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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第三章 新たなる領主
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第062話

領主邸宅に戻ったギルバートは、先ずは母親に事態を話した

父の容体も心配なので、話しておく必要があった

母親は最初は気を失いかけて、かなり取り乱していた

しかし二人の娘の為に、気丈に落ち着こうと努めていた

そんな母親の強さが、ギルバートには頼りになると思えた

自分一人では、この重圧に耐えられそうに無かったからだ


夕食まで少し寝て、ギルバートは頭がスッキリした気がした

この睡眠が、身体に掛かっていたスキルの負荷を軽減させたのだろう

スキルは便利ではあるが、連発すれば思わぬ負荷が身体に掛かる

今回の戦いは、それを知る経験にもなっていた


父親が倒れたのは思った以上に堪えた様だ

頭はスッキリしたが、心にはどんよりとした黒い雲が、覆いかかっている様な気分だ

それにこれからの領主代行としての務めが、予想以上に重圧に感じていた

いくら領主の息子と言っても、まだ12歳になったばかりだ

これから領地経営を学ぶ筈だったのに、頼みの綱の父親が倒れたのだ

頼りになる領主である父が居ない今、彼がその代わりを務める必要があった


ギルバートは、父親の執務室へ向かう。

先ほどはここで、己の出生の秘密を明かされた。

その衝撃が収まろかという時に、魔物が侵攻して来た。

だから王都へ向かう計画等も、そのまま棚上げされたままだ。

机にはあの時、父が整理した書類がそのまま残されていた。


「父上…」


本来ならば、ここで泣き喚いたとしても問題は無いのだ。

彼はまだ少年で、敬愛する父親が今にも死にそうになっている。

心の底から泣き喚いて、誰かに縋ったとしても…誰も責めないだろう。

しかしギルバートは、歯を食いしばって執務室の机に向かった。


ギルバートは執務机に座り、目の前の書類の束に手を伸ばす。

父親(アルベルト)はパーティーに出席する前に、出来得る限りの書類を作成していた。

それはこの先の、秋の収穫の計画などの予定も書かれている。

その中に、国王宛てに書かれた書類も用意されていた。

何気なく手に取ったが、それは今最も必要な重要な書類だった。


「何だ…

 これ…」


慌てて彼は、その書類の束に目を通す。

必要に応じて、書類を3つに分けてもう一度目を通す。

何度見ても、それの結果は同じだった。


1つ目はギルバートが、王都へ旅立つ計画の草案であった。

廃嫡の許可と後継者の選定を、国王に嘆願する書類。

特に後継者に関しては、かなり前から考えられていた様で、書類自体も古い物だった。


「ダーナ領主の後継者として、王都の貴族から選定する?

 これは既に決まっていた事なのか?

 それに…」


その貴族は国王の選任となっているが、未婚の若い貴族が選ばれる事になっている。

場合に依ってはアルベルトを公爵として、その娘を婚約者として差し出すとまで書かれていた。

アルベルトは立場上、侯爵の爵位を受けている。

彼は王都で起こったある事件の責任を負って、侯爵に爵位を落されていた。

それを一等上げて、元の王族として扱うという物であった。


事件に関しては、その書類には書かれていない。

しかしこの件があったからこそ、彼は王位継承者から外されていた。

それでダーナに退き、辺境伯として蟄居(ちっきょ)していたのだ。

王都で何が起こったのかは、その書類からは分からなかった。

しかし父親(アルベルト)は、その事件の責任を負って失脚していた。


「どういう事だ?

 事件への謝罪?

 それに…

 ここには国王陛下からの謝罪の言葉?

