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聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
プロローグ
3/190

第002話

其れは未だ眠りに就いていた

目覚めるには時期早々であったのだろう

彼の者達に与うる試練であれば

あの者達で十分であろうと

いい苗床になる筈だと

そうしてニンマリと微笑むと

其れは再び微睡み始めていた


ダーナ北の森

ダーナの北にある、北の森第2砦にて

その砦は小規模で外周は300ⅿに渡って、高さ2ⅿの石組みの城壁に囲まれている

中には2階建ての兵舎が数軒と訓練場があり、小さな畑も作られていた

集落に向かった兵士達は、この砦から来ていた


その報せが届いたのは、夕刻に迫る4時を過ぎた頃であった。


隊長は残る駐留部隊に警備を任せ、非番の兵士にダーナへの早馬を頼んだ。

非番の兵士は不満を言っていたが、信頼する隊長の頼みである。

この事が砦の危機に繋がるかも知れない急務と言われたのもあり、彼は渋々と引き受けていた。

渋々とは言ったが、彼は隊長から秘蔵の一杯を出すと言われると、嬉々として出て行った。

その姿を見た同僚達は、現金な同僚姿に呆れていた。


警備隊長は、一応領主にこの度の異変は調査中として報告してある。

また念のために、文には2部隊を送って下さいとも書かれていた。

何もなければ良いのだが、件の兵士はまだ帰って来ない。

確認に向かった部隊の報告も、まだ隊長には上がっていなかった。

そうした理由もあって、彼はヤキモキしながら兵士達の報告を待っていた。


その後向かっていた部隊は、焦燥した様子で逃げ帰って来た。

待ち伏せや襲撃を警戒して、早足で逃げる様に帰って来たのだ。

それも周囲を警戒していたので、すっかりと疲れ切ってしまっていた。

その様子を見た留守居隊の面々は、ひどく驚くと同時に何かがあったのだと驚いていた。

砦には俄かに緊張が走り、兵士達は隊長からの報告を待っていた。

警備隊長への報告は、兵士を代表してアレンと、その部隊を纏める部隊長が行う事となった。

彼は兵士としての力量は平凡で、今までは目立った功績も無かった。

しかしその落ち着き様と冷静な判断力を、今回の事で買われていたのだ。


彼等から隊長に報告された内容は、以下の内容であった。


集落が何者かに襲撃され、恐らく生存者が居ない事

現場の様子から夜襲が行われて逃げる間も無かっただろうという事

そして襲撃者は、相当な人数で襲った可能性がある

しかし周囲の痕跡からは、人数を推測出来る物は無かった事も報告された

そして何故か、死体が全て持ち去られていた事

それから襲撃後には、素早く立ち去り、待ち伏せや見張りも居なかった事


以上の事が隊長に報告された。


「どう思う?」

「うーむ…

 妙ですな…」


隊長は副隊長に尋ねるが、副隊長も頭を捻るばかりであった。


不意の襲撃…

それも恐らくは他国の侵攻であろう

人数から察するにそこそこの大部隊であった筈だ

下手をすれば、この砦も襲撃されれば危ういだろう

しかし彼等は、何故か小さな集落を襲っていた

この砦を襲撃する事無く、集落だけを襲ったのだ


隊長は早馬に、増援も頼んでおいて良かったと思っていた。

後は敵がこちらに来ても、増援が来るまでは籠って耐えるのみだろう。


しかし不可解だった

何故この時期に侵攻してきたのか?

侵攻の目的もだが、どこから侵入して来たのか?

それに死体の件も、不穏で気になっていた


これが人質に取っていたのなら、まだ納得がいっただろう。

しかし彼等は、ご丁寧に住民を皆殺しにした様子だ。

もしかしたら、生き残りもいるのかも知れない。

だが現場を見て来た兵士の感想からすれば、とても生き残った者は居そうに無かった。

人質にしたり利用する為に、集落を襲った様子では無いのだ。


そもそも、この辺りを攻める意図が不明なのだ。

肥沃な土地があるとはいえ、現在はまだ開拓中である。

土地が欲しいのならば、今は襲撃すべきタイミングでは無かった。


もう少し待っていれば、労せず開墾された土地として狙えるのに…何故?

わざわざ開拓を始めた場所を狙う意図は?


