の上に伸びる。


「坊ちゃん?」

「加勢する

 反乱分子を取り押さえるぞ」

「はい」


ドアの前では二人の兵士が、ドアの前の兵士を捕らえようとしていたのだろう。

ギルバート達の入って来た事に、驚いた様子で立っていた。

ギルバートは彼等にそう伝えると、乱戦に向かって突っ込んで行った。

その後ろでフランドールは、左右を見ながら狼狽えていた。


魔物と戦ったり、街のチンピラを取り押さえる事はあった。

しかしこの様に自分の部下達が、抜刀して暴れているのを見るのは初めてであった。

しかも抜刀した人間を無力化するなど、どうしたら良いか分からない。

狼狽えるフランドールを見て、私兵の一人が血走った眼を向ける。


「ひゃはああ

 この平民が、死ねえ!」


私兵は剣を構えていないフランドールを見て、これは好機とどさくさに紛れた殺害を計る。

彼等の中には、フランドールを事故死に見せかけて殺そうとする者達もいた。

それはフランドールを殺せば、ここの領主の地位を奪えると吹き込まれていたからだ。

兵士の声を聞きフランドールは振り返ったが、その剣は既に振りかぶられていた。

振り返ったフランドールも頭上に、振り上げられた剣が迫る。


「危ない!」

「マジックボルト」


気付いた守備部隊の兵士が前に割り込むが、その目前で魔力の矢が撃ち込まれた。

紫色の魔法の矢が、鋭く兵士の胸を打ち抜いた。

威力は調整しているので、それ自体は致命傷にはならない。

しかし撃たれたショックで、兵士は吹っ飛んで白目を剥いていた。


ドスドス!

「ぐはっ」


兵士が吹っ飛んだ事で、ようやくフランドールも事態を把握出来た。

信じられなかったが、彼は自分の事を狙っていたのだ。

それも血の気に逸ってでは無く、自分が主だと理解した上で殺そうとしていた。


「迂闊ですよ、フランドール殿

 ここは既に戦場です」

「そうです

 戦う気が無いなら、下がってください」

「し、しかし…」

「奴等はあなたも狙っていますよ

 下がってください」

「だが…

 私は…」


フランドールはアーネストと兵士に叱られて、改めて周りを見る。

私兵が既に20名ほど取り押さえられ、その先では30名ほどの塊が乱戦をしていた。

よく見ると私兵は剣を抜いていたが、守備部隊の兵士は棍棒や木剣を身に着けていた。

それなのに私兵の方が圧倒されており、事態は沈静化されつつあった。


「そん…な…」

「ほとんど大勢は決しましたね」

「ええ」

「何でこんな…」

「死ねー!

 田舎も…ぐがっ」

「うるせえ

 次だ!」


声の方を見るといつの間にか素手になっているギルバートが、剣を構えた私兵と向き合っていた。

私兵はまだ5人居たが、足元には3人が呻いていた。

周りは守備部隊の兵士が囲み、逃げ場は無い。

しかも素手のギルバートが圧倒していて、踏み込めずに構えていた。


「くっ、くそお

 こんな田舎者の小僧に…」

「その小僧に殴り飛ばされて、お仲間はダウンしてるぞ」

「そうだそうだ!」

「今さらビビッてんじゃねえぞ」

「どうした?

 かかって来ないのか?」

「こんのお!

 ぶべっ」

ドカッ!


振り下ろされた剣を右手で逸らし、鋭く左手が鳩尾に入る。

苦悶の声を上げ、倒れた兵士が一人増えた。


「ひゅう

 ギルもやるな」

「あれは…

 暫く起きれないでしょうな」


アーネストと兵士は称賛の声を上げる。

横ではフランドールが、まだ事態を飲み込めないのかブツブツ言っていた。


「こんな…こんな…

 王都で募った兵士が…」


それは兵士の未熟さや不甲斐なさなのか?

それとも味方と思っていた兵士達の裏切りがショックだったのか?

フランドールはブツブツと呟きながら、ガクリと膝から崩れ落ちた。

それをチラリと一瞥し、アーネストは頭を振った。


無理もない

部下だと思っていた者達の裏切りだ

しかもどうやら、こいつ等はフランドール殿も狙っていた

何を吹き込まれているのやら…


そうこうするうちに乱戦も将軍が拳で収め、ギルバートの側も残り2名になっていた。

最後は周りの兵士に詰め寄られ、剣を落として投降した。

足元の呻いている兵士も縛られ、次々に連れられて行かれる。

こうして私兵達の反乱は、死者を出さずに取り押さえられた。

それも力量差があったからこそ、容易に行われていた。


「ふう

 これで片付いたか?」

「はい

 お疲れ様です」

「坊ちゃんもやりますね」

「ははは

 この程度なら、酒場の冒険者の方が骨があったさ」

「冒険者…ね」

「何をしたんです?」

「う…

 ただの騒ぎを鎮めただけだ」

「ははは

 たまに騒ぎを起こしますからね

 坊ちゃんが殴り倒した現場を見た事がありますよ」

「何?

