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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第一章 クリサリス聖教王国
32/190

第030話

魔物が去り、静かになった砦の中

残された者は、ある者は傷つき、またある者は友や同僚を失い悲嘆に暮れていた

その中に一人、憎悪と復讐の念に、身を焦がす者が居た


夜も更ける頃、ヘンディー寝台の上に身を起こす

彼は一人、天幕の中で呆然としていた

昨日までは同じ天幕の中に、鼾をかく隣人が居た

しかし今は、自分一人しか居ない

その静寂に耐えられず、ヘンディーは天幕から出た


「大隊長?」

「起きられたんですか?」


起きて来た大隊長を見つけて、兵士が慌てて敬礼をする。

その声を聞いて、部隊長のダナンが駆け寄って来た。

彼も大隊長の事を心配して、近場で待機していたのだ。


「もう…

 起きても大丈夫なんですか?」

「…すまない」

「騎士団から、大隊長は体調が優れないから休んでいるって聞いて…

 心配してましたよ」

「ああ…」

「本当に大丈夫ですか?」

「…」

「おい!

 残してあったスープを持って来い」

「はい」

「それとパンや干し肉もだ」

「はい」


ダナンは部下に命じて、スープとパンを持って来させる。


「どうぞ

 と言っても、簡単なスープぐらいしかありませんが…」

「すまない

 今は食欲が無い…」

「ダメですよ

 今大隊長が倒れたら、どうするんです?」

「すまない…」

「だったら…」

「どうだ?

 大隊長が起きたって…」


食事を取りたがらない大隊長に、ダナンは無理にでも勧めようとする。

そこに心配したエリックも、様子を見にやって来た。

ダナンは寂しそうに笑うと、首を振って応えた。

そんなダナンの肩を叩き、エリックがヘンディーに近付く。


「大隊長

 将軍の墓は作りました」

「っ!」


エリックの言葉に反応し、大隊長は鋭く睨みつける。


「ば、馬鹿!

 今そんな事を…」

「大隊長

 死んだ者は生き返りません」

「…ってる…」


「将軍は何か仰ってましたよね?」

「分かってる…」


「悲しんでる暇は…

 ありませんぜ」

「分かってるんだよ!」

「いいや!

 分かってない!」


大声で怒鳴る大隊長に、普段は温厚なエリックが怒鳴り返す。

しかも相手は、階級が上の大隊長だ。

その大声に驚き、周りの者も起き出した。


「ヘンディー!

 あんたは何だ?」

「貴様…」

「あんたは大隊長で、オレ達の上司だろうが!」

「分かっている!」

「いいや、分かっていない」

「何?」


エリックはヘンディーの胸倉を掴むと、顔を近づけて威嚇する。

しかしエリックの方が背が低く、身体も一回り小さい。

傍から見れば、どっちが胸倉を掴んでいるか勘違いしそうな光景だった。


「あんたは将軍が大好きで、師匠である将軍の死は…

 辛いんだろう」

「そうだ

 まだ夢に…

 眠ったら出てくるんだ」

「だから!

 だったら!

 だったら何で!

 自分が死んだら、部下が悲しむとか考えねえんだ!」

「え…」

ここでエリックの怒声を聞いて、兵士達が天幕の周りに集まる。

ダナンが兵士達の前に出て、何とか収めようと懸命になる。


「何だ、何だ?」

「魔物が出たのか?」

「すまない

 今は静観してくれ」

「どうしたんだ?」

「あれ?

 エリック隊長?」

「エリック隊長が、叱られてんのか?」

「いや

 さっきのは隊長の声だろ?」

「しかし大隊長に掴まれてんのは、エリック隊長の方だろ?」

「ああ…

 早くどうにかしてくれよ…」


大きな怒声が聞こえて、魔物が出て来たかと思えば、大隊長と部下が言い争いをしている。

それも普段は温厚で物静かな方のエリックとだ。

しかも大隊長が詰め寄っていると思っていたが、よく見るとエリックが掴み掛かっている。

それは非常に奇異で、滑稽な光景だった。

一回りも小さいエリックが、大柄な大隊長に掴み掛かっている。

だから掴み掛かっていると言うより、一生懸命に見上げている様にも見えた。


「あんたも将軍も勝手だよ!

