第028話
遂に始まった、第2砦奪還戦
第2砦の前に展開した両軍は、互いの力を見せつけるかの様に全力でぶつかる
剣が閃き、魔物の身体を切り裂く
そして棍棒や粗末な小剣が、人間の身体に振り下ろされる
果たしてこの戦いの、勝者はどちらになるのか?
遂に開かれた戦端
先ずは先頭に立った魔物の3匹が、遠征軍の先頭へ突撃する
それに対して遠征軍は、騎士団を先頭にして魔物の群れへと突っ込んで行った
遠征軍の陣容は、騎士団3部隊を先頭にしている。
今回は騎兵部隊は、ここぞという時の為に控えていた。
その後ろへ歩兵部隊が、徒歩で魔物に向かって行く。
騎士団は本来は、突撃でその効力を発揮する。
敵陣との距離もあるので、本来ならそれは有効な手段だ。
しかし相手が小さいので、その突撃のほとんどが空振りになってしまう。
馬上から鎌を使って魔物を狙うのは、思ったよりも簡単では無い。
対象が小さい以上、振り回せば当たるとは限らないのだ。
騎士が攻めあぐねて、城壁を前に切り返して来る。
その穴を埋める様に、歩兵部隊が抜けて来る魔物に当たる。
彼等は小剣で、群がる魔物に必死になって切り掛かった。
それを後方から、騎士達が蹴散らしながら駆け抜ける。
折り返しの攻撃では、馬の蹄で狙う事に専念されていた。
「ええい、何をしておる
魔物が次々と抜けて来ておるわ」
「将軍」
「しかし騎士では、あの魔物は相性は悪いですよ?」
「分かっておるわ
しかし…
不甲斐ない」
将軍は歯噛みをしながら、折り返す騎士達を見ていた。
蹄の効果があったのか、先よりは魔物を蹴散らしている。
しかし依然として、魔物はこちらに向かって来る。
将軍の苛立ちも、これでは致し方ないだろう。
騎士が上手く立ち回れないばかりに、歩兵部隊も押されていた。
「うぬぬぬ…」
「まだです
一当てしたばかりですよ」
「ぐぬぬ…」
騎兵部隊は、その騎士団の両翼へ展開している。
魔物の横からの急襲を、警戒して身構えていた。
弓部隊は距離がある為、後方の魔物には攻撃出来ずにいた。
かといって前衛は混戦している為に、迂闊に矢を射る事は出来ないでいた。
騎兵部隊の第2部隊だけは、先の件があって後方で待機させられていた。
その中で戦闘に参加させてもらえない事で、部隊長のジョンは苛立っていた。
「くそお
何でオレは、ここに居なきゃならないんだ」
ジョンは歯軋りをしながら戦場を見詰めている。
部下達はそんな部隊長を見て、複雑な思いを抱いていた。
あんたが大隊長に、逆らうからだろうが
内心そう思っている部下も居たが、口に出して言う事は無かった。
そんな事をすれば、今度は彼等に八つ当たりが来る。
だから兵士達は、不満を抱えながら黙って見ていた。
「思わしくないなあ」
大隊長は戦場を眺めながら、指示を出すべきか思案する。
敵の陣容は隊長格を中心に、300ほどの魔物が1軍として、横並びに5軍が並行して進んでいる。
左右の1軍がじわじわと、前へ出て来ている。
それで騎士と歩兵を支える、騎兵部隊に迫って来ていた。
「この状況で伏兵が居たら、左右から攻められたら危険ですね」
「そうじゃなあ
このままでもじわじわと削られる
正直、状況は思わしくない」
そして魔物達は、遂に騎兵部隊の元へ到達する。
騎兵部隊は本来は、騎士団と同様に馬で戦う。
だから馬を使った、機動力を活かした戦いとなる。
それなのに歩兵を守る為に、その場で戦う事を強いられていた。
先頭に突出した3匹の魔物は、騎士団の隊長と交戦していた。
こちらは一進一退で、なかなか決着が着かないでいた。
「あの魔物を倒せれば…
もう少し前へ出て詰めれるのじゃが…」
「おっ?
1匹倒した様ですよ」
「むっ?」
「いやああああ
はっ」
ズシャッ!
