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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
プロローグ
8/190

第007話

深き闇より、そは現れる

現世を妬み

女神を恨み

その声は呪詛と成る

深き宵闇に響き渡る

見よ、再び闇の時代が訪れるのだ


襲撃から5日目

降り注いでいた雨もいつの間にか止み、空には太陽(ソルス)が登っていた

穏やかな陽光が、第2砦を包んでいた


どのぐらい寝ていたのであろう?

窓から差す日差しに、部隊長は目を覚ます。

彼は何時でも出られる様に、兜だけ外して横になっていたが、すっかり寝てしまっていた様だ。

慌てて身支度を済ませると、彼は広場へと出た。

そこでは副隊長が見張りからの報告と、新たな指示を手配しながら立っていた。


「こちらには何も異常は…」

「そうか

 引き続き監視をしておけ」

「はい」


「崖の投石用の石はどうします?」

「うむ

 今はどれぐらい集まったか?」

「そうですね…

 箱で20箱は確認しましたが…」

「そうじゃなあ…

 もう少し集めておけ」

「はい」


「すいません」

「おう

 起きたか」

「はい

 遅くなってしまって…」

「はははは

 構わん」


副隊長は疲れた様子も見せずに、ニコやかに笑っていた。

どうやら部隊長の体調を気にして、休ませてくれていたのだ。


「どうだ?

 少しは休めたか?」

「はい

 おかげさまで」

「うむ」


言葉を交わしつつ、彼等は兵士達の様子を見る。

兵士達は忙しく動き回り、作業を続けている。

副隊長が代わりに見張っているので、いつもより緊張している様子だ。

彼等からすれば、副隊長は部隊長よりも怖い存在だったのだ。


「その後、異常はありませんか?」

「ああ

 静かなもんだ」

「そう…

 ですか…」

「はははは

 そうそう魔物とやらも攻め込んでは来られまい」

「そう…

 ならば良いのですが」

「がははは

 まあ、今のところは何もない

 今のところはな」

「はあ…」


そう言ってから、副隊長は改めて部隊長の方を向く。

その表情は真剣な物に変わり、声音も変わっていた。


「敵の襲撃は

 そいつらが本当に魔物ならば、恐らく暗くなってからだろう」

「本物…

 ですか?」

「ああ」

「しかし、現に魔物の姿を…」

「それが襲撃者とは…

 限るまい?」

「それはしかし…」


そこは昨晩も、十分に議論された事だった。

副隊長は懐疑的だったが、結局は警備隊長の指示が下された。

警備隊長自身は、ただならぬ気配を感じていたのだ。

それで襲撃を警戒して、防備を固める事になったのだ。


「ワシは…」


副隊長はそう言い掛けて、頭を左右に振った。


「いや

 あいつが言うのだから、あるんだろうな」

「はい

 私はそう思います」

「あり得るの…か?」

「結界ですか?」

「うむ

 女神様の加護だぞ?」

「しかしそれでも…」

「ああ

 集落は壊滅した」

「ええ」

「そして大事な兵も…」

「はい…」

「おい!

 そっちは休憩に入れ!

