第078話
翌日の朝は晴れており、夏らしく朝から強い日差しが照り付けていた
フランドールは目を覚ますと、朝食を取ってすぐに武装を整えた
剣は結局そのままにする事にしたが、昨夜教わった陣形や戦術を反芻してみる
昨夜は幾つか、気になった陣形をメモしておいた
それを頭の中で、実戦に使えるか検討していた
武器の強化も重要だが、それを扱う人の強化も重要だと改めて思ったからだ
例え剣術で劣っていても、兵士の指揮が優れていれば勝てる筈だ
それは昨晩読んでいた、戦術指南書にも書かれていた
フランドールは早朝から城門へ赴き、東の城門を見上げていた。
今日は快晴だったので、朝日が城門を照らして輝いていた。
城壁は崩れた跡が残っていたが、補強と魔法の強化で以前より頑丈になっていた。
二段になった城壁の内側は、先の戦いで崩れた階段も補修されていた。
その階段を登り、朝日に照らされたノルドの森を眺める。
これからこの森に入り、魔物を探して狩って行くのだ。
城門の外の広場から、公道は南北と森の中へと続いている。
その森の中へ続く道には、数匹の小鬼がうろついているのが見えた。
こちらの様子には気付いておらず、鳴き声を上げながら周囲の木の根元や茂みを探している。
恐らく食用の香草や茸を集めているのだろう。
「フランドール様
何か見えますか?」
いつの間にか城壁を登って来た兵士が、熱心に森を見ているフランドールに尋ねた。
フランドールは森の一角を指差して、小鬼の存在を教える。
フランドールとしては、小鬼でも魔物である。
十分な脅威だと思っていた。
「ああ
そこに小鬼が出て来ている」
フランドールが指差した先を、兵士は熱心に見詰める。
しかし兵士は、大した事では無いという態度であった。
「ええ…っと
ふむ、あれですな」
兵士は小鬼の姿を確認し、下の兵士に合図を送る。
弓を持った兵士が数人上がり、森の入り口の小鬼に矢を向ける。
その弓は王宮で見掛けた物より大きく、番えた矢も何かの骨を削った物であった。
兵士は力強く弓を引き絞り、狙いを小鬼へ向ける。
先の兵士が合図を送り、一斉に矢が放たれる。
ヒュン!ヒュン!
グギャ
ギャヒュッ
矢は全て命中し、遠くから断末魔の声が聞こえる。
「お見事!」
「いえいえ」
「これぐらいは出来ませんと、奴らに近付かれます」
フランドールの素直な称賛にも、兵士は謙遜しながらも2矢を番えて放つ。
それも全て命中し、見える範囲での小鬼は全滅した。
小鬼はこちらに気付く暇もなく、あっという間に片付けられた。
「ここの弓兵の練度は高いんだね」
「ええ
散々やられましたから、我々も弓の上手い者は訓練をしました」
「しかし、それでも先日は城壁をやられましたからね」
「あの大型の魔物の前には、我々の弓も歯が立ちません
せいぜい小鬼や犬、豚の駆逐ぐらいです」
フランドールに褒められたのは嬉しいが、実際に弓は牽制程度にしかならなかった。
大型の魔物の前には、一部の強力な騎兵ぐらいしか太刀打ち出来ず、その事が悔やまれていた。
騎士団でもスキルの習得が急がれているが、肝心の人数が減っている為に難航していた。
先の襲撃での損耗が、大きく響いていたのだ。
「我々の弓に、もっと強力な力があれば…」
「そうすれば領主様をお救い出来たのに」
「アルベルト様…」
「そうか…」
弓兵達が一番悔やんでいたのは、目の前で領主を守れなかった事だ。
何とか牽制は出来ていたが、結局は倒せなかった為に城壁は崩された。
それが原因では無いが、領主は城壁から侵入された魔物にやられてしまった。
自分達の力がもっとあれば、領主を守れたのにと悔やんでいるのだ。
「でも、君達は必死に戦ったのだろう?