 こんな物があっては問題があるぞ?」


書類の中には、国王がアルベルトに謝罪する言葉も書かれている。

国王が軽々しく、臣下である侯爵に謝罪などしては問題がある。

例え彼等が、乳兄弟として育った従弟でもだ。

それなのに国王は、アルベルトの爵位の剥奪と、罪を背負った事への謝罪の言葉を記していた。

そしてアルベルトの功績と、ギルバートと引き離す事への贖罪とも書かれてある。


アルベルトが公爵となり、王都に戻る事が出来る様になる。

そうなれば、王都でギルバートに面会する機会もあるだろう。

そのまま引き離すのは、国王としても忍びないと考えたのだろう。

これは王宮で公式に会える様にとの、国王なりの配慮であった。


「そうか…

 国王はオレと父上の事を、ちゃんと考えてくださっていたんだな

 しかし…」


もう一つの書類は、選定された貴族の子息の情報が書いてあった。

素行の問題で、除外された者も上がっている。

その貴族の書類は、処分されたのかそこには無かった。

しかしどれも自分より年上ばかりで、妹の婚約者と考えると複雑な気分になった。


こんな奴等に、妹をやりたくないな…

父子までは行かないにしても、大人と子供だろ?

それに正妻にするにしても、そんな子供を本気で愛せるのか?


ギルバートは気付いていなかったが、既に廃嫡となるし、そもそも妹とは血が繋がっていない。

昨日の時点で、ギルバートとフィオーナは兄妹では無くなっていた。

それは口頭だけでは無く、この書類でも証明されていた。

それを考えると、この考えは余計な口出しだし、ギルバートには関係の無い事であった。


3つ目の書類を見た後に、その下にあった貴族達の書類にも目を通す。

そこには後継者として選ばれた者の名前と、国王に提出する書類が纏められていた。

これを王都へ送れば、1月程で後継者が着任し、引継ぎを受ける手筈になっていた。

後はこれらの書類を、王都に送るだけになっていた。


父上が倒れた以上は、この書類に状況を追記して送るべきだろうか?

そうすれば当面は、その貴族の子息にダーナの領主代行をお願い出来る

オレがこのまま、訳も分からず仕切るよりはマシだろう

その後は…

国王と会談してからになるだろうな

父上が健在であっても、同じ考えであっただろう


ギルバートは書類に追記として、先の戦闘の被害と父の容体を記した。

そうして書類を纏めると、執事に託そうとベルを手にした。

そこでギルバートは、ふと母がどこまで知っているかが気になった。

昨日の話では、母にはまだ打ち明けていないだろう。

先ずはこの事も、母とじっくりと話す必要がある。

もう、母と呼べなくなる可能性もあるのだが、そこは考えていなかった。


一度母親と相談しようと思い直すと、ギルバートは書類の束を机の上に置いた。

そして他の書類を手にして、それに目を通し始める。

領地での今年の前半での作量と、昨年の収穫量の記録。

各ギルドからの税収と使用料の記録。

数字と記録だけなので、読んでもギルバートには分からない。


しかし追加で挙げられた魔物の被害報告と、魔物から得られた素材の金額は比較出来た。

結果としては魔物の被害額よりは、収益の方が大きく上回っている事が確認出来た。

しかしそれは単純な金額という、商売での数字上の収支でしかない。

そこには記されていない、人的被害や経費も軽視は出来ない物なのだ。


「結局、魔物から得られる物は大きいが、人口は確実に削られているな

 このままでは人口は…

 街に住む者は減少の一途か…」


人口増加計画や、移民優遇政策の草案も置いてある。

これも直前まで、追加で書いてあった形跡がある。

父親(アルベルト)はやはり、忙しかった様だ。

何とか領地を衰退させない様に、必死に努めていたのだ。

書類の山を見ていると、執務室のドアがノックされた。


コンコン

「坊っちゃま

 御夕食の用意が出来ました」


執事の声が聞こえた。

流石はハリスだ、ここに居るのを知っていたのだ。

彼は現状を理解した上で、声を掛けずに見守っていたのだ。

ギルバートは返事をして、部屋を後にする事にした。


「分かった

 すぐに行く」


食堂に向かいながら、ふとホールに目をやる。

昼前までは、ここでアーネストとバカ騒ぎをしていたのに…

パーティーに出席して、何処だかの娘に目を付けられて…

将軍にも迷惑を掛けて、逃げ回っていたな…

それが突然、王子だなんて…

父が倒れる様な事になるだなんて…


それからたった数時間で、街はこの有様だ。

それは怒涛の、数時間であった。

魔物によって父親は倒され、街への被害も甚大だ。

おまけに自分に出生の秘密があっただなんて、まるで詩人の物語の主人公の様だ。


王子だって?

