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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第三章 新たなる領主
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第071話

2度目のオーガの襲撃が終わり、街には穏やかな日が訪れていた

魔物は出るものの、その数も少なく、大型の魔物は姿を現わさなかった

ギルバートは執務室に籠り、アーネストと書類の山を片付ける日々が続いていた

それもこれも、街が平穏であったからだろう

執務室の外からは、街中で遊んでいる子供達の声が響いていた


あれからもう、3週間が経とうとしていた

オーガの骨を加工した武器も作られ、兵士達に配られ始める

しかし素材自体の数が少なく、先ずは部隊長や力のある兵士に配られていた

力の無い兵士に渡しても、扱い切れないのでは意味が無いのだ


それから将軍やエドワード隊長が兵士を連れて、魔物の討伐に出向く様になっていた

魔物の討伐を繰り返させて、戦士の称号を得ようと言う考えであった

その為に討伐には、魔物の戦闘に慣れた兵士達が連れらる

まだ慣れていない兵士は、平原のゴブリン討伐から訓練させられていた


ギルバートは報告の書類を手に、アーネストに質問していた。

それはここ数日の、兵士の称号獲得に関しての報告書である。

獲得したスキルや、称号の効果も自己申告で記されていた。

それを参考にして、兵士の訓練にも変化が起こっていた。


「この報告を見る限り、ただ魔物を倒すだけでは無理の様だな」

「そうだね

 やはり雑魚を倒すんじゃなくて、大物を倒さなくちゃダメなんだろう」


兵士にコボルトやゴブリンを倒させてみたが、戦士の称号は得られなかった。

代わりに、オークを単身で討伐した部隊長には称号が得られた。

ただし、中には同じ条件でも貰えない者も居た。

この辺がどうなっているかが分からないと、効率の良い称号の獲得は難しいだろう。


「オークでは確実ではない

 オーガやトロールであれば…

 可能性は高いだろうな」

「しかし、それでは犠牲者が多く出るんじゃないのか?」

「そうなんだよな…」


いまのところ、オーガもトロールも出て来てはいない。

それで安心してオークやコボルトを探している。

しかし、いつまたオーガがやって来るか分からない。

出来ればそれまでに、兵士の技量を上げておきたい。


しかしただ称号を得ても、技量が伴わなければ無意味だろう。

一番良いのは適度に強い魔物と戦って、技量を上げながら称号を得るのが良いだろう。

しかし魔物は、未だにコボルトやゴブリンが主である。

オーク以上の魔物となると、森の中を探すしか無かった。


「だからと言って、そんな都合よく魔物は出て来ないんだよな…」

「そうなんだよな」


森の中を探しても、確実にオークが現れる訳では無かった。

場合によっては、数日ゴブリンやコボルトばっかりに遭遇する事もある。

それでも一部の兵士が、スキルの獲得に繋がる事もある。

だから討伐自体は、無駄では無いのだが…。

ギルバートは溜息を吐き、別の書類を取り出す。


「こうなると、やはり件の貴族の連れた兵士に期待するしかないか」

「それはそうなんだけど…

 そうなると、今居る兵士と衝突しないかが心配だな」

「うーん

 そこは将軍と隊長に任せるしかないな」


書類には来週には、到着する予定だと書かれている。

予定が狂わなければ、もう5日ぐらいで到着するだろう。

それまでに兵士の質を底上げしたかったが、どうやら間に合いそうにない。

少し揉めそうだが、代行貴族の兵士に期待するしかなさそうだ。


「それで

 オーガの素材はどうなんだ?」

「ん?