 お前等は交代で作業に入れ!」


再び兵士に指示を出し、副隊長は幾人かの兵士を休憩に回す。

指示を受けた兵士達は、慌てて作業に掛かり始める。


「お前も今の内に休んでおけ

 ここはワシが見ておくから」

「しかし…」

「聞くと…

 昨夜から何も食っとらんそうじゃないか」

「はあ…」


言われて気付く、腹の虫が鳴りそうだった。

部隊長は襲撃を気にして、そのまま寝台に寝転がっていたのだ。


「ワシは…

 ワシはお前ほどの腕は無いからな

 事務でしか役に立てん」

「そんな…」

「今の内にしっかり休んで、皆を守ってやってくれ」

「はい」


副隊長は弱いと言っていたが、それは嘘だった。

確かに指示や事務仕事を買われて、ここに配属されてはいる。

だがそれも、それ相応の腕を持っている事が前提である。

だが、ノルドの荒猪などと呼ばれている部隊長の方が、前線で戦うのには向いているのも事実だ。

それに普段ガミガミと叱ってばかりの副隊長より、部隊長の方が慕われていた。

副隊長は悪戯っぽく笑うと、話を続ける。


「皆もお前の方が嬉しいだろうしな」

「は、はあ…」


部隊長が照れて、ボリボリと頭を掻く。


「守って…

 やりたいな」


ボソリと呟き、副隊長は兵士と仮宿舎を見やる。


「はい!」


副隊長は空を見上げ、どこか遠くを見る様に続ける。


「もう…

 もう、あんな事は沢山だ」

「え?」

「死ぬのは老いぼれで十分

 若者の…

 若い奴等の希望を守ってくれ」

「副隊長…」

「ははは

 年寄りの心配性かな?」

「はあ…」


そう言うと副隊長は、再び真剣な眼差しに戻り、部隊長に下がれと手で示す。

部隊長は内心では副隊長と同じ思いだった。

副隊長と共にこの戦いに勝ち、生き残りたいと思っていた。

しかし昨晩の様子を見る限り、それは絶望的であろう。

砦を死守するには、今の兵士では人数が少な過ぎるのだ。


疲れた笑みを浮かべる副隊長を見詰め、部隊長は決心を決めた。

彼はこれまでの経験から、今回は難しいと判断していた。

だからこそ襲撃が、間違いであって欲しいと思っていた。


「はい

 失礼します」


部隊長はそう言うと、再び休息を取る為にその場を後にした。

思えばこの時に、もう少し話しておけば良かったと後に後悔するのであった。

そうすれば副隊長の、抱える思いも知る事が出来ただろう。

しかしそれは、この時には思いもしなかったのだ。


それは誰も知らない、警備隊長ぐらいしか知らない事であった。

帝国との国境紛争に終わりが見えた頃、副隊長は国境近くに詰めていた。

そこで警備隊長と共に、国境を見張っていた。

その時に若い兵士達が、作戦の伝令ミスで戦場に取り残されてしまったのだ。


それは戦争では、よくある些末事であった。

しかしそのミスが、敵の侵攻の発見を遅らせてしまった。

残された兵士の半数が新兵で、まだ経験も少なかった。

それで接近にきづかずに、そのまま囲まれてしまう事になる。

そして彼等は、逃げる事も碌に戦う事も出来ずに、一方的に攻め込まれてしまう。

そして新兵の部隊は、味方の援軍も間に合わずに全滅してしまった。


その部隊の指揮を、ある老兵の一人息子がしていた事。

そしてその部隊長が、婚約していた事。

それは戦争に於いては、よくある些末事だった。


副隊長の胸の内に、苦い後悔と自責の念が込み上げる。

ワシが…ワシが代わりに行っておればな…。

空の棺に縋り付き、泣き喚いて老人の胸を叩く娘。

あの子にも…、酷な事をした。

その後数日も待たずに、帝国との停戦が締結された。


副隊長は頭を振って、雑念を追い出す。

その視線の先には、報告の為に駆け寄る兵士の姿が見える。

その姿に、在りし日の若者の姿が重なって見える。

彼は今度こそは、自分が代わりに死のうと思っていた。


一方その頃…


森の側にある繁みから、ゴブリンが数度に渡って顔を覗かせていた。

斥候のつもりなのだろうが、灌木から顔が出ているので丸見えだった。

気付いた兵士は直ちに、投石を開始して追い払う。

しかし暫くすると、また顔を出して覗いている。

それはまるで、彼等を馬鹿にしているかの様だった。

それで彼等は、怒って繁みに石を投げ込む。

そんな事が何度か、繰り返し行われていた。


「くそっ!

 また見てやがる」

「ううむ…」

「いかがいたします?

 打って出ますか?」

「いや、止めておけ

 いたずらに損耗するワケにもいかんし、隙を突いて入られたらどうする?」

「しかし、このまま睨み合ってても…

 どうしょうもないかと」


副隊長は顎髭を撫でつつ、若い兵士を見る。


若いな…

経験も不足しておる

焦る気持ちがどの様な結果を生むのか…まだ知らないのだろう

無理もない、あれから3年以上経っている

国が平和であったが故に、実戦を積む機会が無いのだからな


「焦るな

 焦ると敵の思うツボじゃ」

「しかしあんな小鬼なぞ、脅威でもないでしょう?」

「忘れたか?

