表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖王伝(修正中原稿)  作者: 竜人
第一章 クリサリス聖教王国
28/190

第026話

予想外の魔物のボスの来訪に、野営地は大いに混乱した

彼の挑発に、一時は即戦いになりそうにも見えた

しかし魔物のボスは、境界線を示して立ち去った

ここから先に入れば、生命は無いものと思え

魔物はそう示して、野営地を後にするのであった


魔物のボスは、まるで強者である将軍に、敬意を示している様子だった

次に会う時は、戦場で決着を付けよう

魔物のボスの様子から、将軍はそう感じていた

だからこそ今は、兵士達を休ませる必要があった

折角得た時間を、体制を立て直す為に使うべきなのだ


「何なんですか!

 あの魔物の態度は!」

「どうしたんだ?

 アレン」

「ふざけやがって…」

「まあ、実際に疲弊しているからな」

「奴等としては、弱り切ったオレ達じゃあ戦いにならんのだろう」

「舐められているんですよ?」

「まあ、まあ」


アレンは苛立って、吐き捨てる様に言う。

しかし他の部隊長も、今戦うのは無謀だと感じていた。

兵の疲弊もだが、武器を持っていない者も居たのだ。

魔物達が余裕を見せて、悠然と立ち去るのも当然だろう。


「大隊長!

 追って追撃を…

「取り敢えずは戦闘は避けれた

 一先ずは休息といこう」

「将軍!

 追わないんですか?

「うむ

 この状況じゃなあ…」


将軍はまだ、突き刺した剣が抜けていない。

大隊長が引き抜こうと、横から引っ張っている。

将軍はその剣の、柄にもたれる様にして肩を竦める。

飄々とした態度で話す将軍に、アレンは思わず食って掛かった。


「将軍!」

「そうは言ってもなあ…

 ワシの剣も抜けんし」

「くそ爺!

 邪魔をするから抜けない…」

「爺では無い」

「将軍!」

「そもそもじゃが…

 お前、足が震えてたぞ?」

「そんな事は!」


アレンは反論しようとするが、事実彼は震えていた。

それを誤魔化す為にも、彼は余計に強気な発言をする。

そんな彼を、仲間の部隊長達が諌めようとする。


「今なら後方から…」

「アレン

 気持ちは分かるがな」

「そうだぞ

 今やっても勝てんぞ?」


大隊長も剣を引き抜くと、肩を竦めてみせる。

彼も今は、魔物との戦闘は避けるべきだと考えていた。


「ここはお言葉に甘えて、休ませてもらおう」

「お言葉って!

 魔物ですよ?

 言葉なんぞ、話していないじゃないですか!」

「そりゃあ、まあな」

「ギャアギャア鳴くだけの、獣ですよ!」

「おい

 どうしたんだ?」


大隊長はどうしたものかと、将軍の方を見て意見を求める。

将軍も困った奴だなあと、顎髭を扱いて苦笑いをする。

若い部隊長だから、血気に逸っているのだろう。

しかし彼等は、まだそう考えていた。


「もうよせ

 大隊長もお困りだぞ」


ジョンがアレンの肩に手を置き、優しく諌める。


「しかし…」

「若い者は、血気が盛んでいけませんねえ」


そこへエドワード隊長が、優しく、しかし静かな迫力を纏って前へ出た。

それを見て、思わずアレンは吐き捨てる。

彼等部隊長からすれば、隊長は確かに格下の隊長である。

しかしそれは、誤った判断でもあった。


「階級の低い奴は黙ってろ!」

「ほおう…」


エドワードの目が細まり、辺りの空気が急速に冷え始める。

それは誇張では無く、文字通り気温が下がった様な感じであった。

強い殺気を纏った空気が、この場を冷たく支配する。


「エドワード!

 止せ!」

「隊長!

 た、短気は…」


その様子を見て、将軍と大隊長が止めようと前へ出る。

まるでこれから、何が起きようとしているのか分かっている様だ。

彼等は慌てふためき、隊長を止めようとする。


「ガレオン君、ヘンディー君

 ここで止めるのは無しだよ?