グボガッ…
遂に隊長が、魔物の1匹に止めを刺した。
振るわれた鎌が剣を切り砕き、そのまま胸元に突き刺さる。
そして引き抜き様に、鎌の刃で首を刎ねる。
これで前線の拮抗が崩れ、騎士団が前へ出る。
「よしっ
そのまま…」
「前へ詰めろ」
魔物の前線の勢いが削がれ、少しずつ遠征軍が前へ出る。
それに対して魔物達は、中央へ向かって動き始める。
しかしそれが徒となって、残りの2匹の隊長格も倒される。
騎士達は魔物を囲み、何とか隊長格を倒した。
本来ならば、隊長格ともなれば一対一の戦いとなるだろう。
しかし相手が、魔物の隊長である。
だから今回は、卑怯などと言う者も居なかった。
「やったぞ」
「ここが勝機ですね
よし…」
将軍が喜び、副隊長のオーウェンが進軍を告げようとした。
その時不意に、野太い魔物の怒号が響いた。
グゴオオオ
ボスの魔物の声に、先頭の騎士達も思わず怯む。
そして砦から、追加の魔物が姿を現した。
やっと正面が崩れ始め、数を減らし始めたと思っていたのに。
そこへ追加の魔物が、1000匹近くも出て来たのだ。
「マズい
弓部隊、正面に向けて撃て」
「え?」
「しかし、それでは!」
「混戦している場所に落ちるかもしれません」
「構わん
ここで抜かれる方がマズい
正面、上目で撃て」
「はい」
シュバババ!
ヒュンヒュン!
大隊長の指示に、弓部隊は必死に引き絞って放った。
幸い矢は、味方の頭上へ落ちる事は無かった。
それは弓なりに飛んで、後続に加わった魔物の上へと降り注ぐ。
短い苦悶の悲鳴が、戦場のこちら側にも聞こえる。
ギャオウ
グギャア
魔物の悲鳴が響き渡り、なんとか前線が崩れる事を阻止出来た。
しかし魔物は、依然として向かって来ている。
当たったとはいえ、そこまで数を削れていない。
このままでは、正面を突破されてしまうだろう。
「次々射込んでやれ
ただし味方に落とさない様に注意してな」
「え?」
「しかし…」
「良いから」
良いからって…
そんな無茶な
勘弁してくれよ
そう思いながらも、弓部隊は必死になって矢を撃ち続ける。
中には引き絞りが足りなくて、すっぽ抜けた矢もあった。
それは味方の方へ飛んでしまったが、混戦していたので魔物に当たっていた。
やべっ!
ふう…
よかった、魔物に命中した
ミスした弓兵は、思わずホッと胸を撫でおろしていた。
その間にも、魔物は前線に取り付いていた。
騎士団は一旦退いて、代わりに歩兵部隊が前に出る。
その横から、騎兵部隊が牽制をしていた。
再び前線は膠着状態になり、一進一退の攻防が続いていた。
「少しづつ被害が出ていますな」
「うむ」
「歩兵に被害が…」
「仕方が無い…
とは言えんか」
「ええ」
「騎士団にも、犠牲が出ておるな」
「はい」
遠目に見ても、騎士の数は減っていた。
数名の騎士が馬から引き摺り下ろされ、魔物に囲まれている。
中には既に、魔物に嬲り殺しにされている者も居た。
馬も数頭が首を切られて死んでおり、怪我をして動きが悪くなっている馬も居た。
このままでは、遠からず騎士が全滅するだろう。
そしてここで再び、魔物のボスが大声で吠えた。
グガオオオ
ここで繁みから、隠れていた伏兵が飛び出る。
先に予見していた通り、やはり伏兵が居たのだ。
それもこの様な、混戦になるまで伏せていた。
それで騎兵部隊も、側面を狙われてしまった。
「いかん!
騎兵部隊で押さえろ!」
「ダナン!
アレン!
左右から伏兵だ!!」
将軍達は、離れた場所から戦場全体を見渡していた。
それで彼等はすぐさま気付き、部隊長達に大声で指示を出した。
ダナンもアレンも、混戦に押されて苦戦していた。
しかし大隊長の声に気が付き、すぐさま両翼に迫る魔物に対処しようと指示を出す。
これに対処出来なければ、部隊は瓦解してしまう。
「左方から来てるぞ!