 ワシらは住民を守る為に居るんじゃ」

「ですが!」

「迂闊に入り口を開ければ、攻め込まれるぞ」

「くっ…」


副隊長は顎で、住民達の居る仮宿舎の方を示す。

納得出来ないのか、若い兵士は苛立った様にそちらをキッと睨む。

何も知らずに、のんびりとした住人達の談笑が聞こえる。

彼等を一人でも生かすなら、早計な判断で隙を見せるのは危険なのだ。


「それと…な

 奴らはお前が思っているよりも賢しいぞ」

「え?

 あんな間抜けな小者がですか?」

「ああ」

「そんな筈は無いでしょう!」


若い兵士は、副隊長の言葉の意味を理解出来ずにいた。

それでギリギリと、奥歯を噛みしめて副隊長の方を睨んでいた。


「気持ちは分からんでもないがな

 くれぐれもこちらから打って出るなよ」

「分かりましたよ!」


吐き捨てる様に言うと、兵士はその場を後にして持ち場へと駆け出した。


やはり…

やはり指示を出すには部隊長でなければダメかのう?

何事も無ければ良いがな…


副隊長は溜息を吐くと、次の報告を受けた。


「くそっ!」

ドガッ!


「なんだ?

 どうした?」


防壁に戻った兵士は、苛立たし気に壁を蹴る。

その音に驚いて、同僚達が振り返る。


「あの爺さん、とんだ臆病者だ!

 奴らに何もするなだと?」

「あー…」

「そりゃそうだろ

 下手に出たら恰好の的だぞ?」

「そんな事は無い!

 それにすぐに倒せば…」

「相手がどのぐらい居るのか…」

「それに待ち伏せもあるだろ?」


答えた兵士は、彼よりも状況を理解していた。

しかし若い兵士は、怒りに顔を朱に染めて睨む。


「おいおい、止せって」

「それに、副隊長殿の言い分ももっともだろう?」

「そうだぞ

 俺達は黙って、それに従う…」

「でも!

 あいつは!

 あいつは奴らに!」


あいつというのは、昨日射抜かれた兵士の事であった。

どうやらこの若者は、仲の良かった友が殺された事で怒っていたのだ。

彼等は同郷の出で、共に兵役に就いた仲間であった。

配属先が違ったが、その後も交流があったのだ。


それに彼は、異質な化け物への言い知れぬ恐怖から興奮してた。

見慣れぬ物への畏怖が、彼に冷静な判断力を失わせていた。

殺された兵士は、部隊長に注意されていたにも拘わらず油断していた。

彼が射殺されたのも、彼自身の油断から来る自業自得だった。

しかしそれを含めても、上司のミスで仲間が死んだと責任転嫁をする始末であった。


一緒に見張りに就いていた兵士は、宥めても聞かない彼の様子に困っていた。

次の報告は自分が行って、それとなく報告しておこうと思っていた。

巻き込まれてはいい迷惑だと、彼はブツブツ言う兵士を放って置いて見張りに集中していた。

相変わらず小鬼は、顔を出して森からこちらを窺っていた。


時刻は昼を過ぎて、日も傾き、やがて夜の帳が再び辺りを包んだ。

部隊長は食事を摂ると、住民達が好意で用意してくれたお湯で湯浴みをする。

それから夕刻まで、彼は寝台で眠っていた。

しっかりと休めた事で、部隊長はすっかり元気になていた。


「あ!

