第060話
突如現れた魔物に、囲まれたダーナの街
その魔物は大型の魔物も含み、そのランクは今までの魔物よりも一段上の、ランクFであった
騎士団は苦戦を強いられ、その間にも城壁は崩されていく
街に迫る危機に、ギルバートはどう立ち向かうのか
崩れた城壁から、覗き込む魔物の眼
それは仲間に火を着けられた事に怒って、睨み付けている様だった
激しい憎悪の籠った目が、階段を降りようとするアルベルトに向けられる
アルベルトが階段を飛び降りた直後、そこへ棍棒が振り下ろされた
そしてその一撃が、城壁の一角を大きく崩れさせた
ウガアアアア
ゴガン!
ドガッ!
ガラガラガラ!
「う、うわあ!」
アルベルトは立ち上がると、必死になってその場を離れる。
「領主様!」
「父上!」
兵士とギルバートが駆け付け、魔物の前へ立ちはだかる。
「ギルバート、逃げろ!」
「嫌です
父上を置いては行けません」
「坊ちゃん
領主様を連れて早…
うぎゃあ!」
ガアアア
ガラガラ!
グシャリ!
魔物の殴った箇所がさらに崩れ、兵士を直撃する。
兵士は崩れた瓦礫に圧し潰されて、瓦礫の山に埋もれてしまう。
彼の声はそこで途絶えて、その命が失われた事を示していた。
城壁の上に残った兵士が、魔物の頭に向かって剣を振り翳す。
「させるかー!」
ザシュッ!
ウガアア
ブン!
グシャッ!
兵士達は魔物の頭や、城壁を掴んだ腕に切り付ける。
しかし一般に支給される剣は、小剣や細身の長剣しかない。
それでは魔物の表皮は傷付けられても、その腕を断つ事は出来ない。
また頭を叩き切ろうにも、その硬い頭蓋に阻まれて思う様な効果を上げられなかった。
「やあああ…
ああ!」
ガッ!
バキン!
グガアアアア
「け、剣が…」
「くそっ
この気色の悪い液か?」
「剣から煙が上がってるぞ?」
「マズい
剣が駄目になってしまう」
「石だ!
石を投げろ」
「あ、ああ」
「こんちくしょう!」
ゴカッ!
グゴオオオオ
しかも魔物の体液は、その剣を容赦なく腐食させていた。
彼等の剣では耐え切れず、数回で腐食した箇所から折れてしまう。
それで兵士達は、手近な岩や石ころを投げ付ける。
そして手頃な石を掴んで、果敢に魔物に殴り掛かった。
「くそっ」
残りの兵士も立ち向かい、数人の剣が頭に当たる。
しかし、やはり致命傷にはならず、魔物はさらに激しく暴れる。
その振り回した腕に、城壁はさらに崩れる。
そうして崩れた城壁が、下に居た兵士に容赦なく降り注ぐ。
「領主様、坊ちゃん
早く逃げ…ごぶあっ」
「ここは我々が…ぐはっ」
城壁の上の兵士達は叩き潰され、殴り潰され、飛ばされた者は地面に激しく叩き付けられる。
そして城壁の下の兵士達も、降り注ぐ瓦礫に圧し潰される。
彼等は領主とその嫡男を、その身を挺して守ろうとする。
彼等にとってギルバート達は、大切な守るべき人なのだ。
「くっ
このままではマズい」
「父上!
下がりましょう
このままでは彼等が」
ギルバートはアルベルトを庇いながら、じりじりと後退する。
側には魔力を使い果たしたアーネストが、何とか立ち上がろうとしている。
ギルバートはその腕を掴み、何とか引っ張って下がろうとする。
このまま留まれば、兵士達の犠牲が増える。
広場に残った兵士達は、震えながらも必死に向かって行くが犠牲者が増えるばかりだ。
彼等の技量では、ランクGの魔物程度しか敵わないのだ
そして遂に、壁は魔物が通れるぐらいに崩れる。
ゴガアアア
ガラガラガラ!
ズシン!
「う、うわあああ…」
「ひ、ひいっ」
「じょ、城壁が…」
「ダーナの城壁が…」
「崩された…」
兵士達はその出来事に、放心して魔物を見上げる。
崩れた城壁の向こうに、勝ち誇った様に魔物が見下ろしている。
今まで帝国の攻撃にも、崩されなかったダーナの城壁。
ドワーフの作ったこの頑丈な城壁が、遂に崩されてしまったのだ。
グガアアアア
「くそお
このまま街に入られては、どうにも出来なくなるぞ」
「オレの魔力が、魔力が残っていれば…」
「ギルバート、危な…
ぐはっ」
ゴカン!
