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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第三章 新たなる領主
68/190

第063話

ダーナから王都までは、直線距離では約200㎞を超える

そして途中にはノルドの森と、険しい竜の背骨山脈が広がる

そこを超えてからも平原や森を抜け、大きな川を渡る場所もある

これを馬車で行くとなると、1週間以上の行程が必要となる


アーネストが飛ばした使い魔は、速度こそは大して早くは無かった。

しかし途中での休息を必要としない分早く移動出来て、翌日の夕刻には王都の空を飛んでいた

これを早馬や馬車で送ったなら、1週間は掛かっただろう

使い魔は指定の魔力を探して王都を飛び、やがて王宮の入り口へと辿り着く

そこから門番の騎士に連れられて、王宮へと入って行った


その王宮魔術師はヘイゼルと言い、王宮魔術師として勤めていた。

彼には身寄りは無く、気儘な一人暮らしを楽しんでいた。

嘗てはライバルも多数居たが、歳や病に倒れ、今や彼が実質のトップとなっていた。

その為に、普段は研究三昧で私室に籠っていた。


「またあそこに籠って居るんですよ?

 騎士様からも何とか言っていただけませんか?」

「はははは

 老師は研究が生き甲斐だって申してますから

 貴女も掃除や洗濯が出来なくなると…

 辛いでしょ?」

「そうなんですけど…

 たまに生きているか心配で…

 旦那様」

コンコン!


メイドはヘイゼルの研究室と言う名の、私室のドアをノックする。

しかし反応が無い。

そこでメイドは、もう少し強めにドアを叩く。


ゴンゴン!

「旦那様」


しかし返事が無い。

メイドは苛立ったのか、口調が荒くなる。


ドンドン!

「旦那様?

 返事しろといつも言ってんだろが!」

「っ!」

ドゴドガッ!


メイドは激しく、ドアを蹴り上げる。

しかし反応は無い。


「おほほほ

 すいませんねえ」

「は、はあ…

 寝てるんですか?」

「まさか?

 没頭されていると聞こえないみたいなんですよ」


騎士は笑顔を引き攣らせ、何とかその場を誤魔化す。

それからメイドは試しに、ドアを軽く引いてみる。

ドアは抵抗も無く開き、中から異様な臭いがしてくる。

まさかの鍵も閉めずに、老魔術師は研究に没頭していたのだ。


「うわっ

 また変な薬を作っているんですか?」

「っぷ、これは…」

「はあ…

 また洗濯物が増えるわ…」


あまりの異臭に、二人は鼻を摘まむ。

中から紫の煙が漏れて来て、廊下まで異臭が広がる。

紫の煙の向こうで小柄な老人が、幾つかの瓶と壺を使って何かの液体を混ぜていた。

紫色の妖しい煙は、この壺から漏れ出ていた。


「ヘイゼル様

 ヘイゼル老師様」

「…」

「老師様!」

「うお!

 何じゃい!

 間違えるところじゃったぞ!」


老魔術師は聞こえていなかったのか、薬の調合に集中していた。

よほど重要な薬なのだろう。

彼は真剣な表情で、紫の煙も気にせずに集中していた。

二人はちょっと嗅いだだけで、顔を顰める様な異臭のする煙の中でだ。


「老師様

 騎士様がいらしてます」

「騎士じゃと?

 ワシは呼んでおらんぞ?」

「ヘイゼル様

 使い魔が到着しました」

「なんじゃ?

 …使い魔じゃと?」

ポチョン!


老師は怪しげな液体を、紫の煙が出る壺に無造作に落とした。

それから訝し気に、小走りで入り口に向かって来る。

後ろでは紫の煙が赤紫に変わり、壺が小刻みに震えている。

騎士は壺が気になったが、自分の職務を果たすべく使い魔を手渡す。


「いったい誰からじゃ?

