第029話
遂に遠征軍は、目標であった砦を奪還した
しかし彼等が払った犠牲は、あまりに大きかった
そして魔物の大半は逃げ延び、脅威は未だに去ってはいなかった
累々と横たわる、死体の山
大半は魔物の死体だが、兵士や騎士達の死体も混ざっていた
この戦いで死んだのは、一般の兵士や騎士ばかりであった
隊長格の死者は、将軍ただ一人であった
将軍はその身を持って、約束通りに犠牲を最小限にしていた
「将軍…」
ヘンディーは呟くと、その遺体を見詰めていた。
目を閉じると、あの豪快な笑い声が聞こえて来そうだ。
ほんの半日前まで、彼は隣で笑っていた。
だのにもう、その声も聞く事が出来ない。
師匠…
本当にやり遂げやがった
それもご丁寧に、その身をもって…
こんな戦い、あんたにしか出来ないだろうぜ
そうだろう?
ガハハハ
そんな笑い声が、聞こえて来そうな気がする。
しかし感傷に浸るのは、まだ早かった。
ボスをやられたとはいえ、魔物はまだ健在なのだ。
いつ報復の為に、引き返して来るか分からない。
ヘンディーは砦の中を、指示を出しながら見回る。
師匠である将軍の、最期を見届けた。
覚悟をしていたつもりであったが、心にはポッカリと、穴が空いた様な気分だった。
魔物の居なくなった砦の探索と、怪我人の手当てを兵士に命令する。
しかし心は、どこか夢の中にでも居る様で実感が湧かなかった。
オレは…
何をしてたんだ?
ああ、そうだ
戦後の処理だな
「ヘンディー殿
砦の中は比較的綺麗だったぞ」
「中央の広場では死体を処理した様な跡はあったものの、建物の中は血痕だけであった
腐敗物や排泄物も無い」
「ああ」
「どうやら魔物の隊長は、綺麗好きみたいだな」
「そうだな」
「これなら休息を取るぐらいは、問題は無さそうだ」
「ああ」
「兵舎や宿舎は大分痛んでいたが、仮宿舎はほとんど侵入された形跡は無い」
「魔物の大半は、砦の外で生活してた様だな」
「そうですか」
ここは…どこだ?
何でオレはここに居るんだ?
「ヘンディー殿?」
「ヘンディー?」
騎士達は大隊長の様子を見て、心配して肩を揺すってみる。
それで大隊長の意識は、現実に向けて戻って来る。
「大丈夫か?」
「ああ」
「しっかりしてくれ
お前しか居ないんだ…」
「止せよ
彼も将軍の死は、ショックなんだから」
「だけどよう…」
「…」
「事務的な処理なら、オーウェンでも出来るだろう?」
「おい
私を引き合いに出すなよ」
「しかしな
これじゃあ…」
「だが、決定権は指揮官にある
そして指揮官は、今はヘンディーなんだ」
副隊長のオーウェンは、普段から事務的な仕事をこなしている。
だから主だった処理は、彼の主導で行われていた。
しかしオーウェンでは、決定権は無かった。
全体の指揮を執るのは、指揮官であるヘンディーの仕事なのだ。
オレは…
オレは何をしてるんだ?
