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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第二章 魔物の侵攻
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第046話

魔物の遺骸から得られた情報を基に、魔物の対策が練られた

ほとんどが使えない素材だが、魔石の有効活用も考えられる様になった

そうして周辺の魔物を狩る作業が、冒険者主導で行われる事となった

大々的な討伐は、兵士によって行われる事になる

しかしそれ以外のゴブリンやコボルトに関しては、腕利きの冒険者に依頼する事になった

それは得られる素材を、換金して報酬に回せるからだ


アーネストは解体作業で得られた情報を持って、再度領主と会談していた

コボルトの皮と魔物が持つという魔石、この2つが主題だ

特に魔石は、様々な用途に使えそうだった

アーネストは得られた魔石を、机の上に出した


「これがオークから取れた魔石です」

「ふむ

 こうして見ると、単なる小石だな」

「ええ」


領主は魔石を手にして、その外観を眺める。

色も見た目も普通の石に見える。

違うのはほんのりと、光を反射するぐらいだろう。


「これがもっと強力な魔物の魔石なら、石自体が薄っすら輝くそうですよ?」

「ふむ」

「見てください」


アーネストが魔石に手を翳して、魔力を放出する。

アルベルトの手にした魔石に、吸い寄せられる様に魔力が込められる。

魔石は魔力を吸収して、淡い輝きを放ち始めた。


「こんな感じに輝きます」

「ほう」

「強い魔物の魔石なら、十分に魔力を有しています

 それでこの様な、輝きを放つそうです」

「なるほど」


「この魔石はほとんど力を持ってませんので、ボクの魔力を呼び水にして光らせました」

「そうなると、そこらで魔法を使ったら光る石が見つかるかもしれないな」

「と、言いますと?」

「天然の魔石というものは無いのかね?」

「ああ、なるほど」


アルベルトの考えは、魔物以外にも魔石があるのではないかという物だ。

その辺に転がっていれば、採取も可能だろう。

また、洞窟にあるのなら、鉱山で採掘する事も検討すべきだ。


「確かに、魔石が在れば光るでしょう

 しかし…

 鉱山でも魔力を利用したランタンを、使っていませんでしたか?

 光った報告を聞いた事が無いので、恐らく無いのでしょう」

「そうか…

 それは残念だ」

「なんなら、魔術師ギルドに依頼しますか?

 クエスト扱いで、調査依頼を出しますが…」

「うーむ」

「試しに、東の鉱山で探しますか?

 あそこなら麓の町から、魔導士を派遣できますよ?」

「そう…だな

 素直に聞くとは思えんが」

「え?」

「いや、こっちの話だ」


アルベルトは暫く考えて、依頼を出す事とした。

どこかで見つかれば、それだけで戦力の増強になる。

ここは出し惜しみは無しだろう。


「それでは鉱山や採石場、その他考えられる場所で色々試してくれ」

「分かりました

 こちらも探査の魔法の練習になりますし、魔力の鍛錬にも繋がります

 クエストの報酬は領主宛てでよろしいですか?」

「そうしてくれ」

「はい」


鉱山の調査は、アルベルトの差配で行う事になる。

鉱山のある町は、他領主の管轄になるからだ。

いくら魔術師ギルドに依頼しても、その領主が納得しなければ調査は出来ない。


「見つけた魔石は、商工ギルドに集めますね」

「魔石の使い道は?」

「先ずは魔法触媒の増産ですね」

「魔法触媒?」


アーネストはマジックバックから杖を取り出し、領主の前へ置く。


「師匠の形見ですが、ここを見てください」


アーネストが指差す先には、親指大の丸い石が填まっていた。

石は宝石の様に、光を反射している。


「これは魔石ですが、師匠もどこで手に入れたかは知りませんでした

 ですが恐らくは魔物では無いでしょうね

 こんな大きな物を手に入れるとなると…」

「そうだな

 こいつでこんな大きさだ

 こんな魔石を持った魔物など考えたくもない」

「ええ

 どこか鉱山か何か…

 他に魔石を手にする手段があるのでしょう」

「そう信じたいな…」


そう言ってオークの魔石と、杖に填まった魔石の大きさを比べる。

オークが親指大だから、拳大の魔石は相当大きな物になる。

そんな魔石を持つとなると、相応な恐ろしい魔物という事になる。

それこそ物語に出て来る様な、巨大な竜や巨人と言った魔物を想像してしまう。


「鉱山では、昔は取れていたという記録もあります

 それが真実かどうかは…

 分かりませんが」

「どうしてだ?