そっちへ3人でいいから
何とか支えろ」
「右の敵に注意しろ
前方はオレが支える!」
「て、敵が…」
「ひ、ひいっ」
「押さえ…うげぼあっ」
「ぐがっ…」
「怯むな
退くな」
「うおおお!」
ギャギャギャア
たちまち左右に魔物が群がり、一瞬で両翼が崩れ掛ける。
だが伏兵が200匹程度だと少なかったので、それが幸いして何とか持ち堪える。
騎兵部隊は何とか持ち堪え、魔物を切り崩す。
そして歩兵達も、必死に食らい付いていた。
ここで崩れれば、彼等の生命も無いからだ。
「魔物は…
これで全部か?」
「恐らくは」
「さすがにこれ以上は、伏兵も居ないでしょう」
「うむ
ならば良いのだが…」
依然として一進一退の攻防が続くが、このまま持ち堪えれば何とか勝てそうだった。
将軍も勝利を確信して、より被害を減らす様に細やかな指示を出し始める。
「騎士団
そのまま前へ出ながら、左右へ切り込め
歩兵部隊は中心を前進して、切り崩せ」
そう指示を出すと、将軍は鎌を部下に預け、馬を前へ進めた。
「将軍?
どちらへ?」
「ちょっと片付けがあるからのう」
「まさか!」
「いけません!」
大隊長は将軍の言う片付けに気が付き、止めようと前へ出る。
オーウェンも将軍の横に出て、馬の轡を押さえようとする。
「ダメですよ
あなたはこの軍の将軍なんですよ!」
「だがなあ
アレに敵う奴が居るのか?」
「しかし!」
「無茶です
いくらあなたが強いと言っても、あれは…」
「オーウェン
ワシの後は…
お前に任せる」
「そんな!」
将軍は大隊長の肩に手を置き、優しく微笑んだ。
そして振り向くと、副隊長に最後の無茶ぶりをする。
「出来ません
出来ませんよ!」
「なあに
お前なら出来る」
「師匠!」
「これはワシの…
最期の仕事
そして最期の我儘じゃ」
「しかし、師匠!」
「後は任せるぞ」
「師匠!」
大隊長はそれ以上は何も言えず、将軍の背中を見送る。
そうして将軍は、ゆっくりと馬を進めて前線へと向かう。
オーウェンはそのまま、馬の鞍を殴り付ける。
彼にも将軍を、止める事は出来なかった。
途中で彼に向かって来る魔物も居たが、彼は一刀の元に両断する。
「死にたくない者は下がれ
ワシが用が有るのは…」
ウギャオウ
ゲギャギャ
将軍の気迫の籠った声に、魔物も人間も道を開ける。
そして道が開けた先に、魔物のボスも得物を持って出て来る。
気が付けば、両軍とも戦闘を止めて、これから起こる事を見守っていた。
「来てくれたか…」
ウゴッホッホホゥ
静まり返った前線で、両雄が向かい合う。
示し合わせた様に両軍の部隊が下がって、開けた場所が出来た。
そこで向かい合って、二人は得物を構える。
「これ以上お互いに、兵は失いたく無いからのう」
グホホウ、グギャア
「何か言い残す事はあるか?」
グギャ?
グギャグホホ
魔物は首を傾げ、その後に何も無いという感じに首を振った。
「そうか…」
グギャア
「では…
始めるかのう」
ギャギョウ
二人は正面に構えると、見詰め合う様に向き合った。
共にもう、語る言葉も無かった。
後は雌雄を決する為に、互いの力をぶつけ合うのみ。
合図も何も無く、二人は同時に突っ込んで打ち合う。
「ぬおおおりゃああ!」
グギャオオオ
バキーン!
