幕間劇
追加で作りました
主要なキャラのその後と、次の話しへの幕間となります
表現に矛盾がありましたら、報告をお願いします
戦勝祝いで賑わう街中
そこから少し外れた、兵舎の一室
そこには大柄な男が、溜息を吐いていた
昼間の一幕から、改めて考えさせられていた
ヘンディーは傷病兵が、休む救護所で寝転がっていた
身体の傷の方は、生来の頑丈さで問題は無かった
深い傷を負ってはいるが、ポーションで傷口も塞がっている
しかし今は、心に大きな傷を抱えていた
それは先程帰って行った、女性が原因であった
「はあ…
さすがにマズかったな…」
男は自分が犯した、失態を思い出して溜息を吐く。
彼はその光景を、思い出しながら苦笑いを浮かべる。
彼女は…
そう、初めて会ったと思った美しい女性が、大粒の涙を流す。
それは自分が、包帯だらけでベットに横たわっていたからだ。
傷自体は塞がり掛けていたが、部下が心配して巻いたのだ。
これだけ巻いていれば、将軍が勝手に出歩かないだろうと思ったのだ。
「まあ!
ヘンディー!
どうして、こんな!
ああ、女神様!
何て事なの?」
その女性は大粒の涙を溢して、ヘンディーの身体に抱き着いて来た。
こんな美しい女性に、知り合いは居ないと思っていた。
そう、ヘンディーは仕事にかまけて、その存在を忘れてしまっていた。
彼女は領主の館で、メイドとして働いていた。
そして幾度か彼は、領主の邸宅で顔を会わせていた筈だった。
しかし少なくとも、こんなに泣かれる程の仲では無かった筈なのだ。
そう思っていた。
「ああ…
ヘンディー…」
「ええっと…
領主様のメイドの…」
「え?」
「まあ!
ヘンディーちゃん?」
「こんな美しいお嬢ちゃんと知り合いだったのかい?」
「それもこんな
泣かせるだなんて」
「え?
あ…」
「え?
まさか?」
「へ?」
女性は何故か、自分を覚えていないと驚いていた。
少なくともヘンディーは、領主の邸宅でしか会った事が無かった。
そう思っていたのだ。
それなのに彼女は、自分の事をよく知っている様子だった。
「ヘンディー?」
「その名で呼ぶのは、領主様やごく親しい者なんだが…」
「呆れた
覚えて無いの?」
「ええっと…」
「一緒に遊んだ仲なのに?」
「一緒に?」
「そうよ
よくターニャ小母さんの店の、倉庫に潜り込んで…」
「ああ!
あんた、あの時の?」
「え?
それは悪ガキ仲間の…」
「え?
あなた本気?
今でも私が、男の子だと思っていたの?」
「え?
いやあ…」
それはヘンディーが、ヘンドリクセンと名乗っていた頃の事だ。
彼は街の悪ガキを集めては、よく悪さをして怒られていた。
特に仲の良かったのが、下町の小柄な少年であった。
いや、正確にはヘンディーが、少年だと思い込んでいたのだ。
そして彼女は幼いヘンドリクセンが、共に悪ガキとして遊んでいた親友でもあった。
「エレン?」
「信じられない!
私の事を忘れたの?」
「うう…
エリザ…んんと…
思い出せん」
「はあ…
仕様の無い人ね
本名も明かしていたのに…」
「すまない…
いつもエレンと呼んでて…」
「ヘンディーちゃん
それは無いわよ?」
「そうよ
こんなに心配してくれる彼女なのに」
「そうよ
知らなかったわよ?」
「だのに名前すら覚えて無いなんて…」
「どこのお嬢さんかい?」
「ええっと…」
ヘンディーは答えに窮する。
彼は幼い頃には、彼女を男だと思っていた。
そう、女の子だと教えられていたのに、いつの間にか勘違いしていたのだ。
彼女はいつも、薄汚れた少年の様な恰好をしていた。
だから本名も忘れて、エレンという男の子のままの記憶を持っていた。
「えっ?
彼女だなんて、そんな…」
「ふふ
照れなくても良いのよ?」
「そうそう
お似合いの二人じゃないかい」
「そんな
お似合い…ですか?
