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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第三章 新たなる領主
69/190

第064話

魔物が現れるのは、女神による断罪

国王ハルバートは、宮廷魔術師のガストン老師からそう聞かされていた

彼も運命の糸(フェイト・スピナー)から、そう聞かされたと言っていたのだ

彼の元にも、運命の糸(フェイト・スピナー)が訪れていた

そうして国王の所行に対して、魔物の群れが解き放たれたと語ったそうだ

まるで過去に行われた、ミッドガルド王国の最期の様に…


国王は深く溜息を吐いて、居並ぶ貴族達を睨む

予想通りに、貴族達は国王の提案に反対をしていた

多くの貴族達は、魔物の討伐に関して反対をしていた

彼等に言わせれば、今王都から軍を派遣するのは、王都を危険に晒す事になる

ダーナは辺境なので、辺境伯が何とかすべきだと言うのだ

その肝心の、辺境伯が負傷して倒れているというのにだ


彼等の狙いは、この状況で国王が失政を行う事である

それはあくまでも、彼等が危険に冒される事無く、国王が失政を行う事が理想なのだ

魔物の脅威は確かに危険ではあるが、彼等としても王都は守りたかった

だからここで、王都の軍が離れるのは認められないのだ

軍が居なくなれば、彼等が騎士を率いて戦う必要がある

貴族としては、それは避けたい事であった


ここで魔物の討伐を失敗した方が、国王を追い落とせる事になるだろう。

しかしそれで、自身が危険な目に遭うのは嫌だったのだ。

だから誰が向かうかでも、激しい反論を行っていた。

互いに下らない理由で、他の貴族が出兵すべきだと意見を出す。

それで議会は紛糾したが、何とか魔物の討伐は行われる事となった

有力な貴族であるバルトフェルドが、自身の騎士団を出すと発言したのだ。


「全く

 あ奴等ときたら…」

「まあ、バルトフェルドが頷いてくれて良かったです

 彼が居なければ…」

「うむ

 ワシもまだ、運に見放されておらん様じゃ」

「運…ですか?」

「ああ

 女神には見放されたが、運には見放されておらんようじゃな」

「何が運じゃ

 それもこれも、アルベルトのお陰じゃろう」

「うむ…

 そうじゃな」


再び三人で集まり、国王はこの先の事を相談していた。

ヘイゼルは宮廷魔術師であるので、国王の相談役でもある。

例の件がなかったら、彼も素直に相談に乗っていただろう。

しかしヘイゼルは、未だに国王の蛮行を許していなかった。


「ヘイゼル

 何もそんな…」

「サルザード、お前は何も分かっておらん

 女神とはワシ等が思う様な…

 そんな甘い存在では無い」

「それは…

 先ほどの話しで、重々理解したが…」

「ふん

 どうだか」

「まあまあ

 一先ずは、バルトフェルドが討伐に向かってくれる

 あ奴なら安心じゃろう」

「ならば良いがのう」

「ヘイゼル

 いい加減にしろ!」


サルザードは怒っていたが、国王は黙って堪えていた。

そもそもが国王が罪を犯さなければ、こうはならなかったのだ。

しかし子を守る事が罪というのも、問題がある様な気もする。

女神教の教義の中にも、子は守るべき存在と記されているのだ。


「そもそも

 何で王子が災いだと?」

「何じゃ?

 知らんのか?」

「私が知っておるのは、アルベルトが罪を犯したという事だけです

 そもそも罪って何です?」

「ハルバート…」

「こ奴はあの時、まだ宰相の見習いじゃった

 世代交代の時期でもあったからのう

 仕方が無いじゃろう」

「しかし良いのか?