激しく武器がぶつかり合い、火花が飛び散る。
将軍は広刃の重量のある、ブロードソードを振り回す。
一方の魔物のボスは、戦闘用の大きなバトルアックスを握っている。
どこで手に入れたのか、それは重厚な造りの業物だった。
まともにぶつかれば、剣の方が壊れてしまいそうだった。
しかし将軍の剣は、国王に賜った、上質な鉄をふんだんに使った逸品だ。
そこいらのバトルアックスでは、文字通り歯が立たないだろう。
しかし魔物の持ったバトルアックスも、なかなかの業物であった。
将軍の剣とぶつかっても、欠ける事も無く拮抗していた。
中央で刃を軋ませながら、両者共譲らず押し合う。
刃を軋らせて、両雄は中央で睨み合う。
互いの力量に喜びを感じて、満面の笑顔を浮かべる。
そうして押し合って、一旦間合いを広げた。
「ほう
やるではないか」
グギャウ
お互いが相手を好敵手と認め、間合いを取って仕切り直す。
ここで将軍は、長年連れ添って来た愛馬から降りる。
このまま戦うのは、相手を馬鹿にしている様に感じたのだろう。
愛馬の頬を撫でると、陣地に戻る様に押してやる。
「行け
ワシはこのまま戦う」
ブヒヒン
「ああ
これが最期なんじゃ
察してくれ」
ヒヒイン
「ああ
あいつ等を…
頼んだぞ」
馬は将軍の言葉を理解したのか、陣地に向かって戻って行く。
一旦離れてから、名残惜しそうに主を見る。
しかし決意をしたのか、そのまま戻って行った。
そして大隊長の馬の隣に来ると、そのまま将軍の最期を見詰める。
「さあ
続きと行こうか」
ギャヒャッ?
グギャガア
「む?
良いんじゃ
あれにはこの先も、仕事がある」
ウゴッホ
ゴガウウ
魔物と将軍は、まるで言葉が通じ合う様に会話をしていた。
そうして再び構えると、両者は睨み合う。
「はああ!」
グギャッ
ガイイン!
再び振り下ろした刃が、中央でぶつかり合って火花を散らす。
そこから右袈裟懸けに、将軍が振り抜く。
魔物はそれを躱すと、距離を取って身構える。
そこへ将軍が右肩からタックルを加えて、続け様に振り被る。
ボスも負けじと、斧を振り回してそれを防いだ。
数合打ち合っては離れ、また文込んでは打ち合う。
両者の実力は拮抗しており、まるで示し合わせたかの様に打ち合い続けた。
「はあああ」
グギャオッ
ガキン!
ギャリギャリ!
「ふっ
楽しいのう」
グギャッ
ガツン!
「若者が楽しんでおったが」
グギャギャ
ゴガン!
「これは、確かに…」
グホーウ
ガイン!
二人はまるで、恋人達が会話を楽しむ様に打ち合う。
時には甘く、時には激しく、二人は互いを求めて打ち合う。
しかしその時は、唐突にやって来てしまった。
将軍の足元がふらつき、魔物の攻撃を受けて後ろへ下がる。
魔物は残念そうな、それでいて悲しそうな表情を浮かべて将軍を見る。
「歳は、はあはあ
取りたく…
無いのう…」
グギャア…
沈痛な面持ちで、魔物は武器を構える。
「将軍!」
「いけません!
まだ決着が…」
「離せ!
離してくれ!」
大隊長も思わず、叫んで剣を握りしめる。
それを押し留める様に、オーウェンが肩を掴む。
彼は将軍の、目がまだ死んでいない事に気が付いていた。
恐らく次が、最期の一撃になるだろう…
その時は私も…
オーウェンは覚悟を決めて、決着を見守る。
「まあ、待て…
取って置きを…
はあ、はあ…」
グギャウ?
「見せてやる!」
ガラン!
隊長はブロードソードを放り投げると、腰のショートソードを引き抜いた。
そして腰溜に、剣を水平に構える。
彼のその構えは、奇しくもギルバートが見た事のある構えに似ていた。
それはあの旅の吟遊詩人が、ギルバートに見せてくれた構えだった。
ギャガ?
魔物は怪訝そうに、広刃の剣と将軍を交互に見る。
わざわざ有利なブロードソードを捨てて、そんな物でどうする気だ?
魔物はそう言いたげに、首を傾げていた。
「ワシが、昔…
黒狼の牙と
言われたワケを…」
「将軍?」
その名は将軍にとっては、恥ずかしい黒歴史であった。
調子に乗って名乗って、帝国の兵士達に嘲笑われた。
彼はそう話して、詳細を語る事は無かった。
しかしその異名は、実は別の形で伝わっている。
クリサリスの剣の名手として、帝国には伝わっていた。
今まで将軍は、上段か中段に構えていた。
広刃の剣では、その方が威力を発揮するからだ。
しかし彼は、今度は腰を落として低く構えていた。
今までとは違った、力を溜めた一撃を放つ構えだ。
「ぷふー…」
息を吐き出すと、周りの空気が変わる。
それは震える様に、大気を緊張感で染める。
周囲の気温が、一気に下がった様に錯覚する者も居た。
魔物や兵士の中には、身震いをする者がいた。
それを見て、魔物も隙無く身構える。
「見せてやろう!」
ガギャ…
ズシャッ!