そうだよ
師匠は死んだんだ
何をしてるんだ
しっかりしろよ
ヘンディーは正気を取り戻すと、すぐさま必要な事を思い出す。
師匠である将軍から、常々言われていた事だ。
事が終わったなら、先ずは労いの言葉を掛けろ。
それから生き残った者達に、何をすべきか明確に指示しろと…。
「すまない
みんなも大変だったのに」
「へ?」
「え、ああ…」
「うむ」
「すぐに主だった者を集めてくれ
その際に被害状況も確認して欲しい」
「あ、ああ」
ヘンディーの目に、急速に意識が戻って来る。
そうして正気を取り戻すと、彼は的確な指示を出し始めた。
それに騎士達は面食らったが、素直に指示を聞く。
最早指揮を出来る者が、彼しか居ないのだから。
正確には騎士団と、守備隊は別物である。
その創設目的も違うし、普段の仕事内容も違っている。
それに階級としては、大隊長と騎士団隊長は同等である。
だから騎士団は、本来ならば大隊長の指示を聞く必要は無かった。
しかし、士団の隊長達は、少数の指揮は執った事はあるが、大人数の指揮は不慣れである。
騎士の部隊数は、兵士と違って12名と少ないのだ。
その人数でありながら、一人一人が精鋭の兵士と同等の能力を有する。
だからこそ騎士は、国境の様な要所を守っている。
しかし戦場では、指揮を執る側の者では無かった。
普段から将軍が、指揮を執っていた事もあった。
自然とワンマンになっており、その代償がここにきて出てしまった訳だ。
隊長だけでは、全軍の指揮をする様な自信は無かった。
将軍は一応ではあるが、何かあった時の指示は出してあった。
しかし隊長では、軍勢を動かすには不安があったのだろう。
細かい指示は与えていたが、軍の指針は大隊長に仰ぐ様に指示していた。
だから隊長達は、格下のヘンディーに指示を求めていた。
「ヘンディー殿…
その…
大丈夫ですか?」
「ああ
大丈夫かそうでないかと言えば…
正直、大丈夫では無い」
「それは…」
「しかし、な
ここで投げ出したりはしない
安心してくれ」
「だが…」
「師匠の命令だ」
「…」
「ははは
それにな、戦場の指揮も教わっている
戦後処理はするし、帰るまでは暫定であるが指揮は執る」
「良いのか?」
「ああ」
本音を言えば、ヘンディーだって泣きたかった。
くそ爺とか言ってはいたが、尊敬する師でもあった。
そして内心では、父の様にも感じていた。
そんな師を失って、冷静で居る事の方が難しいだろう。
しかしそんな師が、最期に任せると遺したのだ。
弟子としては、ここが頑張るべき時であろう。
「それが将軍の…
あのくそ爺の遺言だからな」
「くそ爺…」
「ぷっ、くく…」
「だよな…
くはっ…」
「分かった
任せるよ」
周りの騎士達は、思わず吹き出しそうになる。
さすがにガストンの愛弟子である。
口の悪さも師匠譲りであると、感じていた。
それで騎士達も、緊張感が解れていた。
ヘンディーらしい、いや将軍らしい、部下達を労わるやり方だった。
そんなヘンディー大隊長の様子を、心配そうに見ている者が居た。
元東部将軍を務めていた、エドワード隊長だった。
彼も将軍の経験があったから、ヘンディーの代わりを務めても良かった。
しかし彼は、現役を離れてから久しく時が経っていた。
現在の大隊長の状況を考えて、彼は隊長の職務だけをこなしていた。
部下には指揮を出してはいるが、全軍の指揮に関しては大隊長に委任する事にしていた。
老兵は出しゃばるべきではないと、彼は判断していた。
そもそもエドワードの事を、知る者は少なかった。
だからエドワードに、意見を求める者も居なかった。
彼の力量を知れば、そんな事も無かっただろうが…。
知る者が居ないので、それも仕方が無かったのだろう。
エドワードは大隊長の方を、心配してチラチラと見ていた。
しかし持ち直したのを見て、内心はホッとしていた。
彼もこれからは、若い者達が指揮すべきだと考えていた。
だからガレオン将軍と同じ様に、ヘンディーに全てを任せたかったのだ。
大隊長は…
持ち直した様ですね
良かった
若い内の苦労は、きっと彼の良き経験になる筈です
しかし、ガレオン…
ワタシより先に逝くとは…
エドワード隊長は、ガレオン将軍を良き指導者だと考えていた。
あのまま現役であれば、良きライバルであっただろうとも思っていた。
そんな彼の死に、エドワードも少なからず動揺していた。
先に逝った事を、あの様な戦いで逝けた事を、羨ましく思ってもいた。
ワタシも出来得るなら…
いや、まだですね
後進を育てなければ
その思いが、彼を突き動かしていた。
そうでも無ければ、彼もショックを受けて放心していただろう。
