第068話
ダーナの街は、深い悲しみに覆われていた
領主であるアルベルトの死が伝えられ、領民は喪に服していた
善政では無かったが領民を愛し、守ろうとしていた彼の死は、領民達に深い悲しみと不安を与えていた
ギルバートとアーネストの二人は、深い悲しみに打ちひしがれていた
アルベルトが逝く時には、二人共何とか強がって見せようとしていた
しかし結局は、悲しみに負けて泣いてしまっていた
そんな二人の様子を見て、将軍と兵士も救護所に戻り、領主の死を確認した
その際に、いつの間にか入っていた人物が気にはなったが、将軍が止めて不問となった
明け方近くまで二人は泣いて、泣き腫らした目を隠す事も無く、領主の遺体を教会へと移動させた。
ジェニファーも途中で加わり、教会の霊安室へと納める。
そこには多くの騎士や兵士が横たわり、神聖魔法の効果で守られていた。
しかし時間を掛ければ、やがて彼等も亡者の中入りをする。
順番に荼毘に付して、墓に埋葬される事になる。
教会の一室を借りて、ジェニファーとギルバート、アーネストは昨夜の話の続きをする事となった。
入り口には将軍が立ち、誰も入らない様に見張っている。
ジェニファーと将軍は突然現れたエルリックに不信感を現したが、ギルバートがその説明をする。
出所不明の彼の事を、どう説明すべきか彼は悩んでいた。
「先ず、彼の事ですが…
彼にはこの街に関して、幾度も助けられています
ですので、決して怪しい…
怪しいのか?」
「そうだな」
「おい!」
ギルバートとアーネストが擁護する筈なのに、早速怪しまれてしまった。
将軍が剣に手を掛け、ジェニファーも不審げに見ている。
エルリックは慌てて、何とか弁明をしようとする。
これなら最初から、自分で説明すべきだったと思いながら。
「二人共酷く無い?
私は使徒なんだよ?」
「その使徒が一番怪しいんだよな…」
「そもそも、なんで使徒が女神の決定に逆らうんだ?」
「それは…」
「使徒?」
「女神様の使いの事ですが…」
将軍はそう言いながら、エルリックを睨んでいる。
そもそも女神が、魔物を世界に解放したのだ。
その辺の経緯は、アルベルトから説明を受けていた。
しかしジェニファーは、その話を知らない。
チャキン!
「坊ちゃん
そいつは切っても宜しいですか?」
「ちょ!ちょと待て!」
「あー…
切るのはマズい」
「こいつはベヘモットとは関係無いから」
「そうですか…」
ベヘモットの仲間であるなら、例の件の借りがある。
彼は骸骨の剣士と戦い、深手を負わされていた。
しかしエルリックは、その件とは関係無いというのだ。
二人の言葉を聞いて、将軍は不承不承といった風に剣を収めた。
「それで?
この御仁は何しに来やがったんですか?」
「言葉に気を付けなさい
私は女神の…」
「自称使徒」
「ぐっ…」
「そもそも、運命の糸って何なんです?」
ギルバートが改めて質問する。
ベヘモットは運命の糸を、女神の代わりに働く諜報機関の様に語っていた。
そしてエルリックも、主に街に現れては人間達の様子を覗っている様に見えた。
「我々運命の糸とは、元々は女神に選ばれた者を導く仕事をしています」
「選ばれた者?」
「導く?」
ギルバートとアーネストの言葉に頷き、エルリックは答える。
そう言われれば、彼はギルバートやアーネストにアドバイスをくれていた。
魔導書や戦術スキルの書も用意して、人間達の味方をしている様にも見える。
しかし女神の神託では、ギルバートは殺されるべき存在であった筈だ。
それなのに、彼はそのギルバート達を生かそうとしている。
そこがどうにも矛盾しているのだ。
「ギルバート
いや、アルフリート
君は本来なら人類を導き、平和を齎す勇者である…筈だった」
「アルフリート?」
「ギルがアルフリート殿下とは、どういう事なんです」
エルリックはギルバートの事を、アルフリートと呼んでいる。
しかし将軍は、その名に聞き覚えは無かった。
無理も無いだろう。
まさか亡くなられた、王子の名だとは思ってもいないのだから。
そしてジェニファーは、その名を聞いて身体を震わす。
彼女にとっては、その名は悲しい記憶でしか無かった。
姉が生み落としてすぐに、王宮の奥に隠された悲劇の子。
そして夫が手に掛けてしまった、罪の象徴でもある名前なのだ。
ジェニファーは意を決して、エルリックに質問してみる。
夫の遺した言葉に、どうにも納得が行かなかったのだ。
「本来は英雄王の血に連なり、勇者として産まれたんですが…
女神が何を思って神託を下したかは分かりません
しかしながら女神は、その子を殺す様に神託で宣言しました」
「宣言…
それでアルベルトは…」
「何だって?
