第075話
アーネストはセリアに手を引かれて、会場の人込みを掻き分けて進んだ
その手は小さく、まだまだ子供である
後ろからは、フィオーナが裾を掴んで着いて来る
彼女は更に小さく見えて、まだまだ人見知りが激しかった
年齢を考えれば、フィオーナの方が年上の筈である
しかし最近では、セリアの方が大きくなってた
この2年間で、フィオーナの背を抜いてしまっている
しかしアーネスト達に比べると、まだまだ子供である
そんな二人を見ていると、アーネストは婚約話が可哀想に思えた
フランドールは良い人そうだし、彼が望んだ話では無いだろう
それでもまだまだ子供の彼女達に、婚約話は苦痛だろう
アーネストはそう思いながら進んで行った
これから話す男の、人となりを見極めようと
ギルバートは会場の奥で、フランドールと会話を楽しんでいた。
これからダーナの統治を行うに当たって、注意しなければならない事などを話していた。
ダーナと港は別の統治になるので、基本は農業が主流となる。
商人が多く来訪するのは、あくまでも魔物の素材を買い求めてである。
それが無ければ、彼等はそんなに積極的には来ないだろう。
その他は森の外れから鉱山に入るのだが、そこも最近は魔物が現れるので警戒が必要であった。
ここ数年は魔物由来の素材が手に入るのと、魔石も魅力的な商品となってい。
しかし魔物の討伐には危険が付き物である。
冒険者だけでは対応が出来ず、兵士の出動が必要となっていた。
それで鉱山の出入りにも、注意が必要となっていた。
今は商工ギルドの者達と、周囲で取れる鉱石の話をしていた。
この近辺では、鉄と胴の鉱石が採掘出来る。
しかし鉱山にも、魔物が住み着いている場所がある。
兵士が定期的に見回っているが、そこも安全とは言えなかった。
「南門から数㎞離れた場所に砦を構え、鉱山に入る集落を守っています
しかし最近は魔物も増えています
それで鉱山に入山する者が減っていて、それが鉱石の供給に影響しています」
「そうなると、鉱山の守備も固める必要が有るな
安心して入山出来るようにしなければ、鉱山自体を閉鎖しなければならない」
「ええ
難しいところです」
「ワシ等も頑張っておるがのう」
「どうしても魔物は脅威じゃ」
「鉱山労働者では、魔物の討伐は難しいでしょう」
「ええ
兵士でも訓練をしなければ、コボルトでも厳しいですね」
ギルバート達が話しているのは、商工ギルドでも職人側の人間であった。
彼等は特に鉱石の加工を主にする者達で、魔物の被害に苦しんでいた。
鉱山労働者に被害が出れば、彼等の加工する材料が不足する。
その話を聞きながら、フランドールは魔物の数が改めて多い事に驚いていた。
そこにアーネストが、セリアに手を引っ張られて来た。
「やあ
楽しい会話中にすまない
セリアがどうしてもと言うから」
「違うの~
お兄ちゃんに頼まれたんだから」
セリアは口を尖らせて言い、さっさと母親の元へ引き上げた。
ギルバートとアーネストは顔を見合わせ、クスリと笑っていた。
「へえ
セリアちゃんって言うんだ
可愛いね」
フランドールは笑顔でそう言うと、うんうんと頷く。
彼には姉妹が居ないので、セリアを可愛らしい感じたのだろう。
それを見て、アーネストは思わず呟く。
「言って置くが、あの子はやらないぞ」
「おい!
それはオレが言うセリフな」
ギルバートは思わず突っ込む。
二人の兄はギルバートであって、アーネストでは無い。
そんな二人の様子を見て、フランドールは楽しそうに笑う。
「ははは
君達は仲が良いんだね
まるで兄弟の様だ」
「ん?
そうすると…オレが兄か?」
「いや、オレだろ?」
二人の反応を見て、またフランドールは笑い出す。
「君が噂の魔導士君かい?