 部隊長!」

「お疲れ様です」

「おう!」


食堂に入ると、部下の兵士達が先に夕餉を楽しんでいた。

彼らもこれから、夜の見張りに就くのだ。

その為に十分な睡眠を取って、今は食事を楽しんでいた。

その様子を見て、部隊長は満足気に頷いていた。


「部隊長

 今夜も現れますかね?」

「ああ

 今度は探りではなく、本格的に攻めてくるだろう」

「え?」

「恐らく…

 昨日の様な小規模での侵入ではなく、一気に登ろうと攻めて来るだろうな」

「そ、それは…」


兵士達はゴクリと、唾を飲み込んだ。


「さっさと食ったら、持ち場へ急げよ

 今夜は昨晩の様には、いかないと思えよ」

「はい」


「オレも助けに行けるか…分からない

 各自、自分の身は自分で守る様に

 出来るか?」

「はい」


兵士達は緊張した面持ちで頷くと、慌ただしく食事を済ませた者から出て行った。

その様子を眺めながら、部隊長は強張った表情をする。


「これが…

 最後の晩餐にならなければいいがな…」


近くで食事していた兵士は、部隊長がそう呟くのを耳にしていた。

それは強気な部隊長にしては、珍しい事だった。

彼等は聞こえないふりをして、無心に食事を掻き込む。

部隊長の心配が、自分達に伝搬しない様にする為だった。


部隊長は食事を済ませると、広場に出て副隊長と兵士達の前に立つ。

兵士達は緊張した面持ちをしつつも、私語は慎み静かに待っていた。

部隊長は彼等の顔を見回すと、静かに指示を出した。


「では、これから交代して警備に立つ」

「はい」


「既に聞き及んでいる者も居るだろうが、恐らく…

 今夜が山場になるだろう…」


皆が聞き入っているのを、確認しつつ続ける。


「明日中には、応援の部隊が来るだろうが…

 それまでは我々で…

 住民を守らなければならない」

「はい」


砦には2部隊24名と非番の交代要員として来ていた兵士12名

それと第1砦からの応援が5名

部隊長と副隊長、警備隊長を合わせて総勢44名であった

他にも兵士は居たのだが、襲撃の犠牲になってこれだけしか残って居ないのだ

一方避難している住民は、子供も合わせて76名に増えていた


これだけの住人を守るには、この人数では足りないだろう。

それで住民達には、くれぐれも表に出ない様に伝え、入り口の周りに兵士を2名だけ立たせていた。

住民達が騒ぎを気にして、表に出来ない様にする為だ。

住民達が居ては、魔物に狙われて危険だ。

それに住民達を気にしていては、兵士達も戦い難いだろう。


もう少し兵士を置きたかったが、それ以上人数は割けなかった。

砦の防壁には、十分な兵士が揃っていない。

その上で住民達の、見張りには回せないのだ。

だから直接守れない以上は、侵入を防ぐしか手は無いだろう。


「住民を守る為には、魔物の侵入を許すわけにはいかない」

「はい」

「極力、投石で追い払い

 壁を登られたら直ぐに応援を呼ぶんだ

 くれぐれも一人で立ち向かわない様に」

「はい」

「何故ですか?」

「一人で向かって行って…

 やられるワケにいかんだろう?

 それに1匹でも中に入られる訳にはいかないからな」


部隊長は質問してきた兵士に答え、再度全体を見ながら続けた。


「いいな!

 くれぐれも無理はするなよ!」

「はい」


「では、持ち場に着け!」

「はい」


兵士達は散って、警備を交代して行く。

次に交代した兵士が、二人の前に集合した。

走る姿も心なしか、疲労でふらついている様に見える。


「全体

 止まれ!

 整列!」

「ぜ、全体、止まれ」


号令で集結した兵士が整列して、部隊長達を見る。

一人の兵士が前に出ると、跪いて報告する。


「報告します

 現在は投石で牽制しておりますが、中への侵入は防げております」

「うむ

 ご苦労」


頷いて、部隊長は副隊長の方を見る。

副隊長も部隊長へ目配せをして頷く。

それから部隊長が、兵士達に労いの言葉を掛ける。


「諸君、ご苦労であった

 引き続きこちらで見張りを行う

 諸君らは明日の為にもしっかりと休んでくれ」

「はい」


「では、解散!」

「はい」


明日が…

来れば良いが…


二人はそう思いながら、一斉に駆け出す兵士達を見ていた。

足取りは重いが、やっと休めると雑談をしながら走る者も居た。

その中の一人の兵士が、不意に振り向いて戻って来た。


「部隊長

 よろしいですか?」

「ん?」


それはあの時、防壁に居た兵士だった。

少し考え込んでから、慎重に話し始める。


「実は折り入って報告が」

「うむ

 何だ?」


部隊長は、頷きながら続きを促す。


「私と一緒に居た彼

 アランと言いますが…」


彼はチラリと、走り去る一人の兵士を見る。

副隊長も先の件を思い出すと、苦い顔をしていた。


「ああ

 アランだな

 彼がどうした?」

「実は…

 防壁での監視の間も何度か…

 そのう…

 敵の挑発に乗り掛けてまして」

「うん?

