第041話
遠征隊が戻ってから、一月が経とうとしていた
魔物は依然として街の周りに現れては、家畜や旅人が襲われていた
騎士団は警戒して、公道を巡回してはいたが、魔物はそれを避ける様に現れていた
結局街や住民を守るのは、街の守備隊しか居ないのであった
守備隊の宿舎では、ギルバートと大隊長が向かい合って話していた
話しの内容は、スキルの公開と戦闘への参加の許可であった
スキルを手にしたギルバートは、自分も魔物との戦いへ参加させて欲しいと言って来たのだ
しかし大隊長は、それを許可しなかった
スキルの習得はギルバートに大きな自信を与えていた。
このスキルがあれば、魔物を倒す事が出来る
ボクが魔物を倒して、街のみんなを守るんだ
ギルバートはそう思って大隊長に嘆願した。
しかしそれは、少年の誇大妄想でしか無かった。
如何に力を身に付けようとも、彼はまだ9歳の少年なのだ。
守備隊を危険に晒して、少年を同行させる事は出来なかった。
「お願いします
ボクも魔物との戦いに参加させてください」
「無茶だ!
君は子供なんだぞ」
「ですがボクは、スキルを使えます」
「そうは言ってもな
子供の力でだろ?」
「子供のボクでも、スキルの力なら…
今なら魔物にも…」
「駄目だ!
危険過ぎる」
大隊長は、強く拒否した。
「何故です?」
「分からないか?」
「ボクが…
領主の息子だからですか?」
「それもあるが…
分からないなら、それも原因だな」
「どういう事ですか」
「良かろう
そこまで言うのなら、明日また来なさい
午後から魔物の動静調査の為に、街の外へ出る
それに同行させよう」
「明日?」
「大隊長?」
「宜しいのですか?」
部隊長が心配して、止めようとする。
彼等は今、人数が少なくなっている。
ジョンの抜けた穴は埋まっておらず、第2と第3部隊が人数不足の為に一つになっていた。
結果として守備隊の騎兵部隊は、4部隊になってしまっていた。
そして歩兵部隊も、半数近くに減っていた。
領主の命で、徴兵こそさせなかったが、希望者の入隊は認めていた。
しかし新人が増えただけで、実質的には戦える者は増えていない。
だから兵舎にも、当直の兵士は不足していた。
「明日の調査は第3部隊で出る
ハウエル
面倒だろうが頼むぞ」
「オレは構いませんが…
誰が面倒を見ますか?」
「な、面倒なんて!」
「オレも同行するし、例の新入りが居るだろう?
大丈夫だ」
ギルバートは足手纏い扱いも不服なのに、面倒が掛かる様に言われてカッとなっていた。
しかし大隊長は、事もな気に答えた。
「新人ですか?
ああ、あの…」
「まあ、問題無さそうですね」
「だろう?
そういうワケだ
殿下は明日の昼前に来て下さい
着いてくれば分かります」
「わ、分かりました
よろしくお願いします」
不服そうにしながら、ギルバートは兵舎を後にした。
それを見送りながら、ダナンが口を開く。
「あんな事言って、大丈夫なんですか?」
「大丈夫さ
スキルは兎も角、最低限の訓練は着けてある
問題は…
若さからくるプライドかな?」
「ああ」
「なるほど」
「それならば、新人君が適任ですね」
「そういう事だ
殿下には悪いが、こういうのは自分で気付かないとな」
「ええ」
ギルバートは不機嫌さを隠しきれず、邸宅に戻ってからはセリアにも会いに行かなかった。
そのまま自室に真っ直ぐに戻ると、ベットに飛び乗り、枕に顔を埋めていた。
自分の思い通りにならないと、悔しくて泣くのはまだまだ子供である証拠だ。