そのおかげで、城壁は無傷では無かったが街は守られた
違うかな?」
「いえ…
はい」
「悔やむ気持ちがあるのなら、次に生かそう
次にそいつらが来たら、目に物を見せてやれ」
「はい!」
フランドールの言葉に嬉しそうに頷くと、兵士達は階段を下りて行った。
フランドールは平民の出であったので、彼等に掛けるべき言葉を理解していた。
頭ごなしに叱るのでは無く、彼等の側に立って言葉を掛ける。
これは王都の貴族では、なかなか出来る事では無かった。
「さすがですね
彼等の気持ちを汲んでくださり、ありがとうございます」
見張りの兵士が礼を言った。
彼としても、領主を救えなかった事は悔やまれる事であった。
しかし彼としては、後ろを向いてばかりではいられなかった。
前をきちんと向いて、領民を守らなければならない。
その言葉を、フランドールが示してくれたのだ。
「いや
そんな大した事は言えてないさ」
「そんな
フランドール殿のお言葉、彼等の心に響いていましたぞ」
「それに…
彼等には私も頑張って欲しいからな」
「なるほど
それならばオレも、頑張らないといけませんね」
「そ、そうだな
ははは…」
フランドールはそう言うと、照れ臭そうに階段を下りて行った。
見張りの兵士はそれを見詰め、良い上司になりそうだと微笑みながら見送った。
彼の部下には、怪しげな選民思想者も紛れていた。
それで最初は、名ばかりの威張った貴族だと思ってもいた。
しかし今の言動からも、彼自身はそうでないと感じられていた。
フランドールが城壁から下りると、丁度彼の私兵が集まっていた。
点呼を取って確認し、今日の行軍に備えての装備の確認していた。
彼等のほとんどは、途中で抜けた兵士では無く残っていた兵士達だ。
しかし数人が、いつの間にかサボっていた兵士に変わっている。
恐らくは貴族の名を使って、勝手に入れ替わってしまったのだろう。
人数は20名集まり、フランドールの号令を待っていた。
その隣にはギルバートと守備部隊の兵士が集まり、こちらも20名来ていた。
装備は皮鎧と長剣を携え、5名は弓も背負っていた。
一見すると、フランドールの私兵に比べると粗末な装備に見える。
しかし魔物と戦うには、この様な装備の方が有利なのだ。
「朝早くからすまない」
「いえ
こちらも準備は万端です」
フランドールの挨拶に、ギルバートは笑顔で応える。
その横には部隊長も控えていた。
「私は守備部隊の第2騎兵部隊長を務めます、アレンと申します
よろしくお願いします」
アレンと名乗った青年は、ペコリとお辞儀をして後ろへ下がる。
今回の行軍ではあくまで補助として参加しており、余計な発言は控えている様子だ。
それを見て、私兵の数名が不快そうに鼻を鳴らす。
フランドールは鋭く睨むが、私兵達はそっぽを向いて誤魔化していた。
不味いな
これから連携して街を守って行かないといけないのに、彼等を舐め切っている
このままでは遠からず衝突するだろうな
昨日の手合わせで理解出来なかったのだろうか?
フランドールの心配を他所に、私兵達は相変わらず馬鹿にした態度を取っていた。
彼等は途中から、訓練をサボって抜け出していた。
そうでない者達は、兵士達の技量を見倣って訓練を続けていた。
その明暗が、ここで既に出ている様に見える。
それに対して、当然ながら守備部隊の方でも不満そうにしている者が居た。
だがそちらは実力差を把握している様で、多少の余裕を見せていた。
バカにされた事には腹を立てていたが、相手にする必要は無いという感じだ。
しっかりと姿勢を正して、相手にしない様にしていた。
「ん!
これから魔物の討伐に向かうわけだが…」
「何が魔物だ…」
「どうせ雑魚のゴブリンだろうが」
フランドールが前に出ながら、私兵達に向けて声を掛ける。
「そこ!
何か不満があるのか?」
「え?
いえ…あの…」
明から様に態度の悪い私兵を指差し、フランドールは声を掛けた。
その様子に動揺したのか、兵士はしどろもどろに答えに詰まる。
しかし、その横の兵士が不満を漏らす。
「そうは言われても
こんな田舎者に着いて来られても邪魔になるだけです
オレ達がこいつらを守って行く必要が…」
「守る?
誰が誰を守るって?」
「え?
ですから、オレ達がこいつらを守って」
「そうですよ
ゴブリン程度なら、オレ達で十分…」
ここに至っても、彼等は魔物はゴブリンやコボルトだけだと思っているのだ。
昨日のフランドールとギルバートの遣り取りも、何も聞いていなかったのだ。
その事にフランドールも、頭を抱えてしまう。
「違うだろ!
逆だぞ
彼等が私達を守ってくれるのだ」
「え?