 これは教育が必要だからね」

「い、いや

 こいつはオレの部下で…」

「そ、そうじゃぞ

 お前の手を煩わせる様な…」

「ほう?

 ではお二人が代わりに?」

「い、いやあ…

 ははは…」

「わ、ワシは腰の調子が…」


エドワード隊長は、剣帯から鞘ごと剣を外して右手に構える。

それを見て、将軍は彼の肩に手を置いて止めようとする。

大隊長も間に入って、頭を下げて止めようとする。


「エドワード

 話せば分かるから

 話せば…な?

 な?」

「隊長

 ここはオレに免じて、頼む!

 後でキツク叱っておくから」


二人は必死になって、エドワード隊長を説得する。


「なんでこん…むがもが!」

「止せ、アレン」

「頼むから、お前は黙ってろ!」


一瞬だが、更に冷気が強まった様な感覚が広がる。

慌てて大隊長がアレンの口を押える。

辺りは既に、極寒の様な冷気が漂っていた。

幸か不幸か、アレンは感じていなかった。

しかし判る者は、隊長の発する殺気をひしひしと感じた。

これにはギルバートも、思わず震えていた。


「2度目は、無いですよ?」


次の瞬間、隊長は元の温和な雰囲気に戻った。

隊長はジト目で、将軍と大隊長を見る。

格下の筈の隊長に、大隊長も将軍も汗を掻いていた。

二人が無言でコクコクと頷き、隊長は剣を下げる。

それで辺りを支配していた、冷たい殺気は霧散する。


隊長はいつものニコニコとした表情に戻ると、踵を返して下がった。

彼は振り返ると、スタスタと兵士達の輪の中に戻る。

それからギルバートを見ると、彼の頭に優しく手を置く。


「ああ、すいません

 怖がらせてしまいましたね」

「い、いえ…」


隊長はそう言うと、優しくギルバートの頭を撫でた。

その横では大人達が、ホッとして息を吐いていた。

アレックスとディーンは、そんな様子に理解出来ずにキョロキョロと周りを見回す。

一方アレンは、こちらも状況を理解してない様子だった。

大隊長に押さえられた口元の手を外すと、吐き捨てる様に呟く。


「大隊長

 何なんですか?

 あの人は?」

「はあ…

 危なかった」

「え?」

「鬼殺しのエドワードは健在だな」

「鬼殺し?

 あれが?」


「そうじゃ

 あれが鬼殺しと謳われた、エドワード元将軍じゃ」

「あのまま怒らせてたら…

 お前、明日の朝日が見れなかったぞ?

 物理的に…」

「え?」


昔のエドワードは、普段は温厚な紳士だが、一度切れると危険だと有名であった。

彼の異名である鬼殺しとは、鬼と呼ばれる魔物を倒した事にある。

女、子供を無差別に食い殺した、大鬼の魔物のオーガ。

それが原型が分からないぐらいに、切り刻まれたという逸話がある。

実際にはオーガと見間違えた、他の魔物だと言う話もあった。

しかしキレた彼は、滅法強くて怖かった。

これだけは真実であった。


因みに彼は、この時に魔物に肩を食い千切られていた。

この怪我が原因で、彼は一時除隊する事となった。

それから彼は、血反吐を吐く様な訓練をして、再び剣を振れる様にまで回復する。

しかし限界を感じたのか、引退を宣言して一線を退いた。

その後に領主のたっての願いで、砦の守備隊の隊長をしていたのだ。


「肩を負傷していなければ、今も東部騎士団で将軍をしていたじゃろう」

「将軍とはライバル関係でな

 オレも何度か手合わせをしてもらってる

 怪我しているとは思えない、冴え渡る剣術だよ」

「へ?

 まさか…」

「いや、そのまさかじゃ」

「師匠も何度か、膝を着かされていますよね?」

「余計な事を言うな」

「え?