それに気付かず、悔しくて泣いている様を、母親は心配そうに見ていた。
「お兄ちゃん、どしたの?」
「しーっ
今はそっとしておきましょう」
「しーっ」
「しー」
「さあ、セリア、フィオーナ
向こうでお花でも摘みましょう」
「はい」
「あい」
ジェニファーは二人の手を引いて庭へ向かった。
ここ数日で、セリアも覚えた言葉が増えていた。
それで一人で、絵本を読んだりする様になってきた。
そういう意味では、手が掛からなくなってきたのだが、逆にギルバートにべったりだった。
ギルバートが居ないと、彼女は寂しがって泣いていた。
そこでギルバートが出掛ける時には、ジェニファーがフィオーナを連れて会いに来ていた。
ここで少しずつ二人を慣らして、セリアにフィオーナの面倒を看れる様にしようと思っていた。
「お兄ちゃんは忙しいから、あなた達二人で遊んでいなさい」
ジェニファーは二人を花壇に連れて行くと、花壇の周りで遊ばせた。
「あい」
「はい」
二人は元気よく返事をすると、手を繋いで花壇の側で腰を下ろす。
そこは土がそのままなので汚れてしまうが、叱るよりは仲良く遊んでいる方が良いだろう。
服は後で着替えさせるとして、先ずは女の子らしく花を愛でる事を学ばせようと思った。
ジェニファーは二人を、離れた場所から見守っていた。
二人は時々、チラチラとジェニファーを見ていた。
だがやがて、花を摘んだり、匂いを嗅いだりするのに夢中になりだした。
そのうち、セリアは不思議な事を始めた。
花壇の花の周りの土に手を着き、呪文な様な物を唱え始める。
「みんな、出て来て
お花をいっぱい、咲かせてね
フィオーナが大好き、花を咲かせて」
歌う様に優しく土をポンポンと叩き、声を掛けて行く。
そんなセリアを見ながら、フィオーナははしゃいで手を叩く。
これではどっちがお姉ちゃんか、分からない。
年齢や大きさでは、フィオーナの方が年上の筈だった。
しかしいつの間にか、セリアの方がしっかりと話せる様になっていた。
「あーい」
パチパチパチ
「何をしているのかしら?」
ジェニファーは不思議に思ったが、農村では豊作の儀式があると聞いた事がある。
セリアのそれも、豊作の儀式の真似かと思った。
しかしジェニファーの知る限りでは、あの様な儀式は見た事が無い。
帝国でも、あの様な儀式は見た事は無かった。
どこの豊作祈願かしら?
ダーナでも見た事無いし
西部に伝わる風習なのかしら?
「こっちの花なら良いの?」
セリアは誰も居ない土の上に向かって、首を傾げながら訪ねる。
そして一人で頷くと、嬉しそうに返事をした。
「じゃあ、1本ずつもらいますね」
そう言って器用に、花を幾つか手折って行く。
彼女の選んだ花は、ちょうど積み頃だったのだろう。
手折った花を手に、セリアはフィオーナの隣に戻る。
それからその1本を、フィオーナに差し出した。
「はい
フィオーナ」
「あい」
フィオーナが手を叩き、花を1本もらって匂いを嗅いでみる。
それを見た後、セリアはこれまた器用に花を継いでいった。
数分で花を器用にに繋いで、花の輪を作ってみせた。
一体いつの間に、こんな事を覚えたのだろう?
ギルバートは男の子だから、こんな遊びは教える筈が無い。
それにメイド達も、セリアと遊ぶ機会は少ない筈だった。
「はい
フィオーナ」
「あい」
セリアはそれを、フィオーナの頭の上に載せてあげる。
フィオーナは喜んで手を叩く。
変ねえ
誰に教わったのかしら?
メイドの誰かかしら?