馬鹿らしいよな…

昔は物語を読んで、憧れる事もあったよな

だけど、現実に聞かされると…


それは現実の話しには思えなかった。

だがギルバートは、いずれ王都に向かう必要がある。

出生の秘密と、王太子としての責務を果たす必要がある。

今の混乱したダーナを守る事と、どちらが大変なのだろうか?

ふとギルバートは、そんな事を考えていた。


ホールは昼過ぎには閉鎖され、片付けも終わっていた。

残った料理は、恐らく使用人の家族や孤児院へ届けられただろう。

急な事で、パーティーも途中でお開きになったからだ。

静まり返ったホールの前を通り過ぎ、ギルバートは食堂へ向かった。

食堂では母親と、妹二人が待って居た。


「ギル

 お加減はどうです?」

「はい

 少し眠りましたので、良くなりました」

「そう、良かったわ

 あなた帰った時は真っ青な顔をしていたから、心配したわ」

「父上の事は…」

「ええ

 聞きました…

 面会も出来ないなんて…」


ジェニファーはそう言いながら、深く溜息を吐く。

無理もない。

夫は意識不明の重態である。

見舞いに行く許可も、未だに下りていない。

傷が頭という事で、余談も許されない状況なのだ。


その上息子までも、ショックで落ち込んでいた。

彼女は気丈に振舞い、息子を励まそうとしていた。

しかしその内心は、今すぐにでも夫の元へ駆け付けたいのを、必死に堪えていた。


「お兄ちゃん

 大丈夫?」

「兄様?」


二人の妹も、不安そうにギルバートを見上げる。


「大丈夫だよ」


ギルバートは微笑み、二人の頭を撫でる。


「お父様はまだお帰りにならないの?」

「忙ちいの?」


次に、帰らない父親に不満を現し、二人は頬を膨らませる。

二人は未だに、父が危篤だとは知らないのだ。

仕事が忙しくて帰れないと、二人には嘘を伝えていた。

真相を語るには二人は幼く、心配を掛けさせたく無かった。

何よりも死にそうだなんて聞かされれば、泣き出して大変な事になるだろう。


「仕事が片付いたら…

 また戻って来られるさ

 それまで二人は、いい子にしてられるかな?」

「はい」

「もちろんです」


フィオーナは元気に返事をし、セリアもハッキリと返事をした。

ヨシヨシと頭を撫でると、ギルバートは二人の為に椅子を引いた。

二人を座らせると、ギルバートも自分の席に着く。

やがて食事が始まり、今日の夕食は静かに行われた。


妹二人はあまり会話の無い夕食が退屈だったのか、食事を終わらせるとすぐに自室へ向かった。

取り残された二人は、聞かれては困る相手が居なくなったので、領地の話を始めた。

先ずは重傷を負って、意識不明の父の事からだ。

その事を伏せながら、ジェニファーはギルバートに尋ねる。


「ギル…

 領地の事ですが」

「はい

 暫くはオレが代行をします」

「ええ」


そこでジェニファーは躊躇うが、最悪を想定して言葉を続ける。


「その事ですけど

 いっそ誰かに頼みませんか?」

「領主代行…ですか?」

「ええ」

「知って…

 おられたのですか?」

「アルベルトが…

 王都に戻るかも知れないと」

「詳細は?」

「それはこれから…

 何やらギル、あなたにも関係するって

 あなた、何か聞いてませんか?」

「えっと…」


どうやらアルベルトは、王都に向かう話はしていた様だ。

それでダーナを、新たな領主に引き渡す。

恐らくはその程度にしか、彼女には話していなかったのだろう。

ギルバートの出生に関しては、まだ話されている様子は無かった。

それでギルバートも、話せる範囲で説明するしか無かった。


「父上が…

 何かの不始末で、ここに赴任された事は?」

「ええ

 でも内容までは…

 王家の問題という事で、箝口令(かんこうれい)()かれていましたし」

「そう…ですか」

「何があったの?」


ギルバートは書類の件と、話せる範囲で説明する事にする。

多少の嘘はあるが、それを説明するには、出生の話しも関わって来る。

だからギルバートは嘘にならない様に、慎重に言葉を選んで説明した。


「父上のお話では、王都に戻される様になったと

 書類にも国王様から、爵位の返上と…」

「公爵に?