 しょ、将軍が?」

「う、うむ…」


アレンは、今更ながら震えていた。

将軍はこの辺りでも、有名な豪剣の戦士である。

それを何度かとはいえ、膝を着かせたというのだ。


「何で…

 何でそんな人が隊長を?」

「怪我が原因でな、長時間剣を握って居られないんだとさ」

「ワシの推薦もあってな

 領主様がどうしてもと頭を下げなすって…

 それで砦を守っておったんじゃ」

「オレ…

 そ、そんな人に…??」

「後でちゃんと、謝りに行けよ?」

「そうじゃなあ

 今行くと、3枚に下ろされそうじゃからな」

「ひ、ひっ」


そう言って将軍はアレンの肩を叩く。

アレンはそれで、一瞬ビクリとする。

それから将軍は、先の境界線の前へ移動する。


「先に見た様に、魔物達はここへ境界線を引いておる

 恐らくはここから先へ入ったら、皆殺しだという警告のつもりじゃろう」

「ええ

 来るなら来いって…」

「ああ

 じゃが、回復してからじゃのう」

「はい」


将軍は腰の業物を叩いて、戦いの意思を示す。


「ワシ等は、戦いに来た」

「はい」

「奴らを恐れて、引く事は罷り通らぬ」

「ええ」

「しかし…

 今のみなの様子はどうだ?」

「ええ…」


ここで将軍は、居並ぶ兵士達全員を見回す。


「情けない事に、みな疲れ果てておる」

「そうですね」

「ですが…」

「あそこで向かって行っては

 ワシでも危なかった」

「将軍…」

「魔物に情けを…

 掛けられるとはな」


ここで兵士達から、ブーイングが上がった。

将軍はそうは言うが、自分達はまだやれる。

彼等はそう言って、戦意が挫けていないと示そうとする。


「オレ達は疲れてないぞ!」

「魔物なんぞに負けてたまるか」

「そうだ!そうだ!」


しかし将軍が一睨みすると、途端に声に覇気が無くなる。

小声になって、どうしようかと周りを見回す。

将軍はそれを見て、わざと大きなため息を吐いた。

それから腰に手を当て、片耳に手を当てて傾聴するポーズを取る。


「んん?

 何やら強がっておる様じゃが…

 声に元気が足りないぞ?」

「くっ…」

「はははは」

「ま、まだ行けます」

「ほう?」


その仕種に、兵士の一部から笑い声が上がる。

そうしてビビッていた兵士も、慌てて負けてないと言い返す。

それを見て、将軍は満足そうに頷く。


「よしよし

 少しは元気が出た様かの?」

「ははは」

「はい」

「折角魔物が猶予をくれたんじゃ

 これより休息を取る」

「ええー!」

「休むんですか?」

「追撃はしないんですか?」

「なんじゃ?

 休みは要らんのか?」

「そんな事はありませーん!」


再びドッと、歓声が沸き上がった。

兵士達も勿論、本気で追撃など考えていない。

将軍の意図を感じて、わざとそう言っていた。

まあ、中には状況を理解出来ずに、イキっている兵士も居たのだが…。


「よし!