ダーナというこの土地は、温暖な気候で冬も短いのだが、攻め入るのは非常に困難な場所でもある。

陸路から攻め入るには、急峻な『竜の背骨山脈』を越えて来なければならない。

かと言って海路となると、それもまた難しかった。

港があるとは言え、そこには海軍が常駐している。

他は険しい岸壁や暗礁もあるし、なによりも波が激しく危険だ。

だからこそ他の国も、わざわざ海路から攻め込もうとはしなかった。

ここを狙うには、リスクの方が高かったのだ。


そもそも短いとはいえ、冬になればこの辺りの海は荒れてしまうのだ。

接岸する港がダーナにしか無く、他は軍船が寄港出来るほどの大きさが無いのだ。

やはりそうなると、陸路しかあり得ないだろう。


しかしわざわざ険しい山脈を超えてまで、この森を取る意味があるのだろうか?


これが王都に攻め入る為ならば、話が変わって来るだろう。

そもそも竜の背骨山脈ある為に、ここを落しても意味が無いのだ。

王都に攻め込むのであれば、山脈の東側の街を落す必要があるのだ。

それならば集落や砦など襲わずに、直接ダーナの街を狙うべきだろう。

それか西側に回り込まずに、直接王都近郊を狙うべきである。


隊長と副隊長は、喧々諤々と推論を交わしていた。

副隊長も経験が長く、先の帝国との戦争にも参加していた。

それで意見を求められたのだが、敵の意図が読めなかった。

そこに報告に来ていたアレンが、おずおずと手を挙げて意見を述べようとする。


「あの…

 よろしいでしょうか?」

「うむ、どうしたのかね?」

「おい!

 アレン!」

「貴様!」

「構わん」


部隊長と副隊長が諌めようとすると、警備隊長が片手で制して促した。

兵士の真剣な表情に、何かあると確信を持ったからだ。


「警備隊長も副隊長も…

 他国が攻めて来たのを想定していますよね?」

「ああ、そうだな

 西か東か…

 いずれにせよ無謀な越境だな」

「そこなんですよ!

 どうにも引っかかってて!」


若い兵士の言葉に、隊長は驚いた顔をしていた。

彼はそもそもが、敵国が攻め込んだのではないと睨んでいるのだ。


「私は…

 ここに配属される前は…

 東の国境の周辺に住んでいました

 ですから東からの帝国の侵攻は、あり得ませんと断言出来ます」

「何故かね?」

「帝国が我が国を攻めるならば、先ずは東の国境の砦を落とさなければ無理です

 同様に、西には西の国境があります」


この兵士は国境守備隊の精悍さを知っているので、敵国が攻め込むのは無理だと踏んでいた。

無傷であれだけの規模の軍が、バレずに侵攻出来る筈が無いのだ。

そもそも帝国が狙うのであれば、ダーナよりも王都を狙う筈なのだ。

だからこの砦や集落を狙うメリットが、無いとも思っていた。

帝国にせよ、他国にせよ、国境の砦を落したのなら、そのまま王都を狙うべきなのだ。


「では君は、どこの軍が侵攻してきたと思っているのかね?」

「いえ、国ではないと思います

 私が…

 私が懸念しているのは人間ではありません!」

「人間でない?」」

「何をばかな事を!

 君達はあれが、野生の獣の仕業では無いと言っていたのではないのかね?」

「そうです

 人間でも獣でもありません」

「それじゃあ何が…

「魔物…ではないかと思います」


一瞬、場が静まり返り、副隊長と部隊長が声を上げて笑う。


「はははは」

「何を言うかと思えば」

「アレン

 馬鹿な事を言うんじゃない

 魔物などここ数十年、見た事が無いだろ」

「それに、結界石があるだろ?

 女神様の加護があるというのに、どうやって魔物が侵入するんだ?」


二人とも馬鹿な事を言うんじゃないと、失笑していた。

子供に聞かせる与太話じゃあるまいにと、彼等は一笑に付していた。

だが警備隊長だけは、アレンに真剣な眼差し向けると、彼に先を促した。


「それで?」

「隊長?」

「あの…

 確かに、我ながら馬鹿げていると思います」


そうは言いながらも、アレンは話を続けた。


「しかし魔物が…

 いえ魔物だからこそ、死体を食料とみなして持って行ったかも…

 国境を越えずに来た事に関しても、魔物なら頷けるんです」


アレンは拳を握り締めると、興奮して続ける。


「そもそも、魔物は我々人間を憎んでいます

 奴らなら無慈悲に、女子供も躊躇なく手に掛けるでしょう」

「まあ待て」

「魔物だと?

 本気で思っているのか?」

「今さらだぞ?」

「それに『竜の背骨山脈』には!

