第024話
第2砦に向かう前に、次に目指すは2つ目の集落
ここを確保しておかなければ、背後からの挟撃の危険が残る
将軍は素早く討伐する為に、一計を案じていた
再び第1砦前で、野営地に朝日が差し込む
今日の野営に於いては、魔物の襲撃も無く、比較的静かな時間を過ごしていた
お陰で昨日の戦闘での疲労も、ゆっくり眠れた事で解消出来ていた
大隊長は天幕から出て来ると、ゆっくりと伸びをした。
先日とは違って、魔物のの襲撃が無かった分ゆっくりと眠れた。
野営地を見回すと、昨日は疲れ切っていた兵士達も心持元気になっていた。
彼等は朝食を取りながら、
「おはようございます」
「ああ、おはよう
よく休めたか?」
「はい」
部隊長達も、元気良く返事をする。
彼等も遅くまで、周辺の警戒をしていた。
しかし交代で休めたので、疲れはとれている様子だった。
「ゆっくり休めた様で、なによりだ」
「魔物が来なかったか、らよく眠れましたよ」
「こちらも交代まで眠れましたから、気分もすっきりです」
そんな感じで大隊長達が話していると、将軍も天幕から出て来る。
「時間は使ってしまったが、結果として兵達を休ませることが出来た
良かったとみるべきだな」
「はい」
肩をゴキゴキ鳴らしながら、将軍は大隊長達の方へ歩いてくる。
「ううむ…」
ゴキゴキ!
「お休みにならなかったのですか?」
「いんや
休んでも歳だな、あちこち強張ってしまう」
「はあ…」
「んで?
どうする?」
「と言いますと?」
「もう一方の集落の事じゃよ」
大隊長は昨日の地図を思い出しながら、将軍に意見を述べる。
「そうですね
先ずは第2砦の手前からですね
それならば砦に向かいながら、斥候を出して偵察出来ます
魔物が居るなら、殲滅でよろしいかと」
「やはりそうなるかな…」
「ええ」
将軍は騎士の一人を呼び、今日の行軍予定を伝える。
大隊長も部隊長を呼んで、同様に指示を出す。
朝食を終えたら、陣を引き払って第2砦に向かう。
途中集落へ向かう公道との分岐点で、休憩を取りながら斥候による偵察を行う。
偵察には騎兵部隊から、出てもらう事になる。
こうして予定が決まると、各自で朝食が始まった。
ギルバートは朝食を取りながら、隊長に質問をしていた。
「これから第2砦に向かうんですよね」
「ああ」
「大隊長の話では、集落にも寄るって」
「そうだね」
「どうしてわざわざ、魔物の居る集落を攻撃するんですか?」
「そうだねえ
こういうのはどうだい?」
隊長は地面に、木の枝で絵を描いていく。
隊長は以前は第1砦の警備隊長をしていたので、この辺りの地形をよく覚えている。
地面に森の輪郭を描き、そこに砦と集落代わりの石を置く。
「ここが第1砦
こっちが昨日の集落です」
「はい」
「こう考えてみましょう
我々が昨日の集落を襲撃しないで、この先へ向かったとします」
「はい
そのまま向かった場合ですね」
「ええ」
隊長は石を拾って、第1砦から第2砦の途中に置く。
「魔物は…
素直に行かせてくれるかな?」
「え?」
「こう進んでいる我々の後ろから、こうして…」
「え?
あ!」
「そう
後方から襲撃が可能だ」
「そういう事か!」
隊長は第2砦に向かう部隊を小石で示し、もう一つ小石を集落から動かす。
それは後方から追い掛けて、遠征部隊を後方から急襲する。
そこに第2砦からも、魔物の集団を現わす石が迫って来る。
「勿論、何某かの伝達手段を持っていて、連携をしないと難しいが…
ここからも、第2砦からも魔物が来てしまう」
「ああ!!」
「どうだ?