 それでは森に食材を取りに向かう探索組と、獲物を狩りに向かう狩猟組とに分かれる

 後は残って、陣地の警戒と怪我人の看護、雑用に当たれ」

「はい」

「部隊長は大隊長の指示に従え」

「はい」


将軍の音頭で、各自がそれぞれの仕事に割り振られる。

この辺は流石で、よく兵士達の動きを見ていた。

将軍は基本は、脳筋で作戦の立案は苦手とされている。

しかし叩き上げで、将軍にまで上って来た戦士だ。

兵士の心情や、考えをよく理解していた。

兵士は簡単にだが振り分けられた後、各々別れて出発する。


ギルバート達は探索組に入り、大人達が付き添いとして着いて来た。

そして探索が開始され、各自が森の中へ入って行く。

ギルバート達も手頃な果実や薬草を見つけては、採取をしながら話していた。

ここは獣の糞も無く、獣が居そうな様子は無かった。


「君達だけでも大丈夫だと思うけどね…

 一応ワタシ達も着いて行くよ」

「隊長が着いて下さるのは安心です…が…」

「が?」

「魔物は本当に…

 奴等は襲って来ないんですか?」

「ああ、魔物ね」


エドワードは肩を竦めると、剣の柄をポンポンと叩く。

何かを考え込んでいる際に、彼は机や柄をこうして叩く。

これは彼の癖で、深く考え込んでいる証拠だった。


「奴らは…

 今までの魔物と比べても、しっかりと統率が取れているからね」

「統率…ですか」

「それに、これまでの魔物に比べるとね

 理性的…っていうか…

 理知的なんですよ」

「そうなんだよな

 まるで人間の様に振舞っていたし」

「言葉こそ話せないで鳴き声だったけど、まるで喋っている様だった」


リック達も、魔物の様子には疑問を持っていた。

ギルドで紹介されていた、魔物の説明と食い違っている。

ギルドに寄せられた証言では、魔物は知性が低いとされていた。

しかし先の魔物は、明らかに知性的な行動を取っていた。


「もしかして…

 会話も出来るんですか?」

「いや、さすがにそれは無いだろう」

「それに価値観や生活様式が違う

 分かり合う事は無いだろうね…」

「会話は…」

「難しいだろうね

 それに…」

「それに?」

「魔物は人間を殺そうとしてるんだぜ?」

「そうそう

 砦や集落の住民が、どうなったのか…」

「話は聞いていただろ?」

「それは…」


ギルバートは子供らしく、話が出来ないだろうかと思っていた。

しかし大人は、みな否定的だった。

隊長も肩を竦めて、無理だろうと判断していた。


「うーん

 話し合いで解決出来れば…

 戦いなんてしないで済むだろうに」

「それは無いな」

「無いでしょうね」

「何で?」

「人間だって、話し合いで解決出来ていないんですよ」

「そうそう

 帝国の例があるしな」

「魔物がそれ以上に、冷静に話し合えるなんて…」


ギルバートは小声で呟いたつもりだったが、隊長は聞き逃さなかった。


「無理…

 なんでしょうか…」

「その考えは、危険ですよ」

「え?

 どうしてですか?」

「先ず、魔物は女神様を恨んでいます」

「え?」


隊長は薬草を見つけ、根元から掘り出しながら説明をする。

剣の鞘を使って、薬草を根元から穿(ほじく)り出す。

この薬草は、痛み止めと化膿を防ぐ効能がある。

特に根っ子の部分が、痛みを抑える重要な役目を担っている。

慎重に穿(ほじく)り出すと、彼はディーンの持つ袋にそれを入れた。


「この薬草は葉は化膿を防ぎ、根は沈痛効果があるから

 希少な薬草だが、ここには多く生えているから採取してね」

「えーと…

 魔物の事は…」

「ああ、そうそう

 採りながら話してあげようか」

「…はい」


まだまだ彼等の周りには、自生した薬草が生えている。

隊長は器用に鞘を使って、次の薬草を掘り出していた。


「魔物はね、最初に女神様に造られたんだよ

 植物や動物が生み出された時に…

 一緒に造られたんだと言われているよ」

「人間の前に?

 魔物が先に産まれたんですか?」

「そう

 当時は人間の様な生き物は居なくてね

 魔物が代わりに造られたらしいよ」

「へえ…」


ディーンも興味深々といった様子で、隊長の話を聞いていた。


「しかし、ね…

 女神様は醜い魔物を嫌い、荒れ地や山岳地帯、洞窟などへ追いやったらしいんだ

 最初に生み出しておきながら、捨てられたと…

 魔物は女神様を恨んだらしいよ」

「そんな…」

「それは…

 本当の話しなんですか?」

「さあ…ね」

「だって教会の話しでは…」

「あれは脚色されているからね

 人間の都合の良い様に…ね」

「え?