 どういう事だ?」


「実は、彼の仲の良かった同僚が…

 昨日のやられたのがその男で…」

「ああ…

 そういう事か…」


部隊長が亡くなった兵士を思い出し、沈痛な面持ちになる。

急いでいたとはいえ、遺体の回収も出来ていなかったのだ。

今頃はもう、魔物に持ち去られているだろう。


「それでか…

 ワシのところに来た時も、しきりに打って出ようと進言しておったな」

「っ!

 すみません」

「いや、構わんよ

 仕方が無いのう

 まだ若いしな…」

「はあ…」


走り去ったその若い兵士の方を見ながら、部隊長は呟く。


「すまない

 彼には辛い事であろうな…」

「戦争だ!

 仕方がない!

 とは言えんじゃろうよ

 特に若い者には…

 納得は出来んじゃろうな」

「如何致しましょう?

 捕まえて房にぶち込みますか?」


兵士は暴走を警戒して、反省房にでも入れるかと進言した。


「いや

 そこまではする事もあるまい」

「そうじゃのう…」

「すまないがそれとなく、彼の様子を見てやってくれ」

「ワシからも頼む

 ワシらが言うよりは、仲間のお前達の方が話し易いだろう」

「わかり…ました

 何か仕出かしそうなら、また報告します」


そう言って兵士は、頭を下げながら下がった。


「すいません

 なんか、手を煩わせたみたいで」

「いや、構わんよ

 ワシも若い頃には、反抗する事もあったさ」


そう言って副隊長は、ニヤリと笑った。

そこへ不意に、敵が来たぞと声が聞こえる。


「魔物だ!」

「敵襲だ!」

「ほら

 お客人が来たようだぞ」

「はい」

「ワシも少し休ませてもらうかのう」


敬礼する部隊長を尻目に、副隊長はヒラヒラと手を振りながら去って行く。


「年寄りには夜更かしはキツイでのう

 何かあったら起こしてくれ」


そう言いながら、副隊長は宿舎へ向かう。

副隊長の姿が見えなくなるまで見送り、部隊長は防壁へと向かう。


「いいか、敵に取り付かせるな

 なるべく投石で追い払え」

「はい」


部隊長は大きな声で指示を出しながら、石の補充と採石の指示も同時に出す。


雲一つない晴天とはいえ、辺りはすっかり日も落ちて暗くなっていた。

松明やランタンの明かりに照らされて、兵士達が忙しく動き回る。


少しの油断も許されない状況だ。

常に暗がりの向こうから、繁みや木に隠れながら魔物が隙を窺っている。

兵士達は少しでも姿が見えようものなら、即座に投石して追い払っていた。

可能なら、その投石で頭でも潰せ無いか?

そう思って全力で投げる者も居た。


グギャッと悲鳴が上がる。

1匹殺せたか?

そう思って油断した刹那、その頬を矢が掠める。

慌てて兵士は、その場にしゃがみ込んだ。


ヒュンヒュン!

カランカラン!

「くそっ、きりがねえな」

「さっきのは殺せたよな?」

「ああ

 醜い悲鳴が上がっただろう?」


カンカンと続けざまに矢が飛んで来ては、壁に当たって落ちる。

下手に顔を出せば、たちまち頭を射抜かれるだろう。

もう一人が投石して、隙が出来る間に何とか場所を変える。

そこからまた、次の標的に狙いを付けて石を投げ付けた。


「こんな事なら…

 投石用にスリングの練習でもしておけば良かったか?」

「はは

 違いねえ」


溜息を吐きながら、相方が出る隙を作る為に石を握って半身を出す。

ヒュンと風切り音がすると、その肩に矢が突き刺さった。


ヒュン!

ドスッ!

「ぐっ」

「大丈夫か?」


矢は皮鎧の隙間から、二の腕に深々と刺さっていた。

頭を逸れて、腕に刺さったのでまだマシだった。

少しでもズレていれば、彼は絶命していただろう。


「ぐ…うう…」

「我慢しろよ」

「があっ…」

ズシュッ!


