第043話
森の中で見つけた物
それはコボルトの集団と、それが狩ったと思しき獲物の残骸であった
しかしそこには、見た事も無い獣の骨が混じっていた
このまま後を追って、魔物の動向を調査すべきか
あるいは新たな魔物の危険を、退いて仲間に報せるべきか
偵察隊は、重要な選択を迫られていた
先に進んだ魔物の数は12匹
奇襲を仕掛けても、まず勝てないだろう
しかも熊を容易く狩る事が出来る強敵だ
出来得る事なら、このまま拠点や集落を探りたかった
しかし痕跡には、未知の魔物の物と思われる骨が混じっている
これを報せなければ、仲間に危険が迫るかも知れない
リーダーは重要な選択を迫られていた
どうする?
行くのか?
引き返すのか?
大隊長からの使命は、魔物の生態調査と、拠点や集落の場所を把握する事だ。
集落や拠点は、このまま進めばすぐに見つかるだろう。
それにもう一つの任務がある。
これも重大だ任務だった。
この任務で無くても、これだけ危険な状況なら引き返すしかない。
その上で、ギルバートを守る様に言われている。
ここは慎重に判断して、撤退を選ぶべきだろう。
リーダーはそう判断し、小声で指示を出す。
この冷静な判断からも、彼がこの班のリーダーに適任であったのだろう。
「敵にはまだ気付かれていない
今回はこのまま撤退する」
「なんで
折角のチャンスでしょう?」
「ば、馬鹿野郎」
「しーっ
静かにしろ
見つかるだろ」
リーダーは大きな声を出す兵士に、きつく注意する。
こんな場所で声を出していたら、たちまちさっきの魔物に見つかってしまう。
コボルトは鼻だけでなく、耳も犬の様に優秀なのだ。
もしかしたら、さっきの声で見付かったかも知れない。
「見つかったら、撃退すりゃ良いじゃないですか」
「馬鹿か
熊を倒す様な魔物が12匹だぞ!」
「こっちは6人しか居ないんだ
死にたいのか?」
「え?」
「12匹だ」
「こっちの倍だ」
「それでなくとも、コボルトに1体で立ち向かうのも危険だ」
「ええ?」
尚も声を上げる兵士に、他の兵士が鋭く睨みながら注意する。
まだこちらに向かって来る気配は無いが、このままでは危険だ。
兵士の一人が、彼の胸倉を掴んで突き飛ばす。
「そんなに言うなら、お前が一人で見てこい
オレ達は撤退する」
「え?」
「手柄が欲しいんだろ?
行って来なよ」
「良いぜ
構わないからよ」
「え?
ええ?」
一人で行けと言われた兵士は、みなにあっさりと断られて狼狽していた。
強気に出れば、みなも自分の言う事を聞くとでも思ったのだろうか?
それとも、よほど自分に自信があったのか?
彼はみなから白い目で見られた。
既に全員が、彼から離れて睨んでいる。
「死にたい奴は…
好きにしろ
生き残りたい奴は、静かに着いて来い」
リーダーはそう言うと、再び黙って手信号で合図を出した。
一人の兵士を残して、彼等は撤退を始める。
兵士は暫く呆然として、それを見送っていた。
その様子を、少し離れた場所から見ている集団があった。
彼等の内の一人は、兵士が声を上げた時点で立ち上がろうとしていた。
それを他の3人が、何とか押さえて止めていた。
彼の大柄な身体を、灌木の中に隠すのは難しいのだ。
「どうです?」
「ふーっ
やれやれ、肝が冷えたぞ」
「偵察任務の途中で声を上げるとか、死にたいのか」
「まあまあ」
「あの馬鹿は後で、しかりと罰を与えましょう」
「その前に、生きて帰れるのか?」
「…」
偵察部隊の安全を確保する為、彼等はこっそりと様子を見ていたのだ。
ギルバートの事も気になったが、このところ増えている新手の魔物が居る事が気になっていた。
勿論、コボルトも十分に危険だ。
それでも、1.5倍の人数が居れば、何とかなるだろう。
既に何度か迎撃しているので、魔物の強さは多少は把握していた。
問題は見た事が無い魔物だ。
最近聞いたのは、豚の頭の筋骨隆々とした魔物だ。
オークと言うその魔物には、守備隊もまだ遭遇していない。
その力は、未だに未知数であった。
出来ればここで、遭遇したくない魔物だった。
「コボルトだけでも厄介なのに、オークも現れているらしい」
「豚ですよね?
