第076話
昨夜の酒が抜け切らず、アーネストは顔を顰めて起きた
昨夜は気が付かなかったが、どうやら薄めてない葡萄酒に手を出していた様だ
それとは気付かずに呷っていた為に、とんだ醜態を晒した様だ
気が付いたら客室で寝ており、途中からの記憶が無かった
アーネストは頭痛を何とかすべく、鎮静の魔法を掛けながら食堂へ向かった
蒼白い顔をして、自身の顔に向けて魔法を掛け続ける
そうしながらフラフラと食堂に向かうアーネストを見て、ギルバートは吹き出していた
それを見て恨めしそうな顔をするが、却ってギルバートの笑いを誘った様だ
その笑い声が頭に響き、アーネストは苦痛に顔を顰める
「くくくく…」
「うるさい…
頭に響く…」
「どうしたんだよ?
大丈夫か?」
ギルバートが笑いながら尋ね、アーネストは声を絞って答える。
「ああ
単なる二日酔いだ
暫くすれば治る」
アーネストは不機嫌そうに答え、再び呪文を唱える。
「風の精霊よ
この者の心を落ち着かせ、安寧を与え給え」
「へえ
魔法で治してるのか
器用だな」
「鎮静の呪文だ
魔法使いたる者、自身の酔いぐらい制せなくてはな」
「その前に酒を…ぶふっ」
「くっ」
吹き出すギルバートを見て怒りが込み上げるが、頭痛が酷くて怒る気にもなれない。
怒ろうとすると、頭がずきずきと痛んで気分が悪くなる。
それで再び、鎮静の呪文を唱える。
「今日はフランドール殿と模擬戦の約束だが、お前はどうするんだ?」
「遠慮しとく
今お前らの声を聞いてたら、頭が爆発してしまう」
「ぷっ、くくく
そうだな、ゆっくり休んでいてくれ」
「くっ…
覚えてろ…」
ギルバートは笑いを堪えながら、メイドに水と苦そうなスープを用意させる。
これは二日酔いに利く特性のスープだそうだ。
野菜が入った特製のスープは苦いが、確かに効果が有りそうだった。
アーネストは顔を顰めながら、苦いスープをチビチビと飲んでいた。
向かいに座ったセリアとフィオーナは、不思議そうにその光景を見ていた。
「あんな苦そうなの、よく飲めるね」
「アーネストちゃんって変なの」
二人の言葉がグサリと刺さる。
「あれはお酒を飲み過ぎた人が、翌日罰として飲む物だよ
二人もお酒には気を付けるんだよ」
「はーい」
「お酒って嫌い
お父様も飲んでいたけど、あんなのどこが良いの?」
「そうね
臭いし、大声で歌ったりして騒がしいだけよ」
二人の言葉が、弱ったアーネストのメンタルを抉る。
どうやらセリアもフィオーナも、酒を飲む人は嫌いみたいだ。
「大人になると分かるらしい
だけど飲み過ぎは…ねえ」
「ねえ」
「だめですよね」
おのれ…ギルめ
後で覚えていろよ
アーネストは悔しさで血の涙が流せそうな気がした。
今だけは親友じゃない、とまで思えるほどであった。
そうしてアーネストが悔しがる様子を見ながら、ギルバートは朝食を終えて出て行った。
向かう先は訓練場のある兵舎。
そこでフランドールや彼の私兵と会い、模擬戦を行う予定だ。
模擬戦は騎士対騎士、兵士対兵士で行われ、それぞれの技量や訓練の成果を確かめる。
互いの技量を見極め、今後の訓練や人選に役立てる為だ。
ギルバートは兵舎に着くと、フランドールの姿を探した。
一足先に出掛けて、私兵を集める段取りになっていたからだ。
フランドールの姿は訓練場にあり、将軍達と話していた。
「おはよう」
「おはようございます、坊ちゃん」
「おはよう、ギルバート殿」
お互いに挨拶を交わすと、早速模擬戦について話を始める。
将軍にはまだ、どの様な経緯で模擬戦をするか伝えていなかった。
そこでギルバートは、簡単に事の経緯を説明する。
「今日はどういう経緯で模擬戦を?」
「フランドール殿の私兵の力量と、こちらの兵士の実力を見極める為…
まあ、本当は魔物の討伐が一番なんですが、先にどれほどの実力か見たいと言うのが本音です」
「いきなり魔物の討伐ですか?