 骨にはオークの魔石を砕いて加工してみた

 強度は鉄製の鎌よりは上じゃないかな?」

「そうなんだ」


オーガの骨を単体で加工しても、鉄に比べると強度は落ちてしまった。

硬さは十分なのだが、乾いた骨は脆いという欠点もある。

しかも加工する際には、どうしても骨は乾燥してしまう。

そこで、他の魔物の魔石を砕き、表面に塗り付ける加工を施した。

魔石を加えた骨は、そのままの骨よりも僅かながら強度が上がっていた。


さらに魔法陣を刻み込む試みも行われた。

強度や切れ味、身体能力強化の効果を加えてみたところ、オークの魔石なら効果が出る事が確認された。

そこでクリサリスの鎌をオーガの骨で作り、オークの魔石で加工してみた。

結果としては、切れ味には申し分無かった。


しかし強度に関しては、若干の不安が残る事になる。

刃は薄くすると強度が下がるし、柄に関しては脆くて向かない事が判明する。

使う物に技量が有れば、そこに注意して振り回せるだろう。

しかしそこまでの注意をして、振り回す事は実戦には向いていなかった。


結局は大剣の、分厚い刃に使うしか現状では使い道が無かった。

それでも身体能力の強化も発動して、使う者によっては大いに役立つ事が確認された。

先ずは騎士団に配分されて、残りを兵士に支給される事となる。

後は大剣を、使いこなせる者が居るかどうかであった。


「まだ数が十分じゃないから

 先にベテランの兵士から配布されてる」

「部隊長と騎兵には行き渡ったな

 一般の兵士に配布するには、オーガを何体か狩って来ないとな」

「トロールの素材が使えないのが残念だな」

「うん

 トロールの骨がもっと頑丈なら…

 今のところ使い道は浮かばないな」


トロールは骨も皮も脆く、厄介な魔物の割に使える素材が無かった。

唯一使えそうな魔石にしても、オークの魔石に比べても小さい。

その上触媒としての力も、オーガの魔石に比べると弱かった。

結局トロールは、倒しても使い道が少ない厄介魔物であった。


「オーガの骨…

 他に使い道は無いのか?」

「一応…

 こんな物を作ってみた」


それは部屋の片隅に置かれた、大きな弓の様な物だった。


「弓?」

「ああ

 古代王国の資料にあった…

 弩弓(バリスタ)という物らしい」

弩弓(バリスタ)…」

「ああ

 大きな弓の様な武器らしいが…

 その使い道が分からないんだ」

「使い道って…

 弓じゃ無いのか?」

「そうじゃ無いんだ

 普通じゃ引けない」

「引けない?」


ギルバートは試しに、その弓の様な物を持ってみる。

大きさはギルバートの身長ぐらいで、弦にはオーガの腱を加工して張ってある。

しかしその腱が強過ぎて、誰も引く事が出来なかった。

ギルバートが引いて見ても、引き絞るのがやっとであった。


「ぐう…

 ふぬぬぬ…」

「無理するなよ」

「はあ、はあ…

 こりゃ駄目だ」

「だろ?」

「弓って引くだけじゃ無いんだ

 引き絞ってから、狙いを定める必要がある

 しかしこれは…」

「ああ

 おじさんも引けたけど、狙う事は出来ないって」

「将軍もか?

 そうか…」


最近ではヘンディーも、合成弓を引けるまでなっていた。

それでもこの弓の様な物は、引くのがやっとであった。

そうなると、これを使える者は居ない事になる。


「どうやって使うつもりだったんだ?」

「さあ?」

「さあ?」

「ああ

 記述がまだ訳せていなくてね

 書かれた図を職人達に見せて、試しに作っただけなんだ」

「なんでまた、そんな無駄な事を…」

「無駄じゃ無いさ

 使えると思っていたんだ

 なんせドワーフが、城壁を守る為に使っていたんだぜ?」

「それはそうなんだろうが…

 使い方が分からないんじゃあ…」

「そうだな

 その辺はもっと、魔導書を解き明かす必要がある」

「出来るのか?」

「ああ

 最近じゃあ、ギルドの魔術師達も協力してくれている」

「魔術師達が?」

「ああ

 まだまだだけどね」


魔術師達は、翻訳用の本を片手に翻訳に挑んでいる。

内容が内容なので、顔を赤くして訳していたが、やらないよりマシだった。

アーネスト一人では、とても時間が掛かってしまう。

各自が写しを持って、読めそうな箇所を訳そうと懸命になっているのだ。


「翻訳出来そうなのか?」

「多少は進んだよ?

