第054話
魔物の侵攻が終わって、一日が経っていた
街の被害は無かったものの、人的被害は大きな物となっていた
集まった騎兵と歩兵からの被害が多く、隊長格の死者は居なかったものの多くの犠牲者が出ていた
そして死者の半数は死霊に吸収されてしまい、死体が無い者も多く居た
魔物の侵攻から明けた翌日
将軍はベットの上で目覚めていた
将軍は暫く状況が呑み込めず、キョロキョロと辺りを見回す
「こ、ここは?
…どこだ?」
将軍は周囲を見回すが、見覚えの無い部屋だった。
ここは救護所の、重傷者を収容する部屋の一つだった。
将軍は最近では、怪我をする事もほとんど無かった。
それでこの部屋に、来る機会も無かったのだ。
「痛っ」
辺りを見回した事で、肩の傷の痛みを感じる
視界の端に、左肩から巻いた包帯が見えた。
惚けた頭で、今の状況を思い出そうとする。
負傷…した?
いつだ?
少しずつ意識がハッキリしてくる。
そうだ、オレは坊ちゃんと共に魔物と戦って…
魔物の攻撃で坊ちゃんが転倒しかけて…
「そうだ!
坊ちゃん!
坊ちゃんは?
痛っ」
ガチャリ!
ドアが開いて、少年が顔を見せる。
「あ!
おじさん、目が覚めたんだ」
「アーネスト
坊ちゃんは無事なのか?」
「あー…
大人しく寝ていて
肩の傷は思ったより深かったんだから」
アーネストは部屋に入り、将軍を再び寝かしつけようとする。
しかし将軍は、アーネストの腕を掴んで止める。
「オレの事はどうでも良い
坊ちゃんはどうされた?」
「ああもう!
そんな事言わないの
将軍の事心配してる女性が何人倒れた事か…」
「え?
女性?」
「そうだよ!
将軍の負傷した姿を見て、倒れた女性まで出て大変だったんだから」
「え?
ええ?」
「ちょっと待っててね」
アーネストは部屋を出て、誰かを呼びに行った。
将軍は自分の事を心配する女性が居たと聞いて、ドキドキして待っていた。
コンコン!
ガチャリ
「ひゃ、ひゃい」
将軍は緊張して、声が裏返っていた。
長年女性との付き合いなど無く、こんな経験も初めてだった。
ドキドキしながら、将軍はドアが開かれるのを待つ。
背の低い人影が入って来て、将軍は思わずシーツを握っていた。
「将軍!
御無事でしたか!」
しかし、入って来たのはギルバートだった。
ギルバートの姿を見て、一瞬将軍はこける。
それを見て、アーネストがニヤニヤしながら入って来る。
将軍はそんなアーネストを睨み付け、咳払いをする。
「う、うおっほん」
「ん?」
「あ…
坊ちゃんも御無事で良かったです」
「ええ
将軍が庇ってくださったので、こうして筋肉痛ですみました」
「筋肉痛?」
「ええ
気を抜いていた…痛っ
まだ全身が痛むんですよ
はははは…」
それから将軍は、気を失ってからの出来事をギルバート達から聞いた。
特にワールドレコードと、自分の剣を使いこなせた事には驚いた。
改めて筋肉痛は、それが原因だと理解出来た。
自分でも満足に、振り回せるまで5年は掛かったのだ。
「そうですか
オレの剣を使って…
それなら持つのも大変だったでしょう」
「え?
ああ…
何だかワールドレコードだっけ?
アレを聞いてからは、力?
何だか今までと違うんですよ」
「へ?」
「今まで重く感じていた物が軽くなりまして、平気で振り回せました」
「え?
オレの剣…
ですよね?」
「ええ
そうですよ
将軍のヴォルフ・スレイヤーです」
「アレを振り回した?」
「ええ
片手でも持てましたが、確実に仕留める為に両手で」
将軍は頭を抱えていた。
実際に、ヴォルフ・スレイヤーはそれなりの重量がある。
将軍でも危ないので、普段は両手で扱っていた。
普通の兵士なら、持ち上げるのもやっとな者すら居る。
それを子供のギルバートが、片手で持ったと言うのだ。
どうしたら、そうなるんだ?
将軍は、後でアーネストに確認しようと思っていた。
コンコン!
