第074話
フランドールはパーティー用の服に着替える前に、旅の汚れを落とす為に風呂に入った
風呂は王都でも裕福な者しか持っておらず、大概の者は桶に水を溜めて魔法で温めるだけであった
それを被って布で拭き取る、それでも結構な魔力を消費するのだ
大きな浴場を温めるとなると、それ相応の魔力を持った専属の魔法使いが必要になる
アーネストが居れば手伝うが、普段は専属の魔法使いに来てもらうか、メイドが火を焚いて温めていた
フランドールは大きな湯船にゆったりと浸かり、旅の疲れを癒していた
フランドールがお風呂に入って旅の汚れを落とすと、綺麗なパーティー用の衣装が用意されていた
それに袖を通し、時間が来るまで部屋で寛ぐ
従者として着いて来た兵士も、隣の部屋で寛いでいた
このまま暫く待てば、執事が呼びに来て会場に案内される予定だ
フランドールは自身でも用意はしていたものの、貴族らしい立派な衣装に喜んだ。
「お似合いですね」
「止せよ」
フランドールは従者の発言に笑ていたが、自分にピッタリの衣装に内心驚いていた。
どうやって用意したんだろう?
後にギルバートから聞く事になるのだが、貴族の間ではこういった衣装の用意は必須である。
王都の商工ギルドからの連絡で、事前に作られていたのだ。
フランドールは気が付いていなかったが、王都の商工ギルドには彼の父親も入っている。
しかも有力な商人として、その権威も強かった。
だから商工ギルドは、慌てて彼の情報を届けていたのだ。
彼の父親に、恩を売りたいと考えていたのだ。
ギルドはフランドールの人となりと身長や体格を調べ、喜びそうな衣装を数着作っていたのだ。
それを到着した時に従者に話を通し、着ていた服からサイズを合わせて手直ししたのだ。
短時間でここまで仕上げる当たり、ギルドの気合の入りようが窺える。
これによって、商工ギルドに居る彼の父親も喜ぶだろうと考えていたのだ。
フランドールはそれだけ歓迎してくれていると思って、是非この街で頑張ろうと気合を入れていた。
「嬉しい気持ちは分かりますが、張り切り過ぎないでください」
「今日は初日です
失敗しない事を心掛けましょう」
「そうか?
…そうだな」
従者は主の気合の入った様子を見て、少し心配になって助言した。
何せザウツブルク卿は新参の貴族だ。
貴族の作法にはまだまだ疎く、失敗する事もあるだろう。
その為に王都の貴族の間でも、彼は実は浮いた存在になっていた。
その辺は辺境と言っても同じだ。
ここはギルバートに頼んで、主の至らない所はカバーしてもらおうと従者は考える。
こっそりと執事に話を通しておく事にして、一人の従者が執事の入室を待つ。。
彼等は部屋の入り口で待機し、主が呼ばれるまで一緒に待って居た。
コンコン!
「どうぞ」
「主様、そこは入れです」
「お?
そうか?」
従者がこっそりと教える。
「入れ」
「失礼いたします」
「うむ」
執事が一礼をして入って来る。
初老の執事はしっかりとしているが物腰は柔らかく、長年貴族に仕えた者らしく堂々としていた。
その落ち着いた態度に好感を持ち、フランドールは礼をして返した。
「素敵な部屋をご用意いただき、ありがとうございます」
「いえ
気に入っていただき嬉しく思います」
貴族らしく、当たり障りのない誉め言葉で会話を始める。
「フランドール様は叙勲されてまだ日は浅いと伺いましたが
なかなかどうして、実に落ち着いていらっしゃる」
「そうですか?
私としては、まだまだ馴染めず、落ち着いていないと思っていました
こんなものでよろしいんでしょうか?」
「そうですな
出来れば…
もう少し堂々と胸を張られて
貴方はそのお力で身分を勝ち取りました
ご自分の力に誇りを持たれ、その責務から目を逸らさない
それが貴族に必要な物かと存じます」
「そうですか
分かりました、肝に銘じます」
フランドールは執事の言葉に頷き、執事もその様子にニコリと微笑む。
「それでは、ご用意が整いました
どうぞ会場へ
私がご案内いたします」
執事が一礼してドアを開け、廊下の脇で控える。
それに倣って、従者は反対側に出てから立ち、形式上周囲の警戒をする。
これも事前に執事に伺い、主の側での立ち位置を教えられていたからだ。
フランドールは部屋を出る時、一瞬礼をしそうになったが慌てて姿勢を正した。
先に言われた様に、堂々と胸を張り、執事と従者の前に出る。
執事はドアを閉めると、速やかにフランドールの前へ移動し、そのまま一行を先導した。
ハリスは王都に居た時から、アルベルトに仕えていた執事だ。
彼は貴族時代から、アルベルトの身の回りを世話していた。
それで貴族の作法に慣れない、主を立てる事には慣れていた。
それはギルバートの教育の際にも、大いに役立っていた。
先の部屋は邸宅の2階になり、恐らく来客用の客間だと思われた。
そのまま廊下を進み、1階に案内される。
1階のホールから移動して、その奥にあるパーティー会場に向かう。
そこは大きなホールになっており、吹き抜けの天井に大きなシャンデリアが下がっていた。
王都の屋敷にもホールはあったが、ここはその倍はあった。
シャンデリアも蠟燭ではなく、魔石とガラス玉で作られていた。
これは過去の魔導王国の物を、再現した物である。
アーネストがこの日の為に、職人達に頼んで作った物であった。
「これほどの物、王都でもそう多くは無いですよ」
「そうですか?