カラカラン!
魔物が弾き飛ばした城壁が飛んで来て、アルベルトは咄嗟に前へ出た。
そのままギルバートを突き飛ばし、アーネストの前に立ちはだかる。
二人を守る様に、彼は顔よりも大きな石を目の前にする。
大きな石がそのまま頭に直撃し、兜が跳ね飛んだ。
「父上!」
「あ!
ああ…」
倒れ込むアルベルトを支え、ギルバートは魔物を睨む。
アルベルトは頭から血を流し、意識が混濁していた。
見た目には傷は無いが、岩は頭を直撃していた。
アルベルトは譫言の様に、息子であった者の名を呼ぶ。
「ギル…
早…逃げ…」
「父上!
ちちうえー!
おのれー…」
「坊ちゃん
領主様」
「父上を頼む!」
「え?」
ギルバートは近寄って来た兵士にアルベルトを託し、剣を抜いて構える。
それを見て、アーネストは我に返る。
そして友を停める為に、そのマントを掴もうとした。
しかしその手は届かず、彼はそのまま駆け出す。
「おい!
ギル、止せ!」
「このままでは、いずれやられる
ならば、この身を掛けてでも…
うおおおお…」
ギルバートは駆け出し、魔物に向かって行く。
アーネストの目の前で、その姿は離れて行く。
敬愛する領主が倒れて、その息子である友まで失われようとしていた。
彼は右手を挙げたまま、友の名を叫んでいた。
そしてギルバートは、魔物が投げる城壁の石を躱し、崩れかけた階段を駆け上がる。
「ギルーーーー!」
「りゃああ…」
ザン!
魔物の振るった腕が、周囲の瓦礫を弾き飛ばす。
それを足場にしながら、ギルバートはさらに跳躍する。
そのまま城壁の破片を蹴り飛ばし、掲げられた魔物の腕を切り落とす。
ガアアア…
「逃がすかー!
バスター!!」
ズガッ!
グガッ…
脳天をカチ割られた魔物は、力も無く後方へ倒れる。
それを押し退ける様に、次の魔物が迫って来る。
向こうで戦っていた筈のオーガだ。
ギルバートは魔物の身体を蹴って、再び城壁の上に戻った。
魔物の後方に目をやると、騎士団の半数が倒されている。
しかし奮闘したのか、オーガは残り3匹にまで減っていた。
その内の1匹が、城壁を目指して駆けて来たのだ。
残る2匹は、騎士団が必死になって倒そうと囲んでいる。
「残る魔物は後少し
ここを守り切るぞ!」
「おお!」
ヘンディー将軍の檄に、騎士達は応える。
このまま踏ん張れば、残りのオーガも倒せそうだった。
ギルバートは次に、城壁内の兵士達の様子を見る。
少し前までは、彼等はこの世の終わりの様な顔をしていた。
長くダーナを守っていた、城壁が崩されてしまったからだ。
しかし足元の広場では、兵士達が希望に満ちた目で見上げている。
ギルバートが魔物を蹴散らし、再び城壁を守ったからだ。
このまま踏ん張れば、何とか魔物は討伐出来そうだった。
その為にも、ここはギルバートが守り切らなければならない。
「ギル!
援軍が来たぞ!」
「ぼっちゃ…
はひっじゃひっ
お待たせ、しました、はあっはあっ」
「これから、呪文を、唱えま…
はあっはあっ」
「なんとか、堪えて、くださ…
ふうふう」
魔術師達は肩で息をして、呼吸を整え様としている。
しかしこれでは、すぐには呪文は唱えられないだろう。
何とか呪文が完成するまでは、魔物を引き付けなければいけない。
ギルバートは前に出ると、再び城壁から跳躍する。
「せいっ!」
「な!
無茶するな!」
ウガアア
ブオン!
オーガは急な跳躍に驚き、慌てて拳を振るう。
しかしギルバートは空中で、それを身を捻って躱す。
そのまま魔物の腕に乗り上がると、腕を駆け上がって行く。
そのまま彼は、魔物の腕を駆け上がって行った。
「うおおおりゃあああ」
ウガウ
しかし魔物も、そのまま傍観していなかった。
オーガは腕を振るって、ギルバートを振り落とそうとした。
しかしギルバートは大股で駆けて、膝蹴りを魔物の鼻面に当てる。
「このっ」
グシャッ!