嬉しい…」
「ええ
美女と…
獣?」
「ちょ!
それは酷くね?」
「ふふ」
「ほほほほ」
「はははは」
「おい…」
小母さん達には、そう揶揄われてしまった。
しかしヘンディーも、まんざらでは無かった。
十数年ぶりに再会した友は、美しい女性に代わっていた。
考えてみれば、何度も出会っていた筈なのだ。
それなのにヘンディーが、彼女に気付いていなかったのだ。
「しかしお前が…
エレンだなんて」
「エ・リ・ザ・ベ・ス!
本当に忘れたの?」
「ああ…
すまん」
「もう
あんなに一緒に居たのに」
「だってお前、いつも男の恰好をしてたじゃないか」
「だからって…
あれは兄の服しか無かったからなのよ?
それに私は、何回も女の子だって言ってたでしょう?」
「ええっと…」
「あらあら…」
「私達はお邪魔な様ね」
「そうね
後は若い二人だけにして」
「うふふふ」
二人が言い争うのを見て、小母さん達はそっと寝室を出る。
このままでは、二人の邪魔になると判断したのだ。
二人はそれから、暫く言い争っていた。
しかし次第に、昔を懐かしんで昔話しを始めていた。
「でね、そこでアスハルの靴屋のおじさんが…」
「ああ
凄い剣幕で怒っていたな
ははは…痛っ」
「大丈夫?」
「はは…
大丈夫じゃ無いけど大丈夫だ」
「ふふ
何それ?」
「お前が居るからな
いつまでも痛がって…」
「私が…
何?」
不意に髪を掻き上げた彼女を見て、ヘンディーの心臓が早鐘の様に鳴り響く。
こいつ…
こんなに綺麗だったんだな
改めて彼女を、異性として見詰めていた。
その美しい姿に、自然と視線は釘付けになる。
その視線に気が付いて、エレンも恥ずかしそうに頬を染める。
ほっそりとした身体に、そこそこの胸の大きさだった。
ヘンディー自身は、そこまで胸の大きさを気にした事は無かった。
むしろあまり大きいと、何となく嫌だとも思っていた。
彼女のプロポーションは、意外に彼の好みに合っていたのだろう。
自然と顔と身体を、見比べて見てしまっていた。
その顔は決して、飛び切りの美女とは言えないのだろう。
確かに彼女が美人ならば、兵士達の間でも話題に上がっていただろう。
いや、領主の雇ったメイドだから、話題に上がらなかった可能性も無くはない。
しかし鳶色の瞳と、淡いブラウンの髪は美しく、ヘンディーは目を奪われてしまう。
それは実に美しく、ヘンディーの心を奪っていた。
実はエレンは、ヘンディーに会う為に身繕いをしていた。
長年思っていた男に、会いに行くのだ。
それで思い切って、メイド仲間に相談して着飾っていた。
それが彼女の髪を、瞳の色を際立たせていた。
いつものメイドの格好とは、違った年頃の美しい女性の姿。
その姿に、ヘンディーの心は奪われていた。
「どうしたの?」
「あ…
いやあ…」
「何よ?
心配して来たのに、どうしたのよ?」
「いや…
お前って…
女なんだな」
「はあ?」
エレンは驚くと同時に、呆れて間の抜けた声を出していた。
ヘンディーは顔を赤らめて、恥ずかしそうにもじもじする。
「いや
こんな綺麗になって…その…」
「へ?
今さら?」
「ん?」
「誰の為に、こんなに身綺麗にしてると思っているの?」
「え?」
ヘンディーのこの返答に、エレンは頬を膨らます。
それがまた可愛くて、ヘンディーは見惚れてしまう。
「私は…
私が領主様にお仕えするのは、あなた所為なのよ?
危険な任務に赴いて…
それなのに私達を守るって…」
「え?
おい!」
「あなた…
私に約束したじゃない
だから私も、せめて領主様をお守りして…
あなたの守る、街の為に尽くそうと…」
「はあ?」
「だ・か・ら!
あんたが戦いにばっかり向かうから…」
「え?
