第056話
魔物がダーナの街の周りに現れる様になってから、2年半の月日が経とうとしていた
ギルバートは成長し、もうすぐ12歳の誕生日を迎えようとしていた
それでも落ち着きが無いのは相変わらずで、今日も朝から魔物討伐に出掛けていた
アルベルトは頭を抱えながらも、自分の仕事に専念する
次期領主である息子の、誕生日パーティーの準備である
時は巡り、聖歴36年の夏が訪れようとしていた
クリサリス聖教王国の周辺に、依然として魔物は現れていた
使徒の約束では、自身の管轄の魔物は現れないという話であった
この周辺に現れる魔物は、彼の管轄する魔物では無いのだろう
他の国でも、魔物の被害報告が上がっている
ギルバートの12歳の誕生日を控え、領主邸宅は誕生パーティーの準備が進められていた。
アルベルトは魔物の対策に奔走しながらも、これを楽しみにしていた。
彼からすれば、息子が無事に成人を迎える大切なパーティーだ。
だから仕事を途中で放り出してまで、時々様子を見に来ていた。
このパーティーには、彼には重要な意味があったのだ。
そのパーティーの主は、朝から魔物討伐に出掛けていた。
ギルバートとしては、その様な催し物には興味が無かった。
それより周辺の魔物が、被害を出さないか心配していた。
代わりにアーネストが、その様子を確認に来ていた。
アーネストは派手に飾られたパーティー会場を見て、溜息を吐いていた。
「はあ
これを見たら、ギルはまた荒れますよ」
「何を言う
領主の息子の誕生パーティーだぞ
盛大にやらねば」
「そう言って、毎年派手にしていって、去年はもう子供じゃないって出て行きましたよね」
「う…」
「やり過ぎなんですよ」
「そうか?」
実は去年の誕生日にも、領民を集めてパーティーを開いていた。
そこでギルバートは、領地が魔物に荒らされている時に、パーティーなど不謹慎だと怒っていた。
言われてみれば、確かにそうなのだろう。
しかし領主としては、領民と息子の為に開いているつもりであった。
パーティーというのは、年頃の子供達の顔見せの場でもあるからだ。
年頃の娘を持つ領民としては、娘を引き合わせる大事な場でもあるのだ。
アーネストは部屋の隅に領主を引っ張って移動し、小声でヒソヒソと話す。
それは準備を進める、家人にも聞かれたら困る内容だった。
「やはり、息子と思いたいから…
派手にするんですか?」
「アーネスト!」
「しーっ」
「お、お前…
何でそんな…」
「流石に分かり易過ぎますよ
メイド達の中にも、おかしいと思っている者も居ます」
「そ、そうか?」
「流石にやり過ぎですよ…」
「うう
しかしな…」
実際にメイド達の中には、これはやり過ぎではと苦言する者も少なく無い。
平穏な時分なら、これでも良かっただろう。
しかし今は、外では魔物が現れているのだ。
いくら領主の嫡男でも、パーティーはやり過ぎだと思っていたのだ。
「今年は…
例の事を話すんですよね?」
「あ…
う、うむ」
「話すんですよね!」
「アーネスト
顔が怖いぞ」
「流石にもう、誤魔化せませんよ
帝国では12歳で成人です」
「な!」
「あれから調べました
すぐに分かりましたよ」
アーネストは真剣な顔でアルベルトに詰め寄る。
アーネストはあれから、手すきの時間に調べていた。
時には商人の噂も調べ、王都での事件まで辿り着いていた。
それはアーネストが、生まれる以前の出来事であった。
それで当時は、王都近郊で凶作や疫病が蔓延していたのだ。
「まさか王国の凶事に、関係があったとは…」
「ち、違う
それはこの事とは…」
「関係無いとは言わせませんよ?
神託の記録も確認しましたし
ここまでは届いていませんでしたが…
王都の魔術師にも確認しました」
「な!
