第051話
魔物の軍勢は、その物量で戦術も持たずに突き進む
梯子を掛けて、城壁を登る
大きなハンマーで城門を壊す
単純だが、物量で攻め落とそうと言う判断なのだろう
まあ戦術を考えたとしても、魔物がそれを遂行出来るほど賢いかは甚だ疑問ではあったが…
戦闘が開始されてから数分
僅かな時間であるが、事は大きく進んで行く
的の小さいゴブリンは無視し、弓兵はコボルトとオークを中心に矢を射掛ける
既に数十のコボルトが脱落し、後続に踏み潰されていた
「将軍
魔物の勢いが思った以上に強いです
このままでは城壁に取り付かれます」
「くう」
止むを得ん、城門を…」
「お待ちください!」
伝令の兵士が駆け登り、城壁の上で将軍の前に膝を着く。
「何だ?」
「ぼっちゃんより伝言でございます
間もなく届く物を放り投げろとの事です」
「放り投げろ?」
「何を?」
兵士の言葉に、呆気に取られた将軍と領主が聞き返す。
「はっ
それはこれから…」
「持って来ました
さあ!
早く!」
兵士は皮を巻いた鉄鍋を抱えて、階段を上がって来る。
彼はそれが跳ね散らない様に、注意して上がって来る。
しかし上がる途中で、どうしても跳ねてしまっていた。
その途中で跳ねた物が、兵士達に掛かっていた。
「うおっ、熱い!」
「なんだそれ?
熱い!」
跳ね掛った兵士達は、思わず熱いと声を上げる。
それは熱せられた油が、並々と入った鍋であった。
城門に近い食堂や民家から、それが次々と運ばれて来る。
「それは?
油?」
「そうか!
何で気が付かなかったんだ」
領主は怪訝な顔をするが、将軍は意図する事に気が付いた。
彼はすぐに、投石していた兵士を呼び寄せる。
「さあ、お前達
こいつをあの豚共の頭にぶっかけてやれ」
「え?」
「宜しいんですか?」
「構わん
ああ、鍋は回収しておけ
また汲んで来てもらうから」
「は、はい」
言われた兵士は訝しみながらも、これだけ熱そうな油なら効果が有りそうだと盛大にぶっかける。
「それ!」
「熱々の油だ!
こんがり焼き上がれ!」
「どんどんぶっ掛けろ」
ブゴオオオ
ブギイイイ
グギャア
ギャインギャイン
熱々の油を被った魔物は、火傷を負って転げ回る。
辺りには焼け焦げた、何とも言えない臭いが漂う。
そして油を被った梯子は、滑って登れなくなる。
大きなハンマーも、油で滑って上手く掴めなくなっていた。
「帝国で籠城の折に用いられた戦術です」
「油で何とかなるものなのか?」
「ええ
火傷もですが、滑って梯子も暫く使えません」
「なるほど!」
「これは効果的ですよ」
これは帝国の末期に行われた籠城戦で、実際に使われた戦術である。
しかし帝国は物資があったから可能な戦術であり、この街では長くは使えない。
いくら商家に備蓄があっても、そこまでの油は用意出来ない。
精々数回が限界だろう。
それでもこの情勢では、少しでも時間が稼げるだろう。
「将軍
もう一つ伝言があります」
「何だ?」
「こちらはアーネストからなんですが…
すぐには勿体無いが、油の効果が切れる前に火矢を使ってくださいと…」
「火矢?
そうか!」
「火や?