 オレ一人では、時間がいくらあっても足りないからな」

「そうか

 期待しないで待っているよ」

「おい!」


アーネストの言い分からも、あまり期待は出来ないだろう。

しかし時間が掛かっても、訳せれば大きな力になるだろう。

なんせ中に書かれているのは、古代魔導王国の英知が記されているのだ。

少なくとも、この弓の様な武器が役立つ方法ぐらいは記されているだろう。


「後は素材の確保だな」

「ああ」

「今日は将軍も出ている

 森のどこかで大物でも狩ってれば良いんだけど」

「期待せずにおこう」

「それは可哀想だろう…」

「はははは」


アーネストは時々、叔父であるヘンディー将軍に容赦が無い。

彼は将軍として、この街の守りには欠かせない存在である。

その将軍も、甥っ子の前には形無しであった。

ギルバートは肩を竦めると、次の書類に手を出した。


商工ギルドからの請求の書類で、税収と比較した書類が添付されている。

ギルド長が予め用意しておいてくれた書類で、後は確認のサインと決済の印可だけだった。

ギルバートは書類を読み、一行だけ気になった点を確認する。


「アーネスト」

「ん?」

「先の城壁の補修の件だけど…」

「どうしたんだ?」

「東門は修復したんだけど、他の門はどうなんだ?」

「ああ

 補強の魔法陣か

 北の城壁は完成したぞ」

「そうか

 後は南門だけか」

「南門も来週には完成するぞ」


書類には東門の修理代と、北門の魔法陣の素材代が記載されている。

どうやら南門の代金は、次の収支報告書で請求らしい。

ギルド長の心遣いに感謝し、ギルバートは書類を仕上げる。

決済の印を押し終わると、それを一纏めにする。


「ああ…

 終わった」

ゴリゴリ!


肩を伸ばして、凝った筋肉を解す。

父が時折り、その様に肩を鳴らす事があった。

ギルバートも真似してみたが、その様な音が出る事は無かった。

それが今、こうして書類の整理をしていると、彼も同じ様に肩が凝って鳴っている事に気が付いた。

そうして父親が、それだけ苦労していたのだと改めて感じるのであった。


書類を纏めると、ギルバートは執事のハリスを呼ぶ為にベルを鳴らす。

ハリスに書類を渡すと、アーネストと一緒に部屋を出る。


「今日はこれからどうするんだ?」

「魔物が近付いていないなら、外に出る必要も無いだろう?

 妹達の所へ行ってくるよ」

「そうか

 それじゃあオレは、ギルドで魔法の指導でもしてくるかな」


アーネストは新しい魔法の呪文を記した羊皮紙を出し、ギルバートに見せる。

そこには複数の魔法の、呪文と効果が記されている。


「まだ実用性は低いけど、味方の周りに風の防壁を作って、矢の攻撃を防げるんだ」

「へえ

 矢だけなのかい?」

「そこなんだよな…

 まだ試していないから、これから実験してみないと」

「そうか」


魔導書の記述には、矢を弾き飛ばせると書かれている。

それが普通の矢なのか、魔法の矢も効果があるのかが分からない。

また、弾き飛ばすという内容も、ただ防ぐのかが分からなかった。

言葉のニュアンスから、防ぐという意味には見えない。

あるいは他にも、何某かの効果があるのかも知れなかった。


いずれにせよ、効果を確かめる実験が必要だった。

アーネスト一人では、それを試す事も出来ない。

矢を放つ者や、魔法の矢を放つ者が必要なのだ。

特に魔法の矢に関しては、それなりの技量の魔術師が必要だ。

下手な魔術師では、どこに飛ばすか分かったものではないからだ。


「じゃあな

 フィオーナによろしく言っておいてくれ」

「ああ」


アーネストは手を振って、邸宅を後にした。

ギルバートはアーネストを見送り、妹達の居る部屋へ向かった。

この時間だと、母親の部屋か庭に居るだろう。

先に母親の部屋に向かったが、そこには誰も居なかった。

庭に出てみたが、ここにも誰も居ない。

ギルバートは他の場所も探す事にして、邸宅内を歩いて回った。


2階の部屋にはメイドしか居なくて、母親も妹達も姿が見えなかった。

1階に降りて食堂やホールも見たが、ここにも二人は居なかった。

いよいよ探す場所が無くなり、メイド達が作業している洗濯場も覗いて見る。

すると、奥から楽し気に笑い声が聞こえて来た。

奥は衣服を修繕したりする部屋だ。

三人はそこに居たのだ。


バタン…ギイ…!

