第034話
ギルバートは危険な戦場から外され、邸宅で暫く待機となってしまった
本当は警備宿舎に行って、戦術修練に励みたかったが
しかし父親からは、それすら止められてしまった
代わりと言っては何だが、引き取った幼女の面倒を看る事になる
母親であるジェニファーも忙しく、メイド達も仕事があるからだ
引き取られた幼女は、今後娘として引き取るという話である
急に妹が、一人増えた事になる
ギルバートはブツブツと文句を言いながらも、今日も彼女の世話をするのであった
翌日も、少年は妹の部屋に来ていた
今日は既に眠っていて、気持ちよさそうに寝息を立てている
側にはもう一人少年が居て、熱心に本を見ていた
彼は少女の事よりも、目下の問題である書物に集中していた
ギルバートはセリアの頭を撫でながら、寝顔を見ていた。
その寝顔が可愛くて、ついつい頬が緩んでいる。
アーネストは昨日の本を、熱心に見ている。
まだほとんど解析出来ていなくて、昨日渡した分からあまり進展していなかった。
だから羊皮紙に記録するよりも、先ずは単語の解読に集中していた。
「なあ
お前もこの子の事を看てくれよ」
「やだ！
ボクは忙しい」
「はあ…」
アーネストは即答する。
「忙しいって…
本を読んでるだけじゃないか」
「それが忙しいんだよ
早く解析しなくては
だから邪魔するな」
「だけど、昨日から進んでないんだろ？」
「難しいんだぞ！
共通の文字を探して、文脈から意味を推測して…
やっとそこまでは判明したが、同じ文字がなかなか見つからない
せめてもっと子供向けの教科書とかなら…」
「例えば？」
「一般教養とか？
挨拶や普段使う言葉の説明とか…」
「それなら辞典とかのが良かったのかな？」
「これも教科書というか、辞典に近いのかも？
思ったよりも奥が深い…」
「ふうん…」
ギルバートも昨日貰った、翻訳本を引っ張って来る。
挿絵が幾つかと、それの名称が書かれている。
「なあ
これってアーネストが書いたのか？」
「うんにゃ
写した」
「移した？」
「写した！
魔法で書いた絵を、他の羊皮紙に描き写せるんだ」
「へえ」
「絵だけだけど」
「え？」
「絵を移せるのは便利なんだけどな
文字はダメなんだ
何でだろう…」
「へえ…」
アーネストは呪文を唱え、本の絵をなぞる。
それを別の羊皮紙の上に翳すと、そこへ同じ絵が浮き上がってくる。
「おお！」
「な！
面白いだろ」
「すごい！」
「でも、絵だけなんだ」
「それって使い道あるのか？」
「こういう時には便利だ
特に絵に自信が無ければ、非常に助かる」
「ああ、なるほど」
「それに、絵本を作っている工房では重宝するだろうな
魔法使いは、進んで覚えようとはしないけどな」
「あー…
アーネストはそういうの好きだもんな
使えなそうな魔法を研究して、使える様にしたいって」
「使えないんじゃない
使い方が間違っているんだ」
「そうかなあ…」
魔法に関しては、攻撃魔法と生活魔法と呼ばれる物がある。
こういう生活に使う魔法は、生活魔法として一括りにされる。
今の様な挿絵をコピーする魔法や、火を点ける魔法。
一見地味だが、使えれば便利な魔法である。
魔術師ギルドで研究されて、ギルドの登録者はそれを使って生活をしている。
一般市民では、それほどの魔力を有する者は少ない。
だから魔力を持つ魔術師が、そういう仕事を専属として請け負っている。
工房や鍛冶屋で火を点ける仕事とか、実は需要の多い仕事である。
魔道具は高価なので、魔術師を雇う方が実は安価なのだ。
しかし呪文を覚えるのも面倒だし、稼ぎは思ったほどでは無い。
それで稼ごうとするのは、見習いの魔術師か収入の無い魔術師だけだった。
本当に魔力の高い者なら、魔道具を作る方が収入が高かったからだ。
生活魔法の中には、少量の水を出す魔法もある。