 死んで遺される奴の事も考えろよ!」

「…」

「ジョンやアレンの奴を見ろよ

 ロンが死んだせいで、どれだけ悲しんで…

 どれだけ苦しんでるか!」

「っ、くうっ…」

「それに

 それに、ジョンの奴

 おかしくなっちまって…」

「すまない…」

「はあ、はあ…」


吐き出したい気持ちをすっかり吐き出したのか、エリックは肩で息をしながら黙り込む。

騒ぎを聞きつけて、寝ていた者まで起きて来てしまっていた。

ダナンが大した事じゃないから大丈夫だと、彼等を追い返そうとする。

しかし兵士達は、心配して彼等を見守っていた。

辺りは再び、静寂に包まれていた。


パチッ!


野営地に、焚火の爆ぜる音が響く。

それは静まり返った、野営地に響いていた。


「大隊長

 あんたが死んだら、この軍が混乱するのもあるが…

 何よりも怖いのは、あんたを慕ってる者達が…

 まだこんなに沢山居るって事だ」

「…」


エリックが両手を広げ、野営地中を示す。

そこには心配した兵士達が、この一幕を見守っている。


「あんたが悲しんでる様に、オレ達全員が悲しむんだ

 それだけは…

 忘れないでくれ…」

「エリック…」

「ふん

 くそっ…」


熱く語っていたのを照れたのか、エリックは後ろを向いて頭を掻いていた。

そこへスープを手にしながら、ダナンが近付いて来た。

彼は二人を取りなす様に、大隊長にスープを手渡した。


「そうですよ

 あのエリックが、大隊長に怒鳴りつけてるんですよ?」

「ちょっ!」

「本来なら懲罰ものなのに、ここまでしてるんですよ?」

「おま!」

「いつまで下を向いてるんですか?」

「…」

「大隊長?」

「すまない…

 ありがとう」


大隊長は不意にスープを飲み干すと、その器をダナンに返した。

そして二人を見て、それから野営地を見回す。


「うおおおおおお!」

「ちょ?」

「大隊長?」


ヘンディーは大声を出すと、スッキリした表情に戻った。

その大声に、少し離れた場所の騎士達も起きだした。


「何事だ?」

「魔物が出たのか?」

「あ…」

「ははは…」

「大丈夫です」

「ゆっくり休んでください」

「え?

 しかし…」

「大丈夫なんで」

「そうですよ」

「しかし、今の声は?」

「まあ、まあ」

「明日になれば分かります」

「そ、そうか?」

「ううむ…」


騎士達は兵士に押し留められ、そのまま天幕に戻る。

納得出来ていないのか、首を傾げながら天幕に入って行った。


「そうだな

 ここで死んでたまるか」

「ええ」

「そうですよ」


二人は大隊長を見詰めて、頷いていた。


「必ず…

 必ず生きてお前らを…

 みなをダーナへ連れて帰るぞ」

「はい」

「ええ」


大隊長は剣を引き抜くと、正面に構えて『兵士の宣誓』をする。

これは領主や国王に、兵士として勇敢に戦うという誓いの儀式だ。

それを夜空に向かって、亡くなった将軍に向けて行う。


将軍

オレはあんたの遺志を継いで、こいつらを守ってみせる

必ずだ!