 聞いて無いぞ?」

「し、しまった」

「余計な事を…」


将軍は兵士が差し出したタオルを受け取り、顔に飛び散った返り血や汗を拭く。

ギルバートもタオルを受け取り、顔を拭いながら将軍の元へ向かった。

しかし兵士が余計な事を呟いたので、将軍は少し怒った表情を浮かべる。

危険な事はしない様にと、何度も注意をしている。

それなのにギルバートは、酒場で冒険者の暴動も鎮圧していたのだろう。


「まったく…」

「ははは…

 それよりも今は」

「そうですな」

「それで?

 この騒ぎはどうしたんですか?」

「ん?

 ああ」

「私兵の一部が、訓練を嫌がったんですよ」


将軍の隣に居たアレンが、嫌そうな顔をして呟く。

彼も殴られたのか、顔を赤く腫らして顔を顰めていた。


「訓練が…ですか?」

「ええ

 そんなふざけた訓練なんか出来るか!…と」

「え?

 ふざけてって?」

「コボルトなんか簡単だって言うから、それじゃあオークを相手にするかって

 そしたら我々には訓練なんか必要無いって」

「え…」


将軍達は、最初はコボルトから討伐しようと提案した。

それは私兵達の力量を見て、オークでは無理だと判断したからだ。

しかし私兵達からすれば、それは侮辱だと受け取ったらしい。

彼等は憤って、そんな訓練は受けられ無いと言い出した。

それならオークを倒すのかと聞けば、それも嫌だと言い始める。


「それは…

 本当ですか?」


フランドールが将軍の言葉を聞き、不機嫌そうに聞き返した。

彼からすれば、それは信じられない事であった。

将軍はそんなフランドールの様子を気にする事も無く、両手を上げて首を振った。


「ここに居る兵士全員が証人です

 オレ達は王都の兵士だ、訓練なんか必要無いってね

 それでも今度の侵攻を告げたら、ふざけるな!死ねって言うのか!だそうで」

「我々もこれから訓練でオークやオーガと戦うって言ったんですがね

 田舎のカスと一緒にするなって

 そんなふざけた訓練なんか参加出来るか!って、抜刀しやがりました」

「それは…」


フランドールは話を聞きながらも、信じられ無いといった様子だった。

いくらなんでも、話を聞いてても馬鹿のする事に思えた。

この地の兵士ですら、訓練が必要だと考えているのだ。

それなのにどの様な自信があるのか、訓練は必要無いと言うのだ。

そのくせ魔物の侵攻に関しては、死ぬだろうと判断している。

それであるのなら、彼等はこの地で何をするつもりだったのだろう。


「まあ、中には真面目に聞いている者も居ましたが…

 不満を言ってたのを筆頭に、次々と抜刀しましてね

 後はご覧の有様です」

「まともな私兵達はあちらに固まって居ます

 彼等は不問ですが…

 暴れた兵士はさすがに謹慎ですね」

「そう…ですか」


中には話を聞いて、真剣に訓練が必要だと頷く者達も居た。

しかし多くの私兵達が、訓練が気に食わないと抜刀したのだ。

それも会議で話し合い中に、いきなり抜刀して襲い掛かったのだ。

それでは拘束されても仕方が無いだろう。


「それで?

 暴れたのは何名ぐらい居ました?」

「そうですね…」

「ここに居ますかね?」

「確認させます

 おい!

 来てくれ」

「は、はい」


さすがに可哀想に思い、ギルバートが話に入った。

人数を確認し、先のリストと比較してみる事となる。

暴動に参加しなかった兵士が呼ばれて、リストの兵士と照合が始められる。


「全部で78名

 最初は会議場の12名でしたが、外から剣を構えたのが合流しまして…」

「まさか、最初から狙っていた?」

「さあ?

 そこまでは…」

「あ!