 アレを知れば…」

「ううむ…」

「こ奴もお前を軽蔑するぞ?」

「そんなに非道な事なんですか?」

「ああ…

 そうじゃな」


国王は渋い顔をして、話すべきか迷っていた。

サルザードには信頼して、全てを話しておくべきであった。

しかし躊躇ってしまい、ここまで黙って来ていた。

サルザードも騎士団長が、何事か重要な事件を起こしたとは聞かされていた。

しかしその内容に関しては、王家での秘密だと箝口令(かんこうれい)が敷かれていた。

分かっている事はその事で王子が亡くなり、アルベルトが罪に問われた事だけであった。


「騎士団長が、王子を守ろうとしたと聞きましたが…」

「そうじゃな」

「国王様は、病弱の王子を殺す様に命じたと」

「そうじゃ…」

「しかし決断に迷い、騎士団長が始末…

 失礼

 手に掛けられたと」

「そうじゃ…のう…」

「ん?

 何か間違いましたか?」

「箝口令が敷かれて、正確な情報は漏れておらん

 サルザードが知っておるのは…」

「うむ

 故意に漏らした情報じゃな」

「え?」


国王はサルザードの問いに、言い淀んでいた。

それは一部の貴族が、噂話程度に口にする内容だった。

その内容であれば、騎士団長が解雇された事にも納得が行く。

そして騎士団長は降爵(こうしゃく)して地方へと隠居したと、貴族達は(まこと)しやかに噂していた。

サルザードが知る情報も、それと大差は無かった。

それが表向きとはいえ、起こった出来事に合致していたからだ。

王子が亡くなった事が公表されて、災いも収まっていたのだ。


「はて?

 違うのですか?」

「ううむ…」

「話した方が、良いんじゃねえか?」

「しかしのう」

「なら、ワシが代わりに話そうか?」

「いや!

 ワシがすべきか…」

「へっ

 なら、さっさと話さんか!」

「ヘイゼル!」

「良いのじゃ

 ヘイゼルの言うのも尤もじゃ…」


国王は少し躊躇いながら、それでも語り始める。

あの時に王都で何があったのか?

騎士団長アルベルトは、何故罪を負って引退したのか?

そして女神が何を罪として、魔物を放ったのか…。

それをサルザードに、とくとくと彼は語った。


「な…」

「という事なのじゃ」

「という事じゃないでしょう!

 それは本当なんですか?」

「ああ」

「うむ

 間違い無い

 ワシも兄者(ガストン)に確認した」

「それで…

 それで騎士団長…

 いや、アルベルトは?」

「全ての罪を背負うと」

「馬鹿な!

 元はと言えば…」

「言うな

 結局はワシは、あ奴に罪を…」

「それで…

 預けて辺境に?」

「うむ

 その方が誤魔化せるじゃろうと…」

「はあ…

 どうかしてますよ?」

「同感じゃな」

「うむ…」

「そこは私も、ヘイゼルと同じ意見ですよ

 どうしてそこまで…

 (アルベルト)を追い込んだんですか?」

「ワシは…

 ワシはそんなつもりは…」

「ですが結局、それが災いを招いて…

 あれ?」


ここでアルサードは、ある違和感に気が付いた。

それは奇しくも、アーネストが感じていた違和感と同じ物であった。

王子が災いを招く、そういう神託が女神から下されていた。

そして事実として、当時の王都には現実として災いが訪れていた。

凶作に流行り病、それらが王子が亡くなるまで、災いとして起こっていたのだ。


「どうした?」

「変ですね?

 そもそもが、王子が災いの元凶なんですよね?」

「うむ

 神託ではその様に…」

「へっ

 それも当てになるか」

「どういう意味じゃ?」

「ヘイゼル

 あなたもまさか…」

「ああ

 サルザード

 お前が考えた事、ワシ等も考えんと思うか?」

「それでは?」

「ああ

 ワシ等もそう考えておる」

「どういう事じゃ?」

「矛盾してるんですよ」

「矛盾しとる」


二人は口を揃えて、その出来事が矛盾していると言う。

女神の神託では、王子が大いなる災いの元となると告げていた。

それで災いを防ぐ為にも、すぐにでも王子を殺す様にと神託が下されていた。

しかし国王は病に伏せる王子を不憫に思い、その身を王宮の奥深く隠した。

それで女神は、王子を殺さない王国に災いを招いた。

二人はそれが、矛盾していると言うのだ。


凶作が続き、流行り病で多くの者が亡くなった。

確かにそれは災いでしか無いだろう。

しかし災いを防ぐ為に、王子の殺害が命じられていたのだ。

それなのにその王子を殺さない事で、災いが起こっていたのだ。

それでは大いなる災いとは、その災いと別に起こる事になる。


「何じゃ?