だから安心して、見守っててくれ…


そう心の中で誓うと、心なしか気分が軽くなった様な気がした。

彼が剣を仕舞う時に、微かに声が聞こえた様な気がした。

それはあのガサツな、老人の声だった様な気がする。


やっと言えたか…

心配掛けよって


うるせえよ

くそ爺


ヘンディーは苦笑いを浮かべて、気持ちを切り替えた。

ここで悲しんでいても、あの人はもう帰って来ない。

今度は自分が、あの人の分も頑張る番なのだ。


「それでこそヘンディー大隊長」

「これで怖い物無しだ」

「そう…だな」


大隊長は仕舞った剣の柄に手を置きながら、二人を見て続ける。


「それに無事に帰らないと、生意気な部下を折檻出来ないからな」


ヘンディーはそう言って、エリックの方を見る。

その意味に気が付き、ダナンが吹き出している。


「え?」

「ぷふう」

「明日はしっかり働いてもらうぞ

 それだけの事を言ったんだからな」

「そ、そんな…」

「くっくっくっ…」


大隊長は澄まして告げて、エリックはガックリと項垂れる。

それを見て、ダナンは笑いを必死に堪えていた。

兵士達もその光景を見て、安堵の溜息を吐いていた。

そして隊長の様子を見て、吹き出す者も居た。


そこから少し離れた場所で、もう一人この様子を見守っている者が居た。

先の騒ぎで目が覚めたギルバートは、テントの中から3人の会話を聞いていた。

そして大隊長の苦しみを知り、苦しそうに胸を掴んでいた。


彼も将軍と大隊長が、親子の様に仲が良いのは知っていた。

そして父の様に慕う将軍を失って、大隊長が深く沈んでいたのも見ていた。

それなのにこうして、部下の二人が励まし、強い決意を持って大隊長は立ち上がった。

少年はその光景に、感動していた。

我知らずに涙が、頬を伝っていた。


そうしてひとしきり感動していると、気が付けば背後にエドワード隊長が立って居た。

一緒の天幕に居たので、彼も騒ぎに気が付いたのだろう。

しかしエドワードは、声で誰か気が付いていた。

それで無粋な邪魔をしない様に、ここで事態の推移を見守っていたのだ。


「ふむ

 どうやら立ち直ったようですね」

「隊長?」

「あのままへこたれていたら、明日にでも叩き直してやろうと思っていましたよ」

「ヒィッ」


隊長はにこやかな笑顔を浮かべていたが、その眼は笑っていなかった。


「そ、それは…」

「なあに

 根性を叩き直すだけです」

「ははは…」

「ところで、ギルバート君

 子供はもう、寝る時間ですよ?」

ニコリ!