こんな田舎者が?」
「どうせ怖くなって逃げ出すだけですよ」
「それとも、オレ達がこいつ等に劣ると言うんですか?」
「そうですよ
いくらフランドール様でも…」
「そうだろう?」
私兵達は守備部隊を馬鹿にした発言をしていたが、フランドールはそれをあっさり切り捨てた。
その発言に、さすがに私兵たちも顔を赤くしていた。
しかし彼等は、それでも納得が出来ていなかった。
何がそんなに、彼等を頑なにさせるのだろうか?
「昨日の模擬戦を忘れたのか?」
「あんなの、こいつらが何か卑怯な手を使ったに違いありません!」
「そうだそうだ!」
「オレ達がこんな田舎者に負ける筈がない!」
文句を言っているのは半数にも満たない7名だけだった。
それでもこの現状を見て、フランドールは頭が痛くなる思いだった。
王都の若者が地方を侮っているのは感じていたが、まさかこれ程とは思っていなかった。
いっそ彼等を反省させる為に、独房にでもぶち込もうかとも考える。
しかしそんな思いを汲んでか、ギルバートは予想外の提案をした。
「それではこういうのはどうですか?
こちらと魔物の狩った数で勝負するとか」
「え?」
フランドールは驚き、真意を掴みかねた。
そんな事をしなくても、実力の差は明確である。
「ええ
そちらは全員で構いませんよ
こちらは護衛に人数を裂きますから…
アランは何人居れば大丈夫そうだい?」
「そうですね
私でも大丈夫そうですが、4人回してもらえますか?」
「では5人で頼むよ」
「ふ、ふざけるな!」
ギルバートが暢気に話していたら、私兵達が怒り始める。
全員という事は、20名の兵士と僅か5名での勝負となる。
それではいくら実力があっても、勝てるとは思えない。
それでもギルバート達は、余裕だという態度なのだ。
「こっちと勝負するとか言うのもふざけてるが、5人だと?」
「オレ達を舐めるな!」
「まあまあ」
怒る私兵達を宥めながら、フランドールはギルバートに目配せをした。
それに対して、ギルバートは大丈夫だと頷いてみせた。
ギルバートからすれば、それでも余裕だと踏んでいた。
アレンはお調子者だが、調子に乗って5人だと言ってはいない。
きっちり自分の実力を評価して、4人必要だと判断していた。
それは討伐にでは無く、魔物を捜索する為に必要だという判断だった。
「分かった
こちらは20名で挑戦させてもらおう
私は別で試してみたいからね」
「そんな!」
「フランドール様!」
フランドールの言葉に、私兵達は不満を露わにした。
こんな明らかに、勝負にならない物を引き受けるのだ。
それだけフランドールも、彼等を下に見ているという事になる。
しかしフランドールは既に決めており、余程の事が無い限り勝負をする事と宣言した。
「兎に角
お前達が彼等より強いんだと言うなら、それ相応の結果は出せるだろ?
それとも負けるのか?」
「いえ…」
「決してそんな事は」
「なら問題は無いだろう?」
「ですが…」
「これではあんまりでは?」
「それは差があり過ぎて、自分達が楽勝だと?」
「ええ」
「そうですよ」
「なら良いがな」
「え?」
「フランドール様?」
私兵達は口籠りながらも、守備部隊に負けないという自負を示す為にも渋々従う事になる。
これ以上文句を言っても、ますます惨めになるだけだろう。
そもそも、圧倒的に有利な条件なのだ。
これで負けるだなんて、誰も思ってもいないだろう。
ギルバートは念の為に、兵士に周囲を見回させて魔物が居ない事を確認させた。
周囲には先ほどの小鬼以外には魔物は居ない様で、兵士達は安全を確認して門を開放した。
今は早朝なので、まだ活動している魔物も少ないのだろう。
「開門」
「開門」
ギギギギ…
城門が開いて、周辺を兵士が見回す。
魔物の姿は見られず、周囲の安全の確認が終わる。
それからギルバートは、森を指差して目的を確認する。
「それでは、魔物を探しに森へ向かいます」
「ああ
森に入れば魔物は見付かりそうかい?」
「そうですねえ
探せばそんなに掛からずに見付かるかと
先ほども小鬼が居たみたいですし」
ギルバートはそう言うと、何事も無かった様に暢気に森へと入って行った。
一人で向かって行くギルバートに、フランドールは驚いて声を上げる。
いくら魔物の姿が見えなくても、奇襲される恐れは十分にある。
それなのにギルバートは、そのまま暢気に歩いて向かって行く。
「え?