 記録にあるのだろう?」

「ですが採掘の方法や、場所の記録がありません

 本当に採掘が可能なら、どこでどの様に採掘していたのか…

 記録がある筈です」

「無いのか?」

「ええ

 記録が無い以上、どこで取れていたのか?

 どうやって取っていたのか等は分かりません

 それこそ本当に、採れていたかも…」

「仕方が無い

 そちらも調べるしか無いだろう」

「ですが…

 どうやって?」

「ううむ…」


それに関しては、アルベルトには当てが無かった。

国王にしても、記録が無い以上は知らないだろう。

それこそ知っていれば、今頃採掘していた筈だ。

そうなれば、後は昔の記録を見付けるしか無い。

それこそ当時の事を、知る者でも居ない限りは…。


「兎も角今は、やれる事だけでもやっておこう」

「はい」


アルベルトはクエスト依頼の書類を作成し、執事に各ギルドへ届ける様に指示する。

それからアルベルトは、アーネストに他に必要な物は無いか確認する。


「それで、他に用意する物はあるかね?」

「そうですねえ

 当面は付近の警戒を密にして、冒険者と協力して倒すしかないでしょう

 兵士の人数にも限りがありますから」

「そうだな

 これ以上の被害はマズいな」

「少しでも魔物を間引いて、数が増えるのを押さえるしかありません

 でないとこのままでは、大発生(スタンピード)が起こって街が襲撃されるでしょう」

「分かった

 この事は領主からの布告として、街にも警告を出しておく

 不用意に街の外へは出ない

 腕に覚えのある者は、冒険者ギルドか兵士に登録して訓練を受ける

 冒険者ギルド、兵士は協力して魔物の討伐に当たる

 そんな物で良いかね?」

「はい」


ゴブリンやコボルト程度なら、兵士や冒険者でも何とか対処出来る。

砦を襲ったゴブリンは、ボスが居た為に統制が取れていた。

しかし他のゴブリンは、そこまでの力を持っていない。


またコボルトも、数による脅威は確かにある。

しかし人数が揃っていれば、対処出来なくも無い。

少数の人数では無く、冒険者パーティーによる討伐。

それも複数の冒険者のパーティーでなら、何とか討伐出来るだろう。


「しかし冒険者では、危険では無いかね?」

「少人数では…

 ですが複数のパーティーでなら、協力すれば大丈夫でしょう」

「うむ

 それならば、依頼には複数パーティーで挑む事にさせよう

 単独のパーティーでは、受けられない旨も記載しよう」

「ええ

 それとオークに襲撃されれば、さすがに無理でしょう」

「ううむ…」

「オークを見掛けたら、兵士に報告する様にさせてください

 オークはコボルトに比べても、危険な魔物です」

「分かった

 そこも徹底させよう」


アルベルトは頷いて、書類に追加で記載する。


「後、魔法を使える者は魔術師ギルドか商工ギルドに登録させてください

 魔道具やポーションの生産を、手伝うというのもお願いします」

「ん?

 そうか、分かった」

「魔力がある者が作れば、それだけ良質のポーションが作られます」

「うむ

 そこはアーネストが、確認してくれたからな」

「ええ」

「しかし魔道具とは?」

「これは魔石が、安定して入手出来る必要がありますが…」


アーネストは幾つか、便利な魔道具を提出する。

これは現状では、作成用の書類でしか残されていない。

彼の父親が、作ろうとしていた魔道具のリストであった。

それは魔石のランタンや、魔石を使った着火装置などである。


「これは?」

「ボクの実父…

 亡くなった父が作っていた物です」

「ああ…

 シュタイナー夫妻か…

 惜しい人達を亡くしたな…」

「それは良いんです

 こうしてボクは、今では幸せなんですから」

「アーネスト…」

「湿っぽいのは止めてください

 それよりもこれ、魔石が必要なんですよ」

「む?」

「父は魔石を…

 病に伏せて手放しました

 そうで無ければ、これは完成していました」

「ううむ…」

「ですからこれを、完成させたいんです

 父が夢見た、便利な魔道具での生活

 それを実現したいんです」

「それならお前が…」

「ボクは忙しいんですよ?