 こいつとこいつ

 それからこいつが…」

「これも彼です

 それにこっちの男爵の子息も…」

「貴族の子息が主なのか…」


リストに印をしていくと、やはり選民思想者の全てが加わっていた。

逆に言うと、この騒ぎで事前に判明していた者が全て捕まっていた。

それに加えて、不満を持っていた兵士が暴れていた事になる。

ダーナの兵士に不満を持っていた者達が、こぞって加わった事になる。


「こりゃあ…

 逆に良かったんじゃないです?

 後で後ろからやられるより、ここで分ったんですから」

「そうだな

 リストより4人多かったが、これで問題が一つ片付いたな」


ギルバートはリストを受け取ると、それをフランドールに渡した。

フランドールは震える手で、渡されたリストを確認する。

それは王都で親しくしていた、貴族の子息が多く含まれていた。

彼等はフランドールを担ぎ上げる事で、この地の利権を狙っていたのだ。


「申し訳ありませんが、これで無事に片付いたかと…

 彼等の処遇は?

 如何いたします?」

「あ…

 うん

 そちらに任せます…」


フランドールは力なく項垂れて、小さく嘆息した。

彼としては、最早どうでも良くなっていた。

彼を慕ってくれていると思っていたのに、実はそれは違っていたのだ。

彼を与しやすいと考えて、まんまと担がれていたのだ。


「気持ちは分かりますが…」

「何が分かるんだい!

 私は彼等を信じていて

 彼等が誇りを持った王都の兵士と思っていたんだぞ!

 それが!

 それが…」

「フランドール殿…」

「確かに、私を平民と蔑む者が居るのは分かっていた

 それでも、私の働きを認めて、私を慕って着いて来ていると思っていた

 それが…」

「でも、あちらの彼等は、フランドール殿を慕って着いて来たのでは?」

「…」


フランドールは騒ぎに加わらなっかった私兵達を見た。

彼等は8名しか居なかったが、他の私兵の考えに疑問を持ち、馬鹿な反乱には参加しなかった。

中には貴族の子息でも、彼の功績を認めて着いて来てくれた兵士も居る。

そうした者達は、真にフランドールを信じて着いて来てくれた者達なのだ。

彼等の為にも、ここは立ち上がって進まなければならない。


「それに、ここに居ない者達も…

 恐らく誤った考えを持った者は、残らずここに来ていたと思いますから」

「は…い…」


ギルバートの言葉にやっと落ち着きを取り戻したのか、フランドールは頷いた。

彼等の期待に応える為にも、ここが踏ん張りどころなのだろう。

残された者達を率いて、ダーナを守る為に戦う必要がある。

そしてその為には、これから厳しい訓練も待っている。

危険な魔物を狩って、兵士を鍛えるという訓練が…。


「フランドール殿は先に帰って休んでいてください

 私達はこのまま、街に潜む不穏分子を捕らえます

 頼んだぞ」

「はい

 では、フランドール様

 行きましょう」

「…」


フランドールは無言で頷き、兵士に付き添われて退出した。


「それでは、街の大掃除と行こうか」

「そうだな

 さすがに不満が溜まっていたから、ここらで暴れさせてもらうか」

「将軍は昨日もオーガと戦ったでしょう

 少しは落ち着いて下さいよ」

「そうだよ

 おじさんは、すぐに頭に血が上るんだから」

「おい!」


将軍は景気よく行こうと思ったのに、すぐに周りから諌められて凹んでしまった。


「そりゃあ無いだろ…」

「いいえ

 ここは部隊長で向かいます」

「そうだな

 それぞれ班分けをして、すぐに急襲してくれ

 すでにこちらの騒ぎも伝わっているかも知れない

 奴等に時間を与えるな!」

「はい」


事前に決められていた班分けに従い、すぐに兵士達が宿舎から出て行く。

彼等が兵舎で暴れた事は、既に外部に漏れている可能性が高い。

騒ぎが起こった時に、ここに侵入して来た事がそれを示している。

あるいは事前に、襲撃を計画していた可能性もあるだろう。


街の不穏分子達も、この騒ぎには気付いている筈だろう。

彼等私兵達に手を貸していたのだから、今回の騒動にも絡んでいる可能性が高い。

兵士達はそういった者達の、家を急襲して捕縛する為に向かって行った。

中には家では無く、隠れ家的な秘密の場所を持つ者達も居た。

しかし事前に下調べをしていたので、そこも念入りに捜索される事となる。


次々と兵士が街中に出て行く姿を見て、住民達も何事かと立ち止まって見る。

彼等は何軒かの、大きな商家や農場に向かって行った。

そうして暫くすると、そこの住民達を捕縛して連行して行く。

そうして次々と、今回の件に加わっていた一団が捕らえられていった。


「これはどういう事だ!」

「ワシを誰だと思っているんだ!」

「ふざけるな!