これが将軍と大隊長が危惧した事だ」
「なるほど
これは危険です」
「うむ」
部隊を取り囲む小石が、3方向から取り囲む。
隊長はさらに、他の集落からも石を移動させる。
遠征部隊を示した石は、魔物の石に囲まれてしまった。
これでは大部隊であっても、魔物に囲まれて負けてしまう。
「君がこの先、部隊を指揮する様な事がある時
今の様な事も想定しないといけない」
「はい」
「ううん…」
「事前に察知出来る事なんですか?」
「察知では無いですよ
予測して備える」
隊長が示した小石を、アレックスやディーンも動かしてみる。
「うーん
ボクにはよく分からないや」
「これが魔物だとして、どうして脅威になるんです?」
「少数ならな」
ランディが石を拾って、それを幾つか周りに配置する。
「魔物の数が少なければ、確かに脅威ではない」
「そこなんですよ」
「だが、魔物が少ないとは限らないよね?」
「え?」
「これが必ずしも、数十から百程度とは限らないぞ?」
「そうですよ
数百の群れかも知れません」
「数百…」
「集落の魔物も、繁殖して300ぐらいの規模だったのです」
「そうですね
ゴブリンやコボルトは、繫殖能力が高いっていうし…」
ギルバートは小石を、第2砦の向こうにも置く。
「それに、魔物はこっち側だけとは限りません
ですよね?」
「そうだ」
『え!』
「もしも魔物が少数でも、囲まれたら…
隊長もそうお考えなんですね」
「はっはっはっ
それでこそ次期領主様だ」
「勘弁してくださいよ」
隊長は上機嫌に、ギルバートの頭を撫でる。
「放っておけば、どんどん数が増える
それこ昨日に逃した、少数の群れも増えるでしょう」
「増え…」
「集落の群れも、元はそこまでの規模じゃ無かったのかも…」
「それって放っておけば、どんどん増えて…」
「ああ
ますます手が付けられなくなるよ」
ギルバートの言葉に、ディーンは震えながら石を取り落とす。
思っていた以上に、魔物という物は恐ろしい存在だ。
家畜でも、1年に1回の出産しかしない。
しかし魔物は、一月に1回ぐらいの頻度で増えているのだ。
「さあ
準備をして先を急ぎましょう」
「はい」
「これがどんどん増えて…」
「ディーン?」
「あ、ああ…」
隊長が立ち上がると、ギルバートはもう一つの疑問を尋ねる。
「隊長
将軍も大隊長も何故、無理をしてまで先を急ぐんですか?」
「ん?」
その質問に、隊長は険しい顔をする。
「参ったなあ」
「何か話せない様な、問題がおありで?」
「ううむ…」
隊長は頭を掻きながら、小声でひそひそと話した。
それはこの問題が、まだ他の兵士には伏せられているからだ。
先の繁殖に関して、関わってくる重要な問題だ。
しかし確証が無いから、兵士には伏せられている。
下手に話せば、士気を下げる事になり兼ねないからだ。
「そうだなあ
いずれ分かる事だからなあ」
「え?」
「これはまだ、未確認だから
ここだけの話だよ?」
「はい…」
「アレックスもディーンも良いね?」
『はい』
ランディ達は、目配せをして確認する。
「隊長、オレ達は?」
「君達は守秘義務ってヤツを、よく知ってるでしょ?」
「はあ…」
「ギルドでの、依頼の内容を伏せるってヤツだ」
「知ってるよ」
「だからこの事は、周りに話すべきでは無い
そういう事ですね」
「ええ
お願いします」
隊長はそう言うと、再び焚火の前に腰を下ろす。
それから手招きをして、ギルバート達も座らせる。
「周りには聞かれない様にね」
「はい」
「では、話しましょうか
ただ、多少長い話になります…
リック、お茶を用意してくれないかな?」
「はい」
リックがお湯を沸かし、みんなの分もカップに注ぐ。
「それでは、語っていこうかね」
