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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
プロローグ
9/190

第008話

魔物は蘇った

再び世に解き放たれたのだ

女神の庇護をすり抜け

人の世に害を成す為に…

黒く佇むは戦火の煙か、不吉を現す暗雲か

魔の物の夜明けが訪れたのだ


闇に浮かび上がる影

その踊る影はおどろおどろしく、妖しくも美しく舞う

鳴り響くは魔物の悲鳴か、人の断末魔か

第2砦の周囲に、阿鼻叫喚の悲鳴が鳴り響く


「急げ!

 いそげ―!」

「こちだ!」

「こいつ等何者だ?」

「いいから切り伏せろ」

ザシュッ!

ギャアアア

グギャアア


不意に響く怒号と共に、松明を掲げた騎馬の群れが現れる。

公道に悲鳴と怒声が響き渡った。

それは魔物の群れに対して、人の軍勢が切り込んでいたのだ。


「たいちょ―!

 なんですか?

 これは―!」

「分からん!

 分からんが…

 兎も角、切って切って、切りまくれ―!」

『うおおおお!』

『うわああああ!』

ヒギャアアア

アギャア


最初は、あまりの不気味な姿に不意を突かれてしまっていた。

それで数名が矢を受けたが、すぐに体制を整えて立ち向かって行く。

第2砦の周りには、既に正体不明の異形の生物の軍勢が取り囲んでいた。

その後方を突く形で騎馬武者達が突っ込んで来たのだ。


この軍勢はダーナの、領主から送られた増援部隊だった。

彼等は夜を徹して、仲間の救援に駆け付けたのだ。

その先頭に出た大柄な偉丈夫が、大声で次々と指示を出す。

この騎馬部隊を率いて来た、ダーナ騎馬大隊の大隊長だ。


「第1、第2、第3部隊は周囲の化け物を蹴散らせ!

 第4、第5部隊は我に従え!」

「はい」

「化け物を逃がすな!」

「囲め!

 囲め!」


「開門!

 かいも―ん!!」

「救援に来たぞ!」

「門を開けてくれ」


第2砦の門が開かれ、一気に騎馬の群れが駆け込む。


「我こそはダーナ騎馬部隊

 死を恐れぬ者は掛かってこい!!」

「うおおおお!」

「隊長に続けー!」


大隊長の怒号に恐れをなし、魔物の群れは暗がりに散り散りに逃げ惑う。

数匹は仮避難の宿舎に向かうが、後方からの追撃に次々と切り殺される。

警備兵のショートソードと違い、騎馬兵の武器は長柄の武器を握っている。

それは斧の様な横刃と、突き刺す為の鋭い刃が付いている。

それを縦横無尽に振り回し、突き出し、小柄な魔物を次々と屠る。


助かった

増援が間に合った


息を吹き返した砦の守備隊は、一気に攻勢に出る。

その様子を睥睨しつつ、大隊長は残存部隊の状況を計る。


部隊は…ほとんど壊滅だな

部隊長は?

警備隊長は?

あそこで切り刻まれていたのが副隊長か?


大隊長は周囲を見回し、被害の状況を確かめる。

しかし逃げ惑う人々の中に、兵士はほとんど居なかった。

駆け付ける事が、少し遅すぎたのだ。


「奥の宿舎に住民が…」

「おい!

 喋るな」

「いいんです

 それよりも住民の避難者が…

 まだ生きていると…」

「いいから怪我の治療を…」

「助けて、助けてあげてください!」


兵士は血だらけの左手がぶら下がり、右足を引き摺りながら近づいて来た。

騎兵の数騎が前に出て、治療をしようとポーションを取りだす。

しかし脱がせた鎧の下を見て、数名が目を逸らしていた。

これでは生命は取り留めるものの、復帰は難しいだろう。


「うう…」

「これは…」

「お願いします

 お願いします

 お願いします」

「分かった

 いいから君は直ちに傷を手当てしなさい」


大隊長は縋り付く彼に、手当てをする様に命じる。

このままでは彼は、出血で生命の危険もあるのだ。


「おい!

 彼に手当てを

 それから、奥の宿舎の生存者を守れ

 いそげ!!」

『はい』

「ありがとうございます

 ありが…」

「あ!

