第073話
ザウツブルク卿の先行部隊は7名居たが、隊長である一人を除くと選民思想に染まった者達であった
これが偶然なのか、それともザウツブルク卿の考えであるのか、ギルバートには分からなかった
しかしそれでも、到着した際には真っ先に聞かなければならないと思った
これからこの街を任せるに当たり、信頼に値する貴族か見極めなければならないからだ
ギルバートは遠くに上がる土煙を見て、到着を待っていた
蹄の音を鳴らしながら、騎馬の群れが駆けて来る
その歩みは緩やかだが、しっかりとしたものだった
力強い騎馬の群れに続き、貴族の乗った馬車が続く
貴族用の馬車なので、見た目は豪奢に仕上げてあった
その中には王都からダーナに訪れる、ザウツブルク卿の姿があった
ザウツブルク卿は、ダーナの近況を記した書類を読んでいた。
ここ近年の農耕の様子と、魔物が出てからの被害や収益の記録だ。
それを見ながら、王都では有り得ない規模の被害の記録を読む。
自分が戦った魔物の規模に比べると、数は倍以上だった。
本当に戦ったとしたのなら、勝ったのは奇跡的だったのだろう。
余程の戦力差が有ったのか?
それとも優れた戦士が居たのか?
いずれにせよこれだけの被害が出たのだ、王都に現れた魔物の規模とは比較にならない。
少なくとも今の自分の配下では、善戦は出来ても街を守っての勝利は厳しいだろう。
ザウツブルク卿は書類から目を上げ、これから向かう街の事を考えた。
この報告が本物であるなら、ここに現れる魔物は想像以上に手強いな
何故王都では無く、こんな辺境に…
この近くに魔物の巣があるのか?
それとも、何か原因があるのか?
いずれにせよ、アルベルト殿が勇敢な戦士であると言うのは本当らしい
こんな規模で攻められれば、私では逃げる判断をするな
報告に上がっていたのは、今までの魔物の数である。
実際にはこれに、先月のオーガの襲撃も加わる事になる。
その報告は、まだ報告書には計上されていなかった。
しかしこれまでの報告でも、十分に激戦であったと言えるだろう。
また、フランドールは義父である、バルトフェルドからアルベルトの事を聞かされていた。
その話から考えても、コボルトに負ける様な男には聞こえなかった。
そう考えるならば、負傷したのは魔物の規模が違った事が原因なのだろう。
この報告書の規模の魔物が、頻繁に襲って来たとすれば…。
いかに優秀な指揮官でも、敗戦する恐れは十分にあった。
「フランドール様、そろそろ城門が見えて来ます」
「そうか…」
横に座る兵士が前方を確認する。
フランドールは顔を上げると、報告書を閉じる。
そのアルベルトに会えれば、事の仔細も伺えるであろう。
そう思いながら、フランドールは前方に見える城壁に目を移す。
「変ですね」
「どうした?」
「出迎えの兵達が居ますが…
隊長は居ますが他の兵士の姿が見えません」
「ん?」
フランドールは書類を纏める手を止める。
隊長が居るという事は、無事に城門には辿り着いた筈だ。
しかし隊長だけで、他の兵士が出迎えないのはおかしかった。
彼等はフランドールに心酔して、この辺境にまで着いて来てくれたのだ。
その兵士達が、姿を眩ませるのは不自然であった。
「姿が見えんとは?」
「はっ
確か7名で向かった筈なんですが…
隊長しか居ません
他は…
ダーナの兵士の様ですね」
「外套を脱いでいるだけでは?」
「いえ、鎧も違います
間違いありません」
フランドールは書類を纏め終わると、兵士に尋ねる。
少し距離があるが、私兵の騎兵部隊は金属製の鎧を身に付けていた。
皮にプレートを貼り付けた物だが、陽光を反射して見た目にも分かり易い。
一方でダーナの騎兵部隊は、機動性を活かした皮鎧を着ている。
これは金属が高価だとか、希少であるからでは無い。
単純に戦場では、金属製の鎧は役に立ちにくいからだ。
金属の音がするし、重くて動きが鈍くなってしまう。
それで頻繁に戦う必要のあるダーナでは、皮鎧の方が好まれていた。
「途中で何かあったのか?」
「さあ?