隊長は雰囲気を作ってから、話し始める。
その間にも、他の兵士達は慌ただしく支度をしている。
彼等は人数も少ないので、それ程仕度には時間が掛からない。
だから隊長は、腰を据えて話す事にした。
知らずにいるよりは、知って心構えをする方が良いと考えたのだ。
「先ずは、聖歴よりも古い…
帝歴は知っているね?」
「はい」
「この話は帝歴の頃に写本されて残された、ある書物に書かれている話しだよ」
「帝歴よりも…」
「それって焚…もがっ」
「しっ
騒がない」
「そうだぞ
周りに聞かれるだろ」
「しかしいきなり焚書とは…」
隊長が言っている帝歴とは、帝国が樹立された時に制定された暦だ。
それまでは魔導王国が、制定した魔導歴と呼ばれる年表が用いられていた。
しかし帝国が樹立されてから、新たな暦が用いられていた。
帝国は魔導王国を、過去の幻の王国と認定した。
そうする事で、帝国の正当性を示そうとしたのだ。
幻の王国では無く、正当な神に認められた帝国が、この世界を総べる。
その為にも過去の多くの書物が、焚書として焼却された。
焚書を免れた書物となると、帝国の時代よりも前の資料である。
つまりこれから話す内容は、それだけ古い資料の話という事だ。
「先ず知って欲しいのは…
この魔物は小鬼と呼ばれているが、正式な名称はゴブリンと言うんだ」
「それは知っていますよ」
「ええ
教会の説法にも出て来ます」
「ああ
教会は認めていないが、ゴブリンは滅びていなかった」
「認めるもなにも…」
「いや
今は関係無い話だね
問題はゴブリン
こいつがどんな生き物か…だね」
「どんな生き物って、魔物…」
教会が示す説法には、魔物は女神の力で追い払われた。
だから地上には、魔物は居なくなっている筈だった。
それが今回、魔物は生き残っている事が証明された訳だ。
それもこのダーナから、そう遠からぬ場所に潜んで居たという事だ。
しかし問題は、彼等がどういう生き物かという事だった。
隊長達が気にしているのは、まさにその事だった。
「魔物…
ではあrんですがね
問題は資料に載っていた内容です
奴等は同族だけでは繁殖は難しく、他の種族の雌を攫っては子供を産ませると書かれていました」
「それも教会では…」
「え?
そんな話は、聞いた事は無いよ?」
「子供には話さないさ」
「そうそう
経典も一般の信徒に配る物には、そこまでは書かれていない」
「ギルドでも今回の事が起こるまで、資料は秘匿されていましたね」
「ええ
なかなか問題のある内容ですからね」
これは魔物が、ことゴブリンの繁殖方法が、他の種族から生まれる事にあった。
女性を攫っては、自分達の子供を産ませる。
その為に家畜の様な、扱いをするのだという。
攫われた女性は、粗末な食事を与えられる。
そうして毎晩の様にゴブリンに、凌辱される。
子供を身籠れば、少しはマシな食事が与えられる。
しかし産んだ後は、再び凌辱の日々が続く。
そうこうする間に、女性は精神を壊して身籠る為だけの生き物になってしまう。
それを問題視して、教会は詳細を伏せていた。
隊長も相手が子供達なので、そこは伏せる事にしていた。
「問題は奴等が…
短期間で繁殖するって事です」
「それってさっき話してた?」
「ええ
約一月に1回、子供を産むって話です」
「ですがそこはそんなに…」
「表向きは…ね」
「え?」
「ゴブリン自体の繁殖能力は…
大体一月とされている
しかしそれも、一体から1体が産まれると考えてだ
それが複数体となれば、どれほどの数が増えるのか…
非常に早い繁殖力だよねえ」
「え?」
「そうか!
家畜だって、1頭だけならそんなには増えない」
「それって…」
「短い期間で、倍以上に増えるって事さ」
「え?