低い姿勢のまま、将軍は滑る様に飛び出す。
その素早い動きに、魔物は一瞬気圧される。
今までの大きな動きと違い、それは鋭く短い動きだ。
しかし壮年の男とは思えない、それは鋭い剣捌きだった。
ギッ?
カン!
カキャン!
ガキン!
彼は素早く踏み込むと、腰から中断に切り込む。
魔物は何とか、それを斧の柄で防いだ。
しかし続く連撃が、魔物の斧の刃を押し込んでいた。
魔物は剣圧に押されて、踏鞴を踏んでいた。
「ふううん!」
グギャッ
ザシュッ!
そこから踏み切った反動で、振り向き様に魔物の右肩を切り裂く。
魔物の右肩が、革鎧と共に切り裂かれる。
魔物の顔が、初めて苦悶で歪んでいた。
「将軍?」
「こ、これは…」
それは今までに、見た事の無い素早い剣術だった。
しかもダーナや帝国で使われる、正当帝国剣術とは違った変わった剣筋であった。
見た事も無い剣筋に、魔物は翻弄されていた。
「あれは…
ギルバートが使っていた剣術?」
「え?」
エドワード隊長は、思わずギルバートの方を見る。
当のギルバートは、身長が低いので攻防が見えていなかった。
しかし踏み込む様は、確かに見覚えのある構えだった。
「ふぬあああ!」
グギャアア
ズシャア!
ザクッ!
将軍は更に踏み込み、すり抜け様に小剣が閃く。
小剣はいつの間にか、右手から左手に持ち替えられていた。
そうして持ち帰る事で、彼は素早く振り抜いていた。
これで魔物の左手が、切り飛ばされて宙に舞う。
しかし代わりに、魔物は将軍の背中に斧を振り下ろす。
苦痛に顔を顰めながらも、魔物は将軍の背中をざっくりと切り裂いていた。
「ぐふあっ」
グギ…ガ…
将軍は振り返ろうと、何とか踏ん張る。
しかし背中の傷が深くて、痛みからバランスを崩していた。
そこへ魔物が、勝利を確信して近付く。
彼は満面の笑みを浮かべて、素晴らしい戦いを称えていた。
グギャギャギャ…
魔物は斧を大きく構え、ゆっくりと将軍に近付く。
片手になっていたので、注意深く斧を振り被る。
将軍は膝を着いて、魔物に背を向けていた。
魔物はその将軍の、頭を目掛けて斧を振り下ろす。
ゲギャハアアア
「後は…
頼んだぞ…」
将軍は最後の力を振り絞って、振り返り様に小剣を突き出す。
魔物は不意を突かれて、そのまま斧を振り下ろした。
それに向かう様に、将軍は小剣を突き出しながら突っ込んだ。
「ごぼあ…」
グ…ギャア…
ズガッ!
ガスッ!
相打ち…
それは見事な戦いであった
最期は将軍の小剣が魔物の喉を貫いていた
そして魔物の斧が、将軍の左肩から腕を切り落とす
そのまま肺を断ち切ると、腹まで切り裂かれていた
そして両者は、そのまま抱き合う様に倒れた
「師匠!」
「将軍!
何て事を…
何て戦いを…
うぐうっ」
それは素晴らしい戦いで、両軍は感動の余韻に浸っていた。
それですぐには、戦闘の再開とはならなかった。
それに両軍は、指揮者を失い混乱していた。
このまま一旦離れて、仕切り直しとなるだろう。
オーウェンもヘンディーも、そう考えていた。
「ひゃ…
ひゃはっ」
しかし不意に、後方から奇声が上がった。
「い、今だ!
ま、魔物を
奴等を皆殺しにしろ!」
「え?」
「部隊長?」
叫んだジョンが後方から駆け出すと、部下達に命じ始める。
しかし騎兵部隊の兵士達は、この戦いに感動していた。
だから不意討ちに近い、その命令には従えなかった。
そんな事をすれば、この戦いを汚す事になるだろう。
「何をしている?