 …こ、これは!」

ゴゴゴゴ…


ヘイゼルは使い魔から手紙と筒を取り、使い魔を止まり木に乗せてやる。

使い魔の足には、梟の印を押した封蝋がされている。

それを懐かしそうに、ヘイゼルは見詰めていた。

その向こう側で、赤紫の煙はますます増え続ける。

心なしか、不気味な振動も感じられていた。


「うーむ

 ガストンは…

 兄者は死んだ筈じゃが…」

「ガストン老師ですか?」

「ああ

 田舎に超した兄弟子じゃ

 確か5年前に亡くなった筈じゃが…」


手紙の封蝋は、ガストンの愛用していたフクロウの印が刻まれていた。

これはアーネストが後を継いだ時に、ヘイゼルも立ち会って渡されていた物だった。

しかし彼は、その事をすっかり忘れて、弟子が受け継いだ事すら忘れていた。

ヘイゼルは手紙を取り出し、中身を読み始める。

見る見るうちに、彼の年老いた皺だらけの顔が険しくなる。

心なしか、顔色も少し悪くなっている様に見える。


「如何なされた?」

「兄弟子の後継者からじゃ」

「それはまた…

 して、お顔の色が優れない様ですが?

 如何されました?」

「うーむ

 マズいのう」

「?」


騎士は事態が呑み込めず、老師が次の言葉を言うのを待った。

使い魔を寄越すほどの事があったのだ、場合に依っては自分達が動く必要がある。

老魔術師はそう考えて、深刻な表情を浮かべる。

その向こう側で、メイドも真剣な表情を浮かべていた。

しかしそれは老魔術師の言葉にでは無く、視線は小刻みに震える壺に注がれていた。


「そいつの言う事には、ダーナが魔物に襲われたらしい」

「ダーナが?」

「そうじゃ

 城壁も一部崩されて、領主が倒れたらしい」

「城壁って…

 ダーナも王都と同じ…」

「ああ

 ドワーフ作の、堅牢な城壁の筈じゃ」

「それは大変だ!

 直ちに陛下に…」

「待て

 陛下にはワシが話そう

 お前さん達はこの事を、内密にするのじゃぞ」

「内密に…ですか?」


騎士はゴクリと唾を飲む。

事は重要な案件で、他者には漏らすなと言う事だろう。

騎士はメイドの方を見る。

メイドも王宮で働く者だ。

二人の会話から重大な事だと判断し、頷いた。


「良いな

 これは他言無用じゃぞ」

「はい」

「ええ」


二人は老師の無言の圧力を感じ、しっかりと頷いた。

次の瞬間、静まり返った部屋に、壺に亀裂が入る音が響く。


ピシッ!


「あ!

 ああ…」

「老師…」

「ヘイゼル様…」


老師は悲壮な顔をして、割れた壺を持ち上げる。

中身はゆっくりと零れ落ち、老師はその場に泣き崩れた。

余程大事な秘薬だったのだろう。

老師はとても悔しそうに、地面を殴った。


「うおおおお」

「ま、また作られれば…」

「そうですよ」

「無理じゃ

 あれは特殊な素材も使っておる

 そうそう出来る物では無いんじゃ」

「老師…」

「おいたわしや…」

「老師

 何ならその素材を…」

「わ、ワシの白髪染めの秘薬がああああああ!」

「私は国王に会って来ます」

「私も洗濯物が途中なので…」


そそくさと二人が去った後、部屋には老師の慟哭が暫く響いていた。


騎士は足早に王宮を抜けて、国王に報告に向かう。

先ずは謁見の間に到着し、扉の前に立つ仲間の騎士に伝言する。

彼は伝言を受けると、中に入って国王に奏上する。

国王ハルバート・インペリアル・クリサリスは、謁見の間で面会を行っていた。

その合間を縫う様に、騎士は伝言を伝える。


「陛下

 緊急の問題が」

「む?

 何じゃ?」

「ダーナからの使い魔です」

「ダーナからじゃと?

 ワシは報告を受けておらんぞ?」

「それがどうも…

 ヘイゼル老師への伝言であった様で」

「むう?

 それで、何故ワシに?」

「それが中身が問題な様子で…」

「どういう事じゃ?」

「よろしいですか?」

「うむ

 サルザード」

「すまぬが事が事故(ことゆえ)に、謁見は一時中断とする」

「し、しかし…」

「貴殿の領内の問題は分かる

 しかしな、緊急の伝言である」

「ぐ…

 なれば私も…」

「下がれと申しておる」

「そ、そんな!」

「陛下の命令である」

「あ、ああ…」


国王は宰相に振り返ると、謁見を一時中断する。

面会の途中であった貴族に、宰相サルザードは下がる様に指示を出す

貴族はなおも食い下がろうとするが、騎士に腕を掴まれて連れて行かれる。

彼の領内では、最近になって魔物が活発に活動していた。

それで騎士団による、討伐の要請が必要だったのだ。

しかし承認を得る前に、彼は下がる様に命令されてしまった。

人払いをすると、国王は改めて騎士に仔細を問うた。


「して、如何なる用件じゃ?」

「それがどうにも…

 ダーナに住むガストン老師の、お弟子からの伝言との事で…」

「うむ

 その少年なら知っておる

「しかしガストン老師は…」

「ええ

 お亡くなりになられて5年になります」

「もう…

 そんなに経ったのか」

「ええ」

「して、その様な手を使うぐらいじゃ

 火急の用件なのじゃろう?

