第053話
死霊の中から生まれた骸骨剣士は、その力で騎兵部隊をも退ける
騎兵達は懸命に戦っていたが、少しずつ魔物に押されていた
そしてその中心では、黒く大きな骸骨剣士が猛威を振るっていた
ギルバートは将軍と挟み撃ちを狙うが、その力の前に苦戦を強いられていた
その黒い骸骨剣士は、咆哮を上げながら剣を振り翳し、ギルバートの頭上から振り下ろした
その一撃はなんとか避けられたが、地面には大きな跡が残る
恐ろしい威力だ
反対から将軍が、大きく振りかぶった一撃を加えるが、それをいとも容易く受け止める
膂力だけでも十分に強力である事が分かる
戦況は思わしく無かった。
骸骨剣士の一撃で、騎兵の一人は容赦なく叩き切られて、馬上から崩れ落ちる。
肩から深々と切り裂かれて、クリサリスの鎌ごと左腕は切り飛ばされる。
そして肺も傷つけられたのだろう、兵士は多量の血を吐いていた。
ザシュッ
「ぐがあっ
ごへあっ…」
攻撃の動作は早くはないが、その一撃は強力だった。
騎兵の傷口は、肩から腰まで一刀で切り裂かれていた。
どう見ても致命傷だろう。
「何て威力だ
これでは迂闊に近づけん」
「しかし、それでは将軍の救援に行けませんよ?」
「坊ちゃんと将軍は、もっと強力な敵と対峙しています」
「だからと言って
あれに近付けるか?」
「ぐうっ…」
「くそっ!」
騎兵達は、骸骨剣士の牽制に押されていた。
将軍の元に駆け付けたかったが、それも叶わない。
その前に立ちはだかる、骸骨剣士達が強いからだ。
この剣士と戦う事ですら、何名かが殺されているのだ。
とてもじゃないが、将軍とギルバートが対峙する魔物の元まで行けなかった。
何よりも厄介なのが、少々の切り傷では再生される事だった。
魔物は切られた身体を、拾って直していた。
切っても直されるのでは、攻撃する側の士気も下がってしまう。
こんな化け物を相手に、どう戦えば良いのか分からないのだ。
それは城壁から見ている兵士達も同じで、悔しそうに戦況を見守る。
相手が骸骨である以上、弓矢も効果が無かった。
仮に狙って撃ったとして、身体が骨なので当てるのも至難である。
そして下手に撃てば、味方に当たってしまう恐れもあった。
かと言って、歩兵は小剣しか装備していない。
彼等が下手に向かって行っても、骸骨剣士に返り討ちに合うだけであろう。
彼等はみな凄腕の、剣士でもあるのだ。
並みの兵士では、彼等に敵いそうに無かった。
「くうっ
ギルバート
ギルバート!」
「ダメです、領主様
今出ても味方の邪魔になるだけです」
「しかし
しかし…
これではあいつが!
くそっ!」
「それでもです」
「何とかならんのか?」
「無理です!
我々では…」
「あの骸骨にすら勝てるかどうか…」
「それではむざむざと、息子が死ぬのを見ていろと?
あいつが…
あの子がやられるのを、黙って見ている事しか出来ないのか?」
「我等では何も…」
「無理です!」
「くそお
何とかならんのか?」
魔術師達も後方の天幕から出て、状況を見守っていた。
しかし現状では大した魔法も使えず、遠くで見守る事しか出来なかった。
彼等が使える魔法は、精々が火球程度なのだ。
それがあの黒い魔物に、効果があるとは思えなかった。
「アーネスト
何か策は無いのか」
「無理ですよ
魔物の正体も分かりません
弱点が有るのかも不明です」
アーネストは事前に、魔物の情報も集めていた。
しかしその中には、あの様な黒い骸骨剣士の事は載っていなかった。
魔物の情報が無い以上、アーネストも手を拱いて見ている事しか出来なかった。
彼の知る情報では、どうにも出来ないのだ。
「それなら、周りの骸骨剣士はどうじゃ?」
「そうじゃ
あれならどうにかならんのか?」
「あれが少なくなれば…
あるいは…」
「無理でしょう?