 どうしてなの?」

「さあ?

 そこは父上の説明がまだですし…

 その前に魔物が…」

「まあ!

 それじゃあその途中に?」

「え、ええ…」

「魔物が…

 憎いわ」

「え?」

「だって

 アルベルトを傷付け、それに大事な話も途中で…」

「そう…

 ですね…」


何とか誤魔化せたぞ…

しかしマズいな

これでは母上に、どうやって出生の話をすれば良いのか…


何とか誤魔化せたと思ったが、これでは出生の話が出来ない。

今のアルベルトの様子から、彼に話してもらうのは難しいだろう。

このままでは話せないままに、亡くなる可能性も高いのだ。

ここは取り敢えずは、黙って王都に向かうしか無かった。

そして王都に着いてから、国王様に説明してもらうしか無いだろう。

ギルバートはそう考えると、書類の話しをする事にした。


「それで…

 書類には父上に、公爵として王都に戻る様にと」

「そう、それよ

 ダーナはどうするの?

 アルベルトが居なくなって、あなたが継ぐのかしら?」

「いえ

 オレも王都に向かう様にと…」

「え?

 それじゃあ…」

「代わりに貴族の子息を、後の領主として向かわせると…」

「貴族の…

 って、それじゃあ代行として?

 それとも引継ぎで?」

「書類上では、引継ぎで領主にされるつもりみたいです

 ですが父上が…

 あの様子では」

「そうね…」


書類に記された内容では、引継ぎを行う予定であった。

その調整段階で、今回の魔物の襲撃となってしまった。

件の貴族の子息が、素直に来てくれるかも分からなかった。


それに来たとしても、すぐに全ての経営を任せるのは難しいだろう。

先ずは代行として、数年はアルベルトの元で学ぶ必要があったのだ。

それがアルベルトが倒れた為に、急遽代行として赴任しなければならない。

その間の領主の仕事は、誰が代行しなければならない。

それは簡単な事では無かった。


「書類には、まだ調整中みたいでしたし…」

「そう…」

「最悪、娘のどちらかを婚姻関係にして…」

「まあ!

 ハルがその様に?」

「え?」

「信じられない!

 娘を差し出せと?」

「まあ…

 どうにもならない場合ですかね」

「だからと言って…」

「公爵の娘です

 継承権も絡むでしょう?」

「まあ!

 あなた…

 その様な言葉まで、どこで覚えたの?」

「はは…

 父上とアーネストの話を聞きましたからね

 少しは覚えましたよ」

「そうね…

 アルベルトが公爵に戻るのなら…

 フィオーナにも継承権が…」

「書類にもそう書かれていました」

「そう

 それを餌にしろと?」

「ええ…」


王都に住む貴族となれば、辺境になんぞ向かいたくは無いだろう。

いくら侯爵に叙爵されると言われても、素直には従わないだろう。

そう考えれば、王家に近しい者の娘との婚姻というのは魅力的だろう。

場合によっては、継承権を得る事も出来るからだ。


「考えたくも無いんだけど…

 もし、もしアルベルトに何かあったら…

 どうすれば良いのかしら」

「そうですね

 先ずは今の状況を、国王にお話ししなければ」

「そうねえ」

「父上の書類

 国王様に送りましょう」

「ハルに?