えっと…」
「忘れたの?」
エレンに睨まれて、ヘンディーはコクコクと頷く。
「呆れた…
それじゃあ、あの時の事も…
覚えていないの?」
「あの時って?」
「あなたが兵士に志願した時の事よ?
覚えていないの?」
「う、ううむ…」
ヘンディーはガレオン将軍が大隊長に任命された時に、気に入られて引き抜かれた。
しかしそれ以前は、気が付けば兵役に就いていた。
確か親父と喧嘩して、その流れで兵役志願した様に覚えていた。
しかし喧嘩した理由を、思い出そうとしても思い出せない。
「はあ…
私を守るって…
そう言ってじゃない」
「はあ?」
「オレが兵士になって、お前を守るって
だから私は、あなたの気持ちに応えようと…」
「え?
オレってそんな事を?」
「ええ
言ったわよ?
それも真剣な顔をしてね
てっきり告白だと思っていたのに…」
「い?」
どうやらヘンディーは、兵役に志願する時にそう言っていたらしい。
彼は単純に、父親と喧嘩したなんて恥ずかしくて言えなかった。
だから彼は誤魔化す為に、真面目ぶってそんな事を言ったのだ。
それも真面目な顔をして、神妙に話していたらしい。
それでエレンは、彼が自分を守る為に兵役に志願したのだと勘違いしていた。
だからこそエレンは、メイドに志願して、こうして近い場所で頑張っていたのだ。
少しでも彼の為に、役立ちたいと思っての行動だ。
それもこれも、ヘンディーの気持ちに応える為だった。
彼が守ると言ってくれた、この街を自分も守ろうと思ったのだ。
「え?
それじゃあ…」
「何よ?
勿論、待っていたわよ」
「えっと…」
「だって、あんな事を言われたのよ?
だから私は、結婚も婚約もしてないわよ
誰のせいだと思っているの?」
「いや、だって…」
「だって?
ああ!
もしかして?」
「すまん
お前の事…」
「忘れてたの?
それとも男と思ってたの?」
「そのう…
両方だ…」
「呆れた!
あんな事まで言って?」
「あ、ああ…」
「まったく…」
エレンは頭を抱えて、恨めしそうにヘンディーを睨む。
「ずっと待っていたのよ?
将軍にもなれたし、いよいよだと…」
「すまん…」
「結婚もしていないし
てっきり、私との約束を覚えていたんだって…」
「いや
好きな相手も居なかったし…」
「娼館に行ったのに?」
「え?」
「知っているわよ
領主様の邸宅に居るんだもの
嫌でもそんな話も聞こえて来るわよ」
「それじゃあ見合いの話しも?」
「断ったって聞いたわ
他に好きな相手が居るんだろうって…
それで私、嬉しかったのに…」
「すまん…」
ヘンディーは見合いを断ったのでは無く、相手にされなかった。
それをアルベルトが同情して、断った事にしていたのだ。
そんな事も知らずに、エレンは喜んでいた。
それを素直に、ヘンディーは教えられなかった。
知ればエレンが、ますます怒ると思ったからだ。
「でも…
今日の事は心臓が止まるかと思ったわ
あなたが重傷を負ったって」
「いや
それ程の怪我じゃあ…」
「私から会いに行けば、ヘンディーの迷惑になると思っていたの
だけど我慢出来なくて…」
「そ、そ、そんな事は…」
「ほら
動揺してる」
「うう…」
エレンは子供の頃の、ヘンドリクセンをよく知っている。
悪ガキぶっていたが、実は妙に生真面目なところも。
だからヘンディーが、困りそうな事は予見していた。
女性が会いに来れば、妙な噂が立ってしまって困るだろう。
それでエレンからは、ヘンディーに会いに行こうとはしていなかった。
「でも…
アーネストがね」
「ん?」
「おじさんが大怪我をしたって…」
「あいつ…」
「怒らないで
それで私、気を失ってしまって…
ちょっとした騒ぎにしちゃって」
「すまん…
何だかすまん」
「良いのよ
私が勝手に、驚いただけだから」
エレンはそう言っていたが、それは大きな騒ぎになったのだろう。
アーネストもまさか、メイドの一人が倒れるとは思ってもいなかった。
だから倒れたエレンに、すぐに会いに行くように言ったのだ。
それでエレンは、こうして見舞いにも来てくれたのだ。
ヘンディーとしては、小さな甥っ子には感謝だった。
「アーネストがね
おじさんは重症で、起てなくなったって…」
「え?」
「そんな、残酷よね?
