第079話
フランドールは初めて、オークという魔物の姿を見た
それは本当に豚の様な頭をしており、首から下は筋骨隆々とした戦士であった
そしてオークは待ち構えており、その手には武器を持っている
彼等は吠え声を上げて、こちらに向かって来た
ノルドの森の中で、30ⅿほどの開けた場所があった
ちょうど木々が生えておらず、茂みや草叢も無かったのだ
恐らく人間では無く、魔物が伐採などをしたのだろう
よく見れば足元に、放置された切り株が見られた
そんな見通しの良い場所に待ち構えて、オークは私兵達が近付くのを待ち構えていた。
私兵達の眼は、狂気に侵されて濁っていた。
魔物を下に見て、簡単に倒せると思っていたのだ。
しかしその判断は誤っていた。
オークはそれまでの魔物とは違い、その身体は頑丈で膂力も強力であった。
一人目の私兵が剣を振り翳し、奇声を上げながら切り込んだ
「ひゃはー!
死ね…べぶ」
グガアアア
ブン!
グシャ!
振り上げた剣は棍棒に弾かれ、刀身を半ばからへし折られる。
そのまま棍棒が顔に当たり、私兵の頭が砕け散った。
それはそのまま、一緒に駆け出していた兵士の顔に降り掛かる。
脳漿と血を頭から被り、兵士は顔を真っ赤に染められる。
彼は自身に起こった事を理解出来ず、その場に立ち竦した。
ベシャッ!
「え?」
「うりゃああ…あぶっ」
「ひええ…えぶしゃっ」
バギッ!
ドガッ!
続いて飛び掛かった私兵が、棍棒で殴られて頭を潰されて吹き飛ぶ。
彼の頭は叩き潰されて、そのまま胴にめり込んで潰れる。
そうして殴り付けられた勢いで、死体はすっ飛んで行った。
死体となった兵士は、そのまま後続の立ち竦んだ私兵にぶち当たった。
勢いよく飛んだ死体が当たり、そのまま二人は吹き飛んで木に叩き付けられる。
その姿を目の当たりにして、私兵達の勢いが止まる。
木に叩き付けられた私兵は、頭や上半身から血を流しながら倒れている。
木に叩き付けられた事で、上半身が砕かれたいた。
恐らく彼も、絶命しているだろう。
「え…」
「ひっ!」
「ひええええ…」
「不味い!」
フランドールと守備部隊の兵士達は、危険を感じて抜刀しながら前に進み出た。
その間にも私兵達の前にオークが近付き、一人、二人と手斧や棍棒で殴り殺される。
一人は手斧で、肩から腰まで切り裂かれる。
切り裂かれた断面から、内臓や骨が見えている。
どう見ても即死であった。
ブゴオオオ
「ひっ…ぐえぶっ」
ズドン!
続いて二人の兵士が、振るわれた棍棒の直撃を受ける。
彼等は胸や肩を殴られ、そのまま先の兵士同様に木に叩き付けられる。
胸を殴られた兵士は、そのままあばら骨を砕かれていた。
肩を殴られた兵士は、その時点では肩を砕かれただけだった。
しかし二人共、気に叩き付けられて全身に衝撃を受ける。
その衝撃だけで、骨は砕けて内臓は破裂していた。
オークの膂力は、それだけ危険な力なのだ。
「ひっ、ひえええ」
「たすけてええ」
瞬く間に7名も私兵が殺され、残りの8人も慌てて逃げ始めた。
しかしすぐに追いつかれて、さらに2人が殺されてしまった。
そこでようやく兵士が前に出て、フランドールも剣を振るって手斧を弾く。
危険な攻撃であっても、的確に受け流せば弾き返せるのだ。
ブゴオオオ
「せりゃああ
くっ」
ガキーン!