ジェニファーは、セリアが器用に花冠を作ったのに驚きを隠せなかった。
つい数日前までは、フィオーナと同じぐらいしか話せなかった。
そんな子供が、気が付けばあんな素敵な花冠を作っているのだ。
驚くなと言うのが無理だろう。
「これは、素敵なレディになりそうね」
「はい
そうですね、奥様」
いつの間に来たのか、紅茶を用意したメイドが頷く。
「アレは貴女が教えたのかしら?」
「いえ
そういえば…
他の誰かが教えたのでしょうか?」
「そうね…」
「それにしても、お上手ですね」
「そうね」
セリアはもう一度話し掛けて、花を摘んで花冠を作る。
それを今度は手に持って、パタパタと駆けて来る。
そうしてジェニファーの前に立つと、その花冠を差し出した。
「はい
かあちゃま」
「まあ
これを私に?」
セリアはいつに間にか、ジェニファーを『かあちゃま』と呼ぶようになった。
ギルバートは母上と呼ぶので、その真似では無さそうだった。
しかし母と呼ばれるのは、彼女としては嬉しかった。
セリアが実の娘になったと、喜んでいたのだ。
セリアは作った花冠を、ジェニファーに手渡すとニコリと笑う。
ジェニファーはありがとうと言うと、花冠を頭に載せる。
「素敵ですわ」
「はい」
「セリア、ありがとう」
「はい」
セリアは再びパタパタと駆け出して、フィオーナの隣に座った。
二人は土の上に座って、服の裾は泥だらけになっていた。
それを見て、メイドも目を綻ばしていた。
「まあ、お召し物の替えを用意しておきますね」
「ええ、お願い」
「はい」
メイドは替えの服を取りに、その場を離れる。
ジェニファーは二人を眺めて、幸せそうに微笑んでいた。
この二人の娘の成長が、ジェニファーの機嫌を直してくれた。
結果としてアルベルトの、書物の件は追及されなくなった。
こうして領主の胃壁は、瓦解する直前で守られたのであった。
ギルバートが帰宅してから数分後、領主の元に報せが届いていた。
それは先ほどの魔物の件で、事後報告として魔物の調査へ連れて行く事が伝えられた。
アルベルトはそれを聞いて、不機嫌そうに眉を顰める。
「何とかならんのかね」
「その為の同行です」
「どういう事だ?」
「大隊長はここで…
殿下の力量を試すと…」
「ギルバートの?」
「ええ」
アルベルトは立ち上がり、部屋を落ち着きなくうろうろする。
彼等の言いたい事は、何となく分かる。
しかし息子を、危険な目に遭わせたく無かった。
彼は領主であると同時に、この少年の父親でもあった。
「若さ故の…
過信か?」
「はい」
「怪我の…
怪我の心配は無いのか?」
「そこは我々が、全力でお守りします
しかし、スキルですか?
アレを試すには、実戦しかありません」
「訓練で試すには…
危険か」
「はい」
スキルは通常の攻撃に比べて、威力があり過ぎる。
受けるには危険なのだ。
だからと言って、案山子で試しても意味が無い。
動いて反撃する相手に、どれだけ通用するか調べる必要があった。
魔物に当てるのなら、どの道殺すつもりなので問題が無かろう。
それ故に実戦訓練と称して、街の近くに出没する魔物に使っている。
街の外に出ては、魔物の調査序に討伐しているのだ。
「魔物は…
小鬼以外にも出て来ているんだろう?
危険ではないか?」
「はい
ゴブリンなら問題はありません
しかし近頃現れ始めた、コボルトとオークは危険です」
「コボルト
犬の頭の獣人か…」
「ゴブリンの様に小柄ではなく、大人と変わらぬ体格です
その分リーチも長くなり、攻撃も強力です」
「うーむ…」
最近では犬頭の魔物以外に、新たな魔物も現れていた。
それは今度は、豚の頭をした魔物であった。
「オークと言うのは?」
「こちらは豚の頭をしてます
毛むくじゃらではなく、人間に豚の頭です」
「犬とは違った意味で気持ち悪いな」
「ええ」
アルベルトはそれを聞いて、顔を顰めていた。
オークは身体は、コボルトの様に毛むくじゃらでは無い。
人間とほとんど変わらない身体に、頭だけ豚そっくりなのだ。
そのアンバランスさが、より一層不気味であった。
「体格もコボルトより筋肉質で、その分力任せに突っ込んで来ます」
「数は多いのか?」
「ゴブリンやコボルトの様に多くは無いのですが…
2、3匹で行動しています」
「下手に出会うと危険か…」
「そうですね
目下、一番警戒すべき魔物です」
「ううむ…」
領主は不安そうに、頭を抱える。
そんなのが大挙して攻めて来たら、この街も無事では済まないだろう。
実際、他の街で被害の報告が挙がっている。
まだ少数なのが、救いであった。
「未だ発見報告が少ないのが、救いですね」
「そうだな」
アルベルトは、ギルバートの件と一緒に持って来られた、報告書を見る。
そこにはスキルに関する、習得状況が思わしく無いと書かれていた。
「スキルの習得状況はどうかね?」
「はっ
報告書にも挙げていますが、既存の兵士の殆どがスラッシュのスキルを習得しました」
「もう一つは?」
「ブレイザーですか?