焼いたら旨いのかなあ?」
「馬鹿
魔物だぞ?
食えるワケ無いだろう」
「でも、豚なんだろ?
食えるかも知れないぜ」
「はあ…」
エリックは暢気に、魔物が食えないか考えていた。
それで他の面子は、呆れた表情になる。
「強いんですかねえ?」
「分からん
見つけたら、倒してみたいんだが…」
「いや!
大隊長が出たらダメでしょう!」
「しっ!」
「しーっ」
「…」
ダナンが思わず、大きな声を上げてしまった。
慌てて確認するが、ギルバート達には気付かれていない様だ。
アレンはほっと胸を撫で下ろす。
リーダーだけが、苦笑いを浮かべていた。
彼は既に、大隊長達が隠れている事に気が付いていた。
だから大隊長を見付けない様に、少し離れた繁みに向かっていた。
「ダメか?」
『ダメです!』
他の兵士や部隊長に睨まれ、渋々承諾する。
部隊長からすれば、そもそも大隊長が気軽に戦場を歩き回るのにも反対であった。
既に将軍も亡く、部隊を指揮する者が居ないのだ。
ここで大隊長に何かあったら、街の守備はどうなる事やら。
部隊長は溜息を吐きながら、大隊長の方を睨んだ。
「はあ…」
「おお怖い
分かったよ
大人しく坊ちゃんの無事を見届けるよ」
大隊長は肩を竦めると、後方へ下がった。
前方で見ていると、つい出たくなってしまう。
ここは後方で、大人しくしていようと決めた。
それが後程どの様な結末を生むのか、この時は誰も気が付いていなかった。
ギルバートの所属した偵察隊は、ゆっくりと大隊長達が潜んでいる近くの茂みに向かっていた。
しかし後2、300mといった距離に達した時、リーダーが不意に手を挙げて下がる。
合図を出し、その場に隠れる様に慌てて指示を出す。
そうして全員が隠れたのを見て、自身も慌てて隠れた。
部隊長達もその様子を見て、慌てて灌木の陰にに隠れる。
その直後に繁みを掻き分け、豚が顔を出した。
何だ、豚か
何人かはそう思って、気を抜いていた。
しかし豚は人間の腰より上に、その頭を突き出していた。
すぐに全員が、その違和感に気付いた。
部隊長は立ち上がると、慌てて剣を引き抜く。
フゴフゴと鼻を鳴らし、豚は辺りの様子を伺う。
すぐ側に居た兵士は、顔面を蒼白にして必死になって堪えていた。
やがて、繁みをガサゴソと掻き分け、もう2つ豚の顔が現れる。
そして繁みから出て来る、筋骨隆々とした長身の男の姿があった。
頭が豚で、身体は人間の魔物、オークだ。
オークは更にフゴフゴと鼻を鳴らし、辺りの臭いを嗅いでいる。
リーダー他数人は、祈りながら武器を手にしていた。
しかし間違いなく、彼等は臭いに気付かれていた。
姿こそ確認出来ないが、オークは兵士が隠れた茂みに近付く。
そして持っていた棍棒を、無造作に繁みに叩き付けた。
ゴガン!
棍棒が地面を叩く音がして、兵士のすぐ目の前の地面に跡を付けた。
その行為に、遂に恐怖に堪え切れなくなった兵士が声を上げて飛び出した。
「ひぃいいい」
それを見て、もう一匹のオークが、棍棒を振り上げて飛び出す。
「たすけ…」
逃げる男に、オークの振り上げた棍棒が迫る。
そして鋭く振り抜かれると、兵士の頭だった物が飛んで行く。
それは血飛沫を上げて、先程放置されていた兵士の足元に転がった。
彼は不貞腐れて、仲間の後を追おうとしていたのだ。
そして不用意に、彼等が隠れる繁みに近付いていた。
魔物が臭いに気が付いたのは、彼が風上に立っていたからだった。
「えぶしぃ」
ブチャッ!