もう、子供も望めないだなんて…」
「おい!
ちょっと待て」
「私…
私それで、泣いてしまって…」
「エレン?」
エレンの言葉に、ヘンディーは違和感を感じる。
しかし先ずは、誤解を解かなければならない。
甥っ子はどうやら、大袈裟に話したらしい。
確かに傷は深かったが、この通りピンピンしている。
「ほ、ほら
オレは大丈夫だって」
「ヘンディー!
駄目よ!
まだ傷が…」
「あ!
痛てて…」
「ほら
横になって」
ヘンディーは元気な事をアピールする為に、立とうとする。
しかし傷が痛んで、思う様に立てなかった。
だがエレンは、そんな彼を優しく支えてくれた。
それで芳しい香りと、柔らかな感触を感じる。
ヘンディーは顔を赤くして、慌ててベッドに横になる。
バレない様に、シーツの位置も直しながら。
「お、オレは大丈夫だから
傷も深く無いし
立てるから」
「そんな見栄を張らなくて良いのよ
私はそれでも、あなたの事を嫌いにならないわ」
「え?
いや、ちょっと?」
「戦場で重傷を負えば、そんな事もあるって…
それで出来なくなっても、仕方が無いわ」
「むう?」
やはりエレンの言葉には、何か違和感を感じる。
しかしアーネストが、その様な事を知っているとは思えない。
少しませてはいるが、あの子はまだ子供だ。
まさか立てないとは、怪我で立っていられないという意味の筈だ。
「あの?
エレン?」
「え?
なあに?」
「アーネストは…
そのう…」
「ん?」
「何て言ってたんだ?」
「え?
そんな事を…
私も年頃の女なのよ?
そんな話をしろだ…なんて…」
「ちょ!
おい、ちょっと待て」
「え?」
「アーネストは…
何て言ったんだ?」
「え?」
ここでヘンディーは、その言葉に予想が付いてしまった。
まさかとは思ったが、あの少年はとんでもない嘘を吐いていた。
それは勿論、エレンを後押しする為の嘘だったのかも知れない。
しかし少年が、まさかその様な嘘を吐くとは、二人共思っていなかったのだ。
怪我が原因で、男として不能になっただなどと、少年はとんでもない嘘を吐いていたのだ。
「それはそのう…」
「まさかだが…
男として駄目になったとか?」
「え、ええ…
その様な事を…」
「あいつ!」
「ぷっ」
「くくく…」
エレンは俯き、耳まで真っ赤になる。
それを見て、ヘンディーは確信する。
アーネストがどうやら、嘘を吐いていたと。
そして同時に、ドアの外でクスクス笑う声が聞こえる。
どうやら兵士達が、この部屋の様子に聞き耳を立てていたのだ。
「お前等!」
「ヘンディー!」
「あ痛てて」
「駄目よ
寝て無いと」
「うわっ!」
「バレたぞ
マズい!」
「お前が笑うから」
「そういうお前こそ」
「部屋に戻ってろ!」
「は、はい」
「うひい」
バタバタバタ!
聞き耳を立てていた兵士達は、慌てて部屋に戻って行く。
どうやらヘンディーの部屋に、若い女性が入って行くのを目撃したのだろう。
浮いた話の無い将軍の事だ、興味を持って聞き耳を立てていたのだろう。
それが予想外の話しで、堪え切れずに笑ってしまった。
それでヘンディーにバレてしまった。
「あいつ等…」
「怒らないであげて
あなたを心配してるのよ」
「いや
興味本位だろう
そもそもオレは、そこまでの怪我じゃあ無いんだ」
「え?
それじゃあ…」
「ああ
アーネストの嘘だ」
「え?