兵士達ではとても…」
黒い大きな骸骨剣士は、将軍よりも大きかった。
恐らく2mは優に超える、大きな魔物であった。
そして将軍が斬り付けても、その骨を砕く事は出来なかった。
そんな化け物を、一介の兵士がどうにか出来るとは思えない。
「そもそも骸骨の剣士なんて…」
「お前でも分らんのか?」
「ええ」
「ぐぬう…
それならばワシ等は、何も出来ずに見守るしか…」
「試しに魔力の矢を撃ってみますか?」
「効くのか?
あの大きな魔物に…」
「くそっ!
骸骨の剣士なんて聞いていないぞ?
あんな物まで用意しやがって…
骸骨?
待てよ…」
「アーネスト?」
アーネストは座り込むと、慌てて魔物の図鑑を広げる。
そこには帝国で記された、魔物の情報が記されていた。
しかしアーネストが言った様に、そこには骸骨剣士など載っていない。
アーネストは本を捲り、該当する魔物を探し始める。
その間にも黒い骸骨の猛攻は続き、ギルバートは必死になって躱していた。
大きな横振りを飛び越して、袈裟懸けを何とか受け流す。
しかしその剣ですら、小柄なギルバートと同じぐらいの大きさだ。
剣の腹で受け流すものの、それで腕が痺れてしまう。
ゴオオオオオ
ブオン!
ギャリイイン!
大きな音を立てて、受け流す刀身が軋む。
折角魔石を使って耐久性を上げていたのに、今の一撃で亀裂が入っていた。
そして痺れた腕を、振るって感覚を取り戻そうとする。
その間にも、魔物は再び剣を振り翳す。
「くうっ
何て重い一撃なんだ」
「坊ちゃん!
ぐうっ…」
ゴアアアアア
ガキン!
ギルバートを庇おうと、ヘンディーはその前に踏み込んだ。
彼はその剣を狙って切り込むが、その一撃は軽く受け止められて弾かれてしまった。
魔物の剣も頑丈で、ヘンディーの一撃でも容易く弾いていた。
その隙にギルバートは踏み込むと、魔物の腕を狙って振り上げる。
「ぅりゃああ…」
バキイン
「へ?」
遂に耐え切れなくなり、ギルバートの剣が砕けた。
一瞬呆けてしまい、それを見た将軍が叫ぶ。
「坊ちゃん!
危ない!!」
ガアアアア
「う!
うわあ」
ズドン!
慌てて飛び退くが、手の中にある剣には僅かな刀身しか残っていない。
それを放り投げ、骸骨が弾く間に足元の剣を拾う。
その剣の持ち主は、恐らくは魔物に取り込まれたのだろう。
遺体すら残されていなかった。
「誰の剣だったか分からないけど、暫く借りるね」
そうは言っても、今までの様な耐久力を高めた剣では無い。
恐らくは一撃でも受けたら、容易く砕け散ってしまうだろう。
受け流す事も出来ないので、躱す事が精一杯になる。
何か手は無いのか?
ギルバートは必死になって避け、次の一手を探していた。
将軍も必死に応戦し、何とかギルバートの側に行こうと焦っていた。
しかし、骸骨は将軍を相手にしておらず、攻撃を受け返すだけであった。
どうやら本命はギルバートで、将軍は合流させない為に攻撃している様だ。
それでも重い一撃に飛ばされ、ギルバートの元へはなかなか辿り着けない。
「くそっ
何とかならんのか」
「将軍!」
「来るな!
お前達ではどうにもならん!」
「ですが!」
「お前達は何とか、その骸骨を倒すんだ!」
「くっ…」
騎兵達は心配するが、骸骨剣士が立ちはだかっている。
そしてその剣士にすら、敵う者が居ないのだ。
部隊長も懸命に切り付けるが、魔物を倒す事が出来ない。
クリサリスの鎌も刃が欠けて、切れ味が落ちていた。
「ぐうっ
何とか将軍を…」
「ダナン
無理はするな」
「しかし!」
「将軍を見ろ
まだ負けていねえ」
「そうだぞ
オレ達はここで、こいつ等を守らねえと…」
「くうっ…」
敬愛する将軍の苦戦を見て、ダナンは何とか救援に向かいたかった。
しかし彼等も、魔物の猛攻に成す術が無かった。
部下達を守る為にも、彼等はこの場から動けなかった。
そして彼等の前では、その将軍に危機が迫っていた。
再び振るわれた一撃を、軽々と弾かれる。
将軍は数歩下がり、歯噛みしながら魔物を睨み付ける。
彼の長身から振るわれる一撃は、猪の突進を叩き切るほどである。
しかしその一撃を、魔物は難なく弾き返していた。
「ぐぬぬ…
坊ちゃん!