 そうね…

 何もしないよりは…」

「ええ

 こちらの状況も伝えるつもりです」

「そうね

 頼みます」

「はい」


食器が下げられ、食後のお茶が用意される。

メイドが礼をして下がり、代わりに執事が入って来た。


「失礼します

 アーネスト様がいらっしゃってます

 如何いたします?」

「こちらに通してくれ

 それとお茶の用意も頼む」

「はい

 それでは」


執事は礼をして立ち去る。

代わりにメイドが来て、用意していたのかお茶を置いて下がる。

入れ替わる様にアーネストが入って来て、ジェニファーに礼をする。


「夜分遅くにすいません」

「それで?

 あなたが来たのは何の用?」


息子と今後の事を話していたのに、部外者のアーネストが入って来たのだ。

ジェニファーは幾分か、不機嫌そうに尋ねる。


「アルベルト様より、以前から頼まれていた事を果たしに来ました」

「おい!

 アーネスト!」


ギルバートは出生の事かと思い、止めようとする。

ただでさえ夫の怪我でショックを受けている、その上その話をするのはマズいと思った。

しかしアーネストは片目を瞑って合図をすると、そのまま話し始めた。


「領主様は以前より、ご自分の身に何かが有った際に国王様に連絡を取る様に仰っておりました

 その是非を夫人である、ジェニファー様に問う様にとも仰っていました」

「それは、本当の事でしょうね?」

「ええ

 何なら領主様が元気になられてから、改めて確認されても宜しいですよ?」


アーネストは本当か嘘かも分からない事を、さも何事も無い様に言った。

アルベルトが快方に向かった様子も無いし、そんな話がされていたかも怪しい。

それでも今の言葉は、状況を改善する一番の手に思われた。

アルベルトが話せる様になるか分からない以上、国王に助力を頼むしか無いのだ。

ちょうど先ほど、ギルバートもその様に提案していた。

アーネストの発言は、それを後押しする事になる。


「具体的に、どの様に相談するつもりだ?」

「そうだねえ…

 先ずは正直に…

 領主様は魔物との戦いで重傷を負われ、意識不明だと記すべきだね

 それが無いと、国王様には火急の案件として通らないだろうから」

「ふむ

 それで?」

「城壁が破壊された件と、兵力の不足の件

 それと…

 代行の貴族を選任する嘆願書も欲しいかな?

 今の状況では、経験の有る貴族の手が必要だろう?」

「それは貴方の口を挟む様な事では無いわ!」


ジェニファーは思わず大きな声で反論する。

幾らこれまでの功績が有るとは言え、アーネストの言葉は出過ぎた発言と思ったのだろう。

しかしギルバートは、その発言を推す事にした。

渡りに船とはこの事だろう。

アーネストもギルバートと、同じ事を考えていたのだ。


「そうだな

 経験が無いオレがとやかく言うよりは、経験の有る貴族が代行する方が良い

 その方が、領民も納得するだろう」

「ギル!」

「それに…

 アーネストの見立てはどうなんだ?」

「ちょ!」


ギルバートの言葉に、室内に張り詰めた空気が漂う。

ジェニファーは口をキッと結んで堪えているが、今にも怒りで爆発しそうだ。


「良いのか?」

「ああ

 正直に頼む」

「そうか…

 ふう…」


アーネストは小さく息を吐くと、小声で呟いた。


「正直…

 3日ももてば良いだろう

 ジェニファー様には申し訳無いが…

 明日から病室に待機してもらうつもりだ」

「ひっ!」

「母上!」

「じぇ、ジェニファー様!」


ジェニファーが気を失い、ギルバートは慌てて駆け寄る。

ギルバートは執事とメイドを呼び、母親を寝室へと運んでもらった。

二人になったところで、ギルバートはアーネストに提案する。

先の話をするにしても、例の書類を見てもらった方が良いだろう。


「すまないが、見て欲しい物がある」

「ん?」


ギルバートはアーネストを連れて執務室へと入る。


「良いのか?」

「ああ

 これを…

 お前に判断してもらいたい」


ギルバートはそう言って、例の3部の書類の束を渡す。

アーネストはソファーに掛けると、書類の束に目を通す。

それはアーネストが、予想していた以上の内容だった。

これがあれば、堂々と代行の貴族を迎え入れられるだろう。


「ふむふむ

 大体は分かった」

「そうか」

「やはりアルベルト様は、事前に考えていた訳だ

 それがここにも書かれている

 当然…

 お前も読んでいるんだよな?」

「ああ

 さっき目を通したよ」

「なら、後はコレを送るだけだな」

「そう…

 なんだよな」

「ん?」


ここ事がここに及んで、ギルバートは歯切れの悪い返答をする。

それにアーネストは、首を傾げていた。


「そうなんだが

 妹を知らない男に差し出すのは…

 それもオレより年上のだぞ!」

「え?