 如何様な伝言じゃ?」

「それが…

 仔細は受けた者が控えております

 呼んでよろしいですか?」

「うむ

 連れて参れ」


これで晴れて、使い魔を受け取った騎士が通される。

ここまで厳重なのは、国王に害を為す者を近付けない為である。

そして騎士が呼ばれて、謁見の間に通される。

彼は緊張しながら、仲間の騎士を通して手紙を差し出す。

手紙はサルザードが受け取り、中身を改めてから国王に手渡された。


「こ、これは…」

「どうしたのじゃ?」

「陛下

 ご覧ください」

「むう!

 ば、馬鹿な!」

「国王様!」

「あ、あり得ん…」


国王は手紙の中身を見て、愕然としていた。

その様子を見て、控えていた騎士も緊張する。

それは当然であろう。

伝えられた報告は、ダーナに魔物が攻め込んだというものである。

そして兄弟の様に育ったアルベルトが、今まさに亡くなろうとしているというのだ。


「国王様

 その手紙の中身が真実であるなら…」

「いや

 真実であろうな…

 ガストン老師のお気に入りであった、あの少年からの手紙じゃ

 噓を吐く意味が無かろう」

「しかし、あり得ません

 あのアルベルトが…」

「国王様

 アルベルトとはもしかして…」

「うむ

 ワシの従弟である、アルベルト元騎士団長じゃ」

「おお!

 あの国王様を守られ、ご活躍されたという…」

「そうじゃ

 そのアルベルトが、危篤じゃと言うのじゃ」

「え?」

「まさか!」


この報告に、騎士達は驚きを隠せなかった。

彼等騎士からすれば、アルベルトは有名な騎士である。

国王を戦場で守り、多くの活躍をしたと語られる。

その後に政争に敗れ、罪を負って辺境に隠居したとされていた。

しかしその勇猛な活躍に、憧れる騎士は多かった。

いや、正確にはこの騎士の様な、中年の騎士にとっては英雄の様な存在であった。

逆に若い騎士達には、政争に敗れた、愚かな騎士と見る者も少なく無かった


「アルベルトが…

 あいつが危篤じゃと…

 こうしてはおれん」

「国王様!」

「至急ダーナに…」

「なりません!

 あなたは国王ですぞ」

「しかしアルベルトが!」

「危篤と書かれていたのでしょう?

 それならば、間に合わないでしょう」

「き、貴様!」

「陛下!

 ここからダーナまで、幾日掛かるかお忘れですか?」

「ぐぬう…」


サルザードの言う通り、ここからダーナまでは距離があった。

急ぎの早馬でも、半月は掛かってしまう。

ましてや国王が動くとなれば、一月では済まないだろう。

今では魔物が現れており、道中には険しい竜の背骨山脈を越えなければならない。

国王が向かうとなれば、道中の安全を確保してから進む事になる。

そんな事をしていれば、先ず間に合わない事は確実である。


国王は、口惜しそうに拳を握り締める。

しかし何と言おうとも、彼が軽々しく動く事は出来ないのだ。

サルザードは国王の心中を察して、慰める様に言葉を掛ける。


「陛下

 お気持ちは分かります」

「分かるものか!

 あ奴はワシの従弟にして、弟の様な存在なのじゃ

 それをあんな…」

「陛下!

 それ以上はなりませぬ!

 人払いはしておりますが、何処に耳があるか分かりませんぞ!」

「ぬぐう…」

「あんな?」


国王は感極まってか、思わず何かを口走ろうとしていた。

しかしサルザードが気が付き、素早くそれを(とど)めていた。

騎士は気付いていなかったが、そのままではマズい事を口走っていただろう。

国王はサルザードに(たしな)められて、何とか自制する事が出来た。


「ぐぬぬ…

 しかし

 しかしのう」

「分かりますが、それ以上はなりませぬ」

「ぐぬう…

 あ奴はワシのせいで…」

「ですがそれは、アルベルト殿も承知の事でしょう?