その様な形跡は見当たりませんでしたが…」
本隊が向かう途中には、戦闘があった痕跡は無かった。
あったとしても、数日以上前の痕跡である。
すぐ前に戦闘があれば、それ相応の痕跡が残る筈である。
それなのに来る途中には、その様な痕跡は見当たらなかった。
「ふむ
そうなると、城門で何かあったか?」
「そうですね
しかし、兵士に何があったのでしょうか?」
「分からん
分からんが、注意しておけ
何か揉め事がある様なら、こちらから事を構えるのは良くない
これからお世話になる街だ、最初が肝心だからな」
「はい」
フランドールは不穏な空気を感じたが、先ずは先方の言い分を聞いてみようと思った。
これから自分が治める領地だ、変な諍いを起こすのは得策では無い。
こちらから身構えるのでは無く、先ずは話し合うべきだと考えていた。
この辺は、フランドールの育った環境が違っていた。
彼は貴族の出であるが、平民として育った期間もあった。
それで貴族の権威を振り翳す様な、高圧的な態度を取る人物では無かった。
フランドールを乗せた馬車は城門に近付き、旗下の兵士が整列して降りるのを待つ。
騎兵がほとんどで、総勢120名が整列する。
その後に騎士が120名揃い、歩兵が300名馬車から降りて整列する。
ただの貴族の移動に、これだけの兵士が集まる事は無い。
彼がこの地に訪れたのは、ここの領主の代わりを務めるからだ。
その為に彼の私兵が、こうして長い旅に同行して来たのだ。
いきなり500名以上の兵士が集まり城門の前に整列するので、街の城門は緊張感に包まれる。
「フランドール様
ダーナの街に着きました」
「ご苦労
下がって良いぞ」
「はい」
馬車のドアが開き、一人の兵士が一礼をして横へ移る。
それから中へ声を掛け、主の降りるのを待つ。
カツコツとブーツの音を響かせて、一人の男が馬車から降り立った。
男の様子は金髪に碧眼の偉丈夫で、長身の割に筋肉は少なく見えた。
しかしその鋭い眼には、隙は窺えなかった。
彼は貴族である前に、一人の勇敢な騎士でもあった。
それで眼光も鋭く、見た目以上に機敏に戦える戦士であった。
彼の顔が整っているのは、彼の母親に似ているからである。
彼の父親は商人で、彼を街の娼婦に産ませていた。
そんな彼は、大物の商人の妾腹の子の一人でしか無かった。
本来ならば、そのまま認知される事も無く育っただろう。
彼の幼少期は、街の貧しい子供達と共にひもじい生活を強いられていた。
それで他の子供達と、かっぱらい等の悪事にも手を染めていた。
そんな彼が貴族になれたのは、偶然の出会いがあった事だろう。
彼には生まれ持った、恵まれた剣の才が備わっていた。
それを街の衛兵に捕まった時に、認められる事になる。
それで貴族の養子として、バルトフェルドに育てられたのだ。
勿論それには、父親である商人の打算も含まれていた。
貴族であるバルトフェルドに引き取られれば、それだけ貴族に恩を売る事が出来る。
またフランドールが爵位を得れば、彼も貴族の父親として発言力を増せる。
そう考えて、彼はバルトフェルドの家に送られたのだ。
多少の金貨を包んで、文官に融通を利かせてではあったが…。
彼の背の青い外套には、ザウツブルク侯爵家の金色の鷲が描かれている。
そしてその肩には、国王から下賜された勲章が止められていた。
今の彼の爵位は、男爵に当たる。
しかし正式にダーナの領主を引き継げば、辺境伯の肩書と侯爵の爵位が与えられる予定である。
武勲を除けば、異例のスピード昇進の叙勲となる。
これには領主代行の件も絡んでいる。
一介の男爵程度では、代行とはいえ辺境伯は任せられない。
その為に王都近郊の魔物を狩って、実績を積ませたのだ。
その陰には、義父であるバルトフェルドの力も大きく絡んでいる。
しかし国王が下賜した物なので、他の貴族も強くは言えなかった。
その事でも、彼は同世代の貴族の中では浮いていた。
しかし勢いもある若い貴族で、後見人が嘗ての騎士団長である。
逆に彼に取り入ろうと、息子を差し出す貴族も現れていた。
その事もあって、彼は一部の貴族の中では有力者と見做されていた。
彼の連れる私兵の中にも、そういった貴族の子息が含まれていた。
「出迎えご苦労である
私がこの度、ダーナの領主代行に赴任したフランドール・ザウツブルクである」
男は恭しく礼をして、胸を張って周りを見る。
事前に話を聞いていて、舐められない様に堂々とした態度を取ろうとしていた。
フランドールは正面の集団を見て、屈強な騎士と少年を見た。
騎士は微動だにせず、代わりに少年が恭しく一礼をしてから前へ出て来た。
「長旅ご苦労さまです
私はダーナの領主アルベルトの嫡男、ギルバートと申します」
フランドールは無言で挨拶を返し、少年を見る。
若いな
まだ少年じゃないか
12、3歳といったところか?