うちの私兵はほとんどが経験はありませんよ?」
「え?」
「ん?」
フランドールの発言に、二人は言葉を失う。
「えーっと…
それでは実戦経験やスキルは?」
「実戦経験ですか?
半数は普段から盗賊の討伐等人間相手なら…」
フランドールの私兵は、半数は先の討伐に同行していた。
しかし魔物を倒したのは、実際はほとんどがバルトフェルドの兵士である。
フランドールの私兵は後方で、逃げる魔物を追撃しただけであった。
だから魔物と、直接戦った者は少なかった。
「スキルも騎士なら多少は
しかし兵士はほとんどが覚えていませんよ?」
「なんと…」
「こいつは…
まいったな」
「え?」
ギルバートと将軍は頭を抱えた。
確かに、フランドールのお蔭で兵士や騎士の人数は増えただろう。
しかし実質的には、中身が無い兵士ばかりで、訓練不足に近いだろう。
訓練をしてはいるだろうが、スキルも実戦経験も不足しているのでは、魔物と戦わせるのは危険だ。
ギルバートは急遽模擬戦を中止して、先ずはダーナの兵士の技量を見せる事にした。
「では、模擬戦は止めておいて…
将軍、兵士同士の模擬戦を見せましょう」
「そうですな
その方が良さそうです」
「え?
それはどういう…」
「まあ…
見てもらった方が早いです」
「そうですなあ
こうも差があっては、危険ですからな」
フランドールの私兵は集められ、訓練場の周りから見る事となった。
いきなり実戦形式の訓練をしても、技量の差があり過ぎて無意味になるからだ。
そしてダーナの守備隊から数人の兵士が、呼ばれて前に出る。
彼等は訓練場に入り、1対1の模擬戦を始める事となった。
その様子を見て、フランドールの私兵から不満の声が上がる。
「オレ達の実力を見せるんじゃないんですか?」
「こんな田舎の兵士の訓練なんか見ても、何にもなりませんよ」
「どうせ大した技量でもないんでしょう?」
彼等私兵たちは、口々に不満を漏らしていた。
それを制する様に、フランドールは声を上げる。
「お前らが自信を持っている事は知っている
私もそれを自慢していた
だが…
これから行われる戦いを見てから、発言をしようじゃないか」
フランドールにそう言われ、兵士達も文句を言うのを止める。
雇い主であるフランドールに言われては、逆らう事は出来なかった。
彼等は何が出来るって言うんだと、訓練場の兵士達を睨み付けていた。
「それでは
先ずは歩兵から行こうか
ジェフとアレックス、前へ出ろ」
「何だよ」
「歩兵だってよ」
「どうせ案山子みたいに何も出来ないんだろう?」
私兵達からは、またも侮った感じの声が上がってザワザワとし始める。
それを気にせず、将軍は開始の合図を送る。
「それでは、互いに中央へ
試合開始!」
「うおおおお」
「うりゃああああ」
最初は様子見なのか、二人は互いに接近し、フェイントを混ぜて剣を振るった。
装備は互いに皮鎧と木剣だが、スキルを受け損なうと骨折する可能性がある。
互いに隙を探して、身体を左右に振ったりする。
次の瞬間、アレックスが後方に1歩跳び下がり、腰溜めに構える。
それに釣られる様に、ジェフが1歩前に踏み込む。
「りゃあああ
ブレイ…」
「スラッシュ」
ドゴッ!
ジェフのスキルのブレザーが出掛かる隙を突いて、アレックスがスラッシュのスキルを出した。
アレックスはスラッシュの軌道ですり抜け様に、ジェフの胴を打ち抜いていた。
勿論模擬戦なので、威力は加減してある。
それでも良い音がして、ジェフは一瞬息が詰まる。
「ご、ごほっ
ま、参った」
「1本
アレックスの勝利」
「おおおお」
「え?」
「何だ?」
「何が起こった?」
私兵達は驚きの声を上げる。
ただの歩兵が、巧みにスキルを使ってみせた。
それも少なくとも2種のスキルを使っていた。
そしてスキルの出掛かりの隙も少なく、互いに見極めて使われている。
王都にもスキルの話は伝わっており、兵士達も修練に励んで身に着けてはいた。
それでも1つか2つで、それもこの様に実戦で使いこなせるレベルでは無かった。
田舎の歩兵と侮っていた1兵士が、苦も無くスキルを使って戦っている。
この事は私兵達を驚かすには十分だった。
「馬鹿な!」
「な、なんだと!