 ここから出せ!」


彼等は次々に捕まり、兵舎に併設された牢屋に連れて行かれる。

しかし自分達が捕まった事に、納得が行かない様子であった。

証拠も挙がっているのに、必死に抵抗する者も少なく無かった。

しかし反乱が失敗した今では、抵抗したところで無駄である。

中には婦人や娘も居て、必死に言い訳をして抵抗をしていた。


「何かの間違いよ!」

「私は、私は関係無いわよー!」

「あ!

 ランデルさん、私は違うの

 ねえ、説明してよ!」


必死になって叫び、自分だけは助かろうとする。

中には諦めて自白する者も居たが、自分だけが捕まるのが不満なのか仲間の名前を挙げる者も居た。

必死に知り合いの兵士の名を呼び、自分だけは助けてと叫ぶ者も居た。

そうした者達が、次々と牢に放り込まれて行く。


「こりゃあ壮観だなあ」

「牢屋は足りるのか?」

「出せ!

 ここから出せ!」

「ワシは知らんのじゃ

 あれは息子が…」

「うるさい!

 証拠は挙がっているんだ」

「そうだぞ

 一昨日の晩にも、グニエスの店で話し合っていただろう」

「え?

 何でそれが…

 分かった!

 奴がバラしたんだな」

「安心しろ

 グニエスも向こうに捕まっている」

「そ、そんな…

 ワシのダーナ領主の夢が…」

「はあ…

 こんな奴が領主になろうと?」

「困ったものだ

 こんな奴等が領主になったら、どうなるんだか…」


ギルバートとアーネストは、次々と運ばれる者を見てその多さに改めて驚いていた。

元々の人数も相当だったが、追加の逮捕者がかなりの人数に昇っている。

中には相談者のふりをして、集会を行っている者も居た。

そうした者達も含めて、一気に検挙する事に成功した。

しかし人数が多すぎて、この牢に入れ切れなくなっていた。


「リストの者もですが、使用人やその家族まで参加しています」

「予備の牢屋も埋まってしまいそうです」

「先の私兵達が居るから、警備隊の牢も使わないと足りません」

「こりゃあ大変だ」

「向こうの牢も用意させますね」

「ああ

 頼んだぞ」


そこへ運ばれて来るうちの一人が、ギルバートに向けて叫び始めた。


「ギルバート様

 何故ですの?

 何故私が逮捕されますの?」」

「誰だ?

 あれは?」

「え?

 …覚えていないのか?」

「私です

 あなたの愛してくださったエレナーゼですよ」

「え?

 愛し…?

 え?」

「ほら

 誕生パーティーで…」

「いや、覚えていないのか…」

「どうして!

 私の事を見捨てる気なの?」

「ん?

 覚えていないな…」

「あー…」

「ひどい!

 助けろや

 このクソガキがー…」

「おい!

 うるさいぞ、黙れ!」

「あああああ

 助けろ!