「花を掲げて、祈りましょう

 愛するあなたが、無事に帰還します(かえります)様に

 さあ、ダリアの庭園に座りましょう

 赤や黄色の花を手折り、花の輪を作りましょう

 花の王冠を、あなたの武勇の手向けに

 手折った花で、花束を作りましょう

 あなたが帰還して(かえって)来た事を祝いましょう…」

ギッコンバタン!


母親が歌を歌いながら、機織りで衣服を編んでいる。

これは嘗てクリサリスが、まだ地方の領土であった頃の民謡だ。

戦争で旅立つ夫に向けて、妻が謡った詩だと言われている。

夫の無事の帰還を祈り、家で編み物をしながら謡ったとされる。


母は父を喪った悲しみを、この詩を謡って誤魔化そうとしているのだ。

二人は意味を知らずに、嬉しそうに詩を追走している。

少女達には、この詩の意味は理解出来ないのだろう。


ダーナの名の元は、ここに大きなダリアの平原があった事が語源とされる。

昔ここに来た心優しき巨人が、庭園にダリアを植えたとされている。

そこはダーナの南側の平原とされ、今でも多くのダリアが咲き誇る。

数年ごとに色とりどりの花が、平原を埋め尽くすのだ。

本当に巨人が植えたのかは、不明である。

しかし多くの者の血が流されて、平原に花々を咲かせていた。


母の謡う詩に合わせて、妹達が嬉しそうに追走する。

二人は目を輝かせて、母の謡う詩を真似て謡っている。

それを見てギルバートは、二人もやっぱり女の子なんだなと今さらながら思っていた。

母親が歌い終わると、今度はセリアを抱きかかえて機織りの使い方を教える。

恐らくは、次はフィオーナにも教えるだろう。


「ここをね、こうして…」

「こう?」

「そうそう」

「ねえ

 わたしも、わたしも」

「フィオーナはまだ無理ね

 お手々が小さいから」

「ええ?」

「もう少ししたら、教えてあげますわ」

「むう…」

「ふふ

 あなた達は、誰の為に織るのかしら?」

「お兄ちゃん」

「アーネストちゃん?」

「あら?

 フィオーナはアーネストに織るの?」

「うん」


ギルバートは邪魔にならない様に、そっとその場を後にした。

フィオーナがアーネストに、懐いているのは意外だった。

これ以上聞き耳を立てるのは、マズい様な気がして来る。

ギルバートはバレない様に、そっとその部屋を離れる。


「あら?