「早く、早く逃げろ!」
「ひいい」
フランドールは剣で手斧を弾いたものの、その一撃の重さに手が痺れていた。
ギルバートは簡単だと言っていたが、これはそんなに簡単な事では無かった。
的確に手斧を剣の腹で受け、力を受け流す必要があるのだ。
それは一朝一夕では、会得出来る様な簡単な事では無かった。
くっ…
何とか流せたが…
これはそう何度も防げないぞ
何とか助かった私兵は、後方に居る仲間の元へ這いながら逃げた。
その足元には失禁した跡が残っていたが、それを気にする間も無かった。
その後方では、未だにフランドールが魔物と対峙しているのだ。
グガアアア
「くうっ
ブレイザー」
ガ・ガキーン!
オークの重い一撃を、なんとかスキルの力を借りて弾く。
しかし一撃の重さが違うので、弾くのがやっとで攻撃に転じられなかった。
今度はスキルの力で、腕も痺れないで弾けた。
しかし弾くのが精一杯で、そのまま反撃とまでは行かなかった。
「くそっ
ギルバート君と同じぐらい重いな」
さすがにこれ以上は受けれそうにないので、素早く身体を傾けて体捌きで躱す。
重たい棍棒が、風を切って身体のすぐ横を打ち抜く。
これ以上剣で受ければ、砕かれる恐れも十分にある。
それになかなかの早さなので、避けるのも一苦労であった。
隙を突いて数撃切り掛かっても腕や胴に切り傷を与えるのがやっとであった。
人間と変わらないといっても、腰が引けた攻撃では十分なダメージを与えられなかった。
「くっ
このままでは不味い」
フランドールは一人で1匹を相手にしていたが、残りの5匹は守備部隊の兵士達が戦っていた。
守備隊の兵士達は必死になって戦い、やっと1匹が倒された。
しかしまだ4匹が生き残っており、彼等は交戦中である。
このまま戦っていても、勝てるか分からなかった。
必死に手斧の一撃を躱しては、素早く腕を狙った一撃を繰り出すのがやっとだった。
その後も数回腕に傷を与えてやっと手斧が落ちた時、魔物は素手で組み付いて来た。
このまま組み付かれては、あの力には抵抗出来そうには無い。
ブガアア
「くそっ
させるか!」
フランドールは必死に躱したが、オークは必死に組み付こうと腕を振るう。
その猛攻の前に、フランドールは足を滑らせてしまう。
フランドールは転倒して、オークがその上に圧し掛かって来た。
上から大きな拳が振り下ろされ、それを必死にフランドールは躱す。
それを2回、3回と躱したがいよいよ不味くなってきた。
オークは両手を組んで、止めとばかりに叩き付けられそうになった時、不意にその動きが止まった。
「くそっ」
ズグリ!
グ…ガ?
気が付けば、オークの胸から剣が生えていた。
そのまま口から血を吐き出して、魔物はフランドールの上に倒れて来た。
フランドールはそのままオークの死体に圧し掛かられて、動けなくなる。
そんな彼を、兵士達が魔物を抱えて助け出した。
「大丈夫ですか?」
「ぐ…くはっ」
気が付けば守備部隊の兵士達が集まり、オークの死体を横にどかしてくれる。
周りを見れば、いつの間にかオークは全て倒されていた。
大きな傷は無いが、集団で囲んで隙を突いて急所を狙って倒した様だ。
彼等が倒せないと思ったのが、恥ずかしいと思える。
「さすがですね」
「いや、防戦一方だったよ」
「それでも初めてで生き残れたのはさすがです」
「そうですよ
次に戦う時には倒せるんじゃないですか?」
「そうか?