坊ちゃんを守らねば…」
ヘンディーは焦り、少しずつだが剣が乱れ始める。
自らの危険を推してでも、領主の息子を守る。
その思いから、彼は危険を冒して切り込もうとしていた。
そしてそれは、少し離れた場所で騒ぐ魔術師達も同じだった。
彼等は何か手段が無いかと、懸命に頭を捻っていた。
「ああ…
ううむ…」
「どうすれば
どうすればいいんじゃ?」
「ああ
何か有効な手段は…」
「有った!」
騒ぐ魔術師達の隣で、アーネストは急に大声を上げた。
「なんじゃ?」
「何か有効な手立てが見付かったのか?」
「…」
それに対しては、アーネストは微妙な顔をした。
彼等の言葉に即答せず、少し困った顔をする。
「どうしたんだ?」
「何か問題でも?」
「ええ
とても大きな問題です」
アーネストは魔術師を集め、緊急対策会議を始めた。
問題は骸骨剣士の倒し方だ。
通常の骸骨剣士ならば、何とか倒せそうだった。
「あの白い方の骸骨剣士は…
スケルトン・ウォーリアーです
間違いありません」
「スケルトン・ウォーリアー?」
「ええ
骸骨の戦士です」
「強いのか?」
「ランクはFランク
コボルトやゴブリンの一つ上です」
「一つって…」
「それって強いんじゃあ?」
「まあ、強いでしょうね
しかし弱点もあります」
「弱点じゃと?」
「ええ」
「それじゃあ…」
「強いといっても、所詮はランクFの魔物です
魔法に対する耐性が、あまり高く無いんです」
「おお!」
「それならば、ワシ等魔術師の出番じゃ」
「そうじゃ
今こそ…」
「問題は…
効果のある魔法が少ない事です…」
「なんじゃと?」
「少ないって…」
「それは何だね?」
「炎の魔法です」
アーネストがそう言うと、数人の魔術師が胸を撫で下ろす。
「なんじゃ、脅かしおって」
「それならワシが行って…」
「そうじゃぞ
火球なら覚えたぞ」
「違います
火ではありません
炎です」
「は?」
「炎の魔法なんです」
「え?」
「…」
アーネストは火の魔法は解明出来た。
だからギルドで発表し、魔術師達はそれを覚えた。
しかし、その上位に当たる炎の魔法は、まだ解明が不十分だった。
だからアーネストでも、炎の魔法は殆ど使えない状態だった。
「ど、ど、ど、どうするんじゃ!」
「火では駄目なのか?」
「他にどうにかならんのか?」
「どうする気じゃ?」
「ボクの使えるのは…
フレイムボルトとフレイムピラー
炎の矢と炎の柱を出す、この二つの魔法だけです」
「炎の矢は…
当たるのか?」
「当たるのは当たりますが…
効果は薄いかと」
「そうか…」
「となれば、後は炎の柱か?」
「ええ」
アーネストは呪文を書き出し、魔術師達に手渡す。
使えるか分からないが、やらないよりはマシだった。
「これが呪文ですが、発動するかは賭けですね
魔力が足りるのかが分かりませんから」
「ううむ
アーネストなら兎も角、ワシらの魔力では厳しいかのう」
「しかし、やるしか無いんじゃ」
「そうだ
ワシ等の意地を見せてやる」
「やるぞ!」
「おう!」
ギルドマスターの音頭で、彼等は声を上げて羊皮紙を手にする。
魔術師達は杖を手に持ち、各々が思う場所に移動する。
そして魔物に目に物見せてやろうと、各自で呪文を唱え始めた。
それを兵士達は、興味深気に見ていた。
「火の精霊よ
我に炎の力を与え給え
燃え盛る焔をその手に、目の前の悪しき者を焼き払い給え…」
「火の精霊よ
我に炎の加護を与え給え
燃え盛る焔を灯し、我を守護する柱を立て給え…」
「何だ?」
「何が始まるんだ?」
「魔法を使う気か?」
「しかし今さら魔法だなんて…」
「だが、アーネストが居る
あるいは…」
「そうか!」
「頼む!