火を点ける魔法だって、使い方次第では有用な魔法なのだ。
アーネストの魔導書には、遠方で声や音を出す魔法とか、靴を光らせる魔法とか…
どうやって役立てるのか、微妙な魔法まで記録されている。
ギルドマスターも呆れていたが、言っても無駄だと諦めてもいた。
しかし攻撃には使えないが、生活を便利にして向上させる事には利用できる。
まあそれでも魔術師達は、あまり熱心には覚えようとはしなかった。
やはり攻撃魔法の方が、見栄えも良くて派手だからだろう。
魔法で攻撃が出来れば、戦場でも活躍する事も出来る。
そんな事を考えて、ギルドに入る者も少なく無かった。
一般に魔法は、魔力があれば誰でも使えると考えられている。
しかし呪文も覚えないといけないし、魔力が少ないと使えない魔法もある。
折角ギルドに入れても、生活魔法しか使えない者は実は多い。
アーネストが研究していたのも、そういった者達が、もっと魔法を使える様にする為だった。
魔力が少なくても、魔法を使える方法が無いか？
あるいは魔力の総量を、上げる方法が無いか？
アーネストはそれを、魔導書に書かれていないか調べていた。
魔導王国時代には、鍛冶屋や工房でも魔法が使われていたという。
それならばほとんどの者が、魔法を使えていた事になる。
その前提で、魔法を扱う方法を調べていた。
根本的な問題が、見落とされている事を知らずに。
「…だからな、例え火を点けるだけの魔法でも…」
「ストップ
ストップ」
「ん？」
「その話は前にも聞いたよ
それよりも…」
「そうか？」
アーネストは、この問題を何度も話している。
だからギルバートは、話題を変えようとする。
「これは何て読むんだ？」
「スラッシュ…
斜めって意味なんだけど…」
「ああ
そういう事か」
「うん
恐らくそうだろう」
挿絵に描かれているのは、踏み込んで剣を振るっている絵だ。
それは斜めに振り抜いて、切り裂いている。
だから恐らく、この剣術の名前なのだろう。
「それで、絵の名前は分かったけど、これは何を意味してるのかな？」
「それなんだけど…」
アーネストは、挿絵の下の文を指差す。
そこには踏み込みの方法と、体重の移動の仕方が書かれている。
そして最後の一文は、これをスラッシュというスキルと呼ぶと書かれていた。
「ここに…
スキルって書いてある」
「うん
確かに…」
アーネストは本の一部を指して話すが、ギルバートには意味が分からない。
何でわざわざ、この様な一文が書かれているのか？
「それはどういう意味？」
「スキルって事は技術って意味なんだよな
でも、名前と構え？
それとスキルは…覚える？
原文には何かの条件がある様に書いてあるんだけど、お手上げだね」
「何かの条件？
だけどボクは…」
「ああ
振るう事が出来ていた
ならこれは、どういう意味なのか…」
「他にその文字が使われた本は、無いのかな？」
「あるとしたらここではなくて、王城の書庫とか？」
「それは…
難しいな」
ギルバートの父親と、現国王は従弟に当たる。
小さい頃に何度か会っているらしいが、ギルバートは覚えていない。
だがいくら甥っ子の頼みといっても、そう簡単な話では無い。
王家の保管している書庫の本を、おいそれと見せてくれるとは思えない。
それに王都までは、竜の背骨山脈を越える必要がある。
竜の背骨山脈の前には、ノルドの森が広がる。
そこには今、魔物が棲み付いているという話だ。
その魔物を何とかしなければ、王都に向かうのも難しい。
それに今は、季節が冬を迎えようとしている。
魔物が居なくても、山脈を越えるのは難しいだろう。
「あそこは禁書とかも保管してるだろうから、まず許可は出ないだろうね」
「だよな…」
「それに例え許可が出ても…」
「ああ
魔物が…」
「雪も降るだろう？