 坊ちゃま、奥様は見つかりましたか?」

「しーっ」

「え?」


メイドが気付き、声を掛けてきたが、ギルバートは静かにする様にジェスチャーをする。

メイドが奥を覗き、三人の様子に気が付く。

ギルバートはメイドに、ここに来た事を告げない様にお願いした。


「オレは何も見ていない事にするから

 オレが来た事も内緒にしてくれ」

「分かりましたわ

 そもそも、ここは男の人が入っては駄目な場所ですものね」

「あ、ああ…」

「ふふふ

 女性の秘密を覗くのは、関心出来ない事ですよ」

「気を付けるよ」


メイドはクスリと笑うと、ウインクをして頷いた。

そうしてギルバートはすることも無くなり、食堂で一人紅茶を啜っていた。

あの様子では、二人は暫く母と一緒だろう。

母もあの様子では、二人と一緒の方が良いだろう。

父を喪った悲しみを、少しでも癒されれば良いのだが…。


「弱ったなあ

 これならアーネストに着いて行けば良かった」


今さら行っても、アーネストに妹達にフラれたか?とか揶揄われるだろう。

それが悔しいから、魔術師ギルドには行けない。

かと言って、兵舎や他の場所にも行く当てが無かった。

どうした物かと考え、ふと父親の墓に行こうと思い立った。

そうと決めると、庭の花を摘み取り、手早く準備を整える。


邸宅を出て、広場の北東にある小高い丘に登る。

ここは商業区の奥にある、共同の墓所となっている。

戦争で亡くなった者達の多くは、ここに墓を立てて埋葬される。

共同墓地の奥にある領主の墓に向かうと、彼は父親の墓前に立った。

それは共に亡くなった騎士達に囲まれて、丘の上から街を見下ろしていた。


彼は花を手向けて祈りの言葉を唱えると、静かに立ち上がる。

振り向けば、小高い丘の上からダーナの街が一望出来る。

遥か城門の先には、小さな砂埃が移動している。

恐らく将軍か隊長が騎兵団を率い、魔物を狩っているのだろう。

暫く眺めていたが、砂埃は城壁の中へ入って行く。

どうやら魔物は無事倒した様だ。


ここ数日の戦闘で、少しづつではあるが兵士の練度は上がっている。

それに魔物の素材も、少しづつではあるが得られている。

これで兵士の装備も、以前よりは格段に良くなっている。

魔物もオークまでしか現れないので、兵士の訓練には打って付けだった。


改めて墓前に向かい、父親に語り掛ける。


「父上

 街は今…

 魔物の脅威からは守られています

 それも父上が頑張ってくださっていたからです」


実際には、兵士達の頑張りもあったのだが…。

オーガの様な魔物が現れない限りは、街の防備は万全と言えるだろう。

それもアルベルトが、頑張って兵士を鍛えさせたからだ。

兵士の給料も、領主であるアルベルトが用意したのだから。


「でも…

 次の領主代行が来れば、どうなる事やら」


領主代行がくれば、彼の私兵が街を守る事になるだろう。

彼等が街を守れるほどの、有能な兵士であれば問題は無い。

しかしそうで無ければ、街の兵士の助力が必要となる。

プライドの高い貴族の、兵士達が協力出来れば問題は無いのだが…。

兵士が傲慢であれば、街の兵士達と衝突する可能性もある。


「オレは…

 代行が着けば王都へ旅立ちます

 その時には、廃嫡を宣言する事となるでしょう…」


ギルバートが王都に旅立つには、それなりの理由が必要だ。

代行が来ても、引継ぎの後は補佐をする必要がある。

それを蹴ってまで、王都に向かわなければならない。

だから廃嫡を理由にして、王都に向かう事にするのだ。


心配なのは、二人の妹の処遇だろう。

アルベルトも居なくなり、ギルバートも廃嫡となる。

そうなれば、必然的に彼女達の身分は剥奪される。

貴族の親族では無くなるのだ。


「母上は…

 親元へ戻る事になるでしょうね

 しかし、妹達はどうなるんでしょうか?

 それだけが心配です」


恐らく母親と共に、母の実家へ向かう事になるだろう。

しかし、その後の事がどうなるか?

普通は貴族との婚姻関係を持つ為に、お茶会等に出て婚約者を探す事になるだろう。

父親が居ない今、碌でもない貴族でも家柄の為に、我慢して嫁がなくてはならない。

それが可哀そうでならないが、自分は最早口出し出来なくなるだろう。

なんせ血が繋がっていないのだから、関係無いと言われればそれまでだ。


「せめて、父上が予め決めていただいていれば…

 それでも妹達には可哀そうな気もするけど…

 少しはマシだったかな?」


フィオーナに関しては、場合によっては婚姻させると書かれている。

しかしアルベルトが亡くなった今、その必要も無くなっている。

だから件の貴族も、フィオーナと婚姻する事無く領主代行となれる。

そうなれば、わざわざ少女と結婚する事も無いだろう。

ギルバートは苦笑し、立ち上がる。


「いつか…

 父上と酒を酌み交わす約束をしましたよね?

