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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第三章 新たなる領主
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第057話

聖歴35年に入ってからは、大きな災いも無く平穏な日々が続いていた

魔物の被害も33年は大きかったが、34年には十分な対策が講じられ、35年にはその数も減少していた

人々は徐々に元の暮らしを取り戻し、新たな幸せを見つける人も増えて来ていた

家族を失った者達も、新たな家族との幸せを手にしていた

そんな幸せな日々の中で、少年は成長して青年となっていた

今日はそんな青年の、誕生日のパーティーが開かれていた


聖歴36年の初夏のある日に、ダーナの領主邸宅ではパーティーが行われていた

領主の嫡男であるギルバートの、誕生日パーティーだ

今年は成人するとあって、領主は気合を入れていた

会場は邸宅のパーティーホールで、数日前から準備が行われていた

その様を見て、ギルバートもアーネストも頭を抱えていた

あんまりに派手に行われると、魔物の犠牲者に申し訳無いと思っていたからだ


魔物の侵攻は、街の外で起こっていた。

だから街の中には、大きな被害は無かった。

破損したのは城壁の上だけで、一部の壁が破損した程度だった。

これはダーナの街が、ドワーフ達の建築士によって建築されたからだ。


過去にクリサリス聖教王国があった場所は、帝国でも北西を守る属国であった。

この国の領主は、帝国の政策に疑問を抱いていた。

それで奴隷制に反発して、ドワーフ達亜人を保護する政策を執っていた。

その事が後に、帝国との軋轢となり、内戦の原因となっていた。

しかし亜人を保護していた事で、ドワーフ達とも良好な関係を維持していた。


ダーナの街の商工区は、ドワーフ達の造った家が並んでいる。

武骨な岩を削って、石造りの頑丈な家が立ち並んでいる。

内装に木材が使われているが、外はしっかりとした石材である。

それでこの区画の家は、長年の劣化にも耐えていた。

長く家を持つ事で、この辺りには自然と力を持つ者が増える。


その他の区画は当初から、後の移住者の為に空き地が用意されていた。

そこに移転して来た者達が、各々で木製の家を建造している。

だから商工区以外は、木製の家がバラバラに立ち並んでいた。

農家や牧畜を営む者、宿屋やギルドの建物も木製である。

それはギルドの施設自体が、後程街に作られた為だった。


その真ん中にある領主の邸宅と、教会だけが石造りの建物であった。

これは当初の領主と、女神の為にドワーフ達が建築したからだった。

彼等は領主に感謝して、この頑丈な建物を送っていた。

そして女神の神殿には、白亜の大理石をふんだんに加工して、立派な神殿風に作っていた。

それでこの地に、帝国から女神教の教皇が逃げ込む事になった。


帝国から逃れた教皇を、帝国は差し出せと要求して来た。

その事と奴隷制への反発から、クリサリスは帝国からの独立を決意する。

それに呼応した西方諸国の尽力もあり、クリサリスは独立する事が出来た。

それが今から、ほんの40年近く前の出来事である。

以来この街の教会は、女神教の信者を多く迎え入れていた。


石造りの家並みの中に、商人や工房を営む者達が住んでいる。

彼等は街に長く住んでいて、その分有力者として大きな発言力も持っていた。

しかし長い年月を経て、そこに住む者達の考え方も変わって来ていた。

当初は女神を信奉し、敬虔な女神教信者として他種族との融和を唱えていた。

しかし今では、己の力に過信する様になっている。

その事で彼等は、教会とは仲違いをして睨み合いを続けている。


彼等はやがて、人間が優秀であるという発言をする様になる。

女神は人間を、最上位の存在として作られたと宣言し出したのだ。

それが原因で、亜人達は街から立ち去って行った。

彼等からすれば、女神様がその様な事を言う筈が無いと信じている。

だからこの狂信的な思想を、嫌って逃げ出したのだ。

このまま留まれば、帝国と同じ様な扱いを受ける可能性が高かったのだ。


彼等有力者は、その後も力を伸ばしていた。

それは商人が、世界を回していると過信してしまったからだ。

それで今では、領主の座を狙って画策する者まで現れていた。

彼等も今回のパーティーに参加して、発言力を高めようと狙っていた。