 そうなんですか?」

「ああ

 本当のところはどうかなんて

 それこそ当の女神様しか知らないだろう?」

「そうだよな

 その頃に生きていた人なんて…」

「魔導王国の事ですら、よく分かっていませんからね」


帝国が繫栄する前に、魔導王国という国が栄えていた。

正確な記録はほとんど残っておらず、それがあったのかも分からない。

帝国は書物や記録を焼いて、無かった事にしている。

それより以前の世界の事など、人間には知る由も無かった。


「それから、魔物の次に亜人が産まれたそうです」

「亜人ですか?」

「ええ

 獣人やハーピー、セントール等が生み出されたと記録がありますからね

 この記録と魔物の記録は獣人が残したとあります」

「へえ…」

「こっちは帝国に、焼き捨てられる事は無かったんだ」

「フランシスから入って来た書物だってな」

「まあ、眉唾物ですがね」

「はは

 そうですね」


こちらの書物は、西のフランシス王国からもたらされていた。

その大元が獣人の、記録した物だとされている。

しかし獣人も、ここ数十年は姿を見掛けていなかった。

だからこの書物も、本物かどうか疑わしかった。


「しかし、亜人も満足が出来なかったんですかね…

 女神様は翼人や魔族を生み出し

 やがて人間の祖先も産み出したと記録があります」

「遂に人間が産まれたんですね」

「あれ?

 でも、女神聖教と違いません?」

「そう

 違うね」

「何でですか?」

「さっきも言いましたが

 経典は人間に都合が良い物です」

「偽物って…

 そういう事ですか?」

「偽物かどうか…

 ただ、修正されている可能性は…」

「この記録も亜人達が遺した物だってな

 だから女神聖教では、この話は異端とされているぜ」

「女神聖教では、あくまで人間が最初に造られた事になっている」

「そうそう

 人間が寂しく思わない様にと、下僕として亜人が造られた事になっているんだ」

「え?」

「異端ですか?」

「そうです

 異端です」

「それに下僕って?」

「あ…」

「坊主達には、まだ早いか」

「リック

 よく考えて話しましょうね」

「はい…」


ギルバート達は、下僕の意味を理解出来ていなかった。

クリサリス聖教王国では、奴隷制度は禁止とされている。

だから下僕という言葉も、滅多に使われる言葉では無い。

だからその意味も、理解していなかった。


「大丈夫なんですか?

 こんな話をして…」

「ええ

 あくまで聖教の教えでは、異端ですからね

 教会の関係者の前では、話しては駄目ですよ」

「は、はい」

「大丈夫なのかな…」

「まあ、そういった事がありますからね

 魔物は今も、女神様や人間を憎んでいるって話です」

「そうなんですね」

「それに…ね」

「え?」


薬草を掘り終わった隊長は、腰を伸ばしながら話を締めくくる。


「それでなくとも人間は…

 女神様に祈って結界を授かりました

 それで魔物を排除して、荒野や洞窟に追いやりましたからね」

「それは本当の…」

「ええ

 こっちは本当の事ですよ」

「女神教だけではなく、当時の皇帝も関わっています」

「そう…なんですね」

「ええ

 ですから人間は、相当に恨まれていると思いますよ?

 仲間を多く虐殺され、肥沃な大地を奪われ…

 彼等は貧しい土地や暗い洞窟に閉じ込められたんですからね

 当然でしょう?」


隊長の話を聞いて、ギルバートは素朴な疑問を口にした。


「魔物は…

 今も、憎んでいるんですか?」

「…そうじゃないかな」

「だろうよ」

「なんせ住む場所すら奪われたからな」

「だけど昔の話しって…」

「覚えていないって、か?」

「それこそ有り得ないだろ」

「相当恨んでると思うぞ?」


隊長は再び、薬草を探して辺りを見回す。

お誂え向きに、繁みの向こうの木陰に、薬草の群生を見つける。


「お!

