第003話
当たり前の事が
当たり前で無くなる
その時、初めて
人は当たり前の幸せを知るだろう…
前日までのが晴天が噓だった様に、今朝は夜が明ける前から肌寒い曇天であった。
まるで心中を察した様に、天候の悪さは兵士の士気を大きく下げていた。
彼等は不安そうに天を仰いでは、深い溜息を吐いていた。
そうして不承不承ながら集まると、彼等は砦の入り口で整列していた。
「うう…寒い」
「なんだか、薄気味悪いな」
「何だか嫌な予感がするぜ」
「馬鹿!
そんな事を言うなよ」
砦の出入り口に集まると、彼等は点呼を受ける前から不安がっていた。
「だ、大丈夫だよ
なんもないだろ」
「そ、そうだよ」
軽口を叩く者も居たが、その声は震えていてた。
それも当然であろう。
これから昨日見た、あの惨劇な現場へと再び戻るのである。
それももしかしたら、敵が戻って来てるかもしれないのだ。
そしてもう一度、あの凄惨な現場を検分仕直す必要があるのだ。
彼等からすれば、生きた心地がしないだろう。
点呼が終わった頃に、部隊長は定刻通りに姿を現す。
兵士達は点呼で、みなが揃っている事が確認される。
まあ12人しかいないのだから一目瞭然なのだが、気持ちを引き締める為にもこれは必要な事だった。
「さあ!
全員揃っているな!」
「は、はい」
「分かっていると思うが、今日は昨日の集落まで戻って現場を見分仕直す」
「う、うへえ…」
「そ、そうです…よね」
「うむ」
部隊長は一旦発言を止めて、全員の顔を見回す。
みな真剣な顔をして、部隊長の方を見ていた。
内心昨日の時点では、現場の凄惨さと事件の背景が不明という点もあって浮ついていたと思われる。
今日はその分、いつもの頼れる部下達に戻っている筈だった。
頑張って指導してきたが、良い部下達に巡り合わせた事にも嬉しく思っていた。
勿論部隊長は、そんな事は尾首にも出さない。
言ったらあいつ等、また調子に乗るからなと苦笑いを浮かべる。
「特に結界がどうなっているかを重点的に調べるぞ!」
「は、はい」
「それから、敵の痕跡が…
使われた得物やその破片、何か変わった物が無いかも調べるぞ」
「はい」
部隊長の説明が続き、警備隊長からの指令と懸念される事態も伝えられた。
一通りの指示を出した後に、部隊長から出撃の檄が飛ばされた。
「オレからは以上だ
各員指示した通りに、索敵と待ち伏せに警戒しつつ進むぞ」
「はい」
「では、全体!
進め!」
「全体!
進め!」
全員が復唱して、部隊は集落に向けて出撃する。
集落は砦から2㎞ぐらいだが、公道から少し森に入らなければならない。
それも部隊長から指示があった通り、敵の斥候や待ち伏せを警戒しながらだ。
馬は使われず、用心して徒歩で慎重に進む事になる。
時間にして30分ぐらい経っただろうか?
部隊は何事も無く、無事に集落が見える場所にまで来ていた。
集落は全長が300ⅿも無い様な、本当に小さな集落だ。
敵が潜んで居る事を警戒していたが、あまりに何事もなくて些か拍子抜けしていた。
不安がって私語が出そうになる部下達を片手で制すると、部隊長は部下の一人に手で指示を出した。
昨日報告に来ていた、冷静な判断をするアレンという兵士だ。
彼は音を出さない様に注意しつつ、物陰に隠れながら入り口の柵が無い場所に近づいて行った。
その姿を一同は、固唾を飲んで見守っていた。
敵が戻って居るかも知れないので、声を出すわけにはいかないのだ。
何事も起こらない様に、彼等は祈る様な気持ちで見守る。
アレンは柵から顔を少しだけ出すと、暫く中を見回していた。
あまり身を乗り出していると、射抜かれる恐れがある。
しかしアレンは中を覗き込んで、一心に様子を確認する。
ここで見落としがあれば、仲間に危険が及ぶからだ。
一頻り様子を確認してから、彼は片手を挙げて合図を送った。
来い!
来い!