私はフランドール
王都産まれの騎士だ」
「御高名はうかがっております
しがない田舎の魔術師ですが、よろしくお願いします」
アーネストはそう言うと、深々と礼をして見せる。
アーネストが叙爵するのは、まだ本格的には決まっていない。
だからここでは、ただの魔術師である一般市民でしかなかった。
だからフランドールの方が、貴族であるので上位の者に当たる。
その為にアーネストは、敢えて恭順の意を現す態度を取っていた。
その作法のしっかりとした様を見て、フランドールは感心した様に呟く。
「ほう
私よりはしっかりとした礼をする
これではどちらが貴族か分からないね」
ははははと笑い、フランドールは握手を求めて来た。
「君の話も聞いている
アルベルト殿にはもう一人の息子と呼ばれていたそうだね?
その知恵を私にも貸して欲しい」
「それは…
家臣への勧誘ですか?」
「え?
うーん…
どっちかと言えば、友となって欲しい…
かな?」
「友ですか?
確かにそれなら、家臣では無く気軽に助言を貰えますね」
「おい!」
「はははは
こりゃ手厳しい
どうやら彼は、既に叙勲後の事も考えている様だね」
「え?」
アーネストの言動は、貴族になった際の立ち居振る舞いも計算されていた。
それは成人後に叙勲が約束されており、それからの付き合い方も考えているという事だ。
今は子供同士だからと目を瞑られているが、いずれは身分で差が出て来る。
アーネストはその為にも、今からギルバートと対等に話せる様に考えて行動しているのだ。
何某かの手柄を立てて、貴族として叙爵して身を立てる。
そうでなければ、ギルバートの側には居られない。
フランドールの家臣にはなれば、早い段階で叙爵の芽もあるかも知れない。
しかしこの地に縛られるので、ギルバートとは離れなければならない。
その事を考えて、気軽には家臣の誘いには乗れないと示していた。
それにアーネストは、ただ一代の貴族になろうとはしていなかった。
それでは長く、ギルバートの側に居れない可能性もある。
だから貴族の振舞を身に着けて、隙の無い外交手腕を見せようともしていた。
それを見抜いたフランドールは、改めて握手を求める。
今度は違った形で、友としての握手である。
「改めて…
友として、駄目かな?」
「それは状況によります」
「アーネスト!」
「よかったら…
私とギルバート、そして君の三人で友達になりたいんだ
これから多くの困難に見舞われるだろう
それでも、生涯を友として助け合いたい」
「分かりました
しかしオレの忠誠はこいつの物です
それだけは理解してください」
アーネストはそう言って手を差し出し、フランドールと握手を交わした。
アーネストが握手をしてくれた事で、フランドールは嬉しそうに微笑む。
「私は王都でも平民の出でね
騎士団務めの間も、友と呼べる者は居なかったんだ
だからここでは、同世代の君達と仲良くやって行きたいんだ」
そうフランドール言うと、ニコリと笑った。
その様子はとても年上の男に見えず、寧ろ同年代の悪戯好きな友人に見えた。
「でも、良いんですか?
私達は貴方よりも年下ですよ?」
「そうだねえ
私がもうすぐ18になる
それでも…
君達とは気が合いそうだから」
「え?
5歳も上なんですか?」
「今更敬語なんて駄目だよ
少なくとも、ここは王都ではない
気にしなくても良いからね」
フランドールはそう言って、ウインクをしてみせる。
ここが王宮であれば、この様な事をしていれば大変な事になる。
貴族の年長者に対して、気さくな言葉遣いをしたのだ。
最悪の場合には、その場での捕縛もあり得る。
それを友達になる事で、不問としようと言うのだ。
これは貴族である、フランドールの気遣いでもあった。
そうして彼はグラスを手に取ると、二人に向けた。
「新しい場所と、新しい友に乾杯」
そう言ってグラスを呷ると、一気に飲み干した。
「大丈夫ですか?」
「ん?