まさか一度に数匹の魔物が?」
「そう
それも一度に何匹が出産するのか…
考えるのも恐ろしい」
「そんな事が?」
1体のゴブリンが、一月に1匹の子供を産む。
それだけでも、二月で倍以上になるだろう。
それが一度の出産で、数匹の子供が生まれるのならば、もっと多くの数が生まれる事になる。
それが一月近く、放置されていた事になるのだ。
もっと時間が経てば、さらに増える恐れがあった。
「しかもゴブリンの寿命は、数年だって話だが…
成人に育つまでの期間は1年から2年と書かれていたよ」
「それは…本当ですか?」
「やけに短いな…」
「あくまで帝国時代の資料でしかないが…
そこは問題じゃない」
「どういう事です?」
「短い期間で、大人になるって事です
つまり戦える兵士が、短期間で増える…」
「あ…」
「つまり数ヶ月経てば…」
「どれほどの数のゴブリンが、戦士として育つのか…」
「そんな!
それじゃあ今までは?」
「どうしていたのか…
ですが今は、それがこの森で増え続けるのです
そこが問題なんですよ」
「ここで?」
「ええ
そうなれば、ますます手が付けられなくなりますよ」
隊長は話し終わったのか、ハーブティーを飲み干す。
隊長の話してくれた内容が本当なら、魔物は今この時も、数が増えている事になる。
放っておけば、この辺りはゴブリンだらけになるだろう。
しかし、まだ疑問点があった。
それをディーンが尋ねる。
「あれ?
でもそれなら、すぐには増えないんじゃないの?
増えても子供ばっかりなんでしょ?」
「そうですね
今はまだ…
集落が襲われてから、まだ1月ぐらいしか経っていないですからね」
「そうですよ
今ならまだ、子供が増えただけでしょう?」
「ですが危険です
それが数か月後には…」
「だから早目に…」
「ええ
数を減らさなければ、どれほどの数が増えるのか…」
最後の隊長の一言が、不吉な予感を孕んでいる。
このままでは、ダーナ周辺が魔物だらけになってしまう。
ギルバートは背筋が、ぞくりとするのを感じていた。
将軍が焦っているのは、この事態だった。
まごまごしていては、取り返しがつかない事になる。
しかし、これは偶然なのか?
それとも魔物が意図して行っているのか?
集落にも繁殖している魔物が居る以上、危険を排除する為にも潰していかなければならない。
それが想定以上に、侵攻を遅らせている。
まるで彼等を犠牲にして、仲間を増やす事に専念している様だった。
彼等が獣程度の知能ならば、そこまでの事を考えるのだろうか?
「隊長
どうしましょう?
このままでは…」
しかし隊長は、そんなギルバートの焦りを事も無げに答える。
「どうする?
各個撃破するしか無いでしょ?」
「しかし、時間が」
「それでも、今のやり方で進むしかないでしょう
例えこの先に、困難が待ち受けようともね」
「ですが…」
「そうですよ
倒した端から増えるだなんて…」
それは分かっている
しかし焦っても、結果は変わらないだろう
いや、寧ろ焦りでミスを犯せば、更に時間が掛かってより事態が悪化するだろう
隊長は内面の焦りを押し隠して、静かに首を左右に振る。
「焦ってはいけませんよ」
「しかし!」
「しっ
他の兵士達は、そこまでの事は知りません」
「だったらみんなに知らせて…」
「それで多くの兵士が、怖くなって逃げ出す」
「あ…」
「そうなれば手が足りなくなり、益々困難になりますねえ」
「…」
隊長はそう言って、ギルバートの肩を叩いて立ち上がる。
兵士に知らせていないのは、この事実があまりに絶望的だからだ。
知らせて対策するより、今は数を減らす事が重要なのだ。