どうにかしてくれ」
そしてアーネストは、黒い骸骨に向けて呪文を唱え始めた。
魔物の正体は判明していないが、予想が出来る魔物が居た。
該当する魔物は、スケルトン・ウォリアーを率いる魔物であるスケルトン・ジェネラル。
骸骨の魔物を、統率する個体になる。
統率出来る個体となると、部下である魔物を率いるので1つランクが上がる。
ランクFの魔物である骸骨を率いる、ランクEの魔物になる。
その魔法抵抗力は上がり、通常個体よりも強くなる。
そして何よりも厄介なのは、弱点属性も変わってしまって、雷属性の魔法しか効かなくなる。
これは高位の魔法になるので、アーネストですら使えるか分からない。
今まで試したものの、実験では上手く発動出来ていなかった。
しかし、迷っている暇は無い。
こうしている間にも、ギルバートは追い込まれてピンチに陥っていた。
ええい!
ここでボクがやらなきゃ…
誰がギルを守るんだ!
「坊ちゃん!」
「くそっ!」
ゴオオオオ
ズドン!ズドン!
次々と振り下ろされる剣を躱し、ギルバートは必死になって逃げる。
先の一撃を考えると、受け流しても剣は駄目になるだろう。
必死になって躱して行く内に、足元は打ち砕かれて、地面は歩き難くなっていた。
いよいよ魔物の攻撃は激しくなり、更に状況は悪化していく。
「くうっ」
ギルバートは足元を取られて、バランスを崩してしまった。
そして躱した先に、次の一撃が振り下ろされる。
グガアアアア
「させるかー!」
「うわっ」
ガキーン!
将軍が間に入り、必死になって受け止める。
しかし勢いを支え切れずに、二人共弾き飛ばされてしまった。
「ああ!」
「将軍!」
「くそっ!」
「早く!
早く将軍の元へ!」
「しかし魔物が邪魔で…」
「ちくしょう!」
騎兵達は、倒れた将軍を見て悲痛な声を上げる。
しかし将軍の元へ駆け付けようにも、魔物が邪魔でそれも出来ない。
切っても切っても再生されて、魔物の数は一向に減っていない。
部隊長も焦っていたが、どうにもならなかった。
「痛てて…
将軍!」
「ぐぬう…
無事…でし…」
「将軍!」
ギルバートが起き上がると、近くに将軍が倒れていた。
どうやら彼が、咄嗟に間に入ってくれた様だ。
しかし将軍は庇った事で、左肩に大きな傷を負っていた。
そして魔物は更なる追撃を加えようと、大きく振りかぶっていた。
「将軍!
くそっ!
何か、何か無いのか?」
ギルバートは吹き飛ばされたショックで、小剣を取り落としていた。
周囲を見回すが、使えそうな物は無かった。
あるのは将軍が手にしていた、大きな長剣だけだった。
「くそっ!」
「ぼっちゃ…」
ギルバートは将軍を守る為に、足元に転がった剣を掴んだ。
将軍の愛用の剣、ヴォルフ・スレイヤー…。
それはギルバートの身長と同じぐらいの、長く大きな剣である。
ギルバートはそれを片手で持ちあげると、頭上に掲げていた。
ゴガアアアア
「くっ…」
ドクン!
ギルバートはここ数日で急激に成長したのか、大人用の小剣を軽く感じていた。
そして技量と素早さも、以前より上がっていた。
しかしいくら調子が良いと言っても、10歳にならない子供が長剣を掲げるのは無理があった。
普通なら、両手で持ち上げるのが精一杯だろう。
誰もがその姿を見て、絶望に目を覆いたくなった。
グガア…ア…ア…
「くっ…」
ドックン!