隊長は死体の処分と魔物の遺骸の処理を的確に指示し、遺族に分かる様に書類を添えて遺品を仕舞わせた。
「こちらがダストンの遺品です…」
「では、これに彼の名前と、遺品の目録を記載して…
ああ、彼の親族に知り合いは居ますか?」
「はい
オレが会った事があるので…
出来れば挨拶に伺わせてください」
「ふむ
それならば君が、帰ったら挨拶に行くという事で…
ああ、他に知り合いが居たら、その人の名前も一応書いておいて」
「はい」
隊長は死者の確認と、その遺品の整理をしていた。
遺体はここで、焼いて埋められる事になる。
それは騎士も兵士も、同じ扱いになる。
下手に死体を運ぼうとすれば、それは亡者になってしまう。
だから将軍の遺体も、この場で焼かれる事になる。
遺族の元に戻るのは、遺髪と身の回りの品だけになる。
それだって、少量の遺品となる。
鎧や剣に関しては、そのまま遺骨と共に埋められる。
持って帰るには、嵩張ってしまうからだ。
「入り口の遺骸は運び終わりました
次はどこの遺骸を集めますか?」
「うーん
先ずは北側からにしますかね
野犬とか、血の匂いに誘われて来そうですから」
「はい
では人を集めて当たります」
「うん
任せましたよ」
指示が一段落して、再び大隊長の方を見る。
大隊長は騎士達に、今後の方針を伝えていた。
先ずは遺体の処理と、生き残った者達の手当てを指示する。
遺体の処理に関しては、既にエドワードが指示を出している。
他の部隊長もそれを見て、各自で指示を出していた。
後は騎士団の、遺品や遺体の処理が残されていた。
ヘンディーは騎士団に、それらの処理を指示する。
それから騎士団の、怪我人の状態を確認する。
これなら大丈夫そうですかね
心配し過ぎとは、ワタシも歳ですかねえ
エドワード隊長は、肩を竦めて立ち上がった。
肩を上げた時に、一瞬だが激痛が走る。
こうして何気無い事で、痛みが走る事がある。
これがエドワードが、現役を退こうと考えた原因だった。
これさえ無ければ、まだまだ頑張れたと思っていた。
彼は砦の中に出ると、別の指示を出しに歩き出す。
遠征軍の死者は、騎士団が十数名、騎兵部隊は40名近くが亡くなっていた。
歩兵も半数近くの、50名以上が亡くなっていた。
唯一弓部隊だけが、少数の怪我人だけで済んでいた。
それでもそこまで、魔物は食い込んで来ていたのだ。
あのまま戦闘が続けば、もっと犠牲が出ていただろう。
ガレオン将軍は、そうした犠牲を最小限にする為に、自らが一騎打ちを挑んだのだ。
今の遠征軍は、全軍の2割を失っている。
これに怪我人を加えると、全軍の3分の1が戦闘不能になっていた。
このままでは、追撃は難しいだろう。
「どう致します?」
「これでは追撃も探索も厳しいな」
「ですよね」
「騎士団だけでも…」
「いや
それは危険だ
そもそも人数が…」
「危険は承知だ
しかし領主様からの命令は…」
「それは全軍が、機能している前提だろ?
師匠を…
将軍を失った今では…」
「何を弱気な
あなたが指揮を執って、追撃をすべきでしょう」
「はあ…
今は退くべきだ」
大隊長は、溜息混じりに呟いた。
当初の予定では、砦を奪還してから、そこを拠点にして周囲を探索する。
それから魔物を、討伐していく予定であった。
しかし第1砦からして、使用出来そうもない状態である。
それにここも、あまり良い状態では無かった。
確かに報告では、休息を取れそうな建物は残されている。
しかし衛生面を考えると、負傷した兵士を休ませるには向いてないと思われる。
ここに住み着いた魔物は、他の魔物より統制はとれていた。
だから建物内で排泄したり、汚物が散らかってはいない。
しかしそれと魔物が、清潔か否かは別問題だ。
下手したら健康な者でも、病気に罹る恐れがあった。
「やはり建物の中で休ませるのは…
不安だ
魔物がどんな病気を持っているか、分からないからな」
「そうですか…」
「負傷兵は、天幕に清潔な布を敷いて
怪我の軽い者は、普通の天幕で大丈夫だろう」
「重傷者だけでも50人は居ますから
軽傷者も居ますし、この先の事を考えたら…」
「ポーションの数だけでも足りませんよ?」
「薬草だって足りません」
「先日集めたのも、枯渇しそうです」
「だろうな」
折角集めた薬草も、怪我人に使って残りは少ない。
このまま戦えば、さらに怪我人が増えて足りなくなるだろう。
ポーションですら、すでに枯渇している。
補給を受けなければ、このまま進む事は出来なかった。
気持ちだけでは、戦う事は出来ないのだ。
「戦える者も少ない
物資も不足している」
「ですから引き返して…」
「そうはいかんだろう?