 私を助けろよ

 この使えないガキが…」

「やかましい」


最後はヒステリックに叫んでいたが、兵士が無理矢理手を掴んで引いて行く。

そのうちキーキーと言う声も聞こえなくなった。

少女は愛していたとか言っていたが、ギルバートはそんな覚えは無かった。

驚いて隣に居る、アーネストを振り返る。


「なあ」

「ん?」

「愛しているとか何とか…」

「本当に覚えていないのか?」

「確かに、あのパーティーに何人か来ていたが

 誰がどうとか覚えていないよ」

「そうか…」


ギルバートは愛しているとかもだが、誰かすら覚えていなかった。

そもそもが目付きが怖くて、アーネストと逃げ出していたぐらいだ。

それにその少女の名も、顔すらもよく覚えていなかった。

向こうは懸命に名乗っていたが、ギルバートは聞き流していたのだ


「それより」

「え?」

「女性って怖いな…」

「あ、ああ…」


ギルバートはヒステリックな女が去った方を見て、溜息を吐く。

碌に話していないのに、愛していたとか言われても困る。

しかも謀反を計画しておきながら、助けてとまで言っている。

そんな事をする相手を、助けようとは思わないだろう。


「セリアやフィオーナが…

 ああならなければ良いのだが…」

「そうだな…

 大丈夫とは思うけど」

「そうかな?」

「ああ

 ならないだろう?」

「なら良いんだが」

「ははは

 そうなったら困るよ」


この日の逮捕者は、私兵が78名と住民が186名にも上った。

特に住民達の中には、以前から反乱を企む者達ばかりだった。

葬儀の時には見逃されたが、虎視眈々と謀反の機会を窺っていた。

それが今回の反乱で、一気に検挙される事となった。

まだ隠れて潜んで居る者も居るだろうが、一先ずは街の危険は去った様に見えた。


「これで今回の件に絡んだと思われる者は、全て逮捕出来ました」

「おかげさまで、街の牢屋がほぼ埋まってしまいましたよ」

「それでも反乱分子が捕まった事は大きい」

「これで安心出来るからな」

「それですが…」

「まだこの者達が見付かっておりません」

「既に街を出たか…

 何処かに潜って居るのか…」

「ううむ

 だが主だった者達は全て捕らえられた

 一安心としよう」


中には事前に、街の外に逃げ出している者達もいた。

しかし名前が知れているので、再び入る事は叶わないだろう。

彼等は王都にも報告されて、指名手配される事になる。

他の街に逃げ込んだとしても、いずれは追っ手に捕まるだろう。


それに匿う者が居れば、そういった者達も逮捕される事になる。

むしろ仲間の所に向かってくれた方が、追う側としては助かる事になる。

労せず選民思想者の、居場所を発見する事が出来るからだ。

将軍は報告書を作成して、手配を掛ける様に指示を出した。


「街の外に逃げた者は、指名手配として各街に手配する

 王都にも報告書を送れ」

「はい」

「一応街中にも目を光らせろ

 まだ潜んで居る可能性もある」

「はい」

「もし、何処かに逃げ込んで居れば…

 そこが選民思想者の潜む場所となる

 一斉検挙の理由にもなる」

「分かりました

 手配書を作成します」


これで選民思想者が見付かれば、さらに街の安全が確保される。

まだまだ表に見えない、隠れた不穏分子は潜んで居る筈だ。

そういった者達の下に逃げ込めば、捜索の理由付けにも出来る。

街の警備兵達にも、手配書が配られる事になる。


「罪人の処罰はどうしますか?」

「そうだな…

 私兵は鉱山にでも送るか

 下手に街に置いていたら、再び反乱を起こすかも知れないからな」

「住民は如何いたします?」

「そうだなあ…」


次々と取り調べを行いつつ、刑罰を決めて行く。

不敬罪程度なら、職務の剥奪や財産の没収程度になる。

しかし実行犯と繋がって反乱の準備をしていた者達は、さすがに鉱山送りとなった。

もちろんそれは、男女の別は無かった。

それだけ危険な思想を、現実に実行しようとしていたのだ。

そこには情状酌量の余地など無かった。


「残念だが、総勢264名のうち206名が鉱山送りだな」

「こうなると、鉱山の方では大喜びだな」

「逆に、鉱山での反乱を危惧しないとな」

「そうですね

 まあ反乱出来ても、街まで戻れそうにありませんがね…」

「魔物か?」

「ええ」


確かに鉱山で団結すれば、反乱を起こして鉱山を乗っ取る事が出来るかも知れない。

しかし鉱山から街の間には公道があり、そこには魔物がうろついている。

もし鉱山を乗っ取っても、そこから街まで出られないのだ。

そうなれば食料が不足して、いずれは餓死してしまうだろう。

畑や家畜が居るとはいえ、街からの補給が無ければもたないのだ。


「そういう事なら、鉱山に一纏めで送っても安心か」

「そうですね

 今の内に少しでも、鉱石を回収しておきたいです

 そうなれば武具の作成の助けになりますし」

「そうだな

 少しでも上質の武具を作って、魔物の侵攻に備えないとな」


魔物の侵攻を考えれば、罪人の相手をしている暇は無いのだ。

魔物の討伐を訓練とし、兵士を鍛える事が急務である。

それに加えて、集まった素材で武具の作成も急がれている。

商工ギルドでは、今も夜を徹して武具の作成が急がれていた。


今回加わっていない商人達は、魔物の侵攻の報を受けている。

このまま街に残って、素材や食料の提供を申し出る者もいた。

そして慌てて街から避難する商人達も、少なく無かった。

そうした隊商達の群れに紛れて、逃げ出した不穏分子も居たのだが、それは仕方が無い事だろう。


だが、今の内に罪人を捕まえておかないと、このままでは背後が危険になる。

魔物が攻めて来ている時に暴れられたら、それこそ街の存続に関わる危機となるだろう。

魔物が来る前に、ほとんどが片付いた事は幸いと言えるだろう。


「早めに片付いただけマシか…」

「そうですね」


ギルバートは溜息を吐きながら、牢屋に詰められた大量の罪人を見ていた。

まだまだ続きます。

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