ああ
騎士団ではこれぐらい、成人したら当たり前の様に飲まされるからね」
「うへえ」
「オレは好きになれないな」
ギルバートもアーネストもまだ成人してはいないので、お酒は祝いの席でも薄めた葡萄酒だった。
その味が薄いのもあってか、酒の味が好きになれなかった。
その上でギルバートは、酒の良くない話を聞かされていた。
その失敗談を知っているだけに、余計に好きにはなれなかった。
「まあ、その内好きになるさ
でなきゃ、貴族の間ではやっていけない」
「そうですね…」
「ううん
貴族って面倒臭い」
「お前はこれからなるんだろ
今の内から慣れておけよ」
アーネストは嫌そうな顔をするが、チビチビと葡萄酒を舐める。
ギルバートに関しては、好き嫌いなど言ってはいられない。
王族である以上、宴席に招かれる機会も多くなる。
そうなれば、我慢してでも旨いと言って飲まないといけない場面も増えるだろう。
そうして三人で話していると、メイド達が気を利かせて料理を運んでくれた。
空きっ腹に酒を飲めば、悪酔いしてしまう。
その為に軽く摘まめる物を、三人に用意してくれたのだ。
フランドールはダーナのよく好まれる料理として、豚や牛の肉の燻製を野菜で巻いた物を摘まむ。
アーネストはローストした鳥と豚の肉を摘まみ、時々チーズを齧っていた。
それを見ながらギルバートも、串に刺して焼いた肉と野菜を食べる。
そうして腹に何か入れてから、少しずつ葡萄酒を飲む事にした。
一心地着いた頃には、フランドールは顔を赤くしていた。
しかし急に真面目な顔をすると、ギルバートに質問をした。
「ところで、ギルバート殿
私が領主を拝命するまで居る様に仰っていたが、その後はどうするつもりです?」
「え?」
「王都に行く話だよ」
アーネストが合いの手を入れる。
「王都にて使命が有ると話されていたが…
それは王命ですか?」
その質問に思わずアーネストの方を見るが、アーネストは首を振る。
それを見て、フランドールは溜息を吐く。
「どうやら、簡単に話せない内容の様だね」
「ええ」
「申し訳ありませんが、こればっかりは…」
「いや、良いんだ
アルベルト殿も黙っていたし、余程の事なんだろう
だから、私もこれ以上は聞かない」
フランドールはギルバート目を真っ直ぐ見詰め、真剣な表情をする。
それは酒に酔っているからではなく、本当に心配している様子だった。
「だが…
これだけは覚えておいて欲しい
私は君の父上から頼まれたから、この領地の事を引き継ぐ
だが、決して君を追い出そうとは思っていないんだ
それだけは覚えておいてくれ
帰って来たい時は、必ず帰って来てくれ」
フランドールはそう言うと、言った事が恥ずかしかったのかふいとそっぽを向いた。
彼はギルバートが、帰って来れる様にすると言いたかったのだ。
アーネストはそんなフランドールを見ながら、ギルバートの肩を叩く。
「大丈夫ですよ
オレが着いて居ますし
それに…
ここがオレ達の家ですから」
「アーネスト…」
「オレがフィオーナを貰って、ここを守ります
ギルが帰れる様にね」
「ん?」
アーネストの不穏な発言。
見るといつの間に酔いが回ったのか、すっかり顔が真っ赤になっていた。
そのままギルバートの肩をバシバシ叩き、上機嫌に笑ったと思ったらそのまま倒れた。
どうやら慣れない酒を、思った以上に飲んでいた様だ。
暫し沈黙が続き、ギルバートとフランドールは見詰め合った。
「ぷっ、はははは」
「あはははは」
二人は声を上げて笑い、暫くは笑い続けた。
暫く笑い、またフランドールは真面目な顔をして言った。
「どうしても…言えない事情なんだよな?」
「ええ」
「それなら…
その間、家族は…
どうする?」
「どうするとは?」