そうなら良いんだが…」
フランドールはオークの下から引き出されて、手を貸されて立ち上がった。
確かに生き残ってはいたが、最後は殺される寸前であった。
次に遭遇したら、先に相手の攻撃手段を潰す必要があると思った。
最初からそう出来ていれば、こうまで危険な目に遭わなかっただろう。
実際に急所を突けば倒せるのだから、問題になるのは膂力による一撃だ。
それで私兵達は、あっけなく殺されたのだから。
「そちらの被害は?」
「腕が折れた者が1人
後は打撲程度ですから支障は無いかと」
「そうか」
フランドールは私兵達を見る。
既に戦意は失っており、人数も半数になってしまっていた。
「これでは戦闘は無理だろう
仲間の死体を運びたいんだが…」
「そうですね
このままでは亡者になる可能性があります
街に救援を呼びますね」
そう言って兵士の内2人が走り出した。
一人で向かえば、他の魔物に見付かった時に救援を呼べなくなる。
残された兵士達はオークの死体を一ヶ所に集め、私兵達の死体も移動しやすい場所へ移した。
生き残った私兵達は俯いており、数名は恐怖に泣き出していた。
「うう…」
「恐ろしい」
「あんな化け物が存在するなんて」
「これが…
お前達が侮っていた魔物だ」
「フランドール様」
「あいつ等は、毎日こんな化け物を?」
「私でもあんな様だ
これより強い大型の魔物
どれほど恐ろしいのだろう…」
「大型…」
「本当に存在すると?」
「さっきオークを見ただろう?
それに嘘を吐いてどうする?
そんな嘘に意味が無いだろう?」
「それは…」
「あんなのがもっと大きいだって?」
「か、考えたくもありません」
フランドールの言葉に、私兵達はビクリと怯えた反応を示す。
内心は馬鹿にしていた兵士達に、彼等が助けられた事も言おうかとも思った。
しかしさすがに、そこまで言う必要も無いだろうと判断する。
彼等は私兵達が逃げ出した、オークの集団を倒しているのだ。
これで実力の差は、十分に見れただろう。
それに追い詰めるより、今は自身の未熟を理解させて更なる訓練を課す方が良いと思った。
「こいつ等も素材を取るのかい?」
「ええ
魔石と骨が使えます」
「そうか」
「良かったら、このオークの魔石はフランドール様の武器にお使いください」
「良いのか?」
「はい
フランドール様が1匹を引き付けていただけたので、我々も楽に倒せました
ですから、このオークはフランドール様の取り分です」
「はは
そうなると、次は私が倒さないといけないな」
「はい」
兵士達はフランドールを立てて、その活躍を認めていた。
例え倒せていなくても、十分に働いていたからだ。
それに元々ギルバートから、素材の提供の話は出ていた。
運よくオークも見つかったので、魔石の確保も出来たのだ。
街からの応援を待ちながら、フランドールは兵士達とオークの事を話していた。
やはり危険なのは、強い攻撃力による一撃を受ける事だ。
それ以外は耐久力も素早さも無いので、数人で戦うのが重要だと教えられた。
そうこう話していると、別方向に進んでいたギルバート達が帰って来た。
「あれ?
こっちはオークが出たのか」
「はい
何とか倒せました」
「そうか」
ギルバートは周囲を見て、大体の状況を確認した。
「今日は戻った方が良さそうだな」
「はい」
「街には連絡は?」
「はい
既に2人出ています」
「それなら、ここで待つ事にしよう」
ギルバートはそう言うと、ポーチから干し肉を取り出して休憩を始めた。
「ギルバート殿
よろしいですか?」
「ん?
ええ」
「本日は訓練の為にありがとうございました」
「いや
大した事じゃあないですよ
お役に立てて良かった」
「はい
自分達の未熟さを学びました」
「ん?」
フランドールの言葉に、ギルバートは理解出来なかった。
てっきりオークは、フランドールが倒したと思っていたのだ。
「私兵達の怠慢ぶりもそうですが、私もオークにやられそうになりました」
「え!