彼は自分の処遇を聞いているのだろうか?
フランドールはギルバートを観察し、予想より若い事に驚いていた。
なんせ聞いた話では、彼は大型の魔物を屠った戦士と聞いていたからだ。
王都に送られた記録には、正体不明の骸骨剣士の報告も送られていた。
こんな少年が魔物と戦うとは、話は本当なのだろうかとも思った。
そもそもが多くの貴族が、その魔物の話を誇張した報告と見ていた。
当時の王都近郊には、ゴブリンしか現れていなかった。
それも竜の背骨山脈の麓の、限られた地域だけである。
コボルトが現れたのも、極最近になってからである。
それでコボルトすら、嘘の報告の様に扱われていた。
しかしコボルトが現れた事で、改めて報告は見直されていた。
しかし骸骨剣士に関しては、依然として真偽不明とされていた。
なんせ見た事も無い、危険な魔物である。
そんな物を信じろと言われても、それは難しいであろう。
ましてやそれを、都合よく領主の息子が倒したと言うのだ。
この事を信じるのは、国王と一部の貴族だけであった。
その中には、フランドールを引き取ったバルトフェルドも含まれていた。
「ご報告は伝わっていると思いますが、先日父である領主アルベルトは亡くなりました」
「え?
亡くなった?」
「はい
まだ伺ってませんでしたか?」
「ええ
私が発つ時には、まだ危篤という情報しか…」
「そうですか
父は亡くなりました」
「それは…
ご冥福をお祈りいたします」
「ありがとうございます」
ギルバートは軽く会釈をして、話を続ける。
実の父親を失ったというのに、この少年は落ち着いて見えていた。
それでフランドールは、少年に不信感を抱いていた。
少年にしては、あまりに落ち着いている様に見えたのだ。
しかし内心では、ギルバートは苛立っていた。
彼が選民思想者を連れた、王都の貴族である事に不信感を持っていた。
それで彼を値踏みする様に、一挙手一投足を見守っていたのだ。
「領主不在の為代わりと言っては若輩者でご心配でしょうが、私が代表として挨拶に参りました
街を代表して、新しい領主の代行として、歓迎いたします」
「わざわざのお出迎え、ありがとうございます
そのお心遣い、身に染みる思いでございます」
ギルバートの挨拶に、フランドールは無難な返答の言葉で返す。
色々言いたい事はあるが、そろそろ兵士達の事が気になっていた。
ギルバートも特に言及しないので、フランドールは口を開きかける。
しかしそれは、ギルバートの方も同じであった。
「ところで…」
「ですが、」
フランドールが言いかけたところで、ギルバートの言葉が発せられフランドールは訝し気にする。
しかしギルバートは、慎重にフランドールの様子を覗っていた。
「ですが、とは?」
フランドールの言葉に頷き、ギルバートは答える。
ここで彼は、先の不審な兵士達の事を詰問する事にする。
「先ほど、貴殿の私兵が先触れとして訪れました」
「その様ですね
そこに隊長も居ますし」
「ええ」
「他の兵士は何処へ?