 王子が生きておるから災いが…」

「そう考えるよな」

「ええ、そうですよね

 私も最初はそう考えておりました

 しかし先ほどのお話では…」

「むう?」

「女神が災いを起こしたのさ」

「まさか?」

「そのまさかだ

 王子を殺させる為に、女神がそうしたのさ」

「それでは王都を襲った異変は?」

「女神が起こした災いさ」

「そうですね

 私もそう思います」

サルザードもヘイゼルも、王都を襲った厄災は女神が起こしたと考えていた。

今の魔物の出現を考えると、そう考えるのが当然だろう。

大いなる災い以外に、女神が引き起こす災いがある。

そう考えれば、女神の言動には矛盾が感じられる。

王子が生きていようがいまいが、災いは訪れていたのだと。

現に今の魔物の出現が、それを示している。


「馬鹿な!

 それじゃあ…」

「ええ

 王子が生きていようが、生きていまいが…

 あの厄災は訪れていたのでは?」

「じゃから王子が災いを招くというのも…

 どこまでが本当やら」

「そ、そんな…

 それではアルベルトが行った事は?」

「じゃからガストンは…

 兄者はあ奴に止めろと言ったのじゃ

 兄者も気付いておったのじゃ

 女神の神託の矛盾に」

「ならば

 ならばこの魔物の出現は?」

「口実じゃな」

「でしょうね

 理由はどうであれ、魔物は現れたのでしょう

 アルベルト殿の行いは、確かに許されざる罪でしょう

 ですが魔物が現れたのは…」

「人間をどうにかして、滅ぼしたいのじゃな

 それか別の…」

「別の?」

「いや、止めておこう

 分らぬ物を考えても、それは女神しか分からぬ事」

「ヘイゼル?」


ヘイゼル自身は、他に災いが起こると判断していた。

それが何なのか、彼にも分からない。

分からないからこそ、迂闊に口には出来なかった。

今は分かる範囲で、どうにかこの苦境を抜けねばならない。


「兎も角…

 先ずは王都周辺をどうにかせねばな」

「うむ

 先ずはバルトフェルドに、周辺の魔物をどうにかしてもらおう」

「ああ

 ダーナをどうするかは…

 それからじゃな」

「うむ…」


王都の周辺にも、ここ最近では魔物が増えている。

ダーナに増援を送るにしても、先ずは王都近郊を安定させねばならない。

そうしなければ、増援部隊が魔物と遭遇してしまう。

幸いバルトフェルドは、昔はアルベルトと並ぶ勇猛な騎士であった。

彼の騎士団が出るのならば、周辺の魔物は何とかなるだろう。


「問題は…」

「ダーナの周辺じゃな」

「うむ

 竜の背骨山脈…

 あそこは昔から魔物の領域である」


地方には報らされる事は無かったが、竜の背骨山脈は昔から危険なのだ。

ゴブリンが隠れ住んで居る事もあるが、他にも魔物の存在が示唆されていた。

それに険しく急峻な山肌に、滑落したり行方不明になる者も少なく無い。

そうした者達が、亡者となって現れるともされていた。


「ゴブリンは兎も角…」

「亡者もなあ…」

「亡者?

 それは教会の教義で、子供向けの警告では?」

「馬鹿だなあ

 それは方便さ」

「ば!

 何じゃと!」

「落ち着け

 ヘイゼルの申す通りじゃ

 さるは知らんじゃろうが、実際に亡者は発生しておる」

「亡者が?

 報告がありませんが?」

「隠しておるからな

 商人達もそれを承知で越えておる」

「それを承知で?

 それでは商人達が生意気な口を利くのも?」

「秘密を知った上で、王都との隊商を運営するのじゃ

 それなりに幅を利かせようとするじゃろう」

「うむ

 口惜しいが、その通りじゃ」

「まさか?