魔物を殺せ!」
「部隊長殿?」
「何を仰っているんです?」
「そうですよ
あの戦いを、ご覧にならなかったのですか?」
「良いから戦え!
魔物を皆殺しにしろ!」
「出来ません!」
「そうですよ」
騎兵達はそう言って、部隊長の命令に反対した。
「ジョン
貴様は何を勝手な…」
「貴様等がやらないのなら、オレがやってやる
憎き魔物共を、この地上から消し去ってくれる」
「部隊長!」
「止めてください」
「そうですよ」
「ぎゃはははは」
ジョンは狂った様に笑うと、剣を引き抜いていた。
いつの間に手放したのか、その手には鎌は握られていない。
そうして前方へ駆け出しながら、彼は次々と魔物へ切り掛かって行った。
ボスを失った魔物達は、放心して武器を取り落としていた。
そのまま彼等は、次々にジョンに切り殺される。
動揺して逃げ出そうとするも、相手は馬に乗っている。
そのまま後方から、剣で突き刺され、手足を切り飛ばされる。
「死ね!
死ねー!
ぎゃはははははは」
「止めろ!」
「ジョン!
どうしちまったんだ」
ほとんど抵抗も出来ない魔物を、彼は一方的に切り殺していく。
しかも狂った様に笑い声を上げながら、彼は楽しそうに切り殺して行く。
その様を見て、兵士も身動きを取れなくなっていた。
仲間の部隊長ですら、その狂気に気圧されてしまっていた。
やがて魔物は、彼から逃げ出し始めた。
しかし彼は、逃げる魔物をさらに追い込む。
そして背後から、悲鳴を上げる魔物を切り殺していた。
それを見て、大隊長が飛び出して来た。
しかし魔物の群れまでは、距離が開いていた。
「誰か
誰でもいい
頼む
ジョンを止めてくれ」
「ひ、ひゃははは
逃げるな!
死ね、死ねー!!」
「おい!
もう止せ!」
「止めるんだ!」
既に魔物は、半数以上が逃げ出している。
彼等は既に、交戦する意思を失っていた。
それを半ば狂った様に、ジョンは追い掛けて殺そうとしていた。
そこに騎士団が間に入り、ジョンを拘束しようとした。
「止さないか!」
「何だお前らは!!
魔物は皆殺しだろうが!」
「いい加減にしろ
もう終わったんだ」
「離せ!
離せ!」
「止めろ!」
「もう終わったんだよ!」
尚も執拗に魔物を殺そうと、ジョンは拘束しようとする騎士達に抗おうとする。
兵士の一部はその様を見て、武器を仕舞って事の成り行きを見守っていた。
「部隊長」
「一体どうしたんです?」
「どうしたら良いんだ…」
「魔物は逃げ出している」
「しかしこれは…」
「本当に勝利と言えるのか?」
ダナンとエリックは、錯乱したジョンを見て呆然としていた。
彼等は指揮する事も忘れ、事の成り行きを見守る。
既に魔物は、敗走を始めている。
砦の中からも、魔物は逃げ出し始めていた。
ボスである魔物を失い、彼等は逃げ出す事しか出来なかった。
「ジョン…」
「どうしちまったんだよ?」
ジョンは騎士によって、囲まれて剣を取り上げられる。
しかし拳を振り回して、押さえ込もうとする騎士を殴る。
そして騎士の拘束を振り切ると、再びジョンは身構えた。
「分かったぞ
お前ら魔物の仲間だな?」
「何を言ってるんだ?」
「おい
大丈夫か?」
「う、うるせえ!
へへへへ…」
ジョンは血走った目で騎士を見て、ヘラヘラと笑っていた。
その目には狂気を宿し、最早正気を失っている。
「魔物と協力してるんだろう?」
ジョンはそう言うと、腰のダガーを抜き放つ。
再びジョンが攻撃して来たので、騎士達は距離を取って囲んでいた。
「ロンを…」
「はあ?」
「ロンを返せ!」
「おい
お前…」
「本当に大丈夫か?」
「うるさい!