合図に頷き、次の兵士が警戒しつつそちらに向かう。
彼はアレンと同様に進むと、物陰に移動しながら近くの建物の陰に隠れる。
見張りの警備兵が常駐する、小さな警備の為の見張り小屋だった。
昨日見た時は、中はもぬけの殻であった。
状況を考えれば、兵士は宿舎に戻ってから襲われたのだろう。
中には血痕も無ければ、争った跡も無かったからだ。
だから昨日は、殆どの者が油断をしていたのだ。
二人目の兵士が、小屋の覗き窓を確認した後に中に躍り込む。
窓と言っても枠だけの、簡素な窓だった。
そこへ木の落とし戸が付けられて、支え木で上げられる仕組みになっている。
彼はそれを持ち上げると、そのまま中に躍り込んだ。
その後ろに三人目が続いて、小屋の周りの見張りに立つ。
その後に四人目が来て、次の建物の陰へ移動する。
一人ずつ、一人ずつ…次々と建物の陰に移動しては、中を確認して回る。
彼等8人で建物の中を確認する間に、残る4人と部隊長は集落の入り口を警戒していた。
中を改めている間に、攻め込まれては危険だからだ。
ここは小さな集落でもあったので、2時間ほど掛けて待ち伏せも居ない事が確認される。
それから先は4人が巡回して周り、残る8人は部隊長と一緒に移動して行った。
集落の中央に位置する、井戸の側の調査に向かったのだ。
家の中には敵が居ないので、頼まれていた調査を行う為だ。
「集落を建てる時に、ここで結界を張ったんだが…」
部隊長は井戸の傍らにある、小さな祠の前に立つ。
それは石で出来た小さな祠で、中には結界を発生する石が納められている。
しかしよく見ると、祠の石製の扉は少しズレて開いていた。
「むう?」
「部隊長?」
部隊長がは顎で示して、アレンが進み出て祠の扉を開ける。
それは高さ50㎝程の小さな祠だ。
何の仕掛けもしてないだろうと確認し、アレンはその扉を開けた。
アレンは中を確認すると、部隊長の方を見て小さく首を横に振る。
「ありません」
「そうか…」
「え?」
「はあ?」
「な、おい!」
アレンの言葉を聞いて、周りの兵士達がどよめいていた。
「静まれ!」
部隊長は鋭く叱責して、部下達を制した。
「予想していた事だ
相手が本当に魔物なら…
そうだったとすれば結界の効果が切れている筈だ
当然の事だろう?」
「ま、まさか?」
「本当に魔物が?」
「問題は…
石がどうなったか、だな…」
部隊長は逡巡したが、部下達に次の指示を出した。
「ここに無いのであれば、どうする?
隠すか?
壊すか?」
部隊長は顎を擦りながら、暫く考え込む。
しかし問題は、石が周囲に残されているかどうかだ。
「付近を隈なく捜せ!
痕跡でもいい!
石が残されているか調べるんだ!!」
「はい!」
部隊長の一喝を受けて、兵士達は一斉に周囲に走った。
彼等は散り散りに向かうと、結界石を探して走り回る。
部隊長は一人残ると、周囲の状況の検分を始めた。
「魔物が…持ち去る?
いや、それはないだろう
そもそも魔物が近付いたとは思えないんだが?
ならば誰が持ち出した?
ううむ…
分からん」
住民が持ち出したとは思えない
それこそ自殺行為だ
しかしそれなら、誰がもちだしたのか?
敵国のスパイ?
いや、それならタイミングが良すぎるだろう
部隊長の思考は、徐々に嫌な方へと傾いて行く。
魔物は近づけないのだから、石を持ち出せる筈が無いのだ。
しかし実際には、石はここから持ち去られている。
だからこそ、この集落に魔物が入り込んだのだ。
魔物が…
魔物が何らかの方法で結界を無効化した?
馬鹿な!
もしそんな事が起これば…
それにそれならば、持ち去る必要もないだろう?
それならば痕跡を隠す為に持ち去った?
それなら…
そこへ突然、上擦った叫ぶような声が上がった。
不用心な部下の行動に、部隊長は苦笑しつつ振り返る。
「ぁ…ぁった!
あったぞ!!」
本来ならこんな敵地かも判断出来ない場所で、不用意に大声を出すなと叱りたいところだった。
しかし彼等が、必死に探し出した手柄でもある。
先ずは何を見つけたのか確認しようと、部隊長は声の上がった場所へと向かった。
部隊長がその場に着いた時には、他の兵士達もそこに集まっていた。
しかもみな怖じ気付いた様に、その場を取り囲んでざわついていた。
珍しい…
実戦経験が無いとはいえ、部隊長を目にしてもどよめきが収まら無かったのだ。
兵士達の並びが割れて、彼の目にもソレが飛び込んで来た。
その異様な光景に、思わず彼も呻いていた。
「ぬう…
な、なんだ?