「あひゃあ!」
頭蓋は砕かれて、辺りに巻き散らかされる。
脳漿は飛び散り、その破片が兵士の顔に飛び散っていた。
彼は腰を抜かすと、その場にへばり込んで失禁する。
それを見て、魔物は獰猛な笑みを浮かべる。
そして残された胴体は、魔物によって蹴り飛ばされて、木立の中へ飛んで行った。
ギルバートとアレックスは、慌てて飛んで来る兵士の死体を避けた。
アレックスは恐怖で固まり、頭を失った無残な兵士の死体を見ていた。
ギルバートは繁み越しで見えなかったが、目の前で見ていたら同じ状況だっただろう。
オークの一匹がその死体に近付き、アレックスを発見する。
フンフン
フゴッ?
オークはアレックスの姿を捕らえ、獲物を看付けた邪悪な笑みを浮かべる。
アレックスの恐怖はピークに達し、ガクガク震えて失禁していた。
背中に背負った大楯も忘れて、彼は腰を抜かしていた。
その臭いに、獲物を追い詰めたと魔物は更に興奮する。
フゴゴゴ!
ブン!
魔物の棍棒が、無造作に振り上げられる。
そして振り下ろされようとした時、その背後から影が迫っていた。
それは繁みを掻き分け、魔物の背後にぶつかった。
「うわぁぁぁああああ」
ザシュッ!
ローダンが飛び出し、背後から切り掛かったのだ。
彼はアレックスを救うべく、果敢に魔物の背後から切り掛かった。
それがどれ程恐ろしい行為か、彼はそれすら判断出来ないでいた。
仲間であり先輩であるアレックスを救おうと、彼も必死だったのだ。
しかし直後に、他のオークが気付いて棍棒を構えた。
「ちっ
せやあああ!」
リーダーがそれに反応し、脇から片方のオークの頭に跳び付く。
もう一匹は吠えながら、ローダンに向けて前進して来る。
最初に切られたオークが、振り返ってローダンを殴り飛ばす。
背中を切られていたが、その傷は思ったよりも浅かった。
頑丈な筋肉と表皮に、ローダンの剣は負けていたのだ。
フゴガアアア
ゴスッ!
「えぶしっ!」
ドシャッ!
ローダンは吹っ飛び、アレックスの向こう側に倒れる。
アレックスは恐怖に震えて、それすら認識出来ないでいた。
次々に起こる目まぐるしい事態に、ギルバートは混乱しながら立ち上がる。
最早頭の中は、真っ白になっていた。
「う…
あ、ああああ…」
フゴッ?
フゴガガ
冷静に考えれば、他の対処方法もあっただろう。
しかし混乱した頭の中に在ったのは、ただ一つの言葉だけだった。
『魔物を殺せ!
憎むべき魔物を殺せ!』
その言葉だけが、頭の中で木霊する。
「う、うおおおおお!」
フゴオオオ
どうして魔物が憎いのか?
どうして魔物を殺さないといけないのか?
この時のギルバートには分からなかった。
分からなかったが、兎に角前に踏み込む。
「んなあ!
坊ちゃん!」
「ヤバい!」
「くそっ!
間に合わない!」
向かい側で起きている出来事に、部隊長達も慌てていた。
しかし彼等が向かう前には、別の魔物が立ちはだかっている。
大隊長に至っては、まさかオークが出るとは思っていなくて、完全に安心して下がっていた。
部隊長達の後ろからでは、到底間に合いそうに無かった。
完全に出遅れてしまい、彼は叫ぶ事しか出来なかった。
最早ギルバートが、魔物に殺されると思っていたのだ。
ギルバート達を守る為に、咄嗟にリーダーの兵士は、オークに向かって飛び掛かっていた。
しかしオーク一匹の首を掻き切るのが精一杯で、他のオークを倒す事は出来なかった。
彼等の頑丈な身体を前に、1体を倒すのがやっとだったのだ。
ギルバートの目の前で、オークは残忍な笑みを浮かべて棍棒を振り上げる。
その眼を睨み返しながら、ギルバートは踏み込みながら屈めた腰に力を入れる。
「うりゃあああ!」
シュバッ!
ザン!