春になって…
それでも魔物が居るし」
「はあ…」
二人共頭を抱える。
言葉が解かれば、少なくとも読めるだろう。
でもその言葉が、既に使われなくなって久しく、本から学ぶしかないからだ。
他に読めそうな本が無い以上、これを解読するのは困難だった。
「結局、分からずじまいか…」
「そうでもない
昨日は名前までだったが、これが構えか技術の名前とまで分かったんだろう？
それだけでも前進だ」
「ああ
それもそうだな」
ギルバートはセリアを起こさない様に気を使いながら、挿絵を真似て構えてみる。
「しっ！
はあっ」
「ふううん
その構えが、例の詩人が見せてくれた構えなんだ」
「ああ
挿絵を見て覚えたんだってね」
「確かに、この挿絵の構えに似ている」
「だろう？」
「だけどこっちのは？
並んで描いてあったのには、意味があるのかな？」
「え？」
ギルバートは並んだ挿絵を、もう一度見てみる。
「似た構えだから載ってるのかな？」
「違うんじゃないか？」
「じゃあ…
この構えだとダメとか？」
「うーん…」
ギルバートは挿絵の構えを、色々と真似てみせる。
最初はバラバラで、それは奇妙な踊りに見える。
しかしある瞬間に、アーネストは急に跳ね起きる。
「んん？」
「どうした？」
「ギル
もう一度…
ここから…
これをしてみて、これをやってみてくれ」
アーネストは途中の構えから、挿絵を順に指差す。
それから最後に、最初の挿絵を指差した。
「こうやって…
こうして、こうか？」
「そうそう
それをもっと素早く出来ないか？」
「うーん
構えとしては…
出来なくはないか？」
ギルバートは言われたままに、構えを順に真似る。
何かぎこちないが、何とか一連の構えを通してみせた。
「やっぱりそうだ
ボクには分からなかったが、これが一連の流れで技の紹介なんだ」
「え？
どういう事なんだ？」
「まだ注意書きが分からないから難しいけど…
多分ここは体重移動や構えの注意、力の加え方とか書いているんだ」
そしてアーネストは、先の流れを指で辿る。
それはバラバラに見えるが、一連の剣術の流れを示していた。
そしてそれこそが、将軍が放った剣術であった。
ギルバートは見る事が出来なかったが、それこそが将軍が、最期に魔物に放った技なのだ。
「ここからこうして…
こうするだろ？
それ自体が技の紹介になっている？」
「ああ、なるほど！
これを順番に真似れば、この王国剣術の技とやらが出来るのか」
ギルバートは興奮して、構えを何度も真似てみる。
その間に、アーネストは分かり易くなる様に構えの順番を変える。
「しゅっ
はあっ」
「そうそう
そこから左足を下げて…」
「こうして…」
「ふみゅう…」
「あ…」
「ヤバい」
しかし、二人が興奮して大きな声を出したので、幼女は眠りから覚めてしまった。
「ふみゅう？」
セリアは興奮して話している二人を見て、不思議そうに首を傾げて見てる。
「あ！
ああ…」
「あちゃー…
起こしちゃったか」
「ごめんな」
「おいいあん」
セリアは嬉しそうにニッコリ笑い、ピョンとベッドから飛び降りて抱き付いて来る。
「お？
すっかり気に入られたな」
「ああ」
「ふみゅう？」
セリアは小首を傾げて、ギルバートに抱き付いていた。
それからもう一人の来客に気が付いたのか、アーネストの方を見る。
大きな瞳をくりくり動かしながら、首を傾げてじっと見る。
「う！
…可愛い」
「だろ？」
「フィオーナとはまた違うな」
「え？
そうか？」
「違うだろ？
フィオーナがバラなら
この子はダリアだな」
「え？
意味が分からないんだけど…」
「ふみゅう？」
セリアはギルバートの服の裾を掴んだまま、ゆっくりと後ろに回り込む。
それからギルバートの陰から、再びじっとアーネストを見る。
「あ…
不審人物だから怖かったかな？」