1歩兵が使いこなしているのか?」
「オレでもまだ、スラッシュが出せる様になったばかりだぞ」
「騎士でも十分に戦えるのでは?」
ゴクリと唾を飲み込む音がして、視線が騎士達に向く。
騎士達も驚いており、数人が首を振る。
「いくら私達でも、あんなに簡単には出来ないぞ」
「そうだそうだ
せいぜいスラッシュぐらいしか使えない」
「さっきの彼は、本当にただの兵士なのか?」
騎士からは、アレックスが熟練兵士なのではと言う声が上がる。
だが、当の本人がそれを否定する。
「オレはそんなに強くありません
まだまだヒヨッコ扱いですよ」
その言葉に、いよいよ私兵達は困惑する。
「次
ミハエルとバラン、前へ」
「よっし」
「やれやれ」
今度はベテランの様で、二人は軽口を叩く余裕がありそうだ。
「今度こそ、その鼻っ柱へし折ってやる」
「抜かせ
今日も晩飯はお前の奢りだ」
どうやら晩飯を賭けているらしい。
一見すると、二人のやり取りは不真面目に見える。
しかしこれは、緊張して実力が出せなくならない様にしているのだ。
軽口を叩く事で、緊張感を解しているのだ。
「両者見合って
試合開始」
「ふん」
「はっ」
ガコーン!
ギリギリ!
いきなり中央で打ち合い、二人の膂力で木剣が軋む。
二人は押し合いながら後方へ跳躍し、再び構える。
「スラーッシュ」
「なんの」
ミハエルのスキルが発動するも、バランが軽く躱して後方へ迫る。
そこからバランがスキルを出すが、それをミハエルのスキルが受け止める。
「隙あり、ブレイザー」
「喰らうか!スラント」
ガ・ガ・ガン!
二人がほぼ同時にスキルを出し、木剣が打ち合う。
最後のミハエルの一撃を木剣を捻って受け止め、バランは横へ逃げる。
「おお、怖い怖い」
「くそっ、仕留め損ねたか」
「おおおお」
「何て技量だ」
「スキルをスキルで受けたのか?」
「あんな使い方も出来るのか…」
「ううむ…
あれで歩兵なのか?」
訓練場は二人の剣技に湧き、歓声が上がる。
二人は向き合い、再び正面から打ち合う。
「こなくそっ!」
「ふんぬぬぬ!」
ガン・ガン・ゴガン!
ベキッ!
しかし、先ほど無理して受けたからか、バランの木剣が折れてしまった。
「ありゃ!」
「ぷっ」
「こりゃ参った
ワシの負けじゃ」
「よっしゃ!
これで12勝32敗だぜ」
「うおおおお!」
呆気ない幕切れであったが、スキルを受けていたとはいえ、木剣はそう簡単には折れないだろう。
二人の技量に、改めて私兵達から歓声が上がっていた。
それを見て、フランドールは私兵達の前へ出た。
「どうだ?
これがお前達が侮っていた、このダーナの兵士達の実力だ」
興奮していた兵士達も、主であるフランドールにこう言われると返す言葉も無かった。
「こんなにも強いとは…」
「まさか田舎者の兵士と思っていたが…」
「王都にもこれ程の戦士は、そうは居ないぞ」
「彼等は毎日の様に、あの魔物との戦いに勝利している
それがどれ程の物か?