短く鋭い音がして、ギルバートは魔物の脇をすり抜ける。
魔物は一瞬気付かず、ギルバートを探して周りを見回そうとする。
しかしその動きに合わせる様に、魔物の胴体が斜めにズレ始めた。
刹那の一撃で、ギルバートは魔物の胴を切り裂いていた。
筋骨隆々とした魔物の、太い胴体を真っ二つにしていたのだ。
フゴッ?
ゴブゴ…
ドシャッ!
魔物はそのまま、崩れる様に倒れる。
胴は綺麗に割かれて、上下に分断されていた。
その切り口から、多量の血液と内臓が飛び散る。
それを見て、残りのオークは身構えた。
さっきまで楽勝と高を括っていた人間の子供に、仲間が一刀両断されたのだ。
危険だと察知して、彼等は慎重に身構える。
ブヒ、フゴフゴ
ゴガアア
魔物は威嚇する様に、棍棒を前に構える。
しかし相手を見ると、急に戦意を喪失してしまっていた。
ギルバートの様子は明らかに不自然で、その眼からは激しい憎悪が溢れ出ていた。
その眼の妖しい輝きに、魔物は怯んで隙を見せる。
まるで恐ろしい、化け物を見た様だった。
ブ、ブヒッ
フゴガア
魔物は逃げ出そうと、慌てて踵を返した。
その魔物の喉元に、背後から刃が突き出る。
リーダーが追い付き、その背後から素早く喉元を突いていた。
魔物は何が起きたかも理解出来ず、そのまま血を吐いて倒れる。
「ふう…
な、何とかなった…」
全身に冷や汗を掻きながら、リーダーはその場に腰を落した。
全ての魔物が倒れたのを見たからか、ギルバートも力が抜けた様にへたり込む。
まるで糸が切れた様に、少年は力なく膝を着いていた。
「おい、大丈夫か?」
「坊ちゃん?」
魔物が居なくなって安心したのだろう、兵士がギルバートに近付く。
しかし兵士は、ギルバートの様子に驚いていた。
部隊長や大隊長も、慌ててその場に駆け付ける。
「坊ちゃん
坊ちゃん?
大丈夫ですか?」
「ブツブツ…」
「おいおい
あんまり騒ぐなよ
他の魔物が来るだろう」
「しかし坊ちゃんが…」
「まものはころせ…
ころせ…
みなごろしだ…
まものは…」
「くっ
正気を失っているのか?」
リーダーはその様子を見て、苦い顔をする。
初めての戦闘で、強烈なショックを受ける場合がある。
それで初陣の兵士が、正気を失い戦えなくなる事がある。
しかしギルバートのそれは、その兵士の状況とは異なっていた。
恐怖に震えるというより、憎悪に身を焦がしている様だった。
「坊ちゃん?
坊ちゃん!
しっかりしてください」
「ショックで正気を失っているのか?」
「でしょうね」
「しかし、それにしては…」
「おい!
すぐに他の部隊も戻る様に指示を出せ」
「は、はい」
「ぼっとしてるな
魔物がこちらに気付いている筈だ
急いで撤退するぞ」
「はい」
「死傷者の回収と魔物の遺骸も忘れるな
今後の参考にする為にも…
重いだろうが運んでくれ」
「はい」
「さあ!
坊ちゃんも早く!」
大隊長の言葉に兵士は驚くが、部隊長は素早く兵士達を起こしてやる。
それから部下に指示を出し、亡くなった兵士の遺体も回収させる。
ギルバートは呆然として、暫くブツブツと呟いていた。
しかし正気を取り戻すと、ローダンの姿を探した。
彼も兵士に抱えられて、運ばれていた。
その首はあり得ない方向に曲がっており、既に事切れていた。
ギルバートは自分が、一歩間違えればそうなっていたとまざまざと見せつけられた。
「あ…
ああ!」
「ローダン?」
そこへよろよろと、アレックスが立ち上がってその後を追って行く。
ローダンはその身を持って、自分達の身を守り、若い命を散らして行った。
約束通り、彼は先輩の身を守ったのだ。
それがアレックスの心に、重く圧し掛かる様な気がしていた。
アレックスは彼の遺体を追って、よろよろと歩き出していた。
「坊ちゃん?」
「う…
ああ…」
「坊ちゃん
しっかりしてください」
「ああ…
ローダンが…
アレックスが…」
「坊ちゃん」
パシン!