それじゃあアルフリートってのは…」
「亡くなられた事になっている、クリサリス王家の王子です」
「そういえば…
領主様も王子がどうたら…
まさか坊ちゃんが、王子だと?」
「ああ」
将軍の言葉に、エルリックは事も事も無げに答える。
しかしそれは、将軍にとっては一大事であった。
領主の息子であるから、まだ気さくに話す事も出来た。
しかし目の前の少年が、王子となれば話は別である。
「し、失礼い、いたしま…」
「止めろよ」
「そうだぜ
今さらだろ?」
「あ、アーネスト
不敬であるぞ」
「止しなって
ギルはそれを望んでいないよ」
「そうですよ
今はそれより…」
「こほん
女神は神託を行使してまで、王子の殺害を要求したんです
それは女神が王子の力を恐れて、産まれた日に殺す様に命じたのです」
「王子の力って…」
「女神が恐れるほどのってのが…
実感湧かないんだよね」
「ああ」
「私は旅先でその報を聞き、直ちにハルバートに面会しました」
女神の使徒は、いずれも強力な魔法を使える。
その気になれば、国王と面会するのも簡単だっただろう。
「しかし女神様の命令だったんだろう?」
「ええ
ですが私も…
人間には思うところはありますが、子供を…
ましてや赤子を殺すなどとは…」
「そりゃあ…」
「人間って?」
「私はエルフです
ハイエルフの生き残りなんです」
「っ!」
「な!」
エルリックが髪を掻き上げると、その耳は長く尖っている。
よく見れば瞳の色も、深い緑色をしている。
ギルバートとアーネストは聞いていたが、将軍は驚きの表情を浮かべる。
そしてジェニファーは、思わず聞き返す。
「エルフは古代王国に…」
「ええ
帝国貴族のあなたなら、それは聞き及んでいるでしょう」
「へ?」
「母上?」
「ええ
古代王国が何をしたのか…」
「知っておられたのですか?」
「まあ…
私達は帝国の貴族でしたから」
「くっ…」
「アーネスト?」
「後で話すよ」
古代王国が、エルフ達と何らかの関りがある。
その事を、アーネストは調べていて知っていた。
しかし帝国は、その痕跡を消し去っていた。
焚書を行った事で、記録は全て消し去られた筈だった。
しかし帝国の貴族であったジェニファー達は、その話を知っていたのだ。
「その話は置いておいて…」
「ああ
続きを頼むよ」
「私は王宮に着くと、ハルバートに面会しました
そこで見たのは女神様の祝福の代わりに、呪いを受けて苦しむ赤子でした
それが彼です」
「しかしギルは私の子
私には確かにその子から、その命の鼓動を感じています」
「そうですね
彼の中には、ギルバートの魂も入って居ます
ですからあなたが息子と感じるのは…
間違いではありません」
「魂?」
魂と言われて、一同はそれを理解出来なかった。
確かに人間には、魂と呼ばれる不思議な力が宿ると言われていた。
それが人間の感情や、記憶を司ると言われている。
しかし教会で話されていても、それに関しては実感が無かった。
目に見えないそれを説明されても、理解が難しいだろう。
「話を戻しますね
私は呪いの進行を食い止める為、唯一の方法を提示しました」
「それが…邪法?」
「ええ
古代の魔法の力で、その生き物の時間を止める
一度止めた時間は、代替えになる命が無ければ解けません」
「代替えになる命…」
「それが…」
「それがギルなの」
「…」
エルリックは小さな護符を取り出し、それを見せた。
それは神々しい輝きを放つ、見た事も無い金属で作られている。
羽ばたく鳥の形をした、首飾りとなる護符であった。
「これは嘗ての古代王国、ミッドガルドの国王イチロー王が作られた護符です
時止めの秘宝と呼ばれ、一度だけ対象の生き物の時間を止めます
彼の王はこれを用いて…
今も眠り続けて居ます
女神との約束を守る為に…」
「そんな凄い物なのか?」
「ええ
私は直接会った事は有りませんが、先代の運命の糸からそう教わりました」