分かっただろう?」
「はい」
フランドールの言葉に、私兵たちは頷く。
これ程の力量差を見せられれば、納得するしか無かった。
彼等は決して弱く無く、歴戦の兵士に匹敵する屈強の猛者達であった。
「悔しいと思うなら、今後は鍛え直して見返して見せろ
それが王国の兵士たる誇りという物だ」
「うおおおお」
兵士達は今度は歓声ではなく、決意の籠った咆哮を上げる。
「それでは、最後に
ギルバート殿と一戦手合わせをお願いしたい」
「承知した」
フランドールに促され、今度はギルバートとフランドールが訓練場に入る。
「約束通り、ここで互いの技量を見極めましょう」
「ええ
手加減抜きでお願いします」
「君の大型の魔物を倒したと言う実力…
見極めさせてもらう」
「来い!」
二人は中央で向き合い、互いに構える。
将軍が合図の声を上げると同時に、二人は中央で剣を打ち付け合った。
これは格上の戦士達が、互いに手加減抜きで勝負するという挨拶だ。
これをするからには、多少の怪我は仕方の無い勝負になる。
「それでは
勝負開始」
「はっ!」
「ふん!」
ガ・ガ・ガ・ガ…
激しい剣戟の応酬が繰り広げられる。
それはスキルでは無かったが、最早スキルの様な鋭く強烈な一撃が撃ち込まれる。
それは続け様に、まるで雨の様に間断なく打ち付けられていった。
そして不思議な事に、それだけ激しく打ち合っているのに木剣は軋んだり折れたりしなかった。
互いの攻撃を寸前で受け止めて、その力を上手くいなしているのだ。
袈裟懸けに振り被れば、剣を水平にして受け止める。
胴を薙ごうとすれば、剣を立ててそれを防ぐ。
突きは剣の腹で流し、腕や脚への攻撃は剣先で逸らす。
そうして互いに攻撃を受け流して、相手の出方を伺っていた。
凡そ20合は打ち合っただろうか、二人は距離を取って一旦離れる。
呼吸も乱さずに、二人は距離を保って睨み合う。
熟練した戦士同士の勝負なので、これはまだ様子見であった。
それを示す様に、彼等は舌戦を始める。
「やりますねえ…」
「そちらも…
噂通りの腕前ですね」
「この程度の打ち合いでは、お互い隙は見せれませんか?」
「でしょうね
これなら王都の騎士でも…」
「それならさらに速度を上げますよ」
「掛かって来い」
互いに睨み合い、そしてニヤリと笑う。
二人を見守り、将軍の胸はざわついていた。
出来得る事ならば、彼等と打ち合って技量を確かめたい。
しかしこの程度の攻撃では、最早様子見でしか無いのだ。
将軍が戦ってみても、勝てる見込みは無さそうに見える。
勝機があるとすれば、力尽くで押さえ込むしかない。
しかしそれも、ギルバートが相手では難しいだろう。
それにフランドールが相手では、押さえ込む前に逃げられてしまう。
この二人は既に、将軍の技量を超えようとしていた。
坊ちゃんの腕は、最早オレとそう変わらないだろう
その上で更に、スキルの腕でオレの上を行っている
フランドール殿も互角の様だ
それに腕力が足りない分、彼には素早さがある
だが…
二人の腕は互角だろうが、問題は年齢だ。
フランドールはもうすぐ18歳になる。
今が正に、絶頂期を迎えようとしている。
それに対してギルバートは、先の話が本当なら今は14歳になったところだ。
まだまだ伸びしろがある筈なのだ。
将来が空恐ろしい事になりそうだった。
恐らく伝説の皇帝に迫る、剣技を会得する可能性もあるだろう。
嘗ての初代皇帝、カイザートという英雄が居た。
その剣技は凄まじく、一刀の下に大地を切り裂いたと言われる。
先の帝国を建国したと伝えられる、伝説の人物である。
そしてその強さから、神として帝国で崇められていた。
ギルバートならその域にまで、上り詰めるのではと思ってしまう。
それから数合、素早い攻撃を絡めた切り合いが続く。
しかしお互いに一撃を与えられず、膠着状態が続いた。
これ以上の攻撃となれば、後はスキルを絡めた攻撃となるだろう。
そうして全員が見守る中、次の一手が放たれようとしていた。
しかしそこで、フランドールは構えを解いた。
「どうしました?」
「いや
このまま勝負を楽しみたくはあるんですが…
目的は遂げました」
「あ…」
「そうです
これは手合わせですから
勝負を決する必要はありません」
フランドールはそう言うと、木剣を従者に手渡した。
ギルバートも木剣を仕舞い、頭を掻きながら退場した。
いつの間にか熱くなり、勝負を決しようと夢中になっていた。
あのまま打ち合っていては、どちらか怪我をしただろう。
それでは遺恨が残ってしまう。
これはフランドールが、ギルバートよりも年上だから出来た事だったのだろう。
内心ではこの若さでここまで出来るギルバートに、嫉妬心を押さえられないでいた。
しかしもしここで彼が負けると、後の禍根になる恐れがあった。
だからこそ、フランドールは勝負を収める事にしたのだ。
内心では負ける事を恐れている事を隠して、それらしい事を言って引いたのだ。
ギルバートはフランドールの粋な計らいに感謝しつつ、自身の未熟さを嘆いていた。
しかし彼は気が付いていなかった。
フランドールはそうは言っていたが、内心では焦り、恐れていたのだ。
それを感じさせない様に、上手く取り繕っていたのだ。
アーネストがこの勝負を見ていれば、その事を見抜いていただろう。
しかしアーネストは、二日酔いの頭痛で辞退していた。
この事が、フランドールの本心を見抜く事を遅らせてしまった。
彼はこの時、ギルバートを恐ろしいと感じていた。
英雄などと言っていたが、内心では化け物の様に感じていたのだ。
普通の少年に比べて、ギルバートの膂力は既に大人を超えている。
その上で、スキルの上達もフランドール以上だという話である。
そんな人間を、フランドールはこれまで見た事も無かった。
あの年で…
ここまで強いのか?