 おい!」

「大丈夫です

 意識を失っただけです」

「うむ

 すぐに手当てを」

「はい」

「急げ!」


大隊長の指示で、負傷した兵士が手当てを受ける為に運ばれて行く。

先ほど追撃を行った騎兵と、後続の歩兵が宿舎の中へ向かって行った。

彼等は宿舎に入ると、残りの魔物を切り伏せる。

しかしその間にも、数名の住民が犠牲になっていた。


数分の内に怪我人が担ぎ出されたが、ほとんどが虫の息だった。

生き残った者達が縋り付くが、兵士は黙って首を振る。

家族は崩れる様に倒れ、傷付いた者に縋り付く。

彼等はうわ言の様に呻き、生きる事に苦しんでいた。

兵士は住民に一言、二言囁き、苦しまない様に介錯をしてやった。

それが彼等にしてやれる、最後の手段であったのだ。


「大隊長」

「住民の生き残りは全部で8名」

「内、大人が6名、子供が2名

 子供の内一人は…

 一人はまだ幼児です」

「そうか…」

「どういたします?」

「生き残った住民は、なるべく綺麗な部屋で休ませてやれ」

「はい」

「それで?

 兵はどのくらい残った?」

「はい

 我が軍の被害は軽微

 死者3名、負傷者12名

 内、重傷者は3名」

「砦の残存兵は5名

 しかし…」

「突入時に生き残っていた者も傷が深く…

 残念です」

「そうか…」


突入した時には、十余名ほど戦っていたのだが…

最後の力を振り絞っていたのだな

先ほどの兵士と、他には4名しか残れなかったか

くそっ!


大隊長は報告を聞きながら、惨状となった砦の中を見やる。

担架に乗せられた兵士が目の前に運ばれてくる。

彼の身体は既に、襤褸切れの様に切り刻まれている。

それで生きていられるのが、奇跡の様な状態だ。


「警備隊長です」

「ああ…」


彼は全身傷だらけで、左手は途中で切れて失われていた。

左右の足も滅多切りで、それは原型を留めていない。

その状況から、先ほどの生存者には数えられていなかったのだろう。

彼は既に、いつ事切れるかも分からない状態だった。


「う…

 ああ…

 うう…

 すまな…い

 ごふ、ごほっ」

「おい!」

「しっかりしろ!」

「くそっ!」

「駄目だ…」

「もう意識も混濁してる…」


砦を守り切れなかった事を、彼は悔やんでいた。

血塗れで生気を失った顔に、涙が一筋流れる。

それを見て大隊長は、彼に優しく声を掛ける。


「こちらこそ

 すまない

 間に合わなかった…」

「あ…

 う…」


大隊長の言葉は、聞こえていたのかは分からない。

しかし警備隊長は、繰り返し譫言の様に繰り返す。


「すま…な…

 すまな…」

「いいんだ

 もう終わったんだ」

「あ…

 住民…

 たの…かはっ!」


そう言って彼は、血を吐きながら息を引き取った。

彼等はそんな警備隊長の気持ちを汲んで、静かに最後を看取った。

部隊長の最後を看取り、皆が敬礼をする。


「すまないな…

 間に合わなんで…」

「大隊長…」

「それで?

 負傷者の手当てはどうだ?」

「はい

 流石に上級のポーションはありませんので、裂傷の完治までは…」

「仕方がない

 急な事じゃったからな」

「はい

 しかし…」

「止血は出来ました

 なのでこれ以上は、死者は出ないでしょう」

「そうか

 よかった…」


大隊長はホッと一息つき、全体に響き渡る大声で伝える。


「一先ずは危機は去った!

 外の部隊も入れて、門を閉めろ!」

『はい』


「防壁は最早機能していないと思え!

 松明を持って、4人一組で巡回に回れ!

 各部隊長、巡回と遺体の埋葬は任せるぞ」

『はい』


大隊長は次々と指示を出していく。

敵に使われるのは癪だが、砦はこのまま放置するしかなかった。

既に一部の防壁は崩れ、魔物の侵入も容易い状況だった。

彼は部下に命じて、貴重な品や資料、ポーションや武具を集めさせる。

そして運べそうにない物は、勿体無いが焼却する事にした。


「必要な物以外は棄てろ」

「はい」

「食料も載せ切れない物は処分だ」

「はい」

「この…

 化け物共の死体は?