フランドールは躊躇いながら、言葉を慎重に選ぶ。
「暫くは私は、ここで客室を借りて過ごすだろう
だが、私が本格的に領主と成ったら、君達の家族は出て行かなければならない」
「ええ」
「君の家を奪う事になる
心苦しいが、これは貴族の慣習の様なものだ」
「はい」
「王都に親戚はいるのかい?」
「国王が叔父に当たりますが、母上は恐らくは頼らないでしょう
母上の親族も王都には居ますが…
多分ここに暮らす事を望むでしょうね」
「そうか
まあアルベルト殿の墓もあるし、それが良いだろうね」
「ええ」
フランドールは少し考え、取り敢えずの提案をする。
「ここに家を作り、そちらに移っていただくのが良いか
それならば、早急にギルドに話を通しておく方が良いな」
「よろしいのですか?」
「ああ
満足のいく家を建てれる様に、ギルドには打診しておくよ
私もその方が良いと思うし」
住む家の事に関しては、それで問題は無いだろう。
問題は廃嫡の影響である。
アルベルトが亡くなり、ギルバートも廃嫡となるのだ。
そうなれば母と妹は、身分を市民へと落とす事になる。
「父上は妹達の事も考えていた様です
二人の内、フィオーナをと考えていた様ですが…」
「ああ
でも、実際には親子ぐらいの年の差がある
彼女が成人した時、改めて考えれば良いさ」
そう言いながら、フランドールはアーネストの方を見る。
「それに…」
「いや、あれは冗談でしょう?
あいつも多分、本気では無いでしょうから」
「そうか?
人は酔ったら本気を漏らすと言う
少しは考えても良いんじゃないか」
「まさか…ね?
本気なら、暫く妹には近づけさせれないな…」
「ぷっ、くくく」
それを聞いて、フランドールは笑いを堪える。
こりゃあアーネストの恋は、前途多難だなと笑っていた。
「もう一人の妹はどうする?」
「セリアですか?」
「ああ」
そこでギルバートは、セリアの出自を語る。
魔物によって滅びた集落。
そこから助け出された子供と、それを養女として引き取った話をする。
「そうか…
養女なのか…」
「最初はフィオーナの侍女にするつもりだと
しかし二人を引き合わせた時に、母上は娘として育てると言いました」
「だが、いずれは知られるぞ
その時はどうするんだ?」
「その時はその時です」
ギルバートは黙っていたが、実は自分も実の子では無い。
母は知らなかったとは言え、今まで育ててくれた。
それだけでも、家族として大事にしたいと思っている。
それに今ではセリアも、実の妹として大事に思っている。
彼女の希望次第では、いずれは別れも来るかも知れない。
それでも自分は、妹として守ろうと思っていた。
「君の家庭の事だ
私は口出しはしないが…
いずれは真実を告げるべきだと思う
それで彼女がどういう道を選ぶのかは、彼女自身が決める事だろう」
「…そう、ですね」
ここでギルバートは、改めて彼女の事を考えた。
まだ幼いが、彼女は自分を慕ってくれている。
これが兄弟で無くなれば、その関係はどうなるのだろうか?
兄では無い以上、着いて行く必要も無い。
そして無理に親しくする必要も、愛想よくする必要も無くなる。
ひょっとしたら、そのまま近付かないでくれと言われる可能性もあるだろう。
いや
例え血が繋がっていなくても、だからどうだって言うんだ?
オレ自身が元々繋がっていないじゃないか
いや、正確には母上達とは親戚になるが…
セリアは他人という事か
セリアが一人、身寄りが無くなった場合はどうする?
妹として引き取るのか?
これから王都に向かい、王子として生活しなければならない。
そうなれば、平民の子を軽々しく連れて行けないだろう。
何らかの身分を与えて、手続きも必要となる。
養女は無理だろうから、国王に妹として引き受けて欲しいと願うのか?