 翻訳に魔法の研究…

 誰のせいなんでしたっけ?」

「あ…

 うむ

 すまん」


アーネストとしては、確かに魔道具の完成は夢だった。

これが完成すれば、魔導王国時代ほどでは無いけど、便利な生活が出来るだろう。

しかしアーネストは、他にする事が沢山あった。

だから魔術師ギルドや、商工ギルドに任せる事にしたのだ。


「しかし…

 良いのか?」

「良いんですよ!

 ボクはこれが、世に出れば満足なんです

 父がやりたかった事みたいですし…」

「そうか…

 分かった」


領主は書類を書き上げ、執事に指示を出した。

明日の夕刻には、領主の御触れとして街中に出されるだろう。

魔力を持つ者が、新たな職を得る機会でもある。

多くの者が、このお触れを目にして参加するだろう。


「周辺の町との情報交換はどうするかね?」

「そこは領主様にお任せします

 ただ…

 情報の無償提供は止めた方が良いですよ?」

「ほう

 それは何故だい?」


アーネストは意地の悪い笑みを、ニヤリと浮かべる。

こういうところが無ければ、彼はもっと人気が出るのだろう。

しかし彼は、敢えてそういう行動を取っている。

アーネスト自身が、良い子に見られたく無いのだろう。


「助けると思って無償で提供しても、感謝なぞしないでしょう?

 それに何かあったら、こちらの責任にされますよ?」

「そうか」

「情報を出すにしても、先ずはこちらで確認が取れてからです」

「分かった」


「それから、隊商や避難民の受け入れは、引き続き行いましょう

 隊商との取引は必要ですし、避難民はこちらの力になります」

「そうそう上手く行くかね?」

「そこは住民の協力です

 この街は住民も良い人が多いです

 避難民に手厚く保護を出し、その後の協力は自主的にしてもらいます」

「自主的にねえ」

「魔力がある者なら、先のポーション作りに協力できます

 それに魔道具作りにだって…」

「魔力が無い者は?」

「冒険者や兵役があるでしょう?

 魔物に思うところもあるでしょう」

「なるほど…」

「彼等にこちらから、協力を要請すれば反発されます

 散々魔物に苦しめられて、ここでは働けと言われる

 それでは不満を抱くでしょう?」

「そうじゃな

 それは確かに、そうなるじゃろう」

「だから避難民達が、協力したいって言うのを待つんです

 あくまで進んで、協力したいって言われてから参加を認めてください」

「分かった

 その様に手配する」


粗方の対策案は出揃ったので、二人は休憩を取る事にした。

執事にお茶を頼み、雑談を始める。


「取り敢えずは、こんな物だろうか?」

「そうですね

 後は?

 他にアルベルト様は、気になる事はありますか?」

「後は…

 魔物の大発生(スタンピード)が起こらない様に、祈るしかないな」

大発生(スタンピード)ですか…」


大発生(スタンピード)の記録は、帝国時代の記録にも残されている。

帝国の兵士も、この大発生(スタンピード)で多くの者が亡くなっている。

魔導王国時代にも、大発生(スタンピード)は多く起こっていたそうだ。

その原因と対処方法は、未だに確立していなかった。


「スタンピード、大発生の起こる原因は分かりませんからねえ」

「うむ」

「狼や野犬の大発生は、他の動物の移動や森の資源の増え方ですよね?

 果物や木の実等が豊作になったり、逆に取れなくなって飢えたり」

「そうだな

 森の様子を見て、予想を立てている」

「作物の豊作や、飢饉は分かります

 しかし動物の移動は?」

「む?」

「それも謎なんですよね?」

「ううむ…

 言われてみれば、確かにそうじゃな

 ハッキリとした原因が、分からない物もある」

「ええ」


野生の獣の大発生(スタンピード)は、原因がよく分からない物もあった。

突如多くの獣が、森や山から移動して来る物があったのだ。

その原因も、よくよく考えれば魔物が原因の可能性があるのだ。


「考えてみたら、魔物が原因の年もあったのでは?