 これは毒消しの薬草ですよ

 葉は軽い腹痛を押さえ、食中毒の予防と味付けにも使えます」


隊長は毒消し草を穿(ほじく)り出すと、説明をする。


「茎は苦みはあるが、食べられます

 根を乾燥させて()り潰すと、軽い蛇毒や腐敗毒にも効果がありますよ」

「へえ…」

「いや、それよりも…」

「ん?」


再びギルバート達は、薬草採取を始めていた。

ギルバートは薬草を、慎重に掘り出しながら質問する。


「隊長

 魔物がそんなに人間を憎んでいるなら…

 先ほどは何故、見逃されたんですか?」

「ああ

 さっきのかい?」

「はい」

「意外に思うだろうけど、彼等は武人だったんですよ」

「武人?」

「そう

 礼節を重んじる、武人だったんです」

「魔物が…

 武人ですか?」

「そうだねえ…

 魔物などと侮らなければ

 彼等は礼節を持って、行動していたと分かりましたよ?」

「魔物として見ないで?」

「人間と同様に見ろ…と?」

「ええ」


隊長の言う通り、魔物のボスは人間臭かった。

疲弊した兵士達の様子を見て、このままでは面白くないと感じていた。

弱り切った相手より、元気になった敵と正面から戦いたい。

そう思ったからこそ、今は見逃されたのだ。


「彼等はこちらが、疲弊しているのを理解していました

 それでしっかりと体制を整えてから、挑んで来いと言って来たのです」

「え?」

「隊長は、奴等の言っている事が分かったんです?」

「ええ

 私だけではありませんよ

 将軍も理解していました」

「言葉が分からないのに?」

「言葉なんて要らいんですよ

 我々武人は、同じ様な戦いへの思想がありますからね

 言葉でなくても、仕草や手振りで伝わりますよ」

「言葉じゃ…

 なくても…」


ギルバートは少し考えてから、再び質問する。


「武人なのは分かりました

 それでは彼等は、正々堂々と戦おうと宣言したわけですよね?」

「そうだね」

「元気になってから、決着を付けようと…」

「ええ

 彼等は将軍を見て、好敵手として見ていた様ですね」

「将軍を?」

「ええ

 彼は将軍に、何か感じる物があったんでしょう

 敬意も払っていましたしね」

「それであんな事を?」

「ええ

 正面から、正々堂々と戦って、勝ってみせるとね」

「魔物なのに?」

「こら、ディーン

 さっき隊長が言っていただろう?」

「魔物だって侮るな

 あいつ等は強い武人なんだ」

「は、はい…」


「では…

 そんな武人である魔物が…

 何故憎んでいると?」

「む!」


隊長は意外な質問に、驚いた表情で少し黙る。

しかし少し考えてから、彼はその質問に答えた。


「なかなか…

 鋭いねえ」

「え?」

「これは…

 まだ未確認だから、黙っててくれないかね」


隊長はそう言ってから、小声で話し始めた。

それは第1砦で確認された、魔物が血を捧げて結界を破壊した事だ。


「先の第1砦でも確認されていたんだがね…

 女神様の加護の結界を、人間の血で穢して破壊していたんですよ」


「血で…ですか?」

「うええ…」

「ええ

 そしてその前にも、第2砦や集落の結界もね

 同様に穢されていました」

「集落も?」

「ええ

 未確認ですが、恐らく公道を守る結界も…」

「同様に血を掛けて?」

「ええ

 人間の血液を掛けてね…」


その状況を想像して、ギルバート達は唾を飲み込む。


「血液が相当量掛かっていたからね

 どうやって掛けたかは…分かるよね?」

「うう…」

「むごい…」

「隊長

 それは本当なんですか?」

「ああ

 残念ながらね」

「それじゃあ他の公道も…」

「ええ

 安全とは言えなくなりました」

「マジか…」

「それで討伐が急がれて…」

「ええ

 数が増えるのも危険ですが、こっちが深刻です

 このままでは…」

「このままでは?」


隊長は地面に、周辺の簡略図を描く。

そこにダーナと、王都を結ぶ公道を書き込む。


「公道が塞がれれば…

 分るね?」

「ええっと…」

「馬鹿

 商人が来れなくなるんだ」

「え?