そこまで?」
「ええ
調べましたとも
親友の一大事です
何が起こって、何が問題か…」
「親友って…
そこまであいつの事を?」
「ええ
ギルはボクの親友です
友の為なら、貴方でも許しませんよ」
「しかし、ワシにも立場と言う物が…」
アルベルトはこの期に及んでも、なおも隠し通そうと考えていた。
しかしそれは、自身の保身の為では無い。
それが明るみに出て、様々な問題が起きると考えているからだ。
「しっかりと話してもらいますよ」
「ぬぐ…」
「今なら使徒達の…
ベヘモットの気持ちが分かる気がします
いつまで夢を持ち続けようとしているんです」
「だが…
ハルとの約束も…」
「アルベルト様!」
アーネストはカッとなり、思わず領主の胸倉を掴む。
その様を見て、使用人達が騒めく。
中には慌てて、アーネストを止めようと駆け出す者も居た。
しかしアルベルトは、慌てて何でも無いから下がれと促す。
話しを聞かれてはマズいからだ。
「待て!
分かった
分かったから…」
「アーネスト!」
「ハリス
何でも無い
何でも無いから」
「しかし領主様に…」
「ワシが軽率じゃったのだ
いいから仕事を続けてくれ」
「は、はあ?」
「こっちの事は…
気にするな」
「はい…」
アーネストは手を離しながら、アルベルトに頭を下げる。
事が事とはいえ、胸倉を掴んだのはマズい。
しかも家人達にまで見られていた。
「すいません
オレも軽率でした」
「ここでは何だ…
ワシの部屋へ行こう」
「ええ」
家人達がヒソヒソ話しているので、二人は居た堪れなくなって移動する。
これ以上はここで、内緒話も難しかった。
執務室に入ると、アルベルトは執事を呼んでお茶を用意させた。
それからお茶を出したら、良いと言うまで部屋には入るなと厳命した。
ハリスは先程の事もあり、眉間に皺を寄せる。
しかし聞かれては困る話である、入らない様にキツく命じておいた。
「さて
これで安心だ」
「ええ」
アルベルトは紅茶に口を付け、人心地着いた。
向かいではアーネストも、紅茶の香りを楽しんでいる。
「それで?
お前はどこまで知っている」
アルベルトは先ずは、試す様に尋ねる。
「そうですねえ…
先ずは、ギルが…
実は王太子である事ですかね」
「むう…
やはり気付いておったか」
「ええ
当時は有名な事件でした
王家では隠し通したつもりでしょうが…」
「無理じゃろうな…
あれだけの騒ぎになったのじゃ」
王家では王太子を庇う為に、色々と手を尽くしていた。
しかし凶作や流行り病と、立て続けに不穏な事が続いた。
ましてやそれが、王太子が生まれた事が原因だと言うのだ。
教会は事実を隠そうとしたが、神託の結果も噂として漏れてしまっていた。
アーネストの両親も、この流行り病で亡くなっている。
彼としてはこの事が、まさか自分の両親に関わるとは思ってもいなかった。
「神託が…
問題ですしね」
「ああ
まさか女神様が…」
「しかし何故?」
「分からん
分らんが…
そこも聞いておるのじゃろう?」
「え?
王太子が世界を滅ぼすって?」
「いや
正確には、『その子が世界に、大いなる災厄を招く』
そういう意味じゃという事じゃった」
「大いなる災厄…」
「うむ
そして凶作や流行り病…
世界を滅ぼすという噂に、後押しをする形になった訳じゃ」
「そういう事情が…」
「ああ
じゃから王太子の身を、隠す事になってな」
「それが病だと?」
「ん?
病自体は本当の事じゃ
お身体が生まれつき、極端に弱くてな」
「そういう事か…」
王太子は生まれつき、身体が弱かった。
それもあって、お披露目は控えられていた。
それから神託の予言を恐れて、王家は王太子を王城の奥に隠した。
それで尾鰭がついて、話が拡大してしまったのだろう。
「しかし…
よく調べたな」
「ええ
王太子は幽閉されて、その後に亡くなられた
しかしその後に、ギルが都合よく生まれている
出来過ぎですよね?」
「あ…
うむ
産まれたのは真実じゃ」
「王家が大変な時期に?」
「そりゃあ…
ワシも継承者の一人じゃ
世継ぎが居なくなるのは、王家でも問題なんじゃ」
「ああ…
そういう…」
「それでハルもワシも、次の世継ぎをとな…」
「あ…
そこはどうでも良いです
ボクはまだ、成人前ですから」
「むう?