 いかがいたしますか?」

「ふむ」


大隊長は暫し、腕を組んで考える。

迷った死者は化け物と成って、彷徨うという。

しかし元から化け物でも、亡者として彷徨うのだろうか?

出来れば報告の為に、何体か持ち帰りたい。

しかし運んでいる途中に、亡霊や化け物に成られても困るだろう。

思案しているところへ門が開かれて、一台の馬車が入って来た。


「酷いじゃないですか!

 出立するなら一声掛けても、良いんじゃないですか?」

「また煩いのが…

 待てよ」


馬車から降りて来たのは、まだあどけない顔をした少年だった。

暗赤色のローブに紫のとんがり帽子、右手には杖を持った珍妙な恰好をしている。

所謂、魔術師と言われる者だ。


紫のとんがり帽子は、まだ見習いである事を示している。

本来であれば、誰かの師事を受けている年齢である。

しかし暗赤色ローブは、ギルドの試験を合格した者に与えられる。

この少年はこの年にして、既にギルドから認められているのだ。


大隊長は煩いと毛嫌いしていたが、彼は若くして宮廷魔術師候補として認められていた。

それでダーナの領主にも、その知識は大いに役立てられていた。

今回の遠征にも、半ば強引に着いて来ていた。

しかし大隊長は、救援を急ぐ為に彼を置いて来たのだ。


「ふん

 追い着いて来たか」

「酷いですよ

 魔物が出たら、どうするつもりだったんですか?」

「しかし魔物は、この通りここに…」

「私の言う通りだった様ですね

 ふむ?

 これは…」

「こいつらが、今回の襲撃者の正体だ」

「魔物…」

「ああ」


自称、天才魔導士の少年は、ふむふむと呟きながら死体を検分する。

彼はこの化け物の正体を、知っているかの様子だった。


「確かに、闇の波動を感じていましたからね

 しかし思ったよりも深刻ですね」

「ああ

 初めてお前の勘が当たって…

 良かったと思ったよ」

「失敬な

 で?

 この砦?

 廃墟?

 ここの結界はどうなっていま…」

「こ、この馬鹿たれ!」

ゴチン!


悪びれず廃墟などと言う少年に、大隊長は拳骨を落とした。

それは言って良い、言葉では無かった。

確かに砦は、魔物の襲撃で無残な姿に変わっていた。

しかしそれでも、彼等が命を賭して守っていた場所なのだ。


「いっ、痛い!

 だって、どう見たって」

「黙れ!

 ここの者達にとっては心の支えだったのだぞ!」

「そりゃあ分かっているよ

 しかしこれじゃあ…」

「だからってなあ」

「へいへい」


少年はふくれっ面になると再び魔物の死体を調べ始めた。

彼は魔物の死体を、ひっくり返して検分する。

少年一人では、子供サイズの魔物でも重たい。

少年は苦心しながら、その魔物を真剣に調べる。


「んー…」

「で?

 そいつは何だ?」

「ああ

 ゴブリン?

 ここいらに住んでる小鬼だよ」

「小鬼?

 魔物か?」


大隊長はギョッとする。


魔物という事にも驚きだが、ここいらに住んでる?

しかし少年は、そんな事にも気もくれず、熱心に死体を調べる。

まるでそこに、何かが隠されている様に…。


「そうだよ

 小鬼、魔物、ゴブリン」

「だが、ここいらに住んでる?

 どういう事だ?」

「あれ?

 知らなかった?」


少年の態度にまたイラっとして、思わず拳を振り上げる。

そんないつものやり取りを見て、思わず数人の兵士が吹き出す。


「わあ!