ギルバートは自身の鼓動を聞き、世界が静寂に包まれた様な気がした。
ゆっくりと、しかし物凄い迫力を持って、骸骨の握り締めた剣が振り下ろされる。
それはギルバートの持つ、長剣と同じぐらいの大きさの剣だった。
それが物凄い速さで、ギルバートに向けて振り下ろされて来る。
しかしギルバートは、その振り下ろされる剣の速さを遅く感じていた。
一瞬の時間が引き延ばされた様に感じて、自信の動作も遅く感じる。
加速する思考の中で、人々を守りたい、将軍を守りたいという気持ちだけが心を満たしてゆく。
逃げるものか!
必ず守り抜く!
みんなを…
将軍を…
父上を…
母上を…
アーネストを…
ギルバートの脳裏に、次々と大事な人々の笑顔が浮かんでは消える。
そして両親と友の顔の後に、あどけない笑顔の妹達の姿が浮かんだ。
フィオーナ…
イーセリア!
ギルバートの脳裏に、愛らしく微笑む少女の姿が浮かぶ。
彼女はいつもの窓辺に腰を掛けて、鼻歌を歌って花冠を作っている
そして薄い梔子の髪を靡かせて振り返ると、浅葱色の瞳でギルバートを見詰める。
その小さな唇が開かれ、可愛らしい声が聞こえた気がする。
そして微笑む少女の声に、ギルバートの身体中に力が沸き上がった。
お兄ちゃん
負けないで
…ア…ア…ア…
「う、うおお…
ウオオオオオオ!」
ガッキーン…!
その刹那、世界が止まった様な気がした。
それは少年とは思えない、裂帛の気合を込めた怒号が放たれた。
ギルバートは長剣で骸骨剣士の一撃を弾き返し、その剣に亀裂を走らせる。
そして不意にファンファーレが鳴り響き、不思議な声が聞こえた。
それは誰かが囁いたりした訳ではなく、頭に直接響いた様に感じられた。
パッパラッパラー!
ワールドレコードを更新しました
ギルバートは称号:勇者を獲得しました
女神の祝福と、各種スキルの解放を認めます
Attention,please!
This message will be delivered to the world.
声は頭の中に直接響き、止まった時の中で続けられる。
新たな称号の獲得者が現れたので、ジョブ及びスキルの開放が認められました
各ジョブに規定された熟練度に従い、ジョブの修得を認定します
新たなジョブの獲得者には、指定のスキルが進呈されました
children of the goddess, may the goddess bless you.
止まった時と同じ様に、唐突に世界は動き始める。
不思議な声は、伝えたい事を伝えると一方的に終了された様子だった。
そして遠くの方でその様子を眺めていた男は、満足そうに微笑んでいた。
「ふふふふ
遂にこの時が来た
やはり、彼が最初に目覚めたね」
男が見詰める先には、長剣を振り回すギルバートが見える。
いや、この距離では見える筈が無かった。
しかし男は、確かにギルバートを見守っていた。
「ベヘモットの奴が悔しがる様が…
くくっ…
目に浮かぶなあ
ふっ、ふははは、はははは」
男は満足気に笑うと、不意に姿を消した。
必要な事を見届けて、彼は満足したのだろう。
後には竜の背骨山脈を抜ける、厳しい冬の風が吹き抜ける。
そのまま静寂だけを残して、男は消え去っていた。
不思議な声が聞こえていたのは、ギルバートだけではなかった。
少なくともこの戦場に居た全ての者が聞いており、少なからぬ混乱を招いていた。
そしてそのせいで騎兵隊の数名が攻撃を受け損ねて、命を落としてしまった。
「何だ?
今のは?」
「呆けている場合か
集中しろ」
「今は目の前の敵に集中しろ」
再び騎兵達は骸骨剣士に向き直り、剣や鎌を構え直した。
しかし、彼等は気付いていなかった。
自分達に新たな力が備わったのを。
その振るわれる力が、今やこれまでとは違っている事を…。
「ワールドレコード?
まさか!