だから兵士達には、砦の魔物の殲滅だけが命令となっていた。
「あ
それとね
この話は内密でね」
「ですが…」
「さっきも言ったけど、まだ確証が無いから
それに兵士達に、変な不安を与えない為にもね」
「いや
既に不安でいっぱいなんですけど」
ディーンが泣きそうな顔をする。
「さあ
今度こそ出発の準備をしますよ
急ぎませんとね」
「は、はい」
ギルバートは返事をすると、素早く片付けと支度を始めた。
焦ってはダメだが、時間を無駄には出来なかった。
想像以上に、この遠征は時間との勝負だった。
こうしている間にも、戦える魔物の数は増えている。
早く攻め落とした方が、それだけ戦闘が楽になる筈だ。
だからこそ将軍は、砦に早く向かおうとしているのだ。
兵士を戦闘に慣らすよりも、数を減らす事を優先している。
そんな思いが通じたのか、全軍の出発準備は予想よりも早く出来た。
休息が十分に取れたのも、効いていたのだろう。
兵士達も気合が十分に入って、早く戦いたいと意気込んでいた。
出発して1時間ほどで、予定よりも早く集落との岐路に到着する。
先に斥候として、騎兵部隊の第4部隊と第5部隊が集落へ向かう。
集落までの道は少し上り坂になっていて、斥候に関しては騎兵の方が向いている。
斥候が向かっている間に、公道でも準備が進められていた。
もし、魔物の数が多い場合は、騎兵で釣って誘き出す作戦だ。
公道への出口へ弓兵を配置し、その側に歩兵と残りの騎兵を配置する。
敵を引き付けて降りて来たら、先ずは騎兵が抜けたところで弓で斉射する。
残った魔物を歩兵で潰し、入れ違いで騎士団が集落へ突っ込む。
必要なら、歩兵や弓兵も集落へ向かう。
だが、なるべく時間と労力を使わない様に、この場で一気に潰してしまいたかった。
騎兵部隊が登って行って、10数分ほど経ったであろうか?
不意に坂の上の方から、怒号が沸き上がった。
そして騎馬の疾走する音が響き渡り、騎兵部隊が駆け抜ける。
先頭を走る騎兵が、大声で魔物のおおよその数を叫ぶ。
「魔物の総数
目視で300
こちらに向かっています」
「うむ
攻撃用意」
大隊長が右手を上げて、弓兵が矢を番える。
部隊長が入り口の脇に立ち、騎兵部隊が抜けるのを確認する。
騎兵達が次々と駆け抜け、最後の一騎が抜けた。
それを確認して、部隊長は大隊長に合図を送る。
ギャワワワ
グギャアア
直後に、ゴブリンの声が聞こえて来る。
やはり、頭はあまり良くないらしい。
騎兵を追って駆け足で出て来たのは良いが、ここまで走って来てフラフラになっていた。
そこを狙って、弓兵達は弓を引き絞る。
「構え!
撃て!」
「撃て!」
「残さず殲滅しろ!」
「やあああ」
「はあっ」
ヒュンヒュン!
大隊長の合図で、矢が一斉に斉射される。
矢は一直線に、魔物に目掛けて放たれる。
距離はそんなに離れていないので、魔物に目掛けて突き刺さる。
矢を受けた魔物が、次々と倒れて行く。
グギャア
ギャガア
次々と悲鳴を上げて、魔物は倒れて行く。
おおよそ250匹は居ただろうか?
出て来る魔物の群れが途切れ、歩兵達が倒れた魔物を確認する。
そうして生き残りの魔物を、剣で突き刺して殺していく。
圧倒的じゃないか
みながそう思って浮かれかけていた。
しかし不意に、奥から大きな声が響く。
ゴガアアア!
ビリビリビリ!
見ると集落の方から、一回り体格の大きいゴブリンが、唸りながら走り出て来た。
歩兵達は慌てて退き、騎士達が盾を持って壁を作る。
しかし魔物は走って来た勢いで、騎士達の持つ盾に体当たりをかます。
数人の騎士が、盾を持ったまま馬ごと吹っ飛ぶ。
ガアアア
グワシャアン!