しかしお前も、いずれは貴族として…」
「話が逸れていますよ?」
「むう…」
アルベルトは誤魔化そうとした事が、簡単にバレてしまった。
しかし実際に、ハルバートには娘が生まれている。
そしてギルバートが生まれた頃にも、子供を死産で失っていた。
それは王家が、後継者を必要としていたからだった。
「はあ…
しかしバレるとはな…
ギルバートが…
殿下が成人するまで、黙っておく約束じゃったのじゃが…」
「その点は、ベヘモットに感謝しています
彼の一言が決定打でしたから」
「ああ
あ奴からすれば、ワシ等が黙っているのが許せなんだのだろう」
「それと、何らかの密約が交わされている様ですね?」
「うむ
それの内容には気付てはおらんのか?」
「ええ
本当の子供がどうなったのか?
どうして王太子を領主の息子と偽ったのか?
それは流石に分かりませんでした」
「しかし、入れ替わりは見抜いたワケだな」
「はい」
「そうか…」
使徒は口を揃えて、何らかの罪を問うていた。
そこからも、単純な子供を生かしただけでは無いのだろう。
そもそもがギルバートが、産まれた辺りでぱったりと凶事が収まっている。
その事が、何か言い知れぬ秘密を孕んでいる気配を見せている。
「どうして罪なんです?
たかだか入れ替えただけにしては…
大袈裟では無いですか?」
「うーむ」
アルベルトは悩んでいた。
ギルバートには、いずれ話さなければならない。
しかしアーネストに勘違いされては、肝心の理由が変に伝わりそうだ。
アルベルトは思い切って、話そうと覚悟を決める。
「よいか
この事は、ワシとハル…
ハルバート王しか知らない事じゃ」
「え?
ジェニファー様は知らないんですか?
って言うか気付いていないんですか?」
「そうだ
あいつには息子だと渡しているし
何よりも、あの子はワシの息子でもある」
「はあ?
何言ってんですか?」
アーネストは理解出来ないと言いたい様子で、アルベルトを見る。
なんせ話の流れでは、彼は国王の息子、王太子である筈なのだ。
それなのにアルベルトは、自分の息子でもあると言っている。
これでは話が、ちぐはぐで整合性が無かった。
うーむ…
やはり中途半端な情報では、無用な誤解を生みそうじゃ
「これは…
ここは絶対他言無用だぞ」
「はい」
それからアルベルトは、ようやく重い口を開き始めた。
そして12年前に何があったのか、それを語り始めた。
話しがギルバートが死んだ事に差し掛かった時、アーネストは衝撃で倒れそうになった。
彼は頭を抱えると、よろよろとソファーにもたれ掛かった。
「な、何て事を…」
「ああ
今ならそう思える
しかしあの時は…
それしか手段を選べなかった」
「だからって…
そんな非道な事を…」
「ハルもそう言っておった
じゃからワシが…」
「そんな…
おお、女神様
我らをお救いください」
「けっ
その指令を出したのも女神様だし
我々に選択を迫ったのも女神様の使徒じゃ」
「え?」
「以前に来た運命の糸を覚えているか?」
「はい
エルリックって言ってましたよね」
「ああ
奴がその悍ましい道を、示した張本人だ」
「な!
あいつが?
あの吟遊詩人が?」
「ふん
吟遊詩人なものか
あ奴は以前から、王都に潜入していた間者なんじゃ」
エルリックは女神の指示で、王太子を探っていた間者でもあった。
彼は王城の奥に匿われた、王太子の生存を探っていた。
その上で、この悍ましい企みを提案したのだ。
「あれ?
でも、神託を下したのも女神様ですよね?」
「そうだ」
「それなのに、女神様の忠実な使徒である運命の糸が…
裏切ったんですか?」
「そこは少し違うかな」
「はい?」
「奴は女神様の神託に不信感を抱き、誤魔化す為に入れ替えを提案したそうじゃ」
「うーん
そうすると、使徒の中に女神様の行動に…
不信感を抱く者が居るわけですね」
「ああ」
エルリックが提案した事は、結果として王太子の生存を隠した。
それで女神は、人間に行っていた凶事を収めた。
王太子を殺したので、これ以上の凶事を起こす必要も無くなったのだ。
王国を覆っていた不幸も、ここで停められた訳だ。
しかしそもそもが、王太子を殺す事自体が妙な神託である。
いくら災厄を招くと言っても、わざわざ人間を一人、それも赤子を殺せと女神が言うのだろうか?