 それでは報告を、改竄されていたんですか?」

「改竄はしておらんが…」

「サルザード

 お主は本気で、あそこに山犬や、狼が住んでいると思っているのか?」

「え?

 違うんですか?」

「はあ…」

「いくら山犬や狼でも、あそこではそう長く生きられんさ

 ゴブリンが増えないぐらいじゃぞ」

「それじゃあ…

 まさかその報告が?」

「ああ」

「うむ」


竜の背骨山脈では、偶に狼や山犬の被害報告が上がっていた。

旅の隊商が、襲われたという報告が上がって来る。

しかしそれが、山犬や狼で無いとすれば…。

サルザードはここで、改めて自分が知らされていない事が多い事を知る。

表向きの報告とは違って、魔物の被害は実は以前から上がっていたのだ。

それを他の野生の獣の報告として、この王宮に上げていたのだ。

貴族達にも知られない様に、隠語を使って報告されていた。


「それでは…」

「内緒じゃぞ」

「そうじゃのう…

 この機に教えておけ」

「はあ…

 本当は知られたくは無いのじゃがな

 宰相も危険になる」

「き、危険?」

「うむ

 これを知るとなれば、暗部との繋がりも知らねばな」

「ほう?

 あれも教えるか?」

「止むを得んじゃろう?」

「ええっと…

 出来れば遠慮したいんですが…」

「遠慮するな」

「そうじゃぞ

 逆にここで中途半端に知っておると、対処に苦慮するじゃろう?」

「それはそうですが…」


国王はそう言って、幾つかの報告書を取り上げる。

それはこの部屋に来る際に、国王が持って来た書類であった。

サルザードは何故、国王がそれを持って来たか分からなかった。

しかし今となって、その意味を理解する事になった。


「これとこれが…

 魔物の被害報告じゃ」

「これが?

 しかし…」

「こっちが貴族の犯罪

 これは犯罪を犯した子息を、秘密裏に…」

「ちょっと待ってください!

 秘密裏って?」

「じゃからそれが…」

「騎士団の中でも少数の者がな、暗部として動いておる」

「うむ

 現役を引退してな、身軽になってもらっておる」

「まさかそれが…」

「うむ

 メンバーに関しては、その内に紹介させよう

 それよりも今は…」

「これが魔物の被害報告…

 実際には報告よりも…」

「うむ

 被害は少なく公表しておる」

「じゃから馬鹿な貴族共は、魔物の脅威を理解しておらん」

「バルトフェルドの様な、有能な貴族以外はな」

「はあ…

 何て事だ」


バルトフェルドは、実際の被害報告との乖離(かいり)を見抜いていた。

彼は王都近郊の、騎士団の管理も任されていた。

だから自領の情報以外にも、魔物の被害報告を持っていた。

それで実際には、魔物の被害が深刻だと理解していた。

それすら理解出来ない王都住の貴族は、自身の利害の為に動いていた。

実際にはもっと、魔物の被害は深刻であるのに、それすら甘く考えていたのだ。


「それでは?

 それでは魔物はもっと危険だと…」

「言って理解出来ると…

 思うか?」

「あの馬鹿共が、そこまで頭が回ると思うか?」

「ぬう…

 ううむ…」


サルザードもそこは、国王やヘイゼルと同意見だった。

実際の被害報告を聞いても、彼等ではどうしようも出来ない。

王都住の貴族の多くが、大して強く無い私兵を抱えている。

見栄と体裁ばかりの、名ばかりの私兵である。

それを魔物の討伐に出しても、被害が増すばかりである。

このまま伏せておいて、大人しくしてもらっている方がマシだった。


「それでは?

 ダーナはどうします?

 このまま放置ですか?」

「ううむ…

 出来ればどうにかしたい」

「そうじゃな

 おうた…

 おっと」

「ヘイゼル…」

「子息殿が居るとはいえ、継承問題がな…」

「そうですな

 アルベルトがこのまま亡くなれば…」

「その問題に関しては、実はのう」


国王はそう言って、別の書類を取り出す。

そこにはアルベルトの署名と、王家の決裁印が押されていた。

二人は既に、後継者に関して相談していた。


「これは…

 領主代行の任命?」

「うむ

 まだ草案であったがのう

 使い魔を使ってでも、もっと詳しく話し合っておれば…」

「たらればを言っても仕方が無いさ

 今はその貴族…

 まだ子爵か?」

「うむ

 バルトフェルドの養子じゃ」

「あの貴族ですか?