護符は妖しく輝き、その力を見せつける様であった。
アーネストともそれから、強大な魔力を感じていた。
しかしどの物語にも、その様な秘宝の話は出て来ない。
それは今まで、聞いた事も無い話だった。
「それで
オレが生きているのは?」
「ああ、そうそう
あなたが眠りに着いてから2年、その血を色濃く持ったもう一人の子供が産まれました
それがギルバートです」
「もう一人の子?」
「力を…」
「ギルバートが産まれた時、女神は大いに驚いた様ですよ
すぐさま殺す様に申し伝えました
アルフリートほどでは無いが、十分に脅威と感じたのでしょうね
そして、女神は今度は、実力行使に及びました
使徒の一人を動かし、その子を殺させました」
「そ、そんな…」
ジェニファーは血の気を失い、倒れてしまう。
ギルバートが慌てて駆け寄り、横に座って支える。
「続けて宜しいかな?」
ギルバートはエルリックを睨むが、ジェニファーがその手を取って止める。
「良いの…
聞かせて」
「母上…」
「それでは…
私はその場に居ませんでしたが、アルベルトは相当怒っていましたね
産まれたばかりの息子を殺されたんですから、当然でしょう」
エルリックはそう言って、申し訳無さそうな表情をする。
「聞いた話で申し訳ありませんが…
その子供の魂を使い、ガストンとヘイゼル二人がアルフリートの蘇生を試みました
これも邪法になりますが、二人の協力があって無事に魔法は解けました
副作用が有りましたがね」
「副作用って何ですか?」
「そんなに簡単に、解ける物なんですか?」
「それについては…
偶然なんだよね」
「え?」
「死んだギルバートの身体から取り出した魂が…
偶然にも女神の呪いを受け止めて…くれて?
君の身体の中で定着したのは奇跡だった…」
「ふざけるな!」
「何だよそれ!」
ギルバートとアーネストは激昂する。
しかしそれは、彼が行った事では無かった。
怒られても、彼は困った表情を浮かべるしか無かった。
「では…
ギルは?
ギルは…」
ジェニファーはシヨックを受けて、震えながらギルバートの方を見詰める。
その手は震えながらも、ギルバートの頬に触れる。
はたとジェニファーの眼から涙が溢れ、微笑を伝い流れ落ちる。
「くそっ
胸糞悪い」
ドガッ!
将軍が怒りも露わに壁を殴る。
「それじゃあ、何か?
女神様の都合で、産まれたばかりの子供が殺され
今も殿下の中に居るってのか?」
「それも、呪いは残って…だね?」
「ええ…」
将軍の言葉に、アーネストが続ける。
「あれ?
でも、アーネスト
お前の師匠が呪いを…」
ギルバートが気が付いて、アーネストに尋ねる。
「ん?
師匠は確かに呪いをどうにかしたみたいだが…
まだ残っている筈だ
昨晩も見ただろう?」
「そうですね
呪いは確かに封じられています
ギルバートの意思や感情と共に、君の身体の奥深くにね」
エルリックはそう呟きながら、ギルバートを指差す。
ドックン!
「ぐ…があっ」
エルリックに指差された瞬間、ギルバートは苦しみ始めた。
全身が鈍く輝き、腕に痣が浮かび上がる。
「ギル、ギル
大丈夫?」
「ぐうう
ころ…しね…」
昨晩の輝きとは違い、どす黒く鈍い光が全身を覆い、痣は赤黒く脈打つ。
その吐く息は黒く、瘴気を帯びた様に不気味で、ギルバートを禍々しく見せた。
その姿を見た他の面々は、血の気が引いていた。
パチン!
エルリックが指を鳴らすと、ギルバートから禍々しい気が失せて、ガクリと力を失う。
「ギル、ギル」
ジェニファーがギルバートを支えて肩を揺する。
「う、うう…」
「これが副作用
君の師匠は、確かに優秀だった
アルフリートの中にギルバートは無事に封じられた」
「封じられ…」
「しかしね
そのギルバートが憎しみや負の感情を一心に請け負っているんだ
常に負の力に冒されて、いつ表に出て暴走するか分からない
身に覚えは無いかな?」
「負の感情?