「うわっ!」
「ぐわあ」
「くっ…」
「何て奴だ…」
次いで魔物は、大人の腕程の大きさの棍棒を腰から引き抜く。
それを無造作に、手近な騎士の盾の上から殴りつける。
ガアアア
グワアン!
「ぐふう」
「あ!」
騎士の一人が、殴られて馬の上から落ちる。
棍棒の大きさもさる事ながら、魔物の腕力も相当の様だ。
騎士はそのまま、気を失って倒れていた。
仲間の騎士が、慌てて仲間の前に立ち塞がる。
「行かせるか!」
「防ぐんだ!」
「どけ!
オレが相手だ!」
それを見て、大隊長が長剣を抜き放つ。
彼は剣を構えつつ、魔物の前へと出る。
「大隊長
オレに、オレにやらせてください」
「…」
その横から、アレンも剣を構えて出て来る。
しかし大隊長は、黙って首を振るとアレンの剣を押さえて下がらせる。
「大隊長!」
「お前は奴の後ろに居る、他の魔物を倒せ
これは命令だ」
「ですが!」
「命令だ!」
「大隊長!」
「アレン
お前じゃ無理だ」
「そうだぞ!
オレ達はこっちだ」
「くっ
ちくしょう!」
尚も出ようとするアレンに、大隊長は静かに、だが強く命じた。
アレンは仲間の部隊長に従い、周りの魔物に対峙する。
このままでは、他の兵士が魔物に狙われる。
彼等部隊長の役目は、兵士を守る為に戦う事だ。
「さあ
お前は前の魔物よりも、強いのか?
力を見せてみろ!」
グガアア
ブンブン!
大隊長の言葉に魔物が、返事をする様に唸る。
大きな棍棒を振るって、存分に打ち合おうと示す。
大隊長は頷くと、馬から飛び降りる。
そうして剣を構えると、魔物に向かって駆けて行く。
「うりゃああ!」
ガアアア
ガキィーン!
大隊長の長剣と、魔物の棍棒が激しくぶつかる。
1合、2合…
上段に、横薙ぎに、次々と打ち付け合う。
その度に頭にまで響く様な、強い衝撃を腕に感じる。
こんな強烈な斬撃は、久しく受けた事が無かった。
力だけなら、将軍に引けを取らないだろう。
大隊長は不謹慎ながら、この戦いが楽しくなってきていた。
グガアアア
ガイン!
「ふんぬううう」
ガキン!
どこを狙っても、同等の力で打ち合う。
しかも相手は、この純粋な力比べを楽しんでいる様だ。
二人が打ち合う周りを、他のゴブリンが駆け抜ける。
そして歩兵や騎兵達に、襲い掛からんと得物を振り翳す。
グギャギャア
「はあっ」
ブン!
ゲヒャッ?
グシャリ!
中には大隊長に、襲い掛かろうとする魔物も居いた。
しかし二人の振り回す武器に巻き込まれて、魔物は拉げて肉片を辺りに撒き散らした。
「うおおおお!」
グハアア
ガコーン!
「ううむ…」
「大隊長!」
「互角じゃな…」
「負けないでください!」
もう何合も打ち合っただろうか?
そろそろ両手が痺れてきている
しかし負けられない!
終わらせたくない!
大隊長ヘンディーは、気合を込めて剣を振り上げる。
再び打ち合った拍子に、彼はふらついて剣を落としそうになる。
「くうっ」
ゲハハッ
「ふんぬうう」
ブオン!
とっさに大隊長は、左手だけに力を込めて、剣を横向きに振り抜いた。
魔物はふらついた大隊長を見て、勝利を確信していたのだろう。
大きく振りかぶって、魔物は棍棒を振り被る。
しかしそこを予想外の軌道で、長剣が閃いた。
そのまま振り抜かれて、それは短い胴に吸い込まれていく。
ズドッ!
ギャヒッ?