 今までは森の外まで出て来なかったのが、今回は出て来たとか?」

「む?

 それは考えていなかったな」

「過去の資料に、魔物が現れた記録は有りますか?」

「過去と言われてもな

 ここがクリサリス領として発展したのは、今から30年ぐらい前からだ

 それ以前の記録は、多くが帝国との戦争で焼失している」

「そうですか…」

「まあ、詳細な記録は無いが、幾つか残された資料もある

 ちょっと待て」


執事の運んだお茶を飲みながら、アルベルトは昔の資料を探して、書類の束を集めて来る。

それを年代順に並べて、片っ端から調べ始める。

中には虫食いで、ボロボロになった羊皮紙もあった。

アルベルトは顔を顰めながら、それを横に置いてさらに調べる。


「ここにある資料で…

 一番古いのがこれだ」


それは36年前の日付で、幾分かインクも掠れている。

慎重に羊皮紙を広げて、アルベルトは確認する。

それから中身を検めて、それをアーネストの前へ置いて行く。


「こっちが春の種蒔きの記録で…

 これが住民の推移

 獣の被害は?」

「どれどれ…」

「本当は身内以外には見せれないんだがな…

 お前はこれからもギルバートの片腕になるだろう?

 今から見せても問題なかろう」

「あ…

 アルベルト様…」


アルベルトは事も無げに言ったが、アーネストにとっては責任重大な問題だった。

しかし、見てしまった物は仕様が無い。

アーネストは、諦めて書類の束に目を通した。

それにアーネストとしても、その気持ちが無い訳では無かった。


「ここの記載…

 これなんか怪しいですね」

「どれどれ?

 ふむ

 飢饉でも無いのに、狼が増えているな」

「ええ

 あくまで被害報告ですが…

 前年の倍以上です」

「うむ

 この地域では、あり得ない数だな

 大発生(スタンピード)とは書かれていないが…」


幾つか怪しい記録は出てきたが、魔物を見たとかの決定的な記録は出て来なかった。

だが、確証は得られなかったが、被害がが不自然に増えている記録も見付かる。

野生動物の大発生(スタンピード)ではなく、大移動と思われる記録があったのだ。

それを見る限りでは、飢饉や豊作の記録も無かった。

これで獣の移動が、魔物の影響である可能性も見えて来る。


「やはり以前から、魔物は居たと考えられますね」

「うむ」

「魔物が出て来なかったのは、女神様の結界が効いていたからではないでしょうか?」

「だが、それならば何故?

 今回は魔物が、ここまで出て来たのか?

 それが問題になるぞ」

「そこなんですよね

 今回魔物が出て来れた理由

 それが問題です」

「それが分からねば、今後も魔物が出て来るだろう」


結界が無効化された事で、魔物は街の近くまで来ていた。

しかしそもそもが、魔物が現れた原因が不明だった。

その様な手段があるのならば、何故今までしなかったのか?

そして、今になって現れた、原因も不明なのだ。


「それと…

 魔物が結界石を無効化した件も気になります」

「報告にあった件だな」

「はい

 誰が魔物に入れ知恵をしたのか…

 気になります」

「うーむ

 入れ知恵か…」

「ええ

 明らかに不自然ですよ?

 何で急に、結界の無効化なんて出来たのか…」

「偶然では?」

「それこそあり得ないでしょう?

 何であんな儀式を?

 偶然でしたんですか?」

「そう…じゃなあ…」


アルベルトは押し黙り、腕を組んで考え込んだ。

女神様の結界が効かなかった事。

それが今回の魔物の出現に、大きく関与している。

しかし、そんな事を出来る者がいるのだろうか?