「おい！
誰が不審者だ！」
「ういいあ？」
「はははっ
そうそう
ふしんしゃ」
「おい！
変な事を教えるな」
ギルバートはそんなセリアの様子を見て、クスリと笑ってしゃがんで目線を合わせる。
「いいかい
こいつはアーネストっていうんだ」
「ああえうお？」
「そう
アーネスト」
「ああえうお」
ギルバートは優しく、セリアの頭を撫でる。
気持ち良さそうに、セリアは目を細める。
「不審者だけど、悪い奴ではない」
「おい！」
「んにゅう？」
セリアは意味が分からないのか、首を傾げた。
ギルバートは抱っこしてベットに座り、頭を撫でてやる。
「全く
誰が不審者だ」
「はははっ」
「んみゅう？」
「その子…
言葉は喋れないのか？」
アーネストは心配そうに、ギルバートに尋ねた。
集落で助けられたと聞いていたが、喋れないとは聞いていなかった。
「ああ
どうやらそうらしい」
「ふみゅう？」
「フィオーナより大きいから…
４歳ぐらいだよな？
この年で喋れないのか？」
「ああ
ボクも驚いたよ」
「魔物に襲われた恐怖で、喋り方を忘れたとか？」
「どうだろう？」
「いや、
どうもそうじゃなさそうだな」
「そうなのか？」
「ああ
喋り方が分からないというか、言葉を理解してないといった様子だな」
「言葉が分からない？」
それはギルバートには、意味が分からない事だった。
しかしアーネストは、セリアの様子に不信感を抱く。
「セリアちゃん…
で良いのかな？」
「あい」
セリアは嬉しそうに、ニコっと笑う。
「どうやら自分の名前は、認識出来ているみたいだな」
「ふみゅう？」
「どういう意味だ？」
「単語の意味が…
王国語が分からないんだよ」
「え？」
「ふぁっつ ゆあ ねえむ？」
「ふみゅう？」
「やはりな」
「え？
今のは？」
「帝国語で、君の名前は？って意味さ
それも理解できていないとなると…」
「帝国の人間じゃあ無い？」
「ああ
そもそもが…」
王国語も、共通語の帝国語も理解出来ない。
そんな事があるのだろうか？
少なくとも、何処かの国の言葉を、話せるぐらいの年齢に見える。
しかしセリアは、喋ること自体に慣れていなかった。
「どう喋れば良いのか分かっていないんだろう
言葉を知らないというより、喋る習慣が無かった？」
「そんな事があるのか？」
「ああ
近しい年の子供が居なかったか…
あるいは育てた人が、あまり言葉を教えていなかったのか…」
「え？
おかしいだろう」
「ああ
だが、多分間違いないだろう
そもそもが話す事が、ほとんど無かったんだ」
「だけど老夫婦が育てていたって…」
「どうなんだろな？
その老夫婦が、あまり言葉を話せなかったとか？」
「そんな事があり得るのか？」
それは予想外の事だった。
上手く喋れないとかじゃなくて、そもそもが言葉を理解して無いとは。
老夫婦というのが、どの様な育て方をしていたのか…。
彼等が亡くなった今、それを知る事も叶わない。
「こりゃあ責任重大だぞ」
「え？」
「お前がしっかり、言葉を教えてやらなきゃな」
「ボクが？」
「ああ」
「ふみゅう？」
「なあに
フィオーナと一緒に言葉を教えてあげればいい
どのみち一緒に育てるんだろ？」
「ああ
この子もウチの子として育てるって、父上は言っていた」
「なら
フィオーナと一緒に勉強すればいい」
「それはそうなんだが…」
フィオーナもまだ、言葉を上手く話せない。
セリアも一緒に、言葉を教えれば良いのだろう。
だが、言葉を知らないというのは、一体どういう事なのだろう。
ギルバートは不安になって、首を傾げているセリアを抱きしめる。
それから可哀想にと、優しく背中を撫でてあげた。
「しかし…
一体どんな育て方を…」
「さあな
そればっかりは、この子を育てた人にしか分からないだろ」