 しかし商人の妾腹で…」

「しかしバルトフェルドがしっかりと鍛えておる

 問題はそれに見合う、功績がまだ無い事じゃのう」

「そうですね…

 一代領の管理だけでは…」

「うむ

 何か手柄を上げねばな」

「それなら一層…

 バルトフェルドに連れさせればどうじゃ?」

「魔物の討伐か?」

「うむ

 ヘイゼルにしては名案じゃな」

「貴様!

 ワシにしては名案とは何じゃ!

 それではワシが…」

「まあまあ

 サルザードもそう虐めてやるな」

「しかしですな

 最近では失敗も多くて…」

「じゃからアレは、失敗じゃ無いと…」

「はあ…

 蒸し返すな」


サルザードは、先の秘薬の失敗を引き合いに出す。

それで無くとも、国王に対する態度で気に食わないのだ。

それで二人がいがみ合うのを、国王は困った顔をして見詰める。


「似た者同士なのに、何でいがみ合うのじゃ?」

「似てません!」

「似ておらんわ!」

「ほれ

 本当は気も合うんじゃろうに…」

「合いません!」

「合わんわ!」

「ほれ」

「ふん!」

「へっ!」


二人は口ではどうこう言っても、タイミングもピッタリに反対方向を向く。

国王はやれやれと、肩を竦めてみせる。


「しかし…

 よろしかったのですか?」

「ん?」

「これではまるで…」

「そこはほれ」


国王はサルザードの言いたい事を理解して、別の書類を見せる。


「魔物の討伐と…

 その功績を認める?」

「うむ」

「しかしこれは、ダーナを守る領主としては当然の…」

「いや、アルベルトにでは無い

 その息子の方じゃ」

「それではアル…」

「サルザード」

「し、失礼いたしました

 ぎ、ギルバート殿ですな

 彼に叙爵を?」

「うむ

 それに合わせて、アルベルトの降爵を解く

 そのつもりであった」

「なるほど

 それならば貴族共も…」

「うむ

 それで黙らせるつもりじゃった

 それなのに…

 アルベルトめ…」


国王はそう言って、口惜しそうに拳を握り締める。

この事態が起きなければ、遠からぬ内に王都に召喚するつもりであった。

その際に王太子である事を明かして、大々的に戴冠式を行う。

二人はその計画も考えて、秘密裏に準備も進めていた。

魔物の襲撃による被害は、国王にとっても青天の霹靂であった。


「それでは

 フランドールに活躍をさせて、ダーナの代行領主として赴任させる

 それでよろしいですね」

「うむ

 バルトフェルドには、それとなく打診しておけ」

「はい

 しかし見せ場を作らせて活躍させるとは…」

「うむ

 他の貴族共に知られては、またひと悶着起きるじゃろう

 悟られるで無いぞ」

「はい

 慎重に事を運びましょう」

「うむ

 ヘイゼル

 使い魔を頼む」

「へいへい

 分かっておるわい

 その旨を伝えるので良いか?」

「うむ…

 そうじゃなあ…」


国王は他に、何か伝える事が無いか考える。


「アルフ…

 ギルバートには入れ替わりで、王都に登城する様に伝えてくれ」

「登城の用向きは?」

「予定通り、魔物の討伐の功績じゃ」

「将軍の方は?」

「そちらは既に、大隊長からの昇進を褒美としておる」

「ああ

 まだ褒美を与えて無いからか…」

「うむ」


ギルバート自身には、国王からのお褒めの言葉しか送られていない。

それはギルバートが、まだ成人していなかったからだ。

未成人の者には、領主からの褒美しか与えられていない。

それは叙爵や勲章に関しては、未成年であるから親に与えられる事になる。

それを口実に、アルベルトの降爵を解くという、名目も考えられていた。

しかしアルベルトが危篤となった今、もっと早くすべきだったという後悔の念が付き纏う。

そうしておけば、彼は魔物に襲われる事も無かっただろう。

同時にそれは、ギルバートが危機に陥っていた事にはなるのだが…。


「それではギルバート?