 それで彼は、罪を背負って去られたのですよね?」

「じゃからこそ、あ奴の死に目にワシが…

 ワシはあ奴の最期に…」

「まだ詳細が分かりませぬ

 もう一度ダーナに、使い魔を出しましょう」

「ぐぬう…」

ダン!


国王は本当に悔しそうに、玉座の肘掛けを叩いていた。

それで左手に、血が滲んでいた。

それでも構わず、国王は拳を握り締める。


「国王様!」

「謁見は中止じゃ!

 この後の晩餐の会議もな」

「はい

 ヘイゼルを呼びますか?」

「ああ

 出来る事なら、詳細を知りたい」

「ですがそれは…」

「ああ

 使い魔が戻ってからじゃろうな

 くっ…」


ハルバートとしては、今すぐにでも仔細を知りたかった。

しかし手紙には、魔物の被害と死傷者の事しか書かれていなかった。

アルベルトに関しては、その戦闘にて重傷を負い、危篤としか書かれていなかった。

これはアーネストが、他の者に見られる可能性を考えての事だった。

あまり詳しく書けば、国王の耳に上らずに握り潰される可能性もあるからだ。

王都にはアルベルトを慕う者も多いが、憎んで見下す者も多く居るからだ。


晩餐の会議は、今期の税収と治安の状況を聞く形式的な物であった。

これ自体は今日行わなくとも、大した影響を与えない。

国王は謁見の間を出ると、側近を引き連れて私室の隣の会談用の部屋へ移る。

護衛だけを残して、国王は宰相と部屋で待っていた。

足音が聞こえて、ほどなくドアがノックされる。


コンコン!

「ヘイゼル様がお見えになりました」

「うむ

 通せ」

「離せ

 離さんか

 ワシは重要な…」

「ヘイゼル様

 陛下のお召しですぞ」

「しかし重要な秘薬が…」

「秘薬?」

「あ!

 いやあ…

 秘密の研究がな…」

「ヘイゼル様…」

「騒がしいぞ」

「はい

 早く入ってください」

「ふん」


ハルバートは答え、騎士がヘイゼルを部屋へ招き入れる。

ヘイゼルは入り口で、暫くごねていた。

しかし国王に聞かれては困るのか、不満そうに部屋に入って来た。

国王は手で合図をし、他の者達に退室を促す。

しかし騎士達は、首を振ってそれを拒もうとした。


「これは重要な案件じゃ

 お前達でも聞いてはならぬ」

「しかし!」

「頼む…」

「ですが陛下の身が…」

「サルザードにヘイゼルが居る

 この二人が、ワシに害を成すと思うか?」

「…分かりました」


護衛の騎士は不承不承ながら頷き、部屋の外へと出た。

彼等はそのまま、入り口でクリサリスの鎌を構えて見張る。


「私は残りますぞ」

「好きにせい」


宰相サルザードは入り口に移動すると、会話の邪魔にならない様に配慮した。


「して、先ほどの報告じゃが…

 本当なんじゃな?」

「ああ

 兄弟子の弟子からの手紙じゃぞ

 お前もよく知っておるじゃろう?」」

「うむ、確かにガストンの弟子じゃな

 あ奴の印を受け継いだのか?」

「ああ

 書簡の梟の封蝋

 間違い無い」

「となると…

 確か…アーネストじゃったのう」

「ああ」


国王は懐かしそうに封蝋を触り、ガストン老師の弟子を思い出していた。

あの時はアーネストもまだ幼子で、両親を喪ったばかりだった。

国王も心配して、ガストンが私邸に引き取る件を承諾した。

あの少年が大きくなり、こうして緊急の報を伝えてくれた。

その事に関しては、彼は女神様に巡り合わせを感謝していた。

しかし問題は、その手紙の中身であった。


「では…

 本当に間違い無いんじゃな?」

「ああ

 あの子供が、嘘を吐くと思うかね?」

「そうじゃな

 ヘイゼルなら兎も角…」

「何でワシが?」

「いや

 先週も貴様、ワシの名で注文しておったじゃろう?」

「え?」

「ワシが知らんと思ったか?

 香草や薬草を何に使った?」

「ええっと…」

「あんな大量の香草

 料理以外の何に使ったのじゃ」

「あ…」

「白髪染め」

「はあ?」


サルザードがボソリと、その使い道を告げた。

国王はあまりの事に、思わず間の抜けた声を上げる。


「な、な、何で!