どういう事だ!」
「坊ちゃん、申し訳ございません」
「何があった?」
「彼等を責めないでくれ
私が未熟だったのが悪いんだ」
フランドールは先の顛末を語り、オークに殺されそうになったのはあくまで自分のせいだと述べた。
ギルバートは最初、フランドールを優先して守る様に命じていたのにと怒っていた。
しかしフランドールの説得に応じて、彼等を許す事とした。
それを言うなら、フランドールから離れた場所にいたギルバートにも責任があるからだ。
「しかし災難でしたね」
「ええ
オークがあんなに強い魔物だとは思っていませんでした」
「あ…
まあ、確かに…」
ギルバートはフランドールの言葉に頷く。
これまでゴブリンやコボルトしか見ていなければ、オークもその程度と勘違いするだろう。
しかしオークの攻撃力はかなり高く、油断していると一撃で殺されるのだ。
私兵の被害がこの程度ですんだのは、フランドールが頑張ったからだろう。
「見た目がコボルトと大差無いですからね
ですが力は強いと…」
「ええ
散々言われていたのに、油断してしまいました」
「躱せなかったのですか?」
「多少は受け流せましたが…
まだまだ訓練不足でした
腕が痺れてしまって…」
「ああ…
なるほど…」
オークの一撃は、流し切れなければ腕が痺れてしまう。
それ程の一撃を、無造作に放てる膂力を持っているのだ。
だからこそ油断して、フランドールは最初は受け流そうとしたのだ。
最初から躱す事に専念して、腕を切り裂いていれば違っただろう。
ギルバートは魔物の遺骸に近付くと、その胸を切り裂いて心臓の辺りを切り開く。
そこから紫水晶の様な魔石を取り出すと、フランドールの手の上に置いた。
それは小指ほどの大きさの、不思議な輝きをする石だった。
見た目は紫水晶の様な、淡い紫色の結晶体に見える。
「これが…」
「オークなら、大体が魔石を持っています
このサイズならフランドール殿の剣の、加工にも使えそうです」
「ありがたい」
「剣に身体強化が付与されれば、オークなんか目じゃないと思いますよ」
「身体強化か…」
今日の戦闘でも、力が弱い事が敗因であった。
もう少し力があれば、オークの身体も切り裂けただろう。
いや、それを言うのなら、武器の切れ味も重要だろう。
「それでなくとも、切れ味や耐久も上げれます
今まで苦戦していた魔物でも、強化した武器なら楽に戦えますよ」
「そう…なのか?」
「ええ」
「切れ味…
確かに必要だ」
「ただし、強化の内容は慎重に選んでください
自分に合った戦闘スタイルにしないと、使い勝手の悪い武器になりますから」
「そうだな
手数で攻める私が、一撃の威力に拘って振り難い武器にしては無駄だからな」
フランドールは元々、軽いステップで躱してカウンターで一撃を繰り出す戦法が得意だ。
だから重要になるのは、身体強化と耐久性だろう。
切れ味も欲しいが、その前に武器の耐久性が重要だった。
軽い細剣にすれば、どうしても耐久性は低くなってしまう。
それを魔石で補えるのであれば、安心して戦う事が出来る。
「やはり切れ味よりも、耐久性かな」
「なんでです?」
「この様な細剣では、オークの攻撃には不安でね」
「ああ
受け流しや防御の為ですか?」
「ええ
私は躱す事と、カウンターの一撃がメインです
その為には…」
「耐久性が必要ですか?」
「ええ」
その後も暫く、ギルバートは魔物との戦闘方法等を論じていた。
しかし迎えの兵士達が来たので、彼等は移動を開始した。
先に負傷者と戦死者を運び、それから魔物の遺骸を運ぶ事となった。
オークと戦った時が正午を過ぎた頃だったが、城門に着く頃には3時を回っていた。
それから死体を並べて、彼等の冥福を祈る。
私兵達の遺体は城門前の広場に並べられ、本人を識別出来る物だけ引き取られた。
葬儀をするにも親族は王都の方だし、遺品として送れる物は引き取られた品だけだった。