それならば、商工ギルドの者達もそれを聞けば喜ぶ事でしょう」
「こんな立派な物まで作れるとは…
こちらのギルドの職人は腕が良いのでしょう」
「ははは
そうですね」
フランドールは感嘆し、ホールの中を眺める。
シャンデリアも素晴らしかったが、壁の蝋燭立ての意匠も素晴らしく、質素だが美しかった。
それによく見ると蝋燭ではなく、こちらも魔石を加工した照明であった。
これだけの魔石を集めるとなると、相当の財力と魔物討伐が必要だろう。
群がる魔物を倒して、兵士達が集めた魔石である。
コボルトの魔石では、大した役には立たなかった。
しかしそれでも、魔力を込める器にはなる。
それに魔力を込めて、こうして魔道具の魔力の源となっていた。
魔力を放出して、燭台やシャンデリアは輝いていた。
次にホールに集まる人々に目をやる。
人数だけでも200人は下らず、それだけの人数を入れても余裕な大きさに驚く。
しかも壁や床の石にも凝っている。
これだけの物を作らせた前領主の手腕には驚かされる。
いやこれを作り上げる職人が居る街も、決して王都に引けを取らないだろう。
「素晴らしい
これだけの物が作れるなんて…」
フランドールが感心している様を見て、商工ギルド長は自慢げな顔をしていた。
しかしいつまでも入り口で眺めているわけにもいかず、従者がそっと耳打ちする。
外装はドワーフの作ではあったが、ギルドの総力を挙げて加工されていた。
それも魔導書の、解析が進んだ結果である。
「主様
フランドール様」
従者の言葉にフランドールははっとしてから、気恥ずかしいのを誤魔化す様に胸を張って歩き始めた。
従者はホッと溜息を吐くと、後ろから彼に従って歩いた。
そうしてフランドールは進むと、ホールの中央で待つギルバートの前に立った。
今日の主役は、これから領主の代行を務める彼なのである。
その為にギルバートは、彼に引き継ぐ為に中央で待っていた。
「本日は、長い道のりを超えられて、この街にお越しいただきありがとうございます」
「こちらこそ
若輩者の私の為に、こんな盛大なパーティーを開いていただき、ありがとうございます」
二人は中央で互いに一礼をして、短い挨拶を交わす。
それからメイド達が近付き、二人にそれぞれグラスを渡す。
ギルバートはまだ成人の儀を受けていないので、一応薄めた葡萄酒が渡された。
成人の儀は、この先に王都で受ける予定になっていた。
「今日、この日に
我が街は英雄フランドール・ザウツブルク卿を迎え入れる」
ギルバートは宣言を始め、パーティーの意味を公示する。
「彼は先年、王都での魔物の討伐にて活躍し、国王より叙勲された英雄である」
「おお」
パチパチ!
場内が沸き、拍手が鳴り響く。
ギルバートは拍手が止むまで待ち、言葉を続けた。
彼を立てる事で、新たな領主としてみなに認めさせる為だった。
「みなは父上の後任として、彼が領主代行として赴任したと聞き及んでいるだろう」
会場のみなが頷き、ギルバートもそれを見て頷く。
「しかし、それは違う」
「え?」
ザワザワ!
場内が騒然とするが、ギルバートが手を挙げてそれを制する。
フランドールは頷き、彼の言葉を肯定する。
「思えば、父上がこの事を案じていたのは、女神様の差配なのかも知れない」
ここまでは、事前に聞いていた話しとは差異は無かった。
あくまでも表向きでは、彼は領主代行である。
しかしその真相は、彼にこの地を任せる為の口実である。
問題はそれが、如何な理由で行われる事になるかである。
「父上が彼を後継に選んだのは、自身の身に何かあった際の後見人としてではない
正式に彼を後継として望んでいたからだ」
「ギルバート殿?」
ザワザワ!