グガッ…
慌ててオーガは、鼻血を流しながら顔を覆う。
ギルバートはその腕を蹴って、再び城壁に戻っていた。
それから彼は、剣をオーガに向けてニヤリと笑う。
「どうだ」
ギルバートは剣をオーガに向けて、相手を挑発していた。
その間に魔術師達は呼吸を整えて、呪文の詠唱を始めた。
横目に確認すると、魔術師達の周りに魔力で作られた矢が生み出されて行く。
後少しもたせれば、呪文が完成して魔物に当てれるだろう。
ギルバートは怒った魔物が振るう拳を、城壁の上で危なげなく躱す。
しかしその度に、殴られた足元の城壁が崩れて行く。
このままでは、長くはもたせないだろう。
彼は魔術師達が、早く魔法を放てる様に祈っていた。
「坊ちゃん
完成しました」
「下がってください」
「危険です」
「ああ
頼んだぞ」
ギルバートは城壁の崩れた場所に飛び乗ると、魔物が狙いやすい様に誘導する。
魔物はギルバートに集中して、魔術師達には気が付いていない。
魔術師達はそのまま、完成した魔法を魔物目掛けて放った。
「エネルギーボルト」
「マジックアロー」
魔術師達が放った、魔力の矢が次々と飛んで行く。
その矢は魔物の腕や顔に突き刺さり、確実にダメージを与える。
しかしそれでは致命傷にはならず、魔物はさらに暴れた。
その隙を狙って、再びギルバートは跳躍する。
「喰らええええ…
バスター!」
ズガッ!
パキッ!
ゴガアアア…
ギルバートの止めの一撃が、魔物の頭蓋を叩き割る。
魔物は力無く、ゆっくりと仰向けに倒れる。
そのまま地響きを立てて、魔物は絶命した。
倒れた魔物の頭からは、脳漿と血が流れだす。
そして力を使い果たしたギルバートは、そのまま城壁の向こうの草叢に落ちた。
「ああ!
坊ちゃん!」
「ギル!」
ギルバートの落ちて行く姿を見て、魔術師達は慌てふためく。
アーネストも慌てて立ち上がろうとするが、魔力不足でふらふらとする。
彼はそのまま落ち、草叢に大の字に伸びている。
その様を見て、多くの者が絶望して声を上げる。
「ああ…」
「坊ちゃんまで…」
「何て事じゃ」
「くっ
ギル
ギルー!」
「うるさい!
休ませろ…
まったく…」
崩れた城壁の向こう側から、小さな声で悪態を吐くのが聴こえる。
アーネストは安堵して、再びへたり込んでしまった。
魔術師達も安堵して、その場に座り込んでいた。
そして城壁の下からは、兵士達の歓喜の声が響いた。
「う、うわあああ」
「坊ちゃんが魔物を倒してくださったぞ!」
「やった!
やったんだ」
「うおおおおお」
「生き残れた…
ぐすん」
「助かった、助かったんだ」
兵士達は歓喜して、手を取り合って喜ぶ。
その傍らで、頭を負傷した領主が魔術師達に看られていた。
領主はピクリとも動かず、顔色も土気色に変わっていた。
「領主様はどうなんだい?」
「無事だよな?」
「…」
魔術師は難しそうな顔をして、黙って首を振る。
息はしているが、頭を強く打っている。
頭の出血はポーションで止まっているが、容体は思わしくない。
頭を負傷する事は、この世界でも重篤な症状である。
それはポーションで治せる、怪我の範疇を超えていた。
物語に出て来る様な、腕や脚の欠損を治すポーションでもあれば、あるいは違っただろう。
しかしその様な物が存在しても、頭の傷は症状が重い怪我だった。
治せるとは思えない、大きな怪我なのだ。
それが現実には、その様な便利な物は存在していない。
城壁を破壊していた魔物は倒せたが、領主は倒れて、城壁も一部が崩されてしまった。
早急に対応しなければ、再び魔物が来た時に対処が出来ない。
アーネストは兵士を呼び、今後の対策を告げる。
事ここに及んでは、対策を考えられる者が指示するしか無かった。
「オレに権限は無いが、早急に対策をしなければならない」
「は、はい」
「そこで、商工ギルドに伝言を頼みたい
城壁の修復と、魔物の遺骸から素材を取って欲しいと伝えてくれ」
「分かりました
それではオレが行って来ます」
「頼んだよ」
「はい」
兵士は駆け出し、ギルドの方へ向かった。
それを見て、アーネストは改めて城壁を見上げた。
間もなく残りの魔物を片付けて、将軍が帰還するだろう
しかし領主が倒れた今、誰が指揮を執るべきだろう
領主が倒れた事を良い事に、自分の権限を増やそうと出しゃばる者が出て来るだろう
それを制しながら、街の立て直しと騎士団や兵士の補充をしなければならない
今の戦闘だけでも、熟練の騎士や兵士が多数死んでしまったのだ。