じゃあ…
私はその嘘に騙されて…」
「ああ
すまない」
「だったら…
子供も出来ないというのも…」
「ええっと…」
エレンは再び、頬を染めながら俯く。
そして流し目で、ヘンディーの顔を見ていた。
ヘンディーも気まずくて、顔を赤くして頭を掻いていた。
「あ、あのよう」
「え?」
「そのう…
オレが子供を…」
「駄目!」
「へ?」
「他の人と…
子供だなんて…」
「え?
いやあ…」
「私…」
「エレン…」
「ヘンディー…
ん、はあっ」
二人は無言で抱き合い、深い口付けを交わす。
「エレン…」
「駄目…」
「え?」
「今はまだ…
駄目よ」
「それは…」
「続きは…
傷が治ってから」
「あ…」
「それに…
ちゃんと責任も取ってよ?
じゃないと嫌よ!」
「エレン」
「私以外の人とだなんて…」
「エレン…
あ!
待ってくれ!」
エレンはそう言って、顔を隠しながら部屋を出て行った。
ヘンディーはそれで、天井を見詰め続けていた。
まさか幼馴染の友が、あんな美しい女性になっていただなんて。
そして自分の事を、今まで待っていてくれたとは…。
「オレも…
年貢の納め時…か」
ヘンディーはそう呟き、怪我が治ったら、正式に領主に報告する事にした。
このまま決断出来ないで、何が将軍だろう?
領主に報告して、正式に迎え入れる手続きをしよう。
そうヘンディーは、決意をするのだった。
その頃…
ダーナから遠く離れた場所
クリサリス聖教王国から遠く離れた西方にある神殿
彼はその神殿に、報告に帰還していた
「それでは
おめおめと敗けて、報告に戻ったと?」
「それで魔王と言えるのか!」
「そうね
今日でわたしは、魔王の座を返上するわ」
「何!」
「何を勝手な!
貴様の立っての願いで…」
「勿論
わたしの子供達は守るわ
ですがわたしには…
やはり荷が重たかったみたいね」
「何を今さら!」
「じゃから言ったじゃろう
お主では無理じゃと」
「まあまあ
彼女はこうして、報告に戻ったんですし」
「お前が言うな!」
「そうじゃぞ
エルリック
貴様も失敗したじゃろうが」
「私は違いますよ?
私は別件の任務ですから
覇王の討伐は受けていませんよ」
エルリックはそう言って、肩を竦めてみせる。
「しかしこれで、覇王が目覚めてしまった」
「そうね
目覚めたでしょうね」
「でしょうねでは無い!
目覚める前に、殺せという神託じゃろう」
「そうだぞ
どうする気だ?」
「そう言われても
私はもう一つの任務
西の勇者に取り掛かるわ」
「何を勝手な!」
「そうじゃぞ
女神様のお声を待つが良い!」
「良いの?
勇者が力を付けても」
「良いんじゃ無いのか?
それにオレなら、その勇者を倒せる秘策もある」
「ふん
またアンデッドか?」
小柄な男は、くすんだローブから紅い目をギョロつかせる。
もう一方の長身の男は、黒いローブに全身を隠している。
そして紫のローブの男は、困った様に肩を竦めていた。
紅い外套を着た男は、その様子を見てニヤニヤと笑っていた。
しめしめ
上手く運んでいる
西の勇者は兎も角、上手く覇王は目覚めてくれた
エルリックはそう思いながら、ニヤニヤとした笑いを隠そうとしなかった。
彼等は女神の使徒でありながら、それほど仲は良く無かった。
それぞれの役割を担い、それ以外では自領の管轄で手一杯なのだ。
しかし女神の神託には、全力で応える必要があった。
だからこそ失敗したベヘモットは、他の二柱の魔王に睨まれていた。
「それじゃあわたしは?」
「暫くは謹慎じゃな」
「そうそう
大人しく引っ込んでいやがれ」
「そう…
残念だわ」
「全然残念そうじゃ無いじゃないか」
「そうじゃな」
「そうかしら?」
ベヘモットはそう言って、再び肩を竦める。
そうして振り返ると、転移の呪文を唱え始める。
「待て!
逃げる気か?」
「そうじゃぞ
責任を…」
「それじゃあ
反省して謹慎しますね
ごきげんよう」
「あ!