一人で大丈夫なのか?」
「ええ
周囲には大型の魔物の気配はありません
坊ちゃんなら、そこらの魔物には負けませんよ」
そう言って、アレンは慌てる様子も無く部下を引き連れて森へ入って行く。
そんな彼も、4名の兵士に周囲を探らせていた。
自身は無防備にも剣を構えず、のんびりと歩いて森に入って行く。
彼も周辺の魔物には、後れを取らない自信があるのだ。
それを見てフランドールも、私兵を連れて向かった。
本当は彼も、一人で森の中に向かいたかった。
しかし私兵達の事が心配で、暫く同行する事にしていた。
残りの守備部隊は周囲を警戒しながら、彼等の後へ続いていた。
彼等はこの後、周辺の安全を確保する為に居残る。
魔物の素材を回収する為にも、城門の周囲の安全を確保する必要があった。
フランドールは普通の森と思って、その中に入ってみた。
それはギルバート達が、あまりに暢気に入って行ったからだ。
しかし中は静かで、不気味な雰囲気がしていた。
普通の森なら、この時間でも野鳥の声や動物の立てる音がするだろう。
しかしここでは、繁みを掻き分ける音もしていない。
時折聞こえるのは、兵士が立てる音か咳払いぐらいであった。
「これは…
静かだな」
「ええ
静か過ぎるぐらいですね」
「魔物も居ないんじゃないですか?」
「静かにしてください
魔物に気付かれてしまいます」
フランドールが私兵と話していると、守備部隊の兵士が小声で伝えた。
「何を!
こっちは…」
私兵が大きな声を出していたのでフランドールが手を出して制した。
私兵達は気付いていなかったが、魔物が声に気付いて近付いて来ていたのだ。
それで野鳥達も、鳴く事を止めていたのだ。
フランドールが黙らせた直後から、少し先の茂みが音を立てていた。
フランドールが無言で合図をして、私兵達は音を立てない様に注意して動く。
慎重に抜刀し、距離を空けて戦闘の準備に掛かった。
この辺りの動きは洗練されており、さすがは王都の兵士といった感じではあった。
ダーナの兵士達は後方に下がり、逃げる魔物に備えて構える。
繁みを掻き分ける音と、犬の様に鼻を嗅ぐフゴフゴという音が聞こえる。
そして正面の茂みを掻き分けて、犬の様な頭が首を出した。
しかし私兵達は虚を突かれたのか動けず、フランドールだけが素早く動いた。
「ふっ」
ザシュッ!
グギ…
フランドールは鋭く踏み込んで首を刎ね、魔物もほとんど声を出さずに倒れた。
しかし魔物は、常に集団で行動するコボルトである。
そうなれば当然、周囲に数匹のコボルトがいる筈だった。
案の定続いて、3匹が繁みから顔を覗かせた。
仲間の血の臭いを嗅いで、こちらに向かって来たのだ。
さすがに私兵達も動き出し、慌てて魔物に切り掛かる。
「はあっ」
「う、うわあああ」
「せりゃあ」
ザシュッ!
シュバッ!
ギャン
グゲ…
2名は上手く、魔物の首元を狙って剣を振るった。
フランドールの攻撃を見倣い、追加の魔物が現れない様に首を狙った。
しかし残りの一人は、魔物を恐れて手間取っていた。
グガルルル
「ひ、ひい…」
ガン!
ギャリン!
ウオオ…
「マズい
ふっ」
シュザッ!
ギャン
フランドールが慌てて、後方から魔物の首元を突きさす。
剣は頸椎を貫き、そのまま喉元から突き出る。
それで魔物は、仲間を呼ぶ吠え声を上げる事は出来なかった。
あのままでは、仲間を呼ばれて苦戦を強いられただろう。
「ふう
コボルトか」
「合わせて4匹」
「他は居ませんね」
他の私兵達も魔物が居ない事を確認し、緊張感が解けて溜息を吐いていた。
「はあ…
いきなりコボルトか」
「オレ…初めてで緊張したよ」
「さすがにコボルト程度では問題無さそうですね」
守備部隊の兵士がそう言うのを聞いて、再び私兵達が睨み付ける。
しかし兵士は平然として、魔物の死体を一ヶ所に集めた。
「後で毛皮と魔石を取る為に回収します
引き続き奥へ向かいましょう」
「え?