 その子を登城させるという事で良いのか?」

「ああ

 それと…」

「一緒にアーネストも呼んではどうじゃ?

 彼もそれを望んでいるだろう?」

「そうじゃな

 二人はとても、仲の良い親交を築いておる

 一緒に呼んで、功績を褒めるか」

「そうですな

 彼も魔物の討伐に、一役買っております

 子爵ぐらいの叙爵は妥当かと?」

「叙爵か?

 それなら領地を…」

「一代限りの、王宮務めでも良いんじゃ無いか?

 幸いワシも、後継者が欲しかったところじゃ」

「ぬう?

 弟子に取るのか?」

「弟子では無かろう?

 兄弟子の弟子…

 ややこしいいな」

「ははは

 次期宮廷魔術師候補

 それで良いでしょう」

「うむ

 それで叙爵とするか

 体裁も保てるな」

「はい」

「ふん

 軽々しく叙爵なんぞ…」

「何じゃ?

 嫉妬か?」

「違うわい

 ワシ等魔術師にとっては、貴族姓は邪魔でしか無い」

「ははは

 素材の買い付けには、役に立っておるじゃ無いか?」

「ふん」


魔術師にとっては、貴族という(しがらみ)は邪魔でしか無い。

貴重な研究や実験を、貴族の責務で邪魔されるからだ。

それでヘイゼルは、叙爵の話を断っていた。

しかしちゃっかりと、素材の買い付けには王家の名をチラつかせていた。

それを国王は、叙爵の代わりに目を瞑っていた。


「それではフランドールの代行

 それと入れ替わりに、アルベルトの嫡男ギルバートの登城

 並びに先年の功績を称える褒賞の授与

 同行者にアーネストを付ける事

 以上でよろしいですか?」

「うむ

 それで文面を考えてくれ」

「はい」


サルザードは頷くと、机上で書面を作成する。

それを使い魔に託して、アーネストの元へ送るのだ。

後はアーネストが、それを読んで行動するだろう。

報告を送ったぐらいだ、それぐらいは出来るだろう。


「そうじゃのう

 後は代行が到着するまでは、現地の将軍に委任にして…」

「魔物の討伐は、騎士団に任せる

 ですか?」

「うむ

 増援が送れん以上は、彼等でどうにか頑張ってもらうしか無い」

「そうですね

 徴兵の権限は?」

「一時領主から、将軍に一任させる事にする」

「はい」


報告には兵士にも、多くの犠牲者が出ているとされていた。

だから兵士の補充も、緊急の急務であった。

しかし領主が倒れた今、容易に徴兵の命令も発布出来ないだろう。

その為にも、徴兵の権限を将軍に一任するしか無かった。


「フランドールはどうされますか?

 赴任するとなれば、部下の私兵も必要でしょう?」

「バルトフェルドの…

 そうか、それはマズいか…」

「ええ

 何でしたら、一代領から募集させますか?

 彼は信任もありますし」

「うむ

 必要ならば、同行を許可してやれ

 部下が居ないのであれば、彼も肩身が狭いじゃろう」

「はい」


代行で向かうフランドールにも、私兵の同行が認められる。

これでダーナの兵数も、幾らか回復するであろう。

それと同時に、ヘイゼルは提案をする。


「一層の事、アルベルトの家族も呼んでやらんか?」

「むう?

 しかしアルベルトが…」

「彼が亡くなれば、その家族も残りたがるじゃろう

 墓はダーナに建てる事になる」

「そう…じゃな

 それもそうか」

「そうじゃな

 希望があれば、移住も許可すると書いてやれ

 ジェニファー…

 あれの姉も心配しておる」

「エカテリーナ様ですね」

「うむ

 最近はまた、臥せっておる

 妹が帰って来るとなれば…」

「喜ばれるでしょうね」

「ふん

 それこそまだ、決まっていない事じゃろうが

 ほれ

 早う手紙を寄越せ」

「あ!