 …ギル?」

「フィーナが可哀そうだと思わないか?」

「貴族だと当たり前なんだが?」

「そうだとしても…

 お前はどう思うんだ?」

「うーん

 フィオーナが幸せになれれば…

 それで良くね?」

「…」

「それに、この子爵

 なかなかな切れ者で、彼に任せるならダーナも安泰じゃないか?

 何が不満なんだ?」

「良いのか?」

「あん?

 何がだ?」

「可愛い妹が、おっさんに嫁ぐんだぞ…」

「ああ!

 そこか!」


ギルバートの不満は、妹が嫁ぐ相手が年上なのが不満みたいだった。

今の年齢でも、ギルバートよりも年上なのだ。

まだ少女である妹が、年上の男性に嫁ぐのが気に食わないのだ。

なんだかんだと、妹に甘い兄であった。


「確かに嫁ぐ頃には、おっさんと若い娘だな

 だがそれならば、それまでに婚約破棄にさせれば良いんじゃないか?

 なんせお前はこれから、おう…むぐ」

「馬鹿!

 それは軽率に言うな」


ギルバートは慌ててアーネストの口を押える。

その言葉の先に、王子か王太子と続くと予見した。

だから誰かに聞かれない様に、慌てて止めたのだ。

しかしギルバートは、自身の力が強くなった事を忘れていた。


「むぐ、むぐ」

「誰かに聞こえたらどうするんだ!」

「むうー!

 むむう…」

「今知られるのは…

 ん?」


気が付くとアーネストの顔は蒼くなり、ぐったりとしていた。

ギルバートに力強く抑えられて、呼吸も出来なくなっていた。

気が付けばぐったりして、呼吸も停まりかけていた。

ギルバートは慌てて、アーネストの顔を叩いた。


「わあ!

 すまん!」

ペシペシ!


「死ぬな

 死なんでくれ」

ビシ!バシ!

「ぐはっ!

 殺す気か!!」

「すまん…」


ギルバートはその後暫く怒られた。

アーネストの顔は、叩かれた為に真っ赤に腫れていた。

痛む頬にポーションを掛けながら、アーネストはギルバートを睨んでいた。

それで結局、アーネストの意見が押し切られる形で決まった。


「本当に良いのか?」

「くどいぞ」

「だけどお前も…」

「ん?」

「い、いや…」


ギルバートは何となく、アーネストが妹を好いていると思っていた。

しかし当のアーネストは、この婚姻にも是正的であった。

そうなればギルバートも、無理に反対は出来なかった。

だからそれ以上は、ギルバートも何も言えなかった。


書類はアーネストの使い魔で、王宮に直接送られる。

これなら王宮まで、1日で着くだろう。

送り先は王宮魔術師宛てになっている。

どうやら彼とは、以前に会う機会が有ったらしい。

アーネストが手紙を添えて、使い魔の鳥の足に括り付けた。


「この書簡が有れば、王宮まで一つ飛びだ

 あの人なら国王に渡してくれる」

「随分信用しているんだな?」

「ああ

 師匠の兄妹弟子だった人だ

 ギルは病気だったから、会えていないんだよな…」

「そうなんだ?」

「ああ

 高名な魔術師らしいぞ」

「へえ…」


アーネストは執務室の窓を開けると、使い魔を解き放った。

使い魔は初夏の夜を、一路王都へと向けて飛び立った。

ダーナの希望をその翼に載せて。

まだまだ続きます。

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