ここで出迎えに居ると思っていましたが…
姿が見えませんね」
「それなんですが
貴殿は…
選民思想とはご存じですか?」
「な!」
フランドールは絶句した。
フランドール自身は元々平民の出で、剣の才を買われて養子となっている。
だからこそ選民思想は、彼自身もよく知っている。
自分も何度か巻き込まれ、辟易している思想だ。
貴族階級にも多いが、一番多くて厄介な者は、市民である国民に多かった。
帝国の利権を、貴族が独占しているというものである。
中には貴族を打ち倒して、自身が真の帝国民だと知らしめようなどという過激な思想もある。
帝国は既に弱体化して、その力を失っている。
それでクリサリス王国が、こうして独立したのだ。
それなのに今さら、帝国の民だと言っているのだ。
不通に考えれば、何を血迷った事をと言いたくなる。
しかし彼等は、本気でその様な事を言っているのだ。
そうして帝国の権威を取り戻し、王国から利権を奪い返そうと言うのだ。
そんな物が無いとは、彼等は思いもしないのだろう。
自信が貧しく苦しいのは、国王と一部の貴族が利権を独占していると思い込んでいるのだ。
それが帝国の間者が、広めた嘘だとは思わずに。
フランドール自身も、その集団に勧誘された事があった。
共に王国と戦って、帝国の威信を取り戻そうと誘われたのだ。
彼はそれを断り、彼等を衛兵に突き出した。
それから何度か、報復として狙われる事もあった。
彼からすれば、その狂信的な集団は迷惑な存在であった。
正直なところ、唾棄すべき集団とも思っていた。
彼は結局、貴族になっていたのだ。
市民の中に隠れる、選民思想者には共感できなかった。
ましてや貴族の中にも、その様な思想を持つ者まで居るのだ。
それが危険な思想だと、彼は義父であるバルトフェルドから聞かされていた。
それが予想外の場所で、彼の前に再び現れたのだ。
「その様子では…
貴殿は関係無いみたいですね」
「まさか…」
「ええ
私も先ほど初めて聞いたんですが…
困った者が居ますね」
「なん…だと?
部下の中に…」
ギルバートは頭を振り、溜息を吐いた。
それを見て、フランドールは確信した。
ここに見られない兵士達は、選民思想者であったのだと。
その為に拘束され、ここに現れなかったのだ。
隊長が加わっていないのは、彼がバルトフェルドから寄越された信用の置ける兵士だったからだ。
そうでなければ、もっと被害は深刻であっただろう。
「お恥ずかしい
自軍からは排斥したつもりではいたんですが、まだ入り込んでいたとは
お手を煩わせました」
「いえ
それで、件の者達の処遇は如何いたしましょう」
「うーむ…」
フランドールは顎に手をやり考える。
王都での選民思想者は、貴族であれば爵位の剥奪である。
市民の場合でも、拘束されて強制労働に就かされる。
それは拘束して、外部と接触させない為でもあった。
しかしそれ以上には、罰則の様な物は設けられていない。
処刑などの刑罰に、値すると考えられてはいないからだ。
「そうですね、王都では処罰は軽いんですが…
ここは辺境です
よろしければ処罰は任せます
ただ…」
「なるべく重い刑罰で反省させろ、ですか?」
「ええ
迂闊に放ちますと、再び勘違いして暴動を起こします
鉱山労働なりさせて、拘束は解かない様にしてください」
「分かりました」
ギルバートは近くの兵士に頷き、兵士は小走りで城門を潜った。
騎兵達を連行する為だ。
このまま引き連れて、苦役に就かされる事になるだろう。
「それで
これから如何いたします?」
「そうですね
先ずは街へ入りましょう
今日は領主邸宅にて歓迎のパーティーを用意しております
その前に一休みとしましょう」
「お気遣い、ありがとうございます」