しかし、部隊の兵士達も罹っていたが?」
「ああ
確かに魔物に影響されて、負の感情に囚われる者は居るだろうね
でも…
彼の場合はもっと危険だ
爆発したら、辺りの動く者全てを滅ぼそうとするだろう」
「そんな…」
「嘘だろ?」
将軍とアーネストは信じられ無いと思ったが、ギルバートは黒い感情の爆発に覚えがある。
その時のギルバートは、確かに誰彼構わず切り掛かろうとしていた。
その言葉に、彼は戦慄を覚える。
「そこでこれだ!」
エルリックは先ほどの護符を掲げる。
「効果は低いが…
この護符の力を借りれば、多少なりとも抑えれると…思う」
エルリックは護符を放り、ギルバートはそれを受け止める。
「ガストンが抑えた封印
このまま壊すワケにはいかないから…
君が制御出来る様になる、その時まで身に着けておきなさい」
ギルバートは護符を見て、少し考えてから身に着けた。
「今のまま暴走させたら…
人類を救う筈の勇者が覇王に成り兼ねない
気を付けてくれ」
「覇王…」
「人類どころか、全ての生き物を破滅に導く暴力の覇者
それが覇王」
アーネストの言葉にエルリックが注釈を加える。
「女神の使徒は、依然君を覇王にする機会を窺がっている
先の侵攻もその一端だ」
「ベヘモットですか?」
「いや
今回は他の使徒だと思う
ベヘモットはどちらかと言うと、女神の行動に不審を抱いてる
しかし使徒は他にも居る
気を付けたまえ」
「あんなのがまだまだ居るのか…」
「そうなると、まだまだ魔物が…」
アーネストと将軍は溜息を吐く。
ギルバートの事を聞いた後に、更に別の大きな問題を見せられる。
頭を抱えたくなっていた。
「私も協力してあげたいのですが…
私も女神の使徒です
表立っての協力は出来ません
申し訳ありませんが、みなさんで頑張ってください」
エルリックそう言うと、立ち去ろうと窓の方へと向かう。
「エルリック
散々助けられてなんだが…
どうしてあんたは、オレ達を助けてくれるんだ?」
「そうだよな
女神様の指示ではないんだよな?」
アーネストと将軍が尋ねる。
ギルバートも気になって質問する。
「そうだよ
何で女神様に逆らってまで、オレ達を助けてくれるんだ?」
「あー…
私が…人間を
アルベルトやあなた達を気に入ったのもあります」
エルリック4人を、順々に見る。
「女神の命令とはいえ、我々使徒があなた達を傷つけたのは間違いありません
その贖罪の意味もありますね」
エルリックはそこで一旦言葉を切り、躊躇いながら何か言い掛ける。
「後は…」
「後は?」
ギルバートが聞き返す。
「これは…
すいません、まだ言えません
ただ…
私も夢が、守りたい物が有ります
ですから…
あなた達に共感したんでしょうね」
そう言うと、エルリックは頭を振ってから、片手を挙げる。
「また、お目に掛かりましょう
それまでお気を付けて」
そう言って、彼は窓際で姿を消す。
「行ってしまったか…」
「ええ」
「本当、良く分からない奴だ」
三人が感想を述べた後、溜息を吐く。
「ギル…
いえ、アルフリート殿下」
「母上、それは…」
「いえ、けじめは必要です
私は確かに…
あなた様を育てたわ
でも、あなたはこの国の王子
全てが明らかになった今、あなたは王子として行動すべきです」
「それでも…」
「母と慕ってくれるのは嬉しいわ
でもね
アルベルトの為にも、あなたは王子に戻ってください」
ギルバートは言葉に詰まっていた。
その背中をアーネストが優しく叩く。
「焦らなくても良いとは思う
それでも、慣れて行きましょう
公の場だけでも」
「アーネスト…」
「そうですよ
殿下が生きておられた
王にとっても喜ばしい事です」
「将軍…」
「ただ、発表は少し待ってください」
「え?」
「アーネスト?」
「どういう事だ?」
アーネストは懐から、国王の命令が書かれた書類を取り出した。
「アルベルト様からも命令がありました
王都に向かい、国王に会います
王子と言う発表はそれからになります」
「なるほど…
それまでは秘密にするのか」
将軍が呟く。
「では、アルベルトの葬儀はどうするの?」