「一体誰が…」

「そうですね

 魔物が思い付くとは考えられません」

「無理か…」

「ええ

 ゴブリンがあんな…

 ボスの魔物にしたって、そこまでの知恵があったとは…」

「そうじゃな…」


「お困りの様ですね」

「ああ

 分からないからな…って!」


不意に執務室の窓側、カーテンの陰から声が掛けられた。

ここには執事とメイド以外、誰も入室していない。

アルベルトが入った時にも、誰も居ない筈だった。

しかしその声は、不意にカーテンの陰から聞こえたのだ。

アルベルトは咄嗟にドアの方へ跳び、アーネストは杖を構えていた。


「誰だ!」


アルベルトは慎重に剣を壁から外し、眼前に構えた。

聞こえて来た声は、アルベルトが聞いた事が無い声だった。

その声は女性の様に、優しい話し方ではあった。

しかし肝心の声質は、男の様な低くて太い声だった。

その様な声は、アーネストも聞き覚えが無かった。


声の主は、二人に気付かれずに、この執務室に侵入したのだ。

しかも領主の執務室であるこの場に、音も無く忍び込んだのだ。

それも誰にも見咎められずに、こっそりと侵入している。

明らかに不自然で、不審な人物である。

声の主はゆっくりとカーテンの陰から歩み出ると、艶然(えんぜん)と礼をしてみせた。


「初めまして

 わたくし、運命の糸(フェイト・スピナー)が一人、ベヘモットと申します」


ベヘモットと名乗る男…。

男なのだろうか?

彼は腰を折って、優雅に礼をして歩いて来る。

それは帝国で、貴族の婦人がする礼であった。


運命の糸(フェイト・スピナー)

 女神の使徒か!」

「はい」

「え?

 これが運命の糸(フェイト・スピナー)?」


アルベルトの言葉に、男は優しい声音で応える。

その姿は異様で、不気味であった。

紫の派手なローブに身を包み、顔には怪しげな白いマスクを着けている。

マスクは目元を覆い、顔は口元しか見えない。


頭は濃紺の髪を短く纏めて後ろに流し、金の髪留めで押さえている。

長い髪は腰まで伸びて、濃紫のマントの上に流れていた。

マントは金の金具で留められて、腰まで伸びている。

その出で立ちは、怪しい魔術師か書記官という様にも見える。


しかしそのローブ姿は、古代王国のトーガという服装であった。

アーネストの様に、腰に紐を結ぶ様な様式では無く、頑丈なベルトを巻いている。

そして袖も短く、そこには手甲をした腕が見えていた。

今の王国には、その様なローブを纏う者は居なかった。


男はソファーに腰掛けると、魔法なのか、手にカップを取り出して優雅に飲み始めた。


「な!」

「魔法?」

「ええ

 収納魔法ですよ

 そちらの坊ちゃんの魔力なら、そろそろ習得出来るのでは?」


男はそう言うと、羊皮紙を1枚取り出して、それを机の上に置いた。

これまたどこから出したのか、二人には全く分からない。

まるで何も無い場所から、突如現れた様にしか見えなかった。


「エルリックの奴め、キチンと仕事しないから…

 代わりにわたくしが、こんな小間使いを…

 おっと、失礼」


一瞬、苛ついた様に彼は口走ったが、すぐに優雅な話し方に戻す。

そうしてソファーの向こう側を示すと、ゆっくりと囁く。


「すいませんね

 少し嫌な思いをしましてね」

「…」

「…」


「どうされました?

 どうぞ、お掛けになってくださいませ

 あなた方も色々と知りたいでしょうから」

「えっと…」

「フェイト・スピナーが何用だ!」


アルベルトは尚も警戒して、剣を構える。

それに対して男は、敵意が無いと両手を広げて見せる。

それは王国にも、敵意が無いというジェスチャーとして伝わっている。


「ですから、あなた方の質問に答えてあげようと思いましてね

 わざわざ出向いたんですよ」

「質問?

 フェイト・スピナーがか?」


アルベルトは敵意を剝き出しに、身構えたままだ。

アーネストは何故に領主が、こうも敵意を向けるのか不思議だった。

相手は怪しいとは言え、仮にも女神様の使徒である。

そう名乗っているだけかも知れないが、先ずは話を聞くべきだろう。


「アルベルト様、落ち着きましょう?