こんなに明るいのに?」
「良いから用意しろ」
将軍は意図を理解し、兵士に火矢の準備を急がせる。
「すぐに油を染ませた布を用意しろ
それと火を着けた松明もだ」
「はい」
その間にもオークが支えた梯子に、コボルトが登って城壁を越えようとする。
すかさず投石や油が被せられ、コボルトは落ちてゆく。
撒かれた油はオークにも掛かったが、オークにはあまり効いた様子は無かった。
やはりオークの方が頑丈だと、ここでも証明されていた。
それでも油の掛かった梯子は滑るので、コボルトは登り辛そうにしていた。
辺りには肉が焦げる、嫌な臭いが漂っていた。
「くふふふ
やりますわね
でも、そこだけではありませんよ」
ベヘモットは戦場を見渡し、次の戦略を見ていた。
コボルトの身を挺した盾に守られ、オークがゆっくりと城門に近付く。
その手には大きなハンマーが握られており、それで打ち破ろうと言う事だろう。
大木の幹で作られたハンマーを掲げ、ズシンズシンと近づく。
寄せてはなるものかと、兵士は必死に投石を繰り返す。
油を掛けても良かったのだろうが、先ほどの様子から効果は期待出来なかった。
オーク達も近付けば、油が降り掛かると学習していた。
かと言って、少々頭に矢が刺さっても、これも効果が薄かった。
鈍重な代わりに、予想以上にタフなのだ。
コボルトは1発で仕留めても、オークでは数発当てないと効果が無かった。
投石の方が腕や脚に損傷を与えるので、兵士は必死になって投げた。
ここが破られても騎兵が居るのだが、それでも門を失うのは大きな痛手になる。
それが分かっているので、ベヘモットは嬉しそうに門が破られるのを見ていた。
「火矢を放て
少しでも敵を減らすのだ」
将軍の声に、先ほど油を掛けた場所に火矢が放たれる。
油に引火して、梯子を支えるオークを焼き始める。
これには流石のオークも悲鳴を上げてのたうち回り、その火が周りのコボルトにも引火する。
梯子ごと魔物を焼いて、周囲の魔物も巻き込んだ。
ブギイイイ
ヒュゴオオオ
ギュガアア
オークとコボルトの焼ける匂いが充満し、悲鳴が響き渡る。
オークは豚の頭をしていたが、その焼けた臭いは違っていた。
兵士の一部は、それを残念だと思っていた。
「思ったより凄惨だな」
「そうですね
しかし、敵は怯んだ様子はありませんよ」
寧ろやった人間の方が、その光景にたじろいでいた。
城門に向かうオークは、身動ぎ一つせずに向かって来る。
今度は油を被っても、城壁を登ろうと意気込んでいる。
「止むを得ん
奴にも油と火矢を浴びせろ」
本当は、城門の前に油を撒きたくなかった。
後で馬が通る時に、滑って危険になるからだ。
それに、燃えたオークの体当たりで、影響が出るかも知れない。
とは言えこのまま、破られるのを見過ごす訳にはいかない。
こうなった以上は、もうやるしかないだろう。
近付くオークに油が撒かれ、火矢が放たれる。
魔物は火達磨になり、周囲の魔物を巻き込んで燃え上がる。
これで前進していたオークは全滅し、前進していた魔物の半数を倒せた。
しかしコボルトの被害はまだ200を超えておらず、ゴブリンも殆ど健在である。
「どうせならもっと、火に巻き込まれれば良いのだが…
思ったよりも少ないな」
「そうですね
これでも全体の1割にも満たないですね」
魔物の遺骸が城門前に散らばっているが、それでも全体から見れば少ない。
その半数は先程の、油に塗れて焼かれた物だ。
その遺骸は消し炭となり、仲間の魔物に踏み砕かれる。
魔物達は仲間の遺骸を端に寄せながら、再び接近を始めた。
「ふうむ
どうやら、そう簡単には行きませんか」
ベヘモットは少し考え込むと、魔物達に向けて何事か呟いた。
それは魔物全体に小波の様に広がり、魔物は武器を持ち替え始める。
「むむ?
これは?」
「領主様、危ないです
下がってください」
将軍は慌てて領主を城壁の陰へと引っ張り、兵士達も身を隠した。
次の瞬間、一斉に魔物の軍から矢が放たれ、城壁へ降り注いだ。
ゴブリンの矢は届かず城壁に跳ね返るが、コボルトの矢は城壁も超えて落ちて来た。
何人かが矢を被弾して、叫び声を上げていた。
「うわっ」
「ぐう」
「があっ」
幸い即死した者は居なかったが、中には首に刺さった危険な者も居た。
「負傷者を下げろ
ポーションを使っても構わん」
領主が声を上げ、兵士達が負傷者を運び出す。
その間も代わりの弓兵が上がり、矢を装填する。
しかしこの距離では、弓兵達の半数が狙えない距離だった。
魔物の持つ弓の方が、性能が上だったのだ。
「くそっ
向こうの方が飛距離は上か」
「一体何の素材を…」
「それは致し方が無いだろう
兎に角、引き付けて撃つしかない」
普通は領主が悔しがるものだが、アルベルトは冷静に距離を見ていた。
この距離で狙っても、ほとんどが当たらない。
それならば、もっと引き付けてから放つべきだろう。
彼はもう少し、接近を待つべきだと判断していた。
「どのくらい近付いた方が良いのか?」
「そうですね
あそこの死体が100mでしょうから、そこから当たるとは思います」
「しかし、効果的に当てるならもう少しこちらか」
「はい
矢の本数を考えれば、もう少し引き付けてから撃ちたいです」
「うむ
それまでは堪えてくれ」
「はい」
そう話してる間も、第2、第3射と放たれた矢が飛んで来る。
「うわっと!」
「盾を!