待ちヤガレ…」
「ぬう
逃げおったか」
「仕様が無いでしょう?
失敗は失敗ですし
これ以上は喧嘩に…」
「キサマモダロウガ!」
「そうじゃぞ」
「これは藪蛇だ
それでは私も…」
「ア!
キサマ!」
「くっ
どいつもこいつも…」
「仕方がナイ
西はオレにヤラセテもらう」
「ふん
好きにしろ」
小柄な男は、そう言って姿を消した。
どうやらこの男も、転移の魔法が使えるらしい。
残された長身の男は、溜息を吐いて神殿の中央を見詰める。
「女神様
これでよろしかったんでしょうか?」
しかし質問の答えは、返って来なかった。
彼は神殿の中で、答えを待っている様に見えた。
その答えが、返って来ないとしても…。
一方で転移したベヘモットは、自室の寝台に向かって歩いていた。
彼は自領に戻ると、そのまま自室に向かっていた。
彼はこのまま、自領で謹慎と称して引き籠るつもりなのだ。
その為も事前に、魔族は領地に集めていた。
「はあ…
何とかなったわ
だけど…」
ベヘモットは溜息を吐いて、寝台に飾られた絵を見上げる。
「エルリックの奴め
わたしに尻拭いを…」
ベヘモットは悔しそうに、歯軋りをしていた。
悔しそうにピンクのクッションを、苛立ちに任せて投げる。
部屋全体がピンクに、染められた部屋になっている。
そんな部屋の真ん中に、男は寝転がっていた。
そして一人しか居ないのに、まるで誰かに話し掛ける様に続ける。
「え?
アンデッドを使って良かったのかって?
そうね
でも気付かれないでしょう?
だって彼の管轄と言っても、わたしが出したアンデッドよ?」
「そうねえ
上手く誤魔化せたと思うわよ?」
「え?
あの子?
そうねえ
よく似ているわ
ふふふ…」
ベヘモットは楽しそうに、飾られた絵に向かって語り掛ける。
まるでその絵が、彼と会話をしているかの様に。
「そうねえ…
確かに引いているわね
それによく似ている
まるで母さんとわたしみたい
うふふ」
ベヘモットはそう言うと、寝台の上で膝を抱える。
「母さん
わたしは上手く出来ている?
約束通り、導けている?」
彼は縋る様に、絵を見上げて言葉を掛ける。
「母さん
後少し…
後少しで約束の…」
彼はそう言いながら、いつしか寝台に倒れ込む。
そうして微睡みの中、再び母に抱かれる夢を見続ける。
大好きな母と、交わした約束を果たす為に…。
エルリックも自領に戻ると、新たな準備を始める。
物語はここまでは、彼の望んでいた通りに進んでいる。
彼は女神と交わした、約束を果たす為に動いていた。
その為には例え女神の命令に背いたとしても、自身の身に危険が及ぼうとも…。
彼は約束を果たす為に、行動する事を止めないだろう。
「ふふふ
ここまでは上手く行きました
彼は目覚めた…」
しかしまだ、彼は目覚めたばかりである。
このままでは、ただ目覚めただけだろう。
「問題は、彼がその人物であるのか…
そうですよね?」
応える声は無い。
女神の使徒は、こうして応える声が無くても、その意思を信じて行動するのだ。
女神の神託はここ数十年、下される事は無かった。
それでも女神を信じて、彼等は残された神託を信じて行動する。
それが女神の意思と信じて。
こうして物語は、暫くの幕間を迎える。
次に物語が動き出すのは、これから3年後となる。
奇しくもギルバートが、成人の儀を迎えようとしていた。
そんな場面を迎えて、再び動き始めるのだ。
アース・シーの世界では、人間は12歳で成年を迎えたと判断される。
そうして女神からの神託を得て、成人として各々の仕事に就くとされている。
しかし実際には、神託が下される事は滅多には無かった。
だから親からの仕事を、自らの職務として引き継ぐのだ。
ギルバートも成人を迎えて、いよいよ次期領主としての教育が始まる。
少年はそれを嬉しく思うと同時に、重要な任務だと感じていた。
そうして聖歴36年、クリサリスは初夏を迎えようとしていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。