そんな事は無理に等しいだろう。
それに国王も、セリアの事はよく知らない。
例え父であるアルベルトが引き取っていたからと、国王がそうするとは限らないだろう。
それに、女神の下した神託も気になる。
場合によっては、この先に危険が付き纏う事になる。
そうなれば、セリアは連れて行けないだろう。
彼女を危険に巻き込むのなら、このまま離れた方が良いのかも知れない。
ここは母親に任せるのが一番だが、いずれ真剣に話し合う必要が有る。
ギルバートはそう思った。
自分の気持ちでは無く、彼女達の幸せを考えて…。
そう決断する必要があった。
ギルバートのその決意を見て、フランドールは頷く。
もし彼等の家族に苦難の道が立ち塞がっても、私が手助けをしよう。
それが縁あって引き受けた、前領主へ報いる事にもなるのだから。
彼はそう思って、ジェニファー達を引き受けるつもりになっていた。
「妹さんの事
これからの事
色々大変だと思うが、何かあったら相談してくれ
私も力になりたいから」
「はい」
ギルバート頷き、それからニヤリと笑った。
「でも、その前に
ザウツブルク卿には領地経営に慣れていただかなければ
明日から大変ですよ?
取り急ぎは、兵士の練度と魔物の強さを見ていただきましょう」
フランドールは一瞬不意を突かれ、ポカーンとしてしまう。
その直後にウインクするギルバートの、頭を掴んで拳を押し付けた。
「このう
悪ふざけが過ぎるぞ」
「痛い、痛い」
フランドールは押し付けた拳でグリグリと擦った。
そうしながら二人は笑っていた。
それは傍から見れば、仲の良い兄弟の様に見えていた。
こうしてパーティーの行われた夜は更けて行き、二人は暫く談笑した。
翌日は約束通りに訓練場で模擬戦が行われる事となる。
二人はあまり遅くならない様に就寝する事にして、パーティー会場を後にした。
その夜にギルバートは、不思議な夢を見ていた。
それは見慣れた妹達の部屋で、見慣れない少女が佇んでいる夢だった。
いや、見慣れていない筈は無い。
彼はこの少女を知っている。
その筈なのに、何故かそれが思い出せない。
それなのに二人は、知り合いの様に親しく話していた。
「良い?
お兄ちゃん」
「ん?」
「ここは夢と現実の狭間
精神の奥の世界なの」
「ええっと…」
「いわゆる…
インナースペースってやつ?
ここはお兄ちゃんの心の奥底の中なの」
「相変わらず唐突に、難しい言葉を使うな」
「そうね…
でも説明が難しいの」
「よく分からないよ」
「分からなくても良いの
兎に角お兄ちゃんは、起きたらここの事を忘れているの」
「忘れるか…
それは寂しいな」
「仕方が無いの
ここでしか、私はお兄ちゃんと話せないから」
「そうなんだよな…」
そう言いながらも、ギルバートはその事を理解している事に驚く。
覚えていない筈なのに、彼はここでは普通に彼女と話していた。
まるで毎日の様に顔を合わせている様な、そんな普通に会話をしているのだ。
そしていつの間にか、その事を当たり前だと理解している。
「それでね
ここに呼んだ訳だけど…」
「またアーネストの事か?」
「ううん
確かにアーネストちゃんは、危険だわ…
また魔法を使い過ぎているわね」
「あいつ…」
「魔力枯渇は危険なのよ
それなのに…」
「でも、魔力は上がっているんだろう?」
「そうね
無茶をしてるからね
だけど危険よ?