これが条件だったのか?」
アーネストは詠唱中の呪文が失敗するのも厭わず、先の声に答えを求めた。
しかし返答はなく、自身の仮定が真実かは確かめ様が無かった。
呪文の詠唱を中断したが、何とか魔力は霧散していない。
このまま再度詠唱すれば、魔力の浪費は少なくて済みそうだ。
「くそっ
気にはなるが…
今は目の前の敵だ」
「風の精霊よ
我に力を貸し給え
雷の力を、雷雲を呼び給え」
アーネストは再び呪文を詠唱し始めるが、今までとは違った感覚を得ていた。
今までは雷の呪文を唱えても、魔力が押し返される様な感覚があった。
しかし今は、魔力は渦巻き両腕に満ちている。
そのまま詠唱を続けながら、アーネストは頭上に両腕を掲げる。
何だ?
これは?
力が…
魔力の流れが感じられる…
「汝が腕を伸ばし、悪しき敵を討ち払え」
この現象は他の魔術師にも現れていて、魔力の流れを感じて力を高める事が出来ていた。
今までとは違って、魔力をより強く感じられる。
そして杖に込めた魔力が、力強く放たれる。
それは炎の矢となり放たれて、大地に満ちて火柱を上げる。
「フレイムボルト」
「フレイムピラー」
魔術師達は呪文の詠唱に成功し、自身のイメージ通りの効果を上げていた。
炎の矢は、魔物の身体に突き刺さるも消えていた。
しかし矢を受けた事で、魔物の身体を包む魔力に乱れが生じる。
そして噴き上がる炎に焼かれて、魔物は力なく崩れ去る。
「これが…炎の矢?」
「効いておらん…のか?」
「いや
目に見えた効果は無いが、効いておるぞ」
「見よ
魔物が苦しんでおる」
「それに炎の柱も…」
「ああ
こっちは効いておるぞ」
「素晴らしい
炎の柱で、魔物が焼き尽くされておる」
魔術師達の援護で、騎兵達も次々と骸骨を打ち砕く。
魔力が乱された事で、魔物の強度が下がっているのだ。
そこへクリサリスの鎌が走り、魔物の骨を切断する。
「これは…」
「効いてるぞ!」
「おお!」
「今までは再生されていたが、これなら何とかなるぞ」
「おう!」
そして切り裂かれた骨も、再生する事は無かった。
それで騎兵達も、再び士気を高めていた。
クリサリスの鎌を振るって、向かい来る魔物を切り裂く。
しかし押されていた為に、ギルバート達からは離れている。
このまますぐには、救援に向かえそうにも無かった。
何よりも向かえたとして、あの化け物には敵わないだろう。
なんせ将軍ですら、あの魔物には敵わなかったのだ。
彼を助け起こして、引っ張り帰るのが精一杯だろう。
それでも兵士達は、懸命になって戦っていた。
少しでも将軍と、ギルバートの元に駆け付ける為に。
そしてアーネストも、遂に雷の呪文を完成させた。
頭上に黒雲が現れ、稲光を放ち始める。
不思議な事に詠唱を始めると、うろ覚えだった筈の呪文が頭に浮かび上がった。
そして一言一句のミスも犯さずに、彼は呪文を完成させていた。
そして黒雲から、彼の腕に向けて稲妻が迸る。
「喰らえ!
雷の鞭」
アーネストの手から放たれた蒼い雷は、黒い骸骨に絡みついて放電をする。
そのまま魔物に絡み付き、その身体を硬直させる。
ゴガアアアア…
骸骨は咆哮を上げ、剣を振り回そうとする。
ゴオオオオ…
「させるかああ!」
ガキン!
バキーン!
ギルバートは踏み込むと、気合と共に剣を振るった。
小柄な少年が、自身の身体ほどもある剣を振り回す。
それはとても奇異な光景であった。
しかし少年は、力強く剣を振り抜いた。
その一撃で、黒い骸骨の持つ剣の片方が砕かれた。
グガアアアア
「もういっちょう!」
ガキーン!
ピシッ!
ギルバートに向けて、もう一方の剣が振り降ろされようとする。
しかし雷に縛られ、その動作は緩慢になる。
そこを狙って、ギルバートはもう一方の剣に切り付ける。
再び衝突音が響き、黒い骸骨のもう一つの剣にも亀裂が入った。
ギルバートが長剣を振り回す姿は異様で、徐々に大きな骸骨を押していっていた。
振るう剣で魔物の剣は砕かれ、魔物は武器を失う。
「雷の鞭」
再び雷が迸り、アーネストの腕に集められる。
アーネストはそれに意識を集中させて、紐状にして放つ。
アーネストが再び放った魔法に、骸骨は縛られて身動きが取れなくなる。
グ、ガアア…
「そこだああ!」
ズガッ!