領主様の命令は…」
「それに、先の魔物が報復に来たら?
今の人数では、勝てないのでは?」
「むう…」
「来るなら蹴散らせば…」
「誰が戦うんです?」
「怪我人が少ない部隊を…」
「いや
それは大丈夫だろう」
「大丈夫?」
「それはどうして?」
「そうですぞ
安易な気休めの言葉は…」
「そうじゃあ無い
それに今は…」
大隊長は、恐らく魔物は報復には来れないだろうと思っていた。
こちらがワンマンであった同様に、向こうもあのボスの魔物が指揮していた筈だ。
それならば指導者を失った今、軍としては瓦解しているだろう。
側近の魔物が生き残っていても、まともな指揮は執れていない筈だ。
事実あの時、魔物の群れは逃げ出していた。
こちらに報復に来るにしても、態勢を整えてからになるだろう。
問題があるとしたら、他の集落等に集まった魔物だろう。
あれが本隊と、繋がりがあるのか?
それとも無関係の群れなのか?
それ次第で状況が、大きく変わるだろう。
「今は休息が必要だ
怪我人の治療も含めてな」
「はい」
「しかし大丈夫なんですか?」
「ああ
すぐには襲撃は無いだろう
あっても少数の散発的な物だ」
「そうでしょうか?」
「ああ
だから警戒だけは、忘れずにしておけ」
「はい」
それからヘンディーは、肩をゴキゴキと鳴らす。
あれから彼は、休まずに動き回っていた。
このままでは、冷静な判断は出来ないだろう。
少しは眠らなければ、先にこちらが参ってしまう。
「オレも少し…
横になってくる
何かあったら呼んでくれ」
「はい」
大隊長はフラフラと、休息用に用意された天幕に向かった。
それを心配そうに暫く見詰めて、騎士団達も各々の仕事に戻った。
大隊長の様子は心配だが、少しでも眠れれば気分ももち直せるだろう。
何よりも彼等も、交代で休む必要があった。
彼等のほとんどが、ヘンディーと一緒に動き回っていたからだ。
大隊長は、何とか眠ろうとしていた。
頭が痛み、何も考えられずボーっとしている。
これから将軍の代わりに、陣頭指揮を執らなければならない。
その為にもここでしっかりと休んで、頭をすっきりしなければ。
それは彼自身が、頭では理解していた。
しかし思いとは裏腹に、瞼を閉じればあの光景が甦る。
将軍がこちらを見て、何事かを呟く。
不思議な事にその声は聞こえはしなかったが、彼の気持ちは伝わってきた。
『後は…
頼んだぞ』
そして将軍は魔物に突っ込み、肩から腹まで斧が切り裂く。
将軍は膝を着き、魔物がこちらを見てニヤリと笑う。
実際の光景は、その時に魔物も殺されていた。
驚愕の表情を浮かべて、自分の喉元の小剣を見詰めていた。
それで両者は、抱き合う様に崩れた。
しかし思い出す光景では、魔物は勝利を確信して、こちらを嘲笑う様に見ていた。
師匠!
ちくしょう!
ガバリと大隊長は、寝台の上に起き上がる。
心臓はバクバクと鼓動して、じっとりと汗をかいているのが分かる。
あの時魔物は倒されたのに、何故か生きている様な気がしていた。
そして再び、ダーナに向けて進軍して来る。
ダメだ!