盾を構えろ」
「はい」
「タイミングは?
タイミングはどうします?」
「タイミングはヘンディー」
「ええ
オレが指揮しましょう」
「任せる」
「はい」
アルベルトが頷いたのを見て、将軍は声を上げる。
彼は盾で身を守りつつ、魔物の接近を確認する。
「いいかみんな
敵を確実にやる為に、もう少し引き付ける
先にやられるなよ」
「はい」
「それと弓兵
お前らの腕にかかってる
外すなよ」
「はい」
元気の良い返事が返って来て、将軍は安心した。
そして転がった魔物の遺骸を見て、敵との距離を測り始める。
もう少し、後少し前へ出てこい
そうだそうだ…
良いぞ…
将軍の目測で80mを切っていたが、まだ指示は出さない。
弓兵の中には、早く指示を出してくれと願う者も居た。
しかしヘンディーは、ギリギリまで引き付けていた。
矢はより多く降り注ぎ、そろそろ危険な状態になってきていた。
「今だ、撃て」
「おう!」
「うおおおお」
「放て!」
物陰から出た兵士達が、一斉に矢を番えて魔物の群れへ向けて放つ。
城壁の上からなので、比較的狙い易い状況である。
そして高所から狙撃なので、頭を狙い易かった。
弓兵は小盾を下げた隙を狙って、魔物の頭を射抜く。
ギャウッ
グギャッ
コボルトの悲鳴が上がり、弓を構えたまま倒れて行く。
中には最後の力で振り絞り、放った者も居た。
数名の弓兵が矢を受け、ある者は命を落とし、またある者は目や肩に被弾していた。
そこへ交代の弓兵が飛び出し、次の獲物に向けて矢を放つ。
「それ!
お代わりだ」
「ワンと鳴きやがれ!」
「食らえ!
犬ころ」
グギャン
ガフッ
矢は面白い様に当たり、次々と魔物を討ち倒す。
この攻撃で半数近くのコボルトに当たり、一気に戦力を奪った。
しかしその為にゴブリンが近付き、今度はゴブリンの矢も届き始める。
ゴブリンの矢は弱かったが、それでも近付かれれば脅威だった。
「ぐああ」
「ぎゃあ」
数名の兵士が矢を受ける。
辺りには十名以上の死傷者が横たわっていた。
このままでは、弓兵の被害も大きくなる。
やるなら今が好機か?
将軍は広場に視線を向けると、合図を送った。
城門を支える閂が外され、門がきしみ始める。
騎兵部隊は馬に乗り込み、いつでも出れる様に準備をしていた。
そこへ将軍から合図が送られ、城門を睨んで構える。
「騎兵部隊
突撃準備」
「突撃準備!」
「弓兵はコボルトに集中しろ
騎兵は左右に展開して、近くのゴブリンを討て」
「おう!」
門が開き始めて、魔物はどちらを狙うべきか迷い始める。
門が開く今が、突入するチャンスではある。
しかし門の向こうには、武装した騎兵が控えている。
その動揺が時間を作り、開閉した門から突撃する隙を与えた。
「騎兵部隊、突撃!」
「突撃!」
「とつげええきいいい」
「うおおおお」
「やれ!
殺してやれ!」
「行け!