そういう物は大体が名前入りの短剣やアクセサリー、階級章等であった。
集められた遺体は焼かれ、亡者に成らない様に清められてから墓所へ送られた。
魔物の遺骸はそのまま商工ギルドが引き取り、解体と素材の利用は明日に話し合う事になった。
埋葬を行うのは明日にする事として、夕刻が迫っているので今日は解散となった。
兵士達は疲れた体を、引き摺る様に宿舎に向かって行った。
ギルバートはフランドールを誘って、歩きながら邸宅へと向かう事にした。
「すみません
こんな結果になって」
「いえ
私の方こそ、私兵の暴走等があってご迷惑を掛けました」
「私兵の暴走ですか…」
街に戻った時、着いて行った私兵は大人しくなっていた。
しかし残っていた私兵が、大変な騒ぎ様だった。
フランドールを暗殺しようとしたと騒ぎ出し、ギルバートに切り掛かってきた者までいた。
中にはこの機に乗じて、街の占拠を計っていた者も居たのだ。
「フランドール様を殺そうとした」
「こいつ等を生かしておくな」
「何を言っているんだ
彼等はフランドール様をお助けして…」
「うるさい
これだから田舎者は…」
「そうだ
そもそも王都の貴族で無い貴様等が、ここに居る事が間違いなのだ」
「何を言っているんだ?」
一部の私兵達は、そう言って武器を手に反乱を起こそうとする。
これは後に分かったのだが、彼等は元々反乱を起こす計画を練っていた。
その中には、主であるフランドールの謀殺も含まれていた。
それで難癖を付けてでも、こうして暴動を起こそうとしていた。
しかし私兵の多くが、そろそろ考えを改めていた。
ダーナの兵士に対する、認識を改めていたのだ。
「お前らも目を覚ませ」
「そうだ
こいつ等は、フランドール様を害そうとしたんだぞ」
「目を覚ますのはお前達だろう?」
「そうだぞ
何を言っている」
「ええい
何で従わない
オレ達は貴族だぞ」
「はあ?」
「貴様等平民は、貴族であるオレ達に従うべきなんだ」
「従うって…」
「いや、だって…
お前達も平民だろう?」
「単なる貴族の子息であって、お前達も貴族じゃ無いだろう?」
「いいや!
オレ達は違う」
「そうだ
オレ達は選ばれているんだ」
「はあ?」
「オレ達こそ、この世界を正しい世界に導く者なんだ」
「そうだ
オレ達こそ真の貴族だ」
「何なんだ?
こいつ等…」
「構わん
こいつ等を押さえ込め」
「はい」
将軍の指示で、彼等はその場で押さえられる。
そうして拘束されて、彼等は取り調べられる事となった。
そこで上がって来たのが、またもや選民思想であった。
彼等は自身こそが、選ばれた貴族であると妄信していた。
「選民思想だっけ?
王都ではそんな物が流行っているんですか?」
「お恥ずかしい
まさかあんなに紛れ込んでいるとは…」
他の貴族から命じられたのか?
それとも親の教育なのか?
フランドールを暗殺して、それを擦り付けてダーナに挙兵しようという計画まであるらしい。
それは一部の貴族らしいが、逆にその貴族を貶める為の虚偽の申告の可能性もある。
先の城門での一件も、その集団の仲間らしい。
今は一纏めに捕らえて、守備部隊の牢屋に収容されていた。
「王都の貴族が選ばれた民ですか?
それなら他の貴族や平民はどうなるんでしょう?」
「命令に従う者は、選ばれた者である
そういう思想なんでしょう」
「選ばれた…ねえ
選ばれるって、何にでしょう?」
「さあ?
女神様?」
「まさか?
女神様が一々、あんな小者の相手を?」
「ぷっ
小者だなんて…
でも、確かにそうですね」
選民思想者の多くが、帝国か女神の名を上げている。
しかし帝国が、一貴族の子息を一々まともに相手にする訳が無いだろう。
ましてや女神が、人間の相手などするとは思えない。
しかし彼等は、自分こそが正しいと思い込んでいるのだ。
「だってそうでしょう?