ギルバートは将軍に振り向き、指示を出した。
将軍は兵士に指示を出し、フランドールの私兵を休ませる為に案内をする。
ダーナの兵士達が進み出て、私兵たちに兵舎への案内を始める。
そこに数名の兵士が進み出て、ギルバートに恐る恐る質問した。
「あのう…」
「すいません」
「はい、何でしょう?」
「申し訳ございませんが、我々だけは主に同行して宜しいでしょうか?」
「え?」
「従者として、主の身の回りを世話する為に同行したいんです」
「あ…
そうですね
その方が私達も助かります」
ギルバートは快く承諾し、兵士達も胸を撫で下ろした。
「お前等…
申し訳ございません」
「いえ
私が同じ立場でしたら、同行の私兵は必要と思いますよ
ですから気兼ねはしないでください」
「はあ
ありがとうございます」
ギルバートは年上の割には気さくで、自分を立てた行動を心掛けるフランドールに好感を持った。
例え相手の身分が上と言っても、相手が自分の年の半分にも満たない少年なのだ。
しかも、ここはその相手の領地だから、本当は油断も出来ない場所なのだ。
それなのに怒ったり不満を言う事も無く、こちらに合わせようとするのだ。
その様な姿勢は、思ってもなかなか出来る事では無いだろう。
一方でフランドールも、ギルバート少年を気に入っていた。
最初は少年と侮ってはいたが、思った以上にしっかりとしている様だ。
相手を冷静に見極めようとし、相手の立場に立った気遣いもしている。
王都に居る貴族の子息達にも、見倣わせたい物だと思っていた。
これが貴族の嫡男という物だと、彼は改めて思い知った。
フランドールはギルバートに着いて城門を潜り、ダーナの街の中へ入って行った。
そこは東門の中の広場で、周囲には王都から来た旅人に向けた店が集まっている。
旅用の装備を扱う店や、食料を売る店、売り物を買い取る店等が集まっている。
宿屋もあり、商人が商談をする声が漏れ聞こえていた。
街の外に出れば、危険な魔物がうろついている。
しかし兵士達の腕も上がって、街の近くまで逃げ込めば安心であった。
それで隊商達も、腕利きの冒険者を雇ってダーナに訪れていた。
ここには危険を冒した分、魅力的な素材が並んでいるのだ。
危険な魔物である分、その素材は魅力的であった。
魔石も有用だが、コボルトの皮もなかなかに魅力的である。
ダーナでは不要になっているが、他の地域ではまだまだ希少である。
それにオークの骨や腱を使った、強力な弓も魅力的である。
そういった珍しい物を買い求めに、隊商達は意欲的に訪れていた。
「ここは商人と旅人が集まる場所になります」
「なるほど
確かに賑やかな場所ですね」
「ええ
他にある北門は、主に農作業者が出入りしています
南門は元々は旅人や農民が使っていましたが…」
ギルバートはそう言って、南の方を指差す。
そこには南側に門があり、平原が外に広がっている。
嘗てはダリアの花が咲き誇り、多くの旅人がその光景を見に訪れていた。
しかし魔物が現れてからは、ゴブリンが棲み付いて危険である。
美しいダリアの咲く平原も、今では魔物の領域となっていた。
「最近は魔物の討伐に出入りする事が多いので
平原にはダリアの花が咲き誇りますが、ゴブリンが棲み付いていまして…」
「なるほど
しかし、魔物ですか…」
魔物と聞いて、フランドールは表情を暗くする。
彼は魔物を倒して名を上げたと聞いていた。
ギルバートはその事を不思議に思い、尋ねてみる事にする。
「ザウツブルク卿は、魔物の討伐の経験が有ると聞いていましたが?
それでご活躍されたと聞きましたが…」
「ああ…
まあそうですね、確かに貢献はしました」
「ん?」
「私が戦ったのは、せいぜいがコボルトまでです
オークでしたか?