人間の世界を守りたいとしても、それでは凶事を起こすという事も矛盾する。
まるでそこまでして、女神がその赤子を殺したいと言っている様なものだ。
それで運命の糸も不審に感じて、殺した事にして隠させたのだ。
「アルベルト様
思ったんですが、ベヘモットの行動もおかしくなかったですか?」
「ん?
と言うと?」
「あの時の魔物ですが、確かに強かったです
しかし彼は、倒す方法を示していましたよね」
「そうか?」
「そうなんです」
アーネストは3冊の書物を出し、その内の1冊を示す。
「こちらの2冊がエルリックが用意した物で、確かに有効な書物でした
これらは今でも役立っていて、魔物討伐に大いに貢献しています」
「ああ
ワシも随分助けられている
その本が在ったから、このダーナの街は今も生き残っておる」
「しかし、もう一方のこの本
一見すると初歩の魔法使いの為の教本で、中身も今一としか言えません」
「そうなのか?」
「ええ」
「しかしベヘモット…じゃったか?
あいつは翻訳に時間が掛かると判断して…」
「ええ
そこも変ですよね」
「ん?」
「翻訳に時間が掛かろうが、天罰なら関係無いでしょう?
どうせ滅ぼすんですし」
「いや
そこはフェアーに戦おうって…」
「良いでしょう
そこはそれで
フェアーに戦う為に、彼が用意してくれた事にしましょう」
「うむ」
アルベルトの言い分は、若干強引ではあった。
しかしアーネスト達が見たベヘモットの言動からすれば、あながち間違いでも無さそうだった。
彼は魔物の王として、貴族然とした行動を取っていた。
フェアーな戦いを望んだとしても、何ら不自然では無い。
だが問題は、この本に別の意味が隠されていた事だった。
この本が無ければ、あの戦いには勝てなかったのだ。
「あの戦いに於いては、この魔法書に載っていた魔法が大いに役立ちました
そして骸骨の魔物の弱点の魔法は、この本から見つけましたから」
「そうか…」
「この本が無ければ、あの魔物には勝てませんでした」
「ううむ…」
「それに
わざとギリギリ負ける程度の魔物しか用意して無かったのでは?
そんな気がするんです」
「それじゃあ何か?
あいつはお前達に難しい課題を出したが、最後には負ける気満々だったと言うのか?」
「ええ」
「馬鹿らしい」
「ですが不自然なんです」
「何がだ?」
「何でわざわざ、段階的に強くして行ったんです?」
「ん?
と言うと?」
「本気で滅ぼすつもりなら…
最初からあの黒い骸骨を…
あの魔物を出せば良かったんです」
「しかし…
条件があったとか?
あれは亡者を吸収して、現れたそうじゃ無いか?
お前もそう言っていただろう?」
「そうですが、例えですよ?
それぐらい強い魔物を…
彼なら用意出来たのでは?」
「馬鹿馬鹿しい」
アルベルトはそう言いながらも、今考えれば、ベヘモットの態度が不自然だった様な気がしてきた。
変な事で挑発してみせたり、魔物に勝った事を褒めたり。
そう考えると、腑に落ちる点が多い事に気付く。
まるでこちらが、魔物に打ち勝つ事を望んでいた様なのだ。
「まさか…」
「まあ、今は会えないので、確認のしようがありませんがね」
「ううむ」
「ですが彼には、大きな恩義がありますね
いずれ再会出来れば…」
「うむ
感謝ぐらいは、しても良いかな」
「もう
素直じゃないな」
アーネストは、本気でベヘモットに感謝していた。
彼は魔物の強さを見せつつ、何とか工夫すれば勝てると示していた。
また周辺に現れる魔物に、その後に勝てる様にもアドバイスをくれていた。
領主には黙っていたが、この本には魔物への対処方法も書かれている。
この本があるお陰で、街は持ち堪えているのだ。
そして彼は、アーネストに生き残れと言っていた。
単に彼が、アーネストの事を気に入っていたのかも知れない。
しかし生き残る事で、魔物にも打ち勝てるのだ。
ベヘモットの言葉は、人間に生き残れと言っている様な気がしていた。
彼自身は、魔物の仇だと人間を憎んでいる様に言っていた。
しかし実際には、彼は人間も愛していたのでは無いだろうか?