会場である領主の邸宅には街の有力者が集まり、午前中から歓談が行われていた。

彼等の多くが娘を連れており、領主の嫡男に面会させようという思惑を持っていた。

ここで気に入られれば、その後の婚約者候補への有力な一手になる。

あわよくば嫡男を誘惑して、強引に娘と結ばせようとまで考えていたのだろう。

それで彼等は、娘への着飾りにも気合を入れていた。


そんな娘達がアピールをしようと、ギルバートの周りに集まって居た。

ギルバートは表面的にはにこやかに応対していたが、内心はうんざりしていた。

しかも、今年は去年のパーティーより、大人しく開くという約束であったのだ。

それが蓋を開けたら、派手な会場に大勢の来客である。

とてもじゃないが、落ち着いて楽しめる状況では無かった。


「今日はお父様が、夏らしく水色のドレスが似合うとおっしゃたので…」

「ああ

 素敵だね

 似合っているよ」


「私は秋に咲くダリアが好きなの

 殿下もダリアがお好きですの?」

「ああ

 妹が好きでね」


「こちらのローストは家の工房で焼きましたの

 御口に合いまして?」

「ああ

 美味しいよ」


アーネストはその様子を遠目に見て、やれやれと肩を竦める。

彼は機械的に応対する親友の姿を見て、可哀そうにと同情していた。

そのアーネストにも年頃の少女が集まって居り、油断している場合では無いかった。

先の魔物の侵攻での活躍を話してくれと、彼はせがまれていた。

それを大袈裟に褒めて、関心を得ようという魂胆なのだろう。

アーネストも内心うんざりしていたが、ギルバートのそれよりはマシだと思っていた。


「ねえ、アーネスト様

 それで、魔物はどうなったの?」

「貴女ねえ

 当然アーネスト様が倒したに決まっていますわ」

「ねえねえ

 どの様な魔法を使われたの?」


キャッキャと騒ぐ女性を前に、アーネストは控えめに答えた。


「オレが使ったのは、初歩の魔法さ

 魔物はギル…

 坊ちゃんが討伐されたからね」

「ええ?」

「それでも活躍はなされたんでしょ?」

「やはりアーネスト様は素晴らしいわ」

ウットリ…


うーむ…面倒臭い

セリアやフィオーナみたいに、大人しとけば良いのに

まああの子達も年頃になれば、こうなるかも知れないが…


幾分失礼な事を考えながら、アーネストは愛想笑いを浮かべる。

それと同時に、日に日に可愛いから美しいに変わりつつあるフィオーナの姿を探した。

これから領主より、重大な発表がされる。

その後に、二人の関係はどうなるのだろう。


普通に考えれば、兄妹として育てられていた二人が、ある日他人と知らされる。

そこから始まる恋物語は、悲恋で終わるのか?

はたまた純愛として成就されるのか?

まさに詩人が好みそうな話題だ。

現実にはもっとこう…、どろどろとした話になるのだろうが。


視線を動かすと、パーティーに呼ばれた詩人が、先年の魔物との戦いを唄にして流している。


「そこで勇者が立ち上がり、戦士を率いて立ち向かう…」


勇者って…

いつの間にかギルバートが勇者になって、魔物と戦う話になってるな

魔物を倒したから勇者なのに…


よくよく聞けば、将軍は魔物に討たれた事になっている。

その殺された筈の将軍を探すと、会場の端の方で部隊長夫妻と話している。


あれは…

ダナン部隊長とエリック部隊長だな


三組の夫妻が、楽しそうに歓談していた。

どやら自分達をネタにした歌には、彼等は気付いていない様だ。

気付いていたら、もう少し不満そうにしていただろう。


再び視線を動かすと、ギルバートが助けを求めているのが見えた。

キョロキョロと周囲を見回し、アーネストを見付けて情けない表情を浮かべる。

その困った様子に応え、アーネストは席を立った。


「ちょっと失礼します

 坊ちゃんが呼んでいる様ですので」

「まあ」

「素晴らしいですわ」

「さすがアーネスト様」


少女達の空々しい賛辞に笑顔で応え、ギルバートの方へ向かって歩く。

親友の顔が助かったと、安堵の笑顔になるのを見て、吹き出しそうになる。

ギルバートを囲む少女達が一斉に振り向き、鋭い視線を投げ掛ける。

ギラギラとした視線で、邪魔するなら殺すと言っている。


うっ、怖い

ウチのメイド達よりも怖いかも…


少女達は無言の視線で圧力を掛け、笑顔のままで睨み付ける。

しかしアーネストも負けるものかと、ニコリと笑ってみせた。


「失礼しますね

 坊ちゃん、あちらに旨そうなローストが在りますよ

 どうです?」

「おお

 それは、ありがとう」


もっと上手い言い回しは無いのかよ!