「はいい!」


隊長の笑顔を向けられ、ギルバートは寝床へ飛び込んだ。

あんな恐ろしい笑顔を見れば、逆らえ無いだろう。

ギルバートは隊長が、大隊長を叩き直さない様に祈りながら目を瞑る。

そうして気が付けば、スヤスヤと安らかな寝息を立てていた。

先の恐ろしい光景を、すっかりと忘れて。


ヘンディーは焚火の前に腰を下ろすと、現在の被害状況を聞いていた。

そして明日の予定を、部隊長達に相談する。

魔物の遺骸は半分以上処分したが、兵士の遺体はまだまだ焼却できていない。

このままでは明日でも処理出来そうにないだろう。


「もう2日、いや3日は掛かるか?」

「せめて2日は欲しいです」

「物資の補充が出来ない

 それも含めて3日は必要でしょう」

「また森へ採りに行かせますか?」

「そうだな…」


「それに

 3日あれば、軽傷の者も回復出来ると思います」

「うむ

 手当の必要な者も多いだろう」

「ええ

 ポーションはもうありません」

「後は薬草で…

 それも足りていませんが」

「そうですねえ

 少しでも負傷者が少ない方が、追撃を振り払えます」

「死者も多く出たからな

 人手は足りない

 負傷者を乗せる様な馬車も無い」

「集落も襲われてますからね

 馬車どころか、荷車もありませんでしょう」

「ああ

 この先の集落も、恐らく駄目だろうな」

「そうですね

 下手に覗くと小鬼が出て来るかも知れませんし

 このまま街まで、引き返すしかないでしょう」

「そうだなあ」


もう2、3日、この場で死体の処理をして、それから街へ戻る事で指針は決まった。

大体の行程は、先にエドワード隊長が決めてくれていた。

後は魔物に注意しながら、作業をするだけだ。


「おおよその予定は、エドワード隊長が…」

「ああ

 彼には世話になったな」

「後でお礼を言いませんと」

「ああ」

「それではこれから、交代で休んできます」

「大隊長もしっかり休んでくださいよ」

「ああ

 本当にすまなかったな」


大隊長は再び、天幕へと向かった。

昼間にあれだけ眠ろうとしたのに、悪夢に(うな)されて無理だった。

このまま起きていようかとも思っていたが、今度は悪夢を見る事は無かった。

それで昼に眠れなかった分、彼はぐっすりと眠る事が出来た。


大隊長が眠った後も、魔物は散発的にしか現れなかった。

それも野営地から、少し離れた場所から見ているだけだった。

彼等が攻め込まないので、野営地には騒ぎが起こる事は無かった。

こうして再び、無事に朝を迎える事が出来た。

一人の異変を除いては…。


負傷者の中でも、軽い切り傷や打撲を受けた者は復帰する事が出来た。

また重傷者も、薬草で手当てを受けていた。

包帯に薬草を擂り込み、巻き直して縛る。

これで少しずつだが、傷を癒やす事が出来ていた。


死体の処理は、大隊長の予想通り、3日目の昼過ぎまで掛かっていた。

やはり魔物の遺骸は早めに処理出来たが、兵士の死体が多かった。

それに死傷者が多かったので、兵士の数が減って、作業が難航していたのだ。


そうこうする内に、野営地に騒ぎが起こった。

それは3日目の朝、拘束されたジョンの居たテントで起こっていた。

拘束されていたジョンが、縄を切って逃げ出していたのだ。

それも見張りの兵士を、殺して逃走していた。


「大隊長には黙っていましたが、ジョンの奴…

 様子がおかしかったんです」

「見張りの兵士や世話をしてる兵士に向けて、お前等は魔物の仲間だとか…」

「殺してやるとか言ってたみたいです…」

「食事も毒を入れているんだろうとか言って…

 水も飲もうとしませんでした」

「そうか…」


「しかし…

 水も飲まなかったんだろ?」

「ええ」

「衰弱してた筈なのに、どうやって…」

「それに武器は?

 どうやって手に入れた?」

「そうなんですよ」

「殺された者の、武器を奪ったんでしょうか?」

「いや

 それならそもそも、この縄をどうやって切ったんだ?」

「ですよね…」


縄は引き千切ったりしていなくて、何か鋭い物で切ってあった。

そうなれば、この縄を切った者が居る筈だ。


誰か協力者が居たのか?


彼の姿は忽然と消えていた。

しかし一緒に逃げ出した、兵士がいるとは思えない。

点呼を取ったが、兵士の数は減っていない。

そうなれば、協力者はまだこの中に居る事になる。

それだけは、考えたくない事であった。


殺された者は、後ろから一撃で切り殺されていた。

入り口から外を、見張っていたのだろう。

天幕の中から、いきなり斬り付けられたと推測される。

彼は仲間を呼ぶ事も出来ず、一撃で絶命していた。


「衰弱した者が、この様な一撃を?」

「しかし協力者がいたのなら、外からだろう?」

「ええ

 天幕には、切り裂かれた跡もありません」

「そうなれば、外から救出に来た事になるだろう?