そう考えれば、あの時の言葉にも納得が行く
魔物の仇とか言いながら、色々と心配もしていた
それに何よりも、人間の良いところとか言っていた
彼はアルベルト様を叱る時にも、帝国の英雄や過去の勇者の名前も上げていた
彼等の悲劇というのが気になるが、それを悔やんでいる素振りも見せていた
他にもベヘモットは、気になる事を言っていた。
それが人間を生かす為に言っていたのだとすれば、合点が行くのだ。
問題は人間が、アルベルト達が行った罪なのだろう。
「兎も角、貴方達の行いは確かに、天罰を受けて…
然る所行ですね
ボクが聞いてても、気分が悪くなりましたよ」
「ああ
今は後悔してる…」
「どうしてあの様な…
いや、今はそれよりも…」
「ああ」
「行われた事は問題ですが、それがあってギルが居る
そうですね」
「そうじゃ…」
「それで、肝心の理由を教えていただけますか?
そこまでしたのは、どう云う理由が在ったからです」
そこまでして、何故王太子を生かしたのか?
大いなる厄災とは何なのか?
そして運命の糸は、何でそこまでしてギルバートととして生かしたのか?
そこが未だに謎だった
アーネストは、更に核心を突く質問をした。
アルベルトは拳を握り締め、全てを語った。
それは運命の糸が語った、可能性の話しである。
しかしそれは、合点の行く内容だった。
その為にアルベルトは、息子の命をも賭けて、王太子を守ったのだ。
「そんな…
事が?」
「ああ
だから今は、この事はギルバートには言えない
いや、国民にも…」
「使徒はどこまで知っているんです?」
「分からん
ベヘモットにはバレたと思っておるが…
あれが味方と考えれば、恐らくは女神にはバレていない」
「そう言う意味では、バレた相手が…
と言うか、ここを攻めに来た相手が彼で良かったです」
「ワシ等の罪を攻めておったが、あれもどこまでが本心なんだか…
今では分からんよ」
「それでも
あれから女神の使徒が現れない以上は、まだバレていないと思いますよ?」
「ワシから話せるのは、以上だ
ギルバートには息子では無い事だけ伝える」
「それで…
どうするんです?」
「ハルバートと約束しておってな
あの子の誕生日が過ぎたら、王都へ送る事になっておる」
アルベルトはそう言って、寂しそうに微笑む。
心では分かっているつもりでも、やはり寂しいのだ。
だから何とか誤魔化し、ここまで先延ばしにして来た。
大事に育てて来たからこそ、本当の息子の様に愛しているのだ。
それが全てを話して、手放そうと決心をしていた。
アーネストが強引に、迫ったせいでもあるのだが…。
アーネストは内心、話させた事を後悔していた。
「それで…
良いんですか?」
「ああ」
「ジェニファー様や娘さんには?
フィオーナには?
どう説明するんです?」
「明日のパーティーが終わった後、全てを話すつもりだ
勿論、話せる範囲でだが…」
「本気ですか?」
「ああ
そもそもお前が…」
「そこは本当にすいませんでした
ですがアルベルト様は、あのまま放って置けばズルズルと…」
「ぬう…
そこは否定出来んな
ワシはあの子を…」
「はあ…」
「だからお前には、黙っていて欲しい
そしてこれからも、友としてあいつに接して欲しい」
「…分かりました」
「頼んだぞ」
アーネストは少し考えて、アルベルトに要求する。
「一つ…
条件をください」
「何だ?」
「ギルが王都に向かう時、オレも一緒に旅立ちます」
「よかろう
と言うよりも、是非とも一緒に行ってやって欲しい
それがあの子の支えになるだろう」
「はい
それでは同行させてもらいます」
こうして二人の秘密の会談は終わり、アルベルトは執事を呼んだ。
暗い話ばかりして、紅茶もすっかり冷めてしまっていた。
代わりに気分を明るくする為に、彼は酒を用意する様に命じる。
チリンチリン!