 …伝承では魔物の巣が幾つか在ると記されていますよね?」

「う、うーむ…」

「それは確かに…

 そうなんじゃが…」


しかしアレンの熱心な訴えを、部隊長も副隊長も本気にしていなかった。

魔物が最後に現れてから、あまりにも年月が掛かっている。

既に滅んだ魔物が、今さら姿を現わせるとは思えなかったのだ。

唯一隊長だけが、彼の話を真剣に聞き、先を促していた。

いつしか彼のその眼差しは、嘗て戦場で見せた様に鋭くなっていた。


「警備隊長

 失礼ながら確認させてください

 もし、もしもですよ?

 何らかの方法で女神様の加護が破られたら…

 魔物は侵入出来ると思いますか?」

「ばっ!

 おまえ!それは不敬罪だぞ!!」

「なんて事を

 今すぐ女神様に謝罪しろ

 でないと大変な事になるぞ!」


兵士の発言に慌てる二人を制し、隊長は静かに告げる。


「残念ながら、それはあり得ない

 そもそも、集落にも結界石があっただろうし、公道や森の周りにも数ヶ所置いてある

 あれが在る限りは無理だろうな」

「そう…

 ですか…」


隊長の否定の言葉に、アレンは安堵して女神様に許しを請おうと、祈りの言葉を呟いていた。

しかし隊長は、続けてこうも発言する。


「その筈なんだ、がな…

 妙な胸騒ぎがする」

「え?」


再び場は静まり返り、今度は冷たく重苦しい空気が漂っていた。

アレンは顔を引き攣らせて、祈りを中断していた。


「悪いが、明日もう一度現場に向かってくれ

 集落の結界石が無事なのかどうか、周りの結界石に異常が無いか確認して来てくれ」


そう言うと隊長は立ち上がり、バルコニーから外に広がる森を見やる。


「俺の心配が杞憂であれば…

 いいのだが」

「し、至急今日向かった者に…

 明日もう一度向かう様に指示を!」

「は、はい」


副隊長はアタフタと、アレンと部隊長に指示を出す。

それから三人は、そそくさと一礼すると部屋を出た。


警備隊長は先ほどはああは言ってみたものの、胸中は不安で圧し潰されそうだった。

昼前に未帰還の兵士の話を聞いた時から、感じていた言い知れぬ不安があったのだ。

嘗て戦場で感じた、あの緊張感似た異様な雰囲気を感じていた。

大きな戦を前にした様な、圧し潰される様な不穏な気配を感じていたのだ。


魔物だと?

人間なら散々戦ってきた…

それこそ副隊長共々、建国戦争の時にな

何度かこりゃやべえ!|なんて死を覚悟した事もあった

そういえばこの緊張感は、あの時の敗走の時の緊張感に似ているな

あの時は命からがら逃げ伸びて、多くの戦友を失いながらも辛うじて生き延びれたな…

さて…

今回も生き延びれるのか?


警備隊長は拳を握り締めると、顔を(しか)めて室内をうろつく。

いつしかその表情は険しくなり、壁の勲章や剣を睨んでいた。


俺も、もういい年だ

もし、今回も生き延びれたら…

以前領主から打診されていた、士官学校の件を受けるか?


隊長は不安を紛らわす様に、壁に掛けてあった長剣を手にすると素振りを始めていた。


退出した部隊長と兵士は直ちに、他の部隊の者が待つ宿舎に向かっていた。

明日の命令を伝え、準備をする為だ。


「あ、お帰りなさい

 どうでしたか?」

「お前ら、直ぐに集合しろ!

 明日の命令がある!」


部隊長の号令一下、すぐさま会議室に全員が集められる。

部隊長が警備隊長からの指示を伝えると、他の兵士達はアレンを、口々に攻め立てていた。


「なんて事してくれたんだ!」

「お前が余計な進言をするから」

「余計な事するんじゃねえ!」


彼等は口々に、アレンを捲くし立てる様に責めた。

しかし部隊長が、その兵士達を一喝した。


「馬鹿もん!

 お前ら、ちったあこいつを見習え!」


部隊長の一喝に、兵士達は震え上がって口を閉ざす。


「そもそもお前ら、右往左往してただけだそうじゃないか!

 お前等ががもっとしっかりしてれば…

 後で鍛え直してやる!」


兵士達はその言葉に、すっかりと震え上がっていた。

それを見て部隊長は、安心させる様に笑った。


「安心しろ、明日は俺も一緒に行く

 現場の様子も気になるからな

 ガハハハッ」


そう言って笑う部隊長を見て、兵士達は天を仰ぎ見る。

明日は最悪な日になりそうだと、彼等は思っていた。


「部隊長、明日なんですが…

 近場の集落も確認しますか?」

「ばっ!」

「アレン!