これは…」
これでは彼等も、あんな声を上げたくなるのも致し方ないだろう。
むしろ発見した時に、叫んだり逃げ出さなかったところは褒めるべきであった。
その現場は凄惨の一言でしか無かった。
数名の死体…大人だけでなく子供も混じっている。
住民達は殺された後に、ここに集められて積み重ねられていた。
その死体の山の真ん中に、天を衝く様に腕が突き出ている。
結界の石はその腕に、血に塗れて握らされていた。
結界の石
元は普通の石である
手頃な見た目の良い石を教会に収め、聖水に漬け込み、女神様の祝福を得る
それを守護したい場所へ運び、女神様への祈りを捧げながら祠へ納める
最後に司教様が呪文を掛けて結界が完成される
部隊長もその場に立ち会ったが、美しい光が周りに放たれて、その美しさに目を奪われた
そして厳かな気持ちに、彼等は女神様への感謝を述べていた
この規模の集落なら、手に乗るぐらいの大きさ、10㎝ぐらいの石で十分だそうだ
もっとも大きな街では、その権威を示す為にも水晶や大きな石が使われていると聞いている
女神様に対して俗物なとは、部隊長も感じていた
再びその石を目にしたのだが、それは血によって穢されていた。
一目見ただけで、その異様さを感じる事が出来る。
住民の血を浴びたのだろう、それはどす黒く染まっていた。
見つけた時には、引き出されたであろう住民の物と思しき臓物に覆われていたそうだ。
発見した兵士は、後に砦に戻った時に留守居の同僚と酒を飲みながらこう語ったそうだ。
「いや、最初に見た時は腰を抜かしてしまったよ
ああいうもんを見た時、声も出ないって本当だな
震えて一言も出なかったよ」
「そうかい」
「びびってちびったんじゃないか?」
「え?
ちびったかって?」
「ああ」
「怖かったんだろう?」
「ああ…
正直、少しな
だって、あんなもんいきなり見たら…
誰でもそうなるって」
その後、彼は暫く同僚に揶揄われていた。
しかしそれを見れば、彼等も揶揄う事は出来なかっただろう。
最悪だ
事態は最も深刻な事になりそうだ
部隊長は逃げ出したい気持ちを抑えつつ、部下達に指示を出そうとする。
ここで呆けて居ても、何も始まらないだろう。
警備隊長への報告もだが、先ずはコレをどうにかしなければならない。
兵士の一人が近付き、部隊長に声を掛ける。
「どうします?
これ?」
「ぬぬぬ…」
部隊長は少し考えてから、彼に答えた。
「警備隊長には報告したいが…
これって呪われていないか?」
「え?」
「呪い…」
部隊長の発言に一同が固まる。
「だ…だいじょうぶですよ」
「お、おい」
「止せよ!」
一人の兵士が声を上擦らせながら、その手に握られた石に近づいてみる。
固唾をのんで見守る中、彼は恐る恐る手を伸ばす。
そのまま何度か触ってから、彼はその石をしっかりと掴んでみせる。
「ほ、ほらっ
だいじょう…」
「動くな!!」
「へ?」
「そのまま、そのまま
そこへ…
そっと置くんだ」
「は、はあ…」
部隊長は兵士が、石を持って来るのを制する。
そしてそのまま、足元へ置くように指示をした。
兵士は引き攣った顔をして、部隊長の指示通りにする。
そっと地面に石を置くと、そのまま走って仲間の元へ戻った。
「何があるか分からない
それはこのままにしておく」
「はい!」
部隊長は思わず、渋い顔をして呟いた。
「でも、でも!
彼らは?