そこで再び病室のドアがノックされる。
アーネストがにこやかな顔をして、誰かを連れて入る。
将軍はさっきの事があったので、期待はしないでおこうと思った。
思ったのだが、つい期待してドキドキする。
「さあ
将軍の事を心配してる女性が来たよ」
「お、おう」
「女性?」
ドキドキ…
いや、しかし、アーネストの事だ
油断は出来ない…
入って来たのは兵舎の世話をする小母さんや、肉屋の女将さん、酒場の女将さん達だ。
入って来て早々、背中をバシンと叩かれる。
「良かった
ヘンディーちゃんが倒れたから心配したのよ」
バシバシ!
「ぐ…があ…」
「あの丈夫なヘンディーちゃんが倒れるんだもの
死んだと思って慌てたわよ」
バシン!
「はぐわっ!」
「どうしたの?」
「まだどこか痛むの?」
「どれどれ?
傷は塞がっているみたいね」
「は、ははは…」
将軍は脂汗を浮かべ、痛みに堪えていた。
ギルバートは思わず目を逸らし、アーネストはニヤニヤしながら見ていた。
将軍はそんなアーネストを、一瞬恨みがましく睨んでいた。
「私達はヘンディーちゃんを、息子の様に思っているから
無茶はして欲しく無いのよ」
「そうよ
まだ嫁の来ても無いから、心配しているんだから」
「あ―…
すいません…」
それから小母様達の井戸端会議が始まる。
どこそこの娘が良いとか、だれだれの娘が貰い手が居ないとか、ヘンディーに意見を聞いてくる。
小母様方は本当に将軍の事が好きで、心配していた。
だからこうして、仕事を中断してまで駆け付けてくれていた。
ギルバートはそんな小母様達の様子に、目を白黒させて驚いていた。
そこでアーネストはギルバートの手を取り、病室を出て行こうとする。
退室間際には、片目を瞑って手を振るのは忘れていなかった。
将軍は一瞬イラっとして睨んだが、すぐに小母様方に捕まってしまった。
二人は病室を出て、歩いて行く。
「良いのか?」
「良いんじゃない?」
ギルバートは心配そうに病室を見るが、アーネストはぐいぐいと引っ張る。
「あの人はいつも無茶をするから…
偶にはみんなが心配していると思い知るべきだよ」
「…優しいんだな」
「え?
あ、うん…」
アーネストは一瞬前を見てから、ギルバートの方に振り返る。
「それに…」
「それに?」
「必要な人には無事を伝えてある
大丈夫さ」
「ん?」
二人は身綺麗な女性とすれ違いながら、傷病兵の休む宿舎から出て行く。
ギルバートはその見覚えのある、女性の姿に気が付いていなかった。
「さて
これからどうするんだ?」
「あー…
妹達が心配してるらしい
一度家に帰らないと…」
「そうか
昨日はそのまま泊まっていたよな
ではボクも顔を見せに行こうか」
二人は領主の邸宅へ向かいながら、止め処無く話していた。
「ギルは昨日から、調子は良いのかい?」
「ああ
筋肉痛は酷いが、身体は軽くて…
今までと違う気がする」
「そうか」
ギルバートは腕を回して、肩の痛みに顔を顰める。
「称号って何だろう?」
「ああ
何か授かったって言ってたな」
「え?
あれ?
アーネストも聞いたのか?」
「ああ
条件は分からないが、ほとんどの人が聞いてると思うよ
もっとも気絶してた人は、聞こえて無かったみたいだけど」
「そうか…」
アーネストは後ろを振り返って、器用に後ろ向きに歩く。
「あれから調べているけど
どうやら女神様からの贈り物らしいよ
何かを成し遂げた者が授かるらしい」
「そうなんだ」
「だからギルも、何かを成し遂げたって事だな」
「何かを…
成し遂げる…」
ギルバートは拳を握り、その感触を確かめる。
「あれを聞いてから…
いや、聞く直前からかな?
体の調子が変わったんんだ」
「あの剣を片手で振り回したヤツだろ?