大隊長はその腕で、ギルバートの身体を支えて立たせてくれた。
それでもその足はフワフワと、しっかりと踏み締めれていない。
頭の中は真っ白で、今は何も考えられなかった。
先の光景が目に焼き付いた様に、繰り返し頭の中に写し出されていた。
アレックスを守る為に、ローダンは背後から魔物に切り掛かった。
その後に魔物に反撃されて、彼は殴られて吹っ飛んだ。
その一撃で、ローダンの首は不自然な方向に捻じれてしまった。
そのまま彼は、起き上がる事は無かった。
脳裏に繰り返し、魔物の暴力と仲間の死が映る。
その光景に意識を奪われて、彼の目は焦点を失っていた。
「坊ちゃん!
坊ちゃん
しっかりしてください!」
「あ…
うう…」
「くそっ
坊ちゃん」
パシパシ!
大隊長はギルバートの頬を叩き、身体を揺すった。
「坊ちゃんがそんなんでは…
身を挺して守ってくれた、彼等が浮かばれませんよ」
「あ…
ぐうっ…」
「くそっ」
大隊長はギルバートを支えながら、急いでその場を離れた。
これ以上はここで、時間を掛けている暇は無かった。
離れ際に、リーダーが伝令に注意をしていたのが聞こえた。
彼は伝令に、コボルトの向かった方向を伝える。
その情報が無ければ、魔物が何処に潜むか分からなくなるからだ。
「伝令に向かう時に、注意してくれ
魔物が向かったのは北だ
見つからない様に注意してくれ」
「分かった
魔物は何だった?」
「コボルトだ
耳も鼻も利く
くれぐれも用心してくれ」
「了解した」
「これ以上の偵察は無用だ
集落は後程の捜索に回す
全員撤退だ」
「分かった
その様に伝えて来る」
「頼んだぞ」
「ああ」
伝令はそう応えると、音もなく茂みの中に消えて行った。
彼等は斥候以上に、隠密行動に慣れていた。
音をなるべく立てずに、ダーナの城門に辿り着けるだろう。
部隊は一言も話さずに繁みを抜けて行った。
暫く進んで、公道と街の南門が見える場所まで戻って来る。
公道を兵士達が散開して調べ、他の魔物が潜んで居ないか調べる。
その間もギルバートは一言も話せず、虚ろな瞳でアレックスの方を見ていた。
そのアレックスは、自分を守って死んだローダンの遺体を抱える兵士の隣に立っていた。
その視線は呆然とローダンを眺め、ぶつぶつと何事か呟いていた。
「坊ちゃんとそこの少年を先に
門の中に入れて休ませてやれ」
「はい
坊ちゃん、こちらへ」
大隊長に代わって、兵士がギルバートの肩を支えて連れて行く。
「さあ、君も早く」
兵士が促し、アレックスを連れて行こうとする。
しかしアレックスは、何も感じないのか虚ろな表情だった。
「さあ!」
「あ…
ああ…」
兵士に引かれると、アレックスはようやく反応する。
それはローダンの遺体から、離されるのを嫌がっている様子だった。
「ああ!」
「気持ちは分かる
分かるが今は堪えるんだ
君が死んでは彼の努力が無駄になる」
「ああ…」
尚も手を伸ばし、ローダンを追おうとするアレックス。
そんなアレックスを連れようとするも、彼は兵士に抵抗しようとする。
「止むを得んか」
ドガッ!
大隊長が静かに隣に来て、素早く首元へ手刀を振り下ろす。
「う、が…」
「さあ、すぐに連れて行ってやれ」
「はい…」
アレックスは糸の切れた人形の様に、ぐったりとして兵士に抱えられた。
そのままアレックスは、気を失って運ばれる。
その方が、彼にとっても良かったのだろう。
あのまま放置していれば、彼の心は壊れていただろう。
兵士はアレックスを抱えて、ギルバート達に続いて城門を潜った。
南門の前には大隊長と部隊長、そして数人の兵士が警戒に立っていた。
他の魔物が、彼等を追って来る恐れがある。
彼等はそのまま、暫く城門を守っていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
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