 待った!たんま!」

「いいからとっとと話せ!」

「んもう…せっかちだなあ

 あ、わかった

 わかったからもう殴らないで」

「ぷっ」

「くすくす…」

「はあ…

 よいしょっと」

「ぬう…」


少年は渋々と、死体を持ち上げてから説明を始める。

普通なら少年と大差無い大きさの死体を、だが魔法の力で軽々と浮かせる。

先は重そうだったが、今度は身体強化の魔法を使ったのだろう。

その筋肉質の小さな身体を、持ち上げながら説明する。


「ゴブリン

 古くからアースシーのあちこちで見掛けられる魔物さ

 一般にはその繁殖力で亜人や人間の女性を攫っては子を産ませて増える厄介な魔物

 女神様の力で封印された…でいい?」

「ああ

 だからここいらには居ない筈では?」

「そうだね

 一般の伝承では、ね」

「なに?」

「まあまあ、落ち着いて

 で、結界は?」

「ぬう…

 おい!」

「はい」


結界を確認していた兵士が戻り、話を一旦切る。

兵士は礼をすると、大隊長に報告を始める。


「報告します

 結界は異常ありません」

「なん…だと?」

「やはり…」

「やはり?」


兵士達も混乱していた。

結界が無事なのに、事実砦は破壊されていた。

結界が健在であるならば、ここでは魔物は力を発揮出来ない筈なのに…。

だが少年だけは、訳知り顔で頷いていた。


「どういう事だ」

「まあまあ、慌てないで

 結界は完全には死んでいない

 ただ、効力が落ちている様ですね」

「効力?」


少年はスタスタと歩いて、結界石が納められた祠の前に来る。

大隊長も兵士を伴い、その後に続く。


「では、応急ですが補強をしておきますね」

「おい!」


そう言うが早く、少年は奇妙な呪文を呟き始める。

少年の周りに、淡い光が漂い始める。

その呪文がより早く、強く繰り返されると、少年は虹色の輝きに包まれる。

それは嘗て、この地で結界を作った際に行われた呪文だった。


「ホーリー ライト ウオール」


少年の呪文が完成すると共に、虹色の輝きが一際強くなる。

やがて光が収まると、辺りには光の粒子が漂い、厳かな雰囲気に包まれていた。


「よし

 これで大丈夫…

 と、っと」

「お、おい」


疲労感か、少年の足が一瞬力を失い崩れる。

が、すぐに大隊長の力強い手が、彼を支えていた。


「大丈夫か?」

「ええ

 すいません

 慣れない呪文は思ったよりも、消耗が激しいようですね」


いつの間にか砦の中は、先ほどまでの暗い不安な雰囲気から、穏やかな温かい空気に包まれていた。

これが結界の効果だと言うのなら、今までの結界とは?

大隊長は訝しむ様に、周囲を覆う穏やかな空気を見回す。

しかし目に見える物では無いので、それを見る事は出来なかった。


「本来なら、もっと…

 強力な結界が張られる筈なんです

 人がもっと女神様を信奉している…ならね」

「ううむ

 俄かには信じられんが、これを見たからには信じるしかないだろう

 しかし結界が…」

「まあ、そこは後にしましょう」

「ううむ…

 で?

 さっきの続きだが…」

「ん?

 ああ、ゴブリンね」


少年はゴブリンの死体を見ながら、再び話を続ける。


「封印なんて嘘っぱちなのさ

 女神様の結界で近寄れないだけで、奴らは依然増え続けていた

 女神様と人間達に復讐する為にね」

「な、なんだと!」

「ふ、不敬な…」

「だから、奴らはすぐ傍に居たのさ

 ずっと前からね

 行方不明事件が年に何件かあるでしょ?

 ゴブリンや他の魔物が居る証拠さ」

「だが、そんな話は…」

「そりゃそうさ

 知られたら大事になるからね

 なるべく知られない様に処理してたのさ」

「馬鹿な!」

「結界がそんな不完全な物だと?」

「あり得ん…」

「うぬぬぬ…」

「仕方が無い事なんだ

 犠牲が出なければ、それが一番だしね

 不用意に発表すれば、どうなるかは…

 おじさんなら分かるでしょ?」


少年の言う事は、一々最もだ。

変に結界が不完全だと話せば、住民達は不安になるだろう。


だが、それなら何故?

この開拓は決行された?