 それじゃあ食料や商品が…」

「それだけじゃあ無いですよ

 王都からの援軍も…」

「そうですね」

「孤立しますか…」

「だから討伐を…」

「ええ

 公道が完全に押さえられる前に、奪い返しませんとね」


公道が奪われるのは、辺境のダーナでは死活問題だ。

それに王都からの、援軍も来れなくなる。

そうならない為にも、早目に魔物をどうにかしたいのだ。


「それと…

 こっちの方がヤバいかも知れません」

「ヤバい?」

「え?

 これ以上に何があるんです?」

「さっきも未確認て…

 言ったよね」

「はい」


隊長は今度は、地面に何かを描き始める。

絵心が無いので、それは説明があるまで分かり難かった。

地面に描かれたのは、あの不気味なオブジェクトであった。


「集落では…

 ただ血を掛けるだけでなくてね」

「え?」

「こうして死体を積み重ねて…

 何かのモニュメントみたいにしてあったんですよ」

「死体?」

「これが?」

「ええっと…

 すいません

 絵が下手で」

「そうじゃ無くて、死体が積み重なって?

 それって集落の?」

「ええ

 住民を殺して、積み重ねていました」

「何て事を…」

「酷いな…」

「許せません」


絵は下手だったが、何とか隊長の意図は伝わった。

死体は積み重ねられて、小山の様になっていた。



「それとですね

 死体は手足を切られて、腹も切り裂かれていました」

「酷い…」

「そして切り取られた腕に、結界の石が…」

「それも血で?」

「ええ

 血だけではありません

 抜き出された臓物も載せられて…」

「うげえ」

「そんな…」

「何て事を…」

「それじゃあ結界は?」


隊長は首を左右に振り、無言で示していた。


「勿論、彼等がそれをやった魔物かは分からないです

 ひょっとしたらそうしないといけない、何か理由があったのかも知れないです」

「ですが、そんな酷い事を…」

「まさしく魔物ですね」

「ええ

 それだけの事を、平然とやってのける者が居るって事ですよ

 そしてそれは、それだけ人間を憎んでいる…

 そうは思いませんか?」

「…」


ギルバートは沈黙して、深く考え込んでいた。

そんなギルバートを、隊長は薬草掘りの手を止めて、優しく見守っていた。


「魔物が…

 魔物は人間を、憎んでいるんでしょうね」

「ええ

 そうでしょうね」

「だから…

 分かり合えないんでしょうか?」

「難しいでしょうね」

「無理なんでしょうか?」

「さっきリックも言っていましたが…

 人間同士でも、憎み合って理解する事も難しいのです

 それが言葉も通じない、人間と魔物では…」

「そう…

 ですね」


ギルバートは顔を上げ、隊長の目をしっかりと見て続ける。


「でも、分かり合える可能性は…

 本当に無いんでしょうか?」

「正直なところ、厳しいだろうね

 言葉も通じたとしても…ね」


ギルバートは再び、項を垂れる。

隊長は優しく少年の両肩に手を置き、語りかけた。


「君は優しいね…

 魔物の事も思いやれる

 それは善き領主の素質でもあるでしょう」

「いいえ

 ボクなんて…」

「だけどね

 それは戦士としては、致命的かも知れないね」

「はい…」


ギルバートは両の目に、涙を浮かべて隊長の目を見る。


「これだけは覚えておきなさい

 優しさは忘れてはいけない」

「え?」

「でもね

 大切な人々を守る為には…

 時には非情な決断も必要になります

 そして例え納得がいかなくともね…」

「でも…」

「いいんですよ

 君はまだ子供です

 今はまだ、そういう事は大人に任せなさい」

「うう…」


泣きじゃくるギルバートを宥めながら、隊長は続けた。


「だがね

 いつか、必ず必要になるでしょう」

「はい」

「だから、その時は…

 迷わず決断しなさい