それじゃあ納得させれないぞ


「それじゃあ私が取ってまいりますわ」

「ごめんね

 坊ちゃん、一緒に行きませんか?」

「ああ

 そうだな

 ちょっと小腹も空いたし」


少女達の殺気の籠った視線を受けて、アーネストは逃げ出したくなる。


うう…

あのスケルトン・ジェネラルよりおっかないぞ


「あ、あははは

 それでは、案内しますね」


アーネストは貼り付けた様な笑顔を、少女達の方に向ける。

それからギルバートを連れて、無事に少女達から離れる。


「おい

 もう少し言い方に気を付けろよ」

「ん?

 どうかしたか?」

「どうかしたって…」


アーネストが小声で話すが、ギルバートは平然として答える。

少女達から逃げ出せて安堵したのか、状況を理解していなかった。


「お前が上手く話さないと、オレが睨まれるんだぞ

 殺されるかと思ったぞ」

「ははは

 まさか?」

「視線で殺せるなら、間違いなくオレは死んでいた…」

「え?

 …まさか」


ギルバートはまだまだ、この手の話には慣れていなかった。

少女達の行動を、心底理解していない様だった。

まさか自分が狙われていようとは、思ってもいない様子だ。

その様子を見て、アーネストは深く溜息を吐く。


「はあ…

 頼むぜ」

「ん?」

「オレは生きた心地がしなかったよ」

「どうしてだ?」

「お前は戦場に居たんだぞ」

「へ?」


アーネストは溜息を吐きながら、テーブルの前に着いた。

件のローストされた肉を示し、取り皿を手にする。

それからトングを掴んで、親友に取らせようとする。

こうしなければ、少女達は納得しなくて追って来るだろう。


「ほら

 これは鳥のロースト

 あっちは豚のローストだよ」

「ああ」


ギルバートは応えながら、トングを使って鳥のローストを掴んだ。

それは最近狩られた、グランド・クックという魔物の肉だった。

その肉を燻製にして、蜂蜜と野菜を煮込んだタレを掛けてある。

滴るタレから、美味そうな芳醇な香りが漂う。


この魔物はまだ、正確な生息場所は発見されておらず、たまたま見付けた猟師が狩った物だった。

それを商人が、このパーティーの為にと持ち込んだのだ。

珍しい魔物の肉を、領主様のパーティーの為に献上すると言うのだ。

勿論それを口実に、娘をパーティーに参加させる為だ。


「なあ、さっきの戦場って…」

「はあ

 お前は…

 昔からそういうのに疎いからな」

「あ?」


アーネストは頭を抱えて、ギルバートからトングを受け取る。

そうして彼は、豚のローストを掴んだ。

こっちは普通の豚で、これまた商人が持ち込んだ物だ。

上物らしいが、それも口実だろう。

さっきの少女達の一人が、その様な事を言っていた。


「あの子達はなあ…

 お前の未来の嫁さんになりたくて集まって居るんだ」

「はあ?」


ギルバートはアーネストの言葉の意味が理解出来ずに、間の抜けた声を出した。

それを見て、アーネストは改めて言い直す事にする。

初心な彼には、それでは通じなかった様だった。


「誰が正妻の地位を取れるか、争っているんだよ」

「正妻って…」

「アルベルト様は娶らなかったが…

 クリサリスでも妾は認められているからな」

「はあ?」

「妾は勿論、一番は正妻の地位だからな…」

「でも、オレはまだ成人になったばかりで…」

「そんなの関係無いんだよ

 今から懇意に成っていれば、後は既成事実さえ出来れば…」

「既成事実って…」

「子供でも出来れば、後はどうとでも」

「はああ?」


ギルバートは思わず大きな声を出す。


「しーっ!

 大声出すと目立つぞ

 また囲まれたいのか?」

「い、いや…

 しかし…」

「魔物との戦いには慣れたが、こういうのはまだまだだな…」

「え?」

「彼女達にはここが戦場で、獲物はオレとお前だ」

「オレ?」

「そうだ

 オレ達という獲物を捕らえる為に、ドレスや香水等を武器にして襲って来るんだ」


アーネストがニヤリと笑うのを見て、改めて先ほどの少女達を見る。

すると少女達は、ギルバート達の方を見張っていた。

互いに牽制し合いながらも、獲物を逃がさない為には協力して見張る。

ギルバートの視線に気が付くと、彼女達は愛想笑いを返して来た。

しかし改めてよく見ると、確かに気が付くまでの視線は、獲物を狙う獰猛な獣のソレだった。

ギルバートはニコリと微笑み返し、ゆっくりと視線を外すと、恐ろしくてブルリと震えていた。


「こ、怖い…」

「だろ?」


アーネストはロースト・ポークを数枚と野菜をよそおい、それもギルバートに手渡す。

こうして時間を稼いで、何とか逃げる算段を考えているのだ。


「あれは…

 お前を狙っているな…

 お前の態度から勘違いして、もう自分は領主夫人になれると勘違いしてるだろうな」

「はあ?