彼らはどうするんです?」
「もちろん埋葬する
荼毘に付する用意をしろ」
「はい」
隊長は石の危険さを懸念して、あえてそのままにしておくように指示した。
そうして、集落の傍らで住民を荼毘に付する用意させた。
連れて帰って埋葬してやりたいが、呪われていないかが心配だった。
だから…だからせめて、彼らが安らかに眠れる様にここで荼毘に付すのだ。
過って無念から、彼等が亡者に成らないように。
安らかに眠れない死者は、亡者に成って彷徨うという。
先の建国戦争に於いても、亡くなった兵士達が亡者になった事があった。
彼らをこれ以上、苦しめてはならない。
だから部隊長は、彼等を焼いて埋葬してあげる事にしたのだ。
「畜生!」
「こいつ、こいつ…
あそこのジタン家のガキじゃねえか」
「まだ5つだったろうに…」
「言うな
丁寧に埋葬してやろうぜ…」
遺体は男性が3人に女性が2人、子供が1人だった。
みな衣服は引き剝がされ、全身のあちこちに刺し傷があった。
無論現場の状況から、殆どの住人が首や心臓の一突きが致命傷と思われる。
襲撃者は住民達を殺した後に、その身体に刃物を突き立てていた。
そして手足を切り落とし、腹を引き裂いていた。
よくよく調べてみると、腹は割かれていたが臓器は抜き出されてはいなかった。
子供の引き裂かれた腹の中に、大人の腕が突き立てられている。
この腕に石を握らせて、周りに大人の遺体を重ねていた。
そして握った腕を覆う様に、臓物が被せられていたのだ。
兵士はこの異様な物を発見して、恐る恐る臓器を取り除いたのだ。
もしかしたら、この悍ましい儀式には他人の臓物が必要なのかも知れない。
それとも単に、他の死体の臓物が不要だったのかも知れなかった。
詳細は分からないが、死人を苦しめるあんな呪わしい儀式をする犯人を許せなかった。
何の為に遺体を辱めて、こんな不気味なオブジェを作る必要があったのだろうか…。
ようやっと埋葬が終わった頃には、ソルスは頂点を過ぎており、もうすぐ夕暮れになりそうだった。
日が陰るまでには、全ての調査を終えて帰還せねばならない。
暗くなってからの移動は危険だが、ここで留まる方がもっと危険だろう。
ここを襲った者の正体は、まだ掴めていないのだ。
しかし人間にしろそうでないにしろ、どの道魔性の存在には違いはないだろう。
もし人間の仕業なら…それこそ魔物と言える危険な存在だろう。
部隊長はふとそう思い、顔を顰めていた。
まともじゃないな
人間がやったより、魔物の仕業と言われた方が安心するとは…
笑えないな…
何とか片づけを済ませると、彼等は目ぼしい痕跡は全て集める。
そして何とか、先ほどの井戸の周りに集まった。
それから部隊長に、部下からの報告が成された。
「…それで、付近にこれが落ちてました」
その報告の中で、兵士の一人が細い紐状の物を差し出した。
それは見た事ない素材を使った、紐状の繊維だった。
何かの糸?
それを縒り合わせて、紐の様にした物だった。
恐らくそれは、弓の弦に使われていた物だったのだろう。
「どう思う?」
「はっ!
恐らくは敵が使った弓の弦かと…
それかナイフか剣の柄に、巻かれていたのかも知れませんが」
短いのでなんとも言えないが、巻いてあった様子がないので、弓の弦の可能性が高かった。
しかし見れば見るほど、それは見た事無い素材だった。
一体何を、この様な糸の様に加工したのだろう。
「よし
詳細は戻ってから調べよう
次!」
「はっ
こっちは錆びたナイフの欠片の様で…」
次々と報告は上がったが、他には目ぼしい報告は上がらなかった。
使われた凶器は、錆びた剣やナイフが主だった。
それはこの様な集落では、そんなに珍しい物では無かった。
時刻は夕刻になり、空が赤く染まり始めている。
まるでこれから更なる血が流れると、暗示しているかの様だった。
民家の裏手に残っていた、何者かの足跡の様な痕跡も発見される。
それを羊皮紙に書き残させて、彼等はいよいよ出立となる。
名残惜しいが、もう時間もほとんど無かった。
もう少し調べていたいが、暗くなっては危険である。
部隊長は再び周囲を警戒させつつ、集落の跡を出発した。
行きが何も無かったので、幾分緊張感は抜けかかっていた。
兵士達は部隊長に何度も叱責を受けながらも、何とか何事も無く砦に辿り着いた。
時刻はそろそろ夜を迎え、夕焼け空に夜の帳が降り始めている。
兵士達は砦の、木製の木戸を閉め切って入り口を固めた。
追手の姿は見えなかったが、十分な警戒心を抱いていたからだ。
入り口で帰還の報告を済ませると、部隊長は警備隊長の執務室に向かった。
後ろには紐を見付けた兵士と、封印の結界石を調べたアレンが同行する。
その際に他の部下は、一旦解散となった。
彼等は夕食を食べ終わったら、一応待機しておく様に通達されていた。
コンコン!