アーネストはギルバートが、休んでいると思われる方向を見る。
彼は全力を出し切って、今頃は眠ってしまっているだろう。
それに起きていたとしても、ギルバートは領地経営を碌に学んでいない。
今の彼では、この難局を打開する事は出来ないだろう。
ギルではまだ、あの馬鹿者共を御せれないだろうな
そういう意味では、領主ももう少し早く、領地経営の勉強をさせていれば…
アルベルトが何を考えていたかは分からない。
それでも、戦闘訓練ばっかりさせないで、もう少し有力者や貴族との駆け引きを学ばせていれば…。状況は幾分かマシになっただろう。
しかしたられば論をしても、今更だろう。
兎に角、邪魔をしてくる商人や工房主を黙らせて、利権で釣って従わせなければならない。
そうでもしなければ、この街は内部から腐ってしまうだろう。
善くも悪くも領主が一人で回していたツケが、ここに来て返ってきてしまった訳だ。
アーネストはふらつく頭を抱えて、何とか頭を回そうとする。
気を抜けば、彼も魔力不足で意識を失いそうだった。
先ずは…
当面は将軍の力を借りるか
おじさんは何だかんだ言っても、魔物を討伐してきた将軍様だ
多少の発言権は認められるだろう
問題は、事後処理の後だろうな…
アーネストは軋みを上げて、開き始めた城門を見やる。
そこには傷だらけになった騎士達が入って来ていて、将軍もそこに戻って来ていた。
彼は魔物の血で汚れた、鎧姿で周囲を見回す。
彼がほとんど魔物の返り血で済んでいるのは、やはり騎士団随一の腕を誇るからだろう。
他の騎士達は、仲間の返り血や、負傷した血で汚れていた。
「これはまた…」
将軍は、改めて破壊された城壁を見上げていた。
戦闘中にも部下の騎士の報告で知ってはいたが、改めて破壊の跡を見て驚く。
この城壁は元々は、魔導王国の襲撃に備えて作られた物だ。
破壊される事など考えられず、敵の侵入を防ぐ為の物だった。
勿論、破城槌や投石等使えば、破壊は出来るだろう。
しかしそれでも、容易である筈が無かった。
並みの魔術師の魔法では、傷すら付けられなかった。
事実帝国が攻めて来た時も、この城壁は十分に耐えてくれていた。
それでダーナは、帝国からの襲撃に耐えられていた。
それがいとも容易く、魔物の攻撃によって破壊された。
その事実を考えれば、これからはその辺も考慮した、もっと頑丈な城壁造りが必要だろう。
それを人間が、出来るかどうかが問題だが…。
頑丈な石を積み上げた城壁。
それを超える物を作らなければ、再び魔物に壊されてしまう。
商工ギルド長が到着し、破壊された城壁を見上げた。
同行した石工や石材生産職に意見を聞きながら、新たに造る城壁の構想を練り始める。
ドワーフの職人を超える、頑丈な防壁に作り直す必要がある。
それを横目に、将軍は城壁の石を見る。
人間の頭ぐらいの大きさの石を、漆喰で固めて積み上げる。
言うのは簡単だが、石工や専門の職人が慎重に計算して積み上げられている。
これまで数十年の歳月を、守って来たのだ。
これを超える城壁等、そう簡単に造れないだろう。
将軍はギルド長に近付き、声を掛けてみる。
「どうだ?
何とかなりそうかね?」
「いやあ、無理じゃろう」
彼はそう言って、肩を竦める。
ギルド長としても、安易にドワーフを超える建築物など、作れるとは考えていない。
今出来る事は、少しでも穴を塞ぐ事だけだった。
「取り敢えずは魔物が侵入しない様に…
崩れた場所は応急で修復してみる
それでも漆喰が乾くまでは、あんた等に見張ってもらわないとな
暫くは上がるのも禁止だ」
「そうなると、外にも見張りが必要だな」
「それは任せる
ワシ等は作る事しか出来んからな」
ギルド長は職人達に命じて、壊れていない石を集めさせる。
それを組み上げて行き、足りない石は追加で削り出す事になる。
それも人間が削り出すので、どうしても時間が掛かる。
「順調に組み上がっても、壁が抜けれなくなるまで2日は掛かるじゃろ
それまでは見張りを立てんとなあ」
「そうだな
先ずは今夜の夜警から、手配しておくよ」
将軍は振り返り、兵士に夜警の手配をする。
その間にも騎士達は装備を解き、怪我の応急の治療を受けている。
出撃出来たのは3部隊36名で、足りない分は騎兵から掻き集めた。
総勢70名で出撃したのに、帰って来たのは半数も居なかった。
「被害は騎士が22名、騎兵が12名か…
部隊長が負傷したとはいえ、生きていたのはマシなのかな?」
将軍は溜息を吐き、負傷者達を見る。
鍛錬が足りて無かった?