「そうだな…」
「それにしても
ギルがこんなに女の子に夢中になるとはな」
「え？
ち、違うぞ！」
「はははは
照れるな」
「この子は…
大事な妹だ！」
「そうか？」
「アーネスト！」
ギルバートはアーネストを、ジト目で睨み付ける。
「あいあん
おあい」
「あ、ごめんよ…」
「はははは
それにしては、フィオーナより可愛がっているな」
「そ、そんな事はない」
「どうだかな…」
アーネストはニヤニヤにやけながら、ギルバートを見ている。
ギルバートは何故か、恥ずかしくなって顔を赤くする。
しかしその事が、余計に揶揄われる原因になっていた。
「まあそれだけ可愛ければ、夢中になるのはわかるがな」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味さ
フィオーナとはまた違った、愛らしい女の子になるだろうな」
ギルバートはそれを聞いて、今度は侮蔑の視線を向ける。
セリアを後ろに庇って、アーネストから隠す様にする。
「駄目だぞ」
「オイオイ！
それは違うだろう」
「セリア
あの不審者に要注意だぞ」
「あい」
「はあ…
何が不審者だよ」
「セリアをそんな目で…」
「見てないって」
「どうだか？」
「それに世話を手伝えと言ったのは、お前だろう？」
「妹を守る為なら…
ボクは親友でも倒す」
「おい！
…妹馬鹿か？」
居心地悪そうに立ち上がると、アーネストは肩を竦めて部屋を出る。
「あ！
おい！
冗談だって」
ギルバートが後ろから声を掛けるが、アーネストは黙って手を振って部屋から出て行った。
「おいいあん？」
セリアが不安そうに見上げるので、ギルバートは再び頭を撫でてあげた。
そうして暫くセリアを抱っこして、ギルバートはベットに腰掛けていた。
暫くすると、アーネストが数冊の本を抱えて部屋に戻ってきた。
「不貞腐れたんじゃ無いのか？」
「違うよ」
「やはりセリアを…」
「しつこい」
「ははは
冗談だよ」
「全く…
ほら
こいつを使え」
ギルバートは、差し出された本を受け取った。
アーネストは残りの本を部屋の机の上に置くと、椅子を引いて来て近くに座る。
「何だ？
これ？」
「幼児向けの絵本だ」
「へえ…
こんな物もあったんだ」
「ああ
お前の母さんも、読み聞かせていた筈なんだが？」
「ああ
そういえばそうだな
しかしこんな装丁だったか？」
「良いから読んでやれ」
「うほん」
ギルバートは咳払いの真似をすると、本を開いてセリアの前で広げて見せる。
幼児向けと言うだけあって、可愛い挿絵と大きな文字が書かれている。
「へえ
綺麗だな…」
「ああ…
きゃはは」
セリアが可愛い挿絵を見て、興奮したのか嬉しそうに足をブラブラさせる。
「こら
足をブラブラしないの」
「おいいあん
こえ」
ギルバートはセリアが指差した物を、文字を指差してから言葉を読み上げる。
「これはね、お花
これで花って読むんだよ
は・な」
「はぁ・なぁ」
「そうそう、上手だね
は・な」
「は・な」
ギルバートはセリアに、文字と挿絵を交互に指差して、言葉を上手く喋れたら頭を撫でてあげた。
そうしてそのページにある単語を、繰り返してゆっくりと教えていく。
「じゃあ、次はこれだね
机
つ・く・え」
「ちゅ・く・ぅえ」
「うーん
ちょっと難しかったかな？
つ・く・え」
「ちゅ・く・え？」
「もう一度
つ・く・え」
「つ…く…え？」
「そうそう」
また頭を撫でてやる。
そうして読めたら、セリアの頭を優しく撫でる。
セリアは読めた事と、褒められた事で上機嫌になる。
足をばたばたさせて、彼女は喜んでいた。
「そうだ
こんな物、どこにあったんだ？」
書庫で見た覚えは無い。
そして母にもらった本の中には、こんな装丁の本は無い筈だった。
「ああ、それな」
