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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第三章 新たなる領主
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第058話

アルベルトは決意を胸に、執務室に入った

これで今までの親子の関係は終わりだ

明日からは当初の約束通り、主従の関係に戻るのだ

暗がりの中で明かりも灯さずに、アルベルトは彼を待っていた


パーティー会場からは、今も歓声が上がっている

しかしギルバートは父を追って、執務室へ向かっていた

廊下は初夏とは思えない冷気を感じ、これから語られるだろう話に嫌な予感を感じていた


ギルバートは執務室の前に来ると、ドアをノックした。


コンコン!

「入れ」

「失礼します」


ギルバートは返事をして、部屋に入ろうとした。

部屋は明かりも点いておらず、カーテンの空いた窓から僅かな光が差していた。

初夏だというのに、明かりの無い部屋は異様に暗くて冷たかった。

押し黙るアルベルトの姿と相まって、そこは異様な寒気を感じさせていた。


どうしたと言うんだ?

明らかに様子がおかしい


「父上?」

「座れ」


アルベルトはソファーに掛けており、目の前の席を示す。

しかしその異様な雰囲気に、ギルバートは素直に座れなかった。


「父上!」

「良いから、座れ」


再度促すアルベルト。

その声はいつになく迫力があり、有無を言わせなかった。

ギルバートは仕方が無く、黙って目の前の席に腰掛けた。


「先ずは、誕生日おめでとう」


アルベルトは優しく微笑み、祝いの言葉を掛けてくれた。

しかし、その声にはいつもの優しさは無く、何か感情を押し殺している様だった。

気のせいだろうか、笑顔も何か固いものを感じる。


「あ、はい

 ありがとう…ございます」


父親の異様な雰囲気に飲まれ、言葉は尻すぼみになる。


「そう緊張しなくても…いい

 今から話す話は、お前にとっても悪い話じゃない…

 はずじゃ」

「え?」

「それに

 それにこれが…

 最期の祝いの言葉になるのだからな…」

「どういう…」


ギルバートの言葉を遮る様に、アルベルトは不意に立ち上がる。


「お前には…

 いや

 貴方様には今まで黙っていた事、申し訳なく思います」

「へ?」


アルベルトは急に立ち上がると、深々と頭を下げていた。

それは異様な光景だった。

彼は父であり、同時にこのダーナの領主である。

その領主が、息子に深々と頭を下げたのだ。


「あ、あのう?

 父上?」

「貴方様の本当のお名前は、アルフリート・クリサリス

 ハルバート国王が息子、第1王子で御座います」

「はあ?

 父上、何を言っているんです?」


突然の事に、ギルバートは頭が追い着かない。

いや、本来ならば、彼はアルフリートなのだろう。


「今から12年前、王宮の中である事件が起きました

 詳細は言えませんが、その時に我が息子ギルバートは…

 貴方様の代わりに亡くなりました」

「ちょ、ちょっと…」

「聞いてください!」


アルベルトの迫力に、ギルバートは何も言えなくなった。


「ハル…

 ハルバート国王は貴方様の身を案じ、また、我が子を失った私の為に一計を講じました

 貴方様を我が子ギルバートとして託し、王子は亡くなられたと発表されたのです」

「そ、そんな…」

「ジェニファーはまだ、赤子を抱いておりませんでした

 産後の容体が思わしくなく、治療院で休んで居りました

 そして私はこれ幸いと、妻をも騙して貴方様を預かりました」

「そ、そんな…」

「私は王と約束をしました

 貴方様が14歳になる時、即ち12歳の誕生日を迎えた時

 今日この日に出生の秘密を明かし、王宮へ向かわせると

 それが今日なのです」

「な…

 馬鹿な…

 オレが王子?」

「はい

 正確には今日を持って、継承権を持った王太子となられます」

「はは…

 冗談なら、もっとこう…

 現実味のある…」

「私がお話出来るのはこれだけです

 後は貴方様の本当の父、ハルバート国王がお話になります」

「そんな!

 それじゃあ!

 それじゃあ父上は、オレの父上ではないんですか!

 母上も…

 違うと言うんですか?」

「ええ」

「妹達も?」

「申し訳ございません

 これは国王と誓った約束なのです」

「約束?

 そんな言葉で…

 そんな言葉でオレの今までが…」

「申し訳ございませんでした!」


アルベルトが膝を着き、頭を叩き付ける様に地面に押し付ける。

額の辺りから血が滲んで来る。

相当な勢いで頭を下げたのだろう。

その姿に怒りはもう湧かなくなり、代わりに悲しみが込み上げて来る。

もうこの人は父親ではなく、自分に仕える部下になってしまっていた。

尊敬する父上では無く、部下である辺境伯アルベルトなのだ。


「それなら…」

「はい」

「それなら、何で今さらなんだ!