長剣が閃き、魔物の太い右足を切断する。
今までは将軍ですら、その身体を切り裂けなかった。
しかし魔法で抵抗力が下がったのか、ギルバートはいとも容易く切り裂いた。
骨は打ち砕かれ、真っ二つになって崩れ落ちる。
片脚を失った魔物は、膝を着いて頭を下げていた。
「やれる!
今だ!」
アーネストが叫ぶ。
それに応える様に、ギルバートは剣を握る腕に力を込める。
「はあああ…」
ガリガリギャリン!
ギルバートは長剣を引き摺りながら、魔物の前へと踏み込む。
「おお!」
「そこです」
「坊ちゃん!」
「決めてください!」
アルベルトや兵士達も、固唾を飲んで見守っていた。
魔術師達も詠唱を忘れ、その光景に魅入る。
騎兵達だけが、眼前の魔物に集中していた。
まだ全ての骸骨が、倒された訳では無かった。
「…ああああ!」
ギャリギャリ!
ダン!
ギルバートは大きく跳躍し、背中に剣を振り被る。
そのまま大きく振りかぶった剣を、魔物に向かって袈裟懸けに振り下ろす。
「スラント!」
ズガガガ!
ザクッ!
振り下ろす剣は右肩から切り裂き、魔物の肩甲骨から肋骨を打ち砕く。
刃は骨盤を打ち砕き、一瞬だが魔物の身体が傾く。
そこから刃を切り返すと、左腰を切り裂きながら上昇する。
そして左腕を切り飛ばした後に、更に横薙ぎで頭蓋を目掛けて振り抜く。
ズガガ!
「だりゃあああ!」
ゴシャッ!
ウゴオオオオ…アアア…
ギルバートの握る剣が、魔物の左蟀谷に叩き付けられる。
そのまま頭蓋骨を打ち砕きながら、剣は振り抜かれる。
頭蓋を打ち砕いた際に、蒼黒い亡霊の影が重なって見える。
それは絶叫を上げながら、斬られた頭を押さえていた。
そしてそのまま叫びながら、やがて姿は薄れて消えていった。
「やった…」
アーネストは拳を握りしめて、喜びを嚙み締めようとする。
しかし魔力が尽きたのを感じながら、そのまま意識が遠のいていった。
「あ…」
「アーネスト!」
「っと
危ない」
近くに居た兵士が駆け寄り、その小さな身体を支える。
同時にギルバートも力を使い果たしたのか、ふらふらと倒れてしまった。
「ギルバート!」
「領主様
まだ危ないです」
「オレ達が行きますから、お待ちください」
他の骸骨剣士も、黒い骸骨剣士を失ってからは力を失った様子だった。
動きが鈍ったところを、騎兵達が切り倒した。
「これで、ぜえぜえ…」
「終わりだ、ふう…」
「もう…
無理…」
「だらしが…ねえ…
あだっ」
ドサリ!
「はは…
お、お前こそ…」
「はは…
もう手綱も握れねえ…」
「しょ、将軍は…」
「分かんね…」
「坊ちゃんは…」
「分かんね…」
騎兵達も精も根も使い果たし、その場で落馬して倒れる。
それを見た兵士達が駆け出し、彼等を次々と運び出した。
「だ、大丈夫ですか?」
「しっかりしてください」
「ってもな…
もう疲れて…」
「ねむ…」
「ああ
早く運ぶぞ」
「将軍は?」
「あっちに任せる」
「坊ちゃんもだ!」
「ああ」
いつの間にか領民が広場に集まり、歓声を上げて出迎えていた。
その歓声に包まれて、ギルバート達は丁重に兵士達によって運ばれて行った。
しかし彼は、その声を聞く事は出来なかった。
力を使い果たし、泥の様に眠ってしまっていた。
兵士達は彼等を、城門近くの救護所に運んで行った。
こうして使徒により画策された魔物の侵攻は、辛くも人間側の勝利で終わった。
聖歴33年の年の瀬を前にした、12月の8日の出来事であった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。