 嘘だろ?」


ギルバートは思わず、口にした野菜を吹き出しそうになる。


さっき初めて会ったのに、もう奥さんになる気だって?

どうしてそんな考えになるんだ?


アーネストをまじまじと見るが、アーネストは顔を顰める。

アーネストは肩を竦めると、こっちも美味そうだと言いながらトングを手にする。

そうして野菜を載せながら、小声でギルバートに注意する。


「あまりこっちを見るなよ

 それでなくとも、オレがお前を横取りしたと殺しそうな勢いで睨まれてるのに…」

「そうなのか?」

「ああ

 だから、さっきから言ってるだろ

 お前の返答次第で、オレを睨み殺そうとするだろうよ」

「うう…」


ギルバートは情けない声を出して、困った顔をして肉を(かじ)る。

それからふと、視線をもう一方に向けた。

そこには同じ様に、別の少女のグループが集まっていた。

そちらも同じ様に、獰猛な視線を向けている。


「そうなると…

 あちらの女の子たちは?」

「オレの奥さんになろうと思ってるんだろ」

「お前の?」

「ああ

 オレは領主の息子の親友だし

 先の戦いでも活躍した事になってる

 それに…」

「それに?」

「成人したら爵位を貰うって話、あれも漏れているだろうよ」

「え?

 だってあれは国王からも内密にと…」

「でも、あの様子だと…

 バレているだろね

 うわあ…

 舌なめずりして見てるよ…」


アーネストの言葉に、こっそりとそちらを覗き見る。

少女の眼が爛々と輝き、獲物を狙って目を細めている。

よく見ると、本当に舌なめずりしている様だ。


「ひいっ」

「情けない声を出すなよ

 オレまで不安になるよ」

「オレ達…

 今日は無事に生きて帰れるのか?」

「さあ

 上手く話して躱さないと、明日の朝日は拝めそうにないなあ」

「はあ…」

「それこそ明日には、実は子供も出来ていましてなんて事になるぞ」

「はあ?

 子供って、そんなに早く…」

「馬鹿

 出来るか」

「それじゃあ…」

「言っただろう?

 既成事実があれば良いんだ

 それこそお前を酔い潰して、一緒の部屋に居れば良いんだ」

「そんな事で?」

「ああ

 後は後日に、子供を身籠っていれば良いんだ

 それが誰の子だって、調べる方法は無いからな」

「しかし女神様が…」

「当てになるのか?

 それこそ魔物を、送って寄越す女神様だぞ?」

「あうっ…」


ギルバートは情けない声を出して、今までとは違う恐怖と戦っていた。

魔物を前にしても、この様な得体の知れない恐怖は感じなかっただろう。

強引に酔い潰されて、部屋に連れ込まれる。

そして後日には、自分の子か分からない子供を身籠る。

それからその子供が、自分の子だと結婚を要求して来るのだ。

それはあまりに異様で、理解出来ない話だった。


ギルバートは、改めて社交場の恐ろしさを教わり、その恐怖を思い知った。

これは単純な戦闘ではなく、一瞬の油断が命を落とす戦場だと思い知ったのだ。

アーネストの話が本当なら、迂闊に酒を口にしない必要があった。

油断して良い潰されれば、それでどうなるか分からない。


いや、現実には、食べ物だって油断は出来ないのだ。

彼女達が取り分けてくれた料理に、眠り薬が盛られている可能性だってある。

これなら魔物を相手にしていた方が、まだマシだとも思えていた。


「取り敢えず…

 領主様が現れるまでは、ここで大人しくしとくか?

 あっちに戻っても、捕まるだけだからな」

「う、うん

 そうするか…」

「ああ

 こっちの豚のローストも美味いなあ」

「ああ

 蜂蜜の甘さに、この香辛料が合うよな」

「上手いぞ

 そのまま誤魔化すぞ」

「ああ

 分かった」


二人はこそこそと食事をする振りをして、時間を潰す事にした。

それでも近寄られそうなら、誰か捕まえて巻き込むしかない。

アーネストは辺りを見回すと、一点を見詰めてニヤリと笑った。

それは実に悪い笑みで、魔物でも裸足で逃げ出しそうな笑い方だった。


「どうせなら…

 おじさんを巻き込むか?」

「へ?