「はい
旦那様」
「すまない
こいつと一杯やるから、用意してくれ」
「旦那様
まだ夕刻には早いです
それに彼は11ですよ」
「良いんだ」
「良く無いでしょう?」
「良いんだ!
付き合って…
くれるじゃろう?」
「はあ…
しょうがない領主様だ」
「ははは…」
「はあ…
では、一杯だけですぞ?
それ以上は奥様に…」
「ああ
それで構わん」
「やれやれ…」
執事は不満そうに言うが、結局折れてあまり強くない葡萄酒を用意した。
生ハムとチーズを肴に、二人は軽く飲んだ。
飲まなくては先ほどの話で、沈んだ気分が晴れなかったからだ。
アーネストは苦い酒を、流し込んで忘れる事にする。
彼はこの件がきっかけで、酒に逃げる癖が付いてしまうのだが…。
それは仕様が無い事だろう。
ギルバートが帰った時には、アーネストは酔い潰れていた。
アルベルトは子供を酔い潰したと、執事と妻に叱られていた。
「まったく
明日はギルバートの誕生日パーティーだと言うのに…
今からこんな調子でどうするんです」
「ああ、すまない
ヒック
ちょっとな…
飲まないといけない時もあるんだ
ヒック」
「もう!
知りませんよ」
「お父様、臭いですわ」
「みっともないです」
二人の娘も呆れて、アルベルトを白い目で見ていた。
「はあ…
父上?
大丈夫ですか?」
「おう!
我が息子よ
どうだ、お前も飲まないか?」
「ああ…
遠慮しときます
それより、本当に大丈夫なんです?
ハンナ、ハリスを呼んでくれ」
「はい、坊ちゃま」
ギルバートは執事に応援を求め、何とか彼を寝室に運んだ。
ハリスは肩を竦めて、一緒に主を寝室に運ぶ。
そうして寝かせると、アルベルトは鼾を掻いて眠ってしまった。
その姿を見て、ギルバートは執事に質問する。
「一体…
父上はどうしたんだ?
ハリスは何か知らないか?」
「いえ…
しかし昼間はアーネスト様と、何やら揉めていらっしゃいました
その後は仲直りされたのか、二人で酒を飲み始めて…」
「それで、これか?」
何を揉めていたのか知らないが、アーネストが揉めるのは珍しい。
苦言を呈する事はあっても、彼は領主を尊敬していた。
心酔していると言っても、良いぐらいだ。
それが揉めるだなんて、珍しい事だった。
それも何やら、誕生日パーティーの準備もしていたみたいだし。
そんな喜ばしい行事の前に、揉めるなんて事も珍しい事だった。
「しかし変だな
二人が喧嘩するのもだけど、普段飲まない二人が潰れるまで飲むとは…」
「そういえば…
そうですね
きっと明日のパーティーの事で揉めて、それで勢いで飲み過ぎたのでは?」
「ああ…
うん、なるほど
そうかも知れないね」
去年も盛大なパーティーをして、ギルバートは呆れていた。
それを思って、アーネストが苦言を呈したのだろう。
それで二人が、その事で揉めていたのかも知れない。
ギルバートはそう考えて、面倒臭い事を考えない事にした。
二人はアルベルトが寝ているのを確認し、部屋を出た。
「ハリス、ありがとう」
「いえ
これも仕事ですから」
「はは
そういえば、アーネストも潰れたのか?」
「ええ」
「珍しいな
あいつが酒を飲むなんて」
「付き合いで飲まされた様で…」
「災難だな…
明日は大丈夫なのかな?」
「大丈夫でなくても、あそこのメイドは優秀ですから」
「ははは
そりゃ大変だ」
ギルバートは友の冥福?を祈りながら、夕食を食べる為に食堂へ向かった。
いよいよ明日は、12歳の誕生日。
成人になった、祝いのパーティーでもある。
今年はどんな誕生日パーティーになるのか、ギルバートは楽しみにする事にした。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。