「ギルバートとして、嫡男として出席していただきます
その方が対外的にも宜しいでしょう」
「そう…
分かりました」
ジェニファーは暫し俯くと、毅然とした態度で命令する。
「将軍
その様にお願いします」
「分かった
葬儀の手配はオレがしておこう」
「お願いします」
「頼みますよ」
アルベルトの葬儀の手配と、ギルバートの秘密を守る事が決まり、各々で準備を行う事になった。
ギルバートとアーネストは葬儀の準備に掛かり、将軍も各種手配に向かった。
そうして三人が出た後に、ジェニファーはもう一度夫の顔を見に向かった。
これから、二人の娘に父の死を伝えなければならない。
その責任に重い気分になるが、娘の事を思って気持ちを切り替える。
最期にもう一度、愛する人にキスをして…領主夫人はその場を立ち去った。
竜の背骨山脈
その一角から彼は覗き見ていた
「ふう…
何とかなったな」
エルリックはそう呟いて、近場の岩に腰を下ろす。
「本当の事は…
言えないわな」
エルリックはそう言って、あの時の事を思い返す。
「ハルバート
これはどういう事だ!」
「どういうもこういうも…」
「私はこんな事の為に、この書物を授けたのでは無いぞ」
「しかし…」
「何で見せたんだ?」
「他に方法が無いものかと…」
「それであの様な行為を?」
「すまん
すまん…」
「くそっ!
またしても人間は!」
ドガシャン!
エルリックは怒りに任せて、手近な窓を叩き割った。
その音に驚き、騎士達が王の居室に雪崩れ込む。
それを利用して、国王は一芝居打つ事にした。
それが邪法を使っての、アルフリート王子の殺害である。
そしてその下手人を、アルベルトが引き受けた。
「アルベルト…」
「仕方が無いじゃないですか」
「しかしのう…」
「私達親子が、こうして兄貴の役に立てるんです」
「じゃが…
じゃが、それではギルバートが…
お前の息子があまりに不憫な…」
「良いんです
その役目を全うさせてください」
こうしてアルベルトは、病に苦しむ王子を手に掛けた罪を負った。
それまでの功績と、王子が助からないという教会の判断も後押しした。
それでアルベルトは、降爵して辺境へと旅立った。
その胸に息子の魂を封じた、赤子を抱いて。
「言えないよね…
本当の邪法の効果なんて…」
「何故…
こんな芝居まで?」
「そりゃあ…
使徒って憎まれ役でしょう?
だったらその罪も、私達が受けようじゃないですか」
「はあ…
それで彼等が憎まれても?」
「良いんじゃないですか?
私達の責任でもあります」
「そう…
だな」
隣に立つ人影は、いつからそこに立っていたのか分からない。
その姿は古式のローブを纏って、男か女かも分からなかった。
しかし漏れ出る声から、若い女性の様に感じられる。
フードの奥の紫の瞳は、じっとエルリックを見詰めていた。
「あれで…
良かったんですよね?」
「ああ
無事に渡ったんだ
もう一つは…」
「良かったんですか?
大事な形見を…」
「私はまた会える
それに本来なら…」
「でしたね
愚問でした」
ローブ姿の人物は、懐から何かを取り出す。
そしてそれを、愛おしそうに見詰めていた。
それは奇しくも、ギルバートに渡された物と同じだった。
違っているのは、そちらは何年も経過した様な古びた護符である。
「選択は無事に終わった
後は彼等がどう動くかだ」
「ですね
出来得るなら、私達の様な覇王には…」
「そうね
あの子にも背負わせてしまう…」
「行くのですか?」
「ああ
元の場所に…
戻らないとね」
「お気を付けて…
は変ですね」
「ふふ
あなた達もね」
そう言い残すと、その姿は掻き消す様に消える。
しかしそれは、エルリックとはまた違った消え方だった。
転移魔法では無い、また別の力を使って消えていた。
「やりますよ…
約束ですから」
そう言ってエルリックも、その姿を消していた。
後に残されるのは、山脈を吹き抜ける風だけだった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。