考えられないよな」
「うん」
「まだ確証は無いんだけど…」
「うん」
「恐らく、称号がお前の力を…
高めているんだと思う」
「称号が?」
「ああ」
アーネストは世界の声を聞いていた。
そして同時に、その意味を僅かながら理解していた。
それは彼にも、称号が送られたからだった。
「ボクも貰ったんだ
称号を」
「アーネストも?」
「ああ」
「何も聞いてないけど?」
「ギルの時は、確か…
新たな称号の…獲得者が現れた?」
「そういえば…
そんな事を言っていたな」
「ああ
そして、ジョブとスキルが開放って言ってたよな」
「うん」
「だからじゃないか?」
「え?」
「お前が称号を得た
それが条件だったんだよ
ボクのはそこまでの物では無かった…
それだけさ」
「ふうん…」
二人は邸宅の入り口に差し掛かる。
門番が挨拶をして、二人が入るのを確認する。
「今日は警備が居るんだな?」
「昨日の今日だからじゃないか?
父上も用心しているんだろう」
「普段は執事の爺さんでも十分だもんな」
「ハリスも昔は騎士だったらしいよ
怒らせたら怖いぞ」
「ははは
ボクはギルの様に怒らせたりはしないよ」
「そうですよ
坊ちゃんはすぐに黙って出掛けます
ハリス殿はそれを叱っているんですよ」
「う…」
門番に注意され、ギルバートは口籠る。
確かに執事に怒られる原因は、無断外出が一番多いからだ。
無論他にも怒られる様な事もしているワケなのだが、そこは黙っていた。
「領主様は今、執務室にいらっしゃいます
後程顔を出す様にとの事です」
「何だろう?」
「ほら、昨日の事だろ?」
「昨日の?」
「勝手に出て行って戦っただろ」
「あ!」
「坊ちゃん…」
早速やらかしたと、門番が呆れた顔をする。
彼は戦いに出た兵士では無いので、昨日の詳細は知らないのだ。
「まあ、その事だとと思いますよ
私は詳しくは知りませんがね」
「うう…」
「仕方が無いなあ
ボクも一緒に行って叱られてやるよ」
「アーネスト…」
「さあ
先ずはフィオーナちゃんに会いに行こう」
「ああ…」
「どうぞ
お入りください」
「はい…」
背中を丸めたギルバートを慰めながら、アーネストも邸宅へ入って行く。
それを見ながら門番はクスリと笑ってから、再び真面目な顔をして周辺を見張った。
彼はまだまだ、兵士としては見習いである。
昨日の戦いで、普段の街の見回りの兵士の、多くがその命を落としていた。
だから人手が足りないので、彼が急遽ここの見張りを任されていた。
その期待に応える為にも、見張りをしっかりしなければと張り切ってるのだ。
ギルバート達は邸宅に入ると、妹達を探して奥の部屋に向かった。
妹達は母親と一緒に、裏の庭の花壇に出ていた。
一面のダリアが咲く庭園で、二人はゆっくりと物語を聞いていた。
そこにギルバートが帰って来て、その姿を見せる。
「あ!
お兄ちゃん」
「あにいちゃん」
ギルバートが庭に出ると、二人の妹が気が付いて椅子から立ち上がった。
ギルバートも暗い顔から、思わず頬を綻ばせる。
二人は笑顔を見せて、ギルバートに向けて駆け出す。
「お兄ちゃん」
「あにいちゃ」
二人が駆けて来て、ギルバートに抱き着く。
ギルバートは二人を、優しく抱きしめてやる。
しかし筋肉痛が痛くて、思わず顔を顰めてしまう。
それを見て、二人は心配そうに兄を見上げる。
「ただいま…痛っ」
「お兄ちゃん?」
「ああ
大丈夫だよ」
「あにいちゃ
だいじゃぶ?」
フィオーナも手を振り、抱っこをせがむ。
ギルバートは軽々と二人を抱きかかえると、母親の前へ向かう。
ジェニファーはそんなギルバートを見て、驚いた表情になる。
ほんの数日前までは、彼は妹一人しか抱き上げられなかった。
それが今では、二人を軽々と抱き上げていた。
「ギル…
大丈夫なの?」
「ええ」
母親は挨拶も忘れ、息子をまじまじと見る。
まだ小さいとは言え、3歳と4歳の娘を9歳の息子が抱えているのだ。
母親は驚きで目を見張っていた。
「だって…
二人を抱えて…」
「え?