行け行け!」
「うわああああ」
満を持して投入された騎兵部隊は、その鬱憤を晴らすべく突撃する。
城門の前には、ゴブリンが固まって弓を構えている。
そこへ左右に別れながら、騎兵部隊が突入する。
ゴブリンはまだ弓を手にしており、慌てて弓を投げ捨てて剣を抜こうとする。
その間にも騎兵は接近しており、必殺の一撃を振るおうと迫っていた。
剣の間合いに入る前に、クリサリスの鎌の一撃が繰り出されていく。
クリサリスの鎌は、長柄の先に大きな刃が付いている。
その鎌の刃が陽光に煌めき、無慈悲に魔物の命を刈り取って行く。
振るわれた鎌に、魔物の血が滴り落ちる。
「くっ
辺境の小さな街と侮っていました
思ったよりやりますね」
ベヘモットは戦局が変わり、最早負けが確定したと確信した。
ここは下手に騒がず、逃げれる魔物は逃がす事を優先する事にした。
これ以上の被害は、彼としても許容出来ないのだろう。
「致し方ありません
撤退しましょう
オークから下がり、コボルトも矢を放ちながら引きなさい
ゴブリンは仕方がありません
少しでも抵抗してください」
ベヘモットの指示に従い、本陣のオークが引き始める。
それを見た兵士達の士気は上がり、コボルトを執拗に狙って矢を放った。
「もう止せ
もう良い
無理してもこちらの被害が増すだけだ」
「はい」
反撃の矢で負傷している者も居る、これ以上の追撃は危険と判断された。
それに、ゴブリンがまだ残って居る。
将軍はそちらに目をやった。
「騎兵部隊も深追いはするな
撤退する敵は放置しろ」
依然ゴブリンは、騎兵部隊に倒されていた。
しかし中には、反撃して馬を倒す者や、騎兵を数匹で引き摺り落とす者も居た。
少なからず犠牲者が出ており、無理な追撃で犠牲を増やすワケにはいかなかったのだ。
将軍の命令を聞いて、部隊長が兵士に指示を出す。
「無理に追うな
歯向かう者だけ確実に倒せ」
「はい」
「しかしダンが…」
「仇を討ちたい気持ちは分かる
しかし今は…
堪えろ」
「…はい」
その様子を遠巻きに眺め、ベヘモットは歯嚙みをしていた。
彼はこの引き際に、さらに少しでも削ろうとしていた。
退く魔物を餌に、何かをしようとしていたのだ。
「くう
やはりなかなか切れ者がいる様ね
しかし、このままでは引き下がらないわよ」
合図を送ると、オークが引き上げた先から、ガサガサと姿を現す者が居た。
その姿は戦場からはまだ見えておらず、ベヘモットはニンマリと嫌らしい笑みを浮かべた。
「最後に取って置きをあげるわ
せいぜい悔しがる事ね」
ベヘモットはこの贈り物に満足したのか、留飲を下げて撤退を指示する。
ベヘモットが乗った神輿が下がり始め、城壁の上からは歓声が上がり始める。
このまま彼は、オークと共に下がる。
魔物の部隊を、その場に残したままにして…。
「やったぞ
敵が引き上げて行く」
「オレ達の勝利だ」
「うおおおお」
「やったぞ
やったんだ!」
しかし領主と将軍は、この撤退に疑問を抱いた。
あれだけ自信満々だった使徒が、あっさりと引き上げたのが気になっていた。
それに撤退にしては、魔物の後退が遅い事にも気掛かりだった。
騎兵や歩兵達が、逃げ遅れた魔物を狩っている。
退くにしては、これはあまりにお粗末だった。
「おかしい」
「引くには早過ぎですね」
「それにまだ…
残された魔物が多い
奴だけ逃げ出したぞ?」
「逃げ出した…
本当にそうなのか?」
領主は不審に思い、まだ矢が飛んで来る事も厭わず、城壁から身を乗り出した。
彼は飛んで来る矢をマントで払い除け、魔物の撤退を確認する。
しかし魔物の半数が、未だに戦場に取り残されていた。
その魔物達も、少しずつ切り殺されて行く。
そして戦場の気に当てられた兵士達が、残忍な笑みを浮かべて作業を繰り返していた。
「領主様、危険ですよ」
「なあに、大勢は決している
それよりも、奴があっさりと引いたのが気に食わん」
「ええ」
将軍も兵士から盾を借りて、領主を庇う様にして魔物が退く先を見る。
その盾に、ゴブリンの矢が弾かれる。
将軍はそれを見て、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ふん
当たるかよ」
「使徒の奴らはしつこく、陰湿な奴が多い
どうにも怪しい」
「それほどですか?」
「ああ」
「領主様は奴等と…」
「待て!」
将軍は、領主と使徒の間に何が有ったのかが、気にはなっていた。
しかしその質問の前に、領主の向けた視線の先を見据える。
「あれは…何だ?
ほら、あそこだ」
「へ?」
将軍は領主よりは、目が良かった。
なので領主が指差した先に、何かが蠢くのが確認出来た。
「何でしょう…
新手の魔物?」
「ここに来てか?