危険であるなら…


「ああ

 領主(アルベルト)様は知っていたけれど、仕方がなかったんだ

 領土拡充と住民の生活、魔物を森から追い出す、その他もろもろ…

 だから大分悩んでいたみたいだよ」

「そうか

 知っておられた

 だからこそのこの遠征軍を、快くお出しになられた…」

「そう

 後悔されていたからね

 だから急ぐように進言したんだ」


領主であるアルベルトは、この事を知っていたのだ。

だからこそ危急を報せる砦に、すぐに軍を差し向けたのだ。


砦の入り口に集められる、多くの遺体。

出来れば持ち帰りたいが、ここで燃やすしかない。

下手に置いておけば、迷って亡者となる可能性があるからだ。

それを見ていた大隊長は、死体の数があまりに少ない事に気が付いた。


「どうした?

 遺体はこれだけか?」

「はい

 え?」

「少なくないか?」

「既に亡くなった者は埋められたか焼却されたのでは?」

「それにしても、だ

 少な過ぎる」


大隊長は少年の方へ向き直り、その事を問い質す。


「おい

 どういう事だ」

「いや、ボクに聞かれてもね」


少年は両手を挙げて、肩を竦める。


「生き残りで話を…

 話を出来そうな者は居るか?」

「はい

 少しぐらいなら大丈夫かと」

「よし

 案内しろ」


ぞろぞろと移動して、負傷兵の集められた場所へ向かう。

その兵士は顔半分に包帯を巻かれ、左手を骨折したのか吊っている。

着ていた鎧は脱がされ、血まみれの服が痛々しい。

しかし既に、傷の手当は終わっている様だ。

兵士の前へ来ると立ち上がろうとするが、大隊長は手で制して座らせた。

彼は自身もその前に座り、兵士に静かに尋ねた。


「少し、聞きたい事がある

 よいか?」

「はい

 オレで分かる事でしたら」

「では、尋ねるが

 残された遺体の数があまりに少なくてな

 何か事情を知っておるか?」

「う…

 ああ!」


尋ねた瞬間、兵士の顔が不意に苦悶に歪む。

余程ショックな事があったのか、呼吸がヒューヒューと荒くなり、肩を震わせて怯えだす。

少年が大隊長の横へ進み出て、短く呪文を唱え始める。

それは鎮静の魔法で、取り出した薬草の香りが兵士を包み込む。

兵士は低く緩やかな呪文を聞きながら、少しずつ落ち着きを取り戻していく。


「だいじょうぶ…かね?」

「はい…

 申し訳ありません」

「構わんよ

 大変な目に遭ったのだ」

「はい…

 大変でした

 とても…

 とても…」


兵士は先ほどよりも落ち着きを取り戻していたが、それでも大粒の涙を溢しながら語った。


「うぐっ…

 仲間は…

 死体が無い者は持ち去られました

 特に住民は生きたまま連れ去られ…

 何度も何度も叫んでました

 助けを呼ぶ声が、何度も…

 そのうち聞こえなくなっていく…

 うう…」

「どう思う?」


大隊長の質問に、だが少年は答えられなかった。

生きたままならまだ分かる。

先に話した通り、繁殖の為に攫うと聞いていたからだ。


だが、死体を欲する?

食料としてか?

餌として攫っていったのか?


他には考えられないが、確証が無い。


「すいません、オレ…

 オレ…

 助けを呼ぶ仲間を、住民を助けられなかって

 ヒック、生贄にされたみんなが…」


「生贄…か

 奴らからしたら我らは餌か?」

「餌…

 えさ?

 そんな話は文献にも…」

「奴ら、死体を辱めて

 集落の結界もそれで!」

「なん…だと?」

「結界を?」

「集落では結界の石を持ち去って、住民の死体を集めて穢していたんです」


兵士は嗚咽を漏らして、そのまま泣き崩れた。

激しく泣きじゃくる兵士の背中を優しく撫でながら、少年は先ほどとは違う呪文を呟く。

兵士の呼吸が少しずつ落ち着いていき、唱え終わる頃には安らかに眠っていた。


「睡眠の呪文です

 これ以上は傷に障りますからね」

「ああ

 すまない」


少年の言葉を聞きながら、大隊長は顔を顰めていた。

兵士の話が本当なら、事はもっと大きな問題になる。

今は少しでも早く、この事を領主に報せる必要がある。


「一先ず、ゴブリンの死体は集めて燃やしましょう」

「いいのか?」

「証拠として持ち帰りたいのはやまやまですが、邪魔な荷物になりますから

 それに、放っておけば亡者になり、却って被害が増しますから」

「やはり…

 亡者になるか?」

「なりますね

 奴らは元々、闇の尖兵ですから」

「闇の尖兵…ね

 なんだ?それは?」


少し考えて、少年は提案をする。


「夜明けまでまだあります

 死体を焼くにも時間が掛かりますから、その間に説明しましょうか」


闇の尖兵とは?