 お前な…」

「止せ!」


アレンの進言に、他の兵士達が色めき立つ。

これ以上余計な仕事を、増やされたくはなかったのだ。


「あー…

 うん

 一先ずは伝令を飛ばすだけだな

 勿論、被害が出ていれば行くが、先ずは無事か確認が先だな」


兵士達一同は、一先ずは胸を撫で下ろした。

取り敢えずは余計な仕事が増える事態は、回避出来たと安堵していた。

その様子を見た部隊長は、ニヤリと笑みを浮かべる。


「どうやらまだ、扱きが足りん様じゃのう?」

「え?」

「いえ、そのう…」


ニヤリと笑いながら呟く部隊長を見て、兵士達は慌てふためく。

それを見て部隊長は、満足気に頷いてから指示を出した。


「明日は早い!

 さっさと休んでおけ!」

「は、はい!」


部隊長はそのまま、会議室を後にした。

部隊長が居なくなったのを確かめると、兵士達は余計な進言をしたアレンを小突き始める。

もちろん本気ではないが、散々小突いてからもう一度、警備隊長との話を聞いた。

魔物に関しては、彼等は正直信じられなかった。

しかし信じられないのだが、言われてみればなるほどと納得が出来る事もある。

だが、実際には戦いたくは無いので、信じたくないとも思っていた。

それは勿論、言い出しっぺのアレンも同じだった。

誰だって魔物という物は、恐ろしい存在だったのだ。


『魔物』

この世界には人間とは異なる容姿をした、『亜人』と呼ばれる種族が存在する

それ以外にも人間や亜人とも異なる存在、『魔物』、『妖魔』、『魔族』と呼ばれる生き物が存在していた

存在すると言っても、殆どの人はその姿を見た事が無かった

帝国が生まれる前、女神教もまだ大きく力を持たない頃には、普通にあちこちで見掛けていたらしい

しかし魔物の被害に悩まされた人々が、女神様に祈りお願いた

その声を聞き、女神は人間に結界の石を授けた

この女神の加護を受けた結界を発生する石を授かってからは、それらの姿は見掛けられ無くなっていた


伝承によれば

曰く、魔物共は女神様が、最初に生み出した生き物達だったらしい

しかし、女神様を信仰しなかったその生き物達は、女神様の言いつけに背き好き勝手に生きていた

業を煮やした女神様は、一度はその生き物達を地上から追いやり、新たに人間と亜人を生み出した

しかし人間も亜人も女神様に背き、矢張り好き勝手に暮らしたそうだ

怒れる女神様は魔物を地上へ解き放ち、斯くして人間も亜人も滅ぼされそうになったという事だった


一説では人間は、亜人を奴隷として扱っていた

それに反抗した亜人達との間に、永く争いが続いたという伝承も残されている

人間の亜人差別はその頃からのもので、亜人は今でも人間を憎み、信用していないという

だから多くの亜人は、人間から隠れる様に姿を消している


人間はその行いを深く反省し、やがて女神様を奉る宗教が生まれ広まったという

そうして反省した女神様の信徒を護る為に、結界石の作り方が授けられたという話なのだ

だから魔物は、結界の中には入れないのだ

入ってしまえば力を失って、満足に動く事さえ出来なくなる

人間を滅ぼす為の存在なので、守られるべき人間には手を出せないのだ

女神の作り出した結界は、その様な物だった

やがて人間の領土が拡がると、結界に阻まれた魔物達は山奥や海に移り住んだという


これは噂なのだが、女神教を弾圧した帝国は、女神様の加護を失った為に弱体化したと言われている。

帝国崩壊の折には、帝国領のあちこちで魔物が暴れているのが目撃されたという話もある。

だから女神様に不敬を働くと、加護を失って大変な事になると恐れられていた。

まあ、そういう考え自体が、そもそも不敬な気がするのだが…。


そうした理由もあって、『竜の背骨山脈』には魔物の巣があるという言い伝えがある。

山に住むのは小鬼のゴブリンと、犬の獣人の成り損ねのコボルトだとされている。

魔導王国時代には、巨大な人間のジャイアントや大鬼のオーガが居たという記録もあった。

それが本当かは分からないが、少なくとも危険な生き物が住んでいる痕跡は残されている。

そしてその生き物は、結界に阻まれて人里には侵入出来ない筈だった。


兵士達は翌日の準備をしながら、雑談をしていた。


「隣の爺さんの話じゃさ

 昔は夜な夜なゴブリンが山から降りて来ては、若い娘御を攫って行ったんだってさ」


「うちの爺様の話では、身の丈2mのコボルトが畑を荒らしてたって…」


等といった噂話を、彼等は準備をしながらしていた。

どれも人から聞いた話か、又聞きばかりで信用出来なかった。

しかし集落を襲ったのは、少なくとも野盗や山賊ではない事は確かだった。

むしろその昔話の魔物が本物なら、自分達が襲われたらどうなるかと不安が増すばかりだった。


もし、現れた魔物が小鬼や獣人なら?