ああ…
最近は力も着いてきたので、二人なら問題なく抱えれます」
「そう?
無茶はしないでよ」
ジェニファーは心配そうに三人を見た。
しかしギルバートは軽々と二人を抱え、揺すったり、高く上げたりもした。
「うわあ」
「きゃっきゃっ」
その姿を見ていると、愛する夫と重なって見える。
アルベルトも偶に、こうして二人をあやしていたからだ。
いつの間にか少年は、こんなにも逞しく成長していた。
「いつの間にか…
大きくなるのね…」
「それは違う様な…」
ジェニファーが感動で潤んでいるのを見て、アーネストは小声で突っ込んだ。
「それで?
昨日は兵舎で休んでいたと聞いたけど?
体は大丈夫なの?」
「ええ
少し無茶をしまして、筋肉痛で痛いだけです」
「少しじゃないだろう…」
アーネストは聞こえない様に突っ込む。
「それはまた…
筋肉痛なら、ポーションで治らないの」
「数日休めば治りますから
今は怪我人の為に回さないと」
「それもそうねえ…」
「ジェニファー様
ギルはこの通りピンピンしています
ジェニファー様は見ていらっしゃいませんが、怪我人が多く出ています
ご理解くださいませ」
「分かったわ
それならば教会にも動いていただいて、治療に当たらせないといけませんわね」
「それは…
既に領主様が手配をしております」
「そう
では、わたしはここで祈るぐらいしかないのね」
「ええ」
ジェニファーは自分の無力さを感じ、沈んでしまった。
本来ならば、それは妻であるジェニファーがする事である。
しかし二人の娘の面倒を見ていて、すっかり仕事に手が回らなかった。
それを見て、娘達が心配する。
「かあさま」
「おかあちゃ」
ギルバートはそんな母に、優しく声を掛けた。
「母上」
「はい」
「母上は、ここでセリアとフィーナを守ってくれていました
決して無力ではありません」
「ギル…」
「これからも、二人を守ってやってください」
「はい」
「かあさま」
「かあちゃ」
ギルバートから下ろされ、二人は駆け出してから母親に抱き着く。
「ボクは父上に会ってきます
後程また来ますので」
「お兄ちゃん」
「あにいちゃん」
「二人は良い子にしてるんだよ」
「はい」
「あい」
ギルバートは二人に手を振り、アーネストと一緒に庭を出た。
廊下を進んで、反対側の執務室に向かう。
それからドアの前に立つと、ドアをノックする。
コンコン!
「入れ」
「失礼します」
「失礼いたします」
「ん?
アーネストも一緒か
丁度良かった」
「はい?」
「まあ、座りなさい」
二人は促され、ソファーに腰を掛ける。
その前にアルベルトは腰を掛け、腕を組む。
「それで…
今回の件だが」
「はい」
ギルバートは叱られるのを覚悟して、殊勝な態度で返事をする。
アルベルトの様子からも、今回は叱られるだけでは済まないだろう。
頑張って戦ったが、結果として将軍を負傷させてしまった。
それは彼の、軽率な行動の結果だった。
「先ずは、魔物の討伐をよくやってくれた」
「は、はい」
しかしアルベルトは、先ずは討伐の成否から入って来た。
これにはギルバートも、思わず驚いていた。
てっきりいきなり、盛大な雷が落ちると思っていたのだ。
「ギルバート
お前は自らの危険も顧みず、危険な魔物の討伐をしてくれた
また、自らの軽率な行動が原因とは言え、将軍を守ってくれた
その事に感謝する」
「は、はい」
ギルバートは思いがけず父親に褒められた事に、嬉しくて声も弾む。
「が、しかし」
「しかし?」
「先にも申したが、軽率な行動の結果が…
どうなったか
身を持って分かったな」
「あ…
はい…」
父の声は優しかったが、その内容は厳しい物だった。
それは当然であろう。
言い付けに背いて、魔物に向けて突撃したのだ。
そしてその結果が、将軍を負傷させてしまった。
怒られても仕方の無い事だった。
「将軍を危険に曝したのは勿論…
嫡男が戦場に突出するなどもっての外だ!」
「はい」
「本来なら、暫くの謹慎を申し付けるところである」
「はい」
「領主様…」
「言うな
分かっておる」
アーネストが慌てて、取りなそうと声を上げる。
しかしアルベルトは、それを制して留める。
部屋に沈黙が降りる。
「しかし、今回の侵攻を食い止めた…
功績はある」
「っ!」
「よって暫くは、街の外での行動を禁止する」
「父上!」
「よいか!