「入れ」
中から促され、部隊長は部下と共にその中に入った。
執務室には副隊長も、警備隊長の傍らに控えていた。
「失礼いたします」
「うむ
ご苦労だった」
「はい…」
「浮かない様子だが、どうだった?」
「早く聞かせてくれ」
「は、はい…」
短く挨拶を済ますと、部隊長は部下を伴って室内に入った。
兵士達は部隊長の後ろへと、並んで控える。
「うむ
それで?
どうだった?」
「はい
では報告をさせて頂きます」
先ずは部隊長が、一礼をして報告をする。
道中は危険になる様な存在は、検知出来なかった事
また、集落の中にも生存者や、潜んでいる不審な者も居なかった事
『生存者』という言葉に、警備隊長は違和感を感じて眉を顰める。
それから、怪しげな儀式の様な跡を発見した事が告げられる。
部隊長に促され、同行した兵士が説明する。
一通りの説明が終わった後に、隊長は呻くように呟いた。
「なるほど…
それで『生存者』は、居なかったわけだ」
「はい
残念ながら…」
「ううむ…」
続いて、再び部隊長が遺体の処理と石をどのようにしたかを説明する。
状況から『呪われているかも知れない』という、彼の私見も加えられる。
「ああ
オレも同意見だな
何があるか分からん以上、それらを持ち帰る訳にもいかんだろうな」
「はい」
「しかし住民は…」
「言うな
分かっておる」
「はい…」
続いて彼等は、調べた痕跡を提出する。
副隊長が受け取り、隊長の執務机の上へ持って行く。
そして二人で暫く見分した後、警備隊長が部隊長に尋ねる。
「それで
君はコレをどう思う」
『何だと思う?』ではなく、『どう思う?』だ。
「はい
見た事も無い素材
それも恐らくは、弦に使われた物と思われますが…」
「ああ
恐らくその様だな」
「はい
それから足跡なんですが…」
「ん?」
「それが人間にしては…」
「うむ
小さいし、形が奇妙だな」
それは成人の足跡にしては、あまりにも小さかった。
しかし子供にしては、それは疑問が残る。
それに足跡は、形が人間とは何処か異なっていた。
特に足の爪が、鋭く伸びているのが特徴だった。
「子供な訳が無かろう?」
「ええ
子供が襲撃者だなんて…」
「そうだな
それにこの形…
それに爪も」
「そうなんですよ
何だか子供には見えないし…」
「ああ
これが襲撃者の足跡なのか…」
警備隊長が頷くのを確認して、部隊長は続ける。
「それに…
それにあの邪悪な儀式からもしても、とても人間とは思えません
いえ
思いたくない…ですかね?」
「それで?」
更に促されて、一瞬迷いながらも部隊長は意を決して答える。
「確証は…
確証はありませんが、魔物の襲撃とみて間違いないでしょう」
「そうか…」
暫く、警備隊長は熟考しているのか沈黙する。
「幸い…
幸いな事にな
今朝向かわせた他の集落は、今のところ無事であった」
警備隊長のこの報せは、部隊長をほっとさせた。
被害に遭った集落には悪いが、被害があそこだけで良かった。
「だが
君達の報せで、事態は更に困難な事となった」
「え?」
隊長は暫く、机の上をコンコンと指で叩く。
コンコン!
「悪いが君達には…
明日もう一度出てもらおう」
「え?
またあそこへ行くんですか?」
「こら!」
「馬鹿
口答えするな」
兵士の一人が思わず口にして、部隊長は渋い顔をして部下を見た。
副隊長も声を荒らげて怒っていた。
「ははは…
そりゃしょうがないさ」
「し、しかし…」
「すいません
後でよく言って…」
「くっくっくっ
構わん
仕方がない事だ」
警備隊長は、笑いながら続けた。
「君達には、他の2つの集落に向かってもらいたい」
「と言いますと?
警備の増員ですか?」
警備隊長は、頭を振りながら告げる。
「いや
護衛だ」
今度の指令はこうだった
砦に近い集落は残り2つある
そこへ向かって先ずは、避難の準備を伝えさせる
一度には無理だろうから、明日と明後日で順番に避難させた方が安全だと思われる
一応今日様子を見に行った者からは、集落には周知が為されていた
危険が迫っているかも知れないから、避難しないといけないかもと伝えておいたのだ
警備隊長及び副隊長、部隊長は、そのまま具体的な作戦の立案をする事となる。
兵士達は明朝の集合時間と、場所の伝言を任せて解散となった。
兵士達は一礼して部屋を出ると、急ぎ足で食堂に向かった。
今ならまだ他の兵士達も、そこに残っている筈だからだ。
その後食堂からは、兵士達の残念そうな溜息が漏れるのであった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
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