「ぬああああ…」
ザシュッ!
ゲヒャガ…
蹈鞴を踏んで、大隊長は剣を振り抜く。
魔物は胴を寸断されて、上半身が棍棒を振り被ったまま落ちる。
大隊長はそれを見ながら、意識を失い掛ける。
彼はそのまま、地面に崩れ落ちそうになる。
勝った…
やって…
やった…ぞ…
感慨に耽る間もなく、ゴブリンが彼に向かって突っ込んで来る。
それを横から、駆け付けたアレンが切り付ける。
「させるか!」
ブン!
ズシャッ!
ゲピャアア
「大丈夫ですか?」
「ああ
何とかな」
大隊長はすっかり力を使い果たして、ふらふらとよろける。
騎兵達が集まり、何とか大隊長を支える。
「おい
大隊長を連れて下がれ
早く!!」
アレンが必死に、|身を挺して切り結ぶ。
その間に他の騎兵達が、馬を引いて大隊長を乗せる。
それから彼等は、馬を引いて後方に下がる。
その間にもアレンは、仇を討たんと集まる魔物と切り結んでいた。
ゲギャア
グギャギャ
「くっ…
はあっ」
さすがにアレンも、複数のゴブリンが相手ではキツイものがある。
少しずつ魔物から、切り傷を負ってしまう。
「大丈夫か?」
「こいつ等!」
「下がれ
あっちへ行け!」
そこへジョンと、第1部隊の隊長のダナンが加勢する。
そうして群がるゴブリンを、少しず押し返した。
他の騎兵達は、その光景を呆然として見ていた。
大隊長の戦いを見て、それに飲まれていたのだ。
「ヘンディーを守れ
弓兵」
「はい」
「逃がしても構わん
奴等を追い散らせ」
「は、はい」
将軍の指示が出て、後続の魔物に矢が射られる。
それで残りの魔物も、少しずつだが逃げ出し始める。
3人の部隊長も、何とかその場に踏み止まる。
魔物はやがて逃げ腰となり、数分後には生きた魔物は居なくなった。
「はあ、はあ…」
「い、生きてるか?」
「何とか…な」
「オレはもう、死んでもいい気分だ」
「おい
情けな…とと」
「お前こそ…」
「おれ…
もう、鼻をほじる気力もないぞ」
「はは…」
「くっ
ははは」
3人は力を出し切って、疲れ果てて座り込む。
そのまま笑いながら、やり切ったと寝転ぶ。
もう立ち上がる気力も、彼等には残されていなかった。
疲れ果てた3人は、後の始末は部下に任せる事にした。
もう一人の敢闘者のヘンディーは、部下に連れられて下がっていた。
彼は開けた場所で、そのまま仰向けに倒れていた。
そこに不意に、頭上から何かが振り掛けられた。
「だらしがないのう」
ジョボジョボ!