 それももう…

 無理なんでしょうね」


アーネストは生前、アルベルトと何度か飲んでいる姿を見掛けた。

しかしギルバートは、酒の恐ろしさを聞いて敬遠していた。

それでまだ2度しか、酒を一緒に飲む機会が無かった。

その事が今さらながら、残念に感じられる。

寂しく笑い、ギルバートは墓前から立ち去ろうとした。


次に来る時は、酒でも持って来よう

父が好きだった、葡萄酒ももうすぐ出来るだろう

そうだ、アーネストも誘って一緒に来よう


振り返ると、ギルバートはふとそんな事を考えていた。

そう考えながら、ギルバートはゆっくりと丘を下りて行った。

広場に出る頃には将軍達は城門の中に集まり、魔物の遺骸を運び込んでいた。

商工ギルドから職人が出向き、コボルトとオークの遺骸を引き取っていた。

その中にはオーガの遺骸も1体有り、将軍がその前に立っていた。


どうやら将軍が、オーガを協力して倒したのだろう。

ギルバートは負傷者が居ないか、周囲を見回す。

どうやらオーガとも戦ったが、負傷は軽微の様子である。

将軍か隊長が居れば、オーガも何とか倒す事が出来る。

しかしいつの間にか、大きな負傷者も出さずに、何とか倒せるまでの技量に達していたのだ。

その事に感心しながら、ギルバートは将軍に声を掛ける。


「将軍

 またオーガが出たんですか?」

「坊ちゃん?」


将軍は不意に声を掛けられて、慌てて振り返った。


「父上の墓に行っていました

 そのオーガは今日の成果ですよね?」

「え、ええ

 1匹だけはぐれて居たみたいで…

 奇襲に成功しましたから、被害は有りませんでした」

「そうですか…」


どうやら負傷者は、他の魔物との戦闘で負傷したらしい。

この分では、数体のオーガなら将軍達でも十分なのだろう。


「領主様の墓前に行かれていたんですか?」

「ええ

 少し時間が出来たので、話をしに…」

「そうですか…」


将軍はそう言って、しみじみと目を細める。

彼もアルベルトには、多大の恩義を感じている。

あのまま腐っていたら、彼は街の野盗にでもなっていただろう。

しかしそんなヘンディーを、当時の騎士団長ガレオンに引き合わせたのはアルベルトである。

それから彼は、ガレオンの下で頭角を現した。

だからこそヘンディーは、アルベルトに恩義を感じていた。


そしてその思いは、ギルバートにも向けられている。

領主の息子というだけでは無く、その技量にも感心しているのだ。

ヘンディーはギルバートにも、並々ならぬ恩義を感じている。

それはギルバートに、魔物から助けられた事があるからだ。


黒い骸骨騎士と戦った時に、ヘンディーは負傷して倒れてしまった。

彼自身が危険を冒して、ギルバートの助成に向かった。

しかし逆に魔物に倒され、足を引っ張る事になってしまった。

それをギルバートが、魔物を倒して救ってくれた。

ヘンディー将軍は、その様に感じていた。


「話を戻しますが…

 そいつは1匹だったんですか?」

「へ?

 そうですが?

 どうかしましたか?」

「いえ、少し気になりまして

 1匹だけなら良いんですが、他に居たら厄介だなと思いまして」

「ああ

 なるほど…」


単独で彷徨っていたのならば、何も問題は無い。

しかし群れが近くに居れば、やがて街に向かって来る恐れもあるのだ。

そう考えて、ギルバートは確認したのだ。


「オレ達が見た時は1匹でしたよ

 その後周りも見ましたが、他には居ませんでした

 恐らくは大丈夫かと…」

「そうですか

 それなら良かった

 良い素材になりそうですしね」

「そうですね

 これでまた、鎌が何本か作れます」


ギルバートは頷き、オーガの遺骸を見る。

大きさもまずまずなので、これなら良い武器が出来そうだ。


「それでは、オレは邸宅に戻っています

 何かありましたら連絡してください」

「はい」


ギルバートは将軍に手を振り、その場を後にした。

そろそろ妹達も、午後のお茶にしているだろう。

姿が見えないと心配するだろうから、早く帰ろうと急ぎ足になった。


こうしてダーナの街には、穏やかな日々が戻っていた。

しかしそれは、長くは続かなかった。

5日後の午後に新しい領主の代行として、貴族の一行が到着する事となる。

いよいよギルバートの、旅立ちの日が近付いていた。

まだまだ続きます。

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