帝国の話は兎も角…
女神様に選ばれるだなんて…
どこからそんな発想が…」
「そうですね
冷静に考えれば、自分がそんな存在で無いと分るでしょうに…
浅はかな考えをする者は、その辺が考えられないんでしょう」
フランドールが、平民から上がった貴族なのが気にくわない。
だから彼を殺したら、成功者は家臣として仕官させる。
そうは言っても、本当に仕官させてもらえるか怪しいものだ。
実際に成功しても、犯罪者として斬首されるのが落ちだろう。
それなのにその言葉を信じて、自分なら大丈夫だと行動を起こしている。
「やはり差別的な思想が根付いているのが問題でしょうね
どうやら王族にも敵対しているみたいですし」
「それは深刻ですね
彼等はどこまで入り込んでいるんですか?」
「恐らくは王宮の騎士にも居るかと…
規模はどうであれ、そういう思想は以前からありますから」
元になっているのは、帝国時代にあった選民思想らしい。
帝国の民以外は、奴隷にしても良い下級な民族だという思想があった。
そこから王族や貴族を、上級民族という思想に繋がっている様だ。
自身がその中で、王族の様な存在だと妄信しているのだ。
そういう思想が、建国や支配の強化には便利ではある。
しかし一つ間違えれば、市民同士の確執を生み、やがては奴隷制度や選民思想へと至ってしまう。
この辺はアーネストも危険視しており、ギルバートも忠告を受けていた。
尤もギルバートは本当は王子であり、選民思想からすれば主となる崇められる側だ。
彼は嫌がっていたが、選民思想者達が真相を知れば、彼を担ぎ上げて事を起こそうと騒ぎ出すだろう。
「兎に角、取り敢えずは目立った危険思想を持つ者は捕らえました
後はゆっくり改革して行くしかないでしょう
今残っている者達は大丈夫そうですし」
「ええ
彼等は大丈夫と思います
少しは影響があるとは思いますが、これから考えを正して行きます」
二人がそんな事を話している内に、気が付けば邸宅の門前に着いていた。
「それでは、湯に浸かってから食堂に来てください
他にも話す事がある様ですから」
ギルバートがそう言い、その先にはアーネストが待ち構えて居た。
「おかえり」
「ああ
もどったよ」
「どうやら大変だったらしいね」
「既に報告は行っているだろ?」
「ああ
それに関しても話がある
一休みしたら食堂で話そう」
ほらねとギルバートが、フランドールに笑い掛ける。
フランドールも分かったと返事をして、客間へと引き上げた。
フランドールと別れた後、アーネストがギルバートに話し掛けた。
「ギル
城門でも色々あったと思うが、他にも報告が有る」
「ああ
入った奴等以外にも、この街に居るみたいだな」
「そうだ
アルベルト様の時にも居たが、どうやら相当前から入り込んでいる様だね
将軍にも調べてもらっている」
「そうか…」
アルベルトの葬儀の時にも居たが、どうやら不穏な勢力は選民思想者と繋がっているらしい。
それでアルベルトやギルバートの命も、狙っている様子だ。
どうやらここの支配者に、取って代わろうという算段らしい。
そこへフランドールが現れ、フランドールの始末まで考え出した様子だ。
折角目の上のたん瘤であるアルベルトが居なくなったのに、フランドールが現れた。
それで選民思想者達も、慌てている様子である。
早目に手を打たないと、事態はややこしくなりそうだった。
「食事の時に話す内容じゃないな
そちらは後で相談で良いか?」
「妹達には聞かせたくないか?」
「ああ
それもあるが、母上にこれ以上心配を掛けたくない」
「そうか」
アーネストは少し考えて、納得したのか頷く。
「それなら、食事時は楽しい方の報告だけにするよ」
「ありがとう」
二人はそう言って中に入って行った。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