そもそも闇とは何か?


闇とは女神様に仇成す者達の、総称である

古くは魔族、魔獣、魔物と呼ばれる存在が居た

記録では魔族と呼ばれる、亜人の一種も存在するとされる

そして獣の様な闇の尖兵は、魔獣と呼ばれて恐れられていた


ゴブリンやオーク等の人型の化け物は、主に魔物と呼ばれていた

その中でも一番下っ端に当たるのが、数を頼みにしたゴブリン、オーク、コボルド等だ

繁殖力は高いが、魔物の中では弱い

それで常に前線に出されて、尖兵として使い潰されるから、闇の尖兵などと呼ばれていた


「こいつらは弱いから

 奇襲でもしないと人間にも勝てないんですよ」

「なるほど」

「しかし砦の兵士達は…」

「彼等は戦士としては…

 それに伝承では、魔導王国の兵士は魔法も使えましたからね」

「魔法…ね」

「簡単な身体強化や、攻撃の魔法みたいですが…」

「ふむ…」


パチパチと異臭を放ち、魔物の死体が燃える。

見た目は子供の様だが、その身体は筋肉質で強固だ。

そして醜悪な顔に、剥き出しの犬歯が覗いている。

この様な魔物が、雑兵として襲い掛かって来るのだ。


「待てよ?

 その言い方だともっと強い魔物が居るのか?」

「ううん…」


少し考えて、少年は悪戯っぽく笑みを浮かべて答えた。


「居ますよ

 人狗(コボルト)は身長も腕力もありますし

 豚人間(オーク)はタフでなかなか死にませんよ

 帝国の衰退には、奴らも一役買ってます」

「なんだと?」

「女神様の結界が無くなった為に、オークやコボルドの大群に蹂躙された都市もありました

 聞いた事がありませんか?

 魔物に落とされた街の話」

「いや、あれは与太話だろ?」

「いえ

 実は本当の話なんですよ?

 ですから…

 今回の話は厄介なんですよ」

「ううむ…」


大隊長は、少年から語られた思わぬ話に唸り声を漏らす。


「それで、お前は砦が危険だと急かしたワケだ」

「ええ

 帝国の件がありましたんでね

 確証はありませんでしたが、結界が弱まっている危険性がありましたから」

「そして実際に、結界は弱まっていたと…」

「ええ」


大隊長は無言で、結界石を収めた祠を見る。


「後少し、到着が夜が明けてからだとここも同じ様になっていたのか」

「そうですね

 恐らくみんなやられて、ここの結界も機能しなくされていたでしょう」


「で、どうする?」

「どうすると言われましても

 補強はしましたが、ここに留まるのはお勧め出来ませんね」

「しかしどうする?」

「一度引き返して…

 昨晩立ち寄った第1砦?」

「ああ」

「あそこを補強して死守する方が良いかと…」

「ふむ

 お前は年の割に妙に落ち着いて

 でも、だからその意見は大変参考になる」

「どうも」


二人は暫し黙って、結界石の祠を眺める。


「撤退しか、ないか」

「ええ」


大隊長は、夜明けと共に第1砦まで撤退する様に準備を命じる。

指示を出しながら、ふと、馬車を見る。

馬車には、役目は終わったと少年が乗り込む。

彼は魔術師と言っても、まだまだ子供であった。

疲れたからと少年は、馬車の中で眠ろうとしていた。


「子供なのに…

 まだ、殿下と遊んでいたいだろうに」


大隊長はボソリと呟き、気を取り直して指示を出す。

夜明けまであと少し。

長い夜が明けようとしていた。

まだまだ続きます。

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