これではまるで…
いや、そもそもこの私が、これでは当て馬では無いか
内心ではそうやって、負ける事を恐れていた。
そして同時に、その様な力を持つ少年を恐れていた。
今までの攻撃は、全て力を活かした単純な攻撃だけである。
しかしこれにスキルが加わると、素早く避け難い攻撃になるだろう。
そうなれば、素早さを活かしたフランドールでも、全てを避けるのは困難であるだろう。
確かにスキルを使えば、フランドールにも勝ちの目はあるかも知れない。
しかしそれは、危険な賭けになってしまう。
こんな模擬戦の様な場では、行う様な事では無かった。
それを取り繕う様に、彼は笑顔を見せていた。
笑顔を浮かべる事で、内心の焦りや恐れを隠していた。
だが心の奥では、この時に既にギルバートの異常さを恐れていたのだ。
スキル無しで…
大人の私の攻撃をいなしていた
少年に出来る事なのか?
これでスキルまで使えるとは…
何と不公平な…
フランドールが、王国や帝国の歴史に詳しければ…。
あるいは気付いていたかも知れない。
王家の血筋は、皇帝の一族の血を受け継いでいた。
その事は、初代皇帝の血も混じっている事を示している。
そしてそれ故に、アルベルトやハルバートは強かったのだ。
皇帝の血筋の者には、生まれつき強い力を持つ者が生まれる事がある。
アルベルトやハルバートは、それ故に強者として国を打ち立てたのだ。
当時の皇帝の一族や、側近にはその様な者が居なかったのだ。
だからこそ、ここぞという時に帝国に打撃を与えていた。
そしてギルバートは、その王家の血を濃く受け継いでいた。
アルベルトの息子では無く、皇帝の血の濃いハルバートの血を引いている。
彼が王子と知っていれば…あるいは違う見え方もあったのだろう。
しかしフランドールは、彼の出自を知らなかった。
その事が、よりギルバートを恐ろしい存在に見せてしまっていた。
父は高名な元騎士団長
そして王族の血を引いた貴族
その上で領民に慕われている
これでは…
これでは私が呼ばれた意味が無いではないか
フランドールは内心では、ギルバートに対して強烈な嫉妬を抱き始めていた。
本当は彼も、有力な商人の息子である。
しかし母が身籠ったところで、彼等は棄てられてしまった。
その事でフランドールは、母親から虐待も受けていた。
食事も碌に与えられず、ひもじい毎日であった。
その事が街中の浮浪児達と、かっぱらい等を行う原因となっていた。
それはそれで、当時の警備隊との出会いとなっている。
むしろそれで、剣の才を見出されたのは幸運であった。
しかしギルバートの前では、あまりに境遇の差を感じさせられた。
フランドールでなくとも、嫉妬心を感じるだろう。
「やはり君は、噂通り…
いや、それ以上の強さだ」
「そんな事は…」
「いや
あのまま戦っていれば、私は負けてしまっていたよ」
「え?」
「ははは
負ける訳にはいかないからね
勝負は引き分けにさせてもらった」
「まさか?」
「はははは…」
フランドールはそう言って、爽やかに笑っていた。
しかしこの時、ギルバートはその笑い方に違和感を感じていた。
それが何なのか分からないが、何とも言えない奇妙な不快感を覚えたのだ。
それを誤魔化す為に、ギルバートも笑う事にした。
笑いながらも、フランドールの腹の中には怒りの様な感情が湧いていた。
嫉妬と疑惑を抱いた、暗い感情が沸き起こっていた。
「また、ご冗談を
私はまだ成人の儀を受けていないんですよ?
はははは」
「そ、そうだよな
はは」
二人は笑っていたが、その目は笑っていなかった。
見た目には和やかに、笑い合って互いの健闘を褒めていた。
しかし内心では、何か思いを巡らせていたのだ。
こうして模擬戦は、何事も無く終わっていた。
そう表向きは、何事も無く無事に終わったのだ。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