なら撤退はせんだろう」
「変ですねえ
動きも遅…っ!」
その姿は、ゆっくりと戦場に向かって歩いて来ていた。
ゆっくり…
そう、それは非常にゆっくりとしていた。
まるで負傷した兵士が、命からがら逃げだして、味方の元へ歩み寄ろうとするかのように。
「マズいぞ!」
「ヘンディー?」
前に出て、ゴブリンを追撃した騎兵の一人がその姿に気づく。
よろよろと歩く姿を見て、負傷した仲間だと思ったのだろう。
彼は警戒を解き、不用意にその者に近付いて行った。
そして肩を掴むと、こちらに振り向かせようとした。
「おい!
大丈夫か?
怪我してるのか?」
騎兵が声を掛けるが、そいつは返事もしない。
まるで騎兵に気付かない様に、フラフラと歩こうとする。
「おい!
大丈…ジョン部隊長?」
騎兵が心配して男の肩を引くと、被った兜がずれて顔が見えた。
その顔には見覚えがあった。
彼は第2騎兵部隊の生き残りで、ジョンの部下でもあったからだ。
しかしその顔は、以前の面影をほとんど残していない。
唯一胸に見える紋章が、彼が隊長だと示していた。
彼の身に衝撃が走る。
部隊長は、行方不明になってから、よほど酷い目に遭っていたのか?
頬は落ち窪み、生気の失った眼をしていた。
肌も病人の様に蒼白く、腕も見える場所は瘦せ細っていた。
しかし、彼は見誤っていた。
彼が部下で無ければ…
ジョンの顔を知っていなければ…
まだ気付いたかも知れない
彼はその様子に、思わず目を逸らしていた
その眼は濁っていて、生者のそれとは違っていた
そして腕や脚も、よく見れば骨や肉が見えていた
「マズい!
そいつから離れろ!!」
将軍は必死に叫んだ。
その声は戦場の喧騒に掻き消され、騎兵の元までは届かなかった。
「早く!
早くそいつから離れろ!」
将軍の声に気付いた者は、何を叫んでいるのだろうと視線の先を見る。
そこには落馬したと思われる、味方の兵士を気遣う騎兵が居るだけだった。
その兵士は、騎兵に肩を掴まれている。
その様子からは、負傷している様には見えなかった。
兵士の視線が徐々に外れる内に、ゴブリン達は我先にと逃げ出す。
しかし、それに構っている暇は無かった。
彼等は将軍の声を聞き、その兵士達に視線を向けていた。
そして兵士が口を開き、騎兵の鎧の隙間から太腿に噛み付いた。
「うぎゃー…
あ、ああ…」
「へ?」
「何だ?」
騎兵の叫びが響き、何故かすぐに掠れて止まった。
そのまま騎兵は落馬し、馬は怯えて逃げ出してしまう。
「くそっ
遅かったか」
「ヘンディー?
どうしたんだ?」
将軍はそう言うと、城壁の壁を殴りつけた。
「どうしたと言うんだ?
負傷した兵士が…」
「そうなら良かったんですがね
あれはもう、味方の兵士ではありません」
「まさか?」
「そのまさかです
とんでもない置き土産を残して行きやがった」
将軍が吐き捨てる様に呟く間も、倒れた騎兵はビクンビクンと痙攣する。
やがてそれが収まると、糸の切れた人形の様に不自然な立ち上がり方をした。
それは立ち上がると、他の兵士と共に向かって来る。
まるで家に帰りたいと、街を目指す様に…。
辺りはいつの間にか戦闘も終わり、生き残った魔物も逃げ去っていた。
静寂の中に、二人の兵士が歩き出す、皮鎧が擦れる乾いた音だけが鳴り響いていた。
その後ろにも、数名の兵士達が続いている。
それは汚れたり、傷付いた鎧を纏っている。
知っている者が見れば、砦で亡くなった兵士達だと気付いただろう。
そしてその群れが近付くと、矢で倒れたりして損傷の少ない遺体が動き出す。
原型を留めていた遺体は、再び生命を吹き込まれた様に蠢き始めた。
そうしてゆらゆらと立ち上がり、一人、また一人と数を増やして行く。
「う、嘘だ…ろ?」
「ま、まさか?」
「ダン?
お前…
生きていたのか?」
戦場は不意に、冷たい空気に覆われていた。
それは落命した筈の兵士達が、再び起き上がる光景だった。
そしてその光景に、兵士達は震え始める。
あまりに悍ましい光景に、彼等は恐怖を感じていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。