 おい!」

「これ

 喧嘩をするでない」

「しておりません」

「しておらんわ!」

「はあ…」


国王は顔を顰めて、二人のやり取りを見守る。

二人は手紙を取り合って、羊皮紙は破れてしまう。


「あ!

 ああ…」

「ほら見ろ

 書き直しじゃ」

「序でに反国王派に気を付けろと書き加えろ」

「反国王派?

 しかしダーナには…」

「暗部からの報告じゃ

 あそこにも居るわ」

「ふむ

 それなら序でに、フランドールの同行者にも加えては?

 リストはありますか?」

「うむ

 有るには有るが…」

「それは善い考えじゃ

 奴等は魔物を甘く見ておる」

「序でに魔物に襲われて、弱体化してくれれば…」

「ふふふ

 それも良いのう」

「ははは

 良い考えですぞ」


サルザードもヘイゼルも、悪そうな表情を浮かべる。

二人の気の合った様子を見て、国王は溜息を溢す。


「はあ…

 ダーナが荒れても知らんぞ」


国王はそう言いながら、反国王派のリストを書き出す。

サルザードはそれを見て、フランドールと親交のある貴族に印を着ける。

この貴族にそれとなく、フランドールが出立する事を漏らすつもりだ。

そうなれば栄転と判断して、着いて行く貴族の子息も増えるだろう。


「ふふふふ…」

「ぬはははは」

「はあ…」


二人の悪巧みを、国王は見なかった事にする。

そうしてまだ見ぬ息子を思いながら、そっと胸元のペンダントを手にする。


「サルザード」

「はい?」

「ワシに…

 いや、あの子の事を頼んだぞ」

「はい…」

「これからあの子は、王太子として苦難の道を進むじゃろう」

「そうじゃな

 国王のせいで、魔物という危険な敵も現れた」

「これ!」

「良いのじゃ

 過去の罪に苦しむのは、ワシ等だけで十分じゃ」

「そうじゃな

 止められ無かったワシにも、その責任がある」

「ヘイゼルまで…」

「頼んだぞ」

「うむ

 支えになってやってくれ」

「はい

 不肖サルザード

 王太子の恩為に尽くさせていただきます」

「これ

 まだ王太子には…」

「ははは

 良いでは無いか

 いずれは王家を継ぐのじゃ」

「ううむ…」


サルザードは力強く頷く。

しかし国王は、まだ何か起こりそうな不安を感じていた。


「これで…

 上手く行けば良いがのう」

「なあに

 いざとなればワシも…」

「老師が?

 年寄りの何とかでは無いですかな?」

「うるさいわい」

「しかし…

 使徒の動向が気になるのう

 人間同士の争いも危険じゃが、あ奴等の企みも気になる」

「使徒ですか?」

「うむ

 思えばあの計略も、使徒の一人からの提案じゃった」

「そういえば…」

「うむ

 兄者もそう申しておった

 何故使徒同士で、この様な駆け引きをしておるのか…」

「そうですよね

 これも女神様のお考えなのでしょうか?」

「ううむ…

 そうでは無かろう」

「うむ

 女神は眠っておる筈じゃ」

「それでは…

 どうして?」

「分からん

 分らんが…」

「嫌な予感がするのう」

「うむ

 このまま何も起きなければ良いが…」

「なあに

 きっと大丈夫ですよ

 はははは」

「ならば良いが…」


サルザードとヘイゼルは、その後も暫く手紙の草案を考える。

二人で散々と罵り合いながらも、満足の行く内容に仕上がったらしい。

そして使い魔に手紙を着けると、二人はそれを送り出しに向かった。

それを見送りながら、ハルバートは再びペンダントを握り締める。


「もうすぐ

 もうすぐ会えるからのう

 アルフリート…」


国王は月を見上げ、静かに呟いた。

月はその蒼い輝きで、地上を照らしていた。

まだまだ続きます。

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