彼は仲間のその腕から、無理やり力任せに矢を引き抜いた。

矢を受けた兵士は、その痛みで目の前がチカチカしていた。

彼は痛む腕にポーションを掛けてやると、薬草を置いて布を巻いてやる。

ポーションの成分で一瞬沁みるが、じんわりと痛みが治まってくる。


「ぐ…

 があっ」

「どうだ?」

「うう…

 ふう、ふう…」

「無理はするなよ」

「ああ…

 そうだな」


少し痛むが、出血は止まっていた。

兵士は隙を見て、下に降りて交代をする。


「大丈夫か?」

「ああ

 すまない」

「良いって事よ

 仇は取ってやる」

「まだ死んでないぞ!」

「ははは」

「ったく…」


他の兵士に手伝ってもらって、彼は布をしっかりと巻き直す。

それから少し動かして、石が投げれそうか確認する。


「おい

 無理はするなよ」

「剣が振れそうならここでいいから」

「大丈夫だ

 まだまだいけるさ」


かれはそう言うと、再び防壁へ向かって駆け上がった。

交代した兵士に合図すると、元の持ち場へと戻る。

もう半刻も頑張れば、下と交代する事が出来る。

それまでは持ち場で、全力で仕返しをしようと思っていた。

そうして兵士は、再び魔物に向けて投石を開始した。


他の場所でも矢を受けたり、石を投げ返されたりして負傷する者が居た。

しかし死者や重傷者は、今のところは出ていなかった。

時刻は刻一刻と進み、防護壁の上と下の者が交代する。

交代すると一旦、干し肉や水で軽く補給をしながら警戒する。


今のところはなんとか、各持ち場での侵入は許してはいない。

しかし投石の石も無限ではないし、兵士達にも疲労は溜まっていた。

実際交代した兵士達は、極度の緊張と投石で汗だくになっていた。

肩で息をして、座り込んでいる者も何名かいた。


「なんとか…

 なっているな」


部隊長は防壁に上ると、兵士達に声を掛けて回った。


「いいか、誰も死ぬんじゃないぞ

 無理をするな

 怪我をしたらすぐに交代しろよ」

「はい」


部隊長が去って行った後、兵士の一人が呟く。


「オレ…

 これが終わったら、ミレアちゃんに告白するよ」

「ミレアって武器屋のか?」

「おい

 あの娘は第1のトマスの事が好きって噂が…」

「いいんだ

 おれがはっきりしたいだけだから」

「そうか…」


それを聞いて、兵士の一人が干し肉と水筒を仕舞いながら言った。


「じゃあオレは、フラれる方に銅貨5枚な」

「おい!」


続いて少し離れた場所から、賭けに乗った声が上がる。


「じゃあおれは銀貨1枚な」

「おれは銅貨8枚だ」

「おい!

 コラ!」


兵士達は辺りに注意しつつ、苦笑しながら続けた。


「お前らな…」

「死ぬなよ?

 賭けがおじゃんになる」

「そうだぜ

 お前がフラれないと儲けが出ないからな」

「安心しろ

 儲けた分で、みんなで酒でも奢ってやる」

「くそっ!

 フラれる前提か?」

「ああ」

「そうだな」

「ふざけるな」

「ははは」

「ご愁傷様」

「くうっ…」


仲間の兵士達は、ただ揶揄っていたのではない。

彼もそれに気付いていたから、笑いながら突っ込んでいた。

そして鼻を啜りながら、彼は仲間に感謝していた。


「そうだな

 生きて帰ろう…」

「おう!」


「でも結婚式になっても、お前らは絶対に呼ばないからな!」

「こいつ」

「ははは

 それは無理だろう」


笑い声が上がり、緊張感が和らいでいた。


必ず…

生きて帰るんだ


兵士達は決意して、周囲を警戒しながら休んでいた。


部隊長は少し離れた場所から、彼等の様子を見ていた。

しかし彼は、彼等を叱る事はしなかった。

若い兵士達にはありがちなくだらない雑談だが、これで士気が上がれば良しとしよう。

部隊長はそう思うと、静かにその場を離れた。


時刻はまだ、夜の10時を過ぎた頃だった。

夜は、まだまだこれからである。


無事に、夜明けを見れるだろうか?


部隊長は内心の不安を誤魔化す様に、咳払いをして防壁へと向かって行った。

まだまだ続きます。

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