 昨日まで家族の様に、あれも嘘だったのか!」


怒りに任せて、ギルバートは机を殴った。

今までどんなに腹を立てても、父に対してこんな態度を取った事は無かった。

それだけこの事はショックで、許されない事であった。

そこへドアが叩く様に開かれ、アーネストが飛び込んで来た。


バン!

「ダメだよ、ギル

 それ以上親父さんを責めないでくれ」

「何でだ!

 何でダメなんだ!」


アーネストは理由も告げずに、ただ許せと懇願した。

それはこれだけ、この問題が重要で大きな事だったからだ。


「親父さんも辛かったんだ

 お前を本当の息子の様に思ってて…

 それでも真実を話さなきゃって」

「ぐ、ぐうう…」

「アーネスト

 良いんだ

 これは私への罰なんだ」

「じゃあ、何で!

 何で早く言ってくれなかったんです

 何で育ててくれたんです

 何で、なんで…

 うう…」

ドガッ!


ギルバートは泣き崩れ、床を叩く。

そんなギルバートの傍らに座り、アーネストは背中を摩ってやった。


「ギル…」

「アーネスト…」

「親父さんは苦しんでいたんだよ」

「アーネスト…

 君も知っていたのか?」

「2年前のあの時

 ほら、覚えているかい?

 ベヘモットがここに来た時の事さ」

「…」

「あの時、奴も言ってたよな

 何で話さないのか」

「…」

「あの後な、オレも言ったんだよ

 何で話さないのか」

「!」

「早めに話してやった方が、お互いに苦しい思いをしないだろうに」

「アーネスト

 お前…

 あの頃から知ってたのか?」

「ああ、知ってたとも」

「何で!

 何で言ってくれなかった?」

「言えると思うか?

 親父さんが苦しんでまで、秘密にしているのに…」

「それでも…」

「あのな、ギル

 親父さんはな、本当は言いたくなかったんだよ

 だって言わなきゃ、いつまでもお前は息子だ

 ずっと父親でいられるんだから」

「え?」

「そうですよね?

 アルベルト様」

「ああ

 ワシからしたら、今でも…

 今でも不肖な息子だ

 そう思いたいさ」


いつの間にか、アルベルトも涙を流していた。

最期の時まで流すまいと思っていたのに、心に嘘は吐けなかった。


「それでも、お前に真実を打ち明けなければならないのは…

 国王が握っている真実があるからだ」

「真実…」

「そう

 お前がギルバートとして生きなければならなかった理由

 アルフリートがこの世界から、消え去らねばならぬ理由

 それが在るから、アルベルト様はこうして話してくださった

 そうですね」

「ああ」


アーネストが振り向くと、観念したのか、アルベルトは頷いた。


「それは…何ですか?」

「う…

 言えん」

「はあ?」

「ちょっ、アルベルト様?」

「言えんのだ!!」

「え…と?