「うわっぷ
ぷはあ」
見上げると、そこには革袋を持った将軍が立っていた。
どうやら頭から、水をぶっかけられた様だ。
「いい勝負…
だったな」
「え、ええ…」
「もう少しで…
負けていたぞ?」
「はあ…」
「また…
弟子を失うかと思ったぞ」
「すいません」
「まったく
爺の心臓をいたぶるなよ」
「気を付けます」
大隊長はまだ肩で息をしていて、息も絶え絶えといった様子だった。
何とか将軍の、言葉には返答していた。
しかし目立った怪我も無く、そのまま休めば大丈夫そうだった。
それで将軍は、もう大丈夫と思ったのか、空の革袋を放って立ち去った。
「もう暫く寝てろ」
「うわっぷ
師匠…」
「師匠じゃない
将軍じゃ」
後には革袋を顔の上に載せた、大隊長が残されていた。
将軍は兵達の前に戻ると、すぐさま指示を出し始める。
大隊長が無事そうなので、安心したのだろう。
彼は集落を確認する為に、歩兵を向かわせた。
「騎兵と歩兵で用心しながら、集落へ向かえ
まだ小鬼が残って居るかも知れんぞ」
「はい」
「手の空いてる者は、死体を一ヶ所に集めておけ
後で燃やさないといけないからな」
「はい」
将軍は次々と、後処理の為の指示を出す。
大隊長を休ませる為と、少しでも時間を掛けさせない為だ。
遺骸の処理が早く済めば、それだけ早く砦に向かえる。
ここが収まったとはいえ、まだ砦が残っている。
安心するには、まだ早いのだ。
「弓兵は薪を集めておいてくれ
騎士団は周辺の警戒を怠るな」
「はい」
魔物の死体が集められ、薪の上に載せられていく。
時刻はまだ、昼を回った頃だった。
太陽は頭上で輝き、周りの気温を上げてくれている。
ある程度の数の遺骸が載せられると、薪に火が付けられる。
「まだ次があるぞ」
「こっちにも火を付けてくれ」
遺骸が燃え始めたのを見て、次の薪の山が作られる。
薪の山が次々と作られて、火が付けられて行く。
3つ目の山に遺骸が載せられて、火が付けられた頃、集落に向かった兵士達が戻って来た。
「集落には魔物は居ませんでした」
「そうか」
「後は逃げたんでしょう」
「うむ
後はこのまま…」
「ええ
追って来なければ良いのですが…」
恐らくあの大きな魔物が、全ての魔物を引き連れて来たのだろう
奴をヘンディーが倒した事で、奴等は逃げ出した
これで済めば…良いのだが
一気に片付いて良かったと、将軍は思っていた。
しかし同時に、逃げた魔物の事が気になる。
数が少なければ、このまま何処かに逃げるだろう。
しかし多いのなら、再び向かって来る恐れもある。
「諸君らも遺骸の片付けを手伝ってくれ
終わったら休息を取ろう」
「はい」
なあに
休息をしておれば、向こうも何か起こすじゃろう
このまま来なければ、さすがに逃げたと考えるべき…じゃろうな
それから全員で、魔物の遺骸を焼いていった。
魔物の数は500匹ほどであったが、全員で片付けたので早く片付いた。
夕刻前には、何とか片付けも終わり、食事や休息も取れた。
その間にも騎士団は、交代で周囲の警戒に当たっていた。
魔物は再び、向かって来る事は無かった。
これで将軍は、魔物は逃げ出したと判断した。
これでようやく、砦に掛れる
逃げた魔物も、思ったよりは少なかった様子だ。
それに負傷者も、それほど出ていない。
数名が油断して、命を落としていた。
しかしこの規模の戦闘にしては、被害は少なかった。
「思ったより早く、砦に向かえそうですね」
「うむ
何とかなりそうじゃ」
休んで体力も回復した大隊長が、将軍に話し掛ける。
彼は馬に乗り、将軍の隣に並ぶ。
「被害も少ないです」
「ああ」
「死者は5名
まあ…
油断ですね」
「そうじゃな」
「負傷者はポーションや、薬草で手当てしております」
「うむ」
将軍は負傷者を見ながら、どうすべきか悩んでいた。
「今日中に第2砦の近くに、陣を張りたいよな」
「ええ」
「とはいえ
このまま進んで良いものか…」
「逃げた魔物ですか?」
「それは気にしておらん
これだけ待っても、向かって来んからな」
「でしたら…」
「砦に…
どれほどの数に膨れ上がっておるか…」
「ああ…
そうですね」
これでいよいよ、第2砦へ攻め込める事が出来る。
まだ他にも潜んでいるかも知れないが、いよいよ今回の遠征も大詰めだ。
しかし今までの規模を見て、彼は不穏な物を感じていた。
このまま無事に、討伐出来れば良いのだが…
将軍はそう思い、再び兵士達を見ていた。
無事に戻れるのは、どれほどになるのだろうかと思いながら。
まだまだ続きます。
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