まだ探すのか?」
「十分だろう?」
「はい?
今日は魔物を狩りに来たんでしょう?」
「そうですよ
確か勝負でしたよね?」
「だから4匹も狩って…」
「え?
この程度で?」
「何?」
「なんだと!」
「向こうは既に小鬼を10匹とコボルトを12匹狩っていますよ?」
「このままでは負けてしまいますよ?」
「何だと?!」
「そんなバカな!」
私兵達がゴチャゴチャしている間に、向こうでは既に狩が始まっている様であった。
しかも結構な数を狩っている。
たった5名で、こちらの倍以上の数を狩っていると言うのだ。
驚く私兵達を放って置いて、フランドールは先に向かう事にした。
「私は更に奥へ向かう
お前達はどうするんだ?
もう負けを認めて帰るか?」
「そんな」
「いえ!
このままでは帰れません」
慌てて数人の私兵が答え、剣を仕舞って後へ続く。
他の私兵達も仕方なくといった様子で後へ続いた。
慎重に音を立てない様に、先頭に立つ私兵達が繁みを掻き分けて行く。
その先はギルバート達とは違う方角を向いており、新たな魔物の気配がしていた。
草叢を掻き分け、頭を覗かせたのはゴブリンであった。
その数は8匹である。
フランドールは合図を送り、私兵達が囲む様に移動する。
ゴブリンはコボルトに比べると、鼻が利かない分索敵能力は劣る。
音に気を付ければ、回り込んで倒す事も容易ではある。
しかも知性が低い普通のゴブリンなので、周りの様子も気にしていなかった。
私兵達は回り込み、タイミングを合わせて奇襲を掛けた。
「せやあ!」
「ふん!」
ズバッ!
ザクッ!
ギャッ
グギャア
奇襲は成功し、難なく魔物は全滅した。
首を刎ねて、胴を薙ぎ、魔物はものの数分で全滅する。
今度は梃子摺る事も無く、私兵達は魔物を倒していた。
さすがに王都で戦っていて、ゴブリン程度では難なく倒せるのだろう。
守備部隊の兵士達はゴブリンの遺骸を運ぶと、再び一ヶ所に集めた。
「こいつ等の死体も回収するのかい?」
「いえ
さすがにゴブリンでは魔石も期待出来ません」
「その代わりこうします」
言うなり兵士達は、ゴブリンの遺骸の首や腕を切り落としていった。
「なん!」
「うげえ」
「何て酷い事を…」
あっという間に兵士達によって、魔物の首や腕が切り落とされた。
それを見てフランドールが質問する。
「なんでわざわざ死体を損壊するんだ?」
「え?」
「何故って…」
「いくら魔物でも非道ではないのか?」
「ああ
そうですか
知らないんですね」
「こいつ等…」
「何であんな酷い事を…」
「いくら魔物だからって」
彼等の慣れた様子に、私兵達も不信感を抱いていた。
「知らない様ですが、魔物は死体になっても危険なんです」
「そうそう
だから亡者になっても危険が少ない様に、こうして腕や首を切り離します」
「そうなのか?」
「も、亡者?」
「それは物語の話しだろう?」
「ははは
こいつ等、そんな物語を信じているのか」
「そんな物を怖がるだなんて」
「はあ…」
「お前等、少しは黙ってろ」
フランドールも亡者の話は聞いていたが、魔物でもなるのかと驚いていた。
しかし私兵達は、それを物語の架空の存在だと信じている。
こうして物語に出て来る、魔物が現れているというのにだ。
「ええ
寧ろ人間より亡者になり易いですよ」
「奴等は闇の勢力ですから」
「現に以前に大量発生した事もあります」
「大量発生?