豚の魔物など居ませんでしたから」
「え?」
「ですから、あなたの様に大型の魔物なんぞ見た事は無いんです」
「そうなんですか?」
「ええ」
これにはギルバートも驚いていた。
てっきり王都にも、魔物は現れていると思っていた。
しかし今聞いた話が本当ならば、彼の私兵はコボルトまでしか戦った事が無い事になる。
オークですら、コボルトに比べると危険な魔物である。
「ご無礼を承知で申しますが…」
横からフランドールの兵士が、助け舟を出した。
「私達も未だに信じれていないんですよ
身の丈3mの魔物なんて、あの城壁ぐらいの大きさでしょ?」
「ええ
実際は城壁の上に顔が出る魔物も居ました」
「え!」
「それだけ大きな魔物なんですよ」
「あなたは…
ギルバート殿はそいつを見たんですか?」
「えーと
報告に上げているオーガとトロールがその魔物です」
「と、言うと?
報告書には上がってませんでしたが…
あなたは戦われたという事ですか?」
「ええ」
ギルバートの言葉にフランドールは驚いた。
報告書に書かれていたのは、骸骨の魔物…亡者までである。
その様な魔物の話は、聞かされていなかった。
報告はちょうど、フランドールの出立と前後したのだ。
それにこの少年は、その魔物と戦って無事だったのだ。
驚くなと言う方が無理である。
フランドールの私兵の中には、コボルトにすら殺された者もいたのだ。
その話を聞いて、兵士達もヒソヒソと話し始める。
「あんな少年が…」
「信じられん」
「オレなんて、コボルトでも倒せなかったぞ」
「こら
お前達失礼だぞ」
「いえいえ
普通は信じられ無いでしょう」
「はあ…
まあそうなんですけど…」
「よろしかったら、明日にでも手合わせしましょう
ここの兵士の力量を知る良い機会ですよ」
「良いんですか?」
「ええ
良い機会になると思います」
「では、よろしくお願いします」
ギルバートは兵士同士の交流と言う名目で、明日に手合わせをする事を約束した。
これで私兵達に、ダーナの兵士が強い事を知らしめるだろう。
これから共に戦うのだ、舐めて侮られない様にしてやりたいと思ったのだ。
先の選民思想者では無いが、王都の兵士は田舎の兵士と舐めている様に見られた。
実際にはダーナの兵士の方が、彼等よりも屈強であるのだ。
それを知らしめて、兵士間の不和を無くそうと考えていた。
力を示せば、兵士達もダーナを認める事になるだろう。
「それで、西には城門は無いんですか?」
「あー…
西には城門はありませんが、港に続く公道はあります
城壁は公道に沿って繋がり、港の入り口まで続いています」
「おお
有名なダーナの港ですか」
港は今でも機能していたが、実質街から別れていた。
港には海軍が常駐し、管轄も海軍の物となっている。
商人がダーナに商いに入る事は出来るが、主な商いは王国との直接の取引となる。
その為、港は実質独立した別の領地の扱いになっていた。
そこを管轄する領主も、別の貴族が担っている。
「あそこはダーナの一部になりますが、ダーナではありません」
「え?」
「自治領に近い物と思ってください
父もあそこには手を出していません」
「という事は、あそこはダーナであってダーナでないと
そういう事ですか?」
「ええ
海軍も国が出してますし、税も国が直接徴収しています
言って置きますが、あそこに迂闊に手は出さないでください
商人の流れを止められたら、ここは干上がってしまうので」
「はあ…」
ギルバートの説明を聞いて、フランドールは港を危険な場所と判断した。
言うならば、並んで出来た二つの街。
その一方が港になるのだろう。
下手に手を出すと、こちらへの被害が尋常では無いらしい。
ダーナは辺境の街なので、交易は重要な街の資金源である。
そこを絶たれる事は、ダーナの死を意味するだろう。
そんな話をしている間に、一行は商店が並ぶ通りを抜けて、領主の邸宅のある中央広場へと到着した。
広場からは商工ギルドが見えて、その隣に冒険者ギルド、魔術師ギルドと並んでいる。
その一角には、女神聖教の教会も並んで見えた。
その一角に領主の邸宅が建っており、一行はそちらに向かって歩いて行った。
今日はこれから、邸宅で一休みをしてから歓迎のパーティーに出席するのだ。
ギルバートに連れられ、一行は邸宅の中に入って行った。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
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