 何でし、知っておる」

「報告が入りましたから

 何でも珍しい、特殊な素材も使っていたとか」

「何じゃと?

 他にも勝手に購入しておったのか」

「あ、いやあ…

 それは自前の素材で…」

「それじゃあ、白髪染めに大量の香草を?

 そんな物の為に?」

「そんな物と言うな!

 あんたも最近、白髪を気にしておったじゃろうが」

「ワシは娘に言われて…」

「じゃからワシも気になって、こうして色々試しておったんじゃ

 ようやっと完成しそうじゃったのに…」

「また失敗したのか?」

「うるさい!

 失敗じゃないわ

 ただ壺が割れてしもうて…」

「薬が漏れて駄目になったとか」

「それでは失敗じゃろう?」

「失敗じゃないわい!」

「はあ…

 また散財を…」

「じゃから失敗じゃ無いと…」

「うるさいわ

 何度王家の財を散在して…」


二人は暫く、文字通りの不毛な争いを続けた。

内緒で国王の名まで使って、資材の調達をしたヘイゼルも悪いだろう。

しかしその原因は、国王が白髪の事を悩んでいた事が発端であった。

ヘイゼルも口ではこう言っていたが、内緒で国王にも分けるつもりだったのだ。

そして失敗したかどうかで、暫く二人はくだらない言い争いをしていた。


「はあ、はあ…」

「ぜい、ぜい…」

「それで?

 失敗したんじゃろうが?」

「じゃから秘薬自体は完成して…」

「うおっほん

 お二人共

 何の為にここに来たんですか?」

「ん?」

「へ?」


ここでサルザードが、わざとらしく咳払いをした。

そもそもがこの部屋に集まったのは、使い魔の齎した手紙の事である。

この様な毛生え薬の失敗等という、不毛な言い争いをする為の物では無かった。


「あ…」

「そうじゃ!

 坊主からの手紙の事じゃ」

「忘れないでください…」

「すまん」

「申し訳ない」


サルザードの呆れた顔を見て、二人は深く反省していた。


「それで、この手紙が本当であれば…」

「ああ

 ダーナに魔物が攻め込んだんじゃ

 そして城壁も一部が崩された」

「そんな馬鹿な話しがあるか

 あの城壁は帝国をも退けた、堅牢な城壁じゃぞ」

「ああ

 そうであった筈じゃ」


城壁の堅牢さに関しては、ヘイゼルも同意見だった。

しかし手紙には、確かに破壊されたと書かれていた。


「一体どうやったら…」

「魔物じゃろうな」

「それは分っておる

 しかし魔物が…

 あの城壁を壊せると?」

「壊せるじゃろうな

 ハルバート

 お前も英雄の物語は知っておろう?」

「英雄の物語?

 帝国のあれか?」

「ああ

 カイザートがどうたら

 アルサードがこうたら

 あの物語じゃ」

「ヘイゼル…

 そんな言い方をせんでも…」

「そうも言いたくなるさ

 肝心な箇所は、皇帝が書き直しおった

 その前の話は?

 元の話は知っておるか?」

「魔導王国に対して、亜人と連合軍を作ったとか?」

「ああ

 その一節に、魔物の記述もあったじゃろう?」

「確かにありましたが…

 あれこそ眉唾物でしょう?」

「いんや

 あれは半分以上真実じゃ」

「まさか!