それは危険では?」
「ええ
ですからこうしておかなければ、それこそ焼くしか手段が無くなります」
「魔物を倒した後は、放置するなら手足や首は刎ねてください」
「可哀そうとは思わないでください
後々街が襲われる原因になりますから」
「それに死体を残せば、疫病の原因にもなりますからね」
兵士達はそう言うと、再び私兵達を守る様に配置に戻った。
「むう
私達は知らない事が多過ぎるな」
「はい
まさか魔物が亡者になるとは…」
「はっ
何が亡者だ」
「そんな物が存在するか」
「そうそう
女神様が、オレ達を守ってくださるんだ」
しかし私兵達の中には、未だに楽観視する者が少なく無かった。
亡者と聞いても、現実味が少ないからだろう。
王都では亡くなった者は、直ちに教会で清められて、後程焼いて埋葬される。
その為にここ数十年は、亡者を見た者は居なかったのだ。
だが、ダーナの兵士達は違っている。
2年前のあの時に、仲間の兵士達が亡者となって襲って来たのだ。
その事があったので、彼等は亡者の危険性を理解していた。
それでこうして、危険が無い様に処置していた。
再びフランドールは私兵を集めると、森の中を進んで行った。
その後はゴブリンやコボルトの群れに遭遇したが、数も数匹程度で難なく倒せていた。
それっで気を大きくしたのか、私兵達は次第に油断し始める。
繁みを大きな音を立てて掻き分け、周囲を確認するのを怠り始めていた。
数人の私兵は危険視して警戒していたが、私兵の大半が雑な行軍をしていたのだ。
「いい加減にしろ
魔物に待ち伏せされたらどうするんだ」
「そうは言いましてもね、魔物なんて容易く倒せるじゃないですか」
「それとも、フランドール様は魔物が怖いんですか?」
「そうそう
怖いんなら後ろで見ていれば良い」
「ヒヒヒヒ
怖いんならすっ込んでな」
一部の調子付いた私兵達は、主であるフランドールを小馬鹿にした発言までしていた。
これは立派な不敬罪で、場合に依ってはその場で切り殺されてもおかしくない。
それなのにここまで増長するのは、ある意味異様な事であった。
彼等が強気なのは、貴族の子息である事が関係するのかも知れない。
フランドールはそう感じていた。
私兵の一部には、没落貴族や力の無い貴族の子息が混じっている。
そんな彼等は、平民の出の兵士を馬鹿にしていた。
しかしそうだとしても、彼等の態度には腑に落ちない物があった。
あまりにも彼等が、過剰な自信を持っている事であった。
たった数刻前まで、魔物を恐れていたのにだ。
「くっ
貴様あ!」
「止せ」
「しかし、フランドール様」
フランドールは抜刀しそうな私兵を止め、増長した私兵達とは距離を取り始めた。
彼等は気が大きくなって、分不相応な実力を過信していた。
このままでは、遠からず大きな失敗を犯すだろう。
そうなれば、フランドールを含めて巻き込まれる恐れがあった。
「不味いですね…」
「うん
どうやら兆候が見られる」
「兆候?」
「ええ」
守備部隊の兵士達も異変に気付き、フランドールを守る形に陣形を変更する。
「いくら増長するにしても、これは異様だ」
「しかも攻撃的になっている」
「ああ
可能性が高いな」
「フランドール様
よろしいですか?」
兵士達はこっそりフランドールに近付き、ヒソヒソと話し始めた。
さいわいにも増長した私兵達は、先を急いで離れており、彼等の話し声は聞こえていなかった。
「どうしたんだい?」
「少し話があります」
「何だ?」
兵士達は以前にも、魔物に対しておかしくなった兵士の話をした。
スキルの所持はしていても、精神面で未熟な者が戦闘中に狂気に侵されるというものだ。
その者は攻撃的になり、誰彼構わず襲い掛かる可能性があった。
「狂気の伝搬です」
「狂気?」
「ええ
一部の精神的に未成熟な…
兵士としては未熟な者なんですが」
「魔物と戦う事で、狂気に侵されるんです」
「以前にも、我々の仲間にも起きました」
「彼等も恐らく、その症状が出ています」
「そうなるとどうなるんだい?」
フランドールはゴクリと唾を飲み込み、その続きを促す。
「興奮状態になり、戦闘を欲する様になります
血に飢えた様な…」
「悪化すると敵味方関係無く暴れます」
「不味いな」
「ええ」
そして、その話をしている間にも私兵達は前進を続けており、遂に魔物と遭遇してしまった。
「ヒヒヒヒ
魔物だ!
魔物だー!」
「殺せ、殺せー!」
私兵達は我先に飛び出し、抜刀しながら魔物に向かって行った。
そこは30ⅿほどの開けた場所で、豚の頭をした魔物が6匹集まっていた。
そして待ち伏せしていた様で、オークは既に手斧と棍棒を構えていた。
森の中でフランドールにとっては、初めてのオークとの戦いが始まった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。