そちらはまだ…半数ほどです」
「そうか…」
「3つ目のスラントはブレイザーの上のスキルらしく、大隊長、部隊長以外はまだ数人です」
「うむ
かなり難しい様だな
実戦では使えるのかね?」
「それを検証する為にも、魔物との戦闘が必要なのです」
「なるほど
しかし、使い物にならないと困るな」
「ええ」
ここまではギルバートも、習得している様だった。
アーネストの報告からも、3つめのスキルを取得したとされていた。
「実際に、実戦で使うタイミングも重要になるでしょう
いきなり放っては、当てれませんでしょうし
躱されては隙だらけになります」
「そうだな」
アルベルトも、スキルの練習はしている。
その利便性も理解しているが、隙の大きさも知っている。
スキルが出る時は大きな力が働いて、通常では出せない速さと威力の一撃が放てる。
しかし発動中は力を入れなくても、自然に技が完成してしまう。
そのため構えと力加減が合えば発動し、後は出し終わるまで止められなかった。
つまり躱されれば、そのまま隙だらけで攻撃されてしまう。
そこをどうにかする方法が、早急に必要だった。
「誰かが使っている時は、周りが守らねば隙だらけだな」
「はい
かといって、使用中は近付くのも危険ですし…
大隊長もそこは懸念を持っていました」
「明日の調査だが」
「はい」
「許可は出すが、くれぐれも息子の事を頼む」
「は、はい」
兵士は礼をして、執務室を出た。
兵士が退出した後に、アルベルトはベルを鳴らして執事を呼んだ。
「はい、何でしょう」
「ギルバートを呼んでくれ
話がある」
「はい」
執事は早足で部屋を出た。
数分の後、部屋のドアがノックされる。
コンコン
「父上、ギルバートです」
「入れ」
「はい」
ドアが開かれ、ギルバートが入って来る。
その眼は泣いていたのだろうか?
真っ赤になっていた。
執事は心配そうにしていたが、黙ってドアを閉めて退出する。
「話は聞いている」
「はい」
ギルバートは項垂れていたが、ピクリと反応した。
「守備隊には随分と無茶を言ったな」
「父上、でも…」
「言い訳はいい!」
アルベルトは一喝する。
「お前は誰だ?」
「ち、父上の息子です」
「領主の息子のすべき事は?
何だ?」
「自領を守る為、勉強と訓練に励む…」
「そうだ!」
「でも!」
「魔物の討伐は?
訓練か?」
「いえ
でも…」
「領主の息子が、軽々しく危険な行為をして…
その責任で守備隊に、どれだけ迷惑が掛かるか
それも考えたか?」
「いえ…」
「本来ならお前には、暫く謹慎を申し渡すところだ!」
「…はい」
アルベルトは、ここで少し声音を優しくする。
厳しいだけでは、この子も真っ直ぐには育たない。
飴と鞭では無いが、優しくする事も時には必要だった。
「だがな
大隊長からの申し出も有った」
「っ!」
「反省しておるのか!」
「はい!」
一瞬、ギルバートが嬉しそうな顔をした。
アルベルトはマズいと思って、再び一喝する。
ここは、単に甘やかしてはダメだ。
我が子の為にも、厳しく釘を刺しておく必要がある。
「謹慎の代わりに、大隊長に見張ってもらって魔物の調査を命じる」
「父上!」
「ワシは…
甘いのかも知れんな」
「あ…」
「戦闘への参加は禁止だ
あくまで同行して、己の甘さを知るがいい」
「はい…」
ここでアルベルトは、もう一度声音を優しくする。
「お前が思っているほど、魔物は甘くないぞ」
「え?」
「行けば分かるさ」
「はい」
アルベルトは、ここで堪らず、我が子を抱き締めた。
いつの間にか、その背丈は胸の辺りまで伸びている。
すくすくと、この子は育っている。
業腹だが、女神には感謝するしか無い。
あの時の子が…
こんなに立派に育って…
今は女神よ、あなたに感謝しよう
「よいか
必ず、必ず生きて帰って来るのじゃぞ」
「は、はい…
うう…」
ギルバートは思わず父の胸で泣いていた。
そんな息子の背中を撫でながら、アルベルトは無事を女神に祈った。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