いや、訓練は決して甘くは無かった。
事実コボルトの殲滅は、負傷者しか出なかった。
問題はオークの上位とも思える、あの大きな魔物だった。
その巨体から繰り出される一撃は重く、騎士も一撃で殺されていた。
その上でタフで、少々の怪我では怯む事も無い。
腕や脚を失っても、貪欲に襲い掛かって来た。
ある者は齧られ、そのまま食べられてしまった。
また、ある者は致命傷と思われる突撃の後に、鎌を掴まれて他の騎兵に叩き付けられていた。
しかも表皮も頑丈で、恐らく矢では余程接近しなければ弾かれるだろう。
それだけに、素材となる皮や筋繊維には、期待が出来そうだった。
「あの筋繊維で作ったら、強力な弓が出来そうだな」
「その前に、引ける者が居ませんよ」
「あ…
そうか」
「もう
将軍はそんな事を考える必要はありませんよ
何に使えるかは職人の仕事です」
「そうだな」
将軍の独り言に、ギルド長が的確な突っ込みを入れる。
確かに強力な筋肉は魅力的だが、それを引く力もそれだけ大きくなる。
並みの弓兵では無理だろう。
それこそ将軍でも無理かも知れない。
「そうなると、折角の素材が何に使われるか…
気になるよな」
「そりゃあ、筋繊維なら盾や皮鎧の補強でしょう
衝撃を吸収するのに使えそうですね」
「それは…
どういう効果が望めるんだ?」
「ハンマーやメイスの一撃に対して、威力を吸収してくれます
他に剣の衝撃の吸収も…
強烈な一撃に、手が痺れなくなるとか?」
「なるほど」
ギルド長は他にも、何か無いかと考える。
ここら辺は、さすがにギルド長らしいと言える。
「他にも…
防具や武器以外にでも、色々使えそうですよ?
まあそこは、職人の腕次第でしょうな」
「そうだな」
将軍は顎髭に手をやり、彼自身の考えも述べる。
「皮にも期待出来そうだな」
「ええ
丈夫な皮鎧が出来そうです」
「そうなると、魔物の備えにも安心出来そうだな」
「とは言え、すぐには無理ですよ?
皮を鞣して、加工して…
2週間ぐらいは待っていただかないと」
「そうか…」
皮鎧の皮一つ作るにも、色々手間が掛かって時間も掛かる。
先ずは慎重に皮を剥いで、それを綺麗にする必要がある。
肉や脂を削いで、特殊な薬液に浸けて不純物を除く。
それから天日に干して、乾かしてから鞣す。
この手順にも時間が掛かり、すぐには加工出来ないのだ。
「それに、先ずは試作を作って…
強度や耐久性、皮の加工の適正も見極めないと」
「それで…
どれくらい掛かりそうか?」
「まあ
ざっと一月後ぐらいですかね」
「思ったより掛かるなあ」
「コボルトの皮より丈夫なんです
それぐらいは掛かって当然でしょう?」
「そうか」
「これでも早く出来たとしてですよ?
本当ならもっと…」
「分かった分かった
オレが悪かった」
「ふん
まったく」
ギルド長は、兵士達から散々無茶な要求をされている。
その上将軍にまで、この様な発言をされたのだ。
それで思わず、不満が爆発してしまっていた。
「すまなかった」
「分かれば良いんです
気長に待ってください」
「ああ
そうするよ」
将軍は次に、兵士達の方を見て溜息を吐く。
再び魔物が来たら、また多くの犠牲者が出るだろう。
今回の教訓で攻め方を変えるにしても、あのタフさは見逃せない。
倒すのを手間取っている間に、犠牲者が増える一方だ。
それに…
もう一方の大きな魔物も、危険な魔物であった。
火が有効とは言え、魔術師を呼びに行く手間が掛かる。
常にアーネストが居る訳にもいかず、魔術師の人数にも限りがある。
ここは王都に、増援を打診するしか無いだろう。
将軍はそう考え、国王への上申書の文章を考えて憂鬱になっていた。
彼はまだ、領主が倒れている事に気が付いていなかった。
そして甥っ子が、これから難しい案件を持ち込もうとしている事も。
魔物が倒された今も、彼の平穏は当分お預けとなる。
未だダーナは、混迷の真っただ中であった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。