 山の様な大きさの魔物や、火や雷を吐く魔物が居たと?」

「ああ

 そしてその一節の中に、ドワーフの城が崩されたともある」

「ドワーフの…

 それでは現実に?」

「ああ

 魔物はそれだけ、恐るべき存在なのじゃ」

「うぬぬぬ…」


ヘイゼルはその場で、ドワーフの城が崩れる様もうたってみせる。

サルザードは半信半疑であったが、国王は険しい表情を浮かべる。


「堅牢なるドワーフの王

 ミゼランが城は白亜の居城

 されどその居城も、魔物の吐きし炎に巻かれる

 柱は巨人に打ち砕かれ

 その堅牢を誇る城壁も、魔物の足元に踏み砕かれる」

「それが現実にあったと?」

「魔物が現実に存在するのじゃ

 あり得ぬ事では無かろう?」

「しかし…」

「それにな

 魔導王国の城…

 一つも残っておらぬじゃろう?」

「それは…

 昔の城じゃから…」

「経年劣化もあるじゃろう

 しかし一番の問題は、それが攻め滅ぼされたからじゃ

 それも魔物にな」

「何故魔物だと?」


ヘイゼルの言葉に、サルザードは食い下がった。

魔導王国が滅びた詳細は、帝都にも王国にも残されていない。

しかしヘイゼルは、何かを知っている様な口ぶりであった。

それを感じて、国王はヘイゼルに問うた。


「ヘイゼル

 何を知っておる?」

「人払いは…

 完璧かのう?」

「うむ」

「ヘイゼル!」

「騒ぐな

 聞かれては困るのは、貴殿も国王も同じじゃ」

「何だと?」

「ヘイゼル

 あの事に…

 関係するのか?」

「うむ」

「あの事とは…

 まさかヘイゼルも?

 知っていると申されますか?」

「ああ」

「当たり前じゃ

 兄弟子のガストンが絡んでおる

 ワシが知っておっても…

 当然じゃろうが」

「な!」

「そうじゃ

 お前はそれで、今もワシに不満を持っておる」

「ああ」

「そんな…

 聞いておりませぬぞ?」

「話せるか!

 軽々にあの様な事を…」

「ぬう…」


ヘイゼルの口ぶりから、彼も王国の秘密を知っている様子であった。

そして宰相であるサルザードも、少なからず知っている様子である。

簡単に話せる事では無いので、その確認は出来ないでいた。

しかし知っている上で、ヘイゼルはその事で国王を非難しているのだ。

だからこそヘイゼルは、国王に対して不満を隠そうとしなかった。


「して、ヘイゼル

 貴様はどこまで…」

「良いのか?

 ここで話しても…」

「くっ…」

「止せ!

 問題はそこでは無い

 魔物の事じゃ」

「それは…」

「ああ

 魔物が如何にして…

 いや、そもそも、何故魔物が襲って来るのか…」

「それは女神様を…」

「恨んでじゃと?

 サルザード

 貴殿は阿呆か?」

「あ…ほ?」

「ヘイゼル…

 止さぬか」


宰相サルザードは国政に関しては、頭の切れる有能な男である。

しかしこの様な、謎掛けの様な話には向いてはいなかった。

国王は見抜いていたが、この老人も何かを知っている。

それで国王は、ヘイゼルに改めて質問をし直した。


「して

 うぬの見立ては?」

「魔物が女神を憎んでおる?

 あれは真っ赤な嘘じゃ」

「じゃろうな

 そうで無ければ、辻褄が合わん」

「ちょ!

 無礼では…」

「構わんさ

 どうせ聞こえておらん」

「ですが女神の耳が…」

運命の糸(フェイト・スピナー)か?

 ここには居らん」

「何故です?

 陛下はまるで…」

「知っておるからじゃ

 今の女神は、眠りに着いておる筈じゃ」

「ああ

 その筈なんじゃがな…」

「うむ」

「眠りに?」


これに関しても、宰相は知らない話であった。

神である筈の女神が、人間の様に眠るというのだ。

しかも眠っているので、この話も聞かれていないというのだ。

それは全能である筈の神を、疑っている様にも聞こえる。

サルザードにとっては、それはとても信じられない話であった。


「神が…

 眠るんですか?」

「ああ

 奴等の…

 運命の糸(フェイト・スピナー)の話ではな」

「ああ

 間違い無かろう

 周期も一致しておる」

「周期?

 一体何の話を…」

「それよりも

 ダーナの城壁が崩されたのなら、王都の城壁も見直さなければ…」

「そうじゃな

 すぐにでも国防大臣と、会談すべきじゃろう」

「うむ」

「ちょ!

 ヘイゼル

 何を勝手に…」

「重要な事じゃ

 城壁が当てにならぬのなら、兵士を用意する必要があろう?」

「しかし…」

「サルザード

 頼んだぞ」

「はい…」


国王はサルザードに命じて、書類に署名をする。

二人の話が本当ならば、魔物によって王都の城壁も破壊される事になる。

そうなれば、この国も過去の王国の様になり兼ねない。

今はそれに備えて、周辺の魔物をどうにかしなければならない。


「しかし…

 本当なんでしょうか?」

「むう?」

「そのう…」

「魔物の事か?」

「ええ

 女神様を…」

「恨んでおらぬな

 それどころか、今回も女神の剣として立っておる」

「っ!

 剣ですと?