寝ないと…
眠るんだ!
でなければ全軍の指揮を…
しかし横になると、再び将軍の最期が甦る。
その悪夢の様な光景が、彼を眠りから引き戻す。
これは戦場などで兵士が掛かる、PTSDと呼ばれる症状に似ている。
この世界には、その様な医学的な症例の報告例は無かったが…。
大事な師匠を目の前で失い、それが彼の心を壊していた。
眠れない…。
仕方が無いので、少しでも気が休まる様に横になる。
そして精神的疲労から、気が付けば彼は、浅い眠りに入り掛ける。
そして再び、悪夢で目覚めてしまう。
こうして繰り返し眠っては起きて、あまり気が休まらないままに夕方が近付いて来た。
こればっかりは、何かきっかけが必要だった。
心の整理が着いて、傷を克服するまでは、彼は何度でも悪夢を見るだろう。
この様子は、心配した騎士が覗きに来て目撃していた。
中には平然として指揮をして、眠りに行ったと非難している者も居た。
しかしこの光景を見たら、彼等はどう思うだろう?
大隊長は尊敬する師を失い、深く傷ついている。
彼は中傷している騎士を、怒鳴り付けたいと思っていた。
騎士はそっと天幕の入り口を閉めて、その外で見張りをする。
他にも心配して、様子を見に来た騎士達もいた。
彼は小声で、もう少し休ませてあげようと提案するのであった。
砦の入り口では、エドワード隊長が忙しく動いていた。
ヘンディー大隊長が休んだと聞いて、今は自分が代わりを務めるべきだと判断したのだ。
彼の心情を慮って、少しでも休ませようと買って出たのだ。
今は少しでも、彼の負担を減らすべきだった。
魔物の遺骸は今まで通り、纏めて焼いて、穴を掘って埋めていた。
しかし兵士の遺体は、そうはいかない。
一人ずつ死体を焼いて、砦の外ではなく、砦の中にきちんと埋葬される。
埋めた穴の上には石を置き、石の表面には名前を彫り刻んだ。
そうして簡素ではあるが墓を拵え、騎士団と兵士は区画を分けて作られていく。
その中には将軍の墓もあり、騎士団も手伝って大きな石が用意されていた。
「遺骨は…
持ち帰らなくてよかったんですか?」
「ええ」
「戦場に埋めてくれと、以前から仰っていましたから」
「それにここなら、寂しくないでしょう」
「そうですよ
部下も一緒にいますから」
「そうですか…」
大きな石を数人掛かりで運んできて、将軍の墓石として上に置く。
表面にはガレオンと彫られていた。
その周りには、亡くなった騎士達の墓が囲んでいる。
こうしておけば、彼等が将軍を守ってくれるだろう。
いや、寧ろ将軍なら、死んでも彼等の方を守るかも知れない。
「これだけ大きければ…
さすがに化けて出て来ないでしょう」
「おいおい
はははは」
「確かにな
化けてまで叱られたくないぞ」
「でもあの人なら…
これでも蹴飛ばして出てきそうですが…」
「ひえっ!」
「あり得るから怖いな…」
「勘弁してくれよ…」
「はははは
お前が真っ先に、叱られそうだもんな」
「お前だって…
はは…
う、ううっ…」
「ぐずっ
じょうぐん…
なんで…」
騎士達は、無理して笑おうとする。
しかし数名は、ふとした瞬間に思い出し、泣き崩れそうになる。
それを堪える為にも、こうして明るく笑い飛ばそうとしていた。
「あんまり笑っていると…
ガレオンなら…
あいつなら本当に出てきそうですね…」
「それは困りますよ」
「今度は死ぬまで鍛錬しろ!じゃなくて…
死んでも鍛錬しろ!って言われそうです」
「ガレオンらしいですね…」
しんみりとした空気が流れ、気を取り直そうと騎士が尋ねる。
「エドワード隊長は、将軍の事をよく知っておいでの様ですが…」
「ああ
喧嘩友達…
何て言うと、あいつに文句を言われそうですが…」
「オレは聞いた事があります
負けられない強敵が居るって」
「はは…
強敵ねえ…」
「奥さんを取られたとか…」
「いや、彼女は最初から、ワタシの事が好きで…」
「将軍は、そう思っていなかったと思いますよ」
「そうそう
未だに肖像画を…」
「え?