少ない数なら何とかなるのか?

巨人だったら…何人居ようが敵わないのではないだろうか?

巨人の手に捕まり、手足を葉を毟る様に引き千切られたり、大きな口で頭からバリバリと食われる…

物語が本当ならば、想像しただけで生きた心地がしなかった


「巨人だったら、俺達だけでは敵わないよな?」

「いや、むしろお前は真っ先に食われてるだろ?」

「魔導士様に来てもらわないとどうにもならんだろ?」

「馬鹿

 魔導士なんてとうの昔に…」

「そうだぜ

 魔導王国なんて、昔話の物語なんだ」

「街の魔術師なんかじゃ…」

「ああ…」


人間や一部の亜人には魔法を使える者も居る。

魔法使いとか魔導士と呼ばれる者達だ。

魔法使いは火の玉や、魔力の礫を飛ばす魔法等を使える。

更に修行して、もっと強力な術を使えるようになった者は、魔導士様と呼ばれて尊敬されていた。

魔導士ともなれば、国で召し抱えられたり、軍や王宮の警護等を担う事もあるだろう。


しかしそんな魔導士も、今では物語の中での存在であった。

今では形骸化して、優秀な魔術師が魔導士と呼ばれるのが通例だった。

そんな魔術師なので、使える魔法も大した物は無かった。

もし本物の巨人が現れれば、魔法使いでは太刀打ちできないだろう。

ましてや街や砦の雑用程度の魔法使いでは、あっという間に捕まって餌食にされるに違いない。


「オレ…

 婆さまの知り合いの魔法使い様にお願いして、3本だけ火の出る矢を作ってもらてるんだぜ」

「ばーか、3本だけじゃ意味ないだろ」

「どうせブルって外して無くすって」


そんな他愛も無い話をするのも、化け物みたいな魔物に出会うのが怖いからだった。

そもそも火が着く程度の魔法ならば、効果も大した事は無いだろう。


「アルフって魔法を一杯使えるって話じゃん

 それに男も女も見目麗しいとか…

 ああ、そんなのがオレの嫁さんになってくれたらな…」

「おま!

 くくっ、お前の顔じゃあ…」

「手前!

 オレの顔がなんだって?」

「まあまあ

 どうせアルフは人間を嫌ってるし、相手にしてくれないって」

「むしろ魔物共々射掛けられるだろ」


などと馬鹿げた話もしていた。


耳長とも呼ばれる『エルフ』は、見た目も美しい亜人だったのでよく奴隷として狙われていた。

彼等の様な地方に伝わる伝承では、その名前も『アルフ』と読み間違って伝わっていた。

長命種故に種の繁殖本能が薄く、少子でもあったので一時は絶滅しかけたとも言われていた。

彼等は精霊と対話する能力を持つ者も多く、それ故に魔法を扱う技能にも優れているらしい。


エルフは細身で華奢な者が多く、人間の様な大きな武器は持てなかった。

その代わりに細剣で素早い動きを生かした戦いや、弓や魔法といった遠距離攻撃を得意としていた。

彼らの扱う魔法は強力な物が多く、彼らが居てくれれば大いに手助けになっただろう。

それこそ魔物と戦う事になれば、大いに活躍したかも知れない。

しかし彼らは、人間を激しく憎んで嫌っていた。

同胞の多くを奴隷として捕らえられ、慰み者として扱われた挙句に殺されていたからだ。

だから偶然見掛けても、問答無用で矢を射掛けられる事になる。

まあこれは、彼等からすれば当然の反応だっただろう。


そんなエルフ達も、この辺りでは見られる事は無かった。

今では姿を見る事も無く、物語の中での存在でしかなかった。

彼等が見掛けられていたのは、魔導王国や帝国の全盛期の時代である。

そして彼等は、その後はすっかりと姿を消していたのだ。


兵士達は準備が終わると、早々に床に就いていた。

明日も任務があるので、不安を酒で紛らわす事も出来なかったのだ。

まだまだ続きます。

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