アーネストは先ほどの本に集中していて、上の空で答える。
「ボクが作った」
「え？」
アーネストが顔を上げながら答える。
「さっきの魔法があっただろう
あれの練習に…
色々挿絵を集めてみたんだ」
「それにしては…
これは上手く出来ているよ」
「べ、別に、お前の妹の為に作ったんじゃないからな
練習の序でだ！」
「へえ…」
アーネストは顔を赤くして、そっぽを向いていた。
恐らくフィオーナの為に、作ってくれたのだろう。
アーネストはフィオーナを、大事にしてくれていた。
「ありがとな」
「ち、ちがうって」
「あいあおう」
「ん？」
セリアがギルバートの真似をする。
アーネストは思わず振り返り、ニコニコしている二人を見て照れてそっぽを向いた。
「ふん
いいからしっかりと教えてやれ
フィオーナに教える練習にもなる」
「ああ
頑張るよ」
「あい」
再び絵本に向き直ると、セリアに挿絵と文字を交互に指差す。
「これが、太陽
た・い・よ・う」
「あ・い・よ・う」
「うーん、違うよ
た・い・よ・う」
「…た…い・よ・う？」
「そうだよ
たいよう」
「たいよう」
少し時間が経つと、セリアはたどたどしく発音出来る様になっていた。
まだギルバートの後を追って、繰り返して発音する事しか出来ない。
それでも先ほどまでに比べれば、随分と進歩していた。
「大分慣れてきたな」
「うん
発音はまだたどたどしいけど、ゆっくり練習すれば大丈夫そうだよ」
「それじゃあ、これは全部やるから
セリアが一人でも読める様になったら、退屈もしないだろう」
「良いのか？」
「ああ
どうせ練習で作った物だ」
アーネストは言っていなかったが、他にももう少し大きい子供が読む、読み書きの本も作っていた。
いずれフィオーナが必要になった時に、渡そうと用意していた。
なんだかんだと、親友のギルバートには甘いのだ。
「妹達の勉強も重要だけど、お前の方は大丈夫なのか？」
「んん？」
「領主になる為の、領地経営やら税の計算やらだ」
「あー…
やらなきゃならないが、今は無理そうだな」
「何でだ？」
「魔物が居るからな」
「魔物か…」
アルバートに着いて行って、領地経営の勉強や税の計算の練習もしなければならない。
本来ならそろそろ、教える時期なのだが、魔物が現れてそれどころでは無かった。
街に危険が迫っている以上、先ずは魔物を討伐する事が先決だった。
魔物を討伐して、住民の安全を確保する、それは領主としては優先事項である。
その為にも、将軍を遠征に送り出したのだ。
しかし、思った以上に戦局は悪く、将軍も殉職してしまった。
王都へは使者を出して相談をしてはいるが、これからどうなるかはまだ決まっていない。
その為嫡男のギルバートは、遠征部隊から外されていた。
「父上も今は、魔物の事で手一杯だ」
「だろうな」
「それに領地経営の視察となると、街の外に出る必要もある」
「はあ…
外に出るのも一苦労だもんな」
「ああ」
ギルバートは肩を竦めると、セリアの方を向く。
「一応今の最重要役職は…
妹達の面倒を看る事らしい」
「ぷっ
お前らしいな」
「うるせえ」
「ううええ」
「あ！」
「ははは…」
「お前のせいで、セリアが変な言葉を覚えそうだ」
「すまんすまん」
「うあんうあん」
「…」
「…」
迂闊な事を言ってると、セリアが変な言葉を覚えそうだ。
アーネストはギルバートの両肩に手を置き、真剣な顔をして言った。
「今後は発言に気を付けよう
このままでは悪影響を与える」
「ああ
妹達が立派なレディーになる為には、ボク達が気を付けないとな」
「ふみゅう？」
この日二人は重要な決心をし、当のセリアは何も分からずに首を傾げていた。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。