 まさか正面から入って、それから背後から切れるか?」

「いいえ

 警戒するでしょう」

「ですね

 まさか油断したとは…」

「ううむ…」


現場の状況からは、ジョンが自力で逃げたとしか思えない。

しかし肝心の凶器が、どうやって齎されたかが分からない。

そしてジョンが、何処に行ったかも分からなかった。

砦の周りも捜索したが、その姿は忽然と消えていたのだ。


ジョンの姿は見つからず、捜索は午後をもって打ち切られた。

これにより、出立の時刻が遅れてしまった。

今日の出立は無理となり、明日の朝の出立と変更になる。

そして負傷者の運ぶ方法も、その間に検討される事になった。

基本は背中に背負って、馬に乗って運ぶ事になるだろう。

そして背負われるのが難しい場合は、縄で背中に括り付けられる事になった。


準備が整うと、彼等はいよいよ砦を出発する。

それは危険で、辛い撤退となるだろう。


幸いな事に、魔物が群れを成して現れる事は無かった。

出て来ても数匹程度で、すぐには襲って来なかった。

彼等は距離を取って、こちらの様子を窺っていた。

偶に向かって来る者もいたが、それも2、3匹程度であった。

これぐらいの数なら、死線を潜って来た兵士にとっては大した事ではない。

すぐさま数人で囲み、怪我も無く倒していた。


「最初は魔物を恐れて腰が引けていたのに…

 今では十分に戦えていますね」

「これなら、集落を奪還しても良かったのでは?」

「いや

 今さらだろう?」


しかし大隊長は、これ以上危険を冒して戦う事は出来ないと判断していた。

最初の行軍の頃と比べると、格段に腕は上がっているだろう。

度胸も付いて、魔物と正面から戦えるかも知れない。

それでも人数が、3分の2にまで減っているのだ。

いや、怪我人を庇ってなので、半数しか戦えないと考えた方が良いだろう。

それで何かあってからでは遅いのだ。

集落を目指すには、一度街まで戻って態勢を整える必要があるだろう。

生き残った魔物の追討もしたかったが、それも補充をしてからだ。


季節は冬を目前にしている。

温暖な地方ではあるが、海風は凍える様に冷たい。

竜の背骨山脈から吹き降ろす風も、凍える様な雪を含んだ風に変わる。

このノルドの森にまで、雪が積もってしまう。

次に遠征を行うなら、恐らくは年が明けてからになるだろう。

春になって雪解けを待ち、それからの遠征となる筈だ。


それまでに、魔物が異常に増えなければ良いのだが…


それだけが、心配な要素である。

大隊長もその事には、言い様のない不安を感じていた。

伝承通りなら、それほどの繁殖能力がある事になる。

そうならない事を、女神様に祈るしか無いだろう。


そした、もう一つの懸念事項は、行方不明になっているジョンの事だ。

あの後も聞いて回ったが、ジョンが逃げたのを見た者は居なかった。

どうやって逃げ出したのかも、依然として不明であった。

ジョンに切られた見張りが、見付かるまで発覚しなかったのだ。


部下達の中に、裏切り者が居る可能性は捨てきれない。

はたまた自分達が知らない、何者かが野営地に忍び込んだ可能性もある。

あの時は人手不足で、ジョンの天幕は一人しか見張っていなかった。

その事が、今では悔やまれる。

しかし今さら悔やんでも、もう遅いのだ。

部下は殺され、まんまと逃げられてしまった。

それに分からない事だらけで、迂闊な推測も出来ないのだ。


それから4日を掛けて、彼等は街に向けて行軍する。

兵士達の足取りは重く、また襲撃を警戒していた。

それで行軍の足取りは、自然と遅くなっていた。

しかし遠征軍は、魔物の襲撃もほとんど受けず、無事にダーナの街が見える場所まで戻って来た。


「戻って来た…」

「帰ってきたんだなあ…」

「ああ、そうだ」

「遂に帰って来たんだ」


感慨も一入(ひとしお)、彼等は遠くに見える街を見詰める。


「先ずは領主様に、ご報告ですね」

「ああ」


遠征自体は、失敗であった。

目標の砦は奪還出来たが、そこを拠点とする事は不可能であった。

人数、装備、準備、資材と全てが足りていなかった。


また魔物の一部は倒せたものの、逃げられた魔物も多く、後どれぐらい居るかも判明していない。

それに資料の信憑性は兎も角、小鬼が増えるという事は間違い無かった。

次に遠征軍が向かう時に、どれほどの規模になっているかは不明だった。


その他にも将軍の殉職や、部隊長のジョンの失踪等、報告する事が沢山ある。

街に帰れたのは嬉しいが、報告を考えると憂鬱になっていた。

街に戻る足取りも、自然と重くなっていた。


「はあ…

 兎に角

 今は無事に帰れた事を喜ぶべきか」

「そう…

 ですね」

「はあ…

 ジョン隊長…」

「ジョン…

 あいつは何処に…」

「今は無理だ

 捜索しようにも、魔物が多い

 それにあいつは…」


ジョンは魔物を追って、砦から姿を眩ませていた。

彼が魔物を追って、何処に行ったのかは分からない。

ひょっとして、魔物に襲われて死んでいるかも知れない。

しかしそれを調べようにも、魔物が危険で無理であった。

今は先ずは、街に戻る事が重要である。

そして春を待って、再び遠征するしか無かった。

その時に、ジョンの足取りも分かるかも知れない。


大隊長を先頭に、一行は街へと向かって進んで行く。

久しぶりのダーナは懐かしく、家族の元へ帰れるとみなが喜んでいた。


魔物は依然として、街の近くにも現れている。

偵察であろう魔物の、姿が森の中に見える。

しかし街の正門には、見張りの兵士しか居なかった。

帰って来た兵士を迎える家族も、遠征の成果を聞こうと詰め掛ける住民も居ない。

帰還した遠征軍は、街の異変を感じ始めていた。

まだまだ続きます。

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