命を落としかねないわ」
「だよな…
覚えていたら、注意するんだがな」
「私も、アーネストちゃんと話せれば…
でもお兄ちゃんほど…では無いの」
「仕方が無いさ
もし覚えていたら、注意しておくよ」
「うん」
少女はアーネストの事も知っていて、今日も魔法を使い過ぎた事を知っていた。
パーティー会場の魔石に、魔力を込めるのに過剰に注入したのだ。
そのせいで昏倒して、ひと騒ぎ起こしていた。
その事をギルバートは、パーティーが始まるまで知らなかった。
「でもね、ここで話した事は、お兄ちゃんは覚えていないわ
お兄ちゃんの精神の中に…の力を借りて入っているから」
「…の力を使えるなんて、…は凄い…だよな」
「えへへ
でもね、本当は危険なのよ」
「だろうな
…が力を貸してくれているけど、ここに入るのは危険なんだろう?」
「うん
でもね、どうしても伝えないといけないから」
「だけど覚えていないんだろう?」
「ええっとね…
私の力で、心には刻んでおくわ
だから覚えていなくても、気を付ける事は出来るわ」
「ふうん…」
少女はその様な事を話して、ギルバートに真剣な表情を向ける。
それは先程までの、可愛らしい微笑みとはまた違っていた。
真剣な表情は美しく、思わず見惚れてしまいそうになる。
「それでね
重要な話があって、来てもらったの」
「重要な話し?」
「うん
お兄ちゃん
あの男の人には注意して」
「男の人?
フランドールの事か?」
「うん」
「何でだ?」
ギルバートには、フランドールは悪い人には見えなかった。
確かに彼は王都の貴族で、周りには危険な思想者が潜んで居る。
しかし彼自身は、その様な人物には見えない。
しかし少女は、顔を顰めて嫌そうな表情を浮かべる。
「オレには彼が、そんな悪い人には見えないんだが…」
「私…
あの人の事、嫌い」
「何故なんだい?」
「あの人の笑顔…
嘘なんだもん」
「嘘?」
「ええ
確かに良い人なのかも知れないわ
だけど心の中には…
何かを隠しているの」
「隠しているって…」
確かに人は、見た目通りでは無いのかも知れない。
アーネストだって、フィオーナへの想いを隠している様子だった。
いや、正確には本人が、それに気付いてないだけなのかも知れない。
それと同様に、フランドールも何か隠しているのだろうか?
「何を隠しているんだい?」
「ううん…
分からない」
「分からないって…」
「でもね
この子達が言っているの
あの人には何かあるって」
「この子達?
ああ、…の事かい?」
「うん」
夢の中のギルバートは、その子達の事を知っている様子だった。
しかし肝心の名前は、何故か聞き取れなかった。
自身が言っている筈なのに、何故か知らない言葉で話していた。
そう考えると、この少女も不思議な存在である。
親しく話しているのに、誰か思い出せないのだ。
それなのにギルバートは、その少女と親しそうに話していた。
誰か知らないその美しい少女を、好きだとも感じている。
「分かったよ
…が忠告するぐらいだ
用心するよ」
「うん
気を付けてね」
「ああ
また会えるかい?」
「毎日会っているじゃない」
「そうか?
そうだったよな」
「ふふ
変なお兄ちゃん」
「ははは」
「じゃあね
また…の中で
いずれ世界の終わりが訪れる時までに
ここでまた会いましょう」
「ああ
待っているよ
…」
ギルバートはそう言って、少女を優しく抱きしめて…。
その芳しい香りを感じて、柔らかな身体をそっと抱き締める。
愛おしいという思いが、身体の奥底から感じられる。
しかしその事に、不思議と違和感を感じられなかった。
名も思い出せない少女を、ギルバートは愛おしいと思って…
そっと抱き寄せてキスして…
しかし翌日には、彼はその事を思い出せないでいた。
正確には、夢の事も覚えていなかった。
ただフランドールには、気を付けた方が良いと確信していた。
あの笑顔が、心からの笑顔では無いと感じていたのだ。
何故そう思ったのかは、思い出す事も出来なかった。
しかしそう思ったら、警戒すべきだと感じていた。
そうしてギルバートは、寝台から起き上がっていた。
昨晩の事も、夢の中の少女の事も忘れて…。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
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