許可なく出る事は叶わんと思え!」
「はい」
「いずれ反省が認められれば…
外出も許可する
しかしそれまでは、大人しくしておれ」
「はい…」
彼は言葉ほどは、怒っていなかった。
内心は息子の元気な顔を見て、許しそうになっていた。
しかしここで許せば、またギルバートは独断専行をしてしまう。
ここは厳しく、罰を与えるべきなのだ。
彼はギルバートの処分を終わらせると、今度はアーネストの方を向いた。
しかしそこで、少し困った様な顔をする。
「さて
次に、アーネストの件だが…」
「はい」
「これまでの侵攻に対する対策、並びに戦場での活躍
どれも非常に大きな物である」
「はい」
「しかしなあ…
困っておるのだよ」
「え?」
ここでアルベルトは溜息を吐いて、上を見上げる。
右手を目の上に押し当てて、本当に困っている様子だった。
「家は既に与えておる
当然、世話役のメイドも選りすぐりの者が当たっておる」
「ええ」
「些か過保護ではあるがな」
「ははは…」
「彼女等には、ワシもほとほと手を焼いておるよ
アーちゃんを大事に扱えと…
煩いぐらいにな」
「あー…
えーっと」
「ワシ、領主なんだが…」
「すいません…」
アルベルトはガックリと項垂れる。
どこの世界も、女性は強いのだ。
「はあ…」
「なんか…
すいません」
「ああ、いや
それで報酬なんだが…
領主の権限で与えられる物が無くてな、困っておる」
「はあ」
「何か欲しい物はあるか?」
「え?
特には…」
「それでしたら
わたくしから提案があるんですが」
アーネストは特に、欲しい報酬は無かった。
いや、正確には今はまだ、その報酬を思い付かなかった。
そこで口籠り、どうしたものかと思案する。
しかしそこに、不意に聞き慣れない声が響いた。
不意に響く声に、三人は一斉に振り向く。
この部屋には今は、三人しかいない筈なのだ。
その声を発した人物は、いつの間にか執務室の窓辺に立っていた。
その窓辺に佇む男は、魔物を差し向けた張本人。
女神の使徒である運命の糸が1柱、ベヘモットであった。
「貴様!」
「くっ!」
「またかよ!」
いつの間にか侵入した使徒は、優雅に礼をする。
何よりも驚いていたのは、その侵入に誰も気が付かなかった事だ。
ギルバートは男に、不信感を持って詰め寄ろうとする。
「外には門番が居た筈
どうやってここに入った!」
「お忘れですか?
わたくし達使徒は、女神様から色んな力を授かっています
転移の魔法もその一つですよ」
「そうか…
また転移して来たのか
こいつに関しては、門番も意味が無いな…」
「て…
アーネスト
それは何だ?」
「ああ
ギルは知らないのか…」
「あら?
また話していないの?」
「お前の事は話したがな
そこまでは話していなかった」
「そう…」
アーネストは高度な魔法を簡単に使う使徒に、呆れた顔をしていた。
本来は転移の魔法は、膨大な魔力と専用の魔法陣が必要だ。
魔導王国が出て来る、砂塵の悪魔という書物にもその様に表現されていた。
それを魔法陣も用いずに、こうして易々と使っているのだ。
「ギル…」
「アーネスト?」
「転移の魔法に関しては、後程説明する」
「え?」
「難しいから、簡単な話しじゃ無いんだ」
「あ、うん…」
「それよりも問題は、こいつがその魔法を使いこなせる事だ」
「魔法?
それじゃあ…」
「この男が、前に話した使徒なんだ」
「使徒?
この男が?」
「ああ」
ベヘモットはそんな三人の様子を満足気に見ながら、ソファーに腰掛けた。
そしてにこやかに微笑むと、三人を手招きする。
「さあ、そんな所に突っ立て無いでお座りなさいな
話の続きをしましょう」
三人はそんな使徒の反応を、呆れて見ていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。