 君の正義に従って、多くの人々を守る為にね…」

「はい…」

「それまでは、リック、ジョナサン、ランディ」

「はい」

「あなた達が頼りですよ」

「任せてくださいよ」

「そうそう」

「お前が一番、心配だがな」

「お前なあ…

 ここでそういう事を、言うなよ」

「はははは」


その後は、ギルバートが泣き止むまで暫く待たれた。

その間に隊長は、再び薬草を集めていた。

ようやくギルバートが泣き止んだ頃には、傍らでディーンも目を腫らしていた。


「さあ

 野営地へ戻りましょう」

「はい」


隊長は泣き止んだのを見て、野営地に戻る事にする。

時刻は既に、昼を回っている。

魔物は襲って来ないだろうが、他に危険が無いとも限らない。

野生の獣や、毒蛇が居ないとも限らないのだ。


野営地では、狩の獲物や薬草、果物を持った者達が次々と帰って来る。

中には猪に突っ込まれて、負傷した者も居た。

彼は仲間に支えられて、早速取れたての薬草で手当てを受けていた。


「痛てて」

「おい

 動くなよ」

「はあ…

 早速薬草の世話になっちまった」

「でも、軽傷で良かった」


「ぶつかって来た奴は、ほれ、そこに」

「ちゃんと捌いて焼いてくれよ

 血抜きしないと臭くて食べられないからな」


兵士達が集まり、わいわいと騒ぎながら獲物の解体をしている。

その向こうでは薬草を仕分けして、効能に合わせて収納していた。

ここでキチンと仕分けないと、間違えれば効能が失われる恐れもある。

また、組み合わせ次第では、逆に体調を悪くする薬も出来てしまう。


「道具が有れば、調合してポーションも作れるんだが…」

「それでも、初級か下級だろ?」

「馬鹿

 高級ポーションなんて、魔法が使えないと作れないだろ」

「そりゃそうだ」

「ここには魔術師が居ないからな」

「街の魔術師だって、そこまでの者は居ないだろ?」

「違いねえ」

「はははは」


乾燥させたり砕いたりする道具が無いので、()り潰す事は出来てもポーションは作れない。

それに効能が高いポーションは、魔力を込めながら作らないと出来なかった。

わいわいと兵士達が騒いでいる横で、大隊長と将軍は話し合っていた。


「魔物は襲って来ませんでしたね」

「そうじゃな」

「このまま休息を…」

「じゃが、油断はできんぞ」

「ええ

 最低限の警戒はしておきます

 奴らに従わない、馬鹿な魔物もいると思いますから」

「うむ」


採集や狩猟に出ても、魔物は襲って来なかった。

彼等は宣言通りに、線を越えない限りは襲わないつもりらしい。

そしてそれは、実際に夜になっても起こらなかった。


兵士達が和やかに食事をしたり、交代に就寝している間も、魔物が現れる事は無かった。

そうして、兵士達はゆっくり休む事が出来、すっかり回復していた。


「みんな疲労も回復したようですね」

「怪我人も重傷者を除いて、武器を振るえるほどには回復しています」

「こちらも問題ないです」


部隊長の報告を受けながら、大隊長は将軍に相談する。


「どういたします?」

「うむ

 騎士団も万全ではあるな」

「では、いよいよ…」

「うーむ

 出来ればもう一日…

 コンディションを整えてからにしたいがな…

 武具の整備も必要じゃし」

「では、各自にその様に、伝達しますね」


大隊長がそう言って、部隊長に指令を出そうと立ち上がった。

明日のの出立の為に、最終的な調整を行う。

大隊長は部隊長達に、声を掛けようとする。

しかし野営地の、空気が不意に変わった。

そして何者かが、野営地に向けて近付いて来た。

まだまだ続きます。

ご意見ご感想がございましたら、お聞かせください。

また、誤字・脱字、表現がおかしい点がございましたら、ご報告をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