 先ずは話を聞きませんか?」

「ぬう…」

「どうされたんですか?」

「こやつは運命の糸(フェイト・スピナー)じゃ

 人間にとって、危険な存在なんじゃ」

「何でそんなに…」

「そ、それは…」

「先ずは話を聞きましょうよ?」

「むう…」


アルベルトはそう諌められ、不承不承であるが、剣を壁に戻した。

本来なら領主が先に腰掛けるべきだが、アルベルトは未だに警戒していた。

それでアーネストが、先に男の向かい側に腰を掛けた。


「先ずは、お詫びとしてですが…

 こちらをどうぞ」


男は先ほどの紙を、アーネストの前へ差し出す。

そこには古代王国語で、何かが記されている。

しかし肝心の言語の、解読はまだ途中である。


「これは?」

「空間拡張の魔術の基礎です」

「空間拡張?」

「マジックバックをお持ちですよね?

 それの理論と実践用の呪文です」


アルベルトはアーネストの隣に座ると、訝し気に紙を覗き込む。

しかし文字を見て、面食らった様な顔をして顰める。


「分かります?」

「ワシが分かるわけ無かろう」


アルベルトは口をへの字に曲げる。

そんなアルベルトを横目に、アーネストは羊皮紙を読み進める。

今までの解読で、幾つかの文字の意味は分かる。

後は解読を進めてみれば、その呪文も読めそうだった。


「どうです?

 読めそうですか?」

「ええ

 何とか…」

「良かった

 エルリックの役立たずめが…

 古代王国語をそのまま渡したと聞きましてね

 そのままでは翻訳すら出来ないでしょう?

 それで困っていたのですよ」


男はそう言うと、懐から1冊の書物を取り出す。


「本来なら、これを渡せば事足りたのに

 2度手間ですよ、まったく…」


『直訳:初級魔術書』

その本には、帝国語で表題が書かれている。


「これは…」

「どうぞ、お収めください

 それが無くては大変でしょう?」


アーネストはパラパラと本を捲る。

そこには帝国語で、魔導書の内容を書き写した物が記されている。

あの魔導書に記された魔法も、幾つかそこに記されている。

これまでアーネストは、魔導書の魔法を幾つか翻訳出来ていた。

しかしそれは不完全な訳なので、不明な文字も含まれている。

この本があれば、初級の魔術は理解が出来そうだった。

ギルド長に渡せば、使える者も出て来るだろう。


「どうです?

 使えそうですか?」

「はい!」

「それは良かった」


これならば、魔物に対しても有効な手段になるだろう。

問題は、これが初級の魔法しか載っていない事だった。

上級や戦術魔法に関しては、依然として翻訳を進める必要がある。

しかし何も無いよりは、これは大いに進展がある。

アーネストは大喜びだったが、アルベルトは憮然としていた。


「それで?

 交換に何を要求する?」

「へ?」


アルベルトの一言に、アーネストは変な声を上げてしまった。


「何も」

「何もだと?

 フェイト・スピナーの助力は、交換条件があるだろう!

 何故だ!」

「交換条件?」


アルベルトは激しく言い放ち、立ち上がって男を睨みつけた。


「だって、これが無いと勝負にならないでしょ?」

「勝負?」

「そう、魔物と戦う為に必要でしょ?」

「その為にわざわざ?」

「そうよ

 本当はエルリックの役目だったのに、あいつはいつも失敗ばかり

 はあ…」


男は嫌そうに、大きな身振りで両手を挙げた。

その盛大な溜息からして、本当に嫌そうだった。

よほど二人の仲は、悪い様だ。


「あの男の…

 尻拭いと言っていたな」

「ええ

 そうなんですよ」

「それで?

 今回の用はこれだけか?」

「んー

 これからが本題なんですけどね」

「本題?」

「ええ」


男はそう言うと、カップにお茶を注いでゆっくりと飲み干す。


「ふー

 美味しい」

「それで?

 一体何の用なんだ!」

「アルベルト様

 落ち着いてください」

「ぬう…

 しかしなあ…」


男の様子に苛立ちながら、アルベルトは尋ねる。


「今日は宣戦布告」

「宣戦…布告?」

「そう

 あなた達人間に、天罰を下す為に来たの」

「な!」

「天罰?」


男はニコやかに笑って、そう告げていた。

まだまだ続きます。

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