うるさい!」
ジョンは更に、ダガーを出鱈目に振り回す。
騎士はそれを避けながら、ジョンの様子に狂気を感じて肩を竦める。
どう見ても彼は、正気を失っていた。
どうしたものかと、騎士達は困惑していた。
「こいつ…
本当に大丈夫か?」
「仲間がやられて…
おかしくなっちまったのか?」
「ロンを返せ!
返せよ!」
「目を覚ませ!」
バシン!
一人の騎士が、遂に我慢が出来なくなって殴り飛ばした。
ジョンは受け身も取れずに、馬から落ちて気を失う。
そして他の騎士が、気絶したジョンを後ろ手に縛っった。
そうして彼等は、ジョンの身柄を拘束した。
「すまない
オレの部下が、迷惑を掛けた」
「いいって」
「仲間を無くしたんだろう
私達だって仲間を無くしたら…」
「そうだぜ
そう思ったら、他人事では無いから」
「すまない…」
そこへ大隊長が到着して、騎士達に謝罪する。
しかし騎士達は、大隊長に好意的だった。
彼等からすれば、この男の気持ちも理解出来た。
彼等も仲間を失って、悔しい気持ちは同じだった。
ましては今は、指揮官である将軍を失ったばかりなのだから。
「おい!
ジョンを連れて行け」
「はい」
「暴れない様に、天幕の中で見張っておけ」
「はい」
大隊長は兵士を呼んで、ジョンを連行させた。
そして暴れ出さない様に、見張りも立てる様に指示する。
「ところで
ヘンディー大隊長」
「ん?」
「よろしかったら、私達に指示を出してもらえないか?」
「え?」
「私達の将軍は…」
「指揮を執る者が、最早居ないんだ」
「しかしオレは…
騎兵部隊の隊長でしかないんだぞ?」
「だが君は、将軍のお気に入りで」
「最近は指揮の執り方とか、教えてもらっていただろう?」
「あれは将軍なりに、後の事を考えていたんだよ
事後処理を任せたいって」
「将軍…
師匠が?」
「ああ」
確かに将軍には、色々と教えられていた。
それに最期の言葉は、後を頼むだった。
恐らく将軍は、最初から死ぬ気だったのだろう。
この幕引きを想定して、ヘンディーに色々と教えていた。
そう考えると、ここ数日の行動も腑に落ちる。
彼は自分の命と引き換えにしてでも、ボスを倒せれば良いと考えていた。
例え倒せなくても、少しでも手傷を負わせて勝てる様にと思っていたのだ。
それは彼なりの、最期の取り方だったのだろう。
だから最期に、あの様な遺言を残して行ったのだろう。
「将軍…」
騎士達が集まり、丁重に遺体を抱える。
彼のマントを外すと、それを遺体の上に掛ける。
そうして遺体を、数名の騎士が抱えて運んだ。
ヘンディーはそれを、黙祷して送り出す。
将軍の遺体は、騎士達が砦の中へと運んで行った。
そして魔物のボスの遺骸も、騎士達は丁重に運ぶ。
魔物とはいえ、彼は立派な武人だった。
敬意を表して、騎士は丁重に運んだ。
これから死体を焼いて、砦の中に埋める事になるだろう。
「それで?
頼まれてくれるか?」
「分かりました
不肖ヘンディー、及ばずながら務めさせてもらいます」
「うむ
頼んだよ」
「そう硬くならなくていいから」
「そうそう
将軍なんていつもいい加減で…
いい加減で…
ぐすっ」
「おい
泣くな…」
「だってよ
あんな…」
「うう…」
騎士達は思わず、涙を堪え切れなくなっていた。
あの戦いも素晴らしかったが、それは日頃の事もあったのだろう。
騎士団の半数近くが、涙を堪えて片付けを行っている。
将軍はそれだけ、彼等に愛されていたのだ。
師匠
貴方の弟子として恥じない様に、頑張ってみます
どうか見守っていてください
大隊長はそう胸の奥に誓って、部隊の指揮に回った。
騎士に指示を出しながら、ふと砦の方へ振り返る。
そうすると、師匠の声が聞こえた気がした。
ガハハハ
まあ、そう気張るな
そういうところだぞ?
気楽に構えろ
ガハハハ
そんな豪快な笑い声が、聞こえた様な気がした。
気楽にって…
あんたみたいには出来ないよ
あなたの様には…
泣き出したくなる気持ちを押さえて、ヘンディーは指揮に戻った。
まだまだ続きます。
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