まさか?」
「ははは
冗談ですよ」
「ですがその事で、負けたって思ってますよ」
「それは…」
「将軍って、意外と…」
「止せ
本当に化けて出て来そうだ」
「おお、怖い」
エドワードとガレオンは、嘗ては一人の女性を巡って、恋敵だった…。
少なくともガレオンの中では、そう思っていたみたいだった。
そして彼は、その事で負けたと思っていた。
実際の剣の勝負では、ガレオンの方に僅かに軍配が上がっている。
しかしその勝負も、エドワードの負傷で勝ち逃げになったままだった。
彼が負傷していなければ、今も良い勝負が出来ただろう。
雑談が一段落したところで、騎士が兵士達の墓の方を見る。
「そういえば、向こうの埋葬はどれぐらい掛かりそうですか?」
「うーん
明日一杯は掛かりそうですね
魔物の方は終わりそうですが、兵士の方が時間が…」
「そうですよね
犠牲が多すぎた…」
死者の人数もだが、その分働き手が不足しているのだ。
想定よりも時間が掛かりそうだ。
だからと言って、手を抜いて雑な墓を作るわけにはいかない。
魔物の死体も、簡素だが埋めて墓を作る。
尤も名も分からぬので、纏めて一つの墓に埋めるだけではあったが。
ボスの魔物と、側近の魔物だけは別の墓を作ってあげた。
それは敵とはいえ、好敵手であったからだ。
だから騎士達は、彼等の墓も作ってやっていた。
「悩ましいですねえ」
「そうですな」
「…」
「恐ろしい敵だった」
「いや、まだ終わりではありませんよ」
「そう…
ですよね」
「追撃が出来ないのが…」
「無茶です
今は休息の時です
それに兵数も足りませんよ」
「やはり一度戻って…」
「ええ
領主様に報告すべきでしょう」
このままの追撃は、こちらの全滅もあり得る。
そうならない為にも、一度立て直す必要があった。
季節も間も無く、冬の到来が予見されている。
次の討伐は、春が来てからになるだろう。
「ところで、今日はこのまま野営をしますか?」
「ヘンディー大隊長は?
彼が指揮を執るべきだと思いますが?」
「彼には…
今は休んでもらっています」
「ふむ…」
「代わりに…
出来ればあなたが…」
騎士は会話に困り、咄嗟に野営の準備の話を持ち出した。
しかしこれは、どの道大隊長と相談をしなければならない様な話だ。
だからこそエドワードに、代わりに指揮をしてもらおうと考えていた
この機会に大隊長を、休ませて時間を与えようと提案したかったのだ。
「そうですねえ
彼もショックを受けているでしょう
ここはワタシが代わりましょう」
「お願いします」
「ええ
あくまでも代理ですがね」
「それでも…」
「将軍の経験がおありでしょう?」
「指示をお願いします」
「ええ」
隊長は騎士からの提案に承諾し、野営の準備と明日の打ち合わせをする事とした。
彼は去り際に、ガレオン将軍の墓を見る。
あいつはまだまだ未熟だからな
すまんが面倒を見てくれ
ワシが出て行くワケにはいかんからな
頼んだぞ
ガハハハ
将軍の豪快な笑い声が、聞こえた様な気がした。
エドワードは肩を竦めると、借りを返すだけですよと呟いた。
あの時果たせなかった、約束の借り…。
それを果たす為に、彼は指揮官の代行を引き受けた。
そして急拵えで、野営の準備が開始される。
既に負傷者のテントは建てられており、後は休息用のテントと焚火だ。
テントの数は、人数が減ったから少なく済む。
しかし、これも人数が減った為に時間が掛かっていた。
場所は砦の入り口に面して配置して、負傷者を守る様に囲んでいる。
それから彼等は、夕食の準備に掛かった。
本来なら干し肉や保存食を使うところだが、狩猟で集めた肉が残っていた。
それを野菜と煮込んで、簡単なスープも作らせる。
これも死者が多く出た為に、皮肉にも食材が余ってしまったからだ。
エドワードは夕食の際に、主だった者を集める。
この際に、彼等に今後の方針を伝える為だった。