 言いたくないではなくて、言えないんですか?」


アーネストが改めて聞くと、アルベルトは困った様に頷く。


「ワシも…

 出来れば言いたい

 しかし、出来ん事は出来ん!」

「はあ」

「参ったなあ」

「王家の血の秘密ですよね?」


アーネストがカマを掛けると、案の定ピクリと反応するが、その先は答えない。


「もしかして…

 ここで語るのが、マズい?」

「それもある」

「そうなると先日話した、王宮に行くしか無いんですか?」

「そうだ」

「はあ…」

「王宮?」

「そう

 オレも行くから、王宮に行って国王に会うんだ

 その時全てが明らかになる」

「本当なんですか?」

「…」


ギルバートが尋ねると、アルベルトは黙って頷いた。

その眼は真剣で、これ以上の議論は認めないと言っていた。


「分かりました」


アルベルトは安堵して、ほっと溜息を吐く。


「どの道、一度は会わねばならないと思っていました

 ここを継ぐ為に、許可を頂かないといけませんから」

「でも、ギル

 お前は王子だから、ここじゃなくて国を継ぐ事になるぞ」

「…」

「そんなに露骨な嫌そうな顔しても、もう逃げられんぞ」

「そうなったら…

 お前も巻き込んでやる」

「良いぞ

 どの道お前に着いて行くつもりだから」

「アーネスト…」

「礼には及ばんさ

 オレにも目標があるからな」

「すまん、二人共」


アルベルトが再び頭を下げる。


「父上、良いんです」

「ギル…いや、アルフリート様

 ワシをまだ父と呼んでくださりますか」

「ええ

 貴方はオレの父です

 例えオレが王子だとしても、育ててくれたのは貴方ですよ?」

「うう…」


アルベルトは額から血を流し、涙を流して何とも言えない姿をしていた。

ギルバートは感涙していたが、アーネストはその姿に微妙な表情を浮かべた。

今までの厳格な領主のイメージが、崩れ去る気がする。

いや、正確には、今までにもそんな場面はあったのだが…。

アーネストは心酔して、彼に理想の父親像を重ねていた。


まあ、丸く収まって良かった

後を着けて待機していて、正解だった


アーネストは二人の様子が変だったので、こっそりパーティー会場抜けて来ていた。

だからこの時会場で起きていた、騒動に気付いていなかった。


「さあ

 そうと決まれば、王都に向かう支度をしないとな

 父上、旅の手配は如何しますか?」

「ああ

 それなら…」

ドタドタドタ!


三人が立ち上がり、王都への旅の予定を話そうとしていると、廊下を慌ただしく走る音がした。

そして、執事がドアを開けて入って来る。


「大変です

 魔物が攻めて来ました」

「何!」

「何だって!」




少し遡り、アーネストが会場を抜けた頃、パーティー会場に兵士が駆け込んで来た。

兵士は慌ただしく走り回り、領主の姿を探した。


「領主様は?

 領主様は何処(いずこ)に?

「どうした!

 そんなに慌てて」


将軍が兵士に声を掛けると、兵士は安堵した様に報告を始めた。


「将軍

 こちらにいらっしゃいましたか」

「うむ

 今日は坊ちゃんの晴れ舞台だ

 オレも参加するって…

 言って無かったか?」

「申し訳ございません

 領主様を探しておりました」

「どうしたのだ?」

「それが…」


兵士は声を潜め、将軍に報告をする。


「お休みのところ申し訳ございません

 火急の要件で…

 公道に多数の魔物が現れました」

「魔物?

 待機の兵では何とかならんのか?」

「それが…

 何分数が多くて」

「何?」

「コボルトが数百にオークが100程」

「むう」

「それに、未確認の魔物が多数です」

「未確認?」

「はい

 今まで見た事の無い、大型の魔物が多数見られます」

「ううむ」


将軍は妻の方を向いた。


「仕方が無いじゃない

 貴方の仕事ですもの」

「すまない」

「でも…

 無事に帰って来てね

 私は家で待っているわ」

「ああ

 必ず…

 必ず無事に帰って来る

 待っててくれ」

「ええ」


将軍は妻に口付けをすると、兵士の方へ向き直った。


「オレも出る

 すぐに騎士団に召集を掛けてくれ

 領主には妻が伝えてくれる」

「はい

 では、すぐに準備に向かいます」


将軍は兵士と共に、会場を飛び出して行った。

そしてエレンは同僚である、執事のハリスを探しに向かった。


そしてエレンから報告を受けたハリスが、入ってはいけないと言われていた部屋に飛び込んだ。

それは魔物の事が、それだけ重要と判断したからだ。

もう少し早ければ、重要な話を聞かれていただろう。

そこは安堵すべき事だが、問題は再び現れた魔物である。


「旦那様、入るなと言われていましたが、事は急を要します

 直ちに討伐軍を立て、戦いの準備をしませんと」

「うむ

 こうしてはおれん

 すまないが、ワシは守備部隊の元へ向かう」

「それならオレも」

「ならん

 貴方はご自分のお立場を…

 少しは考えてください」

「しかし…」


親友の懸念を思い、アーネストは声を掛けた。


「アルベルト様

 戦場に出なくとも、先の戦いでギルの名は有名です

 ここは一緒に居た方が士気は上がります」

「しかし」

「なあに

 要は戦場に出させなければ良いんです

 後方で見張っておきましょう」

「おい!

 アーネスト」

「そういうワケだ

 戦場に出るのはダメだからな」

「う…

 分かったよ」


アーネストは上手い事、落としどころを見付けた。

それでギルバートも、それ以上は何も言えない。


「それでは行きましょう

 将軍は今頃、出撃の準備をしています」

「うむ

 先ずは宿舎を目指そう

 既に準備が出来ているのなら、合流すればいい」

「はい」


三人は手早く準備をして、入り口に集まった。

アルベルトも鎧と長剣を身に付けて、戦支度をしてきていた。


「領主様も出るんですか?」

「うむ

 嫌な予感がする」

「見慣れない魔物ですか…」

「ああ

 大型らしいが、城壁が無事だろうか」

「最近は兵の練度も上がっています

 以前とは違いますよ」

「なら良いのだが…」


しかしこの時、ギルバート達はまだ知らなかった。

アルベルトの不安は正しく、三人は大きな脅威に立ち向かう事になる。

まだまだ続きます。

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