 あ!」


アーネストはスタスタと歩き、将軍の前へ移動した。

その隙を見て、チャンスと見たのか少女達が移動を開始する。

ギルバートはそれを見て、慌ててアーネストを追って将軍の方へ向かった。


「ちっ!」

「逃がしたか」


少女達は小声で悔しそうに呟き、元居た場所に移動する。

そしてそこから再び、様子を伺っていた。


「やあ

 おじさん、久しぶり」

「誰がおじさ…

 はあ…

 アーネスト、将軍と呼べと言ってるだろ」


将軍は明らかに目立つ様に大きな溜息を吐いた。


「まあまあ

 あなた、良いじゃないの」

「しかしだな、公の場所では駄目なんだよ」

「へへへへ

 大丈夫

 聞こえない様に注意はしてるから」

「そういう問題じゃないだろ」


将軍は頭を抱える。

いくら親しいと言っても、公の場は別だと理解して欲しい。

それを踏まえてアーネストは、揶揄う様に言って来るのだ。

これはアーネストが、彼を兄の様に慕っているからなのだが、将軍はそれに気が付いていなかった。


「アーネストちゃん、久しぶりね

 結婚式以来かしら?」

「ええ

 エレンさんのお邪魔をしては、申し訳ないと」

「そうなの?

 気を使ってくれてありがとうね

 うふふ」


アーネストが将軍夫妻と話している所へ、ギルバートもそそくさと逃げて来る。


「おや?

 坊ちゃんじゃないですか?」

「あらあら

 坊ちゃんまで…」

「ははは

 二人して、叱られて逃げ出して来たのか?」

「え?

 えーっと…」

「逃げて来た?」


ギルバートの様子を見て、エレンはアーネストとギルバートを睨む。

そして周囲を見回して、事情を察してしまう。

彼女からすれば、同じ女性である。

少女達に同情的な意見を持ってしまった。


「もう、二人共ダメじゃない

 女の子達も一生懸命着飾って来ているのよ」

「はははは

 ギルはまだ初心みたいで」

「あ…

 えー…」

「だからって、逃げちゃあダメよ

 ほら、見てるわよ」


エレンが促した先に、ギルバートとアーネストを狙っている少女達がこちらを見張っている。

彼女達は目をギラつかせ、舌なめずりをして見詰めていた。


「あー…

 まだ諦めていないみたい」

「ええ!

 まいったなあ」

「はははは

 お前等、女から逃げてるのか」


将軍は事情が分かり、豪快に笑う。

それを見て、エレンが叱る。


「あら、ダメよ

 あなたからも注意してくださいな

 女の子達が不憫(ふびん)ですわ」

「そうは言ってもなあ

 あちらのお嬢ちゃん方も手強いからなあ

 こいつらだと恰好の餌食だと…」

「あ・な・た」

「はい!」


今度は将軍の方へ、矛先が向いてしまった。

その様を見て、アーネストはニヤニヤ笑いを浮かべる。


「なあ

 エレンってあんなに怖かったか?」

「ギル

 結婚したら、女は変わるらしい」

「ふうん…」

「あらあ?

 君達、楽しそうなお話してるわね」

ギク!


聴こえないつもりで話してたら、いつの間にかエレンは背後に立っていた。

三人は暫く、エレンの説教を受ける羽目になった。

アーネストの狙い通りでは無かったが、説教のお陰で少女達から狙われる事は避けられた。


エレンの説教が終わる頃に、領主のアルベルトがホールに姿を現せた。

やっと仕事に一段落が着いて、こうしてパーティーの会場に来れたのだ。

魔物の被害が減ったとはいえ、まだまだ領主は忙しかった。

そして彼は主催の挨拶をする為に、ギルバートを前へ呼んだ。


「みなさん、本日はお集りいただきありがとうございます

 今日は息子の、ギルバートの誕生日です

 このめでたい日を祝って、息子から挨拶があります」


アルベルトはギルバートを手招きし、ギルバートは前へ出る。


「みなさん、集まっていただきありがとうございます

 今日、7月7日は私にとっては大切な日です

 強き父と優しい母の間に生まれた、記念すべき日です

 今日、この日を祝う事を幸せに思います

 本当にありがとうございます」


パチパチパチパチ!


みんなから祝福の拍手が起こり、あちこちで乾杯のグラスが当たる音がした。

ギルバートは挨拶が終わると、後ろに下がろうと一歩下がった。

するとそれまで優しい笑みを浮かべていたアルベルトが、不意に厳しい顔をして囁いた。


「後で重要な話がある

 私の部屋に来なさい」

「え?

 父上?」


アルベルトはそれだけ囁くと、会場に手を振ってから下がった。

ギルバートは訳も分からず、その後を追った。

今までに無い、真剣な父の顔に不安を覚えながら…。

まだまだ続きます。

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