再び場内が騒然とし、落ち着くまで待たれる。
「彼が後継に選ばれていたのは、実は父上が存命の頃からである」
「ギルバート殿
よろしいのですか?」
再びフランドールが囁くが、ギルバートは静かに頷いて続ける。
フランドールとしては、何もそこまで言う必要は無いと感じていた。
先ずは代行として力を見せて、その上で領民に納得させれば良い。
その様に考えていたのだ。
しかしギルバートは、その前に彼を認めさせようとしていた。
「彼はこれから代行として就き、その後に領主として立ってもらう
これは亡き父上も望んでいた事だ」
「まさか?」
「アルベルト様がその様に?」
「うむ
そして私は廃嫡を申し出て、この街を去る」
「そんな!」
「坊ちゃんは王家に所縁のあるお方
廃嫡などおかしいです!」
「坊ちゃんは私達をお捨てになられるのですか?」
会場から悲嘆にくれた声が上がる。
今まで敬愛していた領主の代わりに、その嫡男が就いてくれるだろうと思っていた。
その為に、王都から代行の貴族が来てくれた。
彼が後見人となり、ギルバートが成人するまで補佐してくれる。
領民達はその様に考えていたのだ。
真相を知るのは、あくまでも一部の有力者だけであった。
それが、ここで領主が変わると告げられた。
領民にとっては非常にショックな出来事であった。
それだけギルバートが、領民に愛されていた事でもあった。
彼等はギルバートが、領主の座を捨てると悲しんでいた。
「みんな、勘違いしないでくれ
私はみんなが嫌いになった訳でも、ここの領地が継ぎたくないからでもない
私は…
彼に任せた後に、王都に向かう事になる」
ここで城門での事が思い出され、数人が騒ぎ出す。
「やはり、あの噂は本当だったのか」
「国王が領主や殿下に責任を果たせと言ったというやつか」
「しかし、アルベルト様には罪は無いぞ!」
「静かに!
静かに聞いて欲しい」
「しかし!
それではあんまりです!」
「そうですぞ
アルベルト様は果敢に戦われて…」
「魔物に殺されたのも、不運にも城壁が崩された事が原因です」
「そうですよ
城壁が崩されるだなんて…
誰が予想出来ましたでしょう?」
「違うんだ!
話を聞いてくれ」
住民が暴動を起こし兼ねない勢いを見て、入り口に警備の兵まで現れる。
領民からすれば、敬愛する領主が亡くなったばかりである。
その上嫡男も廃嫡となり、王都で罪に問われる事になる。
彼等からすれば、それは納得出来る事では無かった。
一部の有力者を除いては。
「あー…
説明が下手ですまない」
ギルバートはみなを黙らせてから、改めて咳払いをする。
そうして詳細を、問題無い範囲で説明する事にした。
これはアルベルトも、負傷する前に話していた事でもあった。
話せる範囲で説明し、領民に納得させる必要があった。
「私はこれから、ある重要な使命がある
その為に国の為…
引いてはみなの為に、王都へ赴かなければならない」
「殿下は魔物から私達を救ってくれた」
「それを罪人みたいに扱うなんて!」
「止してくれ
そうじゃないんだ!
私は…
私は重要な使命を背負っている
これはそういった罪とか罰ではないんだ」
場内は尚も騒然としたが、ギルバートの言葉に徐々に落ち着きを取り戻す。
しかし罰で無いのなら、何故王都に召されなければならないのか?
それがまだ納得出来なかった。
それを説明するには、彼の出自を示す必要がある。
しかしそれは、まだ許された事では無かった。
「すまないが今はまだ、詳細は言えない…
しかし、重要な使命なんだと理解して欲しい」
「ですが…」
「これではまるで、罪人を扱う様な…」
「そうですよ
どの様な理由があって、坊ちゃんを王都に召喚するんです?」
「すまない
それはいずれ判明するだろう
しかし今は…
まだ話す事を許されていない」
領民達は未だに、納得はしていなかった。
しかし罪の清算の為に、王都に召喚される訳では無い。
そう話すギルバートの言葉を信じて、領民達は頷くしか無かった。
「そしてその為に父上は、彼への依頼と廃嫡の準備をしてくださっていた」
ギルバートはそう言うと、会場に集まる領民を一人一人順番に見る。
まるでその眼に焼き付ける様に。
この先に、彼は王都へ向かう事になる。
領民達からすれば、また戻って来てくれると信じているのだろう。
しかしギルバートは、その後に王位に就く事になる。
ここに戻る事は、恐らくは無いだろう。
「ここに集まるみんなは、私にとって家族の様に大切な人達だ
いや、ここに集まるだけじゃない
領民全てが、私の家族なんだ」
ギルバートはそう言って、みなを見詰める。
「私はその家族を、彼に託そうと思う
私が居なくなっても、みなが無事に暮らせる様に託すのだ