 それではまるで…」

「騎士の様じゃ…とな」

「まさか?」

「そのまさかじゃ」

「ああ

 帝国の焚書の原因…

 それは魔物の事もある」

「何ですと!」

「騒ぐな

 騎士が入って来るぞ」

「くっ…」


ヘイゼルは兎も角、国王も魔物を女神の手先と考えている。

その事に、宰相は驚いていた。

それでは女神教の教義が、根底から崩されてしまう。


「どういう事なんです?」

「どういう事もこういう事も…」

「そもそも、人間が悪いのじゃ」

「人間が?」

「うむ」

「亜人も悪かったがな…

 人間はもっと醜悪じゃった」

「そうじゃな…」

「それじゃあ…

 魔物は女神様の…

 人間を正す為に人間を?」

「ああ」

「その通りじゃ

 国が腐っておったから、女神は滅ぼせと命じた

 それだけじゃ」

「それだけって…

 それで魔導王国も?」

「ああ

 しかし女神でも…」

「魔物の制御は容易では無い

 それで英雄様の登場じゃ」

「ヘイゼル…」

「まさか?

 それでは帝国の初代皇帝とは…」

「ああ

 魔物を追い払った張本人」

「女神に選ばれた人間じゃ」


二人が語った事が真相ならば、英雄は女神が遣わした事になる。

それも魔物を人間に(けしか)けた張本人である、女神が遣わしたというのだ。

人間の行いを正す為に、魔物によって国を滅ぼす。

その後に英雄を遣わして、魔物を滅ぼさせる。


「それではまるで…」

「自作自演」

「そう見えるじゃろうな」

「まさか!

 お二人はそれを知りながら…」

「知っておったさ」

「ワシは知らなんだ

 あの時までな

 運命の糸(フェイト・スピナー)に教えられ、ガストンに聞くまではな」

「だろうな

 兄者は女神教の教義に疑念を抱いていたからな」

「それでは女神教は…」

「間違ってはおらぬさ

 知らぬのじゃからな」

「知らないって…」

「都合の悪い事は歴史の闇に葬られる

 今までがそうだった様にな…」

「ああ

 帝国の皇帝とまるで変わらんさ」

「教義すらも…

 改変されたと?」

「うむ」

「ああ」


女神教の教義では、魔物は女神を恨んでいるとされていた。

しかしその魔物が、人間の国をを滅ぼす為に、女神に遣わされた存在であった。

そして魔物を滅ぼす為に、女神によって英雄が遣わされる。

こうして英雄が魔物を退けて、新たな人間の国が作られる。

問題はその事を、帝国でも女神教でも隠している事であった。


「そんな事が許されるのですか?」

「許されんじゃろうな」

「それに神様のする事じゃ

 ワシ等がとやかく言う事では無かろう?」

「しかし…

 それでは魔物が現れたのは…」

「こ奴等の仕出かした事の、後始末じゃろう?」

「ワシのか?」

「ああ

 恐らくはな」」

「国王様のって…

 まさか!」

「そうじゃ

 あの件じゃろう」

「しかしあれは…」

「そうじゃな

 些か理不尽ではある

 しかし女神が眠っておるのならば…」

「あり得るのか?」

「ああ

 命令が今でも、有効なのじゃろう」

「そんな…

 そもそもが女神様が…」

「それでもじゃ

 ワシ等は神の命に背いた

 それが必然であったとしても…」


ヘイゼルの見立てでは、今回の魔物の出現は国王が行った事が原因であるという。

それはそもそも、女神が王子を始末する様に神託を下した事が原因である。

しかしそれでも、女神の命を背いた事には違いが無かった。

女神はその事を責めて、こうして魔物を遣わしたと言うのだ。

女神が眠られた今も、こうして王国に災いを齎しながら…。


「罪…ですか」

「ああ

 そうらしい」

「子を親が守る事が…

 それが罪なんでしょうか?」

「言うな」

「そうじゃ

 神託では、大いなる災いを招く…

 そういう事になっておる」

「しかし…」

「問題は…

 どう説明するかじゃ」

「そうじゃな

 至急居城しておる貴族を集めるのじゃ」

「ええ

 連絡をして参ります」

「うむ

 何をするにせよ、あ奴等を納得させねばな」


国王はそう言って、深い溜息を吐く。

国王と言えども、貴族を納得させねば何も出来ない。

貴族を納得させて、魔物との戦闘に備えなければならない。

国王は覚悟を決めて、招集した貴族を説得する事にした。

まだまだ続きます。

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