「ワタシはね、このまま埋葬が終わったら、帰還すべきだと思うんですよ」
「それは…
遠征の失敗だと?」
「いえ
当初の目標は達成したと思います」
「しかし
魔物はまだまだ居ますよ?」
「そうですねえ
本心を言えば…
魔物には全滅していただきたい」
「それなら!」
「しかし、寡兵で挑むは…
愚か者の所行ですよ?」
「…」
部隊長の中には、魔物の追撃を望む者も多かった。
しかし追撃をするには、兵士の数は少なすぎるのだ。
このまま向かって行っても、返り討ちに遇う可能性が高い。
魔物の群れは、あれだけとは限らないのだ。
だからこそエドワードは、一旦ダーナに帰還する事を宣言する。
「このまま陣を引き払い、ダーナに帰還します」
「しかし、どう報告しろと?」
「将軍を失い、多くの兵も失った
その上魔物は、未だに健在です」
「それでもですよ
魔物をどうにかするにしても、この人数では…
でしょう?」
「それは…」
「それに部隊長の一人は、精神に異常をきたしています」
「ジョンは…」
「それもこれも考えれば、今は退くべきです」
「くっ…」
口惜しそうに、アレンは俯いていた。
その肩を、ダナンが優しく叩く。
「しかしどの様な報告を…」
「そのままでしょう?
力足りず、魔物のボスは倒したものの、他は逃がしてしまった」
「それでは!」
「領主様にはワタシからも進言します
それに…」
「それに?」
「遠征は…
帰るまでが遠征と昔の人は言いました」
「え?」
「何それ?」
エドワードの言葉に、部隊長達はポカーンとしていた。
一部の騎士達は、その言葉を聞いて吹き出しそうになる。
その言葉は、ガレオン将軍がよく言っていた言葉だ。
彼は騎士達に緊張感を与える為に、砦への道中によくそれを言っていたのだ。
「帰還するにしても、道中にも魔物が出るでしょう」
「そうなりますか…」
「居そうですよね…」
「ガレオン将軍が…
生前によく仰っていました」
「そうそう
道中は油断しがちだ
だからこそ、帰還の際にこそ警戒しろって」
「今夜はさすがに…
報復には来ないでしょう
ですが後方からの追撃があり得ます」
「そうか…」
「それはマズいですね」
これ以上の損失は、軍としての維持が出来なくなる。
兵士は恐怖で逃げ出し、瓦解してしまうだろう。
そうならない為にも、魔物からの追撃は阻止しなければならない。
だからこそ、ここから引き下がって、ダーナに帰還すべきなのだ。
「明日ワタシが、大隊長と話してみます」
「お願いします」
「大隊長は?
ヘンディーは今、どうしていますか?」
「相変わらず魘されて、起きてはぼーっとしています」
「心ここに在らずという感じです」
「よほどショックだったんでしょう…」
「大隊長…」
「食事は?」
「一応声を掛けましたが
今は食欲が無いそうです」
「それはいけませんねえ…」
隊長は暫し考えてから、スープを残しておく様に言った。
「ヘンディーの分も、スープを残しておきなさい」
「はい」
「今は無理でも、後でお腹が減るかも知れません
少しだけでも残しておきましょう」
「分かりました」
「それから…
無理して将軍の話題を避けない様に」
「何でですか?」
「却って心配していると悟られますよ?
彼の性格を考えれば…」
「あ…」
「そういう事です
普通に接してください」
「はい」
こうして指揮者不在の状態で、野営地の夜は更けていった。
将軍を失い、大隊長もショックで呆然としていた。
エドワードは、今は自分が支えるべきだと痛感していた。
こんな時とはいえ…
短期間でも将軍をしていた経験が、役に立つとはね…
エドワードは複雑な心境で、苦笑いを浮かべるのであった。
まだまだ続きます。
ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。
また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。