決して、みなが嫌いになったからとか、不要になったなんて思っていない
だから…
辛いけれど、お願いするんだ」
「坊ちゃん…」
「ギルバート様…」
みなの視線がギルバートに集まる。
その視線は幾分か感涙に潤んでいる。
「だから、みなにお願いしたい」
ギルバートは頭を下げて、領民達にお願いする。
本来であるなら、領主がその様な事をしてはならない。
貴族である彼等が、市民である領民達に頭を下げるなど、あってはならぬ事である。
しかしギルバートは、敢えて彼等に頭を下げてお願いする。
そうする事で、彼等に納得して従って欲しいからだ。
「彼を
ザウツブルク卿を領主として敬い、彼と共にこの街を護って行って欲しい
勿論、代行である期間は私も残って手伝う
それでも…
みなの力を貸して欲しいんだ」
「坊ちゃん…」
「そうだな」
「ワシの瘤だらけの手でよろしければ」
「オレも手伝うぜ」
「ああ
任せてくれ」
ギルバートの宣言とお願いに、会場は一丸となって沸く。
それは新たな領主となる代行者を盛り立てて、一緒に街を護ろうという意思に変わっていた。
全てがギルバートが、心から発した言葉である。
セリフのほとんどを共に考えた者がいたが、それでも効果は十分であった。
「ギルバート殿
よろしかったのですか?」
「ああ
父上が存命なら、同じ事を考えていただろう
この街を護る為に
そして、新しい領主の為に…
こうして領民を一つに纏めるのが、領主の仕事ですから」
「はは、そうですね
私も勉強させてもらいます」
ザウツブルク卿は素直に頭を下げ、今度は彼が宣言をする。
ギルバートの言葉があったので、領民達も納得して傾聴する。
「私が、この度代行になりましたザウツブルクです
若輩者で至らぬ所もあると思います
その時は、是非みなさんから仰ってください」
彼の見た目もあって、その言葉は領民達の心に響いた。
威圧的な貴族では無く、彼は市民寄りの優しい為政者である。
それは前任者の、アルベルトに近しい物であった。
その為に、彼の姿勢は領民達にも好感を持たれた。
「前領主より立派な街にしてやる!
なんて大きな事は言いません
それでもみなさまを護り、この街をよりよくしていく為に頑張りたいと思っています
何卒よろしくお願いします」
ザウツブルクは深々と礼をする。
これも本来ならば、貴族としてはしてはならない行為だ。
しかしギルバートを倣って、彼は頭を下げる事にした。
それが却って、領民達の心を掴む事になる。
領民達からは、温かい言葉が返ってきた。
「領主様
あんたは貴族なんだ、軽々しく頭を下げちゃなんねえ」
「そうだ
あんたは貴族らしく、オレ達に命令しな
そうすりゃオレ達は頑張って働くぜ」
「そうそう
間違った命令じゃあ逆らうが、あんたがオレ達の為に命じるなら
オレ達は身を粉にして働いてやるさ」
次々と声が上がり、概ね良い感触の挨拶となった。
実はアルベルトも、時としてこの様に頭を下げる事があった。
それで図に乗る様な者は、このダーナにはほとんど居なかった。
だからこそアルベルトは、そうやって領民達との信頼を勝ち取っていた。
「それでは
長くなりましたが、新しい領主代行の到着を祝い」
「乾杯」
カチン!
あちこちでグラスを合わせる音が鳴り、パーティーが始まった。
最初は代行の貴族の到着を祝う、祝賀パーティーという触れ込みであった。
しかしギルバートの計らいで、新領主代行の着任祝いといった感じに変わっていた。
そうして領民も新しい領主の代行を気に入り、上手く行きそうな感じとなっていた。
そんな華やかな会場の片隅で、アーネストはその様子を眺めていた。
パーティーの筋書きは、実はアーネストが考えていた。
城門の経緯を知り、このままでは領民と衝突すると考えて一計を案じたのだ。
幾分アドリブもあり冷や冷やしたが、無事に済んだと安堵していた。
アーネストはグラスをチビチビと呷り、薄い葡萄酒を楽しんでいた。
その足元に、小さな人影が近寄る。
「もう
そんなところに隠れて居たのね」
イーセリアが膨れっ面で睨んでいる。
その後ろからフィオーナも覗いていた。
二人はアーネストを探して、会場を走り回っていた。
執事のハリスは、そんな彼女達を叱るべきなのだろう。
しかし忙しく動き回っており、そんな暇がなかった。
「隠れて居たんじゃない
ここが居心地が良かったんだ」
「もう、いつもそうやって
お兄ちゃんが呼んでるよ」
「ギルが?」
アーネストは膨れっ面のセリアに手を引っ張られ、会場の奥へと移動した。
親友である、ギルバートの用件を聞く為に。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。